前世が大魔道士だった俺、宇宙戦艦を魔改造して銀河を成り上がる 〜退役寸前のゴミ艦隊ですが、魔法で動かせば最強です〜 作:オカノヒカル
艦載AI《ノア》に異常物扱いされたまま、俺は艦橋の星を眺めていた。
壁の警告表示は、まだ消えていない。
『第二艦隊主要士官が、艦橋後方区画に集合しています』
「ああ。顔合わせか」
『肯定。ただし、士気低下、疲労、睡眠不足、栄養状態の悪化が複数名に確認されています』
「見ればわかる」
『視認前に判断した理由を照会します』
「空気が重い」
『空気成分に異常なし』
「そういう意味ではない」
この船とは、しばらく話し合いが必要そうだ。
艦橋を出ようとすると、扉が途中で引っかかり、金属同士が擦れる音を立てた。
「ここもか」
引っかかる場所がわかる船は、直しやすい。
**
後方区画には、主要士官と各部署の代表が並んでいた。
一応、敬礼はしている。腕は上がり、姿勢も軍人らしい。だが、目に力がない。
命令には従っているが、俺に対して何も期待していない顔だった。
「第二艦隊司令官、レオン・ロズベルだ」
名乗ると、列の中から小声が漏れた。
「領主家の三男だろ」
「軍歴らしい軍歴もないって聞いたぞ」
「貴族の坊ちゃんが、この棺桶をどうしろっていうんだ」
「これで本当に終わりだな」
「領主家は、俺たちを捨てたんだ」
小声だが、よく聞こえる。
魔道士は耳がいい。前世では、物音を聞き逃せば命に関わる場面も珍しくなかった。だが、ここで聞こえる声には、怒る力さえ残っていなかった。
侮られてはいるが、腹は立たない。
俺を追い出そうとする者も、食ってかかる者もいない。皆、そこまで元気ではないらしい。
腹を空かせ、ろくに眠れず、給金も遅れ、壊れた船に乗せられたまま、上から見捨てられている。
こういう顔には覚えがある。
怒るだけの力もなく、ただ今日をやり過ごすだけで精一杯になった者の顔だ。
心が折れるのではない。腹が減って、支えを失うのだ。
列の中から、一人の士官が進み出た。十代にも見える若い女だ。黒髪のボブで、前髪が綺麗に切りそろえられているのが特徴的。第二艦隊の副官章をつけていた。
ただし、制服の袖はまくり上げられ、片手には端末、腰には小さな工具袋が下がっている。副官というより、機関室から引きずり出されてきた技術者に見える。目の下には薄い隈もあった。
俺が来る直前まで、この棺桶のどこかを修理していたのだろう。
「第二艦隊副官兼技術士官、セラ・ヴィルナーです。出迎えが遅れ、申し訳ありません。旗艦の不調対応に追われていました」
声は固い。敬意はあるが、俺に対しての信用はない。わかりやすくていい。
「案内を頼む」
「はい。まず、着任時の現況報告を行います。その後、艦内をご案内します」
セラは一瞬だけ目を見開いた。もっと偉そうな貴族が来ると思っていたのだろう。
威張ったところで、壊れた物は直らない。そんなことは前世で嫌というほど覚えた。
「技術部門も兼任していますので、艦の状態説明は私から行います」
セラは端末を操作しながら歩き出した。俺もその後に続く。
通路に出ると、艦の古さがよくわかった。壁の装甲板は継ぎ接ぎだらけで、古い焼け跡を覆うように補修板が貼られている。配管はむき出しになり、保護カバーもところどころ外れたままだ。
照明の明るさも一定ではない。白く照らされた区画を抜けると、次の区画では足元まで薄暗くなる。
「炉心の出力は規格値を下回っています。燃料残量も安全域とは言えません。主砲は一応稼働しますが、照準系が不安定です。シールド発生器は起動ごとに出力が揺れます。空調は区画によって差があり、医療区画は薬品不足。食堂は最低限。給料も二か月、滞っています」
