白い少女はただ善く生きたい ――人々の瞳に映る少女は、ひとつではない―― 作:不明さん
二度目の光が消えた直後、アドリアンは動けなかった。
白銀にも見えた青白い光の残像がまだ視界に焼きつき、耳には轟音の名残がある。その向こうで、十字架へ固定された小さな身体は動いていなかった。
「リヴィア」
名前を呼んだつもりだったが、声が出ていたのか自分でも分からない。
アドリアンは天罰がどういうものなのかを知っている。先ほどの少女は、リヴィアが連れていかれた後、壁の向こうから低い音と振動を感じたと言っていた。
あれが天罰の起動によるものだったのなら、今目の前でリヴィアへ落ちた光は二度目だったことになる。
だが、何度目であろうと関係なかった。天罰を受けた者が、その後も何事もなかったように立ち上がった記録をアドリアンは知らない。
間に合わなかった。
その言葉だけが残った。
同じ大教会の中にいた。
リヴィアが戻らないことへ、もっと早く気づいていれば。
あの少女の話を、もっと早く聞けていれば。
ここへ、あと少し早く着いていれば。
考えても、もう何も変わらない。
白い髪の赤子が小さな手で自分の指をつかんだ朝が浮かんだ。いつまでここにいるかも分からない子供へ、仮のつもりでリヴィアと名をつけた。
それから何年も、同じ教会で声を聞いてきた。
神父さま、と。
そのすべてが、あの光の中で終わった。
膝が折れたわけでも、身体から力が抜けたわけでもない。ただ、次に何をすればよいのかだけが分からなくなり、アドリアンは十字架を見たまま立っていた。
その時、白いものがわずかに動いた。
見間違いかと思った。残った光が揺れただけかもしれない。
だが、もう一度。
十字架へ固定された手がかすかに動き、続いてリヴィアの頭がゆっくりと上がった。
生きている。
そう理解した瞬間、止まっていた身体が動いた。
安堵するのは後だった。呼吸はあるのか。意識はあるのか。どこを傷めたのか。何より、あの十字架から一刻も早く外さなければならない。
アドリアンはリヴィアへ向かった。
そこから先は考えるより先に身体が動いていた。司教を制止しながら拘束を外し、支えを失って崩れたリヴィアの身体を抱き留める。足の固定まで外して床へ下ろし、自分で立てることも確かめた。
耳はまだ聞こえにくく、手首と足首には痛みがある。それでも問いには答えられ、意識もはっきりしている。倒れそうな司教を心配して近づこうとした時には、一歩戻して自分の後ろへ置いた。
生きている。
歩ける。話すこともできる。
少なくとも、今すぐ失われる状態ではない。
そこまで確かめて、ようやくアドリアンはリヴィアから司教へ意識を戻した。司教の視線はまだアドリアンの肩越し、その背後にいるリヴィアへ向けられている。
「司教」
呼びかけても目はほとんど動かず、背後の台へ片手をついたままアドリアンの横からリヴィアを見ようとしていた。
「……来るな」
掠れた声もアドリアンへ向けられたものではない。リヴィアをこのまま司教の近くに置いておくべきではなかった。
「リヴィア」
「はい」
「入口まで歩けますか」
リヴィアは一度足元を見てから慎重に一歩踏み出した。身体がわずかに揺れ、アドリアンはすぐには支えていた手を離せなかったが、もう一歩進んだところで小さく頷いた。
「大丈夫です」
問いには遅れなく答えられているが、先ほど本人は聞こえにくいと言っていたため、これだけで聴覚が戻ったとは判断できない。アドリアンはそのまま段状席側の少女へ目を向けた。
「あなたも、リヴィアと一緒に外へ出てください」
「……はい」
「二人とも入口の外で待っていてください。そこから離れないように」
「神父さまは?」
「私は少し話があります。すぐに行きます」
リヴィアは一度アドリアンを見上げてから入口へ向かい、少女もその後を追った。二人が離れていく間も司教の視線はリヴィアから外れず、入口を抜ける直前にリヴィアが振り返ると、その肩が強張った。やがて白い髪が見えなくなり、少女の姿も続いて消えた。
しばらく誰も口を開かなかった。司教はまだ入口を見ていたが、浅く乱れていた呼吸は少しずつ落ち着き、台へついていた手からも先ほどまでの力が抜けていく。顔色は悪いまま、やがてアドリアンへ視線を向けた。
