前世が大魔道士だった俺、宇宙戦艦を魔改造して銀河を成り上がる 〜退役寸前のゴミ艦隊ですが、魔法で動かせば最強です〜 作:オカノヒカル
「動ける船を、先に強くする」
俺がそう言うと、誰もすぐには返さなかった。
黒い会議卓の上で、ホログラムの二つの艦影が並んでいる。
白い第一艦隊旗艦――重巡洋艦。
灰色の《アーク・ロズベル》。
片方は立派で、艦尾を焼かれて動けない。
片方は四角く、古く、ところどころ継ぎ接ぎで、それでも本星まで帰ってきた。
どちらが美しいかと聞かれれば、白い方だろう。
どちらが今すぐ動くかと聞かれれば、灰色の方だ。
船は飾って眺めるものではない。
動いて、兵を運んで、敵の前に立って、それで初めて船だ。
「何を言っている」
ガレス兄上の声が低くなった。
「第一艦隊旗艦を直せと言っているのだ。第二艦隊の棺桶は動かせたのだろう。ならば、領主府直属の旗艦を直せ」
棺桶。
その言葉に、セラの眉がわずかに動く。
ノアの箱舟型投影も、端末の上で小さく明滅した。
『訂正候補。《アーク・ロズベル》は現時点で稼働中の第二艦隊旗艦です』
「ノア、いまは抑えてください」
『了解。訂正候補を保留』
俺は会議卓に映る第一艦隊旗艦の白い艦を見る。
港で見たときも思った。
よく帰った。
あの艦尾の損傷で本星軌道まで曳かれてきたなら、艦内はさぞ大変だっただろう。隔壁を閉じ、火災を止め、炉の暴走を制御し、壊れかけた船体を騙しながら帰ってきた。
そういう現場を、笑う気はない。
だが、この船がこれからも戦えるかは別だ。
「領主閣下」
セラが静かに口を開いた。
「第一艦隊旗艦の損傷記録を、第二艦隊側でも確認しました。現時点での短期戦闘復帰は困難です」
「困難では困る」
ガレス兄上は即座に返した。
「本星防衛に支障が出ている。交易路も不安定だ。第一艦隊旗艦はロズベル領の正規主力だぞ」
「だからこそです」
セラは端末を操作した。
会議卓の投影が切り替わる。
白い旗艦の艦尾が拡大された。焼けた装甲、歪んだ推進器基部、赤く表示された制御線。そこへ、ノアの冷たい声が重なる。
『第一艦隊の戦闘ログ、および本星港の初期診断記録を照合』
『主推進器、停止』
『冷却・放熱系統に異常』
『推進制御系、応答遅延』
『整備記録と実機応答に不一致あり』
『内部損傷の範囲、未確定』
ガレス兄上の指が、会議卓を小刻みに叩いた。
「第一艦隊旗艦に適合する主推進器は、第二艦隊にはありません。艦体級も規格も違います。それに、推進器だけの問題でもありません」
「では何だというのだ?」
「制御系と放熱系まで傷んでいます。推進器だけ交換しても、周囲が耐えられません」
俺は白い艦の断面図を見た。
古い杖でも、外だけ綺麗で芯にひびが入っているものはあった。
「馬だけ替えても、傷んだ車軸は直らん。無理に走らせれば折れる。そういうことか?」
「はい」
『補足。安全復旧には長期整備が必要。即時再出撃は非推奨』
「不可能ではないのだろう?」
『不可能と断定するには追加検査が必要です。ただし、推奨できません』
「便利な逃げ道だな」
『訂正。逃げ道ではありません。艦が爆発しないための道です』
「ノア」
『表現を修正。安全確保のための整備手順です』
会議室の端で、一人の軍人がわずかに拳を握った。
第一艦隊司令官代行、マティアス・クレイン大佐。
本来は軽巡洋艦の艦長だが、いまは負傷した司令官に代わり、第一艦隊の指揮を預かっている。
「……我々の旗艦は、今は戦列へ戻せません」
低い声だった。
第三交易路で、損傷した旗艦と最後まで戦場に残った男の言葉だ。
俺はクレインを見る。
負けた者を笑う気はない。その苦労を無視して、もう一度死地へ押し込む気にもなれない。
「第一艦隊旗艦を安全認証なしで再出撃させる場合、復旧可能と判断した根拠の提出が必要になります」
保険組合の航路保険査定官が告げた。
交易組合の商船運航責任者も続ける。
