いつも『GUNDAM TRIANGLE』をお読みいただき、本当にありがとうございます。
第64話「乱世の奸雄」をお届けします。
前回は、グラナダの港でリーンホースが奪われ、セラが連邦の三人の頭を前に「お断りします」と言い切りました。
そして最後に、武器を一つも持たない朱麗が現れ、「その相手なら、俺がする」。
ここで「つづく」となって、続きが気になっていた方も多いのではないでしょうか。お待たせしました。
今回は、その続きです。
朱麗とギンガナムが、モビルスーツではなく、生身で向き合います。
そして、この回では、思いもよらない出来事が、いくつも起こります。
何が起こるのかは、ぜひ本編でお確かめください。
今回の題名「乱世の奸雄」は、三国志がお好きな方なら、ぴんと来る言葉かもしれません。
この言葉が誰のことを指しているのかも、最後まで読んでいただければ分かります。
それでは、第64話をお楽しみください。
護衛の兵たちが、いっせいに銃を上げた。
銃口が、入口に立つ朱麗へ向く。
「撃つな」
ドン・ズーオが、片手を上げた。
「ギンガナム。その男を、女王の前で叩き伏せろ」
「命令は要らぬ。小生が呼んだ相手だ」
ギンガナムは、腰の剣を一本、鞘ごと放り投げた。
剣は格納庫の床をすべり、朱麗の足もとで止まった。
「丸腰の相手を斬っても、つまらぬ」
朱麗は剣を拾うと、ミリアの前に出た。
「セラを頼む」
「……分かった」
ミリアが、セラのそばへ下がる。
朱麗は、剣を抜いた。
◇
ギンガナムが、踏みこんだ。
振り下ろされた刃を、朱麗が受ける。
刃と刃がぶつかり、格納庫に高い音が響いた。
鍔の向こうで、ギンガナムが笑った。
「そうだ。その顔が見たかった」
「人さらいまでして、見たかったのか」
「人さらいではない。女王は、まだ客だ」
ギンガナムが押す。朱麗が押し返す。
二人は同時に離れ、また打ち合った。
打ち合いは、何十回も続いた。
ギンガナムの剣は重く、朱麗の剣は速い。
どちらも、相手の刃を一度も体に届かせなかった。
「どうした、拳のガンダムの乗り手よ! 手のほうが、得意なのではないか!」
「剣でも、お前の相手くらいはできる」
コンラッドが、壁ぎわで首をすくめていた。
レーンの手は、腰の銃の上で止まったままだった。
*
セラは、二人の動きをじっと見ていた。
「……同じ色」
セラが、小さくつぶやいた。
ミリアが、セラの横顔を見る。
「二人の気は、同じ赤い色をしています。同じものがぶつかり合っても、決着はつきません。どちらかが倒れるまで、互いに疲れ果てるだけです」
セラは、一歩前へ出た。
「分かりました。私が、ムーン・ムーンの力を使います」
セラが、胸の前で両手を重ねた。
その手のあいだから、やわらかな白い光があふれ出す。
光は格納庫に広がり、ぶつかり合う二人の上に、静かに降りていった。
朱麗の剣が、わずかに重くなる。
ギンガナムの剣も、勢いを失いかけた。
「……ぬるい!」
ギンガナムが、吠えた。
「まだまだ、こんなもので、小生の剣は止まらんぞ!」
ギンガナムの体から、また重いものがあふれ出した。
白い光が、押し返されていく。
セラの額に、汗がにじんだ。
◇
そのとき。
セラのそばにいたミリアの胸で、ペンダントが光った。
赤ではなかった。
白い光だった。
セラの光に呼ばれるように、ペンダントの白い光が、どんどん強くなっていく。
ミリアの髪に、白い光が薄く重なった。
顔を上げたその子の目は、もうミリアのものではなかった。
ずっと幼い、白のロロだった。
白のロロは、まっすぐギンガナムの方へ歩いていった。
剣と剣の、すぐそばまで。
ギンガナムの剣が、止まった。
目に見えない、ずしりと重いものが、ギンガナムの全身にのしかかっていた。
「な、なんだ……この重さは……」
ギンガナムの足が、一歩、後ろへ下がった。
「小生が……押されておる、だと……?」
白のロロは、ギンガナムを見上げた。
「あなた、朱麗をいじめるんですか?」
ギンガナムは、何も言い返せなかった。
『……ロロ?』
朱麗の内側で、小さな声がこぼれた。
聞き覚えのある声だった。
ずっと前に、自分を探しに来てくれた、あの子の声だった。
朱麗の剣先が、ゆっくりと下がった。
