前世が大魔道士だった俺、宇宙戦艦を魔改造して銀河を成り上がる 〜退役寸前のゴミ艦隊ですが、魔法で動かせば最強です〜   作:オカノヒカル

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第3話 燃料切れの旧式艦、息を吹き返す

 警告音が鳴り響いていた。高く硬い、耳に残る音だ。

 

 前世でも、耳障りな音にはいろいろ出会った。

 だが、これはこれで厄介だった。

 

『警告。炉心出力、定格を超過』

 

 艦内スピーカーから、AIのノアの淡々とした声が聞こえる。

 

 少し前、俺は炉心隔壁に術式を通した。炉心内部でぶつかっていた流れを、わずかに整えただけだ。

 だが、目の前の副官、セラ・ヴィルナーは端末を握ったまま固まっていた。寝不足で青白かった顔に、さらに驚きが重なっている。

 

 よくない。倒れられると困る。

 

「大丈夫か?」

「大丈夫な数値ではありません」

「数値ではなく、お前の話だ」

「私も大丈夫ではありません!」

 

 そうか。それは困った。

 

 セラは端末を何度も叩いた。驚いてはいても、手は止まっていない。

 良い副官だ。いや、良い技術者でもある。

 

「燃料投入量、変化なし。冷却系、正常範囲。補助電源、未使用。出力制御系、変化なし。反応炉内圧、許容範囲内……」

 

 読み上げる声が、次第に小さくなっていく。

 

「なのに、炉心出力だけが上がってる……?」

「通りを少しよくしたからな」

「通りで炉心出力は上がりません!」

『訂正。現在、上昇しています』

「ノア、そういう意味ではありません!」

 

 セラが天井のスピーカーを睨む。ノアの声は変わらない。

 

『熱量収支、不一致』

 

 短い間があった。

 

『燃料投入量に対する炉心出力、既存推定値から逸脱』

 

 さらに間を置く。

 

『物理法則データベースに該当なし。再計算を実行』

『再計算』

『再計算』

「律儀だな」

『再計算』

「ノア、もういいです!」

『結果、理解不能』

 

 セラは端末を持ったまま額を押さえた。

 

「理解不能で済ませていい案件ではありません……」

「難しく考えすぎだ」

「難しいんです!」

 

 返事が早い。これならば、彼女はまだ倒れはしないだろう。

 

「飯を炊く竈も、空気の通りが悪ければ火が弱いだろう。同じことだ」

「同じではありません!」

『比較対象、炊飯用加熱器具。推進炉との類似性、〇・〇〇三パーセント未満』

「少しは似ている」

「似ていません!」

『同意』

「ひどい船だな」

『事実報告です』

 

 俺は炉心隔壁へ目を向けた。

 

 隔壁の奥で炉心が唸っている。音は強くなったが、振動にはまだ乱れがあった。

 このまま走らせれば、次は別の場所が壊れる。

 

 古い道具は、急に元気にすると壊れる。前世でも、ひび割れた杖に大魔法を通せば、魔物より先に杖が砕けた。古い結界石へ魔力を流しすぎれば、何かを守る前に破裂する。

 

 道具には順序がある。船にも、たぶんある。

 

「一部だけ流れを整えたから、他との釣り合いが崩れたな」

 

 セラが顔を上げた。

 

「何の釣り合いですか」

「炉の中だ」

「炉心内部の損失率が急に変わっています。出力制御が追いついていないんです」

「そうなのか?」

「そうなんですよ。なのに計器上は、何かを取り込んでいるように見えるから困っているんです」

「なら、見えた通りだ」

 

 セラの声が低くなった。

 

「司令。副官として申し上げます。これ以上、素手で炉心制御系に触るのはやめてください。普通なら軍法会議です。普通でなくても整備班が泣きます。私も泣きます」

「泣くのか」

「泣きたいです」

「なら、監視していろ」

「はい?」

「変な数値が出たら止めればいい」

「止められるかどうかが、すでに怪しいんですが」

「では、止める努力をしてくれ」

 

 セラは数秒、俺の顔を見つめてから深く息を吐いた。

 

「……わかりました。副官として安全条件を提示します。炉心温度が上がりすぎたら即中止。冷却系に異常が出ても即中止。燃料系に逆流が出ても即中止。警告が三つ以上重なったら、私が全力で止めます」

