前世が大魔道士だった俺、宇宙戦艦を魔改造して銀河を成り上がる 〜退役寸前のゴミ艦隊ですが、魔法で動かせば最強です〜 作:オカノヒカル
「目標らしき残骸を捕捉」
《リトラ七号》の観測員が告げた。
船橋の正面映像に、古い補給モジュールの残骸が浮かび上がる。
半分は砕けていた。
外殻は焼け、識別信号は壊れ、補給アームらしき構造も根元から折れている。周辺には灰色の粉塵が漂い、センサーにはFランク結晶に近い反応が薄く出ていた。
「これがステーション17か」
ダンは目を細めた。
「記録上の外縁モジュールとは形状が近いです。ただ、質量が合いません」
「破損で吹き飛んだ可能性は」
「あります」
「水再生ラインは」
「反応なし」
「熱源」
「なし」
「生体反応」
「なし」
「通信痕」
「検出できません」
ダンは数秒だけ黙った。
空振りは嫌いだが、依頼主の期待に合わせて結果を作る気もなかった。
「ドローンを出せ」
「了解」
船腹から小型調査ドローンが射出された。
ドローンは、古い残骸へゆっくり近づく。
光学映像が拡大された。
割れた外殻。
凍りついた配管。
焼けた補給端子。
古い識別板の残り。
補給施設の残骸には見えた。
少なくとも、動いているようには見えない。
「内部空洞、崩落」
「主電源痕、ありません」
「補助電源も死んでいます」
「粉塵反応、Fランク結晶の低濃度汚染。利用価値は低いです」
「放射線計、作業基準超過を表示」
観測員が次々に報告する。
ダンは腕を組んだ。
「稼働施設ではないな」
「はい」
「どこかの艦隊が使った痕跡は」
「見当たりません。少なくとも、最近のドッキング痕はありません」
「水は」
「ありません」
「空調は」
「死んでいます」
「医療区画は」
「残っていません」
ダンは契約条件を呼び出した。
許可されているのは、非接触での一次測量までだ。作業基準を超える放射線域での捜索延長も、残骸内部への進入も保険対象には含まれていない。
記録との質量差は補足へ残せる。だが、証拠もなく乗員を危険区域へ入れる理由にはならなかった。
「撤収する」
「よろしいのですか」
「ここに人と金をかける価値はない。危険残骸として記録。Fランク結晶粉塵は低濃度。再利用価値、低。調査継続は非推奨」
観測員が報告書を組み始める。
その横で、航法担当が首をかしげた。
「主任」
「何だ」
「帰還航路の補正値、戻っています」
「放射線帯を抜けたんだろう」
「だと思いますが……」
航法担当は言葉を切った。
ダンはその顔を見た。
「言え」
「さっきまでの乱れ方が、妙でした。こちらが避けたというより、避ける場所を選ばされたような」
「航法士が詩人になるな。数値で残せ」
「はい」
ダンは正面映像をもう一度見た。
死んだ補給モジュールの残骸。
危険残骸。再利用価値は低い。
報告書には、それで十分だ。
それでも、座標上は目標付近まで来たはずなのに、肝心の場所を見ていないような気がした。
ダンは、その感覚を報告書の本文には入れなかった。
ただ、航法補正ログは添付した。
気になるなら、依頼主側で追えばいい。
**
探査船の反応が、旧鉱山帯外縁から遠ざかっていく。
残留部隊を預かるマルク・ハイゼンは、片手の端末に視線を落としたまま、それでもすぐに区画出力を戻さなかった。
細身の身体を包む軍服は規定どおり整っている。ただ、長時間勤務のせいか襟元だけがわずかに緩み、目元には薄い隈が残っていた。
「距離、さらに開きます」
エリンが表示盤を追いながら言った。
「追跡反応なし」
通信士が続ける。
「通信波、こちらへ向いていません」
グレッグは大柄な身体を壁に預け、長く息を吐いた。
短く刈った黒髪には白いものが混じり、剃ったばかりの顎にも濃い剃り跡が残っている。待機が長引いても腰の装備だけは、すぐ手が届く位置から動いていなかった。
「撃たずに終わりましたな」
「撃たずに済むなら、それが一番いい」
「同感です。うちの連中も、撃たずに済んでほっとするでしょう。待機だけは性に合わん連中ですが」
「お前もだろう」
「俺は隊長です。連中を生きて帰せれば、それでいい」
マルクの口元がわずかに動いた。
グレッグも肩をすくめる。
「司令の札、本当に効くんですな」
「効かないと思っていたのか?」
「半信半疑でした。ただ、効かなきゃ艦長が次を決める。そっちは信用してました」
「ずいぶん都合のいい信用だな」
「八年も一緒にやってりゃ、そこは信用しますよ」
管制室の端で、誰かが小さく笑った。
笑い声はすぐに消えた。
エリンが表示盤から目を離さずに小さく言う。
「……本当に、見つかりませんでした」
グレッグがそちらを見る。
「驚いたか、管制士官殿」
「驚いていません」
エリンは即答した。
少しだけ間が空く。
「ただ、理解はできていません」
「それは全員そうだ」
グレッグが笑う。
ハイゼンは、探査船が完全に観測範囲を離れるまで待った。
それから、ようやく命令を出した。
「全区画、通常の低出力運用へ戻せ。ただし外縁側は眠らせたままだ。整備班は作業再開。医療班は保温優先。揚陸部隊は待機解除」
