前世が大魔道士だった俺、宇宙戦艦を魔改造して銀河を成り上がる 〜退役寸前のゴミ艦隊ですが、魔法で動かせば最強です〜 作:オカノヒカル
ロズベル領辺境宙域。
星明かりもまばらな航路外縁を、黒く塗られた武装艦が進んでいた。
正規軍の艦ではない。艦腹に識別紋はなく、通信信号も偽装されている。それでも、艦首へ無理に増設された砲塔と、装甲に刻まれた乱雑な傷を見れば、素性は明らかだった。
海賊艦隊。
その旗艦の艦橋で、船長バルドは正面の星図を見下ろしていた。
表示されているのは、ロズベル領第二艦隊。灰色の旧式艦が、まとまりの悪い隊列を組んでいる。
中央には、旧式戦艦《アーク・ロズベル》。
その後ろに、武装の一部を塞いだ軽巡洋艦が一隻。退役後は訓練艦に回されていた船だ。
左右を固めるのは、細長い旧式フリゲートが二隻。
さらに後方には、貨物区画を膨らませた補給工作艦と、観測装置ばかりが目立つ小型の調査艦が続いている。
六隻はそろっていたが、同じ艦隊として造られたようには見えなかった。
中でも旗艦《アーク・ロズベル》は、遠目にも時代遅れだった。四角く分厚い艦体は鈍重で、くすんだ装甲の各所に補修板が貼られている。継ぎ接ぎの艦首へ砲塔だけを載せた姿は、古い倉庫を無理やり軍艦にしたように見えた。
「見ろよ。あれがロズベルの第二艦隊か」
「棺桶に砲塔をつけただけじゃねえか」
「戦艦の後ろに、訓練艦と巡回艦かよ」
「工作艦と調査艦まで戦列に混ぜてやがる」
「艦隊じゃねえ。廃船置き場の引っ越しだ」
「乗員ごと売れば、部品代くらいにはなるだろ」
「旗艦には領主家の三男坊が乗っているらしい。身代金も取れるな」
艦橋に笑い声が広がった。
バルドも口の端を吊り上げる。
旧式でも軍艦は軍艦だ。無傷で奪えばそれなりの値がつく。乗員を人質にすれば、ロズベル領への揺さぶりにも使える。
なにより、旗艦には領主家の三男坊がいる。
辺境へ飛ばされた落ちこぼれだろうと、血筋は血筋だ。
「中型艦二隻を前へ。小型艦三隻は左右と後方へ回り、退路を塞げ」
「旗艦はどうします?」
「沈めるな。領主家の三男坊ごと拿捕する。逃げようとしたら推進器か外部砲座を叩け。左右のフリゲートは先に潰せ。後ろの工作艦と調査艦は傷つけるな。中身ごと売れる」
「了解」
副官が端末を操作すると、海賊艦隊の進路が第二艦隊へ向けて揃った。
「接近を開始します」
「逃がすな。旗艦も使える形で残せ」
バルドは片手を振り、報告を打ち切る。
彼にとって重要なのは、目の前の灰色の棺桶を捕まえることだけだった。
星図上で、赤い航路線が第二艦隊へ向かって伸びていく。
第二艦隊との距離は縮み続けていた。
表示された速度差を見る限り、第二艦隊が逃げ切れるはずはなかった。
**
警告音が艦橋に鳴り響いていた。
復旧した照明の下で、兵たちが一斉に口を閉ざしている。
正面の星図では、複数の赤い点が隊列を組み、こちらへ向かっていた。
『敵艦隊、戦闘隊形へ移行』
ノアの声が艦橋へ響く。箱舟型のホログラムはまだ不安定で、青白い輪郭がときおり崩れていた。
『推定、拿捕目的』
『本艦の戦闘継続能力、低』
『主砲照準系、不安定』
『シールド発生器、起動成功率不明』
報告が重なるたび、兵たちの口元が固くなる。
無理もない。
三日前に炉心と最低限の艦内設備は復旧したが、主砲もシールドも艦体も、戦闘に耐えられる状態ではない。
航行試験と応急点検を続け、乗員は交代で休ませている。それでも、長く積み重なった疲労までは抜けていなかった。
「敵艦六。中央に大型艦一、左右に中型艦二、後方に小型艦三。全艦、こちらへ針路を合わせています」
索敵士の声が艦橋に響いた。
「第二艦隊各艦、通信接続を維持」
「戦闘態勢に移行。艦隊を第一戦闘配置へ」
俺が命令を出すと、ノアが各艦の配置を指示した。
『旧式軽巡洋艦、旗艦上方に配置』
