前世が大魔道士だった俺、宇宙戦艦を魔改造して銀河を成り上がる 〜退役寸前のゴミ艦隊ですが、魔法で動かせば最強です〜 作:オカノヒカル
領主府の廊下は、よく磨かれていた。
床には曇りがない。壁の金属板にも傷がない。空調は静かで、歩くたびに靴音だけがやけに大きく響く。
壁際にも埃ひとつ見えない。そこまで揃っていると、かえって落ち着かなかった。
俺はそういう建物が、あまり好きではない。
「司令」
隣を歩くセラが、小さく声を落とした。
「会議中は、不用意に約束しないでください」
「分かった」
「本当に分かっていますか?」
「皿を渡せと言われたら、渡さない」
「……大枠としては合っていますが」
セラは一瞬だけ目を閉じた。
彼女の端末は、《アーク》との暗号通信だけを保っている。
表示面の上では、ノアを示す青白い箱舟が小さく揺れていた。
『補足。司令官の比喩表現は、会議戦術として不安定ですが、相手を眩惑させる効果もあります』
「ノア、余計な補足をしないでください」
『必要な補足です』
「それを余計と言います」
俺は歩きながら、領主府の廊下に並ぶ家紋を見た。
ロズベル家の紋章。
何度も見てきたものだ。屋敷にもあった。式典用の服にもあった。ガレス兄上が好んで見せびらかしていた指輪にも刻まれていた。
「出せるものは、出すんだったな」
「はい。外部記録済みの戦果ログ、捕虜引き渡し予定、鹵獲物資の概算、ステーション17の仮復旧概要。このあたりは出せます」
「出せないものは?」
「アークの炉心制御ログ、エーテル場仮説、星脈結晶の内部利用記録、巨大構造物の深部反応、無人強化揚陸装甲の詳細運用ログです」
『秘匿区画への退避、完了済み』
「よし」
俺はうなずいた。
「兵の飯と水と寝床に関わるものは、出さない」
セラは真面目な顔でうなずいた。
「そこは同意します」
会議室の扉が見えた。
扉の前に立つ衛兵が、俺を見る。
衛兵の視線は、俺の顔から軍服の徽章へ移り、もう一度顔へ戻った。
こういう反応には慣れている。
扉が開く。
中は、廊下よりさらに静かだった。
長い黒い会議卓がある。壁には本星周辺宙域の星図。別の面には、第一艦隊旗艦の損傷概要らしき図が薄く投影されていた。
白い艦の艦尾が、赤く染まっている。
だが、最初にその話をする気はなさそうだった。
上座にガレス兄上がいる。
装飾の多い軍服。指輪。整えられた髪。
目元には余裕がない。
その少し後ろに、ルシアン・ヴェイルが立っていた。柔らかく笑っている。姿勢は控えめだが、視線は会議卓の資料からセラの端末へ移った。
他にも、領主府の軍務官僚らしき者が数名。交易組合と保険組合の立会人らしい者もいる。鹵獲物資の暫定登録と商船救難記録の照合に呼ばれたらしい。
なるほど。
今日は、皿泥棒が多い。
「来たか、レオン」
ガレス兄上が言った。
声は落ち着いていた。
「外縁での活動、ご苦労だった。領主府としても、お前の偶発的な戦果は評価している」
偶発的な戦果。
セラの眉が、わずかに動いた。
ノアの箱舟型投影が、端末の上で小さく明滅する。
『訂正候補――』
セラが端末の縁を指で押さえた。即座にノアは黙る。
俺は気にせず、席に着いた。
偶発でも何でも、兵が生きて戻ったならそれでいい。
ただし、その大事な物まで持っていくなら、話は別だ。
「まず、領主府として確認すべき事項がある」
ガレス兄上の横にいた軍務官僚が、手元の資料を開いた。
会議卓の上に、項目が投影される。
鹵獲物資。
ステーション17。
Fランク結晶。
登録不能巨大構造物。
第二艦隊の戦果記録。
アーク・ロズベルの異常修復技術。
なるほど。
本当に食堂ごと持っていく気らしい。
「第二艦隊が外縁で得た物資、施設、調査情報は、すべてロズベル領の軍事資産である」
軍務官僚が読み上げる。
「よって、領主府への上納および管理移譲を求める。具体的には、海賊からの鹵獲物資、外縁補給ステーション17の管理権、Fランク結晶に関する調査記録、登録不能構造物の調査データ、第二艦隊の外縁治安活動記録――」