「……ロロ、なのか」
白のロロは、振り返って、朱麗を見た。
そして、少しだけ笑った。
格納庫が、しんと静まり返った。
誰も、口を開かなかった。
朱麗はただ、目の前の小さな姿を見つめていた。
*
「何をしている、ギンガナム!」
静けさを破ったのは、ドン・ズーオの怒鳴り声だった。
「女王を押さえろ! さっさとやれ!」
ギンガナムは、動かなかった。
ドン・ズーオの顔が、赤黒く染まっていく。
「もういい。……撃て!」
護衛の兵たちが、銃を構え直した。
「女王も、その男も、まとめて撃て!」
「待ちたまえ、ドン・ズーオ提督」
ベントンが、低い声で言った。
「ここには、我々もいるのだぞ」
「ここは、私の管轄だ」
ドン・ズーオは、にやりと笑った。
「ベントン元帥。あなたも、ここで死んだところで、戦時中の事故と言えば、それで済むことですかな」
その一言で、格納庫の空気が凍りついた。
レーンが、セラの方へ踏み出しかけた。
その腕を、ケネスが横からつかんで止めた。
「提督。ギンガナムも撃つんですか」
ケネスの声は、落ち着いていた。
「そいつもだ。命令に従わぬ者は、同じことだ」
「何を……」
ギンガナムの声が、低くなった。
ギンガナムの剣先から、ドン・ズーオまで、三歩もなかった。
「……近すぎますよ」
ケネスが、ぽつりと言った。
ジェントル・ゴンは、何も言わなかった。
「ドン・ズーオ提督」
エヴァンズが、一歩前に出た。
「これは、軍規違反ですぞ」
「黙れ! 殺してしまえ!」
「ひいっ!」
コンラッドが、頭を抱えてしゃがみこんだ。
護衛の兵たちが、いっせいに引き金を引いた。
――カチッ。
乾いた音が、いくつも重なった。
弾は、一発も出なかった。
兵たちが、銃を見下ろした。
◇
ギンガナムの口の端が、ゆっくりと上がった。
得意げな顔で、ギンガナムはドン・ズーオをにらみつけた。
ドン・ズーオの膝が、がくりと床に落ちた。
「そこまで口にしたからには、命の保証はないと思え」
ギンガナムが、剣を振りかぶる。
ドン・ズーオの顔から、血の気が引いた。
だが、ギンガナムは、くるりと向きを変えた。
「だが、まずは、お前からだ」
剣が、エヴァンズへ振り下ろされた。
エヴァンズは、わずかに体をそらしただけだった。
刃は、鼻先をかすめて空を切った。
「……貴様、一体何者だ」
ギンガナムが、エヴァンズをにらむ。
「入ってきたときから、小生が気づかなかったとでも思ったか」
エヴァンズは、何も答えなかった。
ただ、ニヤッと笑った。
「……うん?」
ギンガナムは、自分の手首に、何かが絡みついているのに気づいた。
細いコードだった。
剣を握る手が、思うように動かない。
見れば、ドン・ズーオも同じだった。
逃げようとしたのだろう。床をはうような格好のまま、縄のようなコードで、何重にも縛られていた。
「取り押さえろ」
エヴァンズの短い声で、格納庫の扉から兵たちがなだれこんできた。
軍人派の兵だった。
ドン・ズーオの護衛たちは、あっという間に銃を取り上げられていく。
「な、な、何が起きているのだ、エヴァンズ君!」
コンラッドは、しゃがみこんだまま、右へ左へと首を振っていた。
「ご安心ください、閣下。もう片づきます」
エヴァンズは、てきぱきと兵たちに指示を出していく。
リー・ルーは、静かに両手を上げた。
ベントンが、縛られたドン・ズーオの前に立った。
「ドン・ズーオ提督。軍規違反により、貴官の身柄を拘束する」
「ベントン……貴様……!」
ドン・ズーオは、兵たちに引き立てられていった。
「ギンガナム。リーンホースを奪った件、貴官にも、責任は取ってもらうぞ」
ギンガナムは、コードに縛られた手首を見下ろした。
あの男は、自分の剣で斬るつもりだった。
それが、目の前で持っていかれた。
「……ちっ。斬りそびれたわ」
ギンガナムは、苦虫をかみつぶしたような顔で、そうつぶやいた。
*
「今日は、ここまでだ」
ベントンが、格納庫を見回した。
「女王陛下。お返事は、たしかにうかがった。日をあらためて、もう一度、席を設けさせていただく」
セラは、まっすぐベントンを見返した。
「何度お越しになっても、私の答えは同じです」
ジェントル・ゴンは、何も言わずに微笑んだ。
そして、ケネスとレーンを連れて、格納庫を出ていった。
