いつも『GUNDAM TRIANGLE』をお読みいただき、本当にありがとうございます。
第65話「人狩りの大佐」をお届けします。
前回は、朱麗とギンガナムが生身で向き合い、白のロロが朱麗をかばって立ちました。
そして最後に、エヴァンズ中佐の仮面の下から現れた、あの顔。
フェニーチェの「乱世の奸雄」という言葉に、ぞくりとしていただけていたら嬉しいです。
今回は、あの騒ぎのあとのお話です。
グラナダでは、ある人が新しい仕事をまかされます。
まわりから見れば、あまりうれしくない仕事のようですが……さて、本人はどう思っているのでしょうか。
一方で、あの騒ぎの中心にいた人物も、おとなしくしてはいません。
第62話で、ある人が口にしていた「約束」を覚えている方は、にやりとしていただけるかもしれません。
そして、久しぶりに、あの二人が戦いの場へ出ていきます。
それでは、第65話をお楽しみください。
グラナダにある、連邦軍の施設。
ベントン元帥の部屋に、コンラッド大将とエヴァンズ中佐が呼ばれていた。
リーンホースの一件で、人質にされた側として、事情を聞かれていたのだ。
「……以上です。あとは、報告書に書いたとおりで」
コンラッドは、額の汗をハンカチでぬぐった。
「うむ。ご苦労だった、コンラッド君。事情聴取は、このへんで終わりにしよう」
ベントンは、書類から顔を上げた。
「コンラッド君、君はもう下がってくれたまえ。エヴァンズ君は、残ってほしい」
コンラッドは、一瞬だけ副官の顔を見た。
それから、小さく敬礼して部屋を出た。
扉を閉めかけたところで、中からベントンの声が聞こえた。
「エヴァンズ君。今日から君は、大佐に昇進だ。辞令も出ている」
コンラッドの手が、扉の取っ手の上で止まった。
「地球連邦政府警察機構の、特捜第十三課。通称、マハ。そこへ、出向してもらう。まずは現場を見て、学んできたまえ」
「承知しました」
コンラッドは、そっと扉を閉めた。
閉めたあとも、しばらく、その場から動けなかった。
◇
「エヴァンズ大佐! 昇進、おめでとうございます」
廊下に出たエヴァンズに、若い将校が駆け寄ってきた。
「ありがとう。もう、うわさになっているのか」
「もちろんですとも。一体、どちらへ行かれるんですか?」
「地球連邦政府警察機構、特捜第十三課だ」
将校の笑顔が、すっと消えた。
「……あのマンハンターですか」
将校は、声を落とした。
「貧乏くじを引きましたね、大佐」
「そうか。君なら、どこへ行きたかった?」
「え? それは、まあ……月の艦隊の司令部あたりでしょうか」
「なるほど。覚えておこう」
エヴァンズは、そう言って歩き出した。
マハは、連邦の警察の中の、ひとつの部署にすぎなかった。
持っている武器は、重火器と、せいぜい古い戦車くらいだ。
地球でもコロニーでも、連邦に言われるままに取り締まりをさせられる。
連邦の軍人たちからは、「雑用係」と陰で笑われている部署だった。
*
マハの詰め所は、港のはずれの古い建物にあった。
壁はすすけ、装甲車のタイヤは、すり減ったままだった。
隊員たちは、新しい大佐を、気のない顔で迎えた。
どうせまた、どこかで失敗した軍人が、飛ばされてきただけだ。
誰もが、そう思っていた。
エヴァンズは、詰め所の奥の部屋へ入った。
机の上に両足を乗せて、男が一人、いびきをかいていた。
その机の端には、出動命令の書類が、束になって積まれていた。
「君。ここで、何をしている」
男は、片目だけ開けた。
「……ああ? やることがないんで、寝てたんですよ」
「これだけの出動命令が、束になっているのにかね」
そこでようやく、男はエヴァンズの襟の階級章に気がついた。
あわてて足を下ろし、椅子を倒しながら立ち上がる。
「た、大佐であられますか! じ、自分は、この詰め所の当直主任であります!」
「よほど、ここの部署は暇と見える」
「は、はっ! 今まで、そのようなことをおっしゃる上官が、おりませんでしたので……」
「では、これからは」
