「……だからさぁ、女のあるべき姿って、なんなのよ」
エレナは卓に頬杖をついたまま、空になった杯を指で回した。
「知らないわよ」
向かいに座るミレイユも、すっかり酔いの回った顔で答えた。
「男を三人くらい囲って、家庭を守って、仕事もして、いつまでも若々しくて、騎士として国にも尽くせ、ってことでしょ」
「無理じゃない?」
「無理よ」
二人は顔を見合わせ、それから同時に笑った。
今日は大学時代の同級生だった女友達が結婚した。
その報告を聞いた帰りだった。
「しかも三人よ、三人」
「何が?」
「旦那」
「ああ……」
エレナは嫌そうに眉をひそめた。
「農家の男と、鍛冶職人と、料理人。三人まとめて養えるんだって」
「へえ。甲斐性あるじゃん」
「そういうところよ!」
ミレイユが卓を叩いた。
「なんで女は男を何人囲ってるかで評価されるのよ。二人なら普通、三人なら立派、五人なら良妻賢母って」
「五人もいたら家の中うるさそう」
「それ以前に、私たちの給料じゃ無理でしょ」
「ねえ」
エレナが杯を持ち上げる。
「私たち、そんなに稼いでたっけ?」
「騎士としてはそこそこ」
「じゃあ男一人養うのが精一杯じゃない?」
「だから独身なのよ」
「それ言わないで」
二人はまた笑った。
笑い終わると、エレナは机に突っ伏した。
「……最近さ。母さんにも言われた」
「何を?」
「『そろそろ男の一人くらい囲ったらどうなの』って」
「あんたのところも?」
「うん。『騎士を続けるのもいいけど、女としての人生も考えなさい』だって」
「私は『仕事ばかりしてるから男が寄りつかない』って言われた」
「それ、ひどくない?」
「ひどい」
ミレイユは少し考えてから、ぽつりと言った。
「でも、あんた実際、仕事ばっかりじゃん」
「ミレイユ」
「ごめん」
「……許す」
また杯を傾ける。
「自由恋愛市場とかもさあ」
「ああ」
「政府が少子化対策で作ったんだっけ?」
「そう。出会いの場を増やしましょう、って」
「なのに、いるの年寄りばっかりじゃん」
「まあねえ」
「この前、見学だけ行ったんだけど」
「行ったの?」
「冷やかしよ」
「はいはい」
「四十代、五十代、六十代……」
「上は?」
「七十代もいた」
「それはもう市場じゃなくて展示会でしょ」
「やめなさいよ」
二人は声を押し殺して笑った。
「でもさ」
エレナが真顔に戻った。
「自分たちの年収はたいしたことないのに、あそこで『年収八百万が最低ライン』とか言ってる女、いるじゃん」
「いるいる」
「八百万って普通に上澄みだよね?」
「上澄み。うちの騎士団だって隊長クラスじゃない?」
「そうなのよ。なのに『普通の男なら八百万くらいある』とか」
「普通って何なのよ」
「それ」
エレナが指を突きつけた。
「それよ!」
「じゃあ自分は普通なの?」
「……」
「どうなの?」
「私は……平均よりちょっと下かも」
「じゃあ人のこと言えないじゃん」
「うるさい」
ミレイユは笑いながら杯を置いた。
「でも、婚活市場にいる男も大変よね」
「何が?」
「若い男は普通に恋愛して結婚しちゃうから、あそこに残るのは年上ばっかり」
「それはそうね」
「しかも女側は『普通の男がいない』って言う」
「いるわけないじゃん。普通の男なら、もう誰かに囲われてるんだから」
二人とも一瞬黙った。
「……それもそうね」
「でしょ?」
「じゃあ、私たちも普通の男を探すなら市場に行くしかない?」
「やだ」
「私もやだ」
即答だった。
「だって、婚活なんて、持てない女がすがりつく最後の砦って感じじゃん」
「わかる」
「自然に男が寄ってくる女なら、あんなところ行かないでしょ」
「わかるわあ」
二人は深く頷いた。
そのとき、店の奥から別の女たちの話し声が聞こえた。
「……独身騎士って、ほんと大変よね」
「仕事ばっかりしてるからじゃない?」
「昔の女は、もっと早く男を囲ったものよ」
エレナとミレイユは顔を見合わせた。
「……聞こえた?」
「聞こえた」
「腹立つ」
「腹立つね」
だが二人とも、何に腹を立てているのかは、うまく説明できなかった。
しばらくして、ミレイユが話題を変えた。
「そういえば、北の国境、また揉めてるらしいよ」
「ああ。来月あたり出兵かもね」
「私たちは?」
「指揮所」
「前線は?」
「兵士たち」
「そっか」
ミレイユは何でもないことのように頷いた。
「……部下に良さげなのもいないしね」
「何が?」
「男」
「ああ」
「いつ死ぬかわかんないのに囲うのも、なんか違うよね〜」
「それはそう」
二人は笑った。
そして、また酒を飲んだ。
店の外では、夜の街を大勢の男たちが行き交っていた。
荷車を引く男。
店の戸締まりをする男。
酔った女客を家まで送る男。
明日の朝も畑に出る男。
遠い北の国境へ送られる兵士たちも、今夜はどこかの宿で眠っているのだろう。
誰も、それを特別なことだとは思っていなかった。