ラブライブ!スーパースター!! ~あの日の音の、その先で~ 作:かべたろ
スマートフォンの画面を更新するたび、そこに表示されている数字が少しずつ増えていく。
一度は画面を閉じても、しばらくすると気になってまた開いてしまう。朝起きて一回、学校へ向かう電車の中でもう一回。それから教室に着いて、鞄を机の横へ掛けたところで我慢できなくなり、私はまた同じ画面を開いていた。
「……また増えてるっす」
昨日の夜に見たときよりも増えている数字を確かめていると、思わず声が漏れた。
画面に映っているのは、数日前に夏美ちゃんが撮影したLiella!の動画だ。
最初は一本だけ試してみよう、という話だった。突然練習場所へ現れて「マニーの匂いがする」と言われたかと思えば、株式会社オニナッツのCEOを名乗り、最後には私たちを売りたいとまで堂々と言い切られてしまったのだから、あのときは本当に任せて大丈夫なのかと不安にもなった。
けれど、実際に公開された動画は、私が思っていた以上にたくさんの人に見てもらえている。
再生された回数だけではない。画面を下へ送ってみれば、昨日の夜にはなかったコメントもいくつも増えていた。
『Liella!やっぱり好き』
『こういう動画もっと見たい!』
『新しいメンバー増えてる?』
そこまで読んだところで、動かしていた指が止まる。
——新しいメンバー。
たぶん、私のことだ。
そう思った途端、なんだか急に恥ずかしくなって、誤魔化すように画面を下へ送った。
『一年生の子かわいい』
「…………」
今度は、ぴたりと指が止まった。
数秒その文字を見つめてから、ゆっくりと画面を上へ戻す。別のコメントと見間違えたのかもしれないと思ったけれど、そこにはやっぱり同じ言葉が残っている。
『一年生の子かわいい』
……やっぱり、書いてある。
「……えへへ」
誰に見せるわけでもないのに、頬が勝手に緩んでしまう。
かわいい。
私のことを、かわいいって。
もう一度だけ読んでおこうかな、と画面へ顔を近づけた——そのときだった。
「朝からずいぶん嬉しそうですの」
「ひゃあっ!?」
すぐ耳元から声が聞こえて、握っていたスマートフォンを危うく取り落としかけた。慌てて両手で掴み直して振り返ると、いつの間に来たのか、夏美ちゃんが私の机の横からひょいと画面を覗き込んでいる。
「な、夏美ちゃん! びっくりしたっす!」
「そんなに驚かなくてもいいでしょう」
夏美ちゃんは悪びれる様子もなく身体を起こすと、今度は私の顔を見て、何かを見つけたように目を細めた。
「それで——何を見てたんですの?」
「それは……ちょっと」
聞かれた途端、さっきまで眺めていたコメントが頭に浮かび、私は反射的にスマートフォンを胸元へ引き寄せた。
別に見られて困るものではない。
そもそも夏美ちゃんが作った動画なのだから、コメントだって本人はとっくに確認しているはずだ。
それでも——『一年生の子かわいい』を読んで喜んでいたところだけは、なんとなく知られたくなかった。
——それに、よく考えたらこの動画は誰でも見られるところに公開されている。
ということは、野山さんが見る可能性だってあるわけで。
「…………」
さっきまでとは違う意味で、頬が熱くなってきた。
別に変なことをしているわけじゃない。いつも通りみんなと一緒に踊っているだけだし、野山さんにはLiella!に入ったことだって話している。それなのに、いざ自分が歌ったり踊ったりしているところを見られるのだと思うと、どうしてこんなに恥ずかしいんだろう。
——野山さん、この動画見るんすかね。
見てほしいような、見てほしくないような。
自分でもよく分からない気持ちが胸の中でもぞもぞと動き始めて、私は誤魔化すようにスマートフォンをさらに強く抱え込んだ。
その瞬間、夏美ちゃんの口元がにやりと持ち上がった。
「なるほど」
「な、なんすか?」
「自分の評判を確認していたんですのね?」
「うっ」
思わず言葉に詰まった私を見て、夏美ちゃんはますます楽しそうに目を細める。
「図星ですの」
「ち、違うっす! 動画がどれくらい見てもらえてるのかなって確認してただけで……!」
「同じことですの」
「うぅ……」
夏美ちゃんは得意げに言い切ると、私の前の席の椅子をくるりと反対向きにして、背もたれをこちらへ向けたまま腰を下ろした。
「しかし、良い心掛けですの。自分が世間からどのように見られているかを把握することは、セルフプロデュースの第一歩ですの」
「そんな大げさなこと考えてないっすよ」
「今は、ですの」
「今は?」
意味を聞き返すより先に、夏美ちゃんは制服のポケットから自分のスマートフォンを取り出した。慣れた手つきで何度か画面を操作したあと、それを私にも見えるように差し出してくる。
けれど、そこに表示されていたのは、さっきまで私が見ていたコメント欄とはまるで違うものだった。数字やら線やら見慣れない項目やらが所狭しと並んでいて、どこを見ればいいのかすら分からない。
