白い少女はただ善く生きたい ――人々の瞳に映る少女は、ひとつではない――   作:不明さん

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第21話 変わらない袖

 薬屋の前で黒髪の子供へ薬を渡した日から半年ほどが過ぎ、季節の変わり目を前に、教会では子供たちの服を一度まとめて確かめることになった。

 

 小部屋の床には、普段着ている物やしまってあった服がいくつか並べられている。ノエラとロランが来る前から教会にあったものもあれば、マルタが運んできてくれたものもある。

 

 それぞれにつけた印を確かめながら、一人ずつ袖を通していく。

 

「短い」

 

 ロランが腕を前へ伸ばすと、上着の袖は手首まで届いていなかった。

 

「前に着た時は、もう少し長かったですよね」

 

 リヴィアが言うと、ロランは袖口を見た。

 

「うん。これだと寒い」

 

「では、直せるか神父さまに見てもらいましょう」

 

 ロランは上着を脱ぎ、横へ置いた。

 

 その隣では、テオが裾を引っ張っている。

 

「これも小さい」

 

「引っ張っても長くならないよ」

 

 ノエラが声をかけた。

 

「分かってる。でも前は着られた」

 

「背が伸びたんじゃない?」

 

「たぶん」

 

 テオは少し満足そうに自分の肩を見た。

 

 ミアも一枚の上着を着て両腕を広げており、袖口から手首が大きく出ていた。

 

「わたしのも、ここが短い」

 

「本当ですね」

 

 リヴィアは近づいて袖を確かめた。布が縮んだようには見えず、肩の位置も少し合わなくなっている。

 

「別の物を探しましょうか」

 

「これ、気に入ってたんだけど」

 

「直せるかもしれません。すぐ捨てるわけではありませんよ」

 

「じゃあ取っておく」

 

 ミアが上着を脱ぐと、初めて教会へ来た時より少しだけ腕が長く見えた。そう思って顔を上げたが、思っていた高さでは目が合わない。

 

 少し視線を上げると、ミアの方が高くなっていた。以前は、ほとんど同じ高さだったはずだ。

 

「ミア」

 

「なに?」

 

「大きくなりましたね」

 

 ミアは目を瞬いた後、自分とリヴィアを見比べた。

 

「そうかな」

 

「前は、もう少し同じくらいだったと思います」

 

「じゃあ、わたしの方が大きくなった?」

 

「そうみたいです」

 

 リヴィアが笑うと、ミアも笑った。

 

「もう少し伸びたら、上の棚にも届くかも」

 

「高いところの物は、勝手に取らないでくださいね」

 

「分かってる」

 

 返事は早かった。

 

 次の服を探し始めたミアの背中を見ながら、リヴィアは考えた。年下のミアに追い越されたこと自体は特に嫌ではなく、高い場所へ手が届くなら少し羨ましいくらいだった。

 

 それよりも、初めて会った頃から目線の高さが変わるほど伸びたことの方が意外だった。

 

「リヴィアも確認してください」

 

 アドリアンに呼ばれた。

 

「はい」

 

 以前から着ている上着を、自分の印を確かめて受け取った。袖を通して肩を動かし、腕を前へ伸ばしてみても、きつくはなく、袖も短くなっていない。

 

「どうですか?」

 

「大丈夫です」

 

「腕を上げても苦しくありませんか?」

 

「平気です」

 

「袖も?」

 

「ちょうどいいです」

 

「この上着は、前から着ていますね」

 

「はい」

 

「ほかの服も確認しましょう」

 

 続けて二枚着てみたが、どちらも大きな問題はなかった。一枚だけ少し擦れている部分を直すことになったものの、丈を伸ばしたり別の大きさへ替えたりする必要はなかった。

 

 横には、直す必要のある服が少しずつ積まれている。

 

 自分の服だけが、ほとんど元の場所へ戻っていく。

 

「リヴィアは全部そのまま?」

 

 ミアが尋ねた。

 

「今のところは」

 

「いいな。わたし、この上着まだ着たかった」

 

「直して着られるかもしれませんよ」

 

「神父さま、直せる?」

 

「布を足せるか確認してみます。難しければ、別の物を探しましょう」

 

「分かりました」

 

 ミアは短くなった上着を丁寧に畳み、ノエラも丈の合わなくなった服を一枚、直す方へ分けた。

 

 服の確認が一段落したところで、アドリアンがノエラを呼んだ。

 

「ノエラ。少し話をしてもいいですか?」

 

「はい」

 

 ノエラは畳んでいた服を置いた。返事が少し硬く聞こえ、リヴィアも手を止めかける。

 

 だが、アドリアンは普段と変わらない様子で、ノエラの近くへ腰を下ろした。

 

「何か悪いことをしたという話ではありません」

 

「……はい」

 

 ノエラの肩が少し下がった。

 

「あなたも、そろそろ将来について考え始める時期です」

 

「将来、ですか?」

 

「ええ。この教会を出てすぐに働くという意味ではありません」

 

 アドリアンは先にそう付け加えた。

 

「十二歳から十三歳頃になれば、将来どんな仕事をしたいか、教会に残りたいかを少しずつ考えてもらいます。必要なら、仕事を見に行ったり、簡単なことを試したりもできます。進みたい道が決まったら、必要なことを学び始めます。十四歳頃からは、見学や簡単な手伝いも増やしていきます」

 

 ノエラはしばらく黙っていた。

 

