GUNDAM TRIANGLE   作:カンキ

8 / 8
今回は、ロロたちが地球を離れ、月のグラナダへ向かいます。
これまで修理屋として機械に触れてきたロロが、大規模なアナハイムの施設で何を見つけ、技術者たちとどのように向き合うのか。
戦いとは少し離れた、ロロ=レイの「技術屋」としての一歩を描いた回です。
第8話「月の技術屋」、お楽しみください。


第8話 月の技術屋

 

 

窓の外に、青い星が浮かんでいた。

 

ロロは額を窓へ寄せた。

あのどこかに、朱麗がいる。

 

やがてシャトルが向きを変え、地球は窓の端へ隠れた。

代わりに、灰色の月面が近づいてくる。

クレーターの縁を越えた先に、幾つもの灯りが見えた。

 

グラナダ。

 

「着くぞ、嬢ちゃん」

「……うん」

 

ロロは膝の上の工具袋を抱き直した。

 

     ◇

 

到着通路へ踏み出した途端、足が浮いた。

 

「わっ!」

 

慌てて床を蹴ろうとした肩を、ジュドがつかむ。

 

「落ち着け。地球のつもりで歩くと、どこまでも跳ねるぞ」

「分かってるよ。ちょっと試しただけ」

「ほう。じゃあ、この手は離してもいいんだな?」

「……まだ駄目」

 

後ろでリィナが笑った。

ロロは手すりをつかみ、ようやく靴底を床へ戻した。

 

ゲートを抜けたところで、カミュが足を止める。

 

「俺たちは市街へ向かう」

「もう捜すの?」

「ああ。カガチがこの街にいるうちに、足取りをつかみたい」

 

ファが荷物を持ち直した。

 

「落ち着いたら連絡するわ。ロロさんも、アナハイムに着いたら知らせてね」

「うん」

 

リンが横から付け加える。

 

「機械ばっかり見て、ご飯を忘れないようにね」

「忘れないよ!」

「どうかなあ」

 

ジュドまで笑っている。

ロロは少し頬を膨らませた。

 

「じゃあ、また後でな」

 

カミュたち三人は、市街へ向かう人の流れに入っていった。

その背中を見送ってから、ロロはジュドを振り返る。

 

「僕たちは、こっち?」

「ああ。今度は足元を見ろよ」

 

     ◇

 

アナハイム・エレクトロニクス、グラナダの施設群。

 

構内車の窓を、大きな作業用の腕が横切った。

その先には、吊り上げられたモビルスーツの脚。

足首だけで、ロロのいた工房の入口ほどもある。

 

「ジュドさん、あれ!」

「見えてるよ」

「あんな大きいのに、全然揺れてない。どうやって止めてるんだろう」

 

ロロは窓の端まで顔を寄せた。

脚が遠ざかると、今度は反対側を向く。

装甲を外された胴体。並んだ工作機械。忙しく走る搬送車。

 

『ロロ、右! ロロ、左!』

「ハロ、待って。一つずつ!」

「お前が言うか」

 

ジュドが笑った。

 

車を降りた先で、白衣の男が手を上げていた。

 

「お待ちしていました」

「よう、レオナージ。相変わらず忙しそうだな」

「あなたが面白い話を持ち込むので、さらに忙しくなりそうですよ」

 

レオナージ・メドッソはロロへ向き直った。

 

「初めまして。ジェガンを直した方ですね」

「あ、うん。ロロです」

「よければ、どう直したか聞かせてもらえますか」

 

ロロは工具袋を抱えたまま話し始めた。

電源は来ていた。配線も切れてはいなかった。

ただ、交換された部品と、古い制御装置とで、動き始める順番が合っていなかった。

 

「新しい方が待ってるのに、古い方も待ってて。お互いに、先に動いてくれないかなって」

「起動の条件が食い違っていたんですね」

「うん。だから、そこをつなぎ直したんだ」

 

