GUNDAM TRIANGLE   作:カンキ

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今回は地上へ戻り、イエロースーツのガランとミランダに焦点を当てます。
二度の失敗を経て、二人に与えられた三度目の任務。
軽口を交わす二人が、それぞれ何を背負って戦うのか。モビルスーツでの地上戦とともに、お楽しみいただければ幸いです。
第9話「三度目の黄塵」、どうぞ。


第9話 三度目の黄塵

 

 

 会議室の机が、壁際へ寄せられていた。

 代わりに、三台のモニターが並んでいる。

 床を這う配線。その向こうで、いつもの伝令係が端末を操作していた。

 

「ずいぶん大げさじゃないか」

 

 ミランダは、入口に肩を預けた。

 

「賞金の受け渡しにしちゃ、客が少ないねえ」

「中へ。お二人への通達があります」

「いつもみたいに、あんたが読めば済むだろう?」

「今回は、直接です」

 

 ガランの足が止まった。

 ミランダも、伝令係を見た。

 

 三つの画面が、同時に点いた。

 人影らしきものはある。だが、顔のあたりは黒く潰れ、背景も見えない。

 画面の隅に、それぞれ違う番号が浮かんでいた。

 

『ミランダ=スーン。ガラン=ダカラン』

 

 加工された声が、二人を呼んだ。

 

『二度目だな』

 

 ミランダの笑みが、薄くなる。

 

『カガチを取り逃がし、今度は補給拠点を失った。教主殺しを目前にしながら、その首どころか帳簿まで持ち去られた』

「顔は拝めたよ。手配書とは大違いだったけどね」

『それが、君の成果とでもいうのか!』

「次から、人違いはしないさ」

 

 中央の画面から、低い音が漏れた。

 笑ったのか、息を吐いたのかも分からない。

 

『三度目の失敗は認めない。次に任務を果たせなければ、両名の指揮権を剥奪する』

 

 ガランは黙って聞いていた。

 

『もっとも、君たちには挽回の機会を与えたい』

 

 画面に地図が現れた。

 北の枯れ谷。その奥に、施設を示す印がある。

 

『第六集積所だ。整備施設と通信中継所を兼ねている。旧ネオ・ジオンの一団が、ここを狙っている』

「この前の連中か」

 

 ガランが口を開いた。

 

『そうだ。奪われた帳簿から、輸送経路を割り出したらしい。周辺に偵察が入っている』

「守備の増強は」

『お前たちの部隊を回す。現地の機体を二機、貸与する』

「補給は。長期戦になれば、あの谷では――」

『敵を撃退すれば済む。上は君たちの能力ならできると判断した』

 

 別の画面から、声が割り込んだ。

 ガランは言葉を切った。

 

『成功すれば、二度の失敗は不問に付す。さらに、周辺拠点の指揮も君たちに任せよう』

 

 ミランダの眉が上がった。

 

「へえ。叱られに来たつもりが、出世話かい」

『腕を示せば、それに応える。そういう組織だ』

「そいつは頼もしいねえ。後で忘れたとは言わせないよ」

 

 ガランは、中央の黒い人影を見ていた。

 

「それほど重要な場所を、二度失敗した俺たちに任せる理由は」

『機会を与えていると言ったはずだが』

 

 室内が静かになった。

 背後で、伝令係が身じろぎする。

 

『辞退するというのなら、今、処分を決めてもよい』

「……任務は承知した」

 

 ガランが答えた。

 中央の人影が、わずかに背もたれへ沈んだ。

 

『現地の連絡監督官が、必要な手配をする。以上だ』

 

 伝令係が端末へ歩み寄った。

 

「通達を終了します」

 

 三つの画面が、暗くなった。

 

     ◇

 

 遠く離れた、窓のない一室。

 三人の男が、並んで座っていた。

 中央の画面に映っていた男が、音声加工の装置を切った。

 

「昇進まで約束するのは、甘くありませんか」

 

 隣の男が言った。

 

「あの二人に、そこまでの席を与える必要が?」

「席など、用意しておらんよ」

 

 男の口元が、ゆっくりと歪んだ。

 

「今回は、捨て駒になってもらう」

「……どういうことです」

「残す荷は整理させている。中継機能も移す。敵が欲しがる物は、いくらか置いておけばいい」

 