ギンガナムの手下たちは、武器を取り上げられ、一か所に集められた。
艦橋のアークとフェニーチェにも、ようやく自由が戻った。
リーンホースは、取り戻された。
白い光が、ふっと消えた。
ロロの体から、力が抜けた。
倒れかけたその体を、朱麗が受け止めた。
腕の中で、ロロは静かに眠っていた。
◇
ベントンの私室には、ベントンとエヴァンズの二人だけがいた。
「今回は、よくやってくれた。君のおかげで、この場をまとめることができた」
ベントンは、窓の外の港を見ながら言った。
「あとは、女王をどう説き伏せるかだが……やはり、まだ穏健派が邪魔だ。君には、目いっぱい働いてもらうぞ」
「目いっぱい、ですか」
エヴァンズは、自分のあごに手をかけた。
そして、顔の皮を、ゆっくりとはがした。
仮面の下から現れたのは、シュウ・シラカワの顔だった。
「……なるほど」
シュウは、はがした仮面を手の中でもてあそんだ。
「護衛の銃が鳴らなかったのも、君か」
「弾倉を、少し外しておいただけです」
ベントンは、ふん、と鼻を鳴らした。
「まったく。君と組んだのは、正解だったようだ」
*
――それは、数日前のことだった。
グラナダから遠く離れた宙域に、二隻の艦が並んでいた。
シュウのレビル艦と、ミネバのサダラーンだった。
その二隻のあいだへ、小さな連絡艇が一隻、そっと入っていった。
降りてきたのは、ベントン元帥、ただ一人だった。
「この前の戦いぶりは、見せてもらったよ。サダラーンの防衛は、実に見事だった」
ベントンは、シュウとナナイの前に腰を下ろした。
「単刀直入に言おう。今のネオ・ジオンに、昔ほどの力はない。連邦にとっては、もう脅威ではないのだよ。それを今でも気にしているのは、頭の古い軍人と、ドン・ズーオのような連中くらいだ」
「では、何のために、ここへ」
ナナイが、冷たい声でたずねた。
「力を、貸してもらいたい。ドン・ズーオを、黙らせるためにな。……そのあとは、君たちを連邦に迎え入れたい。君たちの力が加われば、連邦は、今よりずっと強くなる」
ベントンは、シュウの目を見た。
「どうであろうか」
「虫のいいお話ですね」
ナナイが、すぐに言った。
「つい先日まで、私たちを討とうとしていたのは、どなたです」
「いいだろう」
シュウが、即答した。
ナナイが、思わずシュウを振り返った。
「……君なら、そう言ってくれると思ったよ」
ベントンは、満足そうにうなずいた。
「細かい話は、あとにしましょう。長旅でお疲れでしょう。まずは、客室でお休みください」
シュウにうながされて、ベントンは部屋を出ていった。
扉が閉まると、ナナイがシュウに詰め寄った。
「シュウ様。どうして、あんなことを」
シュウは、閉まった扉を見たまま答えた。
「連邦が、俺たちを飲み込むと言うんだ。……なら、こちらが飲み込んでやればいい」
◇
ベントンの私室を出たシュウは、一人で港の見える通路を歩いていた。
窓の外には、リーンホースが見える。
あの艦の格納庫で、白い光をまとって立っていた、小さな姿。
「……まさか、あの娘がいるとはな」
シュウは、手の中の仮面を、もう一度、顔に当てた。
次に通路の角を曲がったとき、そこを歩いていたのは、エヴァンズ中佐だった。
*
一方、リーンホースの艦橋では、アークとフェニーチェが話していた。
「連邦の三派が、わざわざこの艦に集まるとはな。本当なら、ネオ・ジオンのサダラーンをどうするか考える方が先だろうに。もっとも、こちらに何も言ってこないのは、ありがたいがね」
アークは、窓の外へ目をやった。
「しかし、サダラーンもレビルも、おとなしいものだな。あれだけの騒ぎだ。耳に入っていないはずはないだろうに」
「……本当に、そうなのでしょうか」
フェニーチェは、不安そうな顔で、そう言った。
「ん? それは一体、どういう意味なんだ?」
「艦長。私は人質として、レビルでシュウ・シラカワを見ていました」
「ああ。あの若い、肌のきれいな男か」
フェニーチェは、窓の外の港へ目を向けた。
「ええ。あの顔を見ている限りは、おとなしそうに見えます。ですが、あれは……そう、
「乱世の奸雄?」
アークが、眉を寄せた。