「……お前のところの、あれは」
「あれ、というのは」
「分かっているだろう。白いのだ。お前が連れてきた、あれだ」
「リヴィアです」
「名前を聞いているのではない! 何なんだ、あれは」
「私が育てている子供です」
「そういう話ではない!」
「では、どういう話でしょう」
司教は一度入口へ視線を向けた。
「なぜ生きている。二度だぞ。二度受けた。それなのに、なぜ何ともない」
「私にも分かりません」
「分からない? ふざけるな。お前が育てたのだろう」
「そうです」
「ならば知っているはずだ。何を教えた。何を持たせた」
「何も」
「何もだと?」
「少なくとも、あの結果を説明できるものは何も知りません」
「防具か。魔法具か。それとも、お前が何か術を教えたのか」
「どれも違います」
「そんなはずがあるか。あれは一度目も平然としていた。何の傷もない。それどころか私を見て――」
リヴィアが何を考えていたのかは、後で本人から聞かなければ分からない。ただ、二度目の直後に自分を見つけて口元を緩めた姿はアドリアンも見ている。
司教がそれをどう受け取ったのかは、今の様子からおおよそ察しがついた。
「一度目について確認します。天罰術式は正常に発動したのですか」
「……お前」
「途中で止まったわけでも、対象を誤ったわけでもない。そうですね?」
「なぜそれを知っている」
「質問に答えてください」
「先に答えろ。なぜ一介の司祭のお前が天罰術式を知っている」
「以前の職務で知る必要がありました」
「以前の職務? 何の職務だ」
「今ここで確認する必要がありますか」
「ある。お前が育てたあれが天罰を二度受けて生きている。そのうえ、お前は本来知るはずのないものを知っている」
「私が天罰術式を知っていることと、リヴィアが生きている理由は別です」
「それをどうやって信じろという」
「信じていただく必要はありません。一度目は正常に発動したのですね」
「……した」
「明確な異常は?」
「なかった」
「そしてリヴィアは生きていた」
「だからだ! だから何かがおかしいと考えた。生き残った者などいない! 術式が不完全だったのかもしれない。何かが作用を妨げた可能性もある。あれが何かを隠していた可能性もだ」
「それで二度目を?」
「そうだ」
「最大出力で」
「……次なら通ると考えた」
その答えを聞き、アドリアンは古い手続書の一節を思い返した。教義保全院長だった頃、天罰の実施記録だけでなく、ほとんど使われていない古い手続まで一通り確認している。ただ、その規定が実際に適用された記録は一度も見た覚えがなかった。
「司教。覚えていませんか。天罰を受けた者が、生きていた場合の扱いを」
「……何の話だ」
「異端認定と天罰へ付した判断を上へ戻す。古い手続に残っていたはずです」
「……古い手続書の、あれか。使われたことなどないだろう」
「ありません。生き残った者がいなかったからです。今回までは」
「生きていたというだけで、あれが異端ではないと言うのか」
「そうは言っていません。だからこそ、異端認定と天罰へ付した判断を上へ戻すのです」
「二度使うことを禁じた決まりはない」
「ありません。ですが、生き残った者にもう一度使ってよいという手続もありません。一度目でこれまで一度もなかったことが起きた。その時点で、あなた一人で判断を続ける段階ではなくなっていたはずです」
「……」
「一度目の後もリヴィアは十字架へ固定されていたのですね」
「そうだ」
「その場から逃走しましたか」
「……していない」
「誰かを攻撃した、あるいは新たに何か異端と判断する行為を始めましたか」
「だからあれが生きていること自体が――」
「疑うことと、もう一度天罰を使うことは同じではありません」
アドリアンは続けた。
「拘束したまま上へ報告することもできた。古い手続を確認することもできた。それでも、あなたは自分の判断だけで二度目を最大出力で起動した」
「異常だったからだ!」
「異常だったからこそ、あなた一人で結論を出すべきではなかった。それとも、待てない理由があったのですか」
