前世が大魔道士だった俺、宇宙戦艦を魔改造して銀河を成り上がる 〜退役寸前のゴミ艦隊ですが、魔法で動かせば最強です〜 作:オカノヒカル
外縁補給ステーション17は、死んだ施設のふりを続けていた。
留守番部隊の指揮を預かるマルク・ハイゼン中佐は、管制室の中央に立っていた。
細身の身体に軍服を規定どおり着込み、片手には運用端末。暗褐色の短髪は整っていたが、細い目元には寝不足の薄い隈が残っている。
元訓練艦だった旧式軽巡洋艦の艦長で、艦艇、人員、補給の帳尻を合わせるのが仕事だった。
外から見える区画に灯りはない。
外殻の作業灯と誘導灯は消してある。古い管制アンテナも、折れたまま固定されている。
ただし、法定識別ビーコンだけは最低出力で生かしていた。送信しているのは施設番号と、接舷禁止を告げる自動警告だけだ。
外縁側の補給アームも動かさない。水再生ラインと空調の排熱は、一時的に蓄熱槽へ回している。外縁側の放熱板は止め、どうしても捨てなければならない熱だけを、破損区画の陰にある補助放熱板から逃がしていた。
稼働させる区画は、外殻から見えにくい内側へ絞ってある。
整備班は工具の音を落とし、医療班は照明を最低限に絞っていた。捕虜区画も、鹵獲物資の仕分け場も、外から見れば凍りついた残骸の一部にしか見えない。
ステーション17に残ったのは、ハイゼンの旧式軽巡洋艦、フリゲート一隻、補給工作艦、調査艦の四隻だ。
どの艦も炉を最低出力まで落とし、航行灯を消し、姿勢制御の噴射すら控えている。
四隻は廃棄ステーションの影に寄せられ、外から見れば巨大な鉄屑にしか見えなかった。
管制卓の前では、管制士官エリン・カッセルが受動観測の数値を追っていた。
まだ若い女性士官だ。声は落ち着いている。指先は細かく動き、表示盤の反応を拾い続けている。
古い管制卓は、まだ完全には直っていない。端の表示が時折欠け、音声警告も切ってある。
いまは表示の欠けより、外へ余計な反応を出さないことが優先だった。
「整備第二班、作業停止」
ハイゼンは短く言った。
通信士が小さくうなずき、端末を叩く。
数秒遅れて、整備班長から返答が来た。
〈工具停止。熱源、落とします〉
その声の後ろで、金属を叩く小さな音が一つ、二つと消えていく。
「医療区画、熱源抑制。揚陸部隊は現位置待機。強化揚陸装甲は起動準備のまま、まだ動かすな」
〈負傷者区画、保温に切り替えます。照明を落とします〉
医療班の返答は一拍遅れた。
誰も不満を言わない。
声そのものが外へ漏れるわけではない。だが、人が動けば機械が動く。工具、照明、扉、空調。そのすべてが電力を使い、熱を出す。
ハイゼンが抑え込んでいるのは音ではなく、施設が生きている証拠だった。
水と空気はようやく戻り、兵が休める床もできた。だが、まだ基地ではない。所有権も、補給権も、領主府との関係も、何ひとつ安定していない。
ここが見つかれば、奪われる。
あるいは、守るために戦うことになる。
攻撃を行えば、ログが残る。
ログが残れば、ここに誰かがいると知られる。
ハイゼンは、その順番を嫌というほど分かっていた。
「旧鉱山帯外縁に船影」
管制士官エリンの声が、管制室に落ちた。
誰も顔を上げない。
通信士の指が一瞬止まった。
「識別、民間測量船。登録名称は《リトラ七号》。武装反応は薄いです。ただし……航路が不自然です」
管制室の横扉が開き、グレッグ・ハルト准尉が入ってきた。
マルクと同じ三十八歳だが、そうは見えない。大柄な身体に厚い肩。黒に近い短髪には少し白いものが混じり、左眉からこめかみへ古い裂傷痕が走っている。
装甲服は着ていない。軍服の着方は少し雑だが、腰の装備だけはきっちり収まっていた。
「近づいてきましたな」
グレッグは管制卓の表示をのぞき込んだ。
旧鉱山帯外縁に、小さな反応が一つ。
民間測量船。
識別信号は正規のものだった。船籍も測量業者の登録にある。武装反応は薄い。船腹の熱も、軍艦のものではない。
ただし、進み方が悪い。
ステーション17へ一直線ではない。そこまで露骨な船なら、判断は早かった。
問題は、その探査船が、古い鉱山残骸をなぞるように進んでいることだった。
少しずつ、ゆっくりと。
残骸の一つ一つを確かめるように、内側へ寄ってくる。
「まだ見えていない」
ハイゼンは言った。
「こっちを?」
「そうだ。見えていない相手に、こちらから手を振る必要はない」
グレッグは短く息を吐いた。
「手を振る代わりに、撃つ手もありますがね」
「撃てば、こちらがいると教えることになる」
「分かってます。言ってみただけですよ」
グレッグの声は軽かった。
だが、指は腰の端末にかかったままだった。
