白い少女はただ善く生きたい ――人々の瞳に映る少女は、ひとつではない―― 作:不明さん
ノエラとロランが新しい日課に慣れ始めた頃、アドリアンから、さらに二人の子供を迎える日が決まったと伝えられた。
九歳の少女と八歳の少年。
二人が来る数日前には、マルタから追加の寝具が二組届けられていた。
礼拝堂脇の小部屋には、四人分の寝具が並んでいる。
ノエラとロランが使っている二組に新しい二組が加わり、床の空いている部分は以前より狭くなった。
棚に置かれていた教会の備品も別の場所へ移し、さらに二人分の荷物を置けるようにしてある。
どの寝具と棚を誰が使うかは、来てから本人たちへ尋ねることになっていた。
リヴィアは炊事場の棚から六人分の器を取り出し、ひびや欠けがないか確かめた。
新しく来る二人をきちんと迎えられるだろうか。そう考えると、朝から少し気が張っていた。
六人で食事をするには、今までの食卓だけでは狭い。
そのため、礼拝堂脇で使っていた小さな机と予備の椅子を二脚運び、食卓の端へつなげることになっている。
ロランは炊事場の入口からその机を見ていた。
「机を運ぶんですか?」
「うん」
「アドリアン司祭。この机を運びます。誰と持てばいいですか?」
「では、私が一緒に持ちましょうか」
リヴィアが申し出ると、アドリアンが机と椅子を見比べた。
「机は私とロランで運びます。リヴィアは、ノエラと椅子をお願いします」
「分かりました」
「はい」
アドリアンが机の片側へ手をかけると、ロランも反対側を持ち、二人で食卓の端へ運んだ。
少し窮屈にはなったが、食事をするには十分だった。
「これで全員座れますね」
「はい」
リヴィアは棚へ戻す前の器を布で拭いた。
ノエラは洗面に使う布を数え、二枚を新しく空けた場所へ置いた。
「新しく来る二人が、教会の中を覚えるまでは、私が一緒にいた方がいいでしょうか?」
「必要な時には手伝ってください」
「一日中、一緒にいる必要はありませんか?」
「ええ。礼拝堂や小部屋は、危険な物へ触れなければ自由に行き来できます。二人の行動をノエラがすべて見ている必要はありません」
「……分からないことを聞かれた時に、教えればいいんですね」
「それで十分です」
「分かりました」
リヴィアも、二人のそばには誰かがいた方がよいと考えていた。
知らない場所で一人にされれば不安になるかもしれないが、何をする時にも後ろから見られていれば、それはそれで落ち着かないだろう。
ノエラとロランが来た日も、二人は教会の中を確かめるように見回していた。
尋ねられた時に答える。
危ない時だけ止める。
それ以外は本人が見て、選び、覚えるのを待つ。
リヴィアもそのように迎えればよいのだろう。
食事の器を棚へ戻した。
新しい二人が来るのは、昼食を終えた後だと聞いている。
今から食卓へ並べれば夕食までに埃がつくので、夕食の時にもう一度出せばよい。
* * *
昼食の片づけを終えてしばらくした頃、正面扉を叩く音がした。
リヴィアが礼拝堂へ出ると、ノエラとロランも小部屋から顔を出し、アドリアンは正面扉へ向かった。
「一緒に迎えましょう」
「はい」
四人で扉の前へ集まり、扉を開いた。
外にはマルタが立ち、その後ろに少女と少年がいた。少女は布の鞄を肩へ掛けて扉の向こうを覗き込み、少年は小さな荷物を片手に持ったまま、礼拝堂の奥へ目を向けていた。
二人とも、ノエラとロランが来た時ほど扉の前で足を止めてはいなかった。初めて見る教会の中が気になるのか、視線はあちこちへ動いていた。
だからといって、緊張していないとは限らなかった。
ノエラも最初の日は丁寧に受け答えをしながらも、水をこぼした時にはすぐにアドリアンの顔色を窺っていた。
リヴィアが考え込んでいると、声がかかる。
「お待たせしました」
マルタがアドリアンへ頭を下げた。
「こちらがミアです。九歳になります」
少女が礼拝堂から視線を戻した。
「ミアです。よろしくお願いします」
頭を下げた後、すぐに顔を上げる。
「こちらはテオ。八歳です」
「テオです。よろしくお願いします」
少年も短く挨拶をしたが、頭を上げるとすぐに廊下の方を見た。
