前世が大魔道士だった俺、宇宙戦艦を魔改造して銀河を成り上がる 〜退役寸前のゴミ艦隊ですが、魔法で動かせば最強です〜 作:オカノヒカル
小型補助星脈炉・試作一号は、炉というより、配管に埋もれた金属箱だった。
《アーク・ロズベル》艦体中央部の整備区画。
床へ固定された箱から、太さの違う配管が四方へ伸びている。
制御弁。
冷却管。
緊急放熱板。
物理遮断器。
仮設部品を集めて、一晩で組んだらしい。
完成品らしい美しさはどこにもない。
悪くない。
見た目だけ綺麗な道具より、壊れた時に手を入れられる方が役に立つ。
「穴が空いているな」
金属箱の正面には、内部へ腕を入れられるほどの開口部があった。
「整備口です」
セラが端末から目を上げずに答えた。
「閉じないのか?」
「閉じたら、保持核を交換できません。停止装置にも手が届かなくなります」
「保持核?」
整備口の奥。
白い固定枠の中央に、灰色の結晶片が収まっている。
先日使ったものより大きい。
今度は、握り込めるほどの大きさがあった。
「未使用の星脈結晶片Bです。術式を保持する中枢なので、保持核と呼びます」
「石を交換できるようにしたのか」
「先日の試験では、一度使っただけで濁りましたから」
壊れるものなら、交換できなければ困る。
リーネが整備口の縁へ指を触れた。
「前面まで固定した方が、流れは整えやすいのだけれど」
「壊れた時に分解しないと開けられない炉は、《アーク》には載せません」
「ええ。あなたならそう言うと思ったわ」
セラが顔を上げた。
「この整備口、あなたが追加したんですか?」
「保持核を替えるたびに炉を半分ばらすつもり?」
「……いえ」
「なら、開けておいた方がいいでしょう」
『設計記録を更新』
『正面整備口。設計担当、リーネ・カーヴェル技術士官』
「名前まで残さなくてもいいのよ」
『整備性に関する設計変更です。記録を推奨します』
リーネは柔らかく笑った。
「この船の人工知能は、セラより素直ね」
「ノア。訂正してください」
『比較対象に関する評価基準が不足しています』
「そういうところです」
セラが小さく息を吐いた。
俺は金属箱を見る。
昨日まで図面の中にしかなかったものが、もう形になっていた。
「それで、この試作一号が《アーク》をまっすぐ飛ばすのか?」
「飛ばすのは主推進器です」
セラが四本の配管を表示する。
「これは、戦闘加速へ入る三秒間だけ、四基の姿勢制御スラスターへ補助出力を送ります」
艦首左右。
艦尾左右。
船体図に四つの光点が浮かぶ。
第六姿勢制御スラスターは修理中だ。
その分まで補えるよう、白い外骨格の配置そのものをリーネが調整している。
「どこを、どれだけ押すかはわたしが決めたわ」
リーネが言う。
「そこへ力を送る配管と、止める仕組みは私が作りました」
セラが続ける。
『船体姿勢を監視し、出力配分を制御します』
三人が俺を見る。
「俺は石へ術式を入れる」
「今回は、それ以外へ触れないでください」
「分かっている。俺が触るのは保持核だけだ」
「本当にお願いします」
「そこまで信用がないか」
「過去の実績がありますので」
似たようなことは、何度も言われている。
つまり、こちらも平常どおりだ。
**
保持核だけを使った単体試験は、整備区画で行われた。
四基の姿勢制御スラスターへ続く弁は閉じたまま。
俺が術式を刻み、指を離す。
先日の小さな結晶なら、一秒ほどで崩れ始めた。
だが、今度は違った。
『保持反応、安定』
『三秒経過』
「停止」
セラの指示で、反応が緊急放熱板へ流される。
『保持反応、消失』
保持核の縁がわずかに白くなった。
それだけだった。
「三秒は持ったな」
「装置の中では、です」
『表面濁度、軽微上昇』
セラは記録を確認してから告げた。
「再使用は一回だけ許可します。次は実艦試験です」
「一度で成功させればいい」
