白い少女はただ善く生きたい ――人々の瞳に映る少女は、ひとつではない―― 作:不明さん
教会を出る前に、リヴィアは自分でフードの縁へ手を掛け、額の近くまで布を引いて左右の位置を確かめた。
首元には白い髪が少し残っているが、遠くから見れば目立たないはずだった。
「リヴィア」
名前を呼ばれて振り返ると、外套を着終えたアドリアンが、少し離れたところからリヴィアを見ていた。
「前が見えにくくありませんか」
「大丈夫です」
リヴィアはフードの縁を少しだけ持ち上げた。
「これなら見えます」
「……そうですか」
アドリアンの返事は、普段よりわずかに遅かった。
黒髪の子供が店から追い払われた日から、何日かが過ぎていた。
あの日は何も買わずに帰ったため、今日は別の通りにある店へ向かうことになっている。
以前のリヴィアは、アドリアンがフードを被せる理由を、はっきりとは知らなかった。
寒さを防ぐためだけではなく、白い髪を人から見えにくくする意図があるらしいとは思っていた。それ以上は、アドリアンが説明しにくそうだったため尋ねなかった。
今は、以前より少しだけ分かっている。
白い髪と黒い髪が、同じように扱われるとは限らない。
あの店の女性がリヴィアの髪を見たとして、黒髪の子供へ向けたのと同じ顔をするかどうかも分からない。
それでも、目立たせない方がよい理由はあるのだろう。
毎回アドリアンに整えてもらうより、自分でできる時には自分で整えた方がよい。
リヴィアはそう考えただけだった。
教会の外へ出ると、朝の通りにはすでに人が増え始めていた。
荷車が行き交い、店先では照明や加熱器具が使われている。軒下の看板にも魔力石が取り付けられ、道の両側に大小の光が散らばっていた。
歩けば、光の位置も変わる。
正面の店を避ければ、隣の店の器具が視界へ入る。足元へ残った淡い光から顔を上げると、今度は高い看板の内側が輝いている。
リヴィアは目を細めた。
フードによって上から入る光は少し減っているが、通りの左右から見えるものまでは隠せない。
アドリアンの歩調に合わせながら、強く光る場所をなるべく見ないよう、顔を少し伏せた。
その途中で、視線を感じた。
アドリアンがこちらを見ている。
目が合うと、アドリアンはすぐに前へ向き直った。
しばらく歩いた後、また同じ視線を感じた。
具合が悪いと思われているのだろうか。
それとも、黒髪の子供のことをまだ気にしていると思われているのかもしれない。
自分でフードを整えたため、白い髪について悩んでいると考えられた可能性もある。
実際には、リヴィアは自分の髪を深刻には気にしていなかった。
珍しい色らしいとは思う。
目立たせない方がよい理由があるなら、フードを被ることにも反対はない。
それだけだった。
アドリアンが心配する必要はない。
そう伝えようとして、リヴィアはアドリアンへ笑みを向けた。
アドリアンは足を止めかけた。
「どうしましたか」
「何でもありません」
「そうですか」
「はい」
リヴィアはもう一度笑った。
大丈夫だと分かってもらうためだった。
けれど、アドリアンの表情は、安心するどころかさらに曇ったように見えた。
安心させるつもりだったのに、うまく伝わらなかったらしい。
理由は分からない。
質問すれば、またアドリアンが説明しにくいことまで尋ねてしまうかもしれない。
リヴィアはそれ以上聞かず、アドリアンの隣を歩き続けた。
* * *
リヴィアは、以前からよく目を細める子供だった。礼拝堂や中庭、読み聞かせの最中だけでなく、文字をよく見ようとしている時や何かを考えている時にも、同じ表情を見せていた。
アドリアンは、白い瞳に由来する癖か、本人特有の表情なのだろうと考え、深刻な理由があるとは思っていなかった。
だが、今日の姿は違って見えた。
リヴィアは自分からフードを深く被った。
人の多い通りへ入ると顔を伏せ、目を細めていた。その姿は、白い瞳まで人目から隠そうとしているように見えた。
黒髪の子供が追い払われる場面を見て、外見が理由で人から拒まれることがあると理解したのだろう。
自分の白い髪を目立たせないために、アドリアンがフードを被せてきたことにも気づいた。
