前世が大魔道士だった俺、宇宙戦艦を魔改造して銀河を成り上がる 〜退役寸前のゴミ艦隊ですが、魔法で動かせば最強です〜   作:オカノヒカル

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第2話 ゴミ処理部隊へ送られた司令官、棺桶を診察する

 艦載AI《ノア》に異常物扱いされたまま、俺は艦橋の星を眺めていた。

 壁の警告表示は、まだ消えていない。

 

『第二艦隊主要士官が、艦橋後方区画に集合しています』

「ああ。顔合わせか」

『肯定。ただし、士気低下、疲労、睡眠不足、栄養状態の悪化が複数名に確認されています』

「見ればわかる」

『視認前に判断した理由を照会します』

「空気が重い」

『空気成分に異常なし』

「そういう意味ではない」

 

 この船とは、しばらく話し合いが必要そうだ。

 

 艦橋を出ようとすると、扉が途中で引っかかり、金属同士が擦れる音を立てた。

 

「ここもか」

 

 引っかかる場所がわかる船は、直しやすい。

 

**

 

 後方区画には、主要士官と各部署の代表が並んでいた。

 

 一応、敬礼はしている。腕は上がり、姿勢も軍人らしい。だが、目に力がない。

 命令には従っているが、俺に対して何も期待していない顔だった。

 

「第二艦隊司令官、レオン・ロズベルだ」

 

 名乗ると、列の中から小声が漏れた。

 

「領主家の三男だろ」

「軍歴らしい軍歴もないって聞いたぞ」

「貴族の坊ちゃんが、この棺桶をどうしろっていうんだ」

「これで本当に終わりだな」

「領主家は、俺たちを捨てたんだ」

 

 小声だが、よく聞こえる。

 

 魔道士は耳がいい。前世では、物音を聞き逃せば命に関わる場面も珍しくなかった。だが、ここで聞こえる声には、怒る力さえ残っていなかった。

 

 侮られてはいるが、腹は立たない。

 俺を追い出そうとする者も、食ってかかる者もいない。皆、そこまで元気ではないらしい。

 

 腹を空かせ、ろくに眠れず、給金も遅れ、壊れた船に乗せられたまま、上から見捨てられている。

 

 こういう顔には覚えがある。

 怒るだけの力もなく、ただ今日をやり過ごすだけで精一杯になった者の顔だ。

 

 心が折れるのではない。腹が減って、支えを失うのだ。

 

 列の中から、一人の士官が進み出た。十代にも見える若い女だ。黒髪のボブで、前髪が綺麗に切りそろえられているのが特徴的。第二艦隊の副官章をつけていた。

 

 ただし、制服の袖はまくり上げられ、片手には端末、腰には小さな工具袋が下がっている。副官というより、機関室から引きずり出されてきた技術者に見える。目の下には薄い隈もあった。

 

 俺が来る直前まで、この棺桶のどこかを修理していたのだろう。

 

「第二艦隊副官兼技術士官、セラ・ヴィルナーです。出迎えが遅れ、申し訳ありません。旗艦の不調対応に追われていました」

 

 声は固い。敬意はあるが、俺に対しての信用はない。わかりやすくていい。

 

「案内を頼む」

「はい。まず、着任時の現況報告を行います。その後、艦内をご案内します」

 

 セラは一瞬だけ目を見開いた。もっと偉そうな貴族が来ると思っていたのだろう。

 威張ったところで、壊れた物は直らない。そんなことは前世で嫌というほど覚えた。

 

「技術部門も兼任していますので、艦の状態説明は私から行います」

 

 セラは端末を操作しながら歩き出した。俺もその後に続く。

 

 通路に出ると、艦の古さがよくわかった。壁の装甲板は継ぎ接ぎだらけで、古い焼け跡を覆うように補修板が貼られている。配管はむき出しになり、保護カバーもところどころ外れたままだ。

 

 照明の明るさも一定ではない。白く照らされた区画を抜けると、次の区画では足元まで薄暗くなる。

 

「炉心の出力は規格値を下回っています。燃料残量も安全域とは言えません。主砲は一応稼働しますが、照準系が不安定です。シールド発生器は起動ごとに出力が揺れます。空調は区画によって差があり、医療区画は薬品不足。食堂は最低限。給料も二か月、滞っています」

