二度の失敗を経て、二人に与えられた三度目の任務。
軽口を交わす二人が、それぞれ何を背負って戦うのか。モビルスーツでの地上戦とともに、お楽しみいただければ幸いです。
第9話「三度目の黄塵」、どうぞ。
会議室の机が、壁際へ寄せられていた。
代わりに、三台のモニターが並んでいる。
床を這う配線。その向こうで、いつもの伝令係が端末を操作していた。
「ずいぶん大げさじゃないか」
ミランダは、入口に肩を預けた。
「賞金の受け渡しにしちゃ、客が少ないねえ」
「中へ。お二人への通達があります」
「いつもみたいに、あんたが読めば済むだろう?」
「今回は、直接です」
ガランの足が止まった。
ミランダも、伝令係を見た。
三つの画面が、同時に点いた。
人影らしきものはある。だが、顔のあたりは黒く潰れ、背景も見えない。
画面の隅に、それぞれ違う番号が浮かんでいた。
『ミランダ=スーン。ガラン=ダカラン』
加工された声が、二人を呼んだ。
『二度目だな』
ミランダの笑みが、薄くなる。
『カガチを取り逃がし、今度は補給拠点を失った。教主殺しを目前にしながら、その首どころか帳簿まで持ち去られた』
「顔は拝めたよ。手配書とは大違いだったけどね」
『それが、君の成果とでもいうのか!』
「次から、人違いはしないさ」
中央の画面から、低い音が漏れた。
笑ったのか、息を吐いたのかも分からない。
『三度目の失敗は認めない。次に任務を果たせなければ、両名の指揮権を剥奪する』
ガランは黙って聞いていた。
『もっとも、君たちには挽回の機会を与えたい』
画面に地図が現れた。
北の枯れ谷。その奥に、施設を示す印がある。
『第六集積所だ。整備施設と通信中継所を兼ねている。旧ネオ・ジオンの一団が、ここを狙っている』
「この前の連中か」
ガランが口を開いた。
『そうだ。奪われた帳簿から、輸送経路を割り出したらしい。周辺に偵察が入っている』
「守備の増強は」
『お前たちの部隊を回す。現地の機体を二機、貸与する』
「補給は。長期戦になれば、あの谷では――」
『敵を撃退すれば済む。上は君たちの能力ならできると判断した』
別の画面から、声が割り込んだ。
ガランは言葉を切った。
『成功すれば、二度の失敗は不問に付す。さらに、周辺拠点の指揮も君たちに任せよう』
ミランダの眉が上がった。
「へえ。叱られに来たつもりが、出世話かい」
『腕を示せば、それに応える。そういう組織だ』
「そいつは頼もしいねえ。後で忘れたとは言わせないよ」
ガランは、中央の黒い人影を見ていた。
「それほど重要な場所を、二度失敗した俺たちに任せる理由は」
『機会を与えていると言ったはずだが』
室内が静かになった。
背後で、伝令係が身じろぎする。
『辞退するというのなら、今、処分を決めてもよい』
「……任務は承知した」
ガランが答えた。
中央の人影が、わずかに背もたれへ沈んだ。
『現地の連絡監督官が、必要な手配をする。以上だ』
伝令係が端末へ歩み寄った。
「通達を終了します」
三つの画面が、暗くなった。
◇
遠く離れた、窓のない一室。
三人の男が、並んで座っていた。
中央の画面に映っていた男が、音声加工の装置を切った。
「昇進まで約束するのは、甘くありませんか」
隣の男が言った。
「あの二人に、そこまでの席を与える必要が?」
「席など、用意しておらんよ」
男の口元が、ゆっくりと歪んだ。
「今回は、捨て駒になってもらう」
「……どういうことです」
「残す荷は整理させている。中継機能も移す。敵が欲しがる物は、いくらか置いておけばいい」
机の上に、施設の図面が開かれる。
「おそらく、あの二人では止めきれん。だが、敵を足止めすることはできる」
「その間に?」
「現地の者に処分を命じてある。敵が入り込んだところで、集積所ごと吹き飛ばす」
隣の男は、しばらく図面を見ていた。
「こちらの兵も、残っていますが」
「承知している」
返事は、それだけだった。
やがて、三人目が小さく笑った。
「なるほど。これなら、三度目の失敗も役に立つ」