「わかった」

『記録。副官セラ・ヴィルナー、司令官による未登録干渉に安全条件を提示』

「許可ではありません。監視です」

『訂正。監視付き実施』

「ノア」

『再訂正。非常に不本意な安全管理状態』

「それでいいです」

 

 なかなか細かい。

 

 俺は炉心隔壁に、もう一度指を当てた。

 

 冷たい金属。その奥に熱があり、さらに奥には鈍い流れがある。

 

 艦外にはエーテルが満ちているが、炉心にはそれを取り込む経路がない。

 

 前世では、ひび割れた大地から一滴ずつ魔力を拾い、わずかに残った力を無理やり術式へ通していた。火を灯すだけでも、残った魔力を削らなければならなかった。

 

 ここでは、星と星の間に力が満ちている。

 

 炉心が吸えないのなら、吸い口を作ればいい。

 

 指先に術式を灯すと、黄金の線が隔壁の傷に沿って走った。

 派手な魔法陣ではない。この古い船に、大きな陣はまだ重い。なので、炉心から艦体外部へ向けて、細い術式の道をつなぐ。

 

 セラの端末が鳴った。

 

「未登録反応、増大。けど、温度は上がっていない……? 冷却系も正常。炉心振動は、むしろ低下?」

『熱量収支、不一致。外部空間より未知媒質流入の可能性』

「未知媒質?」

『分類不能』

「分類してください」

『該当分類なし』

「でしょうね!」

 

 セラの声が通路に響いた。

 

 俺は術式を一つ閉じ、別の線を開く。咳き込むように乱れていた炉心の振動が、少しずつ低く、一定になっていった。

 

 通路の床が、足の裏でかすかに鳴る。

 

 流れは安定してきた。

 

 隔壁に手を添えたまま、さらに術式をかける。

 炉心に無理をさせないように、余計な部分を外して書き換えていく。

 

 セラがこちらを見た。何か言いたそうだったが、口を閉じて端末へ目を戻す。

 

 黄金の線が隔壁の表面で小さな輪を描いた。

 

 次の瞬間、詰まっていた振動が抜けた。

 船がひとつ、息を吸ったようだった。

 

 暗かった通路の照明が明るさを取り戻す。遠くで、止まっていた扉が動き出した。空調の唸りも静かになり、古い船の中を冷たい風が流れていく。

 

『艦内電力、安定域へ移行』

 

 ノアの声から、かすかなノイズが消えている。

 

『空調系、照明系、医療保管庫、食堂加熱設備の一部復旧を確認』

 

 食堂。それはよい。

 

 飯を温められる船なら、まだ救いがある。

 

 セラは端末を見つめたまま動かなかった。

 

「セラ」

「燃料が」

「うん?」

「燃料残量の低下を検出できません」

「そうだろうな」

 

 セラがゆっくり顔を上げた。目が据わっている。

 

「そうだろうな、じゃありません。燃料が減っていないのに、出力だけ上がっています!」

「外の力で足りない分を補っているからな」

「外?」

「星の海だ」

「真空から燃料を補う炉心なんて聞いたことありません」

「今できた」

「その一言で処理しないでください!」

『記録。炉心、未登録外部媒質の取り込みを開始した可能性』

 

 セラが天井を仰いだ。

 

「ノア、その記録は不用意に共有しないでください」

『不可能。本件は艦の安全保障上、最重要異常ログです』

「でしょうね!」

 

 短い電子音のあと、ノアの声が船内へ流れた。

 

『全乗員へ通達。艦内電力が安定域へ移行。照明、空調、医療保管庫、食堂加熱設備の一部復旧を確認。不要な移動を避け、各区画責任者は異常の有無を報告してください』

 

 通路の奥から、声が聞こえてくる。

 

「照明が戻ったぞ」

「補助電源じゃないのか?」

「空調、動いてる」

「医療区画の保冷庫が再起動したって」

「燃料残量は?」

「減ってないらしい」

「そんなことあるのか?」

 

 ある。今できた。

 

 そう口にするのはやめておいた。

 

 兵たちは疲れている。寝不足の頭へ、これ以上余計なものを詰め込む必要はない。

 

 俺は隔壁から手を離した。黄金の光は消えたが、炉心の奥に開いた小さな吸い口は残っている。

 これで、しばらくは息ができる。

 