「本当にそうしてください」
次は実艦試験だ。
**
《アーク》は、昨日と同じ無人試験宙域へ出た。
外骨格再配置後の通常航行に異常はない。
試すのは、その先だ。
「成功条件を確認します」
セラが技術監視卓から言った。
「戦闘加速第一段階へ移行。三秒間、指定航路を維持。主砲軸線を仮想標的へ固定。その後、安全に補助出力を停止します」
「三秒、照準を維持して、そのまま安全に止める」
「はい。それが今回の成功条件です」
今回は撃たない。
だが、照準と発射条件までは実戦と同じ状態で再現する。
昨日の《アーク》は、戦闘加速に入った途端に蛇行した。
主砲の軸線は標的の左右を行き来し、まともに狙うことすらできなかった。
「戦闘加速、準備完了」
操舵士が報告する。
「補助星脈炉、起動準備」
セラの声と同時に、整備区画の映像が開く。
隔離板の向こうに保持核が見えた。
俺は司令席に増設された術式入力端末へ指を置く。
エーテルを細く引き込む。
黄金の線が艦内を走り、試作炉へ届いた。
『保持核、術式入力を確認』
「司令。手を離してください」
指を離す。
『入力源との接触、消失』
『保持反応、安定』
「戦闘加速、開始」
「了解。戦闘加速!」
艦尾の旧式推進器群が、一斉に炎を伸ばした。
同時に、四基の姿勢制御スラスターへ補助出力が流れる。
淡い黄金を混ぜた噴射炎が、船体の四隅から伸びた。
《アーク》が強く前へ出る。
一秒。
昨日なら、もう艦首が流れ始めていた。
『指定航路を維持』
『艦首変位、許容範囲内』
観測ブイは正面から動かない。
「補助出力、正常」
セラは試作炉の表示を追っている。
リーネは船体応力の表示から目を離さない。
二秒。
主推進器群の足並みが揃い始める。
『主推進器出力差、減少』
艦首は動かない。
正面表示の仮想標的が、主砲照準線の中央に収まったままだ。
「主砲軸線、標的を維持」
兵装管制士が報告する。
三秒。
『三秒経過』
「補助星脈炉、停止!」
四基の補助噴射が消えた。
主推進器群は、すでに同じ出力へ揃っている。
《アーク》は曲がらない。
観測ブイの列を、まっすぐ抜けていく。
『高出力直進、成立』
『主砲軸線、仮想標的を維持』
『仮想射撃解、成立』
兵装管制士が一瞬、表示を見つめた。
「……発射条件、成立しています」
艦橋が静かになった。
三秒の間、主砲軸線を標的へ維持できた。
操舵士が小さく息を吐いた。
リーネの口元も、わずかに緩んでいる。
セラは試作炉の表示を見つめたまま、しばらく黙っていた。
「……通りました」
ようやく、それだけ言った。
「悪くない」
「はい」
珍しく、否定されなかった。
『警告』
ノアの声が響いた。
『艦首右舷姿勢制御系、反応継続』
セラが配管図を確認する。
「出力弁は?」
『閉鎖済み』
「戻り経路!」
『開放済み。流量を確認できません』
四基のうち、艦首右舷側だけが淡い黄金を混ぜた噴射を続けていた。
弱い。
だが、片側だけ押せば、船は曲がる。
「艦首、左へ変位!」
仮想標的が照準線から外れた。
「仮設経路に反応が残っています」
セラが配管図を開く。
リーネは船体応力を見る。
「艦首側で逆らわないで。白い梁へねじれが集中するわ」
「なら、どこを使う?」
「艦尾左舷。短く」
『艦尾左舷姿勢制御スラスター、噴射準備』
「噴射!」
船体後方で短い炎が上がる。
『回頭速度、低下』
「右舷艦首系統を緊急放熱へ切り替えます」
セラが制御卓を操作する。
『緊急排出経路、開放』
「流れません!」
配管図の中で、残った反応が細かく散っていた。
「俺がまとめる」
「新しくエーテルを入れないでください!」
「残っているものだけだ」
右舷艦首側へ意識を伸ばす。
管の中に、細く切れた黄金の流れが残っている。
それを一つに揃える。
セラが開いた道へ押し込み、試作炉下部の緊急放熱板へ落とした。
