白い少女はただ善く生きたい ――人々の瞳に映る少女は、ひとつではない――   作:不明さん

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第10話 後継者という噂

 王都の一角にある古い建物の二階に、四人の男女が集まっていた。

 

 表通りからは離れている。

 

 一階は昼間だけ使われる倉庫で、夜になると人の出入りはほとんどない。二階の窓には厚い布が掛けられ、机の上に置かれた小さな照明だけが部屋を照らしていた。

 

 艶やかな女は、向かい側に座る女性を見た。

 

 何度か顔を合わせたことはある。

 

 それでも、街中ですれ違ったなら気づける自信はなかった。

 

 年齢も、職業も、暮らしている場所も想像しにくい。衣服は王都のどこにでもある形で、髪も目立たないように整えられている。声にも耳へ残るような特徴はない。

 

 普通の住民にしか見えない。

 

 そのように見えること自体が、彼女の技術だった。

 

 残る二人は、先に教会を訪れた男たちである。

 

 一人は体格がよく、黙って座っていても周囲へ圧迫感を与える。

 

 もう一人は清潔な衣服を身につけ、いつもの親しみやすい笑みを浮かべていた。

 

「それで」

 

 大柄な男が口を開いた。

 

「お前も、あの子を見てきたのか」

 

「ええ」

 

 普通の住民にしか見えない女が答えた。

 

「教会にいる白い子供。リヴィアという名だったわ」

 

 艶やかな女は黙って続きを待った。

 

 自分を含む三人が、同じ少女について異なる報告をしている。

 

 偶然が重なっただけなのか。

 

 あるいは、アドリアンが否定した教育が、何らかの形で行われているのか。

 

 四人目の観察を聞けば、少しは判断できると思っていた。

 

「普通の客として訪ねたの?」

 

「そのつもりで行ったわ。特徴のある服も着ていないし、院長とも呼んでいない。近所から相談へ来た者と同じように話した」

 

「少女の反応は?」

 

「普通だったわ」

 

 女は迷わず答えた。

 

「用件を聞かれて、待つ場所を案内された。こちらを探る質問もなかったし、警戒して距離を取る様子もなかった」

 

 親しみやすい男が小さく笑った。

 

「それだけなら、本当に普通の子供だな」

 

「ええ。そこまではね」

 

 女は机の上へ両手を置いた。

 

「だから、立ち上がる時に少し体勢を崩したの」

 

 大柄な男の眉間に、深い皺が寄った。

 

「試したのか」

 

「倒れたわけではないわ。近くにいた者なら、手を伸ばすかもしれない程度よ」

 

「それでも試したことに変わりはない」

 

「リアン神父と同じことを言うのね」

 

 艶やかな女が口を挟んだ。

 

「私も、あの人に同じ注意を受けたわ」

 

「それで、子供はどうした?」

 

 親しみやすい男が先を促す。

 

「すぐに支えに来た」

 

 女は答えた。

 

「慌てていたわ。私の腕と身体を支えようとして、すぐ近くまで入ってきた」

 

「無防備にか」

 

「そう見えた」

 

 女の声は平坦だった。

 

「だから、死角から短い刃を出した。首筋へ触れる直前まで近づけたわ」

 

 部屋から言葉が消えた。

 

 大柄な男の目が、さらに険しくなる。

 

「子供へ刃を向けたのか」

 

「触れていない。傷つけるつもりもなかった」

 

「手元が狂えば済まない距離だ」

 

「狂わせないわ」

 

 女は大柄な男の視線を受けても、表情を変えなかった。

 

「それに、結果だけなら何も起きていない」

 

「少女は?」

 

 艶やかな女が尋ねた。

 

「動かなかった」

 

「気づいた様子は」

 

「なかった」

 

 その答えは、艶やかな女が予想していたものとは違った。

 

 三人が見た少女は、それぞれ異なる形で暗部向きの行動をしていた。

 

 けれど、首筋へ刃を近づけられて何も反応しなかったのなら、それは暗器の存在に気づかなかっただけではないのか。

 

「では、失敗でしょう」

 

 艶やかな女は言った。

 

「あの子は、あなたの刃に気づかなかった」

 

「私も、最初はそう考えたわ」

 

「最初は?」

 

「私が姿勢を戻した後、あの子は怪我をしていないかと聞いた。それから私の手首と袖を見た」

 