レオナージは頷き、手元の端末へ書き留めた。

 

「どちらも故障していない。だから部品の検査だけでは見つからない、と」

「そう。もったいないよね。まだ使えるのに」

「兄も、そういうことをよく言うんです」

 

ジュドが白衣の肩を軽く叩く。

 

「アストナージさんなら、捨てる前にもう一回見ろって言うだろうな」

「ええ。僕が図面とにらみ合っている間に、もう手を入れているような人でした」

 

レオナージは端末を閉じた。

 

「では、今度は僕たちが困っているものを見てもらいましょう」

 

通路の先で、建造ドックを見下ろす窓が開けた。

巨大な船体が横たわっている。

いくつもの開口部。その周りに群がる作業機械。

ロロは足を止めた。

 

「……あれ、艦橋は?」

「ここで造っているのは、一部なんです」

「一部で、あの大きさ?」

「大型の実験船です。まだ、全部はお見せできませんが」

 

奥へ通じる扉が開き、作業員が一人入っていった。

すぐに閉まる。

ロロの仮の入館証では、その扉は開かなかった。

 

「こちらです、ロロさん」

「あ、はい!」

 

ロロは小走りで追いついた。

 

     ◇

 

机の上に、焼けた金属の筒が置かれていた。

 

「触るな」

 

手を伸ばしかけたロロが止まる。

数式の並ぶ画面の前で、白衣の男が振り返った。

 

「縁が割れている。手を切るぞ」

「……あ、ほんとだ」

 

ロロは手袋をはめてから、筒を持ち上げた。

内側がひどく削れ、片側へ溶け落ちている。

 

「ロロさん。彼がカロッゾ・ロナです。こちらの設計を担当しています」

 

カロッゾは、ロロとジュドを順に見た。

 

「例の技術者とは、この子か」

「子供だけど、直せるものは直せるよ」

「それを今から確かめる」

 

カロッゾが画面を切り替えた。

筒の断面と、その中を通る光の筋が映る。

 

「試験砲の収束部だ。同じ出力を、もっと細い範囲へ集中させたい。だが、ここまで絞ると内側を焼く」

「それで溶けちゃったんだ」

「材質も冷却も変えた。今の構造で、どこまで耐えられるかは計算できている」

 

レオナージが隣の台を示した。

同じ試験装置が、もう一組用意されている。

 

「目標は、基準の半分の太さで十秒間。試験は三日目です。ロロさんも、別の方法を考えてみませんか」

「僕も使っていいの?」

「操作は担当者と一緒に。必要な部品は申請してください」

 

ロロは筒の内側を、もう一度のぞいた。

 

「この筒、なくせないのかな」

 

カロッゾの眉が動く。

 

「外しただけでは、ビームはまとまらん」

「うん。だから、別のもので囲めれば」

「何で?」

「……まだ分かんない」

 

ジュドが吹き出した。

カロッゾは笑わなかった。

 

「分かったら図にしろ。言葉だけでは試験できない」

「うん!」

 

ロロは近くの椅子を引いた。

工具袋を置き、紙を探す。

 

「今からか?」

 

ジュドが呆れたように言った。

 

「だって、三日しかないんでしょ?」

 

カロッゾはしばらくその手元を見てから、自分の画面へ向き直った。

 

     ◇

 

翌日、グラナダの市街。

 

宿の主人は、ファの示した写真を見て首を振った。

 

「その名前の方は、お泊めしていません」

「名前は違うかもしれないわ。顔を、もう一度見ていただける?」

 

主人の目が写真へ戻る。

今度は、すぐには離れなかった。

 

「……ショルティさんなら、二晩」

「いつ出た?」

 

カミュが尋ねる。

 

「三日目の朝です。車が迎えに来ました」

「どんな車?」

「黒い車です。窓が暗くて、中は見えませんでした」

 

リンが写真をのぞき込む。

 

「この人、自分で乗ったの?」

「ええ。迎えの者と何か話して、そのまま。ほっとしたように見えましたが」

 