『フリゲート二隻、下方警戒位置』
『補給工作艦および調査艦、後方待避位置』
「敵、識別信号なし。警告通信への応答もありません」
通信士が続ける。
「相対速度、上昇。現状の推力では振り切れません。推定交戦圏到達まで二十六分」
航法士の報告と同時に、星図上の予測線が更新された。
『推定、拿捕目的』
ノアの箱舟型ホログラムが青白く明滅する。
セラは各報告を端末上で確認していた。
「識別拒否、武装反応、包囲隊形。海賊と判断します。主砲とシールドは、まだ戦闘状態にありません」
セラは冷静に状況を伝える。
「逃げるべきです」
実務士官も続いた。
端末に表示された速度差を見れば、撤退を提案するのは当然なのだろう。
「この艦隊では交戦できません」
「主砲が撃てないなら、ただの的です」
「司令、撤退命令を」
いくつもの視線が俺に集まった。
まだ彼らは俺を信じていない。当然だ。
三日前まで動かなかった旧式艦隊が、炉心を直しただけで急に勝てるはずがない。そう思うのは当然だ。
俺は正面の星図を見る。
敵の数も針路も距離も、赤い点として表示されている。
逃げても追いつかれる。
だが、向こうもまだ撃てる距離にはいない。
交戦まで二十六分。
それだけあれば、できることはある。
艦橋のざわめきは収まらない。
「航法予測、更新。全速後退でも接触までの時間が延びるだけです」
航法士が報告した。
「主砲は低出力射撃のみ。シールドも正常起動を保証できません」
兵装管制士の声は硬かった。
「司令、撤退を開始しても、途中で交戦に移る可能性があります」
セラが冷静に進言してくる。
逃げても追いつかれる。交戦しても危険。
敵が撃沈ではなく拿捕を狙っているなら、旗艦を無傷で手に入れるため、こちらへ近づいてくる。
その時間は使える。
「逃げ切れるなら退く」
艦橋の声が少し静まった。
「だが、この速度差では追いつかれる。艦首を向けたまま迎えるぞ」
撤退を求める声は止まった。
だが、士官たちの肩から力は抜けていない。
『警告。敵小型艦一、隊列を離脱』
星図上の赤い点がひとつ、急に伸びた。
「急加速しています!」
索敵士の声が飛ぶ。
包囲へ回ろうとしていた小型艦の一隻が、進路を大きく変えていた。
こちらの側面をかすめるような航路だ。
「左翼フリゲート、迎撃に移ります!」
味方の光点がひとつ動く。
だが、敵の方が速い。
小型艦はフリゲートの進路を外側から回り込み、そのまま《アーク》へ向かってきた。
『敵小型艦、本艦左舷へ接近』
『兵装起動を確認』
「左舷副砲、目標を追尾! 迎撃火器も回せ!」
兵装管制士が叫ぶ。
外部映像で、横腹に並ぶ古い砲塔が動き始めた。
数基は途中で止まり、残った副砲が敵艦を追う。
閃光。
こちらの砲撃を、小型艦は急加速で外した。
「速い……!」
次の瞬間、敵艦の船体が光った。
「シールド展開!」
『シールド発生器、起動』
艦橋の照明が一瞬だけ暗くなる。
『出力安定せず』
『シールド展開失敗』
腹の底へ響く衝撃が来た。
床が揺れ、壁面の表示が赤く染まる。
どこかで金属の軋む音がした。
「被害報告!」
『左舷中央部に被弾』
『補修装甲を貫通』
『外周整備区画、気密低下。自動隔壁を閉鎖』
『主骨格への損傷なし』
『人的被害、なし』
艦橋に短い沈黙が落ちた。
外部映像が拡大される。
左舷中央。
何度も張り直されてきた補修板の継ぎ目がめくれ、その奥に黒い穴が開いていた。
小型艦はもう離れている。
一撃を加えただけで、こちらの副砲射程から逃れようとしていた。
「……いまのは、小型艦の砲撃です」
セラが低い声で言った。
端末に表示された損傷箇所から目を離さない。
「中型艦に撃たれれば、区画ひとつでは済みません」
なるほど。
穴そのものは直せる。
主骨格も無事だ。
だが、敵の主力まで同じ距離へ入れるのはまずい。
「主砲は?」