 机の上に、施設の図面が開かれる。

 

「おそらく、あの二人では止めきれん。だが、敵を足止めすることはできる」

「その間に?」

「現地の者に処分を命じてある。敵が入り込んだところで、集積所ごと吹き飛ばす」

 

 隣の男は、しばらく図面を見ていた。

 

「こちらの兵も、残っていますが」

「承知している」

 

 返事は、それだけだった。

 

 やがて、三人目が小さく笑った。

 

「なるほど。これなら、三度目の失敗も役に立つ」

 

     ◇

 

 廊下へ出ると、ミランダは大きく伸びをした。

 肩の傷が痛んだのか、途中で顔をしかめる。

 

「あの声、どうにかならないのかね。説教が余計に耳障りだ」

「内容もおかしい」

「また始まった」

「増援も補給も答えずに、昇進だけ約束した」

 

 ガランは、閉じた扉を振り返った。

 

「俺たちに気前がいい連中ではない」

「だったら、断ればよかったじゃないか」

「断って済む話なら、そうしている。断れば、あの谷にいる連中にまで処分が及ぶ」

「……」

「療養棟には、お前の妹もいる」

 

 ミランダは、口を閉じた。

 しばらく並んで歩いてから、ガランの古い腕章へ目をやる。

 黄色い布は日に焼け、縁の縫い目が何度も直されていた。

 

「そんなもの、まだ使ってるんだね」

「まだまだ使えるからな」

「私が知ってる上の連中は、みんないい生地を着てたよ」

 

 ガランは答えなかった。

 ミランダが、声を少し落とす。

 

「嫌にならないのかい」

「今の連中だけが、イエロースーツではない」

 

 廊下の先で、部下たちが二人を待っていた。

 ガランの顔を見て、一人が立ち上がる。

 

「昔を知っている者もいる。話の通じる上も、まだいる」

「……そうかい」

「俺も、ここで長く飯を食った」

 

 部下が近づいてくる。

 ガランは話を切り、命じた。

 

「出発の準備だ。機材の積み残しを確認しろ」

 

     ◇

 

 第六集積所は、谷の岩壁に半ば埋もれていた。

 西に大きな搬入口。

 東には、輸送車が一台ずつ通れる切り通しがある。

 整備庫、弾薬庫、通信棟。その奥には、負傷兵を寝かせる療養棟まであった。

 

「本部の通達は受けている」

 

 出迎えた男が言った。

 襟元まできっちり留めた黄色い服に、砂の染みは一つもない。

 

「連絡監督官のベルクだ」

「前の担当は?」

「カガチがいなくなって、こっちにまで仕事が回ってきた。迷惑している」

 

 ベルクは、二人の後ろに続く兵士たちを見た。

 

「配置は任せる。施設管理には手を出さないでくれ」

「管理も分からずに守れるか」

 

 ガランが言う。

 ベルクは顔をしかめ、端末を差し出した。

 

「必要な範囲だけだ」

 

 ミランダが横から覗き込んだ。

 施設図の奥で、指を止める。

 

「療養棟には、今何人いるんだい」

「正確な数は医療班に聞け」

「そいつらの移送は?」

「君たちが守れば、必要ない」

 

 ミランダの爪が、端末の縁を一度叩いた。

 

「気楽でいいねえ。あんたもここで寝てみるかい?」

「冗談を言っている暇があるなら、機体を選べ」

 

 ベルクは端末を取り返し、通信棟へ歩いていった。

 

 ミランダは、療養棟の屋根を、一度だけ見上げた。

 

     ◇

 

 格納庫の床には、機体が運び出された跡が残っていた。

 油の染み。外された固定具。

 広さの割に、立っているモビルスーツは少ない。

 

「使えるものから、先に持っていかれまして」

 

 整備長と名乗った若者が、頭を下げた。

 

「コルです。今、すぐに出せるのはこちらの二機です」

 

 砂色のドム・トローペン。

 紫の装甲を継ぎ合わせたドライセン。

 

「選べと言った割には、選びようがないねえ」

 

 ミランダが笑い、ドライセンを見上げた。

 

「こっちをもらうよ。得物は?」

「ビーム・トマホークがあります。ただ、右脚の応答が少し遅れます。整備記録を――」

「見せて。どっちへ踏ん張った時だい?」

 