「昨日からの再生数の伸びがこちらですの。公開直後と比べても大きく落ちていませんの。さらに、Liella!のアカウントを新しくフォローした人数も——」
「ちょ、ちょっと待ってくださいっす!」
次々と数字を示していく夏美ちゃんを慌てて止める。
「なんですの?」
「数字が多すぎて全然分かんないっす! きな子、どこ見ればいいんすか!?」
次々と示される数字にとうとう音を上げると、夏美ちゃんは一瞬きょとんとしたあと、仕方なさそうにスマートフォンを引っ込めた。
「つまり——成功ですの」
「おお……!」
急に分かりやすくなった。
思わず身を乗り出す私の前で、夏美ちゃんは満足そうに何度も頷く。
「もっと喜んでいいんですのよ?」
「すごいっす、夏美ちゃん!」
「そうでしょう、そうでしょう!」
褒めた途端、夏美ちゃんの胸がこれでもかというくらい得意げに張られる。
こういうところは、本当に分かりやすい。
さっきまで難しい数字を並べながらいかにも経営者らしく振る舞っていたのに、いざ素直に褒められると嬉しそうな顔を隠そうともしない。その様子がおかしくて、私まで少し笑ってしまった。
「これで株式会社オニナッツの実力も証明されましたの。この調子でさらに再生数を伸ばし、Liella!の知名度も上がれば、その先に待っているのは当然——」
そこで夏美ちゃんはもったいぶるように言葉を切った。
椅子に座ったまま大きく両手を広げ、その瞳が見覚えのある輝きを帯びていく。
……あ。
なんとなく、次に出てくる言葉が分かった気がする。
「輝かしいマニーが待っていますの!」
「やっぱりそこなんすね……」
数日前から何度も聞いているはずなのに、少しだけ感心した気持ちを返してほしくなった。
◇
「というわけで!」
放課後。
いつもの練習場所へ集まったときから、夏美ちゃんは随分と機嫌がよかった。
まだ練習も始まっていないというのに先輩たちの前へ陣取り、スマートフォンの画面を見せながら、朝に私へ聞かせたのと同じ説明をしている。再生数がどうとか、新しく増えたフォロワーがどうとか。今朝は途中から何を言っているのか分からなくなった私だけれど、先輩たちは表示された数字を見ながら、それぞれ興味深そうに耳を傾けていた。
「——以上を踏まえまして、初回としては申し分のない結果ですの!」
説明を締めくくると同時に、夏美ちゃんが得意げに胸を張る。
「本当だ。前に出した動画より伸びてるね」
かのん先輩はスマートフォンを覗き込みながら何度か画面を見比べ、それから素直に感心したように夏美ちゃんへ顔を向けた。
「すごいなあ。夏美ちゃん、こういうの得意なんだね」
「当然ですの。株式会社オニナッツの手にかかれば、このくらい——」
「はいはい、調子に乗らない」
言い切る前にすみれ先輩から遮られ、夏美ちゃんが不満そうに頬を膨らませる。その横で、千砂都先輩が笑いながらスマートフォンを覗き込んだ。
「でも、編集もすごく見やすかったよね。テンポも良かったし、練習してるところもちゃんと伝わってたし。完成したのを見たとき、撮ってたときとはまた全然違って見えたよ」
「そこですの!」
待っていましたと言わんばかりに、夏美ちゃんの目が輝いた。
「ステージの上で完成した姿だけを見せるのでは足りませんの。そこへ至るまでに何をしているのか、普段どんな練習をしているのか。そういう部分まで見せることで、見る側はもっと皆さんに興味を持つんですの」
「なるほど……」
恋先輩が感心したように頷き、もう一度スマートフォンの画面へ目を落とす。
「先日おっしゃっていた『物語』ということですね」
「その通りですの!」
自分の意図を理解してもらえたのが嬉しかったのか、夏美ちゃんが勢いよく恋先輩を指差す。その様子を横で見ていた可可先輩は、何か思い出したように眉を寄せた。
「でも、撮影中にマニーって叫ぶのは控えてほしいデス」
「景気がよくていいでしょう?」
「スクールアイドルの撮影に景気のよさは求めてないデス!」
「注文が多いですの」
「誰のせいデスか!」
早くも言い合いを始めた二人を前に、すみれ先輩が呆れたようにため息をつく。
「……あんたたち、意外と気が合うんじゃない?」
「どこがデス!」
「どこがですの!」
そこだけ綺麗に重なった。
すみれ先輩が「ほら、そういうところよ」と呆れれば、かのん先輩と千砂都先輩から笑い声が漏れる。
私はそんなみんなの様子を少し離れたところから眺めながら、つられるように口元を緩める。
ほんの数日前までは、夏美ちゃんは同じ教室にいるだけの、ほとんど話したこともない子だった。Liella!に入ったわけでもなく、今だって動画を撮るために関わっているだけのはずだ。
それなのに、こうして先輩たちの真ん中に立って可可先輩と言い合っている姿は、数日前よりもずっと自然に見える。
なんだか、それが少しだけ不思議だった。
「そこで!」