「加えて」
ガレス兄上が言葉を継いだ。
「第二艦隊の戦果は、領主府主導の外縁治安回復作戦として再整理する。お前個人の手柄として扱うには、あまりに規模が大きい」
俺個人の手柄。
別に、そこにはあまり興味がない。
手柄は食えない。
だが、手柄を理由に飯を奪われるなら、話は変わる。
「第二艦隊が勝手に資産を抱え込んでいるように見えては困る」
ガレス兄上は、俺を見て言った。
「領主府の統制が疑われる。ロズベル領全体のためにも、成果は正しく管理されるべきだ」
「抱え込んではいない」
俺は言った。
会議卓の向こうで、ガレス兄上の目が細くなる。
「何?」
「食わせている」
軍務官僚が資料から顔を上げた。
「兵と捕虜にだ。水も飯も、寝る場所もいる」
ガレス兄上の眉間にしわが寄る。
「お前は、何の話をしている」
「皿の話だ」
「司令」
セラがたしなめるように小さく呟く。
「失礼しました。司令の言葉を、実務上の表現に直します」
セラは端末を操作し、会議卓の上に別の資料を投影した。
「海賊からの鹵獲物資のうち、医療品、浄水材、食料、補修材、簡易居住設備は、外部治安認定網へ現地補給資産として暫定登録済みです」
資料の端に、認定網の受信記録が並ぶ。
ガレス兄上の視線がそこへ動いた。
「捕虜引き渡し予定、負傷者保護、艦隊の応急修理に使用中のため、現時点で全量移送はできません。余剰分については、安全確認と捕虜引き渡し後に再計算します」
『補足。現時点での移送可能余剰、極小』
ノアの声が落ちた。
『全量移送時、第二艦隊医療班、補給班、捕虜管理班の稼働率低下を予測。捕虜保護および治安活動継続に支障』
軍務官僚が顔をしかめた。
「鹵獲品は領主府が管理するのが筋だ」
「管理報告は提出します」
セラは引かなかった。
「ただし、現物を今すぐ移すことはできません。余剰物資ではなく、現地補給に必要な資産です」
なかなか固い言い方だ。
俺なら、今日食う分、と言う。
だが、会議卓ではセラの言い方の方が通るらしい。
交易組合の立会人が、手元の端末に何かを記録している。捕虜や負傷者の話が出ている場で、ガレス兄上も強くは押し切れないようだった。
「では、ステーション17だ」
ガレス兄上の声が少し冷える。
「外縁補給ステーション17は、ロズベル領の旧施設群に含まれる可能性が高い。第二艦隊単独の判断で管理するには大きすぎる」
「ステーション17は、正式所有権が確定していません」
セラが即座に答えた。
「ただし、危険宙域での救難、治安維持、補給目的に限り、現地司令官判断による一時利用が認められます。現地再稼働規定に基づく仮使用ログは、すでに外部記録網へ送信済みです」
会議卓の上に、ステーション17の簡易図が浮かぶ。
まだ赤い区画が多い。
復旧済みは一部だけだ。
「施設は完全復旧していません。水再生、空調、簡易修理、捕虜一時収容、負傷者休息区画のみ最低限の稼働状態です。管理権だけを本星へ移しても、現地技術班なしでは維持できません」
「領主府の技術班を派遣すればいい」
ガレス兄上が言う。
セラは少しだけ息を吸った。
「内部安全確認が終わっていない区画があります。旧式防衛装置、未分類配線、登録不能構造物との通信痕跡もあります。実際、第二艦隊揚陸部隊は内部偵察中に防衛機械と交戦し、強化揚陸装甲にも損耗が出ています」
セラは、そこで一度言葉を切った。
「本星側で管理を引き継ぐ場合、未分類の防衛機械に対する突入手順と、損耗した部隊を回収する救出体制は用意されていますか」
ガレス兄上は、すぐには答えなかった。
ノアの箱舟型投影が、淡く明滅する。
『補足。領主府提出資料内に、同種の防衛機械との交戦記録、および対応手順は確認できません』
「ノア、言い方」
『訂正。確認には追加資料が必要です』
「……はい。その言い方でお願いします」
セラは兄上に向き直った。
「管理権だけを移しても、現場の安全責任まで引き継げるとは限りません」
彼女は、端末上のステーション17の簡易図を示した。