 コルが端末を開く。

 ミランダは顔を寄せ、数値を追い始めた。

 

 ガランは、トローペンの足元へ回った。

 砂除けの隙間に手を入れ、固まった汚れをこそげ落とす。

 

「吸気部をもう一度見てくれ。外へ出してからでは遅い」

「分かりました」

 

 若い整備兵が走っていく。

 入れ違いに、部下が近づいてきた。

 

「配置図です、隊長」

 

 ガランは図面を広げた。

 西口に砲座を置く。

 東の切り通しには、輸送車を回しておく。

 

「ここは空けろ。療養棟から車へ、人を運べるように」

「敵は西からでは?」

「だから、東を空ける」

 

 部下が頷く。

 ガランは彼を呼び止め、声を落とした。

 

「それと、出入りする車を見ておけ。特に、監督官の車だ」

「何かあるんですか」

「何もなければ、それでいい」

 

     ◇

 

 その夜、格納庫は遅くまで明るかった。

 

 ガランが最後の見回りを終えると、ミランダが木箱に座っていた。

 片手に、乾いたナツメヤシの実を持っている。

 

「食べるかい」

「いらん」

「そう言うと思った」

 

 彼女は自分の口へ放り込んだ。

 

「その肩、巻き直したのか」

「妹にね。顔を見せたら、説教つきさ」

「東の車、あんたが回したんだって?」

「ああ」

「助かるよ。リタが言ってた。ここの医療班、歩けない奴を抱えて逃げるつもりだったらしい」

「妹さんは、何と」

「『看護師が患者を置いて逃げるか』って、逆に怒られた」

 

 ミランダは、苦笑した。

 

「誰に似たんだろうね」

「お前だ」

「だと思った」

 

 ミランダは肩をすくめた。

 

「私たちだって、次は担がれるかもしれないだろ」

「担がれないようにしろ」

「そっちこそ。脚、まだ痛むんじゃないのかい」

 

 ガランは、傷のある腿から手を離した。

 

 奥では、コルが機体の足元を拭いていた。

 工具箱を抱えた若い整備兵が、その横で居眠りしている。

 

「昔は、夜になると誰が見張るかで揉めたものだ」

 

 ガランが、ぽつりと言った。

 

「人がいなかったからねえ」

「今は、誰を残すかを、遠くから決める」

 

 ミランダは、実をもう一つ取り出しかけてやめた。

 

「……明日は、残されないようにするか」

「ああ」

 

 ガランは格納庫の出口へ向かった。

 背後から、ミランダが声を投げる。

 

「赤いのが来たら、私に回しなよ」

「顔が見える距離まで近づくな」

「機体越しじゃ、どうせ見えないさ」

 

 ガランは、振り返らずに手を上げた。

 

     ◇

 

 翌朝。

 西の砂丘に、二つの影が現れた。

 

 一機は、くすんだ色のマラサイ。

 もう一機は、それより一回り大きい。

 赤い装甲。張り出した肩。背負った推進器。

 

「……サザビー」

 

 岩棚に伏せたトローペンの中で、ガランが呟いた。

 記録の中の輪郭に、継ぎ足された装甲と新しい傷が重なっていた。

 

 赤い機体が谷の手前で止まる。

 

『こちら《カゲロウ》。中の荷と、通信記録をもらいに来た』

 

 外部音声が、谷へ届いた。

 ミランダが、操縦席で笑う。

 

「やっぱり、あんたかい」

『……その声には、聞き覚えがある』

「今度はこっちが捕まえるって、決めてたんだよ」

『まだ懲りないのか』

「会いたかった、くらい言えないのかい!」

 

 ドライセンが、格納庫脇の岩陰から滑り出した。

 斧の刃が光る。

 

『ミランダ。左の岩を越えるな』

「分かってる!」

 

 シュウの機体が、ライフルを上げた。

 射撃。

 ミランダは砂を蹴って横へ流れる。

 

 追ってくる二射目を、岩の陰でやり過ごした。

 その岩が、頭上で砕けた。

 

「気前よく撃つねえ!」

 

 破片が落ちきる前に、飛び出す。

 ライフルの銃身を、斧で跳ね上げた。

 