その結果、髪だけではなく、白い瞳まで人から見られないようにしようとしているのではないか。
アドリアンは、隣を歩くリヴィアを見た。
白い髪が黒髪と同じ迫害を受けるわけではない。
銀髪に近く見えるため、むしろ敬意を向けられる可能性もある。
だが、リヴィアの白は銀ではない。
白い瞳も、既知の属性に結びつく色ではなかった。
人目を引くことは確かだった。
守るために髪を見えにくくしてきた。
その行為がリヴィアに、自分の姿は人から隠すべきものだと教えてしまったのだろうか。
尋ねるべきか迷った。
白い瞳を気にしているのですか。
そのように聞けば、本人がまだ深く考えていなかったとしても、気にする理由を与えることになるかもしれない。
アドリアンが見ていたことへ気づいたのか、リヴィアがこちらへ顔を向けた。
細められた白い瞳の下で、口元に笑みが浮かぶ。
心配しなくてよいと伝えようとしているように見えた。
自分の視線に気づいたため、悩みを隠そうとしたのだろうか。
アドリアンは言葉を失った。
何でもないのだと笑うリヴィアに、それ以上尋ねることはできなかった。
* * *
それから、数年が過ぎた。
リヴィアは、相手が自分へ困った顔や心配そうな顔を向けると、以前より意識して笑うことが増えた。
自分が不安そうに見えるせいなら、大丈夫だと示せばよい。
子供への接し方が分からず困っているのなら、こちらから笑えば少しは話しやすくなる。
アドリアンが心配している時にも、同じようにした。
笑えば必ず安心してもらえるわけではなかったが、不機嫌な顔を返すよりはよいと思っていた。
その日、アドリアンが礼拝堂の奥にある執務室で書類を確認している間、リヴィアは礼拝堂脇の小部屋で、書き写した文章を読み直していた。
正面扉を叩く音が、間を置いて三度響いた。
礼拝の時間ではない。
近所の住民が相談へ来ることはあるため、リヴィアは紙を机へ置き、入口へ向かった。
「はい」
扉を開ける。
「リアン神父はいるか」
そう低い声で尋ねたのは、大柄な男だった。
リアン神父。
アドリアンをそう呼ぶのは、以前から親しくしている者だと教わっている。
男は簡素な司祭服を身につけていた。
同じ司祭服でも、アドリアンが着ている時とは印象が違った。
肩幅が広く、布越しでも腕が太いことが分かる。首も厚く、立っているだけで入口が狭くなったように見えた。
前の世界で道ですれ違っていたなら、たぶん無意識に少し距離を取ったと思う。
けれど、アドリアンが以前から親しくしている相手を、見た目だけで怖い人だと決めつける理由はなかった。
年齢はアドリアンと同じくらいか、少し上だろうか。
眉間には深い皺があり、目つきも鋭い。
怒っているようにも見える。
ただ、扉を開けたのが子供だったため、どう話しかければよいのか迷っているだけかもしれない。
リヴィアが相手の顔を見上げている間、男も黙ったまま、こちらから視線を外さなかった。
鋭い視線と、入口に立つ大きな身体には圧迫感がある。
「おります。お約束はありますか」
「ある」
男は短く答えた。
「予定の時刻とは違うがな」
やはり、アドリアンが会う予定の相手らしい。
「お呼びしますので、中でお待ちください」
リヴィアは扉を大きく開け、礼拝堂の中を示した。
男はすぐには動かなかった。
リヴィアを見下ろしたまま、わずかに顎を引く。
さらに険しい顔になったように見える。
子供へ笑いかけるのが苦手なのかもしれない。
リヴィアは男を安心させるため、口元へ笑みを浮かべた。
「どうぞ」
男が礼拝堂へ入る。
近くで見ると、さらに大きかった。
歩くたび、司祭服の袖の下で腕が動く。
前腕は、教会へ来る木工職人より太いかもしれない。肩も大きく、重い荷物を日常的に運んでいそうだった。
神父でも、教会によっては力仕事が多いのだろうか。
あるいは、遠い土地を歩くために身体を鍛えているのかもしれない。
リヴィアは男の靴から肩まで視線を上げ、最後にもう一度顔を見た。
男の目が、さらに細くなる。
見すぎたらしい。
身体の大きさを珍しがられれば、不快に思う人もいるだろう。
「すみません」
「何がだ」
「じろじろ見てしまいました」
正直に謝ると、男は少し黙った。
「怖くないのか」