「部屋、どこ?」
「先に、こちらの方たちを紹介します」
マルタに言われ、テオは廊下へ向けかけた身体を戻した。
アドリアンが名乗り、リヴィアたちを順に紹介する。
「リヴィアです。よろしくお願いします」
頭を下げて顔を上げると、ミアとの目線の高さがほとんど変わらないことに気づいた。
九歳。自分より年下だ。
ノエラとロランは年上だったから、自分より背が高くてもそんなものなのかもしれないと思えた。けれどミアは違う。
自分は思っていたより小さいのかもしれない。
少し気にはなったが、それだけだった。今は新しく来た二人を迎える方が先である。
「ノエラです。分からないことがあったら、聞いてね」
「ロランです。よろしく」
ノエラが頭を下げ、続けてロランも短く頭を下げた。
「よろしく」
ミアが答え、テオも少し遅れて頷いた。
挨拶が終わると、ミアは礼拝堂の壁際へ視線を向けた。
「あの像、ずっとここにあるの?」
「はい。私が覚えている頃には、もうありました。女神アマリヴィアの像です」
「近くで見てもいい?」
「触らずに見るだけなら大丈夫です」
「分かった」
ミアはすぐに女神像へ近づいた。
横からだけでなく、少し身体を傾けて裏側まで見ようとしている。
その間に、テオは廊下へ足を向けた。
「部屋、あっちでしょう?」
ノエラがテオへ声をかける。
「まだ案内を始めていないから、ここで待ってくれる?」
「先に見たら駄目?」
「これから一緒に行くよ」
テオは廊下とノエラを見比べる。
「すぐ行く?」
「うん。荷物を運んだらね」
「分かった」
テオは扉の近くへ戻った。
マルタの足元には、二人分の衣服や日用品が入っている木箱が置かれている。
ロランは木箱を見て、リヴィアへ声をかけた。
「リヴィア」
「はい」
「反対を持って」
「分かりました」
リヴィアが片側を持つと、ロランも反対側の取っ手を握り、二人で木箱を持ち上げた。
「小部屋へお願いします」
アドリアンが先に廊下へ入り、リヴィアとロランが木箱を運んだ。
ノエラがミアとテオを案内し、マルタが最後に続いた。
小部屋の扉を開くと、ミアは四組の寝具を見回した。
「みんな、ここで寝るの?」
「はい。ノエラとロランも、この部屋を使っています」
リヴィアが答える。
「窓の近くがいい」
ミアは窓際に置かれた寝具を指した。
ノエラがテオを見る。
「テオは、どちらがいい?」
「入口の方」
「では、ミアは窓の近く、テオは入口に近い方でいい?」
「うん」
「いいよ」
二人の返事を聞いてから、ノエラは頷いた。
「棚も二人分空いているよ。使いたい方を選んでね」
テオは入口に近い空きへ自分の荷物を置き、ミアは残った方へ鞄を入れた。
マルタが木箱へ目を向け、説明を始める。
「中には、二人の衣服が入っています。今日使う物だけを出して、残りは後で整理しましょう」
「わたし、自分で出していい?」
「ええ。自分で出して大丈夫です。分からないことがあれば、ノエラかリヴィアに聞いてください」
「分かった」
「ぼくも自分でやる」
「教会の中を案内してからです」
アドリアンが止めた。
「先に?」
「ええ。戻ってから整理しましょう」
「分かりました」
小部屋での案内を終えると、リヴィアたちは廊下へ出て、次に洗い場へ向かった。
「朝は、ここで顔を洗います」
リヴィアは水瓶と布の置き場所を示した。
「布は一人ずつ分けます。自分の物が分からなくなった時は、聞いてください」
ミアが水瓶の横に置かれた桶へ目を向けた。
「水を運ぶ時は、この桶を使うの?」
「はい」
ロランが空の桶を指した。
「水を入れると重くなる。一人では持たない」
「ロランも?」
「誰かと一緒に運ぶ」
ミアは桶とロランを見比べた。
「わたしも持てるかな」
「少しずつ入れて確かめればいい」
「じゃあ、今度やってみる」
「うん」
次に炊事場へ移り、リヴィアは食器の棚、食料庫、薬箱、水を温める器具を順に示した。
「食べ物や薬が必要な時は、神父さまへ聞いてください。食料庫と薬箱を勝手に開けてはいけません」
「この小さい器、何に使うの?」
ミアが棚の中を指さす。
「少ない量の食事を入れる時に使います」
