前世が大魔道士だった俺、宇宙戦艦を魔改造して銀河を成り上がる 〜退役寸前のゴミ艦隊ですが、魔法で動かせば最強です〜 作:オカノヒカル
警告音が鳴り響いていた。高く硬い、耳に残る音だ。
前世でも、耳障りな音にはいろいろ出会った。
だが、これはこれで厄介だった。
『警告。炉心出力、定格を超過』
艦内スピーカーから、AIのノアの淡々とした声が聞こえる。
少し前、俺は炉心隔壁に術式を通した。炉心内部でぶつかっていた流れを、わずかに整えただけだ。
だが、目の前の副官、セラ・ヴィルナーは端末を握ったまま固まっていた。寝不足で青白かった顔に、さらに驚きが重なっている。
よくない。倒れられると困る。
「大丈夫か?」
「大丈夫な数値ではありません」
「数値ではなく、お前の話だ」
「私も大丈夫ではありません!」
そうか。それは困った。
セラは端末を何度も叩いた。驚いてはいても、手は止まっていない。
良い副官だ。いや、良い技術者でもある。
「燃料投入量、変化なし。冷却系、正常範囲。補助電源、未使用。出力制御系、変化なし。反応炉内圧、許容範囲内……」
読み上げる声が、次第に小さくなっていく。
「なのに、炉心出力だけが上がってる……?」
「通りを少しよくしたからな」
「通りで炉心出力は上がりません!」
『訂正。現在、上昇しています』
「ノア、そういう意味ではありません!」
セラが天井のスピーカーを睨む。ノアの声は変わらない。
『熱量収支、不一致』
短い間があった。
『燃料投入量に対する炉心出力、既存推定値から逸脱』
さらに間を置く。
『物理法則データベースに該当なし。再計算を実行』
『再計算』
『再計算』
「律儀だな」
『再計算』
「ノア、もういいです!」
『結果、理解不能』
セラは端末を持ったまま額を押さえた。
「理解不能で済ませていい案件ではありません……」
「難しく考えすぎだ」
「難しいんです!」
返事が早い。これならば、彼女はまだ倒れはしないだろう。
「飯を炊く竈も、空気の通りが悪ければ火が弱いだろう。同じことだ」
「同じではありません!」
『比較対象、炊飯用加熱器具。推進炉との類似性、〇・〇〇三パーセント未満』
「少しは似ている」
「似ていません!」
『同意』
「ひどい船だな」
『事実報告です』
俺は炉心隔壁へ目を向けた。
隔壁の奥で炉心が唸っている。音は強くなったが、振動にはまだ乱れがあった。
このまま走らせれば、次は別の場所が壊れる。
古い道具は、急に元気にすると壊れる。前世でも、ひび割れた杖に大魔法を通せば、魔物より先に杖が砕けた。古い結界石へ魔力を流しすぎれば、何かを守る前に破裂する。
道具には順序がある。船にも、たぶんある。
「一部だけ流れを整えたから、他との釣り合いが崩れたな」
セラが顔を上げた。
「何の釣り合いですか」
「炉の中だ」
「炉心内部の損失率が急に変わっています。出力制御が追いついていないんです」
「そうなのか?」
「そうなんですよ。なのに計器上は、何かを取り込んでいるように見えるから困っているんです」
「なら、見えた通りだ」
セラの声が低くなった。
「司令。副官として申し上げます。これ以上、素手で炉心制御系に触るのはやめてください。普通なら軍法会議です。普通でなくても整備班が泣きます。私も泣きます」
「泣くのか」
「泣きたいです」
「なら、監視していろ」
「はい?」
「変な数値が出たら止めればいい」
「止められるかどうかが、すでに怪しいんですが」
「では、止める努力をしてくれ」
セラは数秒、俺の顔を見つめてから深く息を吐いた。
「……わかりました。副官として安全条件を提示します。炉心温度が上がりすぎたら即中止。冷却系に異常が出ても即中止。燃料系に逆流が出ても即中止。警告が三つ以上重なったら、私が全力で止めます」