エヴァンズは、書類の束を、男の胸に押しつけた。
「言われることを、当たり前に思っていただきたい」
部屋の外で、隊員たちが顔を見合わせた。
「……今度の大佐、いつもとちょっと違うな」
誰かが、小さな声でつぶやいた。
◇
同じころ、グラナダの拘置施設。
ギンガナムは、狭い部屋の壁にもたれて、目を閉じていた。
「面会です」
扉が開き、背広の男が入ってきた。
補佐官のリー・ルーだった。
「……そこもとか。主を失って、行くあてでも探しに来たか」
「ええ。私も、仕える相手を失いましたので」
リー・ルーは、腕の時計に目をやった。
「あと、十秒です」
「何がだ」
その瞬間、建物全体が大きく揺れた。
警報が、けたたましく鳴り響く。
壁の向こうから、聞き覚えのある、気の抜けた声がした。
『はーい、お迎えだよ。おじさーん』
壁が、外から引きはがされた。
巨大なクロー・アームが、部屋の中へ伸びてくる。
メリーガジェットの乗る、オーキスだった。
「ワッハッハッハ! メリー! よくぞ来た!」
『リュー・ブー艦は、もう港の外だよ。急いで』
ギンガナムは、リー・ルーの襟首をつかんで、クローの上へ飛び乗った。
「来い、リー・ルー! 小生の蔵に、知恵の回る者が一人くらいいてもよい!」
「……光栄です」
リー・ルーは、乱れた背広を、きちんと直した。
*
マハの詰め所の通信機が、鳴った。
画面に映ったのは、ベントンだった。
『エヴァンズ君。ギンガナムが逃げた』
「……聞きました。拘置施設の壁ごと、だそうですね」
『マハの最初の仕事だ。あの男を、捕らえてもらいたい』
ベントンは、指で机をたたいた。
『相手は宇宙にいて、モビルスーツも持っている。マハには、モビルスーツはなかったな。連邦軍に協力を求めてもいい。君に頼れるつてがあるなら、そちらを使っても構わん』
「承知しました」
通信が切れた。
エヴァンズは、しばらく黒い画面を見つめていた。
そして、ほんの少しだけ、口の端を上げた。
◇
エヴァンズが最初に声をかけたのは、ムーン・ムーンだった。
『ギンガナムの捕縛に、力をお借りしたいのです』
画面の向こうで、セラは静かに首を振った。
「お断りします。連邦の方のお仕事を、ムーン・ムーンがお手伝いすることはできません」
セラの後ろで、朱麗が腕を組んでいた。
ギンガナムの名を聞いたとき、その目が一瞬だけ光ったのを、エヴァンズは見逃さなかった。
それでも朱麗は、何も言わなかった。
ここで答えるのは、女王のセラだった。
『……分かりました。無理を申しました』
通信は、そこで切れた。
*
次に声をかけたのは、リーンホースだった。
「マハから、ギンガナム捕縛への協力の要請が来た」
艦橋で、アークが皆を見回した。
「相手は、ギンガナムとメリー、それにリー・ルーの三人だけだ。大きな部隊を出すほどではない。だが――」
「俺たちにやらせろ」
アークの言葉が終わる前に、ジュドが一歩前へ出た。
「俺たちがいねえ間に、好き勝手しやがって。ロロも、セラさんも、人質にされたんだぞ。黙ってられるかよ」
「艦長。俺も行きます」
カミュが、静かに続いた。
ジュドのように声は荒げなかった。
けれど、その拳は、強く握られていた。
アークは、二人の顔を順に見た。
「……いいだろう。二人に任せる」
ジュドが、ぐっと拳を握った。
「ただし、一つだけ言っておく」
アークの声が、低くなった。
「任務は、捕縛だ。あの男の腕試しに付き合うな」
◇
ギンガナムのリュー・ブー艦は、月の裏側の、岩の多い宙域に身をひそめていた。
炎虎と蒼天が、その宙域へ飛びこんでいく。
「いたぜ、カミュ!」
「ああ。……向こうも、こっちに気づいた」
リュー・ブー艦の格納庫が開いた。
出てきたのは、トールギスを真ん中に収めた、巨大なデンドロビウムだった。
ジュドは、目を疑った。
前へ長く突き出た大砲が、二本に増えていた。
『見よ! 大砲を二本にしてやったぞ!』
『……ほんとに付けちゃったよ、この人』
メリーの、あきれた声が混じった。
『リー・ルーが、どこからか見つけてきおったわ! ワッハッハッハ!』