 赤い機体の左腕が動く。

 盾の縁に、斧の柄を押さえられた。

 

 重い。

 ミランダは歯を食いしばり、推進器を吹かす。

 

 押し返せない。

 なら、もう少しだけ。

 

「ガラン!」

 

 岩棚で、バズーカが火を噴いた。

 

 《カゲロウ》が、ふっと力を抜く。

 ドライセンが前へ泳いだ。

 盾を滑らせた赤い機体が、その外側へ回る。

 

 砲弾は、一瞬前まで赤い胸があった場所を抜けていった。

 

「……っ!」

 

 ミランダは斧を引き戻した。

 シュウはすでにライフルを背面へ収め、右手にビーム・トマホークを抜いていた。

 

 光の刃が交わる。

 今度は、押し合う暇さえない。

 手首を返され、斧の軌道を外へ流された。

 

『右脚を、かばっているな』

 

 低い声が聞こえた。

 

「余所見するんじゃないよ!」

 

 左腕の砲口を向ける。

 《カゲロウ》はもう下がっていた。

 

 ミランダが短く息を吐く。

 

 あの図体で、細かく動く。

 力任せに振り回しているのではない。

 こちらが踏ん張った瞬間だけ、押してくるのだ。

 

     ◇

 

 岩棚の足元が爆ぜた。

 ガランは機体を滑らせ、崩れる縁から離れた。

 

『いい場所にいるじゃねえか』

 

 マラサイが、谷の斜面を横切っていた。

 ライフルの先が、常にこちらを追っている。

 

「元警官か」

『覚えててくれたか』

「脚の借りがある」

『返してもらうほど、貸した覚えはねえな』

 

 ガランは射撃した。

 マラサイが沈む。

 命中したのは、背後の岩だった。

 

 次の瞬間、低い位置から光が走る。

 トローペンの肩をかすめ、岩棚の奥を焼いた。

 

 ガランは舌打ちした。

 避けるたびに、少しずつ西へ追われている。

 ミランダを援護するには、機体を大きく振り向かせなければならない角度だ。

 

 奴は、二人の間を切ろうとしている。

 

『ガラン!』

「分かっている」

 

 マラサイが、次の遮蔽物へ移った。

 ガランは追わなかった。

 足元へ煙幕弾を放り、トローペンを岩棚から滑り降ろす。

 

『おっと。そっちは――』

 

 ヤザンの射撃が、背中の装甲を削った。

 警報が鳴る。

 それでも止めない。

 

 谷底へ降りれば、赤い機体が見えた。

 ミランダの斧を受け流し、反撃へ移るところだ。

 

「伏せろ!」

 

 ドライセンが、片膝を落とした。

 その頭上を、砲弾が抜ける。

 

 《カゲロウ》が盾を上げ、右へ動いた。

 

 そこへ、ミランダが飛び込んだ。

 

「今度は、そっちだろう!」

 

 片膝から跳ね上がるような一撃。

 赤い盾の裏へ、光の刃が入った。

 

 肩の装甲が裂けた。

 破片が弾け、《カゲロウ》が初めて大きく退いた。

 

「どうだい!」

 

 ミランダが叫ぶ。

 ガランは、次弾を送り込んだ。

 

 さっきは、ミランダに対応したところを撃った。

 今度は、撃って動かした先を、ミランダに斬らせた。

 

 赤い肩から、煙が流れていた。

 

『……なるほどな』

 

 シュウの声がした。

 

     ◇

 

『大将。欲しい荷まで壊すなよ』

 

 ヤザンの声とともに、マラサイが岩棚から降りてきた。

 着地しながら撃つ。

 

 ガランが機体を引く。

 その砲口の前へ、マラサイの肩が入った。

 

 近すぎる。

 

 バズーカを振るより速く、相手のサーベルが光った。

 砲身が切れ、砂へ落ちる。

 

「ちっ!」

 

 ガランは柄を捨て、ヒート・サーベルを抜いた。

 刃を合わせる。

 ヤザンは競り合わない。

 一度だけ押し、すぐに身を引く。

 

 追えば、ミランダから離される。

 追わなければ、撃たれる。

 

『よく見てるぜ。だが、二人分は見きれねえだろう』

 

 ガランは返事をせず、左の機銃を撃った。

 マラサイの足元へ砂が跳ねる。

 その隙に、ミランダとの間へ戻った。

 