「ひどいな……」

「艦隊全体は、この《アーク・ロズベル》を含めて六隻です。旧式戦艦一隻、軽巡洋艦一隻、フリゲート二隻、補給工作艦一隻、調査艦一隻」

「……ずいぶんと貧相な部隊配置じゃないか」

「さらにこの軽巡洋艦は、退役後に訓練艦へ回されていた船です。ほかも旧式か、廃止予定か、故障を抱えた艦ばかり。専用揚陸艦も、高速迎撃用の駆逐艦もありません」

「ずいぶん、ワケありだな。寄せ集めということか」

「はい。余った艦を、一つの艦隊番号へ押し込んだだけです」

 

 そこでセラは言葉を切り、端末を握り直した。

 

「加えて、前任の司令官は旧鉱山帯外縁での戦闘で亡くなりました。本来なら、この艦隊は後方で修理と補給を受けるべき状態です」

「よく動いているな」

 

 セラが足を止め、振り返った。

 

「……褒めているんですか?」

「もちろん」

 

 この状態で動いている。それは、誰かが絶えず手を入れてきたということだ。放置された道具なら、もっと早く動かなくなっている。

 

「司令」

 

 セラは声を低くした。

 

「勘違いしないでください。この艦は戦艦というより、武装した廃材置き場です。下手に触れば、本当に死にますから」

「誰が」

「私たち全員です」

「なるほど」

 

 古い魔道具でも同じだ。詰まった魔力導管を無理に通せば爆ぜるし、ひび割れた杖に大魔法を流せば、持ち主の手まで吹き飛ぶ。

 

 壊れた道具には、壊れた道具なりの扱い方がある。

 

 俺は壁際の配管に手を当てた。金属越しに、細く不規則な振動が指へ伝わってくる。

 

「息が浅いな」

「息?」

 

 セラが眉を寄せる。

 

「この配管だ。流れが鈍い」

「圧力低下はしています。ただ、計器も見ずにどうして」

「触ればわかる」

「普通はわかりません」

「そうか?」

 

 俺にはわかるのだがな。

 

 セラは口を開きかけ、何も言わずに歩き出した。

 

**

 

 主砲管制区画は、さらに暗かった。

 

 扉の横には、黄色い警告表示が何枚も貼られている。

 

 【立入制限 要整備 高温注意】

 

 古い警告文の上に新しい警告が重ねられ、その上から応急処置の札までぶら下がっていた。警告も重ね着をするらしい。

 

「艦首主砲です」

 

 セラが端末を掲げると、壁面に簡易図面が浮かび上がった。砲身、出力導管、照準補助、放熱板。科学文明の図面だが、俺には別のものにも見える。

 

 巨大な杖だ。長く、重く、芯が曲がっている。

 

「一応、撃てます。ただし、照準補正系が不安定です。最大出力で撃てば、敵に当たる前に艦首側の構造材が焼ける可能性があります」

「杖の芯が曲がっているな」

 

 昔使っていた魔道杖を思い出す。曲がった杖だと照準を合わせるのが大変だ。

 

「杖?」

「ああ、こちらの言い方だ」

「主砲です」

「長くて、力を通して、先端から撃つ。杖だろう」

 

 セラは数秒黙り、鼻からゆっくり息を吐いた。

 

「司令。軍用艦の主砲を杖と呼ぶのは、少なくとも整備記録上は初めてです」

「では記録しておけ」

「記録したくありません」

 

 真面目な顔で言うので、少し面白い。

 

 俺は主砲管制盤の縁に指を滑らせた。指先に埃がつき、焼けた絶縁材の匂いが鼻を刺す。

 応急処置の跡は多い。放置されていたわけではない。ただ、手が足りなかったのだろう。

 

「ここで力が逃げている」

「そこは補助導管です。確かに損耗していますが、主原因ではありません」

「主原因ではないが、癖にはなっている」

「癖?」

「古い道具は、癖のついた場所から壊れる」

「……それは、少しだけわかりますが」

 

 セラの視線が管制盤へ落ちた。警戒は消えていないが、傷んだ縁をなぞる指先は丁寧だった。

 