二本のメガ・ビーム砲が、同時に火を噴いた。
太いビームが二筋、岩を貫いて走る。
炎虎と蒼天は、左右に分かれてかわした。
中央の接続が外れた。
トールギスが、デンドロビウムから飛び出した。
あとに残ったオーキスは、メリーの操縦で、すっと後ろへ下がった。
『おじさん、あたしは後ろから押さえとくね』
『好きにせい! 小生は、あの二人と遊ぶ!』
トールギスが、まっすぐ炎虎へ向かってきた。
「カミュ、追いこむぞ!」
「ああ!」
炎虎の背中の大砲が、肩越しに起き上がった。
一発目で右を、二発目で左を。
ジュドの砲撃が、トールギスの逃げ道を、一つずつふさいでいく。
残った道は、上だけだった。
そこに、蒼天が待っていた。
「そこだ!」
カミュの長柄のビーム・サーベルが、トールギスの肩をとらえた。
火花とともに、肩の装甲が削れ飛んだ。
「よっしゃあ!」
『ほう……!』
ギンガナムの声が、弾んだ。
『よい、よいぞ! 二人がかりとは、こうでなくてはな!』
「もう一度だ、カミュ!」
「分かってる!」
炎虎が、また砲を構えた。
同じように逃げ道をふさぎ、蒼天が、同じ場所へ回りこむ。
だが、今度のトールギスは、逃げなかった。
まっすぐ、炎虎のほうへ突っこんできた。
「なっ……!」
トールギスは、炎虎の脇を、すれすれで抜けた。
その先に、蒼天の刃があった。
カミュは、刃を止めた。
このまま振れば、トールギスの向こうにいる炎虎まで斬ってしまう。
『遅い!』
止まった一瞬に、トールギスのサーベルが走った。
蒼天の片方の翼が、根元から斬り落とされた。
「カミュ!」
ジュドが、砲を向けた。
だが、照準の中で、トールギスと蒼天が重なっていた。
撃てば、カミュに当たる。
ジュドの指が、止まった。
その間に、トールギスが振り返った。
返す刃が、炎虎の右腕を斬り飛ばした。
「くそっ……!」
「ジュド、下がれ! 立て直すぞ!」
二機は、いったん離れようとした。
そこへ、オーキスの二本の大砲が火を噴いた。
太いビームが、二機の逃げようとした先を、まとめて焼きはらった。
『はい、そっちは通行止め』
炎虎と蒼天は、岩の陰まで押しこまれた。
トールギスの刃が、炎虎の操縦席の前で、ぴたりと止まった。
『……なかなか、やる』
ギンガナムの声は、少し名残惜しそうだった。
『だが、まだ足りぬ。この程度で終わらせるのは、もったいないわ』
トールギスは、サーベルを引いた。
『次は、もっと小生を楽しませてみせよ』
トールギスはオーキスと一つに戻り、リュー・ブー艦へ帰っていった。
艦は、岩の向こうへ、ゆっくりと消えていった。
炎虎と蒼天は、その場に取り残された。
追いかける力は、どちらにも残っていなかった。
「……命を、拾われたってことかよ」
ジュドが、操縦席の壁を拳でたたいた。
カミュは、何も言わなかった。
◇
リーンホースの格納庫に、二機が運びこまれた。
炎虎は右腕を失い、蒼天は翼を一枚なくしていた。
ジュドとカミュは、格納庫の隅で、黙って座りこんでいた。
やがて、ジュドが顔を上げた。
「……すまねえ。俺たちにやらせろって言っといて、このざまだ」
「すまない。艦長にも、付き合うなと言われていたのに」
カミュも、頭を下げた。
ロロは、首を横に振った。
しばらくして、カミュが、ぼそりと言った。
「……あいつ、俺たち二人がかりだったのに、まだ余裕があった」
ジュドは、何も言い返さなかった。
ただ、膝の上の拳を、強く握りしめた。
カロッゾは、蒼天に残った翼の付け根を、指でなぞっていた。
「一度は、肩を削ったか。……だが、浅い。この二機では、あの機体を落とすには足りんか」
カロッゾは、小さく息をついた。
「トールギス、か。……あの機体の凄さは、身にしみて分かったよ。このままでは、帰せんな。二機とも、もっと詰めて、強くせねばならん」
カロッゾは、上着を脱いで、作業台に放り投げた。
「ロロ君。今夜は、寝られないぞ」
「うん。……でも、それだけじゃ、だめな気がする」
「ほう?」