返事はなく、アドリアンもそれ以上は追及しなかった。少女から聞いた話がどこまで事実なのか、司教室で何があったのか、なぜリヴィアが異端者としてここへ連れてこられたのか。確認すべきことはいくつもある。
だが、それを正式に調べて裁くのは今の自分の役目ではなかった。
「緊急使用だったのですね。二回とも」
「……そうだ」
「でしたら使用後記録を作成してください」
「そんなことは分かっている」
「起動者、対象、日時、出力、申告理由。二回分です」
「お前に命じられることではない」
「私へ提出する必要はありません。事後審査へ提出してください。一回目は、なぜ緊急でリヴィアを天罰へ付す必要があったのか。二回目は、なぜ生存を確認した後に上位へ戻さず、最大出力で起動したのか。二件とも書いてください」
「私を脅しているのか」
「いいえ。正規の緊急権限に基づく使用だったと主張するのであれば、正規の事後手続きを行うだけです」
まずリヴィアと少女をこの場所から離し、その後二人の状態を改めて確認する必要がある。アドリアンは返事を待たず入口へ向き直った。
「どこへ行く」
「二人を安全な場所へ移します。その後、報告を上げます」
「誰にだ」
「水の大司教へ報告します」
司教の顔から、戻りかけていた血の気が失われた。
「待て、アドリアン」
「使用記録をお願いします、司教」
それ以上答えず、アドリアンは二人が待つ入口へ向かった。
施設の外へ出ると、リヴィアと少女は言われたとおり入口のすぐ近くで待っていた。アドリアンを見つけたリヴィアが一歩近づく。
「神父さま」
「耳はどうですか」
「さっきより聞こえます」
「痛むところは」
「手首と足首はまだ少し。でも、歩けます」
答え方に不自然な遅れはない。アドリアンはリヴィアの顔と手足をもう一度確認してから少女へ目を移した。少女も立ってはいるが、顔色は悪く、身体の前で重ねた手がわずかに震えている。
この二人を南東地区司教のいる大教会へ長く残しておく理由はなかった。
「少し場所を変えましょう」
二人を管理区画から離して人のいる場所まで移動し、水を用意してもらってしばらく休ませた。急いで話させる必要はないが、水の大司教へ報告する前に、自分が見ていない部分について最低限の事実は確認しておかなければならない。
「まずお名前を伺ってもよろしいですか」
少女は姿勢を正そうとして、途中でわずかに力を抜いた。
「……エステル・リュ・アズレインです」
「エステルさんですね」
「はい」
「今から少しだけ確認します。ただ、細かく話したくないことまで説明する必要はありません。何が起きたのか、分かる範囲で構いません」
エステルはしばらく黙った後、小さく頷いた。
話は何度か途切れながらも、修道女として認められるための確認で南東地区司教との個別面談を受けていたこと、途中から司教の言動がおかしくなり、帰らせてほしいと伝えても応じてもらえず、最後には助けを求めたことまで続いた。
そこへリヴィアが入り、自分と司教の間へ立った。帰るよう命じられてもエステルを一人で残さず、その後、司教から異端者だと言われて腕をつかまれ連れていかれた。エステル自身には部屋から出るなと命じられたという。
「それで……私は、すぐには動けなくて」
アドリアンは続きを求めなかった。
「その後のことは、会った時に聞いています。十分です」
少なくとも、先ほど聞いた断片的な説明と大きな食い違いはない。アドリアンはリヴィアへ視線を移した。
「リヴィア。あなたの方も、司教室を出てからのことを教えてください」
「はい」
リヴィアは少し考えてから、司教に腕をつかまれたまま廊下を歩いたこと、声を上げて人を呼んでも誰も来なかったこと、知らない施設へ連れていかれ、中央の十字架へ手足を固定されたことを順に話した。
「そこで司教さまから、『人が生きる中で犯してきた罪を、女神の御前で裁く』と言われました」
「その後、最初の発動があったのですね」
「発動……かは分からないですけど、光が来ました」
「終わった後、身体は?」
「手と足は固定されていたので痛かったです。でも、それ以外は特に……」
「息苦しさや強い痛みは?」