◇
廊下へ出ると、ミランダは大きく伸びをした。
肩の傷が痛んだのか、途中で顔をしかめる。
「あの声、どうにかならないのかね。説教が余計に耳障りだ」
「内容もおかしい」
「また始まった」
「増援も補給も答えずに、昇進だけ約束した」
ガランは、閉じた扉を振り返った。
「俺たちに気前がいい連中ではない」
「だったら、断ればよかったじゃないか」
「断って済む話なら、そうしている。断れば、あの谷にいる連中にまで処分が及ぶ」
「……」
「療養棟には、お前の妹もいる」
ミランダは、口を閉じた。
しばらく並んで歩いてから、ガランの古い腕章へ目をやる。
黄色い布は日に焼け、縁の縫い目が何度も直されていた。
「そんなもの、まだ使ってるんだね」
「まだまだ使えるからな」
「私が知ってる上の連中は、みんないい生地を着てたよ」
ガランは答えなかった。
ミランダが、声を少し落とす。
「嫌にならないのかい」
「今の連中だけが、イエロースーツではない」
廊下の先で、部下たちが二人を待っていた。
ガランの顔を見て、一人が立ち上がる。
「昔を知っている者もいる。話の通じる上も、まだいる」
「……そうかい」
「俺も、ここで長く飯を食った」
部下が近づいてくる。
ガランは話を切り、命じた。
「出発の準備だ。機材の積み残しを確認しろ」
◇
第六集積所は、谷の岩壁に半ば埋もれていた。
西に大きな搬入口。
東には、輸送車が一台ずつ通れる切り通しがある。
整備庫、弾薬庫、通信棟。その奥には、負傷兵を寝かせる療養棟まであった。
「本部の通達は受けている」
出迎えた男が言った。
襟元まできっちり留めた黄色い服に、砂の染みは一つもない。
「連絡監督官のベルクだ」
「前の担当は?」
「カガチがいなくなって、こっちにまで仕事が回ってきた。迷惑している」
ベルクは、二人の後ろに続く兵士たちを見た。
「配置は任せる。施設管理には手を出さないでくれ」
「管理も分からずに守れるか」
ガランが言う。
ベルクは顔をしかめ、端末を差し出した。
「必要な範囲だけだ」
ミランダが横から覗き込んだ。
施設図の奥で、指を止める。
「療養棟には、今何人いるんだい」
「正確な数は医療班に聞け」
「そいつらの移送は?」
「君たちが守れば、必要ない」
ミランダの爪が、端末の縁を一度叩いた。
「気楽でいいねえ。あんたもここで寝てみるかい?」
「冗談を言っている暇があるなら、機体を選べ」
ベルクは端末を取り返し、通信棟へ歩いていった。
ミランダは、療養棟の屋根を、一度だけ見上げた。
◇
格納庫の床には、機体が運び出された跡が残っていた。
油の染み。外された固定具。
広さの割に、立っているモビルスーツは少ない。
「使えるものから、先に持っていかれまして」
整備長と名乗った若者が、頭を下げた。
「コルです。今、すぐに出せるのはこちらの二機です」
砂色のドム・トローペン。
紫の装甲を継ぎ合わせたドライセン。
「選べと言った割には、選びようがないねえ」
ミランダが笑い、ドライセンを見上げた。
「こっちをもらうよ。得物は?」
「ビーム・トマホークがあります。ただ、右脚の応答が少し遅れます。整備記録を――」
「見せて。どっちへ踏ん張った時だい?」
コルが端末を開く。
ミランダは顔を寄せ、数値を追い始めた。
ガランは、トローペンの足元へ回った。
砂除けの隙間に手を入れ、固まった汚れをこそげ落とす。
「吸気部をもう一度見てくれ。外へ出してからでは遅い」
「分かりました」
若い整備兵が走っていく。
入れ違いに、部下が近づいてきた。
「配置図です、隊長」
ガランは図面を広げた。
西口に砲座を置く。
東の切り通しには、輸送車を回しておく。
「ここは空けろ。療養棟から車へ、人を運べるように」
「敵は西からでは?」
「だから、東を空ける」
部下が頷く。
ガランは彼を呼び止め、声を落とした。
「それと、出入りする車を見ておけ。特に、監督官の車だ」
「何かあるんですか」
「何もなければ、それでいい」
◇
