前世が大魔道士だった俺、宇宙戦艦を魔改造して銀河を成り上がる 〜退役寸前のゴミ艦隊ですが、魔法で動かせば最強です〜 作:オカノヒカル
何が起きたのか、最初の一瞬は分からなかった。
俺が立っていた場所に、焼けた金属片が刺さっている。
その横にセラが倒れていた。
「セラ」
返事がない。
制服の脇が裂けている。
血が広がっていた。
『医療班へ緊急通知』
「担架!」
艦橋後方から人が走ってくる。
俺はセラの横へ膝をついた。
「司令、防御が!」
誰かの声。
そうだった。
敵は待ってくれない。
俺がエーテルの流れから手を離せば、《アーク》全周の防御配分が止まる。
だが、セラも待てない。
浅い呼吸。
止まらない血。
前世の森が一瞬だけ頭をよぎった。
倒れた人間を前に、魔力が足りず、為す術もなかったこと。
でも今は外からエーテル(魔力)を取れる。
「少し待て」
誰に言ったのか、自分でも分からなかった。
俺は船体を流れているエーテルを見る。
試作二号を作った時にやったこと。
俺が横にいなくても動くようにした。
取り込み、流し、出しすぎず、必要なら止める。
防御も同じようにできるはずだ。
「今の流れを、そのまま保て」
術式へ命令を刻む。
右舷を厚く。
左舷はその半分。
艦首と艦尾へ残りを流す。
今、この瞬間の配分を固定する。
黄金の光が一度強くなった。
手を離すが、消えない。
『未登録防御領域、維持継続』
『防御出力配分、固定状態。外部攻撃方向への追従補正不能』
「ノア。見ていろ。触らなくていい」
『了解。術式節点、船体温度、冷却経路を監視します』
「どれくらい持つ」
短い計算。
『現在の被弾条件では、安全限界まで推定二分四十一秒』
「十分だ」
セラへ向き直る。
医療班が傷口を確認していた。
「胸腹部に複数の破片。出血が止まりません。内部損傷もあります!」
「どいてくれ」
「司令?」
「治す」
手を当てる。
治癒魔法は昔から使えた。
だが、昔は魔力が足りなかった。上位魔法を使うにも魔力を大地から刮ぎ取らなければならなかった。
魔法によって血を止める。
傷を塞ぐ。
治る力を少しだけ助ける。
それが限界だった。
今なら傷そのものが見える。
裂けた血管。
傷ついた肺。
焼けた筋肉。
破片の周囲で潰れた組織。
全部へ同じ量の力を流す必要はない。
炉と同じだ。
必要な場所へ。
必要なだけ。
まず血を止める。
裂けた血管の縁へ細くエーテルを通す。
つなぐ。
次。
呼吸を邪魔している傷。
焼けた組織。
一つずつ。
黄金の光が、俺の指からセラの身体へ沈んでいく。
「……出血が」
医療兵の声が震えた。
『出血量、急減』
「血管が閉じてる……?」
破片を抜く。
その後ろを塞ぐ。
損傷した組織を戻す。
以前なら、これだけで魔力が尽きただろう。
今は外からエーテルを補える。
使う力より、細かく動かす方が難しい。
『臓器損傷反応、低下』
「司令、何を……」
「治癒魔法だ」
「え?」
「今なら上位魔法も使える」
医療兵が何か言いたそうな顔をした。
今は聞かない方がよさそうだ。
セラが小さく息を吸った。
「……司令」
「起きるな」
「防御……」
「まだ持っている」
『固定術式、安全維持可能時間、残り五十二秒』
「あとで戻る」
「そうじゃ……なくて」
セラの目が少し開く。
「リーネを……艦橋へ」
「リーネ?」
「外骨格と……主骨格……。これから無茶をするなら……あの人に」
「お前より分かるのか?」
セラがほんの少し眉を寄せた。
「船体構造は……あの人の専門ですよ」
そこだけは譲らないらしい。
「分かった」
医療班へ顔を向ける。
「連れていってくれ」
「はい。傷自体は……信じられませんが、かなり塞がっています。ただ、失血があります。しばらくは絶対安静です」
「頼む」
担架が動く。
セラが艦橋から運ばれていった。
『固定術式、安全維持可能時間、残り二十七秒』
「分かっている」
俺は壁へ手を戻した。
黄金の流れが戻ってくる。
固定されたまま偏っていた部分をほどく。
右舷。
艦首。
左後方。
敵の射線へ合わせて、また流し直す。
『防御領域、再制御』
『術式節点負荷、低下』
間に合った。
少しだけ息を吐く。
するとノアが、すぐ別の問題を持ってきた。
『追加報告』
「今度は何だ」
『ガレス・ロズベル領主認証端末に、複数の認証セッション開始反応を確認』
星図の中央後方。
兄上のいる中型艦が表示される。
「署名は終わったか?」
『否定。正式承認記録は確認されていません』
「なら、まだいい」
『ただし、領主認証手続きは継続中です』
さらに艦が動く。
『ガレス・ロズベル搭乗推定艦、陣形後方へ移動開始』
進路が伸びる。
ロズベル星系外縁。
ハイパーレーン方面。
「認証を持ち出す気か?」
クレインの声が回線へ入った。
〈星系外へ出られれば面倒になる〉
「ああ」
俺は主砲の表示を見る。
「ノア。主砲は」
『再射撃可能予測――四時間三十七分後』
長いな。
兄上が署名を断り続けてくれればいいが、そこへ期待するほど兄上を信用していない。
