Assassin's Classroom Black Flag 作:レゾリューション
ようやく体育の時間になるが、仮にも地球を救う暗殺者を育成するE組の体育が、一般的な球技や体操であるはずがなかった。そこにあるのは、烏間先生の指導による、ナイフを用いた実践的な近接格闘と銃による射撃訓練の場だ。
だが、その授業の最中、エドの置かれた状況は他の生徒たちとは少しばかり事情が異なっていた。転校初日にしてその実力を試すため、烏間先生が彼女を指名したのだ。
「まず九条君。前に来てくれるか」
「はい……」
「まずは君の力を見せてもらう。俺を相手に、このゴムナイフを当ててみろ」
「ナイフを当てればいいってことですか?」
「そうだ」
「分かりました……」
淡々と返事をすると、エドは右手にゴムナイフを構えた。最初に動いたのはエドだった。彼女は焦る様子もなく、何事もないかのようにトコトコと間合いを詰めていく。その歩き方には、歴戦の暗殺者が持つべき殺気が微塵も感じられない、どこか奇妙で異様な脱力感があった。
そして一気に距離を詰めると、右手に持ったゴムナイフを烏間の右肩めがけて素早く突き出した。だが、それは当然のように烏間に軽く身体を引かれて避けられる。
しかし、エドの動きはそこから止まらない。突き出した右手をかわされた勢いを殺さず、エドは右脚を軸にして鮮やかな反時計回りの回転を描いた。
そして、いつの間にか左袖に隠し持っていたもう一本のナイフが逆手に構えられて現れる。 流石の烏間先生も、懐から突如として飛び出した2本目のナイフの奇襲にはわずかに目を見張ったが、鋭い反射神経でそれを完璧にかわしてみせた。
だが、エドの猛攻はまだ終わらない。2本目のナイフを躱された瞬間、エドはすかさず左脚を軸にして鋭い回し蹴りを放ち、さらにその勢いのまま右脚を軸にした強烈な後ろ蹴りへと繋げた。
そして、その背後へ放った後ろ蹴りの遠心力を利用し、彼女は手にしていたゴムナイフをそのまま烏間先生に向かって投げつけたのだ。
(この距離なら……!)
しかし、防衛省のエリートである烏間先生は、飛来したナイフすらも身体をわずかに傾けることで完璧に避けてみせた。いや、正確に言えば――最後の投げ技は、手数を繋ぐことに意識が向きすぎて、狙いが少々雑になっていたと言うべきかもしれない。
初見の相手に対して多彩な手札を次々と繰り出してみせたものの、防衛省の猛者を驚かせるには至らない。だが、その底知れない戦闘センスの片鱗は、周囲で見守るE組の生徒たちの度肝を抜くのに十分すぎるものだった。
「良い動きをしている」
「全部見切られた状態で言われましてもね……」
そもそも、彼女の動かす技は我流殺法であり、対する烏間は国から正規の訓練を積んだプロの戦闘員だ。初見の奇襲で不意を突くことはできても、いきなり一撃で倒すなどという離れ業があり得るはずもなかった。
「ヤバ……」
周囲で見ていたクラスメイトたちから、どよめき混じりの感嘆の声が漏れ聞こえる。防衛省のエリートを本気で翻弄したその一連の攻防は、彼らの目に十分すぎるほどのインパクトを与えていた。
そんな周囲の喧騒をよそに、烏間先生は冷静にエドを見据えながら問いかけた。
「九条君、投げナイフは得意なのか?」
その質問に、エドはなんでもないことのように首を横に振る。
「いいえ、全く。なんならさっき勢いで初めてやりました」
「初めて……?」
思わずといった様子で目を丸くしたのは烏間だけではない。周囲で聞いていた渚や茅野たちE組の生徒も、一斉に驚きの声が上がった。あんなに流れるような連携から繰り出された一撃が、ぶっつけ本番の即興だったと知れば無理もない。
「いや、なんとなく勢いでいけるかなーって思たんですけど....」
エドはケロッとした顔で自分の後頭部を掻きながら答える。そのあまりにも底知れない戦闘センスの片鱗に、烏間はわずかに眉間を押さえつつも、どこか感心したような笑みを浮かべた。