カミュはファと目を合わせた。

 

「忘れ物はなかったか」

「ありません。部屋も、きれいなものでした」

 

宿を出ると、カミュは向かいの軒先を見上げた。

小さな監視カメラが、通りへ向いている。

 

「まず、あの店だ」

「車が映ってるかもしれないね」

「ああ。急ぐぞ」

 

     ◇

 

同じ頃、アナハイムの再利用部品置場。

 

「嬢ちゃん。こっちだ」

 

ジュドが、棚の奥から金属枠を引き出した。

古い配線が束になって垂れている。

 

「外側はひどいが、中まで焼けちゃいねえ。試験台に使えるぞ」

「ほんとだ。端子も残ってる!」

 

ロロはしゃがみ込み、枠の下へ顔を入れた。

その横を、リィナが台車を押してくる。

 

「持っていくものは、こっちへ。札を外しちゃ駄目よ。番号が分からなくなるから」

「はーい」

 

返事をしながら、ロロは別の棚を見ている。

ジュドがその襟をつまんだ。

 

「先に、これを出す」

「あ、そうだった」

 

昼を過ぎても、台車はいっぱいにならなかった。

気になるものを見つけるたびに、ロロがその場で調べ始めるからだった。

 

やがて、ロロの手が止まった。

重い箱の中に、輪を分割したような装置が並んでいる。

札には、古い試験番号と、用途が記されていた。

 

「Iフィールド発生器……」

「ビームを曲げるやつだな」

 

ジュドが肩越しに見る。

 

「これも試験用か。ずいぶん古いぞ」

 

ロロは端末で、その番号を呼び出した。

残されていた試験映像が動き出す。

短い光が、見えない何かに沿って曲がった。

 

ロロは映像を戻した。

もう一度。

そして、画面の光を指で囲む。

 

「どうした?」

「これ、借りたい」

「動くのか?」

「調べる。動くところだけでも、使えないかな」

 

ジュドが箱を持ち上げた。

 

「ほら、反対側を持て。腰を据えて見るなら、向こうに戻ってからだ」

 

     ◇

 

その夜。

 

宿舎へ戻ったロロは、食事の間も紙に輪を描いていた。

 

「ロロ。スープ、冷めるわよ」

「あ、ごめん」

 

リィナに言われ、ようやく匙を取る。

だが、食べ終わるとすぐに立ち上がった。

 

「ちょっと、試験棟に戻ってくる」

「今から?」

「寸法だけ。見たら帰る」

 

ジュドは呆れたように笑った。

 

「戻る前に連絡しろよ。迎えに行くからな」

「分かった!」

 

     ◇

 

試験棟の廊下に、軍服の男が立っていた。

 

ロロの足が止まる。

襟元まできちんと留めた制服。白いものの混じる髪。

目元を覆う黒いアイマスクの下で、口が固く結ばれていた。

 

男が、こちらへ顔を向ける。

 

「ここは関係者以外、立ち入り禁止のはずですが」

 

低い声だった。

ロロは思わず工具袋を抱え直した。

 

「あの……試験砲を、見に」

「許可は取っていますか?」

 

ロロは入館証を差し出した。

男は一瞥して、窓の向こうへ視線を戻す。

 

「レオナージ主任の関係者でしたか……」

「うん。課題を出されたから、寸法だけ見にきたんだ」

 

返事はなかった。

 

ロロは少し離れて窓へ近づいた。

中では、昼間外した収束部が台の上に置かれている。

端末の図面と見比べ、紙に線を引く。

 

「……何をしているのですか?」

「あ、この筒の代わりに、別のものをつけたいんだ」

「そうですか」

 

また、黙ってしまった。

 

怒ってはいないらしい。

それでも、隣に立っていると落ち着かなかった。

ロロは紙へ目を戻す。

 