「ノア。ガレス兄上を乗せた艦まで、最短は?」
『算出します』
星図に一本の線が伸びた。
共同治安艦隊の陣形を、ほとんど真っ直ぐに貫いている。
『最短航路を表示。航路上に敵艦複数』
「近づければ、手はある」
『具体的手段の提示を要求します』
「まだ少し考えている」
『計画未確定として記録します』
「俺もまだ完全には決めていない」
『早期の確定を推奨します』
「分かっている」
俺は操舵席へ目を向けた。
「操舵。あの艦を追う。この航路で行け」
操舵士が表示を確認する。
「最短航路ですか。回避は?」
「必要になった時だけ頼む」
「了解。目標艦を追尾します」
『現在針路を維持した場合、前方二隻が迎撃位置へ入ります』
「そのまま行く」
「了解」
操舵士の手が走る。
《アーク》の巨体が、ガレス兄上を乗せた艦へ艦首を向けていく。
そこへ艦橋の扉が開いて、リーネが入ってくる。
薄い端末を抱え、いつも通り制服は乱れていない。
「司令官。セラがわたしを呼んだと聞きました」
「ああ。外骨格を見るなら、お前だと言っていた」
リーネの足が一瞬だけ止まる。
「セラが?」
「ああ」
それ以上は聞かなかった。
すぐ端末を開く。
「分かりました。船体構造はわたしが見ます」
「助かる」
第一艦隊から通信。
〈レオン司令。ガレス領主の艦を追うなら、第一艦隊も出る〉
「お前たちは残れ」
〈しかし――〉
「共同治安艦隊の本隊を本星へ行かせるな」
俺が抜けた後、第一艦隊まで追えば、カレドの前が空く。
クレインは数秒だけ黙った。
〈……了解した。こちらで本隊を牽制する〉
「頼む」
〈必ず戻ってください、レオン司令〉
「努力する」
〈そこは断言してもらいたいところですが〉
「できない約束はしない方がいい」
〈あなたはそういう人でしたな〉
回線が切れた。
俺は別回線を開く。
「グレッグ」
〈はい、司令〉
背後に見えたのは艦橋ではない。
《アーク》の揚陸区画だ。
強化揚陸装甲が並び、隊員たちが装備を確認している。
「移乗準備は」
〈終わってます。使える揚陸装甲も全部起こしました〉
「そのまま待機」
〈了解しました〉
細かいことは聞かない。
あの男は、それで助かる。
「ノア。さっきの防御魔法だが」
『はい』
「船全部を同じ厚さで守る必要はないな」
『肯定。防御領域の局所集中は可能と推定』
「艦首へ集めるとどうなる?」
『正面防御強度は大幅に上昇します。ただし側面および艦尾の防御力が低下しますが、シールドジェネレーターでカバーはできます』
「十分だ」
リーネが顔を上げた。
「何をなさるおつもりです?」
「外骨格は、正面からどのくらい持つ」
「質問が大きすぎますね」
彼女は船体図を出した。
白い外骨格。
艦首盾頭。
中央主骨格。
主砲を撃った時に直したばかりの支持部。
「戦闘加速だけなら、現状は問題ありません」
「正面から大きな荷重が入った場合は?」
青灰色の目が俺を見る。
「どの程度です?」
「まだ決めていない」
「まあ」
リーネが小さく首を傾げた。
「そういう答えは、安全確認をする側には少し困りますね」
「正面なら、横より強いか」
「それは、はい」
端末上で負荷経路が伸びる。
「艦首盾頭で受けて、白い外骨格から中央主骨格へ逃がせる方向なら、かなり耐えます。横から同じ荷重を受けるのはお勧めしません」
「正面ならいいんだな」
「“いい”とは言っていませんよ」
柔らかい声だった。
だが、否定もされなかった。
それで十分だ。
「ハイゼンへ。本星側を頼む」
旧式軽巡洋艦からすぐ返答が来た。
〈了解しました。港と避難航路はこちらで見ます。補給工作艦にも、いつでも損傷艦を受け入れられるよう伝えてあります〉
「任せる」
〈そちらは?〉
「少し前へ出る」
ハイゼンが一瞬黙った。
〈司令の“少し”は信用していませんが、了解しました〉
通信が切れる。
いい部下が増えた。
少し口が悪いのが難点だ。
艦首姿勢制御系には、試作二号が補助出力を送り始めた。
まだ大した力ではない。
だが、古い巨体の向きを揃えるには十分役に立つ。
『姿勢制御補助、正常』
「戦闘加速」
「戦闘加速、開始!」
操舵手が復唱し、艦尾の主推進器群が一斉に火を噴いた。
灰色の巨艦が前へ出た。
第一艦隊が左右へ開き、こちらへ向かう敵高速艦を牽制する。
本星側では、ハイゼンの軽巡とフリゲートが退避航路を守る。
補給工作艦は港に残した。
グレッグたちは船の腹で待っている。
リーネは外骨格を見ている。
主砲だけが眠っていた。
「司令官」
リーネが進路表示を見る。
「この航路、回避航路ではありませんね」
「ああ」
「ガレス領主の艦へ近づくんですよね?」
「そうだ」
彼女の視線が、船体図の艦首へ移った。
分厚い盾頭。
白い外骨格。
その周りへ、黄金の防御魔法が少しずつ集まっていく。
『敵前衛艦、射程内へ進入』
俺は正面を見た。
主砲が使えるまで、まだ四時間以上ある。
なら、今は別の手を使えばいい。
まずは敵の懐まで近づく。