その夜、格納庫は遅くまで明るかった。
ガランが最後の見回りを終えると、ミランダが木箱に座っていた。
片手に、乾いたナツメヤシの実を持っている。
「食べるかい」
「いらん」
「そう言うと思った」
彼女は自分の口へ放り込んだ。
「その肩、巻き直したのか」
「妹にね。顔を見せたら、説教つきさ」
「東の車、あんたが回したんだって?」
「ああ」
「助かるよ。リタが言ってた。ここの医療班、歩けない奴を抱えて逃げるつもりだったらしい」
「妹さんは、何と」
「『看護師が患者を置いて逃げるか』って、逆に怒られた」
ミランダは、苦笑した。
「誰に似たんだろうね」
「お前だ」
「だと思った」
ミランダは肩をすくめた。
「私たちだって、次は担がれるかもしれないだろ」
「担がれないようにしろ」
「そっちこそ。脚、まだ痛むんじゃないのかい」
ガランは、傷のある腿から手を離した。
奥では、コルが機体の足元を拭いていた。
工具箱を抱えた若い整備兵が、その横で居眠りしている。
「昔は、夜になると誰が見張るかで揉めたものだ」
ガランが、ぽつりと言った。
「人がいなかったからねえ」
「今は、誰を残すかを、遠くから決める」
ミランダは、実をもう一つ取り出しかけてやめた。
「……明日は、残されないようにするか」
「ああ」
ガランは格納庫の出口へ向かった。
背後から、ミランダが声を投げる。
「赤いのが来たら、私に回しなよ」
「顔が見える距離まで近づくな」
「機体越しじゃ、どうせ見えないさ」
ガランは、振り返らずに手を上げた。
◇
翌朝。
西の砂丘に、二つの影が現れた。
一機は、くすんだ色のマラサイ。
もう一機は、それより一回り大きい。
赤い装甲。張り出した肩。背負った推進器。
「……サザビー」
岩棚に伏せたトローペンの中で、ガランが呟いた。
記録の中の輪郭に、継ぎ足された装甲と新しい傷が重なっていた。
赤い機体が谷の手前で止まる。
『こちら《カゲロウ》。中の荷と、通信記録をもらいに来た』
外部音声が、谷へ届いた。
ミランダが、操縦席で笑う。
「やっぱり、あんたかい」
『……その声には、聞き覚えがある』
「今度はこっちが捕まえるって、決めてたんだよ」
『まだ懲りないのか』
「会いたかった、くらい言えないのかい!」
ドライセンが、格納庫脇の岩陰から滑り出した。
斧の刃が光る。
『ミランダ。左の岩を越えるな』
「分かってる!」
シュウの機体が、ライフルを上げた。
射撃。
ミランダは砂を蹴って横へ流れる。
追ってくる二射目を、岩の陰でやり過ごした。
その岩が、頭上で砕けた。
「気前よく撃つねえ!」
破片が落ちきる前に、飛び出す。
ライフルの銃身を、斧で跳ね上げた。
赤い機体の左腕が動く。
盾の縁に、斧の柄を押さえられた。
重い。
ミランダは歯を食いしばり、推進器を吹かす。
押し返せない。
なら、もう少しだけ。
「ガラン!」
岩棚で、バズーカが火を噴いた。
《カゲロウ》が、ふっと力を抜く。
ドライセンが前へ泳いだ。
盾を滑らせた赤い機体が、その外側へ回る。
砲弾は、一瞬前まで赤い胸があった場所を抜けていった。
「……っ!」
ミランダは斧を引き戻した。
シュウはすでにライフルを背面へ収め、右手にビーム・トマホークを抜いていた。
光の刃が交わる。
今度は、押し合う暇さえない。
手首を返され、斧の軌道を外へ流された。
『右脚を、かばっているな』
低い声が聞こえた。
「余所見するんじゃないよ!」
左腕の砲口を向ける。
《カゲロウ》はもう下がっていた。
ミランダが短く息を吐く。
あの図体で、細かく動く。
力任せに振り回しているのではない。
こちらが踏ん張った瞬間だけ、押してくるのだ。
◇
岩棚の足元が爆ぜた。
ガランは機体を滑らせ、崩れる縁から離れた。
『いい場所にいるじゃねえか』
マラサイが、谷の斜面を横切っていた。
ライフルの先が、常にこちらを追っている。
「元警官か」
『覚えててくれたか』
「脚の借りがある」
『返してもらうほど、貸した覚えはねえな』
ガランは射撃した。