 女は片方の手首をもう一方の手で軽く覆った。

 

「刃を収めた位置よ」

 

「何と聞かれた?」

 

「手を痛めていないか。袖をどこかへ引っかけていないか」

 

「転びかけた相手なら、手を見ることはあるだろう」

 

 大柄な男が言った。

 

「ええ。普通ならね」

 

 女は否定しなかった。

 

「でも、あの子は首筋へ刃を近づけても反応せず、私が刃を戻した手首と袖を見た。そのうえで、何も気づいていない子供と同じ顔で、怪我を心配した」

 

「気づかなかったから、普通に心配したのではないか」

 

「そうかもしれないわ」

 

 女はあっさり認めた。

 

「気づいたうえで、気づいていないふりをした可能性もある」

 

「何のために?」

 

「私を刺激しないため。自分が暗器を見抜いたと悟らせないため。あるいは、後からリアン神父へ判断を委ねるため」

 

 艶やかな女は、教会で見た白い少女を思い出した。

 

 自分の太ももへ隠した刃を追う白い瞳。

 

 険しい視線を向けても崩れなかった笑顔。

 

 自分では何もせず、アドリアンを呼びに行った行動。

 

 四人目の報告も、同じ形に当てはめることはできる。

 

 だが、何も知らない子供の行動としても説明できた。

 

「判断するには弱いわね」

 

 艶やかな女は言った。

 

「手首を見たこと以外に、根拠はある?」

 

「首へ刃を近づけた時、呼吸も姿勢も変わらなかった」

 

「気づかなければ変わらないでしょう」

 

「気づいていても変わらない者はいるわ」

 

「訓練を受けた者ならね」

 

 親しみやすい男が、二人の間へ言葉を入れた。

 

「その訓練を受けているかどうかを確かめるために、こうして集まっている」

 

 男は大柄な同僚へ顔を向けた。

 

「まず、あなたの時はどうだった?」

 

「前にも話した」

 

「全員の前で、もう一度確認した方がいい」

 

 大柄な男は不満そうに見えたが、拒まなかった。

 

「予定より早く教会へ行った。扉を開けたのは、あの子だった」

 

「威圧したの?」

 

 普通に見える女が尋ねる。

 

「相手の反応を見るため、目を逸らさずに立った」

 

「それを威圧したと言うのよ」

 

 艶やかな女が言うと、男は無視して続けた。

 

「あの子は俺の顔を見た。次に足元から肩まで見て、腕と体格を確かめた」

 

「怯えた様子は?」

 

「なかった。俺が『リアン神父』と呼んだことと、会う約束があることから、自分が怖がる理由はないと言った」

 

「つまり、呼び方から関係を見て、訪問目的まで確かめたうえで、自分へ何かする理由がないと判断したわけだ」

 

 親しみやすい男が言った。

 

「その後は?」

 

「笑った」

 

「あなたの顔がおかしかったのではないか」

 

「違う」

 

 大柄な男の声が低くなる。

 

「あの子は、俺が子供への接し方に困っていると思ったらしい。自分は怖がっていないと示すように笑った」

 

「本人がそう言ったの?」

 

「言ってはいない」

 

「なら、あなたの解釈でしょう」

 

「では、何のために笑った」

 

「単に愛想のよい子供なのかもしれない」

 

「威圧を受けながら、相手を観察して笑える子供がか」

 

 普通に見える女は返事をしなかった。

 

 艶やかな女にも、断定はできない。

 

 艶やかな女には、少女が本当に威圧を理解していなかった可能性も捨てきれなかった。

 

 少女は大柄な男の体格を珍しがって見つめ、その後でさらに険しくなった男の顔を、子供への接し方に困っている表情だと受け取ったとも考えられる。

 

 だが、その場にいなかった者が聞けば、相手を観察しながら感情を隠した行動に見える。

 

「次は、私か」

 

 親しみやすい男が言った。

 

「街で偶然会った。今度は本当に偶然だ。買い物と昼食へ同行して、リアン神父が店の奥へ行った間に話を聞いた」

 

「何を聞いたの?」

 

「教会での生活。リアン神父の仕事。夜まで起きていることがあるか。夜間や昼間に、どのような客が来るか」

 

「ずいぶん直接的ね」

 

「会話の流れはもっと自然だった」

 

 男の笑みは崩れない。

 