「いま必要なのは、所有権の主張ではありません。事故を起こさずに管理できるかです」
「皿を運ぶ者を変えるのはいい。中身を見ずに持つな」
俺が言うと、セラが一瞬だけこちらを見た。
「……比喩はともかく、実務上はその通りです」
ガレス兄上の指が、会議卓を軽く叩いた。
「次だ。Fランク結晶の件を出せ。確認地点、反応記録、採取可能量、すべて領主府に提出しろ」
「現時点で、本格採掘は行っていません」
セラが即座に答えた。
ガレス兄上の眉が動く。
「何?」
「提出可能なのは、表層観測ログ、反応地点の座標、露出部の映像記録、推定分布範囲までです。採取済みの少量サンプルは、ステーション17の封印区画で保管しています。追加採取は行っていません」
「なぜ追加採取していない」
「周辺区画の安全確認が終わっていないためです」
セラは会議卓の上に、表層観測記録を投影した。
灰色の外殻。細い結晶線。いくつもの未分類反応。
ただし、そこに映っているのは観測映像だ。
手元に置ける石ではない。
「登録不能構造物の外殻反応と連動しています。通常の鉱山跡から鉱石を拾う作業とは違います。採取手順を誤れば、構造物側の防衛装置や未分類回路に影響する可能性があります」
「Fランク結晶だぞ。採掘副産物にすぎん」
「公式分類上は、そうです」
セラは否定しなかった。
「ですが、現場条件が通常ではありません。低価値資源であっても、危険区画に露出しているなら安全確認が先です」
「では、いつ採取できる」
ガレス兄上が言った。
セラは端末から視線を上げた。
「現時点では、追加採取作業は予定していません」
「なぜだ」
「揚陸部隊に負傷者が出ています。強化揚陸装甲にも損耗があります。弾薬、医療品、補修部材にも余裕がありません」
セラの声は丁寧だった。
「十分な補給と増援があれば、検討は可能です」
ガレス兄上の眉間のしわが深くなる。
「第二艦隊は、領主府に不満を述べるために来たのか」
「いいえ。現場条件を報告しています」
セラは即答した。
「どうしても追加採取を命じるのであれば、領主府から人員、医療品、強化揚陸装甲の補修部材、弾薬、護衛戦力、調査機材の増派をお願いします」
『補足。現有戦力のみでの再突入は、推奨不能』
ノアが淡々と告げた。
『理由。負傷者、装備損耗、補給不足、危険区画未確定』
「ノア、言い方」
『訂正。現有戦力での再突入には、追加支援が必要です』
「……はい。その言い方でお願いします」
ガレス兄上は、すぐには答えなかった。
「では、巨大構造物のデータはどうだ」
ガレス兄上が言う。
「位置情報、外部構造、調査ログ、すべて提出しろ。領主府が判断する」
「表層調査ログは提出可能です」
セラは端末を操作した。
「位置情報、外部構造の概要、表層安全確認記録、初期観測ログ。これらは外部提出用にまとめています」
「深部データは?」
「未提出です」
軍務官僚たちの視線が、セラへ集まった。
ガレス兄上が低く言う。
「なぜだ!?」
「未解析の原記録は封印中。提出には、受領責任者と解析設備の指定が必要です。実際に我が揚陸部隊は防衛機械の攻撃により撤退を余儀なくされています」
「領主府を信用できないというのか」
ガレス兄上の声が大きくなった。
セラは背筋を伸ばした。
「信用の問題ではありません。安全手順の問題です」
『補足。安全手順省略時の事故発生確率、算出不能』
ノアの声は、相変わらず平らだった。
『理由。過去類例なし』
ガレス兄上がノアを睨む。
「便利な言葉だな、算出不能というのは」
『訂正。便利ではありません。不便です』
「ノア」
セラが今度は少し強めに止めた。
俺は会議卓の上に浮かぶ巨大構造物の外殻図を見た。
灰色の表示の奥に、あのとき感じた深い流れを思い出す。
あれは止まっていなかった。
こちらの働きかけに、確かに反応した。
前世でも、そういう術式はいくつもあった。
「分からんものは、分からんまま触るな」
俺が言うと、ガレス兄上の顔がさらに険しくなった。
「お前は、領主府に指図するつもりか」
「違う」