マラサイが沈む。
命中したのは、背後の岩だった。
次の瞬間、低い位置から光が走る。
トローペンの肩をかすめ、岩棚の奥を焼いた。
ガランは舌打ちした。
避けるたびに、少しずつ西へ追われている。
ミランダを援護するには、機体を大きく振り向かせなければならない角度だ。
奴は、二人の間を切ろうとしている。
『ガラン!』
「分かっている」
マラサイが、次の遮蔽物へ移った。
ガランは追わなかった。
足元へ煙幕弾を放り、トローペンを岩棚から滑り降ろす。
『おっと。そっちは――』
ヤザンの射撃が、背中の装甲を削った。
警報が鳴る。
それでも止めない。
谷底へ降りれば、赤い機体が見えた。
ミランダの斧を受け流し、反撃へ移るところだ。
「伏せろ!」
ドライセンが、片膝を落とした。
その頭上を、砲弾が抜ける。
《カゲロウ》が盾を上げ、右へ動いた。
そこへ、ミランダが飛び込んだ。
「今度は、そっちだろう!」
片膝から跳ね上がるような一撃。
赤い盾の裏へ、光の刃が入った。
肩の装甲が裂けた。
破片が弾け、《カゲロウ》が初めて大きく退いた。
「どうだい!」
ミランダが叫ぶ。
ガランは、次弾を送り込んだ。
さっきは、ミランダに対応したところを撃った。
今度は、撃って動かした先を、ミランダに斬らせた。
赤い肩から、煙が流れていた。
『……なるほどな』
シュウの声がした。
◇
『大将。欲しい荷まで壊すなよ』
ヤザンの声とともに、マラサイが岩棚から降りてきた。
着地しながら撃つ。
ガランが機体を引く。
その砲口の前へ、マラサイの肩が入った。
近すぎる。
バズーカを振るより速く、相手のサーベルが光った。
砲身が切れ、砂へ落ちる。
「ちっ!」
ガランは柄を捨て、ヒート・サーベルを抜いた。
刃を合わせる。
ヤザンは競り合わない。
一度だけ押し、すぐに身を引く。
追えば、ミランダから離される。
追わなければ、撃たれる。
『よく見てるぜ。だが、二人分は見きれねえだろう』
ガランは返事をせず、左の機銃を撃った。
マラサイの足元へ砂が跳ねる。
その隙に、ミランダとの間へ戻った。
だが、半歩遅かった。
《カゲロウ》が、ドライセンの斧を大きく外へ弾いた。
がら空きになった懐へ、赤い肩が入る。
衝突。
ミランダの体が、座席へ叩きつけられた。
右脚が遅れる。
踏ん張るな。
分かっていたのに、相手はそこへ押してきた。
膝が沈む。
赤い刃が落ちた。
ミランダは、斧を手放した。
左腕の砲を地面へ向けて撃つ。
噴き上がる砂の中へ、機体を転がした。
右前腕が、肘から先を失った。
直撃だけは避けた。
「まだ……!」
立とうとした右脚が、嫌な音を立てた。
表示が赤く変わる。
『ミランダ、下がれ!』
ガランが飛び込んだ。
サーベルを横薙ぎに振る。
シュウは一歩退き、刃を受けた。
背後で、マラサイがライフルを上げる。
ガランは、かまわず前へ出た。
ドライセンと敵の間から、退くわけにはいかない。
光が走った。
トローペンの左肩が弾け、機銃が沈黙した。
『隊長! 西の砲座が抜かれました!』
部下の声が届く。
『敵の歩兵が、搬入口へ!』
ガランの目が、施設へ動いた。
砲座を失った西口へ、敵の車両が入り込んでいる。
「各班、東へ下がれ。療養棟の移送を急げ!」
命じた時、別の回線が割り込んだ。
『隊長、監督官を押さえました!』
◇
東の切り通しに、小型の車が止まっていた。
その脇で、ベルクが両腕を後ろへ押さえられている。
「離せ! 本部の命令で移動しているんだ!」
「荷を置いて逃げる命令ですか」
兵士が、足元の鞄を蹴った。
中から、書類と着替えがこぼれる。
ガランの操縦席に、兵士の端末から映像が届いた。
「監督官。どこへ行く」
『君たちが守れないからだろう!』
「まだ中に人がいる」
『もう関係ない! 作戦は次の段階へ移った!』
ベルクは、言ってから口を閉じた。
ガランの目が細くなる。
「次とは何だ」
銃を突きつけていた兵士が、ベルクを振り向かせた。
しばらく抵抗していた男が、ふと、壁の時計を見た。