 だが、半歩遅かった。

 

 《カゲロウ》が、ドライセンの斧を大きく外へ弾いた。

 がら空きになった懐へ、赤い肩が入る。

 

 衝突。

 ミランダの体が、座席へ叩きつけられた。

 

 右脚が遅れる。

 

 踏ん張るな。

 分かっていたのに、相手はそこへ押してきた。

 

 膝が沈む。

 赤い刃が落ちた。

 

 ミランダは、斧を手放した。

 左腕の砲を地面へ向けて撃つ。

 噴き上がる砂の中へ、機体を転がした。

 

 右前腕が、肘から先を失った。

 直撃だけは避けた。

 

「まだ……!」

 

 立とうとした右脚が、嫌な音を立てた。

 表示が赤く変わる。

 

『ミランダ、下がれ!』

 

 ガランが飛び込んだ。

 サーベルを横薙ぎに振る。

 シュウは一歩退き、刃を受けた。

 

 背後で、マラサイがライフルを上げる。

 

 ガランは、かまわず前へ出た。

 ドライセンと敵の間から、退くわけにはいかない。

 

 光が走った。

 トローペンの左肩が弾け、機銃が沈黙した。

 

『隊長! 西の砲座が抜かれました!』

 

 部下の声が届く。

 

『敵の歩兵が、搬入口へ!』

 

 ガランの目が、施設へ動いた。

 砲座を失った西口へ、敵の車両が入り込んでいる。

 

「各班、東へ下がれ。療養棟の移送を急げ!」

 

 命じた時、別の回線が割り込んだ。

 

『隊長、監督官を押さえました!』

 

     ◇

 

 東の切り通しに、小型の車が止まっていた。

 その脇で、ベルクが両腕を後ろへ押さえられている。

 

「離せ! 本部の命令で移動しているんだ!」

「荷を置いて逃げる命令ですか」

 

 兵士が、足元の鞄を蹴った。

 中から、書類と着替えがこぼれる。

 

 ガランの操縦席に、兵士の端末から映像が届いた。

 

「監督官。どこへ行く」

『君たちが守れないからだろう!』

「まだ中に人がいる」

『もう関係ない! 作戦は次の段階へ移った!』

 

 ベルクは、言ってから口を閉じた。

 ガランの目が細くなる。

 

「次とは何だ」

 

 銃を突きつけていた兵士が、ベルクを振り向かせた。

 しばらく抵抗していた男が、ふと、壁の時計を見た。

 

 口の端が上がる。

 

『……捕まえるのが、遅かったな』

 

 ミランダも、その声を聞いていた。

 動かなくなったドライセンの操縦席で、顔を上げる。

 

『あと二分だ。弾薬庫も、格納庫も、まとめて吹き飛ぶ』

 

 ガランの喉が、ひくりと動いた。

 

「何をした」

『君たちの任務は、敵をここに留めることだったんだよ。よく働いてくれた』

 

 薄い笑いが、通信に混じった。

 

『旧ネオ・ジオンもろとも消えれば、本部には立派な戦果が残る』

「療養棟には、味方がいるんだよ!」

 

 ミランダが怒鳴った。

 ベルクは肩をすくめた。

 

『知っているさ』

 

 ミランダは通信を切った。

 あの棟には、リタがいる。

 非常用のレバーを引き、胸のハッチを開く。

 

『ミランダ!』

「聞こえてる! 中の連中を出す!」

 

 地面へ降りると、膝ががくりと落ちた。

 それでも立ち上がり、療養棟へ走った。

 

     ◇

 

 トローペンが、再びサーベルを上げた。

 

 向かいの《カゲロウ》が、わずかに首を傾ける。

 

『まだやるのか』

「道を開けろ。俺の部下を先に出せ」

 

 東の切り通しには、敵の歩兵も回り込んでいた。

 退避車両の前で、両軍の兵が銃を向け合っている。

 

 ガランは機体を進めた。

 シュウが行く手へ入る。

 

 刃がぶつかった。

 

『上に裏切られたと知って、何のために戦う』

 

 ガランは、操縦桿を握り込んだ。

 傷んだ左肩から、火花が流れる。

 

「俺の後ろには、何十人もいる」

 