俺は首を振った。
「鍋の中身が分からんのに、手を突っ込むなと言っているだけだ」
「比喩が悪化しています」
セラが小声で言った。
だが、否定はしなかった。
ルシアンが、そこで両手を軽く組んだ。
「整理しましょう」
静かな声だった。
彼はセラの方を見る。
「第二艦隊は提出を拒んでいるのではなく、安全な範囲で段階的に提出する。そういう理解でよろしいですか」
「はい」
セラが答える。
「外部提出用の要約ログ、表層調査記録、捕虜引き渡し予定、鹵獲物資の概算報告。これらは提出できます」
「なるほど。実に慎重だ」
ルシアンは微笑んだまま、会議卓の資料へ視線を落とした。
「第二艦隊は、ずいぶん口が達者になったな」
ガレス兄上が言った。
セラは何も言わなかった。
代わりに、俺が答えた。
「空腹が満たされれば、人は少し話せるようになる」
「司令、そういう問題ではありません」
セラがすぐに言う。
ノアの投影が小さく明滅した。
『補足。栄養状態と発話能力には一定の相関が――』
「ノアも乗らないでください」
『了解』
会議室の端で、交易組合の立会人が小さく咳払いした。
笑いをこらえたのか、ただ喉が鳴っただけかは分からない。
ガレス兄上だけは、まったく笑っていなかった。
今日この場で動かされるのは、報告と要約だけになった。
兵が使う物資も、ステーション17も残る。
まずは、それでいい。
ガレス兄上は、しばらく黙っていた。
それから、ゆっくりと手元の端末を操作した。
会議室の壁面に投影されていた第一艦隊旗艦の図が、大きくなる。
白い艦。
港で見た、あの艦だ。
艦尾が焼け、主推進器まわりが赤く染まり、いくつもの警告表示が重なっている。
「では、別の話をしよう」
ガレス兄上が言った。
「第一艦隊旗艦のことは、知っているな?」
「港で見た」
「なら話は早い」
ガレス兄上は、そこで少しだけ表情を緩めた。
「レオン。お前には、あの船の修理を手伝ってもらいたい」
セラの指が、端末の上で止まる。
ノアの箱舟型投影が、静かに明滅した。
「第二艦隊は、誰もが使い物にならないと思っていた。だが、お前は短期間で旗艦を蘇らせ、海賊を退け、《アーク》を自力で本星まで戻した」
ガレス兄上は、会議卓に指を置いた。
「その腕は評価している。領主府としてもな」
「第一艦隊旗艦は、ロズベル領の正規主力だ。あれが動かなければ、本星防衛にも交易路防衛にも支障が出る」
ガレス兄上の声が少し低くなる。
「第二艦隊を立て直したのだ。領主府直属の旗艦を直すことも、お前なら不可能ではあるまい」
「領主閣下」
セラが口を開きかけた。
だが、ガレス兄上はそれを遮るように続ける。
「これは命令ではない。期待だ」
「ロズベル家の一員として、領のために働く機会を与える。第一艦隊旗艦を修理しろ、レオン」
セラの指が、端末の上で止まった。
俺は、すぐには答えない。
すると、ノアが先に告げた。
『第一艦隊旗艦、損傷記録照合中』
俺は白い艦の艦尾を見た。
港で見たときにも分かった。
表面だけ直して済む傷ではない。
古い道具を直すなら、表面より中を見る。
あの船も同じだ。
「レオン、やってくれるな?」
ガレス兄上が言う。
俺は投影図から目を離さなかった。
「あの船は、すぐに飛べるような船じゃない」
ガレス兄上の顔が歪む。
「何だと!?」
「あの船は、推進器だけ取り替えて済む傷じゃない」
俺は言った。
「あの旗艦を正規の手順で直している間、第一艦隊は主力の重巡洋艦を欠いたままになる。次の海賊が来れば、本星周辺と交易路の両方へ十分な戦力は回せない」
ガレス兄上の手が止まった。
「……旗艦の修理を待つ余裕がないと言うのか?」
「今のままならな」
俺は会議卓の上に投影された第二艦隊の配置図を見た。
古く傷んではいるが、まだ動ける艦が並んでいる。
「ただし、防衛を立て直す腹案はある」
ガレス兄上がこちらを睨む。
「何をするつもりだ?」
俺は、灰色のアーク・ロズベルの艦影を指した。
「第一艦隊旗艦は後だ。今動ける船を先に強くする」