「……即興であれだけの精度を出せるのなら運動神経や反射速度は申し分ない。だが――」
烏間はスッと姿勢を正し、鋭い視線をエドに向ける。
「最後の投げナイフのように、手数を増やすことだけに気を取られて狙いが雑になれば、実戦では命取りになる。どんなに手数が多くとも、一撃の重みと確実性がなければ、相手には届かんぞ」
「ご意見どうも」
指摘された弱点を素直に(しかしどこか適当に)受け流しつつ、エドは「で、これで合格?」とばかりに首を傾げた。
烏間先生との手合わせが終わり、それまで静かに見入っていたクラスメイトたちが、一斉にエドのまわりへとぞろぞろと言葉を交わしながら集まってきた。
「いやー、マジですげぇなエド! あの烏間先生をあそこまで本気にさせる奴初めて見たわ!」
真っ先に声をかけてきたのは、いつもの軽いノリを崩さない前原だ。その隣では、磯貝も感心したように腕を組んでいる。
「初見であそこまで動けるなんて、やっぱり本校舎にいたってだけあるっていうか……ていうか、先祖が海賊って話、マジだったんだな」
「だよねぇ。しかも初めてやった投げナイフであんなに綺麗に軌道作れるとか、運動神経どうなってんのよ」
岡野が自分の肩をさすりながら、呆れたような、しかしどこか楽しげな笑みを浮かべて肩をすくめる。自身もナイフの扱いには自身があったのだが、エドのその異様な戦闘センスに脱帽していたのだ。
「あはは.....烏間先生が手こずるなんて、なんだかすごい人が来ちゃったね」
おずおずと近づいてきた渚が、少し引きつったような、しかし柔らかな笑顔を向ける。その背後では、カエデが「ねえねえ、普段はどんな運動してるの?」と興味津々な目を輝かせていた。
「元々、身体動かすのが得意だから、勢いでなんとか出来るわ」
「凄い.....!」
そんなクラスメイトたちの賑やかな囲みの中に放り込まれても、エドは特に気負う様子もなく、ふっと肩の力を抜いて笑ってみせる。
「いや、大袈裟だって。ただ身体を動かすのが得意なだけよ。それに、このクラスの連中だって、普通にナイフの扱いめちゃくちゃ上手いじゃん」
「いやいや、一般人はあんなスタイリッシュに袖からナイフ出したりしねぇから!」
前原のツッコミに、グラウンドのあちこちからクスクスと笑い声が漏れる。 Aクラスからの「問題児」として特待生のように放り込まれ、最初はどんな面倒な奴が来るのかと身構えていたE組の面々だったが、その気さくでどこか飄々とした佇まいに、壁や警戒心はあっという間に溶けていった。一癖も二癖もある海賊の血を引く少女は、本格的に『E組』の一員として殺しと学びの日々に身を投じることになる。
今度は射撃訓練用のエリアへと足を進めた。
「エド、ハンドガンの腕は?」
ふと気になったようにメグが尋ねると、エドは淡々と言い放つ。
「何挺あろうと、娘のように扱うわ」
手渡されたハンドガンのマガジンにBB弾を込め、慣れた手つきでスライドを引く。両手でしっかりと銃を構え、的を見据えて引き金を引いた。パンッ、と乾いた音が響き弾は的の真ん中に当たる。周囲からは「おっ」と微かなどよめきが漏れたが、当のエド本人はどこか不満そうに顔を顰めた。
「……なんか、両手で構えると窮屈でやりにくいわね」
つぶやくと同時に彼女はこともなげに銃を片手へと持ち替えた。次の瞬間、周囲の空気が変わる。構えの迷いなど一切なく、流れるような動作で放たれたBB弾は、先ほどを上回る速度で的のど真ん中を射抜いた。
しかも、1発で終わるはずがなかった。ガシャガシャと連続して引き金が引かれ、マガジン内の全弾が、寸分の狂いもなく全て的の中心一点へと叩き込まれたのだ。あまりの離れ業に静まり返る周囲をよそに、エドはふっと息を吐きながら利き手ではない左手を掲げる。