「少女は、自分が文字を教わっていることや、掃除と洗濯を手伝っていることは普通に話した。リアン神父が夜遅くまで起きていることがあるとも答えた」

 

「なら、情報を渡しているではないか」

 

 大柄な男が言った。

 

「隠す必要のないことはな」

 

 親しみやすい男は答えた。

 

「仕事の内容を聞けば、知らないと言った。夜に客が来ることが多いかと尋ねれば、自分は寝ているから分からないと答えた。昼間の来訪者について聞けば、自分から話すことではないと言った」

 

「理由は?」

 

「相談に来た者かもしれないから。私がリアン神父の知人なら、本人から聞けばよいとも言われた」

 

 普通に見える女が、わずかに目を細めた。

 

「子供がそこまで考えるの?」

 

「さらに、知らないことを想像で話せば、間違ったことを伝えるかもしれないと言った」

 

「教えられているな」

 

 大柄な男は即座に結論を出した。

 

「少なくとも、情報の扱いは」

 

「私もそう考えた」

 

 親しみやすい男は認めた。

 

「ただし、暗部の技術とは限らない。相談者の話を外へ漏らさないことは、教会で暮らせば身につくかもしれない」

 

「それでも、知らないことを補わず、話してよい範囲だけを選ぶのは訓練の基本だ」

 

「本人は選んでいるつもりさえないかもしれない。普通の礼儀だと考えていた」

 

「それほど自然になるまで教えられたとも取れる」

 

 大柄な男の判断は変わらなかった。

 

 三人の視線が、艶やかな女へ向いた。

 

「私の時は、もう聞いているでしょう」

 

「本人の口から確認したい」

 

 普通に見える女が言った。

 

 艶やかな女は、自分が教会を訪れた時のことを話した。

 

 少女が髪と化粧へ目を向けたこと。

 

 胸元へ一度視線を止め、その後で腰から脚へ視線を下げたこと。

 

 右の太ももへ隠した暗器の位置で目が止まったこと。

 

 脚を動かせば、白い瞳が同じ位置を追ったこと。

 

 不快にさせたと思ったらしく謝り、笑顔のままアドリアンを呼びに行ったこと。

 

「帰る前に、脚を見ていた理由も聞いたわ」

 

「何と答えた?」

 

「きれいだったので、つい目で追ってしまったと」

 

 親しみやすい男が笑った。

 

「それだけ聞けば、年相応にも思える」

 

「ええ。嘘ではないのでしょうね」

 

「暗器に気づいていなかったと?」

 

「それは分からない」

 

 艶やかな女は答えた。

 

「気づいていなければ、見たままの感想を答えただけ。気づいていたとしても、私の姿をきれいだと思い、脚を目で追ったこと自体は嘘ではない」

 

「どちらでも成立する答えか」

 

「そういうこと」

 

「意図して選んだなら、相当だな」

 

「意図していなければ?」

 

「生まれつき、そういう答え方をする子供ということになる」

 

 普通に見える女が静かに言った。

 

 艶やかな女は、その言葉を否定できなかった。

 

「それで、リアン神父には聞いたのか」

 

 大柄な男が尋ねた。

 

「ええ」

 

 艶やかな女は答えた。

 

「あの子へどこまで教えているのか。教義保全院の候補なのか」

 

「答えは?」

 

「何も教えていないと」

 

 部屋の空気が変わった。

 

「暗部の教育は一切していない。あの子は教会で育てている子供で、教義保全院とは関係ない。そう言い切ったわ」

 

「候補については?」

 

「違うと。正式な候補ではないという意味かと聞いたら、適性を確認する対象としても扱っていないと言ったわ」

 

「信じたのか」

 

 大柄な男が尋ねる。

 

「嘘をついているようには見えなかった」

 

「院長を相手に、表情だけで判断するのか」

 

「少なくとも、あの人自身は事実を話しているつもりだったと思う」

 

「では、本当に何も教えていないと?」

 

 親しみやすい男が尋ねた。

 

「その可能性はある」

 

「あり得ない」

 

 大柄な男は言った。

 

「四人が別々に会い、四人とも同じ方向の行動を見ている」

 

「同じではないわ」

 

 艶やかな女は訂正した。

 

「あなたは、威圧の中で体格を観察された。彼は、会話から必要な情報を守られた。私は暗器の位置を追われたと感じた。この人は、首筋へ刃を近づけても反応されず、刃を戻した手首を見られた」

