前世が大魔道士だった俺、宇宙戦艦を魔改造して銀河を成り上がる 〜退役寸前のゴミ艦隊ですが、魔法で動かせば最強です〜 作:オカノヒカル
宇宙はいい。
本星《カレド》を離れ、軌道港へ向かう連絡艇の窓から星が見えた瞬間、そう思った。
一か月ぶりだった。
大気圏を抜けた途端、地上より濃いエーテルを感じる。身体の周囲に馴染んだ力が戻ってくるようだ。
「……やはり、こっちだな」
誰に聞かせるでもなく呟く。
昨日まで机の上で増殖していた書類も、ここまでは追ってこない。
少なくとも今は。
連絡艇が軌道港へ接舷した。
俺は一人で降りる。
迎えはいらないと言っておいた。
ここは第二艦隊が使っている港だ。
港内を行き交う作業員や兵士に軽く挨拶を返しながら、整備ドックへ向かう。
昨日、端末に表示されていた予定。
【軌道港――《アーク・ロズベル》改装状況確認】
それだけを楽しみに、昨夜は書類を片づけた。
やっと《アーク》へ戻れる。
そう思っていたのだが。
指定された整備ドックへ入り、俺は足を止めた。
「……ないな」
《アーク》がいない。
大型戦艦一隻が消えるとは考えにくい。ドック番号も合っている。
視線を上げる。
作業足場が何層にも組まれていた。
大型クレーンが動き、資材コンテナが次々と運ばれている。その奥では作業艇が小刻みに姿勢を変え、何十人もの整備員が外壁や骨格へ取り付いていた。
巨大な灰色の構造物が、その中央にある。
艦首の外装は大きく取り外されている。
盾頭の周囲も開かれ、内部骨格が露出していた。
船体中央でも装甲板が何枚も消え、外から艦内設備の一部が見えている。
増設していた外骨格も、いくつかの区画では取り外されていた。
見覚えはある。
あるのだが。
「……これを《アーク》と呼んでいいのか?」
『肯定。本艦です』
頭上の作業用スピーカーからノアの声が返ってきた。
「だいぶ小さくなっていないか?」
『船体質量は改装開始前より一時的に減少しています』
「そういう意味ではない」
『承知しています』
最近、この船は分かっていて答えることがある。
良くない成長かもしれない。
「司令?」
聞き慣れた声がした。
足場の下からセラが歩いてくる。
いつもの軍服より作業向きの勤務服で、黒髪のボブには少し乱れがあった。片手に端末を持ち、反対の手には作業用手袋を握っている。
俺はもう一度《アーク》を見た。
「……何をした?」
「改装ですけど」
「修理ではなかったのか?」
「修理だけなら、ここまで開けません」
セラは当然のように答えた。
「これまでの《アーク》は、戦うたびに壊して、そのたびに応急処置を重ねてきましたから」
「壊したのは敵だ」
「司令自身がぶつけた分もあります」
それは否定できない。
敵艦へ正面から突っ込んだ記憶はある。
「今回は時間があります。なので、一度きちんと開けて、応急改修の積み重ねを整理しています。外から付けただけの構造も、艦内系統も、正式な形に落とし直しているところです」
「なるほど」
外から継ぎ足しただけでは、奥の骨格や系統までは直らない。
一度全部開いて、そこから組み直しているということか。
「司令、そこは止まらないでください。資材が通ります」
後ろから声をかけられた。
「すまん」
俺が避けると、大型運搬機が長い構造材を載せて通っていった。
その先で、淡い蜂蜜色の髪を低い位置でまとめた女が端末を見ている。
リーネ・カーヴェルだ。
「第七フレーム、仮固定完了しました」
作業員が報告する。
リーネが表示を確認した。
「内部側は?」
「確認待ちです」
すぐ横で別の技師が端末を上げた。
「冷却経路、配管スペースとも干渉ありません」
「では固定しましょう」
大型固定具が動く。
『第七フレーム固定誤差、許容範囲内』
ノアの声が重なった。
「固定完了。次、内部系統班入ります」
待っていた整備員たちがすぐに動く。
ついさっきまで骨格材を運んでいた場所へ、今度は配管と制御線を扱う班が入った。
その後ろでは、もう検査班が機材を準備している。
別の区画でも同じだった。
構造材が入る。
内部設備が続く。
配管が接続される。