「かつて三国の世に、そう呼ばれた男がいました。平和な世であれば、国を支える有能な家臣になる。けれど乱れた世であれば、悪知恵で天下を奪う英雄になる、と」
アークは、黙ってフェニーチェを見た。
「今は、乱れた世です。……私は、それが怖いんです」
(つづく)
第64話「乱世の奸雄」、最後までお読みいただき、ありがとうございました。
……エヴァンズ中佐の正体には、驚いていただけましたでしょうか。
第43話では、旗艦にいたコンラッド大将の中身が、シュウでした。
第57話では、エヴァンズ中佐の顔を、ナナイがかぶっていました。
そして今回、ギンガナムの剣をあっさりかわし、ニヤッと笑ったエヴァンズ中佐の仮面の下から現れたのは、またしてもシュウでした。
前回の第63話を読み返していただくと、ドン・ズーオに皮肉を言われてコンラッドが真っ赤になる横で、エヴァンズは「黙って立っているだけ」でした。実はあのときから、ずっとそこにいたのです。
護衛の銃が鳴らなかったのも、シュウの仕業でした。
「弾倉を、少し外しておいただけです」
あれだけの騒ぎを、この一言で片づけてしまうところに、シュウという男の怖さが出ていたら嬉しいです。
そのシュウとベントン元帥は、実は前もって手を組んでいました。
ベントンは、シュウたちの力を連邦に取りこみたい。
シュウは、「連邦が、俺たちを飲み込むと言うんだ。……なら、こちらが飲み込んでやればいい」。
握手をしている二人ですが、考えていることは正反対です。この先、どちらがどちらを飲み込むのか。見守っていただけたらと思います。
ギンガナムは、今回も見せ場の多い男でした。
ギンガナムは、武の道を極めた武人です。腕の立つ相手は、気配だけで見抜いてしまいます。だから、格納庫に入ってきたときから、エヴァンズのただならぬ気配に気づいていました。
ドン・ズーオを斬るつもりで剣を振りかぶりながら、まず刃を向けたのが、そのエヴァンズでした。
ところが、手首にはいつの間にかコードが絡みつき、肝心のドン・ズーオは、目の前で軍人派に連れていかれてしまいます。
「……ちっ。斬りそびれたわ」
主を失ったギンガナムが、これからどこへ向かうのか。それも、この先のお楽しみです。
ドン・ズーオは、最後に本性を見せました。
「ベントン元帥。あなたも、ここで死んだところで、戦時中の事故と言えば、それで済むことですかな」
女王も、朱麗も、ギンガナムも、元帥も、まとめて撃とうとする。悪役らしい幕引きだったと思います。
そのとき、ケネスがぽつりと言った「……近すぎますよ」。ギンガナムの剣先から、ドン・ズーオまで、三歩もありませんでした。ケネスがあの一言を、どんなつもりで口にしたのか。それは、読んでくださった皆さんの想像におまかせします。
今回いちばん描きたかった場面は、白のロロでした。
セラが「ムーン・ムーンの力」で二人を止めようとして、それでもギンガナムにはね返される。そのとき、セラの白い光に呼ばれるように、ミリアのペンダントが白く光りました。
第30話「二つの白い光」で、ロロが白のロロに目覚め、同じ時、セラがサラサから光を受け継ぎました。あのとき別々の場所で灯った二つの白い光が、今回、初めて一つの場所で重なりました。
「あなた、朱麗をいじめるんですか?」
第31話で、朱麗を探してムーン・ムーンまでやって来た、あの小さなロロ。今度は、その朱麗をかばって、大きなギンガナムの前に立ちました。
前回、ギンガナムの気に押されてロロは一歩下がりました。今回は、白のロロの前で、ギンガナムが一歩下がります。この「一歩」の入れ替わりを、感じていただけていたら嬉しいです。
最後の題名の言葉について、少しだけ。
「乱世の奸雄」は、三国志の曹操が、若いころに人物評の名人から言われた言葉です。もとは「治世の能臣、乱世の奸雄」。平和な世なら国を支える有能な家臣に、乱れた世なら天下を奪う英雄になる、という意味です。
フェニーチェは、まだシュウの企みを何も知りません。それでも、レビルで人質として過ごしたあいだに、シュウという男の奥にあるものを感じ取っていました。
「今は、乱れた世です。……私は、それが怖いんです」
読者の皆さんだけが、その怖さが当たっていることを知っています。
次回も、どうぞよろしくお願いいたします。