口の端が上がる。
『……捕まえるのが、遅かったな』
ミランダも、その声を聞いていた。
動かなくなったドライセンの操縦席で、顔を上げる。
『あと二分だ。弾薬庫も、格納庫も、まとめて吹き飛ぶ』
ガランの喉が、ひくりと動いた。
「何をした」
『君たちの任務は、敵をここに留めることだったんだよ。よく働いてくれた』
薄い笑いが、通信に混じった。
『旧ネオ・ジオンもろとも消えれば、本部には立派な戦果が残る』
「療養棟には、味方がいるんだよ!」
ミランダが怒鳴った。
ベルクは肩をすくめた。
『知っているさ』
ミランダは通信を切った。
あの棟には、リタがいる。
非常用のレバーを引き、胸のハッチを開く。
『ミランダ!』
「聞こえてる! 中の連中を出す!」
地面へ降りると、膝ががくりと落ちた。
それでも立ち上がり、療養棟へ走った。
◇
トローペンが、再びサーベルを上げた。
向かいの《カゲロウ》が、わずかに首を傾ける。
『まだやるのか』
「道を開けろ。俺の部下を先に出せ」
東の切り通しには、敵の歩兵も回り込んでいた。
退避車両の前で、両軍の兵が銃を向け合っている。
ガランは機体を進めた。
シュウが行く手へ入る。
刃がぶつかった。
『上に裏切られたと知って、何のために戦う』
ガランは、操縦桿を握り込んだ。
傷んだ左肩から、火花が流れる。
「俺の後ろには、何十人もいる」
押す。
赤い機体は動かない。
「あいつらは、俺の命令でここへ来た」
部下の声が、回線の向こうで重なっていた。
担架を呼ぶ声。車を下げろと叫ぶ声。
「上の連中がどうしようと、俺まで見捨てていい理由にはならん!」
トローペンの足元から、砂が噴き上がった。
「俺が連れて帰る。――そこをどけ!」
赤い機体が、半歩引いた。
ガランは、その隙へ刃をねじ込もうとした。
誘われた。
気づいた時には、右手首を押さえられていた。
赤い膝が、トローペンの胴へ入る。
衝撃。
ガランの息が止まった。
サーベルが、指の間から落ちていく。
だが、操縦席へ刃は来なかった。
『東の部隊。銃を下げろ。車両を通せ』
シュウが命じた。
『武装した者は――』
『俺が引き受ける。通せ』
切り通しの兵が、少しずつ下がった。
先頭の輸送車が動く。
ガランは、荒い息のまま、それを見ていた。
『……お前が率いている連中か』
シュウの声が、すぐ近くでした。
トローペンの膝が落ちる。
今度は、もう立てなかった。
◇
「そっち、持って!」
ミランダは担架の端をつかんだ。
肩に痛みが走る。
かまわず持ち上げ、輸送車へ押し込む。
若い看護師が荷台から手を伸ばした。
白い袖口が、血で汚れている。
「お姉ちゃん! まだ奥に二人!」
「聞こえたよ、リタ! あんたは車に残んな!」
「残ったら、看護師の意味がないでしょ!」
ミランダは、舌打ちした。
「なら、私の後ろから離れるんじゃないよ! 手の空いてる奴、来な!」
振り向くと、銃を下げた兵が走ってきた。
黄色い服ではなかった。
一瞬だけ、互いの顔を見る。
ミランダは顎で療養棟を示した。
「寝台のまま運ぶよ!」
兵は頷き、彼女の後に続いた。
リタも、空の担架を抱えて追ってくる。
外では、ベルクが時計を睨んでいた。
両腕を押さえられたまま、唇だけを動かしている。
「逃げろ、逃げろ。もう間に合わん」
最後の寝台が、建物から出てきた。
車の横へ押しつけ、皆で持ち上げる。
ミランダは荷台へ負傷兵を押し込み、振り返った。
跪いたトローペン。
その傍らに立つ、赤い巨体。
何をしてるんだい、ガラン。
走り出そうとした時、ベルクが笑った。
「終わりだ」
ミランダの足が止まる。
誰かが、頭を伏せた。
風が吹いた。
砂が、地面を流れていく。
遠くで、冷却装置が低く唸っていた。
それだけだった。
「……あれ?」
ベルクが時計を見た。
首を振り、もう一度見る。
「おかしい。もう、時間だぞ」
返事はなかった。
「なんでだ。なんで爆発しない!」
《カゲロウ》の胸が開いた。
昇降用の索を伝い、シュウが降りてくる。
