白い少女はただ善く生きたい ――人々の瞳に映る少女は、ひとつではない――   作:不明さん

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第15話 縫い留めた言葉

 翌日の昼前、正面扉の前に小さな荷車が止まった。

 

 荷台には紐でまとめられた寝具と大小の木箱が積まれている。

 

 荷物を運んできた二人の助祭が折り畳まれた敷物を持ち上げた。リヴィアも近くにあった小さな包みへ手を伸ばしたが、その前にアドリアンから呼び止められた。

 

「リヴィアは扉を押さえていてください」

 

「これくらいなら持てます」

 

「人が出入りしている間、扉を押さえる者も必要です」

 

「分かりました」

 

 持ち上げることだけが手伝いではない。

 

 そう考え、リヴィアは開いた扉の脇に立った。

 

 二人の助祭に続き、飾り気のない修道服を着た女性が教会へ入ってきた。

 

 昨日訪れた女性助祭とは違い、人目を引くような印象はない。袖口には何度も洗われた跡があり、手には細かな傷がいくつも見える。

 

 女性は礼拝堂へ入るとアドリアンへ軽く頭を下げた。

 

「お久しぶりです、アドリアン司祭」

 

「ありがとうございます、マルタ修道女。急なお願いになってしまいました」

 

「孤児を受け入れると聞いて、何も持たずに様子だけ見に来るわけにはいきませんから」

 

 アドリアンがリヴィアへ顔を向けた。

 

「こちらはマルタ修道女です。南東地区の別の教会で、長く孤児の養育に携わっています」

 

「リヴィアです。よろしくお願いします」

 

 リヴィアが頭を下げると、マルタも軽く頭を下げた。

 

「あなたのことは聞いています。よろしく、リヴィア」

 

 助祭たちは寝具と木箱を小部屋へ運ぶと、マルタに短く挨拶をして帰っていった。

 

 正面扉が閉じた後、リヴィアも小部屋へ戻った。昨日まで空いていた床の半分は、運び込まれた荷物で埋まっていた。

 

 床には厚い敷物が二組、毛布をまとめた包みが三つ置かれている。木箱の一つには子供用の衣服が、もう一つには小さな器や布、古い玩具が入っているらしい。

 

「ずいぶん多いですね」

 

「使える物だけを選びました。破れた物やすぐに壊れそうな物を渡しても、仕事を増やすだけですから」

 

 マルタは寝具の紐を確かめながら答えた。

 

 リヴィアはその隣にある毛布の包みへ手をかけた。

 

「どこへ置けばいいですか?」

 

「それはまだ動かさなくて構いません」

 

「でもここでは邪魔になりませんか?」

 

「子供の年齢と人数を決める前に置き場所を決めても、後で動かすことになります」

 

 リヴィアは包みから手を離した。

 

 アドリアンも部屋へ入り、空いた棚と壁際に置かれた一台の寝台を確認した。

 

「最初は何人ほどが適切でしょうか?」

 

「この広さだけを考えれば、四人は眠れます」

 

 マルタは室内を見回した。

 

「ですが最初から四人を同時に受け入れるのは勧めません。まずは一人か二人から始める方がよいでしょう」

 

「一人か二人からということですか?」

 

「ええ。年齢が近く自分で身の回りのことをある程度できる子供から始める方がよいと思います」

 

「乳幼児の受け入れはまだ考えていません」

 

「それがよいでしょう。夜中に何度も起きる必要がありますし、一人を抱いている間、ほかの子供へ対応できなくなることもあります」

 

 リヴィアは二人の話を聞きながら何かできることを探した。

 

 寝具は動かさないように言われた。

 

 棚は昨日拭き終えている。

 

 衣服なら箱から出して並べられるかもしれない。

 

「服を大きさごとに分けましょうか?」

 

「今はそのままで大丈夫です」

 

 また止められた。

 

「受け入れる子供が決まってから、その子の身体に合わせて選びます。先に全部出すと、埃がつきますから」

 

「はい」

 

 リヴィアは木箱の蓋を閉じたまま、その前から離れた。

 

 マルタとアドリアンは部屋の外へ出た。

 