 押す。

 赤い機体は動かない。

 

「あいつらは、俺の命令でここへ来た」

 

 部下の声が、回線の向こうで重なっていた。

 担架を呼ぶ声。車を下げろと叫ぶ声。

 

「上の連中がどうしようと、俺まで見捨てていい理由にはならん!」

 

 トローペンの足元から、砂が噴き上がった。

 

「俺が連れて帰る。――そこをどけ!」

 

 赤い機体が、半歩引いた。

 ガランは、その隙へ刃をねじ込もうとした。

 

 誘われた。

 気づいた時には、右手首を押さえられていた。

 赤い膝が、トローペンの胴へ入る。

 

 衝撃。

 ガランの息が止まった。

 サーベルが、指の間から落ちていく。

 

 だが、操縦席へ刃は来なかった。

 

『東の部隊。銃を下げろ。車両を通せ』

 

 シュウが命じた。

 

『武装した者は――』

『俺が引き受ける。通せ』

 

 切り通しの兵が、少しずつ下がった。

 先頭の輸送車が動く。

 

 ガランは、荒い息のまま、それを見ていた。

 

『……お前が率いている連中か』

 

 シュウの声が、すぐ近くでした。

 

 トローペンの膝が落ちる。

 今度は、もう立てなかった。

 

     ◇

 

「そっち、持って!」

 

 ミランダは担架の端をつかんだ。

 肩に痛みが走る。

 かまわず持ち上げ、輸送車へ押し込む。

 

 若い看護師が荷台から手を伸ばした。

 白い袖口が、血で汚れている。

 

「お姉ちゃん! まだ奥に二人!」

「聞こえたよ、リタ! あんたは車に残んな!」

「残ったら、看護師の意味がないでしょ!」

 

 ミランダは、舌打ちした。

 

「なら、私の後ろから離れるんじゃないよ! 手の空いてる奴、来な!」

 

 振り向くと、銃を下げた兵が走ってきた。

 黄色い服ではなかった。

 

 一瞬だけ、互いの顔を見る。

 ミランダは顎で療養棟を示した。

 

「寝台のまま運ぶよ!」

 

 兵は頷き、彼女の後に続いた。

 リタも、空の担架を抱えて追ってくる。

 

 外では、ベルクが時計を睨んでいた。

 両腕を押さえられたまま、唇だけを動かしている。

 

「逃げろ、逃げろ。もう間に合わん」

 

 最後の寝台が、建物から出てきた。

 車の横へ押しつけ、皆で持ち上げる。

 

 ミランダは荷台へ負傷兵を押し込み、振り返った。

 

 跪いたトローペン。

 その傍らに立つ、赤い巨体。

 

 何をしてるんだい、ガラン。

 

 走り出そうとした時、ベルクが笑った。

 

「終わりだ」

 

 ミランダの足が止まる。

 誰かが、頭を伏せた。

 

 風が吹いた。

 

 砂が、地面を流れていく。

 遠くで、冷却装置が低く唸っていた。

 

 それだけだった。

 

「……あれ?」

 

 ベルクが時計を見た。

 首を振り、もう一度見る。

 

「おかしい。もう、時間だぞ」

 

 返事はなかった。

 

「なんでだ。なんで爆発しない!」

 

 《カゲロウ》の胸が開いた。

 昇降用の索を伝い、シュウが降りてくる。

 

 地面へ足をつけると、黒衣の女が彼の隣へ歩み寄った。

 

「シュウ様。処理班、全員帰還しました」

「ご苦労」

 

 シュウは、ベルクを見た。

 

「時限装置なら、外させた」

 

 ベルクの口が開いた。

 

「そんな……どこから」

「カガチの後任は、荷の出し入れがずいぶん派手だな」

 

 シュウの口元が、わずかに上がる。

 

「運び出した物と、運び込んだ物。見比べれば、気にもなる」

 

 ナナイが、兵士へ目を向けた。

 

「連れていきなさい。聞くことがあります」

 

 ベルクは引きずられながら、なお時計を見ようとした。

 誰も、彼の話を聞こうとはしなかった。

 

     ◇

 

 ガランは、操縦席から降りるのに時間がかかった。

 傷のある脚が震え、最後の足場で膝が折れる。

 

「世話の焼ける男だねえ」

 