地面へ足をつけると、黒衣の女が彼の隣へ歩み寄った。
「シュウ様。処理班、全員帰還しました」
「ご苦労」
シュウは、ベルクを見た。
「時限装置なら、外させた」
ベルクの口が開いた。
「そんな……どこから」
「カガチの後任は、荷の出し入れがずいぶん派手だな」
シュウの口元が、わずかに上がる。
「運び出した物と、運び込んだ物。見比べれば、気にもなる」
ナナイが、兵士へ目を向けた。
「連れていきなさい。聞くことがあります」
ベルクは引きずられながら、なお時計を見ようとした。
誰も、彼の話を聞こうとはしなかった。
◇
ガランは、操縦席から降りるのに時間がかかった。
傷のある脚が震え、最後の足場で膝が折れる。
「世話の焼ける男だねえ」
ミランダが腕をつかんだ。
「お前は、療養棟へ行ったのでは」
「出したよ。全員」
「妹さんは」
「担架を担ぎながら、私に説教してたさ」
ガランは、切り通しへ目をやった。
部下が一人、こちらへ手を上げた。
息を吐く。
喉の奥に詰まっていたものが、ようやく落ちた。
その前へ、シュウが来た。
「よく持ちこたえたな」
「……笑いに来たのか」
「肩を裂かれた。笑って済む修理代ではない」
ミランダが鼻で笑う。
「請求するなら、あの監督官にしな」
「俺が欲しいのは、お前たちだ」
二人とも、口を閉じた。
シュウはまず、ガランを見た。
「あの射撃はよかった。一度かわしたら、次は順番を変えてきた」
「二度、同じ手は使わん」
「だから欲しい」
マラサイの方から、ヤザンが歩いてきた。
銃を片手に下げ、トローペンを見上げる。
「あそこまで追い立てりゃ、普通は相棒どころじゃなくなるんだがな。しつこく戻りやがる」
ガランは、ヤザンを睨んだ。
男は楽しそうに笑った。
「俺たちが、お前の下で働くと思うのか」
ガランがシュウへ言う。
「イエロースーツが嫌いになったわけではない。あの連中のしたことと、昔からの仲間は別だ」
「なら、仲間まで嫌う必要はない」
「簡単に言うな」
ガランは、背後の部下たちを見た。
誰も、帰投の準備を始めていなかった。
こちらが次に何を命じるかを、待っている。
「俺一人で決めて、あいつらを放り出せるか」
「連れてこい」
ガランが振り向く。
「……何?」
「お前の指揮で動ける連中なんだろう。なら、お前が率いろ。俺の下でな」
ナナイが、わずかに眉を寄せた。
「部隊ごと、ですか」
「ああ」
ガランは、シュウの顔を見た。
慰められている気はしなかった。
こちらの返事を待つ目には、妙に楽しそうな光がある。
「信用できる保証など、ないぞ」
「お前たちが向こうにいる方が、面倒だ」
ヤザンが、喉の奥で笑った。
ガランは、古い腕章へ手をやった。
擦り切れた縁を、親指で一度なぞる。
それから外し、畳んで胸の内側へしまった。
「部下には、自分で選ばせる」
「いいだろう」
「俺は、働く。今日の負けは、働きで返す」
シュウが頷いた。
「期待している」
シュウは、療養棟の方へ目を向けた。
「医療班も、望む者は来い。人手は、いくらあっても足りない」
◇
「さて」
シュウが、ミランダへ向き直った。
「お前も、俺についてこないか」
ミランダは、髪についた砂を払った。
笑ってはいる。
だが、その場から一歩も動かなかった。
「あんた、私が好みの男だって言ったからって、誘えばほいほいついてくるとでも思ってるのかい?」
「顔ひとつで、身の振り方を決める女には見えん」
「分かってるじゃないか。だったら、この話は――」
「お前は、男より金だろう」
ガランが一歩出た。
「貴様……! ミランダを何だと思っている!」
シュウは答えず、ナナイへ手を差し出した。
彼女は一度だけ彼の顔を見た。
それから、車の脇に控えていた兵士を呼ぶ。
運ばれてきたのは、黒いアタッシュケースだった。
兵士が木箱の上へ置き、ナナイが留め金を外す。
蓋が開いた。
金塊が、並んでいた。
ミランダの視線が止まる。
一つ、隣、その奥へ。
誰も口を開かなかった。