「食事の時間は、今までどおりですか?」

 

「基本的には変えない予定です」

 

「年下の子供が来た場合は少し早めた方がよいかもしれません。空腹になると落ち着かなくなる子もいます」

 

「就寝時間も分ける必要がありますね」

 

「年齢だけで決めず、これまでの生活も確認してください。遅くまで外にいた子供へ初日から早く眠れと言っても難しいでしょう」

 

「夜に眠れない場合は?」

 

「無理に寝台へ戻し続けないことです。知らない場所で知らない大人と眠るのですから」

 

 二人が炊事場へ移ると、リヴィアも後ろからついていった。

 

「病気や怪我について事前に確認できる記録があればよいのですが」

 

「記録がない子供もいます」

 

「その場合は受け入れる前に医師へ診せます」

 

「夜中に熱を出した場合、どの医師を呼びますか?」

 

「これまでリヴィアを診ていただいた方へお願いします」

 

「呼びに行く間、ほかの子供を誰が見ますか?」

 

 アドリアンが答えるまでに少し間があった。

 

「近隣の教会へ事前に協力を求めておく必要がありますね」

 

「ええ。何か起きてから探すのでは遅いです」

 

 話は子供同士が物を取り合った場合や、喧嘩をした場合の対応へ移った。アドリアンが質問し、マルタが答え、時にはマルタの方から問い返すこともあった。

 

 リヴィアが口を挟める話ではなかった。それでも昨日から部屋を掃除し、子供を迎える準備をしてきたため、自分にももう少しできることがあると思っていた。

 

「リヴィア」

 

 名前を呼ばれて顔を上げると、マルタがこちらを見ている。

 

「疲れましたか?」

 

「いいえ」

 

「では、何か気になることがありますか?」

 

 リヴィアは少し考えて答える。

 

「私は、何をすればいいでしょうか?」

 

「今ですか?」

 

「子供が来た後もです。掃除や洗濯はできます。食事の準備も、火を長く使わない作業なら手伝えます」

 

 マルタはすぐには答えず、アドリアンへ目を向けるが、アドリアンは口を挟まなかった。

 

「あなたもこの教会で育てられている子供だと聞いています」

 

「はい」

 

「それならほかの子供の世話をする責任まであなたが背負う必要はありません」

 

 昨日の女性助祭にも、似たようなことを言われた。

 

 新しい子供が来ても、一人で世話をしようとしないように。

 

 リヴィアは一人で全部行うつもりではなかった。

 

 ただ、アドリアンの仕事が増えるなら、その分を少しでも減らしたかった。

 

「神父さまは、これまで一人で私を育ててくださいました」

 

「そうですね」

 

「今度は子供が増えます。私にもできることがあると思います」

 

「あります。ただ、責任を負うことと手伝うことは別です」

 

「別なんですか?」

 

「子供が病気になった時、医師を呼ぶかどうかを決めるのは、アドリアン司祭の責任です。夜に子供がいなくなれば、探しに行くのも大人の責任です」

 

 マルタは炊事場の棚に置かれた器を一つ手に取りながら続ける。

 

「ですが食事の器を並べることはあなたにもできます。服を洗ったり年下の子供へ洗面場所を教えたりすることもできるでしょう」

 

「はい」

 

「手伝えることを増やしても、大人と同じ責任まで背負う必要はありません」

 

 リヴィアは小さく頷きながら考えをめぐらしていく。

 

 掃除や洗濯、食事の支度など、できることはいくつも思いつく。ただ、どこまで自分が引き受け、何を大人へ任せるべきなのかはまだよく分からなかった。

 

 マルタはリヴィアの表情を見た後、小部屋の方へ顎を向けた。

 

「では、服を見てみましょうか」

 

「出してもいいんですか?」

 

「全部は出しません。教えるのに必要な物だけです」

 

 リヴィアはマルタとともに小部屋へ戻った。

 

 マルタが衣服の入った木箱を開くと、その中には小さな上着と何枚かの肌着が畳まれていた。

 

「子供が増えると、どれが誰の服か分からなくなることがあります」

 

 マルタは上着の裾を裏返し、内側に小さな糸の印が縫いつけられているのを見せる。

 

