前世が大魔道士だった俺、宇宙戦艦を魔改造して銀河を成り上がる 〜退役寸前のゴミ艦隊ですが、魔法で動かせば最強です〜 作:オカノヒカル
正体不明の走査波を受けてから、一夜が明けた。
外縁補給ステーション17の壁の奥で、水の流れる音がしていた。
これまでは試験運転のたびに細くなり、何度も途切れていた音だ。
今朝は止まらない。
洗浄を終えた配管を通り、透明な水が貯水槽へ落ち続けている。
『水再生ライン一系統、連続運転基準を達成』
給水設備の前に集まっていた整備兵たちが、そろって手を止めた。
「……本当に出てるぞ」
一人が、確認するように言った。
水量は少ない。
第二艦隊全員の必要量には届かず、海賊船から接収した水との併用が必要だった。それでも、試験のたびに止まっていた昨日までとは違う。
兵たちが小さく声を上げ、すぐに担当の作業へ戻っていく。
喜んでいる暇もないらしい。
だが、昨日までより足取りは軽かった。
廊下の空調は、五区画まで稼働範囲を広げている。
修理ベイでは、最初の補修外板が焼き直されていた。焦げた艦体へ当てるには見栄えが悪いが、穴を塞ぐには使える。
休息区画では、負傷兵はぐっすり眠れたようだ。
仮設食堂からは、肉と乾燥野菜を煮込んだ匂いが流れてくる。
壁に張られた交代勤務表には、外周警戒へ出た艦の帰投先が記されていた。
《外縁補給ステーション17》。
正式な基地ではない。
だが、外周警戒を終えた艦は、勤務表に書かれたここへ戻ってくる。
**
『空調五区画、安定運転』
『修理ベイ一基、低出力運用を継続』
『負傷者休息区画、二室使用中』
『水再生量は、艦隊必要量の二割未満です』
ノアの箱舟型ホログラムが、仮設管制卓の上で明滅した。
管制室の壁には焼け跡が残り、床材もところどころ剥がれている。
それでも、区画図と星図は表示できる。
セラは復旧状況を確認しながら、勤務交代表へ修正を加えていた。
「ステーション17は、まだ正式基地ではありません」
「分かっている」
「恒久的な占有権もありません。現地再稼働規定に基づく、一時利用です」
「それも分かっている」
「大規模な軍事設備の増設も認められません」
「まだ何も増やしていないぞ」
「確認です」
セラは、こちらを見ずに言った。
「ただ、現地再稼働規定の範囲であれば、必要な設備から優先的に使えます」
「領主府の返事を待つ必要はないな」
「人命保護と任務継続に必要な範囲なら、です」
「それで十分だ」
本星の港では、食料も部品も書類も、誰かの許可を待たなければ動かない。
ここでは、負傷者の寝床も、壊れた配管を直す順番も、艦隊の事情に合わせて決められる。
「第二艦隊を立て直す場所にはなりました」
セラの指が、区画図の中央で止まった。
「本格的な修理も、食料自給もできません。ですが、損傷艦を交代で休ませ、応急修理を行うことはできます」
「なら、守る価値はある」
「はい」
セラは別の表示を開く。
昨夜受けた、未知規格の狭帯域走査波。
旧式民間規格や星系連合の標準通信とは一致していない。軍用か、研究用か、高性能な民間設備なのかも判別できなかった。
「居場所は、すでに公開記録へ載っています」
セラが言った。
「法定識別ビーコンも止めません。ステーション17を使っている事実を隠すつもりもありません」
「では、何を隠す」
「ここで何を、どこまで動かしているかです」
ステーション外殻の温度分布が表示された。
空調。
水再生装置。
修理ベイ。
それぞれの設備が出す余剰熱が、外殻の一部へ集中している。
「遠距離から受動観測された場合、仮復旧の規模を推定される可能性があります。さらに、司令の術式から出る未登録媒質反応も、可能な限り外へ漏らしたくありません」
「灯りがついていることは隠さない。窓から中を覗かれにくくするわけか」
「おおむね合っています」
「外殻の余剰反応を散らす術式を入れたい」
セラが、すぐに監視項目を開いた。
「法定識別ビーコンと通常センサーには触れないでください」
「まだ触れてないぞ」
「ノア。外殻温度、放熱経路、未登録媒質反応を監視。異常時は遮断してください」
『緊急遮断経路を設定』
『法定識別ビーコン、通常稼働を継続』
「出力は最低値からです」
「分かった」
俺は管制卓へ手を置いた。
ステーション17の外殻は広い。
昔使われていた放熱板と、冷え切った構造材も残っている。