グレッグの部下は、敵艦へ乗り込み、危険区画で退路を作る連中だ。
いまは強化揚陸装甲の前で、ただ待たされている。
防衛区画では、揚陸部隊員たちが強化揚陸装甲の前で膝をついていた。起動キーには触れている。だが、誰も動かない。
区画には油と冷えた金属の匂いが残っていた。
ハイゼンは表示盤から目を離さなかった。
探査船の航路が、また一つ、内側へ寄った。
管制士官エリンが告げる。
「第一警戒線まで、六十秒」
通信士が、標準照会文を待機状態にした。
まだ呼びかける距離ではない。法定識別ビーコンは、接舷禁止の自動警告を繰り返している。
ここで人間が応答すれば、施設が生きているだけでなく、内部から監視している者がいると教えることになる。
接舷制限線へ入るまでは、自動警告だけで十分だった。
「全区画、出力を一段落とせ」
「了解」
「残留艦は予備炉を落とせ。医療区画、保温シートを優先。空調の熱を外へ出すな」
「了解」
整備班からの応答灯が、一つずつ暗くなる。
医療区画の熱源表示が細く沈んだ。
「揚陸隊は、このまま待機で?」
グレッグが聞いた。
「動かすな。動いた熱は隠せん」
「了解。うちの連中には、息まで殺せと言っておきます」
「そこまでは命じてない」
「できますよ」
グレッグは口の端だけで笑った。
「死んだふりは得意です。第二艦隊で長くやってると、嫌でも覚えます」
「第一警戒線、通過します」
エリンの声が硬くなる。
「探査船、針路維持。こちらへ接近中」
「能動走査はするな」
ハイゼンは表示盤から目を離さずに言った。
「はい。受動観測のみ継続します」
通信はしない。
能動走査もしない。
こちらから電波を出せば、それだけ相手に拾われる可能性が増える。
レオン司令は、本星へ向かう前にそう言っていた。
近づく船があれば、まず黙って見ろ。
こいつが勝手に道を曲げる。
そう言って、彼はステーション17外縁の残骸帯に、細い杭をいくつも仕込んでいった。
杭、と呼んでいいのかも分からない。
古い補給モジュールの陰。折れたビーコンの根元。浮遊する外殻片の裏側。
そこに、残骸から集めた低濃度の結晶粉塵と金属片を混ぜた小さな札を打ち込み、指で軽くなぞっただけだ。
封印区画に保管したサンプルとは違う。旧鉱山の残骸にこびりついていた、価値のない粉を集めたものだった。
ハイゼンには、何をしたのか見えなかった。
ただ、その瞬間だけ、残骸帯が一段見えにくくなったように感じた。
あの若い司令官は、撃つことより先に、敵がどこから来るかを考えていた。
艦を直し、兵に飯を食わせ、壊れた施設を拾い上げるだけでなく、自分がいなくなったあとの警戒まで置いていった。
ハイゼンは、そこに感心していた。
主砲の威力だけなら、才能の一言で済ませられる。
留守番の人間がどこで撃たされるかまで考えているのは、それとは別だった。
たぶん、本人は大げさなことをしたつもりもない。
それがまた、腹立たしいほど頼もしかった。
「第二警戒線まで、あと四十秒」
エリンが囁く。
ハイゼンはうなずいた。
「各区画、警戒維持」
探査船が、迷い杭の効果圏に入った。
管制室の表示は、すぐには変わらなかった。
小さな船影は、まだステーション17へ近づいている。
数秒。
さらに数秒。
航路は変わらない。
グレッグの喉が低く鳴った。
「……曲がりませんな」
「まだ待て」
ハイゼンは目を細めた。
表示盤の端で、探査船の速度補正値がわずかに揺れた。
誤差に見えるほど小さい。
だが、ハイゼンは見逃さなかった。
迷い杭の効果が出始めている。
**
「センサー異常。放射線計の指示値、上昇」
民間測量船《リトラ七号》の船橋で、観測員が顔をしかめた。
船は小さい。
鉱山会社や保険組合が使う測量船と大差ない。船体に厚い装甲はなく、推進器も古い。だが、測量機材は悪くなかった。旧鉱山帯の残骸調査には十分な性能を持っている。
測量主任のダン・オルドは、端末の数値を見た。
「補正をかけろ」
「かけています。戻りません」
「戻らない前提で再計算しろ」
「了解」
船橋の正面には、旧鉱山帯の暗い映像が映っている。
浮遊する岩塊。破断した外殻材。古い補給管の残骸。長い年月で識別信号を失った廃材の群れ。
その向こうに、目標があるはずだった。
外縁補給ステーション17。
古い記録では、まだ一部の構造材が残っている。最近、海賊被害と第二艦隊の活動記録が重なった宙域でもある。
依頼主は、はっきりとは言わなかった。
だが、ダンには分かる。
ただの残骸調査にしては、報酬が少し高い。
危険宙域の測量にしては、質問項目が細かい。
水再生設備の稼働痕跡。補給ベイの熱変化。Fランク結晶粉塵の濃度。第二艦隊残留反応。生体反応。通信痕。