「この印を子供ごとに変えます。糸の色でも、縫い方でも構いません。文字が読めない子供でも、自分の印なら覚えられます」

 

「名前を書くだけでは駄目なんですか?」

 

「文字を読めない子もいます。自分の名前を知らない子もいます」

 

 リヴィアは上着の内側にある印をよく確認してみると、短い糸が二本交差するように縫われていた。

 

「外から見えにくい場所につけるんですね」

 

「ええ。印は全員の服につけます。ただ、外から目立つ場所につけると、服ではなく自分自身に印をつけられたように感じる子もいます」

 

 マルタは別の肌着を取り出した。

 

「洗う前には、留め具と紐を確認してください。緩んだまま洗うと外れます。幼い子供が拾って口へ入れることもあります」

 

 リヴィアは留め具を一つずつ触って確かめた。

 

 一つだけ、縫いつけている糸が少し緩んでいる。

 

「これは直した方がいいですか?」

 

 マルタはリヴィアが示した箇所を確かめた。

 

「ええ。これは私の見落としです。見つけてくれてありがとう」

 

「直せば、まだ使えるんですか?」

 

「留め具を縫い直せば、まだ十分に使えます。ただ、外れないか確かめようとして強く引っ張らないでください。留め具より先に布が破れることがあります」

 

 マルタは針と糸を取り出し、留め具の周囲を補強する縫い方を見せた。

 

「同じように縫ってみますか?」

 

「はい。練習に使えそうな布があります」

 

 リヴィアは小部屋の隅へ置いていた布切れを取りに行った。

 

 それは昨日、部屋を片づけた時に、傷みがひどいため捨てる物へ分けた布だった。まだ使える部分まで捨てるのはもったいないと思い、アドリアンに断って掃除や補修の練習用に残していた。

 

 マルタから針と糸を借り、布の使える部分で同じ縫い方を試した。

 

 一度目は糸を強く引きすぎて布に小さなしわが寄った。

 

「強く締めれば丈夫になるわけではありません」

 

「もう一度やります」

 

「ええ。今度は、糸が布を引っ張らないところで止めてください」

 

 二度目は先ほどよりゆっくり針を通した。

 

 縫い目はまっすぐではなかったが、布にはしわが寄らなかった。

 

「これなら使えます」

 

 マルタにそう言われてリヴィアは少し安心した。

 

「汚れがひどい服は、すぐに強くこすらないでください」

 

 今度は、マルタが古い布についた染みを示した。

 

「先に水へ浸して汚れを緩めます。落ちないからと強くこすると、服の方が先に傷みます」

 

「どれくらい浸しますか?」

 

「汚れによります。最初から時間を決めるより、途中で確かめてください」

 

「はい」

 

 洗濯の話が終わると、マルタは炊事場へ戻った。

 

 棚から小さな器を選び、リヴィアへ持たせた。

 

「年下の子供へ汁物を渡す前に、中身が熱すぎないか確かめます」

 

「器の外側が熱ければ、冷めるまで待てばいいですか?」

 

「それも目安になります。ですが器は冷めていても中身だけ熱いことがあります」

 

 マルタは小さな匙を示した。

 

「少量をすくって確かめます。自分が急いでいる時ほど省かないことです」

 

「食べ物も小さく切るんですよね」

 

「年齢に合わせて。歯が揃っていても、急いで飲み込む子はいます」

 

「足りなくならないように、多めに入れた方がいいですか?」

 

「最初は少なくします」

 

 最初から十分な量を盛る方が親切だと思っていたため、リヴィアには少し意外だった。

 

「足りなければ後から増やせます。ただ、もっと欲しくても自分から言い出せない子もいます」

 

「その時は、どうすればいいですか?」

 

「食べ終わりそうになったら、もう少し食べられるかどうか、こちらから尋ねてください。自分からは言えない子でも、聞かれれば答えやすくなります」

 

 マルタは少し考えてから続けた。

 

「大人には言いにくくても、年の近いあなたになら答えられる子もいるでしょう」

 

 それなら、リヴィアにもできる。

 