「こっちは?」
「食べ物を保存するための器です」
「蓋があるから?」
「はい」
ミアは棚の中を覗いたまま質問を続け、その横ではテオが水を温める器具へ近づいていた。
「これ、押したら動く?」
「まだ触らないでください」
リヴィアは、テオの手が操作部分へ届く前に声をかけた。
「なんで?」
「水や食べ物を温める物だからです。使い方を間違えると、熱い物がこぼれることがあります」
「押すだけじゃないの?」
「中に入っている物と器具の状態を確かめる必要があります」
テオは操作部分を見た。
食料庫と薬箱は勝手に開けない。水を温める器具にも、使い方を覚えるまでは触れない。
どれも必要な決まりだが、止めることばかり伝えていては、二人には教会の中で何をしてよいのか分かりにくいかもしれない。
危ないことを止めるだけでなく、自由にしてよいことも伝えた方がよさそうだった。
「いつ使っていいの?」
テオがアドリアンへ尋ねた。
「私と一緒に使い方を覚えてからです」
「今日?」
「今日は、場所を覚えるだけにしてください」
「明日?」
「必要があれば、明日以降に教えます」
「分かりました」
テオは器具から離れると、今度は炊事場の奥へ進もうとした。
ノエラは一歩追いかけたところで足を止めた。
「アドリアン司祭。テオを呼び戻した方がいいですか?」
「お願いします。まだ案内の途中だと伝えてください」
「分かりました」
ノエラはテオの後ろへ近づいた。
「テオ、まだ案内の途中だよ」
「奥を見るだけ」
「奥には食料庫があるの。勝手に開けてはいけないって、今聞いたでしょう?」
「開けないよ」
「見るだけなら、ここからでも見えるよ。案内の続きへ戻らない?」
「あとで見てもいい?」
「見るだけならいいと思う。でも、開ける時は神父さまへ聞いてね」
「分かった」
テオはノエラと一緒に戻ってきた。
リヴィアは、ミアとテオへ改めて説明した。
「礼拝堂と小部屋は、危ない物へ触らなければ自由に見て回って構いません」
「女神像も?」
「はい。触らずに見るだけなら大丈夫です」
「食器は?」
「見るだけなら構いません。使う時は聞いてください」
テオが食料庫の方を指さした。
「食料庫は?」
「扉の外から見るだけなら構いません。中へ入る時は神父さまへ聞いてください」
「分かった」
二人の表情が大きく変わったわけではなかった。
それでも、何も触れてはいけない場所だと思わせずに済んだのなら、それでよい。
ミアも食器棚から離れ、リヴィアの前へ戻った。
最後に、リヴィアは礼拝堂での過ごし方を説明した。
朝と夕方に祈りを行うこと。
信徒や相談者が訪れること。
相談者が執務室にいる時は、近づいて話を聞こうとしないこと。
礼拝中でなければ、長椅子へ座ったり、女神像を見たりしてもよいこと。
「今、女神像を見に行ってもいい?」
説明を聞き終えると、ミアが尋ねた。
「はい」
「わたし、裏側も見てくる」
ミアは女神像へ向かい、テオも礼拝堂の奥へ歩いていった。自由に動いてよい場所だと説明した後なので、今度は誰も追いかけなかった。ノエラは二人を一度見たが、そのまま小部屋へ戻り、ロランも木箱の中身を出すためノエラの後に続いた。
リヴィアは四人の背中を見送った。
ノエラとロランが来た日には、二人とも開いた扉の前で足を止めていた。
その二人が、新しく来た二人を案内し、必要な時には声をかけている。
今日は、ノエラとロランも迎える側に立っていた。
そう気づくと、朝から残っていた緊張が少し弱くなった。
* * *
マルタはアドリアンと書面を確認し、夕方になる前に帰っていった。
教会には六人が残った。
夕食の準備が始まると、アドリアンが火を使い、リヴィアが野菜を切った。ノエラは六人分の器を並べ、ロランは水の入った桶をアドリアンと一緒に炊事場へ運んだ。
ミアとテオには、荷物の整理と教会の中を覚えることが頼まれ、夕食の準備は任されていなかった。
当番を決め直すのは、二人が生活に慣れてからでよい。
リヴィアは何度か小部屋の方を気にした。
二人が何かに困っているかもしれない。
だが、助けを呼ぶ声は聞こえず、ノエラもロランもそれぞれの手伝いを終えて小部屋へ戻っている。