「こちらも同じです。復帰時期が読めないなら、それを前提に護衛計画を組み直します」
ガレス兄上の口元が引きつった。
自分で呼んだ立会人まで、旗艦の即時復帰には否定的だった。
「では、どうしろと言うのだ?」
ガレス兄上の声が荒くなる。
「第一艦隊は主力の重巡洋艦を欠き、第二艦隊の旗艦は旧式だ。本星防衛は待ってくれん。お前たちは、できない理由を並べるために戻ってきたのか」
会議卓の上で、灰色のアークの艦影が揺れた。
四角い。
鈍い。
継ぎ接ぎだらけ。
だが、問題なく航行できた。
炉は稼働している。
船体は古いが、まだ癖が読める。
装甲は薄いが、継ぎ目が多い。骨を足す場所がある。術式を縫い込む余地もある。
白い重巡は、今すぐ動けない。いや、復帰するのにどれほどかかるかわからないほどの損傷だ。
だが、全部が死んだわけではない。
外装材。
構造梁。
放熱板。
シールド基部のフレーム。
姿勢制御スラスターの外装リング。
慣性緩衝器を支える骨。
使える部分は残っている。
捨てるには惜しい。
「だから、動ける船を強くすればいいと言った」
俺が言うと、また返事が途切れた。
ガレス兄上が、ゆっくりとこちらを見る。
「またそれか。具体的に言え」
「第一艦隊旗艦は、今すぐ戦えない。だが、修理で外す部材には使えるものがある」
俺は灰色のアークを指した。
海賊との初戦では、小型艦の連装砲に左舷の補修装甲を抜かれている。
「《アーク》は動ける。骨格もまだ生きている。だが、古い外装のままでは次の戦いに耐えきれん」
セラの顔色が変わった。
「司令」
「なら、外から足せばいい」
「司令、言い方」
「違うのか?」
セラは一瞬だけ口を閉じた。
端末の上で指が止まる。
それから、ひどく複雑な顔で言った。
「……概念としては、違いません」
『補足。第一艦隊旗艦の短期復旧より、《アーク・ロズベル》への構造補強を優先する案には、検討価値があります』
「ノア、まだ言い切らないでください」
『訂正。実行可能性の検討価値があります』
セラは深く息を吸い、投影へ向き直った。
「第一艦隊旗艦の修理工程で撤去予定となる外装部材から、再利用可能なものを選別します」
会議卓の投影が切り替わった。
白い艦の艦尾周辺に、撤去予定区画が候補として表示される。
だが、赤く表示されていないからといって、そのまま使えるとは限らない。
「候補は、予備装甲板、交換予定の外装骨格梁、独立式の放熱板、姿勢制御スラスターの外装リングです。いずれも、第一艦隊旗艦の正式修復では、新品か現行規格品へ交換される予定の部材です。撤去したものを、修理後に戻すことはありません」
「使えるのにか?」
「旗艦へ戻すには古いんです。ですが、《アーク》の補強材としてなら使えます」
なるほど。
新しい船には戻せない。
古い船なら、まだ働ける。
それなら、捨てるよりいい。
セラは《アーク》の艦影へ、仮の補強範囲を重ねた。
「ただし、ここから先は船体設計の領域です。重量配分と固定位置は、第一艦隊旗艦の修復班と本星工廠の船体設計担当にも確認させます」
セラの声は、そこでわずかに硬くなった。
「主砲、主炉、AI、艦橋機能には触れません。正式修理を妨げる部材も外しません。廃艦処理ではありません」
そこで一拍置く。
「本星防衛のための、緊急外骨格補強です」
『補足。第一艦隊旗艦の部材を用いた《アーク・ロズベル》防御補強により、本星防衛戦力の暫定回復効果を見込めます』
『部材移設の承認記録を、港湾管理網および領主府軍務記録へ登録可能』
「ノア、最後の一文は今言わなくても」
『追い打ちではありません。透明性の確保です』
「透明性で殴らないでください」
ガレス兄上は笑わなかった。
「領主府直属旗艦の部材を、あの棺桶に移せというのか」
ゆっくりした声の末尾が、わずかに震えている。
「棺桶でも動いている」
「司令、そこは否定してください」
「では、古いが動いている船だ」
『訂正案。現時点での稼働可能主力艦』