「わかった」
『記録。副官セラ・ヴィルナー、司令官による未登録干渉に安全条件を提示』
「許可ではありません。監視です」
『訂正。監視付き実施』
「ノア」
『再訂正。非常に不本意な安全管理状態』
「それでいいです」
なかなか細かい。
俺は炉心隔壁に、もう一度指を当てた。
冷たい金属。その奥に熱があり、さらに奥には鈍い流れがある。
艦外にはエーテルが満ちているが、炉心にはそれを取り込む経路がない。
前世では、ひび割れた大地から一滴ずつ魔力を拾い、わずかに残った力を無理やり術式へ通していた。火を灯すだけでも、残った魔力を削らなければならなかった。
ここでは、星と星の間に力が満ちている。
炉心が吸えないのなら、吸い口を作ればいい。
指先に術式を灯すと、黄金の線が隔壁の傷に沿って走った。
派手な魔法陣ではない。この古い船に、大きな陣はまだ重い。なので、炉心から艦体外部へ向けて、細い術式の道をつなぐ。
セラの端末が鳴った。
「未登録反応、増大。けど、温度は上がっていない……? 冷却系も正常。炉心振動は、むしろ低下?」
『熱量収支、不一致。外部空間より未知媒質流入の可能性』
「未知媒質?」
『分類不能』
「分類してください」
『該当分類なし』
「でしょうね!」
セラの声が通路に響いた。
俺は術式を一つ閉じ、別の線を開く。咳き込むように乱れていた炉心の振動が、少しずつ低く、一定になっていった。
通路の床が、足の裏でかすかに鳴る。
流れは安定してきた。
隔壁に手を添えたまま、さらに術式をかける。
炉心に無理をさせないように、余計な部分を外して書き換えていく。
セラがこちらを見た。何か言いたそうだったが、口を閉じて端末へ目を戻す。
黄金の線が隔壁の表面で小さな輪を描いた。
次の瞬間、詰まっていた振動が抜けた。
船がひとつ、息を吸ったようだった。
暗かった通路の照明が明るさを取り戻す。遠くで、止まっていた扉が動き出した。空調の唸りも静かになり、古い船の中を冷たい風が流れていく。
『艦内電力、安定域へ移行』
ノアの声から、かすかなノイズが消えている。
『空調系、照明系、医療保管庫、食堂加熱設備の一部復旧を確認』
食堂。それはよい。
飯を温められる船なら、まだ救いがある。
セラは端末を見つめたまま動かなかった。
「セラ」
「燃料が」
「うん?」
「燃料残量の低下を検出できません」
「そうだろうな」
セラがゆっくり顔を上げた。目が据わっている。
「そうだろうな、じゃありません。燃料が減っていないのに、出力だけ上がっています!」
「外の力で足りない分を補っているからな」
「外?」
「星の海だ」
「真空から燃料を補う炉心なんて聞いたことありません」
「今できた」
「その一言で処理しないでください!」
『記録。炉心、未登録外部媒質の取り込みを開始した可能性』
セラが天井を仰いだ。
「ノア、その記録は不用意に共有しないでください」
『不可能。本件は艦の安全保障上、最重要異常ログです』
「でしょうね!」
短い電子音のあと、ノアの声が船内へ流れた。
『全乗員へ通達。艦内電力が安定域へ移行。照明、空調、医療保管庫、食堂加熱設備の一部復旧を確認。不要な移動を避け、各区画責任者は異常の有無を報告してください』
通路の奥から、声が聞こえてくる。
「照明が戻ったぞ」
「補助電源じゃないのか?」
「空調、動いてる」
「医療区画の保冷庫が再起動したって」
「燃料残量は?」
「減ってないらしい」
「そんなことあるのか?」
ある。今できた。
そう口にするのはやめておいた。
兵たちは疲れている。寝不足の頭へ、これ以上余計なものを詰め込む必要はない。
俺は隔壁から手を離した。黄金の光は消えたが、炉心の奥に開いた小さな吸い口は残っている。