その後ろを検査班が追う。
誰か一人が全部やっているわけではなかった。
それでも作業は途切れない。
「第三冷却幹線、仮接続完了です」
『接続確認。圧力試験準備可能』
「まだ流さないでください」
セラが少し離れた場所から言う。
「隣の支持部を先に固定します。そこが動くと接続部に負荷が来ます」
「了解」
リーネは自分の端末へ視線を落としたまま、別の班へ短く指示を出す。
「第五支持部、固定を先にしましょう。内部班が待っているから、予定を三分前倒しできるかしら?」
「できます」
「お願い」
それだけで作業順が入れ替わった。
以前の二人を知っている身としては、少し妙だった。
仲良く雑談しているわけではない。
昔のことを笑って話しているわけでもない。
それでも、仕事は噛み合っている。
セラが次に何を通すか分かっているから、リーネの側が先に場所を空ける。
リーネがどこへ荷重を逃がすか分かっているから、セラの班もそこへ配管を置かない。
『冷却系統仮接続を確認』
『第七フレーム固定完了』
『隣接区画との設計照合。問題なし』
ノアも忙しい。
人間が作業する横で、膨大な検査結果を片端から処理している。
俺はしばらくその様子を見ていた。
誰も止まらない。
誰も俺へ聞きに来ない。
「……俺は?」
セラが振り返った。
「はい?」
「何か手伝わなくていいのか?」
「見学してください」
「それだけか?」
「司令が今から新しい改造を思いつく方が困ります」
釘を刺された感じだった。
「魔法側で必要な固定術式は、もう渡したはずだが」
「はい。なので、今日は触らないでください」
どうやら俺の仕事は、本当に見ていることらしい。
俺は外装を剥がされた《アーク》を見上げた。
少し納得がいかない。
だが、俺がいなくても船が直るのなら、本来は良いことだ。
たぶん。
第一艦隊の旗艦から移した白い外骨格も、今は外されていた。
あれもこの改装で、使える部材だけを組み直すらしい。
「結局、どんな船になる?」
「今よりまともになります」
「見た目は?」
セラも船を見上げた。
「基本の形は変えません」
「そうか」
それならよかった。
「なんで安心した顔をするんですか」
「《アーク》はこれでいい」
細く尖った最新艦のような姿になったら、それはもう別の船だ。
灰色で四角く、鈍重。
必要な場所に装甲と機械を積み、艦首に大砲を一本通したような船。
その方が落ち着く。
今はほとんど骨だが。
**
一通り改装区画を見て回った頃には、作業交代の時間になっていた。
セラは残るらしい。
「私はもう少しいます。圧力試験まで見ておきたいので」
「無理はするなよ」
「してません。今日は普通の勤務時間です」
重傷から復帰して、まだそれほど経っていない。
本人は平気だと言うが、前より少しだけ気になるようになった。
リーネの方は端末を閉じた。
「司令官、もう地上へ戻ります?」
「ああ。そのつもりだ」
「でしたら、少し待っていてください。私も今日は上がりなので」
「分かった」
港の待合区画で待つことにした。
数分後。
通路から一人の女が歩いてきた。
淡いクリーム色のワンピース。
襟や袖には細かなレースが入り、胸元には小さなリボンがついている。柔らかく膨らんだスカートが歩くたびに揺れた。
長い蜂蜜色の髪も、仕事中より柔らかくまとめ直してある。
そのまま俺の前まで来た。
「お待たせしました」
「……リーネ?」
「はい」
一瞬、分からなかった。
「そういう服を着るんだな」
リーネが自分の服を見る。
「何か変ですか?」
「いや。仕事中と違いすぎただけだ」
「私だって帰る時まで制服ではありませんよ」
「仕事中のリーネしか知らなかったからな」
リーネが少し眉を寄せた。
「私の認識、どうなってるんですか?」
「腕のいい船体設計士だと思っている」
「それなら、まあ……いいですけど」
少しだけ納得したらしい。
俺たちは地上便の旅客区画へ向かった。
整備区画を離れると、港の空気も変わる。
作業服と軍服ばかりだった通路に、旅行客や商人が増えた。
売店。
飲食区画。
荷物を引く家族。
地上行きの便を待つ人々。