セラが顔を上げた。
「司令、副官として申し上げます。主砲は撃てる状態ではありません」
画面には赤い警告が並んでいる。
照準系不安定。砲身劣化。供給経路過負荷。反動吸収系、限界値不明。
「一応、低出力なら発射できます。しかし、それでは海賊艦の装甲を抜けない可能性が高い。かといって最大出力で撃てば、炉心からの供給に主砲が耐えられません」
「なら、撃てるようにする」
「いまからですか? 戦闘前整備の手順も安全確認も、まるごと飛ばすことになります」
「敵の主力はまだ遠い」
「距離の問題ではありません!」
セラが声を荒らげた。
『推定交戦圏到達まで、残り時間あり。ただし、主砲修復に必要な標準作業時間を大幅に下回ります』
「標準ではない方法でやる」
「嫌な予感しかしません」
俺は左舷の損傷表示を一度見てから、主砲の状態表示へ目を移した。
**
「第二艦隊各艦へ。《アーク》は正面に残る」
星図上で、自艦隊の六つの光点を確認する。
「軽巡洋艦は後方の二隻をまとめろ。補給工作艦と調査艦は、《アーク》の主砲射線から退避」
「フリゲート二隻は左右へ。回り込む小型艦を監視し、後方へ近づけるな」
「敵の大型艦はこちらで引き受ける」
通信士が各艦へ命令を送る。
「軽巡洋艦、通信中継位置へ移動」
「フリゲート二隻、左右警戒へ展開」
「補給工作艦、緊急修理班待機」
「調査艦、敵航跡の追跡を継続」
ばらばらだった六つの光点が、それぞれの場所へ動き始めた。
「航行指揮は当直士官に任せます。ノア、艦橋の補助を」
『了解。戦術航行補助を継続します』
セラは端末を抱え、俺の後を追った。
艦橋を出ると、通路のあちこちで兵たちがこちらを見た。
赤い警告灯が点滅し、壁や床を染めている。炉心出力が戻っても、補修板の並ぶ壁や、踏む場所によって音の違う床までは新しくならない。
「あの司令官、本当に戦う気か」
「主砲はまともに撃てないはずだ」
「逃げるんじゃないのか」
囁きが背中に届く。
俺は立ち止まらなかった。
セラは隣を歩きながら端末を操作し、艦内の退避指示、主砲制御室の開放、整備班への警告を同時に流している。
箱舟型のノアは壁面端末に映り、次の区画では通路上へ薄く投影された。移動するたびに輪郭が乱れ、青白い光へ細かなノイズが混じる。
『敵艦隊、進路変わらず』
『武装反応、増大』
『本艦主砲制御室、到着まで十二区画』
「わかっている」
艦首主砲制御室には、古い管制盤と、何度も張り替えられた配線が並んでいた。焼けた絶縁材の匂いが残り、立入制限表示が赤く点滅している。
砲身へ続く巨大な制御管が、壁の奥へ伸びていた。
俺は管制盤へ手を当てる。
金属の奥に力の流れがある。まっすぐではない。何か所も歪み、途中で細くなっていた。
「やはり、芯が曲がっている」
「主砲です」
「長くて、力を通し、先端から撃つ。杖だ」
「前にも聞きました。そして納得していません」
俺は答えず、主砲の制御系へエーテルを通した。
艦の機械は、前世の杖とはまるで違う。だが、力を通す道具であることに変わりはない。
問題は、途中の流れが歪んでいることだ。
指先から、黄金の細い光が走った。
管制盤の表面に螺旋の術式が浮かぶ。光は配線へ入り、壁面を伝い、主砲の制御管へ伸びていった。
セラが慌てたように問いかける。
「待ってください。いま主砲制御系に直接、何を刻みました?」
「補正だ」
「補正で砲身に発光ラインは出ません!」
壁の奥で低い振動が生まれた。
灰色の制御管に沿って、黄金の線が伸びていく。螺旋を描いて分かれ、また集まりながら、主砲へ向かって進んでいた。
「反動吸収系への負荷配分が変わってる……? 熱も既存の放熱経路へ分散されている? ノア、全ログを保存。出力経路の変化を追跡して!」
『記録中。ただし、既存分類に該当しない処理が多すぎます』
ノアの返答には、わずかな遅れがあった。