突然、夏美ちゃんがぱん、と両手を打ち合わせた。言い合っていた可可先輩も含めてみんなの視線が集まると、待っていましたと言わんばかりに胸を張る。
「次の企画ですの!」
「もう考えてるの?」
かのん先輩が驚いて聞き返すと、夏美ちゃんは当然とばかりに頷いた。
「鉄は熱いうちに打つものですの、かのんさん。せっかく注目が集まり始めているのに、ここで間を空ける理由がありませんの」
「それはそうかもしれないけど……」
「それで、次は何を撮るのよ?」
すみれ先輩に話を促されると、夏美ちゃんの口元が待っていましたと言わんばかりに持ち上がる。
「もちろん、もう決まっていますの」
そう言いながら、夏美ちゃんの視線がみんなの顔を順番に通り過ぎ——最後に、私のところでぴたりと止まった。
「…………」
なんだろう。
ものすごく嫌な予感がする。
「次に売り出すべきは——きな子さんですの!」
「やっぱりきな子っすか!?」
思わず声を上げると、夏美ちゃんの方が不思議そうに目を瞬かせた。
「何を驚いているんですの。前にも言ったでしょう?」
「言われたっすけど!」
あのときも確か、成長する人間には物語があるとか、非常に使いやすいコンテンツだとか言われた覚えがある。それでも、まさか次の動画でいきなり自分が中心になるとは思っていなかった。
私は戸惑いながら自分の胸元を指差す。
「でも、先輩たちの方が歌もダンスもずっと上手っすよ? だったら、先輩たちを撮った方が——」
「だからですの」
「……へ?」
予想とは正反対の答えが返ってきて、言葉が止まる。
夏美ちゃんは説明するように人差し指を一本立てた。
「完成度の高いパフォーマンスを見る楽しさは、もちろんありますの。でも、最初から完成されたものだけを並べ続けても、それだけでは見せ方が限られてきますの」
そこまで言うと、立てていた指が今度はまっすぐ私へ向けられる。
「その点、きな子さんは今年Liella!へ入ったばかり。しかも、スクールアイドル初心者ですの」
「うっ……」
分かっていることではあるけれど、真正面から言われると少し胸に刺さる。
「先輩たちに比べれば、歌もダンスもまだまだ」
「ううっ……」
「振り付けを間違えることもある」
「ううう……」
悪気がないのは分かる。分かるのだけれど、夏美ちゃんが事実を並べるたびに、見えない何かが胸へぐさぐさ刺さってくる。
「な、夏美ちゃん。そのくらいにしてあげて」
とうとう見かねたのか、かのん先輩が苦笑しながら間に入ってくれた。私は助かったと言わんばかりにその背中を見るけれど、夏美ちゃんはどうして止められたのか分からないらしく、きょとんと首を傾げている。
「別に貶しているわけではありませんの」
どうやら、本当に褒めているつもりらしい。
——それが一番困るっす。
「むしろ逆ですの」
「逆……っすか?」
思わず聞き返すと、夏美ちゃんは私へ向けていた指を下ろし、今度は説明するようにゆっくりと言葉を続けた。
「完成したものを見る楽しさもあれば、完成していくものを追いかける楽しさもあるんですの」
その声から、さっきまでのどこかふざけたような調子が少しだけ消える。
「昨日できなかったことが、今日は少しできる。今日できなかったことが、明日はできるかもしれない。そうやって少しずつ変わっていく姿は、最初から上手にできる人には見せられないものですの」
「…………」
言われてみれば、なんとなく分かる気がした。
今の私には、まだできないことがたくさんある。先輩たちについていくので精いっぱいになることもあるし、何度練習してもうまくできなくて、悔しくなることだって珍しくない。
でも、そのぶん昨日までできなかったことができるようになったときの嬉しさも、私は知っている。
夏美ちゃんが言っているのは、きっとそういうことなのだろう。
「ですから——」
少しだけ納得しかけた私を前に、夏美ちゃんの表情がぱっと明るくなる。
そして、にっこりと満面の笑みを浮かべた。
「きな子さんには、存分に失敗していただきますの!」
「嫌っすよ!?」
さっきまでの納得が一瞬で吹き飛んだ。
「失敗なくして成長はありませんの!」
「最初から失敗する前提で撮らないでほしいっす!」
思わず身を乗り出して抗議する私と、本気で何が悪いのか分からない顔をする夏美ちゃん。
そんな私たちのやり取りを見ていた先輩たちの間から、とうとう堪えきれなくなったような笑い声が響いた。
◇
それから始まった撮影は、想像していた以上に恥ずかしかった。
「あっ、また間違えたっす! ちょっと待って——」
「そのまま続行ですの!」
「今のも撮るんすか!?」
「だから撮っているんですの!」
私の抗議などお構いなしに音楽は流れ続け、夏美ちゃんもスマートフォンを下ろす気配がない。
途中で振りを間違えた私は、慌てて隣の千砂都先輩へ視線を向けた。すぐに動きを合わせようとするものの、一度ずれたことを意識すると余計に焦ってしまい、追いつこうとするほど足の運びが遅れていく。