何かを探している。
ただし、依頼主の期待に合わせて嘘の報告をするほど、ダンは安くない。
「光学補正にノイズ」
「磁場異常、出ています」
「古い鉱山帯だ。珍しくもない」
「ですが、乱れ方が滑らかです」
観測員の声に、ダンは眉を動かした。
「滑らか?」
「はい。普通の磁場ならもっと跳ねます。これは、ずっと横へ押されているような……」
「比喩はいらん。数値で出せ」
「了解」
航法担当が声を上げた。
「目標反応、方位ずれ。修正します」
「ずれた原因は」
「不明です。放射線ノイズと磁場異常が重なっています」
「ドローン準備」
「まだ目標を捕捉していません」
「捕捉してから準備していたら遅い」
ダンは冷静だった。
この宙域が安全なはずはない。古い鉱山帯は、船を迷わせる。金属片は多い。粉塵はセンサーを汚す。破損ビーコンが生き残っていれば、古い信号を幽霊のように吐く。
奇妙な数値など、いくらでもある。
それでも、さっきから続く数値のずれが気になった。
目標が、逃げている。
そんな馬鹿げた感覚だった。
**
ステーション17の管制室では、誰も動かなかった。
民間測量船はまだ近い。
近すぎる。
ハイゼンは、第三警戒線を表示盤に呼び出した。
赤い薄線が、暗い宙域図に浮かぶ。
第一警戒線は、受動観測を始める境界。
第二警戒線は、迷い杭の効果圏。
第三警戒線は、接舷制限線と重ねてある。そこを越えれば自動警告を送り、相手の動きを記録する。
ただし、線を越えただけでは撃たない。
通信妨害。兵器照準。警告を無視した強制接舷。
そのどれかを確認した時点で、敵性行動として自衛射撃を許可する。
レオン司令は、そこを曖昧にしなかった。
言い方は軽かったが、条件は明確だった。
撃てば、ステーション17の存在を晒すことになる。それでも撃っていいと言ったのは、残留部隊を死なせないためだ。
「第三警戒線まで、二十秒」
エリンの声がわずかに掠れた。
すぐに、彼女は息を整える。
「民間測量船、針路維持。減速なし」
グレッグが一歩前に出る。
「艦長。越えます」
「まだだ」
「揚陸装甲、起動許可だけでも」
「動かせば熱が出る。まだ待て」
「……了解」
グレッグは一度だけハイゼンを見た。それ以上は押さず、腰の端末へ指を戻した。
通信士は、迎撃通報用の記録欄に手を置いたまま固まっている。
エリンは表示盤から目を離さない。
防衛区画では、揚陸部隊員たちが声もなく待っているはずだった。強化揚陸装甲の中に入れば、敵船へ接近することもできる。外壁から撃つこともできる。
だが、どれかを動かせば熱が出る。
撃てば位置を晒す。
管制室の空調が低く鳴っている。
誰かの手袋が、卓の角をこすった。
表示盤の中で、探査船の航路が赤い線へ近づいていく。
十秒。
八秒。
六秒。
ハイゼンは、迎撃許可の入力欄を開いた。
指は、まだ降ろさない。
「四秒」
エリンが告げる。
「三秒」
探査船の航路が、わずかに揺れた。
表示上の誤差に見えた。
次の瞬間、航路線がほんの少し横へ流れた。
ステーション17から離れる方向へ。
グレッグが息を止めた。
さらに数秒。
探査船は、第三警戒線の縁をかすめるように進み、そこから古い補給モジュール残骸の方向へ滑っていった。
管制室の誰も声を上げない。
だが、肩が一斉にわずかに落ちた。
「……曲がった」
グレッグが低く言った。
「探査船、針路変更。第三警戒線から離脱します」
エリンの声も、ようやく少しだけ柔らかくなった。
「まだ動くな」
「了解。振り返るかもしれませんからな」
「そういうことだ」
ハイゼンは迎撃許可の入力欄を閉じなかった。
探査船の距離が、少しずつ開いていく。
古い補給モジュール残骸へ。
そこは、レオン司令が迷い杭を打ったあと、わざわざ「目立ちすぎる残骸」として残した場所だった。
外殻材。
破損した識別片。
微量のFランク結晶粉塵。
強い磁場。
危険で、古く、使い道がなさそうな残骸。
悪い客には、道を間違えてもらう。
レオン司令は、そう言っていた。
グレッグが小さく笑った。
「司令は、本当に性格が悪い」
「そのまま報告書に書くなよ」
「褒めてるんですがね。あれだけ派手に主砲をぶっ放す人が、こういう陰気な罠まで置けるんですから。報告書に書いたっていいじゃないですか」
「褒め言葉でも書くな。俺が処理することになる」
「中佐殿なら、うまくやるでしょう」
「その信頼だけは今すぐ捨てろ」
グレッグが低く笑う。
ハイゼンは表示盤を見たまま、短く続けた。
「だが、派手なだけなら、ここは守れんからな」
探査船は振り返らない。
ハイゼンは迎撃許可の入力欄を開いたまま、表示盤を見続けた。
まだ、完全に離れたわけではない。