「了解」
「残留艦は予備炉の再起動を十分後にしろ。急に熱を戻すな」
「了解」
応答灯が、一つずつ戻ってくる。
整備班の工具音が、遠くで小さく再開した。
医療区画の照明が、ほんの少しだけ明るくなる。
防衛区画の待機表示も解除へ切り替わった。
グレッグが扉へ向かいかけて、ふと足を止めた。
「艦長」
「何だ」
「司令は、どこまで読んでたんですかね?」
ハイゼンは少しだけ考えた。
レオン司令は、何でも見通しているような顔はしない。
普段は飯や古い艦の話をして、壊れた設備を見れば直せばいいと言う。
それでも今回は、自分が去ったあとの警戒線と交戦条件まで決めていった。
「全部ではないだろう」
マルクは片手の端末を持ち直して答えた。
「だが、我々が困る場所は読んでいた」
「十分すぎますな」
「その感想は胸にしまっておけ。報告書は【民間測量船接近、交戦なし】で終わらせる」
「迷い杭は?」
「書けると思うか」
「思いませんな」
マルクは表示盤に残る迷い杭の配置図を見た。
あれは公式記録には載せられない。
領主府に見せる報告にも書けない。
ステーション17へ向かっていた測量船を逸らしたのは、残骸帯に打たれた小さな杭だった。
迷い杭が効くまで、留守番部隊も撃たずに待った。
マルクは、管制卓の端を軽く叩いた。
「ステーション17、異常なし。作業を続ける」
管制室の表示が、通常の低出力運用へ切り替わっていく。
死んだふりをしている施設の内側で、作業がまた始まった。
**
本星軌道港では、《アーク・ロズベル》の外側に白い骨が増えていた。
第一艦隊旗艦から移した構造梁が、灰色の船体へ一本ずつ固定されている。
俺は整備窓の向こうを眺めていた。
『ステーション17より報告』
ノアの声がした。
『民間測量船一隻が警戒宙域へ接近。交戦なし。現在は旧鉱山帯外縁から離脱しています』
「そうか」
撃たずに済んだなら、それでいい。
隣で外骨格の固定記録を確認していたセラが顔を上げた。
「民間測量船が?」
『肯定。登録名称《リトラ七号》。ステーション17への接舷、および交戦行動は確認されていません』
「ステーション17は見つかったんですか?」
『報告上、施設への接近および接舷行動は確認されていません』
セラが少しだけ考えた。
「司令が置いてきた、あの杭のおかげですか?」
「たぶんな」
「たぶん?」
「迷わせるようには作った」
「効果を確認していなかったんですか?」
「宇宙船を使って試してはいない」
セラの手が止まった。
「初めて使うものを、留守番部隊の防衛に置いてきたんですか?」
「効かなければ、ハイゼンが判断する。そのために警戒線と迎撃許可も決めておいた」
杭が効かなければハイゼンが判断する。
それでも来るなら、グレッグたちがいる。
そこまで決めて置いてきたのだ。
『追加報告』
ノアが続ける。
『残留部隊、人的被害なし。施設被害なし』
「なら、うまくやったのはハイゼンたちだ」
セラが俺を見る。
「司令は、そういうところだけ妙に謙虚ですね」
「杭を打っただけだからな」
『訂正。警戒線および交戦条件の設定記録も存在します』
「ノア」
『事実確認です』
セラが小さく息を吐いた。
「とにかく、無事ならいいです」
「ああ」
俺も整備窓へ視線を戻す。
白い梁の一本が、《アーク》の古い船体へ固定されていく。
ステーション17は、ハイゼンたちに任せた。
こちらでは、《アーク》の補強が続いている。
**
探査船《リトラ七号》の報告は、半日後、外部商会の分析卓に届いた。
分析担当の女は、最初に結論を読んだ。
危険残骸。
稼働反応なし。
生体反応なし。
水再生ラインなし。
高価値資源反応なし。
Fランク結晶粉塵は低濃度。
再利用価値、低。
現場の測量主任は、無理な成果を書いていない。危険宙域でドローン確認まで行っている。撤収判断にも問題はない。
女は、結論欄に指を置いたまま、添付ログを開いた。
航法補正値。
放射線量。
磁場異常。
光学補正ノイズ。
目標座標の推移。
数値を追ううちに、指が止まった。
放射線量の高さのわりに、探査船の外装劣化が薄い。
磁場異常も強いのに、航法補正値は荒れていない。
航跡だけを見れば、測量船は迷走していない。
別の目標へ向かうように、滑らかに針路を変えている。
女は、古いステーション17の質量記録を呼び出した。
探査船が調査した残骸と、古い記録が合わない。
破損で説明できない差ではない。
だが、全部を破損で処理すると、今度は航法ログとの辻褄が合わなくなる。
第二艦隊残留部隊の反応はない。
戦闘も通信も確認されていない。
高価値資源も見つかっていない。
証拠と呼べるものはなかった。
これでは、上へ強い報告は出せない。
女はしばらく画面を見たあと、報告書の結論は変えず、補足欄を一つだけ足した。
追加調査の必要性、低。
ただし、航法補正ログに未解明の連続誤差あり。
入力を終えても、女は画面を閉じなかった。
結論欄には「再利用価値、低」とある。
女はもう一度、測量船の航跡を呼び出した。
何もないだけなら、こんな曲がり方をするだろうか。