手配書に描かれた一つの顔をきっかけに、砂漠の補給拠点で騒動が始まります。
シュウ、ナナイ、そしてヤザン。三人のやり取りも楽しんでいただければ幸いです。
サハラ砂漠の東のはずれ。
岩山の裾に、イエロースーツの補給拠点があった。
岩壁に沿って倉庫が並び、その前を輸送車が行き交っている。
食料。水。燃料。弾薬。
ここから運び出された荷が、砂漠に散らばる部隊へ届く。
その食堂の壁に、一枚の手配書が貼られていた。
『教主殺し 生死を問わず』
紙の真ん中には、人相の悪い小男の顔。
歪んだ口元。卑しい目つき。街の番兵の制服。
「……ぷっ」
長椅子に足を投げ出していた女が、干したナツメヤシをくわえたまま吹き出した。
ミランダ=スーンだった。
「何度見ても笑えるねぇ。あの騒ぎを起こしたのが、こんなのかい?」
「その顔を眺めているだけでは、捕まらんぞ」
向かいに座るガラン=ダカランは、食べ終えた料理の皿を脇へ寄せた。
「分かってるよ。できれば向こうから歩いてきてくれりゃ、苦労しないんだけどね」
「お前は楽することばかり考えるな」
「はいはい」
ミランダは次の実をつまんだ。
そのとき、食堂の扉が開いた。
「お二人とも。門へ来ていただけますか」
「何だい、飯の途中だよ」
「賞金首を捕まえたという男が来ています」
ミランダの手が止まる。
壁の手配書を見た。
続いて、ガランを見る。
「……来たってさ」
ガランは黙って立ち上がった。
◇
その少し前。
拠点を見下ろす岩陰で、ヤザンは双眼鏡を下ろした。
背後では三十人ほどの兵が、砂色の布の下で待機している。
「車が入れる門は一つ。見張り台が二つ。門を抜けた先に荷を下ろす広場がある」
「兵の数は」
ナナイが尋ねた。
「見えた分だけで、こっちより多い。倉庫の中までは数えられん」
「随分と大雑把ですね」
「見えねえものまで数えてほしいなら、別料金だ」
ナナイは答えず、双眼鏡を受け取った。
ヤザンがシュウへ向き直る。
「で、正面からやるかい?」
「お前ならどうする」
「俺なら、向こうに門を開けてもらう」
懐から折り畳んだ紙を出した。
手配書だった。
シュウは、そこに描かれた顔を見つめた。
「……ひどい顔だな」
「自分で選んだんだろ」
「あの街では、あれでよかった」
「今度も役に立つぜ」
ヤザンは手配書を指で叩いた。
「俺が捕まえたことにする。元治安局の男が、金に困って賞金を取りに来た。どうだ。似合うだろう」
「そこは否定しません」
ナナイが双眼鏡を下ろした。
「ですが、シュウ様をあなたに預けるつもりはありません」
「俺一人で行っても、門前払いだぞ」
「別の方法を考えなさい」
「ナナイ」
シュウが口を挟んだ。
「続けさせろ」
ヤザンはしゃがみ、砂へ門と広場の位置を描いた。
「俺が捕虜を引き渡す。連中が品定めをしている間に、門を押さえる」
「その後は?」
「騒ぎを起こす。外の連中には、その隙に入ってもらう」
ナナイの視線が、待機している兵へ向いた。
「門を開けただけでは、集中砲火を受けます」
「だから、向こうに門どころじゃなくなってもらうのさ」
ヤザンは背後のトラックを示した。
荷台には、弾薬の木箱が積まれている。
「手土産だ。元警官が手ぶらで来るより、信じやすいだろう」
シュウが木箱を見た。
「持ち帰るつもりはないんだな」
「ああ。少々、派手な手土産でね」
シュウはしばらく考えた。
そしてナナイへ目を向ける。
「門が開いても待て。敵が広場へ戻り始めたら動け」
「……シュウ様」
「入る時機は、お前に任せる」
ナナイは口を閉じた。
だが、すぐにヤザンを見た。
「もし、この男が本当に賞金を受け取ろうとしたら」
「裏切るなら、俺の見える場所で裏切ってもらう」
シュウは静かに答えた。
「その方が始末が早い」
ヤザンが短く口笛を吹く。
「怖い大将だ」
シュウは荷物から小さなケースを取り出した。
中には、あの醜悪な顔が収められていた。
「ヤザン」
「おう」
「縛るなら、痕を残すなよ」
「注文の多い捕虜だねえ」
◇
門の内側で、トラックが止まった。
「降りろ」
門番の指示に従い、ヤザンは運転席から降りた。
腰の拳銃を抜かれ、上着の中まで調べられる。
「ずいぶん丁寧だな」
「元治安局なんだろう」
「元、だから来たんだ。現役なら、もう少し大勢で押しかける」
門番は笑わなかった。
荷台の男を引きずり下ろす。