「ビームを曲げられる装置があって。それを周りに置けば、筒に触らせずに通せると思うんだけど」

「ふむ」

「でも、同じ向きで並べるだけじゃ駄目なんだ。こっちへ押すと、反対側が押し返しちゃうから……」

 

話すうちに、紙の上の線が増えていく。

ロロは男の顔をうかがった。

男は試験砲を見たままだった。

 

「……ごめんなさい。うるさかった?」

「いいえ」

 

短い返事。

ロロは口を閉じた。

 

やがて男が、紙の端を指した。

 

「そこを外すと、支えがなくなりますよ」

「え?」

「筒を外すのでしょう。後ろの配管も、そこで留まっています」

 

ロロが図面を拡大する。

取付金具。その裏に通った、細い配管。

 

「あ、本当だ。これも動かさなきゃ」

 

男は、もう別の方を向いていた。

 

「先に確かめてみるといい」

「うん。ありがとう、おじさん」

 

言ってから、ロロは少し身を固くした。

男の顔がこちらを向く。

だが、何も言われなかった。

 

『ロロ、ジュドカラ通信!』

 

額のゴーグルから、ハロの声がした。

 

「あ、もうそんな時間?」

 

ロロは慌てて紙を畳んだ。

 

「僕、帰るね」

「ああ」

 

数歩進んでから振り返ったが、男は見送ってはいなかった。

それでもロロは小さく頭を下げ、廊下を戻っていった。

 

角を曲がる頃、背後で靴音がした。

 

「大佐。お待たせしました」

 

エイデン・クロウだった。

ブラッド・レイは頷き、窓から離れた。

 

「先ほどの子は?」

「技術者だそうです」

 

エイデンが、ロロの消えた廊下を見る。

 

「あの年で、ですか」

「レオナージ主任が入れたそうですよ。私に聞かれても困ります」

 

ブラッドは歩き始めた。

 

     ◇

 

翌朝、グラナダの市街。

 

ファは端末を机へ置いた。

映像の中で、黒い車が宿の前に止まる。

小さく映った男が乗り込んだ。

 

カミュが映像を止める。

 

「カガチだ」

「ここまでは、向かいの店が残していたわ」

「その先は?」

 

ファが別の画面を開く。

街の交通記録だった。

黒い車が進んだ時間帯だけ、映像が欠けている。

 

「点検中、だそうよ」

 

リンが椅子の背へ寄りかかった。

 

「都合のいい点検だね」

 

カミュは消えた時刻を手帳へ写した。

 

「故障か、誰かが消したか。まだ決めるな」

「でも、怪しいよ」

「ああ。だから調べる」

 

ファが上着を取る。

 

「映像のことを聞いて回れば、向こうにも気づかれるかもしれないわね」

「宿の主人にも、これ以上は話すなと伝えておこう」

 

カミュは手帳を閉じた。

 

「誰が迎えに来たのか。まずは、そこだ」

 

     ◇

 

約束の三日目。

 

試験棟の観覧室で、ハサン・ヴェイルは背筋を伸ばしていた。

膝の上には、まだ何も書かれていない手帳。

その隣へルチルが座る。

 

「早かったんですね」

「はい! 見逃したくなかったので!」

 

声が大きすぎた。

向こうの席でアークが振り返る。

ハサンは首をすくめた。

 

「……おはようございます、少尉」

「おはようございます」

 

ルチルが微笑む。

ハサンは手帳へ視線を落とした。

そのまま、同じ日付を二度書いてしまった。

 

「ここ、重複していますよ」

「あっ」

 

慌てて消そうとして、筆記具を落とす。

拾ってくれたのはルチルだった。

 

「どうぞ」

「ありがとうございます」

 

受け取る指先が触れ、ハサンの手が止まる。

 

「ハサン。試験が始まるぞ」

 

エイデンの声で、ようやく前を向いた。

アークは口元を緩めたが、何も言わずに資料を開いた。

 

     ◇

 

カロッゾの試験は、静かに始まった。

 