「機体を強くするのは、カロッゾさんにお願いします。僕は、何か別のやり方を考えてみたいんです」
カロッゾは、ロロの顔をしばらく見ていた。
それから、ふっと笑った。
「いいだろう。お互い、朝までだ」
ロロは、作業台の端にあった紙を引き寄せた。
鉛筆で、まず一本、線を引く。
もう一本。そして、最後の一本。
紙の上に、小さな三角形が描かれていた。
(つづく)
第65話「人狩りの大佐」、最後までお読みいただき、ありがとうございました。
まずは、エヴァンズ大佐のご出世です(笑)。
前回、仮面の下からシュウが現れたばかりのエヴァンズですが、今回はベントン元帥から大佐への昇進を言い渡されました。
行き先は、地球連邦政府警察機構の特捜第十三課。通称「マハ」です。
『ガイア・ギア』をご存じの方は、この名前にぴんと来られたかもしれません。人を狩る組織、マンハンター。モビルスーツも持たず、軍人たちからは「雑用係」と笑われている部署です。
廊下の将校は、それを「貧乏くじ」と言いました。
けれど、読者の皆さんは、もうエヴァンズの中身を知っています。連邦の内側に、自分の部隊を一つ持てる。シュウにとって、これが本当に貧乏くじなのかどうか。
ベントンとの通信が切れたあと、ほんの少しだけ上がった口の端を、覚えておいていただけたらと思います。
マハの詰め所では、机に足を乗せて居眠りしている当直主任が、新しい大佐を迎えました。
「これだけの出動命令が、束になっているのにかね」
「では、これからは、言われることを、当たり前に思っていただきたい」
穏やかな言葉づかいのまま、だらけきった部署に、ぴしりと筋を通す。「今度の大佐、いつもとちょっと違うな」と隊員たちがささやくのも、無理はありません。
そして、ギンガナムの脱走です。
リー・ルーが時計を見て「あと、十秒です」。その十秒後に、メリーのオーキスが壁を引きはがして「はーい、お迎えだよ。おじさーん」。
ギンガナムは、リー・ルーの襟首をつかんで連れていきます。
主を失った武人と、主を失った補佐官と、おじさんを迎えに来た女の子。この三人が、これからどんな旅をしていくのか。作者もとても楽しみにしています。
エヴァンズの協力の要請に、セラは今回も「お断りします」と答えました。
後ろの朱麗は、ギンガナムの名を聞いて目を光らせましたが、何も言いませんでした。ここで答えるのは、女王のセラだからです。朱麗の、言わない強さを感じていただけていたら嬉しいです。
そして、ジュドとカミュの出撃です。
「俺たちにやらせろ」「艦長。俺も行きます」
二人の前に現れたのは、第62話でギンガナムが言っていた「次は、あの大砲を二本にする!」を、本当に実行してしまったデンドロビウムでした。
「……ほんとに付けちゃったよ、この人」というメリーのぼやきに、思わず笑っていただけていたら、作者の勝ちです(笑)。
戦いでは、二人は一度、確かにトールギスに届きました。
炎虎の砲で逃げ道をふさぎ、待ちかまえた蒼天の刃が、肩を削る。二人の息の合った連携でした。
ところが二度目、ギンガナムは二機のあいだへ飛びこみ、二人とも、味方を巻きこむ寸前で手を止めてしまいます。そこへメリーの二本の大砲が退路をふさぎ、勝負がつきました。
三国志がお好きな方なら、虎牢関で、関羽と張飛が二人がかりで呂布に挑んだ場面を思い浮かべていただけたかもしれません。
とどめを刺さずに剣を引いたギンガナムの「次は、もっと小生を楽しませてみせよ」。
そして、帰ってきたカミュの「……あいつ、俺たち二人がかりだったのに、まだ余裕があった」。
強い二人だからこそ、この悔しさは深いのだと思います。
最後の格納庫では、カロッゾとロロが、それぞれ別の道を選びました。
カロッゾは、二機をもっと強くする。
ロロは、「それだけじゃ、だめな気がする」と、何か別のやり方を考える。
「お互い、朝までだ」と言って始まった、二人の長い夜。ロロが紙に描いた小さな三角形が何なのかは、次回のお楽しみです。
次回も、どうぞよろしくお願いいたします。