 

「すべて、暗部で必要になる能力だ」

 

「同時に、どれも普通の理由で説明できる」

 

「四つ続いてもか?」

 

 大柄な男の問いに、艶やかな女はすぐには答えなかった。

 

 一つずつなら、偶然で済む。

 

 体格の大きな男を珍しがった。

 

 他人の相談を勝手に話さなかった。

 

 華やかな女性の脚を見た。

 

 転びかけた相手の怪我を心配した。

 

 少女の側から見れば、おそらくそれだけなのだろう。

 

 けれど、暗部の人間が見れば、別の意味が現れる。

 

 威圧下での観察。

 

 情報の選別。

 

 暗器の発見。

 

 攻撃を受ける直前でも感情を隠す技術。

 

「私は、対人対応だけを教えている可能性が高いと思う」

 

 親しみやすい男が言った。

 

「武器や暗器については分からない。ただ、相手に合わせて話しながら、余計なことを渡さない方法は身につけさせている」

 

「中途半端に教える理由がない」

 

 大柄な男が返す。

 

「幼いうちは基礎だけということもある」

 

「なら、院長は嘘をついたことになる」

 

「教育だと呼んでいない可能性もある。礼儀や教会での暮らし方として教えているなら、本人の中では暗部教育ではない」

 

 艶やかな女は、その考えならアドリアンの言葉と矛盾しないと思った。

 

 だが、一般教育として教えたことが、偶然暗部の技術と一致しただけとも考えられる。

 

「私は、隠していると思うわ」

 

 普通に見える女が言った。

 

「何を?」

 

「教育の内容を。自分の教会で育てている子供について、構成員から尋ねられて、そのまま答える院長ではないでしょう」

 

「関係ない子供だから、答える必要がないと考えただけかもしれない」

 

「関係のない子供へ、あれほど強く試すなと命じる?」

 

「普通は、関係のない子供だから試すなと言うものよ」

 

 艶やかな女が答えると、親しみやすい男が笑みを深めた。

 

「その普通が、私たちには分かりにくいらしい」

 

 誰も否定しなかった。

 

「どちらにしても」

 

 大柄な男が腕を組んだ。

 

「あの子をただの孤児として扱うのは危険だ」

 

「危険な子供だと言うの?」

 

「そうではない。何も知らずに接してよい相手ではないという意味だ」

 

「暗部教育を受けている可能性があるから?」

 

「それだけではない」

 

 男は四人を順に見た。

 

「この何年か、教義保全院への適性を確認された子供はいた」

 

「いたな」

 

 親しみやすい男が答えた。

 

「だが、正式な育成候補になった者はいない」

 

「院長が適性なしと判断したのでしょう」

 

 艶やかな女が言った。

 

「そうだ。その一方で、適性確認の対象ですらないという白い子供だけを、自分の教会へ置き、長く手元で育てている」

 

 大柄な男は続けた。

 

「こちらが様子を見れば、試すなと止める。暗部の技術に見える行動をしても、何も教えていないと言う」

 

「普通の候補ではないから、通常の選定に載せていないのではないか」

 

 普通に見える女が言った。

 

「では、何のために育てているの?」

 

 艶やかな女が尋ねた。

 

 大柄な男は一度言葉を切った。

 

「後を継がせるつもりではないのか」

 

「後継者として?」

 

「普通の構成員候補ではなく、院長自身の後継者として育てているなら、正式な育成候補に入れない理由にはなる」

 

「考えすぎよ」

 

 艶やかな女は言った。

 

「だが、説明はつく」

 

「何も知らない善良な子供が、偶然私たちの見方と噛み合った。それでも説明はつくわ」

 

「四人続けてか?」

 

 また、同じ問いだった。

 

 答えは出ない。

 

 教育を受けている証拠はなかった。

 

 受けていない証拠も、アドリアンの言葉以外にはない。

 

 少女本人は何も明かしていない。

 

 知らないから話せなかったのか。

 

 知っていて話さなかったのか。

 

 暗器へ気づかなかったのか。

 

 気づきながら、相手へ悟らせなかったのか。

 

 すべての行動が、どちらにも取れた。

 

「後継者と決めつけるべきではないわ」

 

 艶やかな女は言った。

 

「少なくとも、現時点では」

 

「では、後継者候補である可能性は?」

 