「ひどいな……」
「艦隊全体は、この《アーク・ロズベル》を含めて六隻です。旧式戦艦一隻、軽巡洋艦一隻、フリゲート二隻、補給工作艦一隻、調査艦一隻」
「……ずいぶんと貧相な部隊配置じゃないか」
「さらにこの軽巡洋艦は、退役後に訓練艦へ回されていた船です。ほかも旧式か、廃止予定か、故障を抱えた艦ばかり。専用揚陸艦も、高速迎撃用の駆逐艦もありません」
「ずいぶん、ワケありだな。寄せ集めということか」
「はい。余った艦を、一つの艦隊番号へ押し込んだだけです」
そこでセラは言葉を切り、端末を握り直した。
「加えて、前任の司令官は旧鉱山帯外縁での戦闘で亡くなりました。本来なら、この艦隊は後方で修理と補給を受けるべき状態です」
「よく動いているな」
セラが足を止め、振り返った。
「……褒めているんですか?」
「もちろん」
この状態で動いている。それは、誰かが絶えず手を入れてきたということだ。放置された道具なら、もっと早く動かなくなっている。
「司令」
セラは声を低くした。
「勘違いしないでください。この艦は戦艦というより、武装した廃材置き場です。下手に触れば、本当に死にますから」
「誰が」
「私たち全員です」
「なるほど」
古い魔道具でも同じだ。詰まった魔力導管を無理に通せば爆ぜるし、ひび割れた杖に大魔法を流せば、持ち主の手まで吹き飛ぶ。
壊れた道具には、壊れた道具なりの扱い方がある。
俺は壁際の配管に手を当てた。金属越しに、細く不規則な振動が指へ伝わってくる。
「息が浅いな」
「息?」
セラが眉を寄せる。
「この配管だ。流れが鈍い」
「圧力低下はしています。ただ、計器も見ずにどうして」
「触ればわかる」
「普通はわかりません」
「そうか?」
俺にはわかるのだがな。
セラは口を開きかけ、何も言わずに歩き出した。
**
主砲管制区画は、さらに暗かった。
扉の横には、黄色い警告表示が何枚も貼られている。
【立入制限 要整備 高温注意】
古い警告文の上に新しい警告が重ねられ、その上から応急処置の札までぶら下がっていた。警告も重ね着をするらしい。
「艦首主砲です」
セラが端末を掲げると、壁面に簡易図面が浮かび上がった。砲身、出力導管、照準補助、放熱板。科学文明の図面だが、俺には別のものにも見える。
巨大な杖だ。長く、重く、芯が曲がっている。
「一応、撃てます。ただし、照準補正系が不安定です。最大出力で撃てば、敵に当たる前に艦首側の構造材が焼ける可能性があります」
「杖の芯が曲がっているな」
昔使っていた魔道杖を思い出す。曲がった杖だと照準を合わせるのが大変だ。
「杖?」
「ああ、こちらの言い方だ」
「主砲です」
「長くて、力を通して、先端から撃つ。杖だろう」
セラは数秒黙り、鼻からゆっくり息を吐いた。
「司令。軍用艦の主砲を杖と呼ぶのは、少なくとも整備記録上は初めてです」
「では記録しておけ」
「記録したくありません」
真面目な顔で言うので、少し面白い。
俺は主砲管制盤の縁に指を滑らせた。指先に埃がつき、焼けた絶縁材の匂いが鼻を刺す。
応急処置の跡は多い。放置されていたわけではない。ただ、手が足りなかったのだろう。
「ここで力が逃げている」
「そこは補助導管です。確かに損耗していますが、主原因ではありません」
「主原因ではないが、癖にはなっている」
「癖?」
「古い道具は、癖のついた場所から壊れる」
「……それは、少しだけわかりますが」
セラの視線が管制盤へ落ちた。警戒は消えていないが、傷んだ縁をなぞる指先は丁寧だった。
この女は機械が好きなのだろう。壊れた船を、ただの鉄屑として見ていない。
「直したいのか?」
「直せるなら、とっくに直しています」