 食べる量を決めるのではなく、必要なことを言いやすいように声をかける。

 

 それは、子供の世話を一人で背負うこととは違う。

 

「知らない場所では食べられなくなる子もいます。たくさん残せば叱られると思い、無理に食べる子もいますから」

 

「残しても、叱らないんですか?」

 

「食べ物を粗末にしてよいとは教えません。ただ、食べられない理由を確かめる前に叱っても、何も分かりません」

 

「夜に寝台を汚した場合も、ほかの子供の前では叱らないことです」

 

 リヴィアは黙って続きを聞いた。

 

「怖い思いをした子供や落ち着いて眠れない子供には、珍しいことではありません。見られたことを恥ずかしがって、次から隠すようになります」

 

「隠したら、洗うのが遅くなります」

 

「ええ。だから、最初から隠さなくてもよいと思わせる方が大切です」

 

 教わっているのは、衣服や食事の扱い方だけではなかった。失敗した時にどう声をかけるかで、その後の行動も変わるらしい。

 

「持ち物も、勝手に動かさないでください」

 

「片づける時もですか?」

 

「危険な場所にある物は別です。それ以外は、本人へ尋ねます」

 

「どうしてですか?」

 

「持ち物が少ない子供ほど、一つ一つを大切にしていることがあります。大人には壊れた布や石にしか見えなくても、その子にとっては家族から受け取った最後の物かもしれません」

 

 リヴィアは教会へ捨てられた時のことを覚えていない。

 

 自分と一緒に残されていた物もない。

 

 けれど何か一つでも持っていたなら、それを勝手に捨てられたくはないと思う。

 

「分かりました。必ず聞きます」

 

「ええ」

 

 マルタは木箱の蓋を閉じた。

 

 最初に部屋へ入った時と比べて、荷物の位置はほとんど変わっていない。

 

 寝具も衣服もまだ箱の中にある。

 

 それでもリヴィアには、先ほどより多くのことが分かるようになっていた。

 

「マルタ修道女はいつも子供たちへこうしたことを教えているんですか?」

 

「教えることもありますが、私が行うことの方が多いですね」

 

「修道女は子供を育てる仕事をするんですか?」

 

「すべての修道女が行うわけではありません。祈りや、ほかの教会の仕事を中心にする者もいます」

 

「マルタ修道女はどうしてこの仕事を選んだんですか?」

 

 マルタは少し考えてから答えた。

 

「子供が生き、育っていくのを助けることも、女神へ仕えることだと考えているからです」

 

 リヴィアは、幼い頃から聞いてきた教話を思い出した。

 

 困っている者を助けること。

 

 生命を大切にすること。

 

 そうした教えを守る方法は、教会で祈ることだけではないらしい。

 

「司祭になるよう勧められたこともありました」

 

「そうなんですか?」

 

「ええ。ですが私は、教会を管理することより子供たちの近くで働く方を選びました」

 

 マルタは日々の仕事を説明するように淡々と話した。

 

「司祭にならなくても、教会で人を助ける仕事はできるんですね」

 

「できます。司祭でなければできないこともありますし、司祭だけではできないこともあります」

 

 マルタはリヴィアが縫った布を持ち上げた。

 

「こうした仕事も、その一つです」

 

 縫い目は曲がっていて、上手にできたとは言いにくい。それでも、留め具を縫いつけるための練習にはなっていた。

 

「次は、もう少しまっすぐ縫えると思います」

 

「最初から何でもできる必要はありません」

 

 マルタは布を木箱の脇へ戻した後、アドリアンと次の受け入れについて少し話し、夕方になる前に教会を出ていった。

 

 リヴィアは正面扉まで見送り、扉を閉じた後で小部屋へ戻った。

 

 昨日まで片づけを続けていた部屋には、寝具と衣服が置かれていた。ここで暮らす子供はまだおらず、誰が来るのかも分からない。それでも、部屋は物をしまうだけの場所ではなくなっていた。

 

 リヴィアは木箱の上へ手を置いて、ゆっくりと息を吐きだす。

 

 修道女には子供を守り、育てる仕事もある。

 

 その言葉を、心の片隅にそっと縫い留めた。

 

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