隔壁の向こうで、砲の先端が光る。

計測係が数値を読み上げた。

 

「基準の三分の二。十秒、安定しています」

「半分へ絞る」

 

光が細くなる。

画面の温度が、一気に上がった。

 

「二秒。停止」

 

カロッゾの指示で、光が消える。

装置は壊れていなかった。

 

「今の構造では、ここまでだ。これ以上続ければ、内側がもたない」

 

レオナージが記録へ目を通す。

 

「前回より、熱が偏っていませんね」

「流路を変えた。冷やせる部分は、すべて使っている」

 

ロロは画面をのぞき込んだ。

細い配管が、装置の周りを巡っている。

 

「……こんな所まで通してるんだ」

「通しただけではない。どこへ流し、どこから出すかで変わる」

 

カロッゾはロロへ向き直った。

 

「君の装置を見せてもらおう」

 

     ◇

 

ロロの試験砲からは、焼けた筒が外されていた。

代わりに、三つの発生器が砲口を囲んでいる。

古い金属枠へ取り付けられたそれらを見て、ジュドが頷いた。

夜遅くまでかけて、ロロとジュドが組み上げたものだった。

 

「うまく収まったな」

「ジュドさんの枠、ぴったりだったよ」

「寸法を測って選んだんだ。当然だろ」

 

ロロはゴーグルを下ろした。

操作卓へ手を置く。

 

「低い出力から、お願いします」

 

最初の光は、すぐにばらけた。

三つの発生器の間で揺れ、標的の手前へ散ってしまう。

ロロは記録を戻した。

 

「ハロ、ここ。三つ目だけ、少し遅らせて」

『調整スル!』

「なぜ遅らせる」

 

カロッゾが尋ねた。

 

「同時だと押し合っちゃう。前から順番に受け渡したいんだ」

 

ロロは画面を指でなぞった。

カロッゾは少し考え、計測係を見る。

 

「記録の間隔を細かくしろ。次は、ここを測る」

 

二度目。

 

細い光が、試験室の奥へ伸びた。

 

「径、目標値以内」

 

ロロの手が止まる。

 

「そのまま、出力を上げてください」

 

光が強まった。

それでも、太さは変わらない。

 

「三秒――」

 

警告音が鳴った。

 

「発生器の温度、上昇!」

「止めて!」

 

光が消えた。

記録は四秒を示している。

 

観覧室で、ジュドが身を乗り出した。

 

「通ったぞ」

 

ロロも頷いた。

だが、顔はまだ画面へ向いていた。

 

「筒は要らなくなった。でも、今度はこっちが熱くなるんだ……」

 

カロッゾが操作卓へ近づく。

 

「発生器を三つ使って、この間隔か」

「もっと離した方がいい?」

「いや。収束はできている。問題は、その裏だ」

 

指先が、発生器の取付部で止まる。

 

「ここへ熱が溜まっている。借りてきた時の冷却では足りん」

「うん。そこ、僕も困ってた」

「なぜ言わない」

「試してみないと、どのくらい熱くなるか分からなかったから」

 

カロッゾは記録をもう一度見た。

隣へ、自分の設計図を呼び出す。

 

「……この流路なら、使えるか」

 

ロロが顔を上げた。

 

「カロッゾさん。それ、つけられる?」

「そのままでは無理だ。取付部から造り直す」

「教えて。僕もやる」

 

カロッゾは、そこで初めてロロを見た。

 

「勝負はどうした」

「だって、あと六秒だよ」

 

ロロは画面と設計図を交互に指さす。

 

「僕の装置だけじゃ、まだ足りない。カロッゾさんの冷却と合わせてみたいんだ」

「私が勝つかもしれんぞ」

「うん。でも、どっちが勝つかより、ちゃんと動く方が面白いじゃん」

 

カロッゾは黙った。

レオナージが、二人の後ろへ来る。

 