今度は、ほとんど使っていないであろう左手の人差し指で、まさかの片手撃ちを敢行した。連続して放たれた弾丸のうち、流石に利き腕ではない初撃は真ん中からわずかにズレたものの、続く2発目以降の軌道は恐ロしい精度で瞬く間に修正され、すべて的の中心へと吸い込まれていく。
エドは硝煙の立たない銃口を軽く振りながら、不敵に笑ってみせた。
「凄いな……九条」
「初めて撃つ人の腕とは思えない」
静まり返ったエリアに声をかけたのは、前髪で目元が隠れた男子生徒の千葉龍之介と、その隣に立つ女子の速水凛香だった。 彼ら2人は、クラスの中でも飛び抜けてトップの射撃精度を誇る、E組の狙撃手たちだ。
「堅苦しいのはナシ。エドって呼んで、千葉」
「分かった……エド。提案なんだが、俺達と一緒に狙撃をやってみないか?」
「アナタの銃の腕には、私達も見習うところがある。だから3人で一緒に練習すれば、もっと上手くなれると思う」
トップクラスの狙撃手コンビからの思いがけないスカウトに、周囲の生徒たちからも「おおっ」とどよめきが上がる。だが、エドは困ったように軽く頭をかいた。
「誘ってもらえるのは嬉しいけど遠慮しとくわ。一通りの事は出来るだけで専門職じゃないし、アンタらの見よう見まねでやってるだけよ。私の本当の得意分野は、こういう銃撃戦ってよりは、もっと身体を動かす方だから」
言葉の代わりに、エドはその場で軽やかに一回転する美しいバク宙を披露してみせる。着地の音すらほとんどしない、猫のようにしなやかな身のこなしだった。
「そうなの……」
千葉と速水は少しだけ拍子抜けしたような顔をしたものの、その身体能力の高さと底知れないセンスを改めて目の当たりにし、どこか納得したように小さくうなずく。
「それにしても、エドのその身のこなしと射撃センス……ただの運動神経が良いってレベルじゃないよね」
メグが感心したように目を丸くしながら言えば、エドはふっと余裕のある笑みを浮かべる。
「天賦の才でね」
一歩間違えば嫌味に聞こえかねない言葉だったが彼女の持つどこか、からりとした人柄ゆえか、不思議と嫌味な感じはせず、周囲も素直に納得してしまう空気感があった。
「天賦の才かぁ……本校舎から流れてきた時はどんな面倒臭いのが来るかと思ったけど、すっかりE組の空気に馴染んでるじゃん」
いつの間にか近くに寄ってきた前原が、面白そうにニヤニヤと笑いながら冷やかすように肩を叩いた。
「馴染んでるつもりはないけどね。私はただ、自分のやりたいようにやってるだけよ」
肩をすくめて笑うエドの姿に、前原は「はいはい、そういうことにしといてやるよ」と楽しげに返す。殺伐とした暗殺訓練の最中でありながら、その一角だけはまるで放課後の部活のようなどこか穏やかな空気が流れていた。
そんな生徒たちの様子を、少し離れた場所で砂遊びをして見守っていた殺せんせーが、ニョキッと顔を近づけて口を挟む。
「ニュルフフフ、実に素晴らしいですねぇ。クラスの壁を越え、個々の才能と絆がこうして深まっていくのは先生として喜ばしい限りです!」
「……先生、その触手で感動を表現するのやめなよ」
岡野が冷ややかな視線を向けると、殺せんせーは「ひどいですよ岡野さん!」と顔を真っ赤にしてタコ踊りを始める。そのお約束のやり取りに、周囲からクスクスと笑い声が漏れた。
本校舎での騒動から一転し、得体の知れない超生物と、訳ありな落ちこぼれたちが集うこの教室。 エドワード・ケンウェイの血を引く少女は、その波乱に満ちた新しい日常の中で、しっかりと居場所を根付かせていくのだった。
九条のスペック高くね?と思ったみなさん、考えてみてください。エドワードケンウェイだって正規の訓練積んで無いのにぶっつけ本番でアサシン動きをテンプル騎士団に見せたりしてたじゃないですか?
つまりこれは、原作再現という事です!!
すいません...暴論でした。でもマジでケンウェイ船長って才能の塊ですよね。