ようやく曲が止まった頃には、すっかり力が抜けていた。
「また間違えたっす……」
「大丈夫、大丈夫。さっきより良くなってるよ」
肩を落とす私の隣へ千砂都先輩がやってきて、励ますように笑いかけてくれる。
「ここだけ、もう一回確認しよっか」
「はいっす!」
千砂都先輩と並び、今度は音楽を流さずにさっきの振りをゆっくりと繰り返す。
足を出して、身体を返して、それから腕を上げる。頭の中で順番を一つずつ確かめながら動いていると、隣から千砂都先輩の声が聞こえた。
「そうそう。そこで急がなくていいんだよ」
「こう……っすか?」
「うん、今の!」
「おお……なるほどっす」
言われた通りに動いてみると、さっきまで引っかかっていたところを身体がすっと通り抜けた。足から身体、腕までが一つの流れで綺麗につながった感覚が嬉しくて、思わず顔を上げる。
——と、その先で夏美ちゃんと目が合った。
正確には、こちらへ向けられたスマートフォンのカメラと。
「夏美ちゃん」
「なんですの?」
「もしかして、今のも撮ってたっすか?」
「密着ですから、当然ですの」
「なんか落ち着かないっすねぇ」
「大丈夫、そのうち慣れますの」
夏美ちゃんは何でもないことのように言うけれど、本当に慣れる日なんて来るのだろうか。
なんとも言えない居心地の悪さを感じながら、私はもう一度自分の立ち位置へ戻った。
撮影が始まってからというもの、夏美ちゃんはほとんどスマートフォンを下ろしていない。
綺麗に踊れたところだけではなく、振り付けを間違えて慌てているところも、息が上がって膝へ手をついているところも、先輩たちの動きを必死に目で追っているところも。そのうえ千砂都先輩から振りを教わっているところから、休憩中に一人で動きを確かめているところまで、気づけば何もかもカメラに収められていた。
夏美ちゃんが言っていた「存分に失敗してもらう」という言葉は、どうやら冗談でもなんでもなかったらしい。
上手くできても撮られる。失敗しても撮られる。休憩していても、気を抜けばいつの間にか撮られている。
……密着って、こんなに逃げ場がないものなんすね。
さっきよりもずっと、背中にカメラの気配を感じるような気がした。
「……夏美ちゃん」
「今度はなんですの?」
「さっきから、きな子が失敗してるところばっかり撮ってないっすか?」
カメラを向けられ続けている恥ずかしさもあって、少しだけ不満を込めて尋ねる。けれど、夏美ちゃんは悪びれるどころか、何を今さらと言いたげな顔であっさり頷いた。
「撮っていますの」
「やっぱり!」
「やっぱり……。間違えてるところまで残るの、恥ずかしいっすよ」
「成功したところだけ撮って、どうするんですの」
思いがけない返事に声が止まると、夏美ちゃんはそれまで構えていたスマートフォンを少しだけ下げた。
「きな子さんが最初から何でもできるなら、今回の企画をやる意味がありませんの」
「それは……」
「できない。だから練習する。少しできるようになる。それでも、また別のところで失敗する」
夏美ちゃんは一つずつ確かめるように指を折りながら、淡々と言葉を重ねていく。
「そうやって何度も繰り返していくから、見ている人も『次はどうなるんだろう』と思うんですの」
「じゃあ……失敗してるところも、必要ってことっすか?」
「むしろ、失敗している過程こそ重要ですの」
迷う様子もなく、すぐに答えが返ってきた。
「少なくとも、動画の中では」
「動画の中では……」
「それに、できなかったことが最後までできないままなら困りますけれど——」
そこで夏美ちゃんは私から視線を外し、さっき千砂都先輩と何度も確認していた場所を指差した。
「できるようになるんでしょう?」
「…………」
「なら、最初の失敗にも意味がありますの」
その言葉を聞いて、さっきまで嫌で仕方なかったカメラが、ほんの少しだけ違って見えた。
もちろん、間違えて慌てているところを誰かに見られるのは恥ずかしい。できることなら、格好よく踊れているところだけを見てもらいたい気持ちだってある。
でも、その失敗があるからこそ、そのあとにできるようになったことも伝わる。
そう考えれば、上手くいかなかったところを見せることも、全部が悪いわけではないのかもしれない。
「……分かったっす」
「では、もう一度ですの!」
「はいっす!」
夏美ちゃんが再びスマートフォンを構えるのとほとんど同時に、止まっていた音楽が流れ始めた。
最初から振りを追いながら、さっき間違えたところが近づいてくるのを意識する。今度こそ、と力が入りそうになるのを抑えて、千砂都先輩に教えてもらった動きを頭の中で一つずつ思い返した。
足を出して、身体を返して、それから腕を上げる。
焦らない。
流れてくる音に合わせて身体を動かすと、今度は引っかからない。さっき何度も間違えたところを、そのまま綺麗に抜けることができた。
——できたっす!