両手を鎖でつながれた小男が、よろめいた。
「おい、乱暴にするなよ。そいつは俺の金なんだ」
「確認が済むまで黙っていろ」
別の兵が木箱を開けていた。
中身を確かめ、仲間へ頷く。
「弾薬です」
「弾薬庫の前へ運べ。車はそこで待たせろ」
ヤザンは車の鍵を渡した。
トラックが兵の運転で広場の奥へ進んでいく。
その姿を見送りかけて、囚人の頭が乱暴に押さえられた。
「前を向け」
「……ちっ」
卑しい声で、小男が舌打ちする。
「本物はさらに醜悪なんだねえ」
ミランダが近づいてきた。
背後にはガランがいる。
「手配書通り、本物さ」
ヤザンが答えた。
ミランダは小男の顎を持ち上げる。
「あんたが教主殺しかい?」
「だったら、なんだ」
「威勢はいいね」
顔を左右へ向けさせ、手配書と見比べた。
「どうやって捕まえた?」
ガランが尋ねる。
ヤザンは囚人を見た。
「飯を食ってるところを、後ろから」
「一人でいたのか」
「俺が見た時にはな」
「仲間は?」
「そこから先は、そっちで聞いてくれ。俺は首を持ってきた。話まで聞き出せとは書いてなかったぜ」
ガランは手配書を確認することなく、ヤザンの顔を見ていた。
「賞金を受け取りに来たんだな?」
「まず、払える奴と話したい」
「今、話している」
ヤザンの笑みが、少しだけ薄くなった。
「だったら、早くしてくれ」
ガランの目が囚人へ移る。
伏せられた顔。
だらりと垂れた鎖。
その指先は、鎖を握り締めてはいなかった。
「そいつを奥へ連れていけ。鎖も替えろ」
兵が小男の肩をつかんだ。
小男は動かない。
「歩け」
肩を押す。
その瞬間だった。
じゃらり。
鎖の端が地面へ落ちた。
兵が下を見る。
小男の片手が、すでに抜けていた。
「おい――」
腕を取られる。
身体がひねられ、兵はミランダの前へ投げ出された。
「離れろ!」
ガランの声と同時に、ミランダが長柄の武器を抜く。
小男が身を引いた。
刃先が、その頬をかすめる。
裂けたのは、皮膚だけではなかった。
「……ん?」
ミランダの動きが止まる。
小男が顔へ手をかけた。
剥がれかけた面を、そのまま取り去る。
白い肌。
血のにじむ本物の頬。
そこには、手配書とは似ても似つかない青年が立っていた。
ミランダは目を丸くした。
それから、ゆっくりと口元を緩める。
「ちょっと、なんだい。中身は私好みの男じゃないか!? 意外だねえ」
手配書を放り捨て、長柄の武器を構え直した。
「そんな顔を隠してたなんてねぇ。逃がさないよ」
「ミランダ、遊ぶな!」
「分かってるよ!」
刃がシュウへ迫る。
その横で、ヤザンは門番の銃を奪い、詰所へ飛び込んだ。
二発の銃声に続き、重い門が再び開き始める。
◇
ミランダの刃が、木箱を砕いた。
シュウは身をかわし、荷車の陰へ回る。
「逃げるばかりかい?」
追いかけたミランダの肩を、銃弾が叩いた。
防護服が弾を止める。彼女はよろめきながらも、長い柄でシュウの腕を払った。
拳銃が地面へ飛ぶ。
(今、どこで拾った?)
だが、考えるより先に踏み込んでいた。
シュウの背後には壁。もう下がれない。
「捕まえた」
ミランダが笑う。
シュウは、武器を握る彼女の手を見ていた。
――鍛えられないところを狙え。
そう教えた時の、ミリアの真剣な顔がよぎる。
刃が迫った。
シュウが身をずらす。足元で鎖が鳴り、ミランダの引く柄に何かが引っかかった。
さっきまで、シュウの手首をつないでいた鎖だった。
その一瞬に、シュウが懐へ入った。
「ぐっ!」
手首を打たれ、ミランダは武器を落とす。
それでも首へ伸びた手を振り払い、彼の腹を蹴って突き離した。
シュウが片膝をつく。
「すごいじゃないか……顔だけじゃないんだねぇ」
痺れる腕を押さえながら、まだ笑っていた。
◇
ガランは門へ向かいかけ、足を止めた。
弾薬庫の前で、兵たちがまだトラックから荷を下ろしている。
騒ぎに気を取られ、木箱を抱えたまま広場を見ていた。
囚人。
賞金稼ぎ。
わざわざ運び込んだ手土産。
「その車から離れろ!」
兵が振り返った。
「荷を下ろすな! 離れろ!」
シュウが顔を上げた。
門の脇で、ヤザンが片手を振っている。
「おい! まだやるのか!」
シュウは立ち上がった。
ミランダが落ちた武器へ手を伸ばす。
「待ちな。逃がさないよ」
その背後で、鈍い音がした。
一拍。
トラックの荷台が、炎に包まれた。
――ドォォォン!!