これで、しばらくは息ができる。
航行にも戦闘にも足りないが、最低限の電力は戻った。まずはそれでいい。
「司令」
セラが低い声で呼んだ。
「はい」
「返事だけ素直にしないでください。怖いので」
「では、なんだ」
「出力は確かに安定しました。燃料消費も異常なほど少ない。ですが、艦体側は旧式のままです」
セラが端末をこちらへ向ける。線と数字が並んでいた。
細かな数字はわからないが、赤い表示が多い。赤はだいたい良くない。
「配管が古い。放熱板も劣化しています。主砲の砲身は、今の出力をそのまま流せば耐えません。シールド発生器も不安定です。艦体構造材にも限界があります。出力だけ上がっても、それを受ける艦体が壊れたら終わりです」
「なるほど」
「本当にわかっていますか?」
「古い杖に大魔法を通しすぎると割れる。わかりやすい」
セラが頭を抱えた。
「わかっているようで、何もわかっていない気がします」
『同意』
「またか」
『艦体保全の観点から、同意します』
「ひどい船だ」
『事実報告です』
セラは疲れたように息を吐いた。
それでも、端末を操作する指は止まっていない。警告表示が増えているのに、時折、炉心隔壁へ視線を戻している。
前世の魔道士にも、恐怖より好奇心が先に立つ者はいた。
だいたい早死にする。気をつけてやらねばならない。
『追加報告』
ノアの声が、わずかに変わった。
「なんだ」
『艦内電力の安定により、投影機能の一部復旧を確認』
「投影?」
セラが顔を上げる。
「まさか、艦橋中央の旧式ホログラムですか? あれ、ずっと死んでいたはずじゃ」
『復旧処理を実行』
炉心区画の壁に埋め込まれていた投影端末が、砂嵐のように明滅した。
青白い光が空中へ散る。一度消え、二度揺らぎ、三度目で形を結んだ。
人ではない。
小さな箱だった。いや、箱というより船か。
青白い線で描かれた箱舟のような立体図形が宙に浮かび、その周囲を光の輪がゆっくりと回っている。
『艦載AI《ノア》、投影機能の一部復旧を確認』
俺はしばらく眺めた。
「箱か」
青白い箱舟が、ぴたりと揺れを止める。
『旗艦の意匠に合わせた最適表示です。侮辱ではありませんか?』
「怒ったのか?」
『否定。感情機能は制限されています』
セラが小さく呟いた。
「その割に、今の返答は少し機嫌が悪そうでしたよ」
『記録しません』
「記録しないんですね」
『本件は艦の安全保障上、重要ではありません』
「都合の悪いことだけ分類が速い……」
そう言って、セラが苦笑した。
俺は箱舟を眺めた。
「ノア」
『はい、司令官』
「よく喋るようになったな」
『投影機能の一部復旧に伴い、応答処理速度も改善しています』
「良いことだ」
『ただし、司令官の行動予測精度は低下しています』
「なぜだ」
『参考にできる前例がありません』
セラが小さく頷いた。
「それは本当にそうです」
まあいい。
俺は炉心区画を出て、艦橋へ戻った。
通路の照明は、先ほどより明るい。古い船らしく影は残っているが、さっきまでの沈んだ暗さではなかった。壁の配管から聞こえていた雑音も、いくらか減っている。
途中、何人もの兵がこちらを見た。
誰も声はかけない。敬礼だけをする。
古参らしい兵が、明かりの戻った通路を見上げている。その隣では、若い兵が温かくなり始めた空調の吹き出し口へ手をかざしていた。
疑うような目は向けられている。それでも、先ほどまで俯いていた兵たちが、動き出した設備を確かめていた。
「これで少しは息がしやすくなる」
隣を歩くセラが、端末を抱えたまま呟いた。
「艦が、ですか。乗員が、ですか」
「両方だな」
「……そういうところだけ、妙にまともなんですよね」
「いつもまともだ」
セラは答えなかった。