 航行にも戦闘にも足りないが、最低限の電力は戻った。まずはそれでいい。

 

「司令」

 

 セラが低い声で呼んだ。

 

「はい」

「返事だけ素直にしないでください。怖いので」

「では、なんだ」

「出力は確かに安定しました。燃料消費も異常なほど少ない。ですが、艦体側は旧式のままです」

 

 セラが端末をこちらへ向ける。線と数字が並んでいた。

 

 細かな数字はわからないが、赤い表示が多い。赤はだいたい良くない。

 

「配管が古い。放熱板も劣化しています。主砲の砲身は、今の出力をそのまま流せば耐えません。シールド発生器も不安定です。艦体構造材にも限界があります。出力だけ上がっても、それを受ける艦体が壊れたら終わりです」

「なるほど」

「本当にわかっていますか?」

「古い杖に大魔法を通しすぎると割れる。わかりやすい」

 

 セラが頭を抱えた。

 

「わかっているようで、何もわかっていない気がします」

『同意』

「またか」

『艦体保全の観点から、同意します』

「ひどい船だ」

『事実報告です』

 

 セラは疲れたように息を吐いた。

 

 それでも、端末を操作する指は止まっていない。警告表示が増えているのに、時折、炉心隔壁へ視線を戻している。

 前世の魔道士にも、恐怖より好奇心が先に立つ者はいた。

 

 だいたい早死にする。気をつけてやらねばならない。

 

『追加報告』

 

 ノアの声が、わずかに変わった。

 

「なんだ」

『艦内電力の安定により、投影機能の一部復旧を確認』

「投影?」

 

 セラが顔を上げる。

 

「まさか、艦橋中央の旧式ホログラムですか? あれ、ずっと死んでいたはずじゃ」

『復旧処理を実行』

 

 炉心区画の壁に埋め込まれていた投影端末が、砂嵐のように明滅した。

 

 青白い光が空中へ散る。一度消え、二度揺らぎ、三度目で形を結んだ。

 

 人ではない。

 

 小さな箱だった。いや、箱というより船か。

 

 青白い線で描かれた箱舟のような立体図形が宙に浮かび、その周囲を光の輪がゆっくりと回っている。

 

『艦載AI《ノア》、投影機能の一部復旧を確認』

 

 俺はしばらく眺めた。

 

「箱か」

 

 青白い箱舟が、ぴたりと揺れを止める。

 

『旗艦の意匠に合わせた最適表示です。侮辱ではありませんか?』

「怒ったのか?」

『否定。感情機能は制限されています』

 

 セラが小さく呟いた。

 

「その割に、今の返答は少し機嫌が悪そうでしたよ」

『記録しません』

「記録しないんですね」

『本件は艦の安全保障上、重要ではありません』

「都合の悪いことだけ分類が速い……」

 

 そう言って、セラが苦笑した。

 

 俺は箱舟を眺めた。

 

「ノア」

『はい、司令官』

「よく喋るようになったな」

『投影機能の一部復旧に伴い、応答処理速度も改善しています』

「良いことだ」

『ただし、司令官の行動予測精度は低下しています』

「なぜだ」

『参考にできる前例がありません』

 

 セラが小さく頷いた。

 

「それは本当にそうです」

 

 まあいい。

 

 俺は炉心区画を出て、艦橋へ戻った。

 

 通路の照明は、先ほどより明るい。古い船らしく影は残っているが、さっきまでの沈んだ暗さではなかった。壁の配管から聞こえていた雑音も、いくらか減っている。

 

 途中、何人もの兵がこちらを見た。

 誰も声はかけない。敬礼だけをする。

 

 古参らしい兵が、明かりの戻った通路を見上げている。その隣では、若い兵が温かくなり始めた空調の吹き出し口へ手をかざしていた。

 

 疑うような目は向けられている。それでも、先ほどまで俯いていた兵たちが、動き出した設備を確かめていた。

 

「これで少しは息がしやすくなる」

 

 隣を歩くセラが、端末を抱えたまま呟いた。

 

「艦が、ですか。乗員が、ですか」

「両方だな」

「……そういうところだけ、妙にまともなんですよね」

「いつもまともだ」

 

 セラは答えなかった。

 

 ノアの箱舟型ホログラムが、艦内端末の上へ小さく投影されてついてくる。まだ安定しておらず、ときどき輪郭が崩れた。古い投影機能なら仕方がない。

 