「試験室は、午後も使えます。加工班も空けましょう」

「……話が早すぎませんか」

「必要でしょう?」

 

カロッゾは小さく息を吐き、白衣の袖をまくった。

 

「冷却部は私が決める。寸法を勝手に変えるな」

「分かった!」

 

     ◇

 

昼食は、作業机の端に置かれた。

 

リィナが持ってきたパンを、ジュドが二つに割る。

片方を差し出しても、ロロは気づかなかった。

 

「嬢ちゃん。口」

「え?」

「食え」

 

ロロはようやくパンを受け取った。

その向かいでは、カロッゾも図面を見たまま食べている。

 

「こっちにもいたか」

 

ジュドが呟く。

リィナは空いた包みをまとめながら笑った。

 

午後、造り直した取付部が届いた。

ジュドが枠を支え、ロロが位置を合わせる。

カロッゾは配管を一本ずつ確かめた。

 

「その管は曲げすぎだ」

「ここ、枠に当たるよ」

「枠の方をずらせ」

「ジュドさん、ちょっと右!」

「さっき左って言っただろ!」

 

文句を言いながらも、枠はぴたりと収まった。

 

     ◇

 

再試験の時刻になった。

 

アークは、観覧室へ戻ったハサンの手帳を見た。

午前中には白かった紙が、小さな図で埋まっている。

 

「何か分かったか」

「全部は、まだ。でも、二人とも相手の装置をよく見ていました」

「ほう」

「自分だったら、負けたくないと思って、手元のばかり見てしまいそうです」

 

アークが頷いた。

 

「それが見えたなら、今日は来た甲斐があったな」

 

ハサンは嬉しそうに手帳を閉じた。

隣でルチルが、自分の資料を少し寄せる。

 

「後で、分からなかったところを一緒に見ましょう」

「いいんですか?」

「ええ。私も、全部分かったわけではありませんから」

 

ハサンが笑った。

今度は、声は裏返らなかった。

ルチルも微笑み、試験室へ目を向ける。

 

     ◇

 

「冷却、正常」

『同期、完了!』

 

ロロが頷く。

カロッゾも、画面から手を離した。

 

「始めよう」

 

細い光が、標的へ届いた。

 

四秒。

 

午前中に上がった温度は、まだ低い。

五秒。六秒。

ロロは息を詰めた。

 

「八秒」

 

カロッゾの指が停止スイッチの近くへ動く。

だが、触れない。

 

「九秒――十秒。目標達成!」

「停止」

 

光が消えた。

冷却装置だけが、低い音を立てて動いている。

 

ロロは画面を確かめた。

太さ。出力。時間。

どれも、目標に届いていた。

 

「……できた」

 

カロッゾを見る。

彼はもう、次の記録を開いていた。

 

「ばらつきを調べる。もう一度、同じ条件で――」

「カロッゾさん!」

「何だ」

「できたよ!」

 

カロッゾの手が止まった。

そして、わずかに頷いた。

 

「ああ。見ている」

 

ロロが笑う。

観覧室の向こうで、ジュドが大きく親指を立てていた。

 

     ◇

 

廊下でレオナージに結果を尋ねていたブラッドは、報告を聞き終えると端末を返した。

 

「実機でも使えますか」

「まだ試験機での成功です。大型化と、繰り返し使った場合の確認が必要です」

「予定への影響は?」

「検証して、改めて報告します」

 

ブラッドは短く頷いた。

アークが隣で腕を組む。

 

「技術者たちは、随分と楽しそうだったな」

「そうですか」

 

ブラッドの返事は、それだけだった。

 

そこへ、工具袋を抱えたロロが出てきた。

ブラッドを見て、一瞬足が鈍る。

それから、思い切ったように近づいた。

 

「あの、おじさん」

 

レオナージが口を開きかけた。

ブラッドが先に応じる。

 

「何でしょう」

「十秒、できたよ」

「聞きましたよ」

「あの配管も、別の場所に留めたから。ちゃんと通った」

「そうですか」

 