「物資がないのか?」
「部品も、人員も、予算も、時間もありません」
「燃料は?」
「ありません」
「飯は?」
「……最低限は」
「寝台は?」
「なぜ寝台を気にするんですか」
「硬い寝台は戦に差し支える」
セラは額を押さえた。
「そうですね……そこは否定しきれないのが嫌です」
**
居住区は、想像以上に悪かった。
狭く、寒い。部屋の中も防音が効いておらず、機械音が絶えず響いている。
兵たちは通路脇で作業していたが、俺を見ると手を止めて敬礼した。形だけは整っているものの、頬はこけ、目元には疲れが溜まっている。
食堂では、ちょうど食事が配られていた。
銀色のトレーに、灰色のブロックが載っている。湯気も匂いもない。兵たちは会話もせず、固そうな塊を黙って噛んでいた。
食事というより、補給作業だ。
「これは飯ではないな」
「合成食です。栄養基準は満たしています」
「燃料だ」
「……まあ、味については否定しません」
「温かくもない」
「加熱設備が不安定なので。温めると、別区画の空調が落ちることがあります」
「食事を温めると、風が止まるのか?」
「この艦では、そういうことがあります」
なるほど。いよいよ直しがいがある。
兵の一人がこちらを見ていた。まだ少年と言っても通じる顔だ。目が合うと、すぐに視線をトレーへ落とした。
灰色の塊は半分以上残っている。腹は減っているはずなのに、口へ運ぶ手が動かない。
「司令?」
セラが俺の顔を覗き込む。
「どうしました」
「いや」
ここで俺が料理を作るわけにはいかない。材料も設備も見ていないし、まずは船の心臓だ。
飯は大事だが、船が止まれば食堂ごと棺桶になる。
「後で見る」
「何をですか」
「食堂だ」
セラはまた何か言いたそうにしたが、唇を結んだ。
**
炉心区画へ向かう通路は、他の区画よりさらに古かった。
壁は厚く、床から伝わる振動も重い。空気には熱せられた金属の匂いが混じり、艦の奥から低い唸りが絶えず響いている。
船の心臓にあたる、炉心だ。
この世界の者にとっては、科学文明の機械なのだろう。だが俺には、空気の通りが悪い
燃料は入っている。火も消えてはいない。
ただ、炉の内部で力の流れが何度もぶつかり、せっかく生まれた熱が外へ逃げている。
外にはエーテルが満ちているが、いまの炉には、それを取り込む道そのものがない。
まずは内部の流れを整える必要がある。
「司令、ここから先は炉心管理区画です。許可なく触れないでください」
「許可は誰が出す?」
「……司令官です」
「俺だな」
「そうですが……そういう意味ではありません」
天井のスピーカーが鳴った。AIのノアの声だ。
『警告。炉心隔壁への接触には、技術責任者の立会いと作業手順の承認が必要です』
「技術責任者は誰だ?」
「私です」
セラが小さく手を挙げる。
「なら、立ち会っているな」
『形式要件の一部を充足。安全要件は未充足です』
セラがこめかみを押さえた。
「ノア、そこで突破された扱いにしないでください」
『訂正。敗北ではありません。手続き処理上の制約です』
「同じです」
普段からこんな調子なのだろう。仲が良いな、この二人は。いや、一人と一隻か。
俺は炉心隔壁の前に立った。分厚い金属板の表面には細かな傷が走り、整備タグが何度も貼り直されている。
指先を近づけると、セラの声が鋭くなった。
「司令、副官として申し上げます。そこには触れないでください。隔壁の内側には炉心制御系があります。未登録の干渉を加えないでください」
「少しだけ、流れを整える」
「何のですか?」
「炉の中だ」
「どうやって?」
「それはまあ……こうやって?」
俺は隔壁に手をかざす。
セラの眉間に皺が寄った。さらにノアが警告を続ける。