 この女は機械が好きなのだろう。壊れた船を、ただの鉄屑として見ていない。

 

「直したいのか?」

「直せるなら、とっくに直しています」

「物資がないのか?」

「部品も、人員も、予算も、時間もありません」

「燃料は?」

「ありません」

「飯は?」

「……最低限は」

「寝台は?」

「なぜ寝台を気にするんですか」

「硬い寝台は戦に差し支える」

 

 セラは額を押さえた。

 

「そうですね……そこは否定しきれないのが嫌です」

 

**

 

 居住区は、想像以上に悪かった。

 

 狭く、寒い。部屋の中も防音が効いておらず、機械音が絶えず響いている。

 

 兵たちは通路脇で作業していたが、俺を見ると手を止めて敬礼した。形だけは整っているものの、頬はこけ、目元には疲れが溜まっている。

 

 食堂では、ちょうど食事が配られていた。

 

 銀色のトレーに、灰色のブロックが載っている。湯気も匂いもない。兵たちは会話もせず、固そうな塊を黙って噛んでいた。

 

 食事というより、補給作業だ。

 

「これは飯ではないな」

「合成食です。栄養基準は満たしています」

「燃料だ」

「……まあ、味については否定しません」

「温かくもない」

「加熱設備が不安定なので。温めると、別区画の空調が落ちることがあります」

「食事を温めると、風が止まるのか?」

「この艦では、そういうことがあります」

 

 なるほど。いよいよ直しがいがある。

 

 兵の一人がこちらを見ていた。まだ少年と言っても通じる顔だ。目が合うと、すぐに視線をトレーへ落とした。

 

 灰色の塊は半分以上残っている。腹は減っているはずなのに、口へ運ぶ手が動かない。

 

「司令?」

 

 セラが俺の顔を覗き込む。

 

「どうしました」

「いや」

 

 ここで俺が料理を作るわけにはいかない。材料も設備も見ていないし、まずは船の心臓だ。

 

 飯は大事だが、船が止まれば食堂ごと棺桶になる。

 

「後で見る」

「何をですか」

「食堂だ」

 

 セラはまた何か言いたそうにしたが、唇を結んだ。

 

**

 

 炉心区画へ向かう通路は、他の区画よりさらに古かった。

 

 壁は厚く、床から伝わる振動も重い。空気には熱せられた金属の匂いが混じり、艦の奥から低い唸りが絶えず響いている。

 

 船の心臓にあたる、炉心だ。

 

 この世界の者にとっては、科学文明の機械なのだろう。だが俺には、空気の通りが悪い(かまど)に見えた。

 燃料は入っている。火も消えてはいない。

 ただ、炉の内部で力の流れが何度もぶつかり、せっかく生まれた熱が外へ逃げている。

 

 外にはエーテルが満ちているが、いまの炉には、それを取り込む道そのものがない。

 まずは内部の流れを整える必要がある。

 

「司令、ここから先は炉心管理区画です。許可なく触れないでください」

「許可は誰が出す?」

「……司令官です」

「俺だな」

「そうですが……そういう意味ではありません」

 

 天井のスピーカーが鳴った。AIのノアの声だ。

 

『警告。炉心隔壁への接触には、技術責任者の立会いと作業手順の承認が必要です』

「技術責任者は誰だ?」

「私です」

 

 セラが小さく手を挙げる。

 

「なら、立ち会っているな」

『形式要件の一部を充足。安全要件は未充足です』

 

 セラがこめかみを押さえた。

 

「ノア、そこで突破された扱いにしないでください」

『訂正。敗北ではありません。手続き処理上の制約です』

「同じです」

 

 普段からこんな調子なのだろう。仲が良いな、この二人は。いや、一人と一隻か。

 

 俺は炉心隔壁の前に立った。分厚い金属板の表面には細かな傷が走り、整備タグが何度も貼り直されている。

 

 指先を近づけると、セラの声が鋭くなった。

 

「司令、副官として申し上げます。そこには触れないでください。隔壁の内側には炉心制御系があります。未登録の干渉を加えないでください」

「少しだけ、流れを整える」

「何のですか?」

「炉の中だ」

「どうやって?」

「それはまあ……こうやって?」

 