リヴィアは様子を見に行かず、野菜へ視線を戻して切りかけていた分を切り終えた。
夕食ができると、六人は食卓へ集まった。
「どこに座ってもいいの?」
ミアが尋ねる。
「はい。好きな場所へ座ってください」
ミアは少し迷ってから椅子を一つ選び、テオは鍋に近い席へ座った。
ノエラとロランは、二人が座るのを待ってから席を選んだ。
アドリアンが鍋を食卓へ置くと、リヴィアが全員の器へ最初は少なめに食事を入れた。
テオはすぐに匙へ手を伸ばしかけたが、ほかの五人が胸元で手を組んでいることに気づき、途中で手を止めた。
「先にお祈り?」
「はい」
リヴィアが答えると、テオも両手を組んだ。
「女神の恵みと、今日の糧に感謝します」
六人の声が重なる。
ミアの声は少し早く、テオは少し遅れた。
ノエラとロランが来た日の祈りも、最初から揃っていたわけではない。
今では二人の声は、アドリアンとリヴィアの声に自然に重なっている。
ミアとテオの声も、いつか同じようになるのかもしれない。
祈りを終えると、テオが匙を取る。
「熱いですから、最初は少しずつ食べてください」
「うん」
テオは一度に多くすくおうとして、匙の上の量を少し減らした。
ミアは器の中を覗き込む。
「この野菜、何?」
リヴィアが名前を答えると、今度は肉の種類を尋ねた。
「これは?」
「それは鳥の肉です」
「わたし、食べたことあるかも」
そう言いながら、一口食べる。
「おいしい」
「そうですか」
「うん」
ノエラはミアの器を一度見た。
「足りなかったら、追加をお願いできるよ」
「まだ分からない」
「食べ終わってから決めれば大丈夫」
それだけ伝えると、ノエラは自分の食事へ戻った。
テオが水差しへ手を伸ばしたが、少し遠くて指先が届かなかった。
「取って」
ロランは水差しを持ち上げた。
「ここに置く?」
「うん。ぼくが入れる」
ロランはテオの前へ水差しを置くと、テオが自分の杯へ水を注ぎ、隣のミアへ渡す。ミアは自分の杯へ注いだ後ノエラへ渡し、水差しは食卓を一周して元の場所へ戻った。
リヴィアが何も言わなくても、食卓の中で必要なことが伝わっていた。
最初の分を食べ終えると、テオが自分から鍋を見た。
「もう少し食べてもいいですか?」
「ええ。器を渡してください」
アドリアンが答えると、テオは器を差し出した。
ミアも食べ終えた後、少しだけ追加を頼んだ。
ノエラは二人の器へ食事が加えられるのを見ていたが、自分も食べ終えると鍋へ視線を向けた。
「私も、少しお願いします」
「ええ」
六人分の食事は、少しだけ鍋に残った。
食事が終わると、テオが器を持って立ち上がった。
「洗い場、こっちだったよね」
「うん」
ロランも自分の器を持って立った。
「一緒に行く」
「ぼくも覚えてるよ」
「最初だから」
「じゃあ、一緒に行く」
二人が並んで炊事場へ向かった。
ノエラとリヴィアは残った四つの器を二つずつ持った。
「わたしは何をすればいい?」
ミアが尋ねた。
「今日は、洗った器を拭いてもらえますか?」
「やってみる」
リヴィアたち三人も炊事場へ移り、洗い場に六人分の器を並べた。
リヴィアが洗い、ミアが布で拭いた。ノエラは乾いた器を戻す棚を教え、ロランとテオは使い終えた水をどうするかアドリアンへ尋ねに行った。
「これは、どこ?」
ミアが拭き終えた器を持ち上げた。
「こっちだよ」
ノエラが棚の一角を指す。
「同じ形の器を並べて置くの」
「ここ?」
「うん。分からなくなったら、また聞いてね」
「分かった」
ミアは器を棚へ置くと、次の器へ手を伸ばした。
「次は、これ?」
「はい。お願いします」
リヴィアは洗い終えた器を渡した。
六人分の片づけは、四人の時より少し時間がかかる。
仕事が増えていないわけではない。
それでも、自分一人で終わらせなければならない仕事が増えたようには感じなかった。
小部屋には四人分の寝具がある。
食卓には六つの器が並んだ。
教会で暮らす者が増えた分だけ、尋ねる声も、答える声も増えている。
リヴィアは朝から肩に入っていた力がようやく抜けたのを感じながら、次の器を洗い始めた。