 ミランダが腕をつかんだ。

 

「お前は、療養棟へ行ったのでは」

「出したよ。全員」

「妹さんは」

「担架を担ぎながら、私に説教してたさ」

 

 ガランは、切り通しへ目をやった。

 部下が一人、こちらへ手を上げた。

 

 息を吐く。

 喉の奥に詰まっていたものが、ようやく落ちた。

 

 その前へ、シュウが来た。

 

「よく持ちこたえたな」

「……笑いに来たのか」

「肩を裂かれた。笑って済む修理代ではない」

 

 ミランダが鼻で笑う。

 

「請求するなら、あの監督官にしな」

「俺が欲しいのは、お前たちだ」

 

 二人とも、口を閉じた。

 

 シュウはまず、ガランを見た。

 

「あの射撃はよかった。一度かわしたら、次は順番を変えてきた」

「二度、同じ手は使わん」

「だから欲しい」

 

 マラサイの方から、ヤザンが歩いてきた。

 銃を片手に下げ、トローペンを見上げる。

 

「あそこまで追い立てりゃ、普通は相棒どころじゃなくなるんだがな。しつこく戻りやがる」

 

 ガランは、ヤザンを睨んだ。

 男は楽しそうに笑った。

 

「俺たちが、お前の下で働くと思うのか」

 

 ガランがシュウへ言う。

 

「イエロースーツが嫌いになったわけではない。あの連中のしたことと、昔からの仲間は別だ」

「なら、仲間まで嫌う必要はない」

「簡単に言うな」

 

 ガランは、背後の部下たちを見た。

 誰も、帰投の準備を始めていなかった。

 こちらが次に何を命じるかを、待っている。

 

「俺一人で決めて、あいつらを放り出せるか」

「連れてこい」

 

 ガランが振り向く。

 

「……何?」

「お前の指揮で動ける連中なんだろう。なら、お前が率いろ。俺の下でな」

 

 ナナイが、わずかに眉を寄せた。

 

「部隊ごと、ですか」

「ああ」

 

 ガランは、シュウの顔を見た。

 慰められている気はしなかった。

 こちらの返事を待つ目には、妙に楽しそうな光がある。

 

「信用できる保証など、ないぞ」

「お前たちが向こうにいる方が、面倒だ」

 

 ヤザンが、喉の奥で笑った。

 

 ガランは、古い腕章へ手をやった。

 擦り切れた縁を、親指で一度なぞる。

 

 それから外し、畳んで胸の内側へしまった。

 

「部下には、自分で選ばせる」

「いいだろう」

「俺は、働く。今日の負けは、働きで返す」

 

 シュウが頷いた。

 

「期待している」

 

 シュウは、療養棟の方へ目を向けた。

 

「医療班も、望む者は来い。人手は、いくらあっても足りない」

 

     ◇

 

「さて」

 

 シュウが、ミランダへ向き直った。

 

「お前も、俺についてこないか」

 

 ミランダは、髪についた砂を払った。

 笑ってはいる。

 だが、その場から一歩も動かなかった。

 

「あんた、私が好みの男だって言ったからって、誘えばほいほいついてくるとでも思ってるのかい?」

「顔ひとつで、身の振り方を決める女には見えん」

「分かってるじゃないか。だったら、この話は――」

「お前は、男より金だろう」

 

 ガランが一歩出た。

 

「貴様……! ミランダを何だと思っている!」

 

 シュウは答えず、ナナイへ手を差し出した。

 

 彼女は一度だけ彼の顔を見た。

 それから、車の脇に控えていた兵士を呼ぶ。

 

 運ばれてきたのは、黒いアタッシュケースだった。

 兵士が木箱の上へ置き、ナナイが留め金を外す。

 

 蓋が開いた。

 

 金塊が、並んでいた。

 

 ミランダの視線が止まる。

 一つ、隣、その奥へ。

 

 誰も口を開かなかった。

 

 やがて、ミランダはシュウの耳元まで近づきささやいた。

 

「……あんた達、私の事情をどこまで知ってるんだい?あんたはやっぱり顔だけじゃないんだねえ」

 

そう言うとさっとシュウから身を引きミランダは笑顔で答えた。

 

「私の好みが分かってるじゃないか!」

 

「おい、ミランダ」

 