 親しみやすい男が尋ねた。

 

「否定はできない」

 

 答えた後で、それが彼らの結論になると気づいた。

 

 大柄な男も、普通に見える女も異論を挟まなかった。

 

 何を教えられているかについては、四人の意見が違う。

 

 すでに基礎教育を受けている。

 

 対人対応だけを教えられている。

 

 教育はなく、生来の適性が高い。

 

 アドリアンが教育内容を隠している。

 

 それでも、少女が通常の育成候補とは異なる形で、アドリアンの後継者候補として手元に置かれている可能性については、誰も否定しきれなかった。

 

「今後、勝手に試すのはやめた方がよい」

 

 艶やかな女は三人へ言った。

 

「リアン神父に止められたからか?」

 

「それもあるわ。それに、後継者候補かもしれない者へ無断で刃を向けたと知られれば、困るのは私たちでしょう」

 

 普通に見える女が、自分の手首へ視線を落とした。

 

「触れてはいないわ」

 

「私は脚を動かしただけでも注意された」

 

「俺は立っていただけだ」

 

「君は黙って立っているだけで威圧になるんだよ」

 

 親しみやすい男が言うと、大柄な男は眉間の皺を深くした。

 

 話し合いは、それ以上進まなかった。

 

 教育の有無は決まらない。

 

 候補として正式に扱う根拠もない。

 

 報告書へ記すような事実もなかった。

 

 四人は、少女へ独断で接触しないことだけを確認し、それぞれ別の時刻に部屋を出た。

 

     * * *

 

 数日後、艶やかな女は教義保全院の連絡を受けるため、王都の別の場所を訪れた。

 

 必要な文書を受け取り、立ち去ろうとした時だった。

 

「院長の後継者を見たそうだな」

 

 背後から掛けられた言葉に、女は足を止めた。

 

 振り返る。

 

 声を掛けた相手は、少女と会った四人の中にはいない。

 

「誰から聞いたの?」

 

「何人かが話していた」

 

「後継者と決まったとは、誰も言っていないわ」

 

「後継者候補なのだろう」

 

「その可能性を否定できないというだけよ」

 

「同じことではないのか」

 

「違うわ」

 

 女は即座に答えた。

 

 だが、相手は納得したようには見えなかった。

 

「白い髪と瞳をした、院長が手元で育てている子供。威圧にも動じず、情報を守り、隠された暗器を見抜いたと聞いた」

 

「話が増えているわね」

 

「首へ刃を近づけても笑っていたとも」

 

「笑っていたとは聞いていない」

 

「そうなのか」

 

 相手は少し考えた後、肩をすくめた。

 

「細かな違いだろう」

 

 違う。

 

 一つずつの違いが、少女の行動を全く別のものへ変えている。

 

 けれど、すでに伝わった話から、それを取り除くことは難しかった。

 

 威圧を意図と理解していなかった可能性。

 

 知らないことを知らないと答えただけの可能性。

 

 女性の脚をきれいだと思って見ていた可能性。

 

 首筋の暗器へ、本当に気づかなかった可能性。

 

 長い説明は、伝わるたびに削られていく。

 

 残るのは、短く、分かりやすい部分だけだった。

 

 院長が手元で育てている。

 

 暗部の技術に通じている。

 

 本人も院長も、それを明かさない。

 

 ならば、秘密の後継者候補である。

 

 いずれ院長の後を継ぐ者である。

 

「ほかの者へ話す時は、決まった事実のように言わないで」

 

 女は念を押した。

 

「分かった。まだ正式には決まっていないのだな」

 

「そうではなくて――」

 

 言葉を続けようとして、やめた。

 

 否定するためには、四人の観察を最初から説明しなければならない。

 

 説明したところで、同じ結論へ戻る可能性もあった。

 

「とにかく、余計な接触はしないことね」

 

「ああ。院長の後継者へ勝手に近づく者はいないだろう」

 

 訂正は、また別の意味へ変わっていた。

 

 女は小さく息を吐き、その場を離れた。

 

 少女が本当に何も教えられていないのか。

 

 アドリアンが何を考え、何のために手元で育てているのか。

 

 まだ、何一つ確かめられていない。

 

 それでも噂には、確かめられていない部分を残す場所がなかった。

 

 女の耳に届いた噂では、リヴィアという名は使われず、白い少女はすでに、教義保全院長の後継者として語られていた。

 

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