『反応、緊急排出経路へ移動』
『艦首右舷噴射、低下』
黄金の炎が細くなる。
そして消えた。
『艦首右舷反応、消失』
「残った回転を止めます」
ノアの指示に合わせ、操舵士が短く補正を入れた。
星空の動きが止まる。
『回頭速度、ゼロ』
『人的被害なし』
『新規船体損傷なし』
『姿勢制御スラスター、新規焼損なし』
『小型補助星脈炉、右舷艦首側制御弁に熱変形』
『緊急放熱板、一部損傷』
『保持核、変換効率低下』
『自動停止、失敗』
「まっすぐ飛んだな」
「飛びました」
「三秒持った」
「持ちました」
「なら、直進試験までは成功か?」
セラが疲れた顔で俺を見る。
「そこまでは……ただし停止系統は失敗です」
『試作成功判定、条件付きで可』
『戦闘使用適性、否』
「条件付き成功とも言えますが」
ため息をついたセラが釘を刺す。
「実戦使用は禁止します」
そこは仕方がない。
**
本星港へ戻ったあと、試作一号は封鎖された。
右舷艦首側の制御弁は熱で歪み、緊急放熱板にも損傷が出ている。
保持核も白く濁っていた。
「再使用は禁止します」
セラが記録へ赤い制限を入れる。
「試作一号も、停止系統を直すまで再起動禁止です」
「一度は動いた。止め方を直せば使える」
「そこは否定しません」
セラが事故時の配管図を開いた。
「問題は停止順序です。反応の逃げ道を確保してから、出力弁を閉じます」
「四本の経路も揃えた方がいいわね」
リーネが右舷側の仮設経路を消した。
「長さと曲がり方が違えば、戻る速さも変わるもの」
「第六スラスターの修理が終われば、この迂回路は外せます」
「なら、その条件で引き直しましょう」
二人は同じ設計図を見ていた。
リーネが船体側の配置を動かす。
セラが、そこへ弁と冷却管を通す。
「昔と同じね」
リーネが言った。
「何がですか?」
「仕事の分担が、です」
「ええ。そこは否定しません。でも、ほかは違います」
「分かっているわ」
セラは返事をしなかった。
だが、設計画面を閉じもしない。
リーネが共同解析記録へ自分の名前を入力する。
外骨格再配置。
重量配分。
姿勢制御出力設計。
船体安全確認。
「名前を入れるんですか?」
セラが尋ねた。
「わたしが決めた部分ですもの」
リーネの指が止まる。
「壊れた時だけ、あなたの責任にはできないわ」
「前は、そう言ってくれませんでした」
リーネは画面を見たまま動かなかった。
「……そうね」
それだけだった。
セラも、それ以上は言わない。
「外骨格と補助炉の安全確認が終わるまで、共同解析担当の延長申請を出します」
リーネが新しい申請書を開く。
「補助炉の改修まで残るんですか?」
「わたしが決めた配置も使われています。安全に止められるところまで確認するわ」
「第一艦隊旗艦は?」
「必要な引き継ぎは済ませてあります」
二人が互いを見る。
「試験全体の停止判断は、私が持ちます」
「船体構造に関わる部分は、わたしの安全確認も通してくださいな」
「分かりました」
「ええ。では、よろしくね」
仲直りしたようには見えない。
それでも、共同解析は続けるらしい。
悪くない。
セラは外部向けの安全報告を作り始めた。
戦闘加速第一段階。
三秒間の直進成立。
主砲軸線維持。
人的被害なし。
新規構造損傷なし。
停止命令後、右舷姿勢制御系に反応継続。
試作装置は再使用禁止。
安全確認未了。
実戦使用不可。
「停止失敗は公開記録。星脈結晶の詳細は機密か?」
「はい。事故の事実は出します。技術詳細だけ分けます」
「それでいい」
リーネは何も言わなかった。
ただ、セラが記録を確定するまで、画面から目を逸らさなかった。
『試験記録の転送を完了』
俺は封印器の中にある、白く濁った保持核を見る。
戦闘加速中の直進と照準はできた。
停止系統には問題が残った。
次に直すのは、そこだ。