会話が止まる。

ロロは工具袋の持ち手を握り直した。

 

「……じゃあ、僕、片づけてくるね」

「ええ」

 

通り過ぎかけた背中へ、声がかかった。

 

「次に外す時は、残った圧を抜いてからにしなさい」

 

ロロが振り返る。

 

「うん。それはカロッゾさんにも言われた」

「なら、忘れないように」

 

ロロは頷き、今度こそ歩いていった。

 

アークがブラッドを横目で見る。

 

「よく見ているじゃないか」

「配管の話です」

 

ブラッドはエイデンを伴い、廊下の奥へ進んだ。

レオナージはその背中を見送り、ロロのいる試験室へ戻っていった。

 

     ◇

 

ロロは外した発生器の前で、まだしゃがんでいた。

隣にはカロッゾがいる。

 

「ここ、もう少し小さくできないかな」

「まず今日の記録をまとめろ。次の話はそれからだ」

「でも、思いついちゃった」

「なら書いておけ。忘れる前に」

 

ロロが紙を探す。

カロッゾは自分の机から一枚取り、差し出した。

 

「ありがとう」

「私にも見せろ」

「うん!」

 

レオナージは二人のところへ来て、机の端に社員登録の書類を置いた。

 

「ロロさん。改めて、ここで働いてもらえませんか」

 

ロロの鉛筆が止まった。

 

「……僕が?」

「ええ。今回だけで終わらせるのは、惜しいと思っています」

「でも、知らないこともいっぱいあるよ」

「今日も、一つ覚えたでしょう」

 

ロロはカロッゾを見た。

彼は紙へ目を向けたまま言った。

 

「冷却だけではない。図面の書き方もだ」

「読めるでしょ?」

「君に聞かなければ分からん図面では、他の者が造れない」

「……それは、そうだね」

 

レオナージが笑う。

 

「覚えることも、試せることもあります。どうしますか」

 

ロロは書類を両手で受け取った。

 

「やる。ここで働きたい」

 

背後でジュドが、満足そうに頷いた。

 

     ◇

 

夜。

 

宿舎の机には、明日から使うノートが開かれていた。

ロロは最初のページに、三つの輪を描く。

その横へ、細い冷却管を書き足した。

 

窓の向こうには、灯りのともった施設が並んでいる。

地球は、ここからは見えなかった。

 

ロロは端末を開いた。

到着前に撮った、青い星の写真。

 

「朱麗」

 

小さく呼んでみる。

 

「僕、ここで働くことになったよ」

 

知らない機械があった。

難しいことを言う技術者がいた。

少し怖い、軍服のおじさんもいた。

 

話したいことが、もうたくさんある。

 

「今度会ったら、見せたいものができてるかも」

 

ロロは写真をしばらく眺めた。

やがて端末を机へ置き、開いたままのノートを手元へ寄せる。

 

もう一つだけ、描いておきたかった。

 

(つづく)

 




最後までお読みいただき、ありがとうございました。

今回は、ロロがアナハイムの技術者たちと出会い、自分の発想を形にしていく物語でした。

新しい部品と古い部品がお互いに待ってしまうこと。力を同時に加えれば押し合ってしまうこと。そして、順番に受け渡せば一つの流れになること。

それは今回の試験装置だけでなく、ロロとカロッゾの関係にも重なるように描いています。どちらが勝つかではなく、それぞれの技術を合わせて、きちんと動くものを作る。技術者としてのロロらしさが表れた場面になりました。

レオナージ・メドッソは、グラナダ施設群の主任であり、現場の最高責任者です。亡き兄アストナージへの敬意を受け継ぎながら、ロロの才能を見いだし、新しい場所へ迎え入れる人物として登場しました。

そしてロロは、正式にアナハイムで働き始めます。

地球に残してきた朱麗への思いを胸に、月で何を学び、何を作り上げていくのか。次回もよろしくお願いいたします。
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