胸の奥がぱっと明るくなった、その直後。
「あっ」
喜んだせいで気が抜けたのか、今度はその次の動きで足が遅れた。
「ああーっ!」
間もなく音楽が止まり、私はその場で頭を抱える。
「惜しい!」
そんな私の隣で、千砂都先輩はおかしそうに笑っていた。
「でも、今のところはちゃんとできてたよ」
「でも次で間違えたっすー……」
「だったら、次はそこまで繋げよう。ね?」
「…………はいっす!」
落ち込みかけた気持ちを切り替えるように、両手で自分の頬を軽く叩く。
一つできるようになったと思ったら、今度はその次。
まだまだ先は長そうだけれど、それならもう一度やればいい。
「すみませんっす。もう一回お願いします!」
そう言って顔を上げる。
少し離れたところでは、夏美ちゃんが変わらずスマートフォンをこちらへ向けていた。
——そう思ったのだけれど。
よく見ると、さっきまで私を追いかけるように構えられていたスマートフォンが、いつの間にか少しだけ下がっている。画面ではなく、夏美ちゃん自身の目がまっすぐこちらへ向いていた。
「……夏美ちゃん?」
「…………」
呼びかけても、すぐには返事がない。
何か考え込んでいるようにも見えて、不思議に思いながら首を傾げる。
「どうしたんすか?」
「……なんでもありませんの」
ほんの少し間を置いてそう答えると、夏美ちゃんは何事もなかったようにスマートフォンを持ち上げた。さっきまで止まっていた視線も画面へ戻り、いつもの調子で声を張る。
「撮影続行ですの! 今度こそ成功してもらいますのよ!」
「はいっす!」
その勢いにつられるように返事をして、私はもう一度立ち位置へ向き直った。
ほんの一瞬だけ見えた夏美ちゃんの表情が少し気にはなったけれど、すぐに次の練習が始まってしまえば、それについて考えている余裕もなくなる。
だからそのときは、それ以上気に留めることもなかった。
◇
「…………」
画面の中で、私は盛大に振り付けを間違えていた。
身体を返す方向を間違え、慌てて先輩たちの動きに合わせようとしている。その姿が映ったかと思えば、すぐに場面が切り替わった。
今度は、綺麗に動きの揃った先輩たちの後ろで、私だけが見事に一拍遅れている。
そして、さらに次の場面。
両膝に手をつき、肩を大きく上下させながら息を切らしていた。
「……夏美ちゃん」
「なんですの?」
「きな子、こんなに失敗してたっすか……?」
「していましたの」
「即答しないでほしいっす!」
少しくらい考えてくれてもいいのに。
翌日の放課後。私たちは練習を始める前に集まり、夏美ちゃんが早速作ってきた仮編集をみんなで確認していた。
編集そのものは、悔しいけれどすごく上手だと思う。
私でも分かるくらい見やすくまとまっているし、一つの場面が長々と続くこともなく、練習風景や先輩たちとのやり取りが次々に切り替わっていく。昨日ずっとカメラを向けられていた理由も、完成しかけた映像を見ればなんとなく分かった。
ただ、一つだけ大きな問題がある。
「……恥ずかしいっす」
画面の中で失敗を繰り返す自分をこれ以上直視できなくなり、私は両手で顔を覆った。
「でも、最後はちゃんとできてるじゃん」
隣から聞こえたかのん先輩の声に、指の隙間からそっと画面を覗く。
確かに動画の後半では、千砂都先輩に教えてもらいながら何度も同じところを練習して、最初につまずいていた振り付けを最後まで通せるようになっている。そこまでの失敗を全部見せられたあとだからこそ、最後に踊れている自分を見ると、昨日できたときとはまた違う嬉しさがじわじわと込み上げてきた。
「……ここだけ見ると、ちょっといい感じっすね」
「でしょう?」
なぜか夏美ちゃんが得意げに答える。
けれど、どうやら確認したいものは動画だけではなかったらしい。
「そして、問題はこちらですの」
「問題?」
夏美ちゃんが画面を切り替える。そこに大きく表示された文字を目で追って、私は何度か瞬きをした。
「『Liella!新メンバー、先輩についていける!?』……」
「タイトル案ですの」
「お、おお……」
なんだか急に不安を煽られている。
しかも、その下にはサムネイルの案まで用意されていた。
片方には、振り付けの揃った先輩たち。そしてその横には——練習中、息を切らして今にも倒れそうな顔をしている私。
「…………」
同じ画面に並べられると、思っていた以上に差がはっきり見えてしまう。
「……ちょっと煽りすぎじゃない?」
私と同じことを思ったらしく、すみれ先輩が腕を組みながら眉をひそめた。
「このくらいでちょうどいいですの」
「そうかしら?」
「では、『新メンバーが頑張っています』というタイトルだけで、まだLiella!をよく知らない人がわざわざ動画を押してくれると思いますの?」
夏美ちゃんはそう言って、タイトルとサムネイルを順番に指差した。
「先輩たちとの間には、まだ実力の差がある。では、その新メンバーは本当についていけるのか——そう思ってもらって、初めて続きを見てみようという興味につながるんですの」
「言いたいことは分かるけど……」
すみれ先輩は納得しきれない様子を残しながら、もう一度画面へ目を落とす。
「……まあ、こういう見せ方があるのは確かね」
「でしょう?」
「でも、目を引けばなんでもありって意味じゃないわよ。本人が嫌がるような見せ方までしたら逆効果なんだから」
「それくらい分かっていますの」
てっきりまた言い返すのかと思ったけれど、夏美ちゃんの返事は意外なくらいあっさりしていた。