爆風が木箱を吹き飛ばす。
弾薬庫の戸が内側へ倒れた。
続けて、別の爆発。
「伏せろ!」
ガランがミランダを引き倒した。
頭上を、燃えた板が飛んでいく。
シュウは石積みの陰へ滑り込んでいた。
その肩へヤザンが手をかける。
「遅えよ!」
「門は?」
「開いてる!」
黒煙が広場を覆う。
火は倉庫へ入り込み、中から細かな破裂音が続いた。
◇
爆炎を見て、門の兵が広場へ駆け戻った。
「見張り台を押さえなさい。前へ!」
ナナイは援護の銃声を背に、兵を率いて門を抜けた。
中では消火の指示と、迎撃の怒号が入り乱れている。
「武器を置け! 投降した者には撃つな!」
煙の向こうにシュウが見えた。
無事だ。
そう思った瞬間、横から腕を引かれた。
「よそ見してる場合か!」
頭のあった場所を、刃がかすめる。
ガランだった。
ヤザンはナナイを背にかばい、続けざまに撃った。
一発がガランの腿を裂き、その足が止まる。
「ガラン、こっちだ!」
ミランダが荷車を倒した。
砂埃が舞う中、彼の腕を肩へ回す。
「走れるかい?」
「……行け」
「行ってるだろ!」
二人は倉庫脇の細い通路へ逃げ込んだ。
その先には、人が通れるほどの整備口がある。
兵が追いかけようとした時、倉庫の屋根が軋んだ。
「追うな! 離れろ!」
シュウの声に、ナナイが兵を下がらせる。
燃える梁が通路の入口へ落ちた。
屋根が崩れ、熱風が広場を走り抜けた。
◇
夜。
炎が小さくなっても、倉庫には誰も近づかなかった。
門の外には投降した者たちが座らされ、その横へ負傷者が運ばれている。
火の届かなかった場所から、水や食料が少しずつ持ち出されていた。
「シュウ様」
ナナイが駆け寄った。
「頬に傷が」
「かすり傷だ」
「血が出ています」
「かすり傷だ」
ナナイは返事をせず、布を取り出した。
シュウの頬へ当てる。
彼も、それ以上は何も言わなかった。
少し離れたところで、ヤザンがその様子を眺めていた。
「俺も肘を擦りむいたんだがね」
「自分で手当てしなさい」
「扱いが違うなあ」
ナナイは布を下ろした。
ヤザンへ向き直る。
「……先ほどは助かりました」
ヤザンの眉が上がる。
「ほう」
「二度は言いません」
「一度で十分だ」
ヤザンは笑い、抱えていた帳面をシュウへ渡した。
「事務所に残ってた。荷の受け取りと出荷の記録だ」
シュウが開く。
日付。数量。受領の印。
何枚かめくり、顔を上げた。
「金もあっただろう」
ヤザンは黙った。
ナナイの目が細くなる。
「……帳面だけとは言ってねえぞ」
ヤザンは上着から札束を出した。
もう一つ。
さらに、もう一つ。
「随分と膨らんだ懐ですね」
「俺の首より、こいつの首の方が高かったんでね」
ヤザンが親指でシュウを示す。
「賞金だと思って、少しぐらい」
「運び出しが終わってからにしろ」
シュウは帳面を閉じた。
「誰がどれだけ働いたか、お前も見ていただろう」
ヤザンは門の方を見た。
兵たちが、荷を担いで行き来している。
「……分かったよ」
札束を帳面の上へ置いた。
「で、合格かい。俺は」
「二人逃がした」
「そりゃあんたも同じだろ」
シュウは答えなかった。
帳面と金をナナイへ渡す。
「次に動く時は、先にこいつの話を聞け」
ナナイは一瞬だけヤザンを見た。
「……承知しました」
ヤザンが口元を緩める。
「そいつはどうも」
「ただし、帳面は私が預かります」
「信用されねえなあ」
ナナイは取り合わず、兵たちの方へ歩いていった。
シュウも、その後に続く。
ヤザンは一人残り、開いたままの門を見上げた。
「……忙しくなりそうだ」
そう呟いて、二人を追った。
◇
拠点から離れた砂漠を、一台の小型ホバーカーが走っていた。
ミランダが片手で操縦桿を握り、もう片方の腕を膝に乗せている。
隣ではガランが、腿に巻いた布を締め直していた。
「ああ、痛い。腕も肩も、ひどいもんだよ」
「前を見ろ」
「見てるよ」
車体が跳ねた。
ガランが顔をしかめる。
「……少し落とせ」
「はいはい」