やがて、ミランダはシュウの耳元まで近づきささやいた。
「……あんた達、私の事情をどこまで知ってるんだい?あんたはやっぱり顔だけじゃないんだねえ」
そう言うとさっとシュウから身を引きミランダは笑顔で答えた。
「私の好みが分かってるじゃないか!」
「おい、ミランダ」
ガランが、振り上げかけた手を下ろした。
「何だい。私の取り分まで断るんじゃないよ」
「そういう話をしているんじゃない」
「私は、してるのさ」
ガランの口が、ゆっくり閉じた。
ミランダはケースの縁へ指を置いた。
「で、これは?」
「前金だ」
「返せとは言わないね?」
「働いてもらう」
ミランダは、しばらくシュウの目を見ていた。
それから蓋を閉じ、留め金を二つとも掛けた。
「いいよ。その話、乗った」
ガランが額に手を当てた。
ヤザンは、ミランダの抱えたケースへ目を落とした。それからシュウを見て、声を出して笑った。
「大将、ずいぶん奮発したじゃねえか。俺の時より気前がいいぞ」
「お前は、自分で持ってきただろう」
「違いねえ」
ナナイは笑わなかった。
「機体の回収に、負傷者の収容。さらに、部隊の受け入れまで」
「任せる」
「……そうおっしゃると思いました」
彼女は端末を開き、ガランを見る。
「人員と負傷者の数を。合流する者の名簿は、あなたがまとめてください」
ガランは、まだ少し戸惑った顔で頷いた。
◇
昼を過ぎても、集積所には車が出入りしていた。
壊れた機体を運ぶ者。
弾薬を数える者。
行き先を決めかね、仲間と話し込む者。
ガランの前へ、一人の兵が来た。
「隊長。俺は、南の隊へ戻ります。兄がいるんで」
「そうか」
ガランは名簿の一行へ印をつけた。
「今日のことは、自分の目で見たまま話せ。余計な話を足すな」
「……はい」
兵は何か言いたそうに口を開き、結局、頭を下げた。
ガランは、その背中を見送った。
入れ違いに、工具袋を抱えたコルが来る。
「機体を運ぶなら、僕も行きます。あの脚、途中で固定が緩むかもしれません」
「脚だけじゃないよ」
横でミランダが言った。
コルは、腕のないドライセンを見上げた。
「……見れば分かります」
「悪かったね」
「直すまで、次は待ってください」
「善処するよ」
「待ってください」
ミランダが笑った。
東の道から、医療班の車が戻ってきた。
運転手が、生存者の移送完了を報告する。
窓際で、白い袖の若い看護師が、こちらへ大きく手を振った。
リタだった。
ミランダはケースの取っ手を握り直し、顎を少し上げてみせた。
車は止まらず、次の患者を迎えに進んでいった。
「どうした」
ガランが尋ねる。
「別に。早く済ませなよ、新しい隊長さん」
「隊長は、変わっていない」
「上が変わったろう?」
ガランは、集積所の奥へ目をやった。
シュウが、傷ついた《カゲロウ》の肩を見上げていた。
隣でナナイが何か言っている。
聞いているのかいないのか、あの男は、こちらの二機まで順に眺めていた。
「厄介な男だ」
「いい顔してるよ」
「顔の話ではない」
「知ってるさ」
ミランダは、閉じたケースを軽く叩いた。
ガランが立ち上がる。
彼を待っていた兵士たちが、自然と顔を上げた。
「出発する。積み残しを確認しろ」
いつもの命令に、いつもの返事が返ってきた。
ガランは一度だけ、胸の内側へ手を当てた。
それから、部下たちと車へ向かった。
(つづく)
第9話をお読みいただき、ありがとうございました。
ガランとミランダが、シュウの陣営へ加わりました。
長くいた組織への思いと、部下への責任を抱えるガラン。妹を気にかけながらも、いつもの調子を崩さないミランダ。これまで敵として登場してきた二人の、別の一面を描きたいと思った回でした。
所属が変わっても、過去のつながりまで消えるわけではありません。二人が新しい仲間たちとどんな関係を築いていくのか、見守っていただけるとうれしいです。
そして、人材を集めるシュウの隣で、ナナイの仕事はまた増えていくのでした。
感想など、お気軽にお寄せください。
次回もよろしくお願いします。