 ガランが、振り上げかけた手を下ろした。

 

「何だい。私の取り分まで断るんじゃないよ」

「そういう話をしているんじゃない」

「私は、してるのさ」

 

 ガランの口が、ゆっくり閉じた。

 

 ミランダはケースの縁へ指を置いた。

 

「で、これは?」

「前金だ」

「返せとは言わないね?」

「働いてもらう」

 

 ミランダは、しばらくシュウの目を見ていた。

 それから蓋を閉じ、留め金を二つとも掛けた。

 

「いいよ。その話、乗った」

 

 ガランが額に手を当てた。

 ヤザンは、ミランダの抱えたケースへ目を落とした。それからシュウを見て、声を出して笑った。

「大将、ずいぶん奮発したじゃねえか。俺の時より気前がいいぞ」

「お前は、自分で持ってきただろう」

「違いねえ」

 ナナイは笑わなかった。

 

「機体の回収に、負傷者の収容。さらに、部隊の受け入れまで」

「任せる」

「……そうおっしゃると思いました」

 

 彼女は端末を開き、ガランを見る。

 

「人員と負傷者の数を。合流する者の名簿は、あなたがまとめてください」

 

 ガランは、まだ少し戸惑った顔で頷いた。

 

     ◇

 

 昼を過ぎても、集積所には車が出入りしていた。

 

 壊れた機体を運ぶ者。

 弾薬を数える者。

 行き先を決めかね、仲間と話し込む者。

 

 ガランの前へ、一人の兵が来た。

 

「隊長。俺は、南の隊へ戻ります。兄がいるんで」

「そうか」

 

 ガランは名簿の一行へ印をつけた。

 

「今日のことは、自分の目で見たまま話せ。余計な話を足すな」

「……はい」

 

 兵は何か言いたそうに口を開き、結局、頭を下げた。

 ガランは、その背中を見送った。

 

 入れ違いに、工具袋を抱えたコルが来る。

 

「機体を運ぶなら、僕も行きます。あの脚、途中で固定が緩むかもしれません」

「脚だけじゃないよ」

 

 横でミランダが言った。

 コルは、腕のないドライセンを見上げた。

 

「……見れば分かります」

「悪かったね」

「直すまで、次は待ってください」

「善処するよ」

「待ってください」

 

 ミランダが笑った。

 

 東の道から、医療班の車が戻ってきた。

 運転手が、生存者の移送完了を報告する。

 窓際で、白い袖の若い看護師が、こちらへ大きく手を振った。

 リタだった。

 

 ミランダはケースの取っ手を握り直し、顎を少し上げてみせた。

 車は止まらず、次の患者を迎えに進んでいった。

 

「どうした」

 

 ガランが尋ねる。

 

「別に。早く済ませなよ、新しい隊長さん」

「隊長は、変わっていない」

「上が変わったろう?」

 

 ガランは、集積所の奥へ目をやった。

 

 シュウが、傷ついた《カゲロウ》の肩を見上げていた。

 隣でナナイが何か言っている。

 聞いているのかいないのか、あの男は、こちらの二機まで順に眺めていた。

 

「厄介な男だ」

「いい顔してるよ」

「顔の話ではない」

「知ってるさ」

 

 ミランダは、閉じたケースを軽く叩いた。

 

 ガランが立ち上がる。

 彼を待っていた兵士たちが、自然と顔を上げた。

 

「出発する。積み残しを確認しろ」

 

 いつもの命令に、いつもの返事が返ってきた。

 

 ガランは一度だけ、胸の内側へ手を当てた。

 それから、部下たちと車へ向かった。

 

            (つづく)




第9話をお読みいただき、ありがとうございました。

ガランとミランダが、シュウの陣営へ加わりました。
長くいた組織への思いと、部下への責任を抱えるガラン。妹を気にかけながらも、いつもの調子を崩さないミランダ。これまで敵として登場してきた二人の、別の一面を描きたいと思った回でした。

所属が変わっても、過去のつながりまで消えるわけではありません。二人が新しい仲間たちとどんな関係を築いていくのか、見守っていただけるとうれしいです。

そして、人材を集めるシュウの隣で、ナナイの仕事はまた増えていくのでした。

感想など、お気軽にお寄せください。
次回もよろしくお願いします。
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