 艦橋へ戻ると、眠っていた画面のいくつかが再起動し、計器にも光が戻っていた。

 

 兵たちは持ち場につき、途切れていた記録を呼び出し、各区画から届く報告を処理している。先ほどまで静かだった艦橋に、短い指示や応答が重なっていた。

 

『艦内主要系統、暫定安定』

 

 ノアの箱舟型ホログラムが、艦橋中央で青白く明滅する。

 

『炉心出力および艦内電力供給は安定域にあります。ただし、主砲照準系、シールド発生器、放熱板、艦首構造材に重大な劣化を確認。高出力運用は非推奨』

「非推奨ではなく禁止です」

『司令官の命令権限を考慮し、表現を調整しました』

「調整しなくていいです」

 

 セラは端末を操作し、星図へ航路を表示した。

 

「炉心の状態を確認するためにも、まず低出力で推進試験を行います。係留を解除して、指定されている辺境警戒宙域まで移動しましょう」

「動かして大丈夫なのか?」

「低速なら、です。異常が出た場合は即座に停止します」

「なら頼む」

 

 セラが航行班へ指示を飛ばした。

 

「係留設備との接続を解除。補助推進器、低出力で起動。警戒宙域への航路を確認してください」

『係留接続、解除』

 

 艦橋の奥で、低い振動が生まれた。

 

 窓の外に見えていた係留施設が、ゆっくりと後方へ流れていく。《アーク》の巨体が姿勢を変え、星の並ぶ暗闇へ艦首を向けた。

 

 古い船の動きは鈍い。だが、床から伝わる振動に、先ほどまでの乱れはなかった。

 

 ようやく船らしくなってきた。

 

**

 

 三日後。

 

 《アーク》はロズベル星系外縁の警戒宙域を、最低限の出力で進んでいた。

 

 その間、まともに加速できた時間は短い。

 出力を少し上げるたびにセラが各区画の数値を確認し、警告が増えれば速度を落とした。古い配管と放熱板は、炉心ほど簡単には直らなかった。

 

 それでも、航行試験の結果はひとまず良好だった。炉心出力は安定し、燃料消費率も観測下限に近い。代わりに、艦内では細かな警告が出続けている。

 

 セラは艦橋の端末へ張りつき、報告が届くたびに眉間の皺を増やしていた。

 

「主砲は撃てないのか?」

 

 俺が尋ねると、セラが端末から顔を上げた。

 

「撃てます。ですが、今のまま最大出力で撃ったら、敵より先に艦が悲鳴を上げます」

「悲鳴で済むのか?」

「済まない可能性が高いです」

「なら、悲鳴を上げないように直せばいい」

「お願いですから、何でも直せる前提で考えないでください」

 

 その言葉が途切れた直後、艦橋正面の星図に赤い点が灯った。

 

 一つ、二つ、三つ。

 

 さらに増える。

 

 ノアの箱舟型ホログラムが青白く明滅した。

 

『警告。外部宙域に未登録武装艦隊を確認』

 

 艦橋が静まり返る。

 

 セラが端末を覗き込み、表情を引き締めた。

 

「識別信号なし。通信応答なし。針路……こちらに向かっています」

 

 兵たちの間にざわめきが走る。

 

「海賊……」

 

 誰かが小さく呟いた。

 

 そうか。来たか。

 

 星図の赤い点は親切だった。

 数も位置も、どちらから近づいてくるかも分かる。

 

 宇宙の敵は見つけやすくていい。

 

「司令、海賊です!」

 

 セラがこちらを見る。

 俺は赤い点と、自艦の状態を示す表示を見比べた。

 

 主砲は歪み、シールドも怪しい。兵たちは疲れ、食堂の設備も完全には直っていない。

 ただ、炉心出力だけは安定している。

 

 俺は主砲の表示へ目をやった。

 あの曲がった杖を、どうにか使えるようにしなければならん。

 

「ずいぶん親切な敵だな」

「親切?」

「位置も数も見えている」

 

 セラは星図を見た。

 

「……それを親切と呼ぶ人は初めて見ました」

 

 ノアの声が艦橋へ響く。

 

『未登録武装艦隊、接近中。推定交戦圏到達まで――』

 

 星図に、赤い点がもう一つ増えた。

 

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