前世が大魔道士だった俺、宇宙戦艦を魔改造して銀河を成り上がる 〜退役寸前のゴミ艦隊ですが、魔法で動かせば最強です〜 作:オカノヒカル
第34話 領主代行、宇宙へ帰りたい
「宇宙へ帰りたい……」
兄上を取り戻してから、約一か月。
俺は敵艦でも牢屋でもなく、領主府の机に捕まっていた。
目の前には端末が三つ。
一つには本星港の復旧状況。もう一つには第一艦隊の修理と負傷兵への補償。最後の一つには、交易、医療物資、古い契約、ガレス兄上の代に承認された支出、共同治安艦隊事件の中央府提出資料、それから各部署から送られてくる決裁案件が詰まっている。
朝から一つずつ片づけている。
それなのに減らない。
海賊艦なら撃てば減った。
書類は承認すると増える。
どういう仕組みなのだろう。
俺は港湾復旧予算に関する一件を確認し、承認欄へ触れた。
【承認処理を完了しました】
よし。
【関連申請十四件を生成しました】
「……なぜ増えた?」
端末は答えなかった。
壊れているのなら直せる。
敵なら追い払える。
腹を空かせている者がいるなら、飯を食わせればいい。
だが、書類を一枚片づけた結果、十四枚に増える現象については、俺の知っている魔法体系にもなかった。
椅子の背へ身体を預ける。
領主府の執務室は広い。
机も椅子も、第2艦隊の司令官席よりずっと立派だった。空調も静かで、飲み物を頼めばすぐに出てくる。
待遇に文句はない。
それでも、気づけば窓の向こうへ目が行く。
青い空が広がっている。
そのさらに上。
大気の外には宇宙がある。
地上にもエーテルがないわけではない。だが、宇宙とは比べものにならないほど薄い。
身体は何ともない。
それでも、いつも手の届くところへ置いていた道具を、全部まとめて遠くへ持っていかれたような感じがする。
そして、その宇宙には《アーク・ロズベル》がいる。
俺の船だ。
第二艦隊もいる。
なのに、俺はここで机に向かっている。
「……船に戻りたい」
誰もいない執務室で呟いてみた。
次の案件を開く。
【交易組合提出――本星港湾使用料に関する緊急要望】
今度は、少し分かりやすそうだった。
共同治安艦隊との一件以来、本星《カレド》を危険な場所と見る商船が増えたらしい。
寄港する船が減れば、荷が減る。
荷が減れば、港で働く者の仕事も減る。
交易組合からの要望は単純だった。
港湾使用料を一時的に下げ、商船を呼び戻してほしい。
「下げればいいんじゃないか?」
船が来ない。
料金が高い。
なら安くする。
少なくとも、敵の砲撃を止める方法よりは簡単そうに思えた。
俺は申請内容を先へ送った。
【案一 全船舶を対象とした港湾使用料の一律引き下げ】
【案二 期間限定引き下げ】
【案三 大型商船のみを対象とした優遇措置】
【案四 新規航路開設船への優遇措置】
【既存事業者との長期契約に関する調整が必要です】
【港湾復旧財源への影響を確認してください】
【関連条例三件の改定が必要です】
俺は表示を上から下まで読んだ。
もう一度読んだ。
「……なぜ料金を下げるだけで、こんなに種類がある」
どうやら、また敵が増えたらしい。
商船を戻したい。
港を直したい。
港で働いていた者たちの仕事も戻したい。
そこまでは分かる。
だが、半年後、一年後まで考えると、決めることが増える。
一律で下げていいのか。
期間を決めるべきなのか。
すでに使っている商船まで安くする必要があるのか。
その結果、港の修理に使う金が足りなくなったらどうするのか。
戦場なら、敵が何をしようとしているかを見ればいい。
何を守り、どこを叩くかを決める。
書類相手には、そうはいかない。
俺はしばらく端末を眺めたあと、画面を閉じた。
「兄上に聞くか」
こういう書類を読むのは、ユリウス兄上は嫌いではなかったはずだ。
この一か月にも、軽い案件を二度ほど見てもらっている。
身体に負担をかけない範囲なら、少しくらい相談してもいいだろう。
**
ユリウス兄上が療養している施設は、領主府からそれほど離れていなかった。
療養室へ入ると、兄上は寝台の背を起こした状態でこちらを迎えた。
「久しぶり、というほどでもないか。レオン」
「調子はどうだ」
「昨日よりはいいよ」
声は穏やかだった。
だが、元気とは言い難い。
頬は痩せ、肌は白い。寝台の上へ出された腕も細く、二十六歳の男のものとは思えないほど力が抜けて見えた。
少し話すだけでも、呼吸の間が長い。
妻のエマが、寝台のそばの椅子から立ち上がろうとした。