「ありませんでした」
「司教は、その後どうしていましたか」
「……何か叫んでいました。でも、その時は耳がよく聞こえなくて、何を言っていたのかは分かりません」
「様子は?」
「すごく取り乱していました。ずっと私を見ていて、落ち着いてもらった方がいいと思って笑ってみたんですけど……もっと顔色が悪くなってしまって」
「その後は?」
「奥の方へ戻りました。最初にも立っていたところです。そこで何かをしていて……」
「分かりました」
そこから先はアドリアン自身が確認している。二度目の起動準備が進み、司教が奥の操作位置にいたこと。そしてリヴィアに降った二度目の天罰が最大出力だったことも、先ほど司教本人から聞いた。
エステルとリヴィアの説明を合わせても、すぐに天罰へ付さなければならないような行為は見当たらない。リヴィアがしたのは、助けを求めたエステルと司教の間へ入り、彼女を一人で残さなかったことだった。その結果、異端者とされ、天罰を二度受けた。
この件を報告しなければならないことに迷いはなかった。問題は、その報告に何が伴うかだった。
南東地区司教が二度目を独断で使用した重大性を説明するには、一度目でリヴィアが生存した事実を伏せることはできない。二度目についても同じだ。
最大出力の天罰を受け、それでもリヴィアは生きている。そこまで伝えれば、次に問われることも分かっていた。
なぜ、生きているのか。
アドリアン自身にも答えはない。幼い頃からリヴィアについて分からないことはあり、だからこそ不用意に上へ知らせることを避けてきた。前例のない子供として扱われれば、保護されるより先に調べられる可能性がある。今も、それを望んでいるわけではない。
だが今回は隠すこともできなかった。エステルがいて、自分も二度目を見ている。司教には二回分の使用記録を提出する義務があり、何よりリヴィアの生存を伏せれば、南東地区司教が何をしたのかを正しく判断することもできない。
隠すのではない。知る必要のある者だけへ正確に伝える。そうするしかなかった。
「神父さま?」
リヴィアの声に顔を上げた。
「大丈夫です」
そう返して二人へ向き直る。
「これから、この地区を監督している方へ報告します」
「私も行った方がいいですか?」
「いいえ。お二人にはここを離れてもらいます」
「ここを、ですか」
「この大教会に残る必要はありません。私の知っている教会へ行きましょう」
報告へ向かう間、二人を任せられる相手が必要だった。アドリアンは二人を連れて南東大教会を出て、マルタのいる地域教会へ向かった。
事情のすべてを話す必要はない。南東大教会で問題に巻き込まれ、二人を当面そこから離しておきたいこと。自分はこれから上位者へ報告へ行かなければならないこと。それだけでも十分だった。
「二人をしばらく預かってもらえますか」
マルタは二人を順に見て、リヴィアの手首とエステルの顔へ一度視線を止めた。
「分かりました。こちらは大丈夫です。行ってきてください」
詳しい事情をその場で尋ねることはなかった。
「お願いします」
「ここで待っていてください」
「はい」
「エステルさんも、必要なことがあればマルタ修道女へ伝えてください」
「……はい」
二人を残し、アドリアンは教会を出た。
* * *
向かった先は王都中央部にある教会本部だった。四大司教の通常の執務拠点はここにあり、担当地区の日常実務は各地区司教が担っている。南東地区を上位監督する水の大司教も、今日は本部にいるはずだった。
南東大教会の通常の報告経路へこの件を流すつもりはない。まず、水の大司教へ直接伝える必要がある。
緊急の面会を求めると長く待たされることはなく、案内された部屋で水の大司教と向き合った。
「南東地区司教について緊急の報告があります」
水の大司教は表情をほとんど変えなかった。
「聞きましょう」
アドリアンはまず、リヴィアとエステルを南東大教会から離し、マルタの地域教会へ預けていることを伝えた。そのうえで、確認できた事実から順に話す。