そして、そのまま私へ顔を向ける。
「ですから、最後に決めるのはきな子さんですの」
「……きな子?」
「当然でしょう?」
夏美ちゃんはそう言うと、タイトルとサムネイルを表示したまま、スマートフォンを私の方へ差し出した。
「本人が嫌だと言うものを、勝手に出すつもりはありませんの。数字を伸ばすためなら何をしてもいい、なんて話ではありませんから」
さっきまで再生数や見せ方について熱弁していたときとは少し違う、真面目な声だった。
「そのうえで、きな子さんに聞きますの」
差し出されたスマートフォンへ、もう一度視線を落とす。
「この動画、このタイトル、このサムネイル——どうですの?」
「…………」
画面には、綺麗に踊る先輩たちと、その横で必死についていこうとしている私が並んでいる。
確かに格好よくはない。
できていないところも、苦しそうなところも、全部そのまま映っている。
それでも昨日、夏美ちゃんが言っていたことを思い出した。
——なら、最初の失敗にも意味がありますの。
私はしばらく、その画面を見つめた。
正直に言えば——少し、嫌だった。
自分がまだできていないことくらい、ちゃんと分かっている。毎日一緒に練習していれば、先輩たちとの差なんて嫌でも感じるし、もっと頑張らなくちゃと思うことだって何度もある。
でも、自分の中だけで分かっていることと、それをこうして分かりやすく並べて、大勢の人に見られる形にすることは少し違う。
このサムネイルを見た人は、私のことをどう思うんだろう。そんな考えが頭をよぎって、すぐには返事ができなかった。
それでも、夏美ちゃんは昨日、練習が終わるまでずっと私たちを撮影していた。そして今日には、もうこうして一本の動画として見られるところまで仕上げてくれている。
最初に作ってくれた動画だって、本当にたくさんの人が見てくれた。そのおかげでLiella!を新しく知ってくれた人もいると、今朝見せてもらった数字が教えてくれている。
だったら——これもLiella!のためになるのなら。
「……大丈夫っす!」
迷っていた気持ちを押し込むように、私は笑って答えた。
「これでいくっす!」
「……そうですの」
夏美ちゃんが一度だけ確かめるように私を見る。
「はいっす!」
今度は迷わず頷くと、夏美ちゃんもそれ以上は何も聞かなかった。
「なら、決まりですの」
そう言って頷くと、すぐにスマートフォンへ視線を戻し、今度は先輩たちと細かい修正について話し始める。
私も、その横からもう一度画面を覗き込んだ。
綺麗に踊る先輩たちと、息を切らしながら必死についていこうとしている私。
できていないのは、本当のことだ。
それを隠したって、できるようになるわけじゃない。
それに、この動画を見てLiella!を知ってくれる人が増えるなら——きっと、これでいい。
大丈夫。
別に、これくらい。
大丈夫っす。
◇
「きな子ちゃん」
練習が終わり、使ったものを片付けようとしていたところで、千砂都先輩に呼び止められた。
「はいっす?」
振り返ると、他のみんなは少し離れたところで片付けを続けている。そういえば夏美ちゃんの姿だけが見当たらない。さっき、撮影に使った機材を一つ忘れたとか言って、取りに行ったような気がする。
「さっきの動画なんだけど」
「動画?」
「うん」
千砂都先輩はそこで一度言葉を止めた。
何かを確かめるように私の顔を覗き込んでから、少しだけ声を落とす。
「本当に大丈夫?」
「…………まぁ」
さっき、夏美ちゃんにも聞かれたことだった。
あのときは大丈夫だと答えた。それで決まったはずなのに、もう一度同じことを聞かれると、今度はすぐに言葉が出てこない。
「……大丈夫っす」
「そっか」
それで話は終わると思った。
けれど、千砂都先輩は何も言わない。ただ私の隣に立ったまま、急かすこともなく待っている。
その沈黙のせいなのか、さっきは胸の奥へ飲み込めたはずの言葉が、少しずつ喉のところまで上がってきた。
「……できてないのは、本当っすから」
「うん」
「先輩たちより全然できないし、夏美ちゃんが作った動画だって、別に嘘を見せてるわけじゃないっす」
「うん」
千砂都先輩は否定も肯定もせず、ただ続きを聞いてくれている。
「それに……」
私は視線を落とし、自分の指先を見つめた。
「夏美ちゃん、昨日ずっと撮ってくれてたっす。今日だって、あんなにちゃんと編集してきてくれて……」
昨日の撮影を思い返す。
何度も立ち位置を変えて、光の当たり方を確かめて、撮った映像をその場で何度も見返していた。口を開けばマニー、マニーと言っていたけれど、撮影そのものに手を抜いているところなんて、一度も見なかった。
だからこそ、余計に言いづらかった。
「きな子が嫌だって言ったら、困らせちゃうっすから」
「……きな子ちゃん」
「せっかくここまで作ってくれたのに、やっぱり嫌だなんて言ったら……夏美ちゃんが頑張ったの、無駄になっちゃうっす」
そこまで口にしてから、私は顔を上げた。
「だから、大丈夫っす」
今度はちゃんと笑えた——と思う。
「そっか」
千砂都先輩は、それ以上私の答えを否定しなかった。
ただ、ほんの少し困ったように笑うと、私の頭へそっと手を乗せる。そのまま髪を撫でられて、私は何も言えずに瞬きをした。
「でもね」
「ん?」
「嫌なときは、嫌って言っていいんだよ。頑張ってくれた相手に言うのって、難しいけどね。せっかく自分のためにやってくれたんだからって思うと、なおさら」