熱を消すことはできない。
なら、集中している熱を古い放熱経路へ薄く広げ、廃棄施設に元からある温度むらへ混ぜればいい。
外殻の亀裂に沿い、細い術式を流す。
金色の線が管制図の上へ浮かび、すぐに外板の奥へ沈んだ。
「増加反応は?」
『術式起動時の瞬間反応は、巨大構造物から発生した広帯域反応の一パーセント未満』
『定常状態へ移行後、外部への未登録媒質反応は低下』
セラが温度分布を確認する。
「余剰熱が、旧放熱板へ広がっています」
『遠距離からの受動観測に対し、暫定利用施設の通常反応に近づきました』
「成功だな」
「制限があります」
セラは、すぐに釘を刺した。
「現在のような低出力運用と、動かないステーションだから成立しています。外殻の広い放熱面と、冷えた構造材も利用しています」
『高出力炉心、推進器噴射、兵器発射時の熱反応には対応不能』
『近距離の軍用能動走査に対する抑制効果も保証できません』
「《アーク・ロズベル》を隠すのは無理か」
「動いている艦は無理です」
「艦隊も?」
「もっと無理です」
セラは断言した。
「熱を消したわけではありません。薄く広げただけです。修理ベイの出力を上げれば、すぐに見破られます」
「なら、出力を上げるときは解除すればいい」
「そうしてください。抑制術式があるからといって、隠れて何でもできるわけではありません」
「分かっている」
「念のためです」
法定ビーコンは正常に動いたまま、外殻の熱分布だけが低出力施設に近い形へ散っている。
内部で何人が休み、どこまで設備が復旧したかは、遠距離から読み取りにくくなった。
「もう一つ入れたい」
俺は外殻図の一部を示した。
「何ですか」
「鈴だ」
「説明してください」
「誰かが外壁へ近づいたら、分かるようにする」
ステーション17には、故障した近接警戒センサーが残っていた。
外壁保守用の接触検知線と、作業艇を誘導するための旧式ビーコンもある。
どれも単独では、まともに働かない。
俺は残っている線をつなぎ、外殻近くのエーテルの乱れを拾う小さな術式を重ねた。
役目は、近くで何かが動いたときに管制室へ知らせることだけだ。
『近接警戒補助、低出力で作動』
『検出範囲、ステーション外殻より最大二キロメートル』
『接近方向の大まかな判定のみ可能』
『対象の艦種、所属、正確な距離は識別不能』
「二キロか」
「通常センサーの代わりにはなりません」
セラは試験表示を確認した。
「外殻の死角や、接舷経路を補う警報器ですね」
「鈴だと言っただろう」
「高速接近には?」
『反応が遅れる可能性があります』
「近距離走査で探された場合は?」
『術式自体を発見される可能性があります』
「それでも、何もないよりはましです」
セラは運用記録を保存した。
「近接警戒補助として採用します。単独判断には使いません。必ず通常センサーと照合してください」
「分かった」
しばらく試験を続けたが、外から接近する反応はなかった。
法定ビーコンだけが、決められた識別信号を淡々と流している。
**
ステーション内の交代勤務が始まっていた。
外周警戒を終えた乗員が、接舷区画から戻ってくる。
補給班は水パックと温食を渡し、代わりに次の警戒艦へ積む補修材を運び出していた。
修理ベイでは、焼き直された外板が作業艇へ積み込まれている。
「司令」
若い整備兵が、補修板を固定しながら敬礼した。
「これで、うちの艦の外板を一枚塞げます」
「一枚だけか」
「今は一枚です。明日もベイが動けば、もう一枚作れます」
「なら、明日も動かせ」
「はい」
食堂区画では、大鍋から湯気が上がっていた。
薄い汁物でも、決まった時間に温かいものが出る。
兵たちは容器を持ち、床へ座り込んで食べている。
食べ終わった者は、壁に張られた勤務表を確認していた。
帰投先欄には、《外縁補給ステーション17》が並んでいる。
医療区画では、負傷兵が眠っている。
警戒艦の炉心音も、主砲点検の警告も聞こえない。
艦内の通路へ寝かされていた頃より、呼吸が深かった。
揚陸部隊の仮詰所では、グレッグが椅子へ座っていた。
医療班から歩行禁止を言い渡されたらしく、片脚は台の上に載せられている。
「司令。うちの連中が、外壁を補修する案を出しています」
「いいことではないか」
「内容を聞いてから言ってください」