 俺は隔壁に手をかざす。

 セラの眉間に皺が寄った。さらにノアが警告を続ける。

 

『警告。炉心内部に対する未登録干渉を予告として記録』

「まだ触れていないぞ」

『実行前の中止を推奨します』

「少し整えるだけだ」

『その説明によって、安全性は確認できません』

「では、見て確認しておけ」

 

 隔壁に指を当てる。金属は冷たいが、その奥には熱がある。さらに深く探ると、重く鈍い流れが指先へ返ってきた。

 

 炉心は動いている。

 だが、内部の流れが何度もぶつかり、力を無駄にしている。

 

 俺は指先に、ごく小さな術式を灯した。手のひらにも満たない黄金の輪だ。

 前世なら、野営の竈に風を送り、煙を逃がす時に使った程度の魔法でしかない。

 隔壁の表面に細い光が走る。装甲の継ぎ目をたどり、古い傷を避け、配線に沿って短く明滅した。

 

『警告。未登録の干渉を検知』

 

 ノアの声が一度途切れる。

 

「干渉? 術式を通しただけだが」

『術式という分類項目は存在しません』

『警告。分類不能干渉を検知』

「律儀だな」

「感心している場合ですか!」

 

 セラの声が裏返った。

 

 俺は術式を絞る。

 いま触れているのは、炉心内部の流れだけだ。

 互いにぶつかっている経路を少しずつずらし、力が同じ方向へ流れるように揃える。

 

 外から新しい力を入れる必要はない。

 まずは、いま燃えている火をまともに使えるようにすればいい。

 

 艦が震えた。

 

 大きくはない。床から伝わる振動が一度沈み、続いて低く長い唸りが通路を走る。

 照明が一瞬だけ強く明滅した。

 遠くで複数の警告音が重なり、空調の唸りが一拍だけ途切れる。

 

『炉心出力、急上昇』

『艦内電力供給、瞬間増加。安定性なし』

 

 セラは端末を覗き込み、目を見開いた。

 

「……待ってください」

「待っている」

「いえ、そういう意味ではなく」

 

 指が端末の上を素早く走る。警戒していても、異常を見れば先に手が動くらしい。やはり副官というより技術者だ。

 

「燃料投入量は変わっていません。補助系も動かしていない。制御棒も、冷却系も、何も変更されていないはずなのに……」

「詰まっていたからな」

「何がですか?」

「呼吸だ」

「炉心は呼吸しません!」

『現在、呼吸に類似する未登録反応を検出しています』

「ノアまで変なことを言わないで!」

『事実報告です』

「その事実が変なんです!」

 

 セラは端末を睨みつけたあと、炉心隔壁へ視線を移した。口元は強く結ばれているが、目だけは黄金の線を追っている。

 

 こういう目をした技術者は、たいてい厄介だ。だが、壊れた船を直すには、その厄介さが要る。

 

 俺は隔壁から指を離した。

 表面の光は消えたが、炉心内部の流れは先ほどより滑らかになっている。

 ぶつかっていた流れの向きを、ひとまず揃えただけだ。

 

 これだけでも、無駄に逃げていた力は減る。

 ただし、外のエーテルを取り込むには、炉心そのものへ別の術式を組む必要があった。

 

 それは診察の範囲を越える。

 

「やはり、死んではいないな」

「司令」

「なんだ?」

「いま、炉心に何をしました?」

「軽く脈を見ただけだ」

「脈?」

「まだ治療ではない」

「治療?」

 

 セラは平坦な声で復唱した。さっきまで端末の上を走っていた指も止まっている。

 

『警告。炉心出力、規定値接近』

「ノア。接近とは、どの程度ですか」

『規定値に到達』

「到達!?」

『訂正。規定値を超過』

 

 セラの顔から血の気が引いた。端末に赤い警告が並び、通路の警告灯が一斉に点滅する。

 

 遠くの区画から、兵たちのざわめきが届いた。

 

「炉心出力が……」

 

 セラは端末を見直し、それから俺を見た。

 

「規格値を、超えています」

 

 俺は炉心隔壁を見上げた。炉心の唸りは、先ほどより低く、一定になっている。

 

「まだ、軽く脈を見ただけだが」

 

 その直後、艦内の警告音がさらに一段高くなった。

 

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