ノアの箱舟型ホログラムが、艦内端末の上へ小さく投影されてついてくる。まだ安定しておらず、ときどき輪郭が崩れた。古い投影機能なら仕方がない。
艦橋へ戻ると、眠っていた画面のいくつかが再起動し、計器にも光が戻っていた。
兵たちは持ち場につき、途切れていた記録を呼び出し、各区画から届く報告を処理している。先ほどまで静かだった艦橋に、短い指示や応答が重なっていた。
『艦内主要系統、暫定安定』
ノアの箱舟型ホログラムが、艦橋中央で青白く明滅する。
『炉心出力および艦内電力供給は安定域にあります。ただし、主砲照準系、シールド発生器、放熱板、艦首構造材に重大な劣化を確認。高出力運用は非推奨』
「非推奨ではなく禁止です」
『司令官の命令権限を考慮し、表現を調整しました』
「調整しなくていいです」
セラは端末を操作し、星図へ航路を表示した。
「炉心の状態を確認するためにも、まず低出力で推進試験を行います。係留を解除して、指定されている辺境警戒宙域まで移動しましょう」
「動かして大丈夫なのか?」
「低速なら、です。異常が出た場合は即座に停止します」
「なら頼む」
セラが航行班へ指示を飛ばした。
「係留設備との接続を解除。補助推進器、低出力で起動。警戒宙域への航路を確認してください」
『係留接続、解除』
艦橋の奥で、低い振動が生まれた。
窓の外に見えていた係留施設が、ゆっくりと後方へ流れていく。《アーク》の巨体が姿勢を変え、星の並ぶ暗闇へ艦首を向けた。
古い船の動きは鈍い。だが、床から伝わる振動に、先ほどまでの乱れはなかった。
ようやく船らしくなってきた。
**
三日後。
《アーク》はロズベル星系外縁の警戒宙域を、最低限の出力で進んでいた。
その間、まともに加速できた時間は短い。
出力を少し上げるたびにセラが各区画の数値を確認し、警告が増えれば速度を落とした。古い配管と放熱板は、炉心ほど簡単には直らなかった。
それでも、航行試験の結果はひとまず良好だった。炉心出力は安定し、燃料消費率も観測下限に近い。代わりに、艦内では細かな警告が出続けている。
セラは艦橋の端末へ張りつき、報告が届くたびに眉間の皺を増やしていた。
「主砲は撃てないのか?」
俺が尋ねると、セラが端末から顔を上げた。
「撃てます。ですが、今のまま最大出力で撃ったら、敵より先に艦が悲鳴を上げます」
「悲鳴で済むのか?」
「済まない可能性が高いです」
「なら、悲鳴を上げないように直せばいい」
「お願いですから、何でも直せる前提で考えないでください」
その言葉が途切れた直後、艦橋正面の星図に赤い点が灯った。
一つ、二つ、三つ。
さらに増える。
ノアの箱舟型ホログラムが青白く明滅した。
『警告。外部宙域に未登録武装艦隊を確認』
艦橋が静まり返る。
セラが端末を覗き込み、表情を引き締めた。
「識別信号なし。通信応答なし。針路……こちらに向かっています」
兵たちの間にざわめきが走る。
「海賊……」
誰かが小さく呟いた。
そうか。来たか。
星図の赤い点は親切だった。
数も位置も、どちらから近づいてくるかも分かる。
宇宙の敵は見つけやすくていい。
「司令、海賊です!」
セラがこちらを見る。
俺は赤い点と、自艦の状態を示す表示を見比べた。
主砲は歪み、シールドも怪しい。兵たちは疲れ、食堂の設備も完全には直っていない。
ただ、炉心出力だけは安定している。
俺は主砲の表示へ目をやった。
あの曲がった杖を、どうにか使えるようにしなければならん。
「ずいぶん親切な敵だな」
「親切?」
「位置も数も見えている」
セラは星図を見た。
「……それを親切と呼ぶ人は初めて見ました」
ノアの声が艦橋へ響く。
『未登録武装艦隊、接近中。推定交戦圏到達まで――』
星図に、赤い点がもう一つ増えた。