責めるような言い方ではなかった。
だからこそ、その言葉が静かに胸の奥へ入ってくる。
「……はいっす」
すぐに何かを変えられるわけでもなく、私は小さく頷いた。
——そのときだった。
廊下の方から、何かが床を擦ったような小さな音が聞こえた。
「……?」
反射的に振り返る。
けれど、開いた扉の向こうには誰の姿もない。少しだけ廊下を覗いてみても、人影らしいものは見当たらなかった。
「どうしたの?」
「……なんでもないっす。何か聞こえた気がしただけで」
気のせいだったのかもしれない。
そう思って深く考えることもなく、私は千砂都先輩と一緒にみんなのところへ戻り、残っていた片付けを再開した。
◇
次の日。
放課後、いつものようにみんなが集まり始めたところで、夏美ちゃんは挨拶より先に私の前へやってきた。
「修正しましたの」
「……修正?」
「動画ですの。昨日あれから見返した結果、こちらの方がより効果的だと判断しましたの」
それだけ言って、スマートフォンを差し出してくる。
何か直すところがあったのだろうか。不思議に思いながら受け取ると、かのん先輩たちも気になったらしく、自然と私の周りへ集まってきた。
もう一度、みんなで動画を見る。
最初に映ったのは、昨日と同じ私だった。
振りを間違えて、慌てて先輩たちを見て、一拍遅れる。息を切らして膝に手をついているところだって、やっぱり残っている。
だから最初は、何が変わったのか分からなかった。
けれど、しばらく見ているうちに気づく。
『すみませんっす。もう一回お願いします!』
画面の中の私がそう言って、もう一度最初から踊り始める。
また失敗する。
それでも、もう一度。
さっきより少しだけできるようになって、今度は別のところでつまずく。千砂都先輩に教えてもらい、休憩中にも一人で振りを確かめて、それからまたみんなの中へ戻っていく。
できなければ、もう一度。
少しできるようになったら、その次へ。
そんな場面が一つずつ繋がった先で、最後には、最初に何度も間違えていた振り付けを止まることなく通して踊りきる私が映っていた。
「あ……」
思わず、小さな声が漏れる。
使われている映像は、昨日見たものとほとんど同じはずだった。
できていない私が消えたわけでもない。振りを間違えたところも、先輩たちから遅れたところも、苦しそうに息を切らしているところだって、ちゃんと残っている。
なのに、不思議と昨日ほど恥ずかしくなかった。
先輩たちとの差だけを並べて見せられているのではなくて、できないところから何度も挑戦して、少しずつ前へ進んでいくところまで全部繋がっている。
同じ失敗なのに、見え方が全然違う。
「それから、タイトルも変えましたの」
私が画面を見つめている横で、夏美ちゃんがスマートフォンを操作する。
新しく表示された文字を、私はそのまま声に出して読んだ。
「『Liella!新メンバー・桜小路きな子、できるまで挑戦!』……」
「こちらでいきますの」
「……夏美ちゃん」
思わず顔を向けると、夏美ちゃんはいつもと変わらない表情で胸を張った。
「昨日の案よりも、こちらの方が継続的な視聴につながると判断しましたの。単純に実力差を強調するより、挑戦する過程を前面に出した方が、次も見たいと思わせることができますから」
「へえー」
横から聞こえてきた声に振り向く。
すみれ先輩が、どこか面白そうに夏美ちゃんを見ていた。
「……何ですの?」
「別に。ただ、ちゃんと考えてるのね」
「当然ですの。より効果的な形に修正しただけですから」
「そういうことにしておいてあげる」
「どういう意味ですの!?」
夏美ちゃんが眉を寄せても、すみれ先輩は答えず、意味ありげに笑うだけだった。
何がおかしいのか分からなくて二人を見比べたけれど、すみれ先輩は教えてくれそうにないし、夏美ちゃんも聞かれたくなさそうにそっぽを向いてしまった。
結局、夏美ちゃんがどうして動画を作り直したのか、本当のところは私には分からなかった。
昨日よりも、こっちの方が動画として良いと思っただけなのかもしれない。夏美ちゃん自身もそう言っているのだから、たぶん本当にそれだけなのだと思う。
でも——。
「夏美ちゃん」
「今度はなんですの?」
さっきから何度も名前を呼ばれているせいか、夏美ちゃんは少しだけ面倒そうな顔でこちらを向いた。
私はそんな夏美ちゃんを見ながら、自然と口元を緩める。
「ありがとうっす」
「…………」
その瞬間、本当に一瞬だけ。
夏美ちゃんの表情が固まった。
目をわずかに見開いたまま私を見つめ、それから誤魔化すようにふいっと顔を逸らす。
「……何のお礼ですの?」
「なんとなくっす」
「意味が分かりませんの」
すぐにいつもの調子へ戻った声がおかしくて、今度は私の方が笑ってしまった。
どうして動画を変えてくれたのか、本当の理由は分からない。
それでも、昨日よりずっと好きになれた動画を見ながら、もう一度だけ心の中で同じ言葉を繰り返した。
——ありがとうっす、夏美ちゃん。
追いかけてくる声を聞きながら、私はもう一度笑った。
◇
「増えてるっす!」
画面を更新するたびに、再生数もコメントも少しずつ数字を伸ばしている。隣から覗き込んでいた可可先輩も、ぱっと顔を輝かせた。
「また増えたデス!」
「ふふん。当然ですの!」
私たちが浮き足立つ横で、夏美ちゃんだけは予想通りとばかりに胸を張っている。
「すごい自信だね、夏美ちゃん」