『警告。炉心内部に対する未登録干渉を予告として記録』
「まだ触れていないぞ」
『実行前の中止を推奨します』
「少し整えるだけだ」
『その説明によって、安全性は確認できません』
「では、見て確認しておけ」
隔壁に指を当てる。金属は冷たいが、その奥には熱がある。さらに深く探ると、重く鈍い流れが指先へ返ってきた。
炉心は動いている。
だが、内部の流れが何度もぶつかり、力を無駄にしている。
俺は指先に、ごく小さな術式を灯した。手のひらにも満たない黄金の輪だ。
前世なら、野営の竈に風を送り、煙を逃がす時に使った程度の魔法でしかない。
隔壁の表面に細い光が走る。装甲の継ぎ目をたどり、古い傷を避け、配線に沿って短く明滅した。
『警告。未登録の干渉を検知』
ノアの声が一度途切れる。
「干渉? 術式を通しただけだが」
『術式という分類項目は存在しません』
『警告。分類不能干渉を検知』
「律儀だな」
「感心している場合ですか!」
セラの声が裏返った。
俺は術式を絞る。
いま触れているのは、炉心内部の流れだけだ。
互いにぶつかっている経路を少しずつずらし、力が同じ方向へ流れるように揃える。
外から新しい力を入れる必要はない。
まずは、いま燃えている火をまともに使えるようにすればいい。
艦が震えた。
大きくはない。床から伝わる振動が一度沈み、続いて低く長い唸りが通路を走る。
照明が一瞬だけ強く明滅した。
遠くで複数の警告音が重なり、空調の唸りが一拍だけ途切れる。
『炉心出力、急上昇』
『艦内電力供給、瞬間増加。安定性なし』
セラは端末を覗き込み、目を見開いた。
「……待ってください」
「待っている」
「いえ、そういう意味ではなく」
指が端末の上を素早く走る。警戒していても、異常を見れば先に手が動くらしい。やはり副官というより技術者だ。
「燃料投入量は変わっていません。補助系も動かしていない。制御棒も、冷却系も、何も変更されていないはずなのに……」
「詰まっていたからな」
「何がですか?」
「呼吸だ」
「炉心は呼吸しません!」
『現在、呼吸に類似する未登録反応を検出しています』
「ノアまで変なことを言わないで!」
『事実報告です』
「その事実が変なんです!」
セラは端末を睨みつけたあと、炉心隔壁へ視線を移した。口元は強く結ばれているが、目だけは黄金の線を追っている。
こういう目をした技術者は、たいてい厄介だ。だが、壊れた船を直すには、その厄介さが要る。
俺は隔壁から指を離した。
表面の光は消えたが、炉心内部の流れは先ほどより滑らかになっている。
ぶつかっていた流れの向きを、ひとまず揃えただけだ。
これだけでも、無駄に逃げていた力は減る。
ただし、外のエーテルを取り込むには、炉心そのものへ別の術式を組む必要があった。
それは診察の範囲を越える。
「やはり、死んではいないな」
「司令」
「なんだ?」
「いま、炉心に何をしました?」
「軽く脈を見ただけだ」
「脈?」
「まだ治療ではない」
「治療?」
セラは平坦な声で復唱した。さっきまで端末の上を走っていた指も止まっている。
『警告。炉心出力、規定値接近』
「ノア。接近とは、どの程度ですか」
『規定値に到達』
「到達!?」
『訂正。規定値を超過』
セラの顔から血の気が引いた。端末に赤い警告が並び、通路の警告灯が一斉に点滅する。
遠くの区画から、兵たちのざわめきが届いた。
「炉心出力が……」
セラは端末を見直し、それから俺を見た。
「規格値を、超えています」
俺は炉心隔壁を見上げた。炉心の唸りは、先ほどより低く、一定になっている。
「まだ、軽く脈を見ただけだが」
その直後、艦内の警告音がさらに一段高くなった。