尋ねられ、リヴィアは考えた。
目つきは鋭い。
身体も大きい。
扉の前に立っていた時には少し驚いた。
それでも、怖いとは思わない。
「驚きましたが、怖くはありません」
「なぜだ」
「『リアン神父』と呼んでいましたから」
男の眉がわずかに動いた。
「そう呼ぶ方は、神父さまを以前からご存じなのだと教わっています。それに、今日お会いするお約束もありましたから」
リヴィアは答えた。
「私が怖がる理由はないと思いました」
男は無言のまま、リヴィアを見ている。
まだ怖がっていないことが伝わっていないのかもしれない。
リヴィアはもう一度、安心させるように笑みを向けた。
「こちらでお待ちください」
リヴィアは礼拝堂の前方にある長椅子を示した。
「神父さまを呼んできます」
男へ背を向けたリヴィアは、アドリアンの知人を待たせないよう、礼拝堂の奥にある執務室へ急いだ。礼拝堂の中を走れば足音が響くため、走らずに歩幅だけを少し広げた。
扉を叩くと、すぐにアドリアンの返事があった。
「神父さま。お客様です」
「誰ですか」
「神父さまとお約束している方です」
リヴィアは、男から聞いた言葉をそのまま続けた。
「ただ、予定の時刻とは違うとおっしゃっていました」
扉が開き、礼拝堂に立つ男を見たアドリアンの穏やかな目が、わずかに細くなった。
「予定より、ずいぶん早いですね」
「近くまで来た。先に済ませる」
男が答えた。
アドリアンは礼拝堂の窓と正面扉へ目を向けた後、リヴィアを見た。
「リヴィア。書き写しの続きをしていなさい」
「はい」
「こちらへ来る必要はありません」
「分かりました」
アドリアンは男を執務室へ案内した。
男が部屋へ入る直前、声を落としてアドリアンを呼んだ。
「リアン神父」
アドリアンは返事をせず、扉を閉じた。
二人が何を話したのかを、リヴィアは知らなかった。
* * *
リヴィアが書き写しを終え、次の文章を読み直していると、執務室の扉が開いた。
どれほど時間が過ぎたのか、正確には分からない。
窓から入る光の位置は、先ほどより少しだけ動いていた。
先に大柄な男が礼拝堂へ出てきて、その後ろにアドリアンが続いた。
「では、気をつけて」
「ああ」
男は短く答えた。
アドリアンの表情は、男が来た時よりは落ち着いていた。
それでも、普段より硬く見えた。
男は正面扉へ向かいかけたが、小部屋の前で足を止め、リヴィアへ身体を向けた。
初めて扉を開けた時と同じように、鋭い目で見下ろしてきた。
先ほどより近い。
大きな身体が入口の光を遮り、小部屋の中へ影を落とした。
男は何も言わない。
ただ、リヴィアの反応を待つように立っている。
何か言いたいことがあるのだろうか。
それとも、別れの挨拶をどうすればよいのか、また迷っているのかもしれない。
リヴィアは椅子から立ち上がった。
「何かお忘れですか」
「いや」
男は動かなかった。
眉間の皺も、鋭い目つきも変わらない。
近くで見ると、やはり大きい。
リヴィアは安心させるように笑った。
「お気をつけてお帰りください」
男は、細められたリヴィアの目と笑顔を見た後、わずかな沈黙を置いて低い声で答えた。
「……ああ」
それ以上は何も言わず、正面扉へ向かった。
アドリアンは外まで見送った。
扉が閉じた後、礼拝堂には再び静けさが戻った。
「神父さま」
「何ですか」
「あの方は、怒っていたのでしょうか」
「普段から、あのような顔です」
「そうだったんですね」
リヴィアは納得した。
目つきの悪さを怒っていると勘違いされる人は、前の世界にもいた気がする。
「私は、何か失礼なことを言いましたか」
「いいえ」
アドリアンは答えた。
「あなたは何も悪くありません」
言葉は穏やかだったが、表情にはまだ硬さが残っている。
予定と違う時刻に来たため、何か問題があったのではないかと心配しているのだろうか。
それとも、リヴィアが怖がったと思っているのかもしれない。
「本当に怖くありませんでした」
「……そうですか」
「はい」
リヴィアは、アドリアンを安心させるために笑った。
アドリアンはその笑顔を見て、何か言いかけた。
だが、結局は何も言わず、リヴィアの頭へ手を置いた。
その表情からは、心配の色が消えなかった。