「結果が証明していますの!」
そう言って得意げにスマートフォンを掲げる夏美ちゃんは、たぶんこの中で誰よりも嬉しそうだった。
公開したばかりの動画は、前回を上回る勢いで再生数を伸ばしていた。画面を更新するたびに数字が増えていき、それに合わせるように、新しいコメントも次々と流れてくる。
『きな子ちゃん応援したくなる』
『失敗してもすぐもう一回やってるのいいな』
『最初よりめっちゃ上手くなってる!』
「…………」
一つずつ読んでいるうちに、胸の奥がじんわりと温かくなっていく。
昨日までは、あれほど見られるのが恥ずかしかった失敗だった。振りを間違えたことも、先輩たちについていけなかったことも、動画になったからといって消えるわけじゃない。
それでも、失敗したところだけじゃなく、そのあとにもう一度やってみたことまで見てもらえた。
できなかった私と、できるようになろうとしている私。その両方を見たうえで、こうして応援してくれる人がいる。
それが、素直に嬉しかった。
「そして!」
隣から突然大きな声が上がり、顔を向けると、夏美ちゃんが勢いよくスマートフォンを掲げていた。
「こちらをご覧くださいですの!」
「今度は何デス?」
可可先輩が覗き込むと、夏美ちゃんは画面に表示された数字をびしっと指差す。
「この伸び! 公開直後の推移は前回を上回っていますの!」
「おおー!」
「さらにフォロワーも増加! このまま順調に伸びていけば、その先に待っているのは——」
夏美ちゃんがぐっと両手を握りしめる。
その顔を見た瞬間、なんとなく全員が次の言葉を察した気がした。
「マニーの予感ですのーーー!」
「結局それデス!」
「はいはい。分かったから、少し落ち着きなさい」
すみれ先輩が呆れたように手を振ると、それをきっかけにみんなの笑い声が重なった。
私もその中で一緒になって笑う。
「よーし!」
ひとしきり笑ったところで、千砂都先輩がぱん、と手を叩いた。
「動画もいい感じみたいだし、私たちも練習の続きやろっか!」
「はい!」
「ハイ!」
「分かりました」
それぞれが返事をして立ち上がる中、千砂都先輩が私へ顔を向ける。
「きな子ちゃんもいける?」
「もちろんっす!」
私も勢いよく立ち上がり、みんなのところへ向かおうとして——ふと、少し離れた場所に残っている夏美ちゃんへ振り返った。
「夏美ちゃんも来るっすか?」
「私は機材の整理がありますの」
「そうっすか」
「皆さんは練習を続けていてくださいですの。使えそうな素材があれば、また撮らせてもらいますから」
相変わらず練習に参加するつもりはないらしい。
それでも、夏美ちゃんがこの場所にいることには、もうほとんど違和感を覚えなくなっていた。
「分かったっす!」
「きな子ちゃーん! 始めるよー!」
向こうから千砂都先輩の声が飛んでくる。
「今行くっす!」
夏美ちゃんへ軽く手を振ってから、私は先輩たちのところへ駆けていった。
自分の立ち位置につき、流れ始めた音楽に合わせて身体を動かす。昨日あれだけ繰り返したところも、今度は考えすぎなくても自然に身体がついてきた。
——と思った、その少しあと。
「あっ!」
別の振りで、また身体が反対へ動いてしまった。
「きな子ちゃん、そこ反対!」
「はいっす!」
千砂都先輩の声に慌てて向きを直すと、周りから小さな笑い声が聞こえてくる。
昨日までだったら、また間違えたと少し落ち込んでいたかもしれない。
でも今は、私もつられるように笑っていた。
間違えたなら、もう一回。
まだできないなら、できるまで。
そうやって少しずつ進んでいけばいい。
音楽は止まらない。
私も笑ったまま、もう一度みんなの動きを追いかけた。
「もう一回お願いしますっす!」
私の声に合わせて音楽が止まり、みんなと一緒に最初の位置へ戻る。
息を整えながら何気なく顔を上げると、少し離れたところにいる夏美ちゃんの姿が目に入った。
その手には、いつものスマートフォン。
画面には、さっき公開したばかりの動画の数字が並んでいる。増え続ける再生数も、新しくLiella!を知ってくれた人の数も、夏美ちゃんがずっと気にして、追いかけ続けていたものは全部そこにあるはずだった。
しばらく画面を見つめていた夏美ちゃんが、ふと顔を上げる。
その視線が、練習を再開しようとしている私たちへ向いた。
いつものように撮影するつもりだったのか、手にしたスマートフォンがゆっくりと持ち上がる。
けれど——途中で、その手が止まった。
「……?」
ほんの数秒だけ。
夏美ちゃんはスマートフォンを構えることも、画面へ視線を戻すこともせず、ただそのまま私たちを見ていた。
一瞬、目が合ったような気がする。
けれど、私が何か言うより先に夏美ちゃんは視線を逸らし、何事もなかったようにスマートフォンを下ろした。そのまま足元に置かれた機材へ手を伸ばし、片付けの続きを始める。
「きな子ちゃん、いくよー!」
「あ、はいっす!」
千砂都先輩の声に呼ばれ、私は慌てて前を向いた。
やがて、もう一度音楽が流れ始める。
だから私は知らなかった。
あのとき、夏美ちゃんが何を考えていたのか。
どうして、いつもなら迷わず構えるはずのスマートフォンを、あのときだけは下ろしたのか。
ただ、振り付けに合わせて身体を動かしながら、ほんの少しだけ気になっていた。
画面の中の数字ではなく、カメラ越しの映像でもなく。
そのまま私たちを見つめていた夏美ちゃんの目が——これまでとは、ほんの少しだけ違って見えたことが。