修道女志望者であるエステル・リュ・アズレインとの個別面談中にエステルが助けを求め、リヴィアがその声を聞いて室内へ入り、二人の間へ入ったこと。その後、南東地区司教がリヴィアを異端者とし、緊急権限によって天罰施設へ連行したことまで、水の大司教は口を挟まず聞いていた。
「天罰術式は起動されています」
「緊急使用ですか」
「二回とも本人はそう主張しています。一度目は正常に発動し、明確な術式上の異常もなかったと南東地区司教本人へ確認しました」
「二回……。一度目の結果は」
「リヴィアは生存しました」
「……生存したのですか」
「はい。一度目そのものを私は見ていません。正常に発動したという点は南東地区司教本人の証言です。ただ、最初の起動があり、その後もリヴィアが生存していたという経過は、本人の説明とも一致しています」
「それで二度目を?」
「一度目の生存を確認した後も、異端認定と天罰適用の判断を上位へ戻していません。本人にも確認しましたが、二度目を最大出力で起動しています」
「最大出力を」
「はい」
「あなたは二度目を?」
「直接見ています」
「結果は」
「リヴィアは生存しています。固定具による痛みを除けば、現時点で目立った外傷も確認できません」
水の大司教はしばらくアドリアンを見ていた。
「天罰を防ぐことが確認された手段はありません。それを二度受けて、二度とも生存した」
一度机上へ視線を落とす。
「この件は分けて考える必要があります。一つは、南東地区司教が何をしたのか。もう一つは、天罰を受けた対象が生存したこと。それも二度です」
アドリアンは続きを待った。
「前者は南東地区の監督責任者として私が扱います。司教本人は事実関係が確認できるまで職務から外し、使用記録を保全します。当日の担当者と個別面談前後の状況を確認し、エステル・リュ・アズレインとリヴィア、それぞれから改めて話を聞きます。あなたからも正式な証言が必要になります」
「承知しています」
「問題は後者です。こちらは私のところだけで処理できる内容ではありません」
「分かっています」
答えるまでに、わずかな間が空いた。一度の生存だけでも確認されている記録にはなく、それが二度であり、二度目は最大出力だった。南東地区だけの問題として処理できる範囲を越えている。
「ただ、知る必要のない者までこの事実を広げる必要はありません。リヴィアが天罰を受けたことも、二度受けて生きていることも、事件の処理に必要のない者へ知らせる理由はないと考えます」
「リヴィアを守るためですか」
「はい。原因が分からない以上、なおさらです」
「あなたにも分からないと」
「分かりません」
「私も広く知らせるべきだとは考えていません。南東地区司教の不祥事と天罰の結果は別に管理しましょう。前者は必要な手続で調べ、後者は知る者を限定します。ただし記録そのものを残さないわけにはいきませんし、あなたにも改めて話を聞くことになります。なぜリヴィアが生存したのか。あなたが何を知っているのか、何を知らないのか。それを確認せず、前例のない結果だけを記録して終えることはできません」
「……承知しています」
「今日はここではこれ以上聞きません。知る必要のある者だけで、改めて場を設けます」
避けることはできない。それでも、誰にでも知られるよりはよかった。
「一つ確認してもよいですか」
「はい」
「あなたは南東地区司教の使用記録が上がるのを待たず、直接ここへ来た。教主やほかの大司教へ先に話を持っていくこともできたでしょう」
「南東地区の上位監督者はあなたです。まず、あなたへ報告するべきだと判断しました」
水の大司教はアドリアンを見たまましばらく返事をせず、やがて「……そうですか」とだけ言って机上の書類へ手を伸ばした。
「では、まず私の地区の問題を処理します」
「お願いします」
「今日はもう、お二人のところへ戻って構いません。こちらで必要があれば、改めて連絡します」
アドリアンは一礼し、部屋を出た。
リヴィアがなぜ生きているのか。その問いにはまだ何一つ答えがない。いずれ自分が知っていることも、知らないことも改めて確認されることになる。
だが今は、リヴィアとエステルは南東地区司教から離れた場所にいる。そして、二度の天罰を生き延びたという事実も、知る者を必要な範囲に限る方針が決まった。