飾りの少ない服を着た、静かな印象の女性だ。
「ご無沙汰しております、レオン様」
「座ったままでいい」
「ありがとうございます」
エマは一礼して、再び夫のそばへ腰を下ろした。
この一家と俺は、昔から親しく行き来するような関係ではない。
ユリウス兄上とも険悪ではなかったが、何でも相談する兄弟だったわけでもない。
こうして病室へ政務の相談を持ってくるのは、少し妙だった。
「それで?」
兄上が俺の手にある端末を見る。
「今日は何を持ってきたんだい?」
俺は端末を差し出した。
「これが分からん」
兄上が受け取る。
「何が?」
「全部だ」
一瞬、兄上の目が止まった。
それから、小さく笑った。
「領主代行がそれを言っていいのかい?」
「分からんものを、分かった顔で決めるよりはいい」
「それはそうだね」
兄上は表示へ目を落とした。
笑みを引っ込め、指先で資料を送る。
交易組合の要望。
港湾収入。
復旧工程。
過去半年の寄港数。
いくつかの数字を確認してから、兄上が口を開いた。
「レオンは、どうしたい?」
「商船を戻したい。港の仕事も戻したい」
「そのために?」
「港の料金を下げればいいと思った」
「うん。考え方としては間違っていないよ」
「間違ってないのか?」
「でも、それだけで船が戻るとは限らない」
「なぜだ?」
兄上は港の利用状況を表示した。
「今のロズベル本星が避けられている一番の理由は、料金じゃない。安全性だよ」
共同治安艦隊が本星を包囲し、実際に地上へ戦略投射を行った。
商人から見れば、少し前まで戦場だった場所だ。
事件の記録は、すでに星系連合中央府へ送ってある。
戦略投射の記録。
ガレス兄上へ提示されていた権限移譲文書。
領主認証端末の履歴。
共同治安艦隊との通信記録。
向こうも向こうで、俺たちの攻撃を問題として裁定を求めているらしい。
中央府では現在、双方の記録を照合中。
まだ結論は出ていない。
あれだけ派手に撃ち合ったのだから、すぐに白黒がつくと思っていた。
どうやら政治の世界では、砲撃より書類の方が遅いらしい。
「全面的に料金を下げても、今も来てくれている商船が安く港を使えるようになるだけかもしれない。その一方で、港の収入は確実に減る」
「修理に回す金も減るな」
「そう。復旧が遅れれば、危険だと思われる期間が長くなる。そうなれば、新しい船はさらに来にくくなる」
なるほど。
「では、下げないのか?」
「下げるよ」
俺は兄上を見た。
「下げるのか」
「うん」
兄上は何でもないように次の資料を開いた。
「ただし、全部は下げない。例えば、以前使っていた航路を再開してくれる業者。それから、新しく定期便を設定する商船。そういう相手に、期間を区切って優遇を出す」
「戻ってくる船にだけ餌を置くのか」
「言い方はともかく、近いかな」
兄上が苦笑する。
「一律で料金を下げるより収入は残る。その分を港の復旧に回せるし、安全検査の結果や復旧区画を商人へ示すことにも使える。実際に定期便が戻れば、それ自体が他の商人を呼び戻す材料にもなる」
一隻来る。
その船が無事に出ていく。
次の船も来る。
戦場で先頭の一隻が航路を通れば、後続が続きやすくなるのと少し似ている。
「期間は?」
「最初から終わりを決める。港の主要区画の復旧完了を条件にしてもいい」
「あとから元の料金へ戻すためか」
「それもある」
兄上は端末を軽く叩いた。
「いったん下げた料金を元に戻されると、商人は値上げだと受け取るからね。最初から特例だと分かっていれば、戻す時にも説明しやすい」
俺は端末を見た。
兄上を見る。
もう一度、端末を見る。
俺がしばらく悩んでいたことを、兄上は二十分もかからず整理してしまった。
「兄上」
「うん?」
「領主をやった方がいいんじゃないか?」
兄上が目を丸くした。
やがて、困ったように笑う。
「病人に随分な仕事を勧めるね」
「俺より向いている気がする」
「君は今、正式な領主じゃなくて代行だろう」
「代行でも書類は減らん」
「そこは変わらないと思うよ」
それは困る。
だが、本気で少し考えてしまった。
敵がいる。
壊れたものがある。
足りないものがある。
そういうものなら、まだ分かりやすい。
一つ料金を変えた結果、商人がどう動き、港の収入がどう変わり、復旧に何が起きるか。
兄上はそこまで見ている。
俺よりずっと、この机に向いているのではないだろうか。
「それでね。もう一つ――」