『主砲制御系に未登録幾何学パターンを確認』
『警告。主砲構造材の耐久限界を超過する可能性』
「では、砲身が壊れない程度に撃つ」
「その判断を感覚でやらないでください!」
セラの声が制御室に響いた。
整備兵たちは工具を持ったまま、管制盤を見つめている。何年も応急処置を重ねて使ってきた主砲が、目の前で見知らぬ動きを始めていた。
完全に作り替える時間はない。
一発に必要な範囲だけ、流れの歪みを直し、反動と熱を逃がす経路をつなぐ。
『敵艦隊、接近継続』
『交戦圏到達まで、残りわずか』
**
海賊艦隊の旗艦では、まだ笑い声が続いていた。
第二艦隊が逃げない。
それが、彼らには諦めたように見えていた。
「観念したか」
「いや、撃つ気か?」
「あの棺桶の主砲で?」
「撃たせろ。反動で自滅するかもしれん」
そこへ、先ほど《アーク》へ一撃を加えた小型艦から通信が入った。
「こっちは射撃終了。離脱する」
「戦果は?」
「命中。左舷を抜いた」
艦橋の何人かが顔を見合わせた。
「抜いた? あれでも戦艦だろ」
「戦艦らしいぜ。一応な」
通信の向こうで笑い声がした。
「あの棺桶、装甲まで紙くずだ。こっちの連装砲で穴が開いたぞ」
旗艦の艦橋にも笑いが広がる。
バルドは艦長席へ深く腰かけ、正面の灰色艦を眺めた。
逃げない旧式艦。
小型艦の砲撃で装甲を抜かれた旗艦。
そこに乗る領主家の三男坊。
これほどいい獲物はない。
「前面シールドを上げろ。中型艦は隊形を維持。小型艦は、いつでも散開できるよう間隔を取れ」
「船長」
副官が端末を見て眉をひそめた。
「敵旗艦から高エネルギー反応。規格不明です」
「前面シールドは?」
「展開済みです。ただ、炉心出力が旧式艦の範囲を超えています。艦首にも未確認の発光パターンが」
バルドは正面表示へ目をやった。
灰色の船体は、先ほど小型艦の砲撃をまともに受けたばかりだ。
「センサーの誤読だ。照準反応が出たら散開しろ。それまでは拿捕隊形を維持する」
副官は端末と灰色艦を見比べた。
「ですが――」
「小型艦の連装砲で外板を抜かれた船だぞ。警戒するのは照準反応が出てからでいい」
副官はわずかに口を閉ざした。
「……了解」
海賊艦隊は速度を落とさず、《アーク》へ近づいていく。
**
俺たちが艦橋へ戻った時には、壁一面に赤い警告が広がっていた。
星図上の赤い点は、すでにかなり近い。
兵たちは持ち場についているが、誰も口を開かない。乾いた空調音と、端末を叩く指の音だけが続いていた。
ノアの箱舟型ホログラムが、艦橋中央へ浮かぶ。
『敵艦隊、交戦圏へ接近』
『本艦主砲、未登録補正処理により出力経路変更』
『警告。安全基準を複数超過』
セラが俺を見る。
「司令、発射命令を出すおつもりですか」
「撃たなければ、向こうが撃つ」
「そんな出力で撃ったら、主砲どころか艦首が吹き飛びます!」
「なら、吹き飛ばないように撃つ」
「だから、その判断を感覚でしないでください!」
『推定結果。通常条件では、艦首構造崩壊』
「ほら!」
『ただし、現在は通常条件ではありません』
「ノアまで何を言い出すんですか!」
セラが額を押さえた。
補正は通っている。一度なら撃てるはずだ。
正面の星図では、敵旗艦が中央に位置し、その左右を護衛艦が固めている。照準反応が出るまでは、このまま拿捕隊形を崩さないつもりらしい。
なら、最初に中央を止める。
外部映像に映る《アーク》の艦首へ、黄金の螺旋術式が浮かび上がった。
光が主砲の砲身へ巻きつき、古い放熱板を細かく震わせる。艦首の先端では、小さな光の輪が形を結んだ。
艦橋のあちこちで、息を呑む音がした。
「艦がきしんでる!」
「大丈夫なのか?」
「何が起きてるんだ?」
ノアの冷静な声だけが聞こえてきた。
『主砲発射可能。ただし、結果予測不能』
「撃つんですか? 司令!」
セラの声が艦橋に響いた。