後ろから付いてきたセラが、端末を開いた。
「外壁の穴を塞ぐ。壊れた気密扉を補修する。作業艇用の誘導灯を直す。ここまでは認めます」
表示が三つ、赤く変わる。
「固定砲台の増設。ドック入口への閉鎖型防爆門の新設。外周への機雷設置。これは却下です」
「三つとも駄目ですか」
グレッグが残念そうに言った。
「全部、応急修理ではなく要塞化です」
「壁があると、兵隊は穴を塞ぎたくなるんですがね」
「穴を塞ぐのは認めています。穴の前に砲台を置くのを止めているんです」
「なるほど」
「納得していますか?」
「半分ほど」
「全部納得してください」
グレッグは低く笑った。
顔色はまだよくないが、昨日より声が出ている。
「ですが、ここは放棄するには惜しい」
「そうだな」
「本星の港より、俺たちには使いやすい」
錆びた壁。
補修跡の残る床。
出力を上げれば止まりそうな設備。
それでも、自分たちで直した分だけ、自分たちの都合で使える。
「認められた範囲で直せ」
「了解しました」
「まず自分を直してください」
セラが続ける。
「歩行許可が出るまで、外壁作業は禁止です」
「隊長が一番動けないとは、格好がつきませんな」
「隊長が命令を守る方が、部下への示しはつきます」
グレッグはしばらく黙り、座ったまま敬礼した。
「了解です。副官殿」
**
仮設管制室へ戻ると、セラとノアが観測記録を重ねていた。
星脈結晶の反応。
無人装甲を動かした際の制御記録。
巨大構造物へ接触したときの波形。
ステーション外殻へ入れた術式。
発生場所も、現れ方も違う。
だが、すべての記録に、同じ未登録媒質の変化が含まれていた。
「名称を統一します」
セラが言った。
「このままでは、記録ごとに呼び方が違います。司令が以前から“エーテル”と呼んでいる媒質が、空間内で分布と流れを持っている。暫定的には、エーテル場が最もずれません」
「いい名だ」
「司令が気に入りそうなのは、少し不満です」
「なら別の名にするか」
「いえ。現象との対応を優先します」
『内部解析上の暫定呼称として、“エーテル場”を登録します』
「魔法が、この世界の言葉になったな」
「なっていません」
セラは即答した。
「現象へ迷子札を付けただけです。発生原理も、変換法則も、観測方法もほとんど分かっていません」
「迷子には札が必要だろう」
「そこは否定しません」
外部記録に「魔法」とは書けない。
エーテル場なら、記録を並べて比較できる。
「管理方針は、前回決めたものを継続します」
セラが記録を閉じる。
「巨大構造物への能動走査は禁止。Fランク結晶の封印と解析停止を継続。防衛機械残骸は隔離。無人装甲の再出撃も許可しません」
「追加は?」
「ステーション外殻の余剰反応抑制と、近接警戒補助です。どちらも出力を上げる場合は解除します」
『外部提出記録には、通常の放熱調整および近接警戒設備の仮復旧として記載します』
「嘘ではないな」
「嘘にはしません」
セラの声は少し固かった。
「未解析技術の詳細を書かないだけです」
「面倒な相手が来るからか」
「来ても困らないようにしているんです」
昨夜の走査波が誰のものかは分からない。
今は、見られて困るものを整理する方が先だった。
『警告』
ノアの声が変わった。
管制室の星図が切り替わる。
『ロズベル領軍緊急通信を受信』
『本星近傍、第三交易路にて商船団が武装船団の襲撃を受けています』
赤い点が、ロズベル星系の内側へ灯った。
「第三交易路?」
セラが救難情報を開く。
「本星へ入る主要航路です。税関ビーコンと航路監視装置が配置されています」
「そこで、商船団を襲うまで近づかれたのか」
『肯定』
『領主府は第一艦隊へ緊急出撃命令を発令』
第三交易路は本星に近く、旧鉱山帯より監視網も厚い。港からの増援も早い。
普通の海賊が、簡単に入り込める場所ではない。
「妙だな」
「何がですか?」
「第三交易路まで気づかれずに入れた。敵が普通ではないか、監視側に穴がある」
「あるいは、その両方です」
「どちらにしても、嫌な話ですね」
「ああ」
緊急通信へ、追加情報が重なる。
『襲撃船団、複数艦による統制行動を確認』
『商船団護衛艦、損傷』
『第一艦隊、第三交易路へ向け緊急出撃を開始』
星図の内側から、青い艦隊識別光が動き始めた。
赤い点は、俺たちを外縁へ捨てた本星のすぐそばで点滅していた。