ガレス兄上は口を閉じた。
ここで第一艦隊旗艦を無理に飛ばせと言えば、事故が起きたときの責任は領主府に戻る。
何もしなければ、本星防衛を放置したことになる。
第二艦隊だけを動かせば、今度は第二艦隊が本星防衛の中心に見える。
どの選択をしても、ガレス兄上の面子には傷がつく。
ルシアン・ヴェイルが、そこで静かに前へ出た。
「領主閣下」
柔らかい声だった。
「本星防衛の緊急措置としてなら、検討に値するかと」
ガレス兄上の視線がルシアンへ向く。彼はさらに言葉を続けた。
「第一艦隊旗艦の正式復旧までの暫定的な防衛措置、と整理できます。修復工程で撤去される部材の再利用であれば、第一艦隊旗艦の廃艦処理にも当たりません」
ルシアンは会議卓の艦影を見た。
白い艦。
灰色の艦。
「作業記録を領主府で管理すれば、閣下が本星防衛を即時立て直した、という形も取れます」
なるほど。
逃げ道を作ったか。
ガレス兄上の面子を守る言い訳だ。
同時に、アークの改修記録を領主府へ出させる口実にもなる。どこを切り、何を移し、どこに接いだのか。記録を見れば、こちらが何を強くしたのかも見えてくる。
セラの指が端末の上で止まる。警戒しているのが分かった。
俺も、ルシアンを見た。
柔らかく笑っている。
改修記録を領主府へ出させれば、《アーク》の構造を覗ける。
ガレス兄上はしばらく黙っていた。
会議室の外から、遠い空調の音が響いてくる。
誰も口を挟まなかった。
「……本星防衛のためだ」
ガレス兄上が言った。
声は硬い。
「第一艦隊旗艦の修復工程で撤去予定となった部材のうち、本星工廠が再利用可能と判断したものを、本星防衛戦力の緊急補強用として、第二艦隊旗艦《アーク・ロズベル》へ転用することを許可する」
セラが、すぐに端末へ記録を入れた。
「転用対象は、第一艦隊旗艦の正式修復に支障を与えず、現物検査を通過した外装部材に限定します」
「作業記録はすべて領主府へ提出しろ」
「提出するのは、構造材移設、外装接合、放熱板再配置、シールド基部フレーム固定に関する外向き作業記録です」
セラは一切迷わなかった。
「炉心制御、未登録媒質反応、星脈結晶関連の内部ログは、安全保障上の理由で別管理とします」
「またそれか」
ガレス兄上の声が低くなる。
『補足。安全保障上の別管理は妥当』
「ノア、追い打ちをしないでください」
『追い打ちではありません。妥当性の提示です』
「似たようなものです」
俺は会議卓に映る白い艦の骨格を見る。
「骨はもらえるのだな?」
「正式には、撤去部材の緊急防衛用転用です」
「長いな」
「長くないと書類が通りません」
それは少し分かる。
ガレス兄上は不満そうに椅子へ背を預けた。
「急げ。次の海賊が来てからでは遅い」
「分かっている」
俺は答えた。
そこだけは、兄上と意見が合う。
会議は終わった。
黒い会議卓の投影が落とされ、白い艦と灰色の艦が消える。
さっきまで卓上にあった二隻の艦影が、まだ頭に残っている。
《アーク》に白い部材を足す形は、悪くない。
俺たちは会議室を出た。
領主府の廊下に出ると、窓の向こうに本星軌道港が見える。
遠くに、第一艦隊旗艦が曳航されたまま固定されていた。
白い船体は、港の照明を受けてまだ立派に見えた。
その隣の離れた係留区画に、《アーク・ロズベル》がいる。
灰色。
四角い。
古い。
だが、灯が入っている。
セラが隣で端末を見下ろした。
青白い箱舟型投影が浮かび、ノアの声が落ちる。
『領主府命令を受信』
『第一艦隊旗艦の修復工程で撤去される再利用可能部材の一部を、第二艦隊旗艦《アーク・ロズベル》へ転用』
『目的。本星防衛戦力の暫定回復』
『計画名。緊急外骨格補強』
セラが、信じられないものを見る顔で窓の外を見た。
「本当に通りましたね……」
「悪くない」
俺は《アーク》を見た。
棺桶と呼ばれた船は、まだ宇宙に浮いている。
次は、第一艦隊旗艦から外した部材で補強する。