戦艦を骨まで剥がしていた場所から、数区画しか離れていないとは思えない。
搭乗口へ向かっていた時だった。
「あっ、それ、メルヴェイユですよね?」
明るい声がした。
振り返る。
少女が二人いた。
どちらも十五歳くらいだろう。
先に声を上げた少女は、リーネの服を見て目を輝かせている。
「今期のやつですよね? その型、実物初めて見ました」
「まあ。よく分かったわね」
「好きなんです。でも高くて見るだけですけど」
「アンナ。知らない人にいきなり服の値段まで聞かないの」
隣の少女が友人の袖を引く。
「値段は聞いてないよ」
「そのうち聞くでしょ」
アンナと呼ばれた少女が何か言い返そうとして、今度はこちらを見た。
「……あれ?」
表情が止まった。
俺を見る。
もう一度見る。
「えっ」
「どうした?」
「レオン・ロズベル?」
「ああ」
「本物?」
「たぶんな」
「たぶんって何ですか」
リーネから訂正が入った。
少女は目を丸くしたまま、俺の周囲を見る。
「領主代行ですよね?」
「今はそうなっている」
「なんで護衛の人がいないんですか?」
言われてみれば、そう見えるらしい。
「普通に歩いてるから、一瞬分かりませんでした」
「ここは港の警備区画内だ。それに、護衛を何人も連れて歩くと、みんな道を空けるだろう」
「それは……空けますね」
「そうなると、普段の港がどう使われているのか分からなくなる」
港の混み具合や、利用者の様子は、領主府の報告書だけでは分からない。
自分で歩いた方が早い。
「だからって、完全に一人で出歩くのは感心しませんけどね」
リーネが横から言った。
「今日は一人ではない」
「私を護衛扱いしないでください」
そういう意味ではなかった。
アンナが楽しそうに笑う。
「なんか、思ってたのと違う」
「何を思われていたんだ」
「もっとこう……近づいたら警備の人に止められる人かと」
それは人の種類なのだろうか。
「あの、サインもらってもいいですか?」
「サイン?」
「はい!」
アンナが自分の端末を差し出した。
表示されているのは、ただのメモ画面だ。
「ここにお願いします。アンナって入れてもらえると嬉しいです」
「アンナ・ミュラーです」
隣の少女が補足した。
「ちょっと、エルゼ。自分で言うところだったのに」
「遅いから」
「じゃあ、こっちはエルゼ・フィッシャー。私の友達です」
「自分で名乗るから」
今度は立場が逆になったらしい。
「エルゼ・フィッシャーです」
「レオン・ロズベルだ」
「それは知ってます」
そうだった。
俺はアンナの端末へ名前を書いた。
これでいいのだろうか。
返すと、アンナは妙に大事そうに端末を抱えた。
「ありがとうございます!」
「そんなに価値のあるものでもないと思うが」
「ありますよ!」
本人より詳しいらしい。
そこで二人を改めて見る。
制服らしい服装。
大きな旅行荷物はない。
保護者も見当たらない。
「君たちは旅行か?」
「いえ。病院の帰りです」
アンナが答えた。
「病院?」
「私の定期検査です」
横にいたリーネが少し考えてから言った。
「ここの軌道医療施設?」
「はい」
「あそこ、遺伝性疾患や希少疾患の検査設備が集まっていたわよね」
「そうです。地上の病院だとできない検査もあるから」
アンナは自分の胸へ軽く手を当てた。
「心臓が、生まれつきちょっと悪いんです」
言い方は明るい。
隣のエルゼも、特に慌てた様子はなかった。
何度も付き添っているのだろう。
「今日は?」
「問題なしでした。次もいつも通りでいいって」
「ならよかった」
「はい」
ちょうど地上便の搭乗表示が見えてきた。
アンナがリーネへ手を振る。
「服、見せてもらえてよかったです」
「次は買えるといいわね」
「頑張ります」
「何を頑張るの」
エルゼが突っ込む。
搭乗口へ向かいかけたところで、アンナの足が止まった。
「……あれ?」
声が変わった。
胸を押さえる。
「アンナ?」
エルゼがすぐに振り返る。
「ちょっと……待って」
アンナの身体が傾いた。
エルゼが抱き止める。
「アンナ!」
次回、35話の投稿は9/29となります。