速度が緩む。
しばらく、エンジンの音だけが続いた。
「あの色男さ」
ミランダが口を開いた。
「銃を拾うところ、あんた見たかい?」
「見ていない」
「そうかい」
彼女は痺れの残る手を開いたり閉じたりした。
「いつ拾ったんだろうね。目は離してなかったつもりだけど」
「つもり、だろう」
「……まあね」
ガランは背後を振り返った。
岩山の上に、まだ赤い明かりが見える。
「次は、あの手には乗らん」
「私は、もう一度会いたいねぇ」
ガランがミランダを見た。
彼女は前を向いたまま、にっと笑う。
「あんなに私好みの男、そうそういないよ」
「殺されかけたんだぞ」
「だから、次はこっちが捕まえるのさ」
痺れる手を、ゆっくり握る。
「今度は逃がさないよ。あの色男」
ガランは呆れたように息を吐き、座席へ背を預けた。
ホバーカーは、暗い砂漠の先へ進んでいった。
◇
一方、ロロたちはケニア宇宙港に到着していた。
大きな窓の向こうに、月へ向かうシャトルが見える。
その下を、荷物を積んだ作業車が忙しそうに行き交っていた。
「ようやく着いたな。嬢ちゃん、あれに乗るんだぜ」
ジュドが窓の外を指さす。
ロロは顔を上げた。
けれど、すぐにまた目を伏せてしまう。
「……うん」
朱麗と別れてから、ずっとこの調子だった。
つい、隣を見てしまう。
そのたびに、もうそこには誰もいないのだと思い出す。
そこへ、情報を集めに行っていたカミュとファが戻ってきた。
「カガチの行き先が分かった」
カミュが声を落とす。
「月のグラナダへ逃げたらしい」
「グラナダ? なんだ、俺たちと同じ月じゃねえか」
「ああ。向こうで足取りを追う」
ファも頷いた。
「だから、もうしばらく一緒ね」
「そりゃ心強い。なあ、嬢ちゃん」
ロロは少し遅れて振り向いた。
「……え?」
「カミュたちも、同じシャトルに乗るんだとよ」
「あ……そうなんだ。よかった」
小さく笑ったところで、搭乗を知らせる放送が流れた。
一行は荷物を手に、乗船口へ向かった。
◇
シャトルの窓際の席で、ロロは膝の上に手を重ねていた。
通路を行き交う乗客の声も、どこか遠くに聞こえる。
――用事が済んだら、すぐ追いかける。
髪を撫でてくれた手。
別れ際の声。
思い出すと、また会いたくなった。
「ロロさん」
通路をはさんだ席から、カミュが声をかけた。
「ベルトは締めたか?」
「……あ、うん」
そう答えてから、まだ留めていないことに気づく。
慌てて金具を差し込むと、隣のジュドがそっと息を吐いた。
「そんなにぼんやりしてると、月に着いたことにも気づかねえぞ」
「ごめん……」
「謝ることじゃねえけどよ」
ジュドは座席に背を預けた。
「アナハイムに着いたら楽しみだな。お前、見たいもんが山ほどあるんじゃねえか?」
ロロが、少しだけ顔を上げる。
「……工場、見られるかな」
「頼んでみようぜ。俺も見てえしな」
「何でも触っていいわけじゃないぞ」
カミュがくぎを刺した。
ジュドは肩をすくめる。
「分かってるって。なあ?」
「僕、勝手には触らないよ」
ロロの口元が、ほんの少しゆるんだ。
「でも……どんな機械を使ってるんだろう。アルさんの工房にあったのとは、全然違うのかな」
「そういうのは、着いたらお前が俺に教えてくれ」
「うん」
ロロは窓の外へ目を向けた。
整備員が手を上げ、機体から離れていく。
「……楽しみだね」
今度は、ジュドにもはっきり聞こえた。
やがて、座席に細かな振動が伝わってくる。
ロロはベルトをぎゅっと握りしめた。
シャトルは、月へ向けて飛び立った。
第7話をお読みいただき、ありがとうございます。
ヤザンが加わり、シュウたちの間にも少しずつ変化が出てきました。
一方、負けても懲りないミランダ。彼女に目をつけられたシュウは、厄介な相手を増やしてしまったかもしれません。
そして、朱麗との別れを胸に、月へ向かうロロ。
寂しさの中にも、ほんの少し楽しみを見つけての旅立ちとなりました。
次回もお付き合いいただければ嬉しいです。