「今、決めないといけませんか?」

 

「いいえ。今は、考え始めるだけです。やってみて違うと思えば、別の仕事を探せばよいのです」

 

「すぐに一人で働くわけではないんですね」

 

「ええ。少しずつ仕事を覚えて、働き始めるのはもっと先です」

 

「分かりました」

 

 ノエラは自分の膝の上へ手を置いた。

 

 少し離れた場所で自分の服を畳みながら話を聞いていたリヴィアは、ノエラが将来の仕事を考え始めたことを少し不思議に思った。

 

 いつの間にか、ここでどう暮らすかではなく、その先で何をするかを考える時期になっていたらしい。

 

「何かしてみたい仕事はありますか?」

 

 アドリアンが尋ねた。

 

 ノエラはすぐには答えず、部屋の中を見回した。ロランは自分の服を分け、テオは短くなった服と新しい服を見比べ、ミアは畳んだ上着を棚へ戻そうとしている。

 

 そのあとで、ノエラはリヴィアへ一度視線を向けた。

 

「修道女の仕事を見てみたいです」

 

 リヴィアは顔を上げた。

 

「マルタ修道女のような仕事ですか?」

 

 アドリアンが確認する。

 

「はい。でも、修道女の仕事は子供の世話だけではないんですよね」

 

「その通りです」

 

「私は、ミアやテオに何か教えたり、手伝ったりしてきました」

 

 ミアが棚の前から振り返った。

 

「わたし?」

 

「うん。最初に来た時の話」

 

「いっぱい聞いた」

 

「そうだったね」

 

 ノエラは少し笑った。

 

「前は、年下の子がいたら、私が見ないといけないと思っていました」

 

 笑みが少し薄くなる。

 

「でも、今は全部私がしなくてもいいって分かっています」

 

 アドリアンは黙って聞いている。

 

「それでも、誰かが困っている時に教えたり、手伝ったりするのは嫌じゃないです」

 

 ノエラは一度息を吐いた。

 

「できるなら、そういう仕事をしてみたいと思います」

 

「分かりました。では、まずマルタに相談してみましょう。孤児保護だけでなく、修道女がしているほかの仕事もいくつか見せてもらえるかもしれません」

 

「いいんですか?」

 

「ええ。見た後で、違うと思っても構いません」

 

「はい」

 

 ノエラの返事は、先ほどより少し明るかった。

 

「修道女には、子供を育てる人のほかにも、病人の世話をする人、文字を教える人、書庫や炊事を担当する人もいます。教会によって仕事は違います」

 

「全部、見ることはできますか?」

 

「全部を見るというのはよいですが、まずは興味があるものからでよいでしょう」

 

「分かりました」

 

 ノエラはもう一度頷いた。

 

 リヴィアは、ノエラとロランが来た日の夜、マルタのように新しく来た子供を迎え、困った時に手伝う仕事を続ける自分を少しだけ想像したことを思い出した。

 

 あれから半年以上が経っている。

 

 自分は、まだ将来の仕事を決めていない。

 

 ノエラも決めたわけではないが、もう将来のことを具体的に考え始めている。

 

「リヴィアは?」

 

 ノエラに呼ばれた。

 

「はい?」

 

「前に修道女の仕事を考えているって言っていたでしょう?」

 

 覚えていたらしい。

 

「まだ決めていません」

 

「見に行かないの?」

 

「私も、機会があれば見てみたいです」

 

 そう答えると、アドリアンがこちらを見る。

 

「その時は一緒に相談しましょう」

 

「はい」

 

 ノエラも今日決めたわけではない。

 

 まず知ってから考えればよいのなら、自分も急ぐ必要はなさそうだった。

 

 話が終わると、ノエラは置いていた服をもう一度畳み始め、ロランとテオもそれぞれ直す服をまとめた。ミアは新しい上着を一枚選んで袖を通しており、今度は袖が指先近くまである。

 

「これは長い」

 

「少し大きいですね」

 

「でも、さっきのよりいい」

 

「少し大きいくらいなら、袖を折れば着られるんじゃない?」

 

 ミアは袖口を折ってみた。

 

「これで着られる」

 

「動きにくくないかも確認してください」

 

 アドリアンが声をかける。

 

「大丈夫」

 

 ミアは部屋の中を数歩歩いた。

 

 リヴィアは自分の上着をもう一度見た。袖は折る必要もなく、以前と同じ位置で手首にかかっている。

 

 先ほど積まれていた服を思い出す。

 

 ノエラの丈が合わなくなった服。

 

 ロランの短くなった袖。

 

 テオが引っ張っていた裾。

 

 ミアの手首まで届かなくなった上着。

 

 みんな、以前とは少し違っていた。

 

 自分の服だけが、ほとんど変わっていない。

 

 ミアは新しい上着の袖を折りながら、ノエラと話している。教会へ来たばかりの頃には目線の高さがほとんど同じだったのに、今は顔を見るために少しだけ上を向く。

 

 ミアが大きくなった。

 

 それは嬉しい。

 

 自分が小さいことも、それほど気にならない。

 

 けれど。

 

 半年が過ぎても、同じ服をほとんどそのまま着られる。

 

 そういえば、その前に服が合わなくなって替えたのは、いつだっただろう。

 

 リヴィアは自分の袖口を指でつまんだ。

 

 思い返してみても、すぐには思い出せない。

 

 自分は、いつからあまり大きくなっていないのだろう。

 

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