兄上が言いかけたところで、声が途切れた。
「……っ」
咳が続く。
端末を持つ指が震えた。
さっきまでより呼吸が浅い。
顔から、さらに血の気が引いていた。
「ユリウス、今日はもう」
エマが言った。
「あと少しなら」
「駄目です」
声は静かだった。
だが、兄上はそこで口を閉じた。
しばらく妻の顔を見てから、素直に端末を俺へ返す。
「妻には勝てない」
「それは良いことだ」
エマは端末を手放した夫へ水を渡し、寝台の角度を少し戻した。
動きに迷いがない。
これを長い間、続けてきたのだろう。
その時、隣の部屋へ続く扉が少しだけ開いた。
小さな顔が覗く。
俺と目が合った。
「レオンおじちゃん?」
六歳になるユリアーナだった。
「ああ」
返事をしてから、少し戸惑った。
姪とまともに話すのは、これが初めてかもしれない。
俺が親族付き合いというものに、あまり熱心でなかったせいでもある。
ユリアーナの方には、そういう遠慮はないらしい。
こちらへ歩いてくると、俺を見上げた。
「宇宙で戦ってるんでしょ?」
「まあな」
「大きい船?」
「大きい方だ」
「魔法も使えるってほんとう?」
「……」
エマがわずかに娘へ顔を向けた。
何かを察したようだったが、少し遅かった。
「レオンおじちゃんって、セラさんを魔法で治したんでしょ?」
どこから聞いたのか?
箝口令は敷いたが、どこかから漏れたらしい。
「治した」
「じゃあ」
ユリアーナが寝台の父親を見る。
そして、また俺を見た。
「お父さんも治せないの?」
部屋が静かになった。
「ユリアーナ」
エマが娘の名を呼ぶ。
叱りつける声ではない。
ユリウス兄上も、寝台から娘を見る。
「無理を言ってはいけないよ」
「だって……」
「いい」
俺はユリアーナの前へしゃがんだ。
傷を治せるなら、病気も治せる。
何も知らなければ、俺だってそう考える。
「傷なら、壊れた場所が分かる」
「こわれた場所?」
「ああ。骨が折れた。血管が切れた。肉が裂けた。そういうものなら、どう治せばいいか分かる」
ユリアーナは真剣な顔で聞いている。
「病気は?」
「何が壊れているのか、分からないことがある」
「お父さんも?」
俺はユリウス兄上を見る。
長く続いている病気だ。
俺が見ただけで原因まで分かるようなものではない。
「今の俺には分からん」
ユリアーナの眉が下がった。
「分からないまま魔法を使えば、もっと悪くするかもしれない」
「……そっか」
「だから、今は治せるとは言えん」
小さな肩が落ちる。
俺は少し考えてから続けた。
「だが、調べることはできる」
ユリアーナが顔を上げた。
「ほんと?」
「ああ。ただし、わからないうちは何もしない。それでいいか?」
「うん」
今度は素直に頷いた。
エマは何も言わなかった。
ただ、娘の肩へそっと手を置いた。
治せると決めつけるわけにはいかない。
死んだ者は戻らないし、悪い場所が分からなければ、治癒の術式も組みようがない。
前世で何十年と魔法を使ってきても、それは変わらなかった。
「レオン」
兄上が呼んだ。
「ありがとう」
「まだ何もしていない」
「それでもだよ」
俺は立ち上がった。
兄上も疲れている。
今日はこれ以上、長居しない方がいい。
端末をしまう。
その時、寝台へ身体を預けた兄上の横顔が目に入った。
少し伸びた髪が耳へかかっている。
その隙間から覗いた耳の上端は、ほんのわずかに尖っていた。
俺はそのまま視線を戻した。
「また来る」
「仕事を持って?」
「その可能性は高い」
「次は少なめにしてくれると助かるよ」
「努力する」
できるとは言わなかった。
**
領主府へ戻った頃には、窓の外が少し暗くなっていた。
執務室の机には、朝とあまり変わらない量の案件が待っている。
俺は持ち帰った端末を開いた。
港湾使用料の案件には、兄上が短い整理案を残していた。
対象を絞る。
期限を決める。
復旧の進捗と連動させる。
残した収入を港の安全回復へ回す。
俺には、すぐには出てこなかった考えだ。
「……やはり俺より向いているんじゃないか?」
少なくとも、この机には。
俺は整理案を担当部署へ送り、次の予定を確認した。
今日。
政務。
その下。
翌日の予定が表示されている。
【軌道港――《アーク・ロズベル》改装状況確認】
手が止まった。
「明日は宇宙か」
明日は、《アーク》を見に行ける。
俺は予定表を閉じ、残りの案件を一つ開いた。
次回、34話の投稿は9/25となります。