前世が大魔道士だった俺、宇宙戦艦を魔改造して銀河を成り上がる 〜退役寸前のゴミ艦隊ですが、魔法で動かせば最強です〜 作:オカノヒカル
アンナの顔色が急速に悪くなっている。
呼吸が浅い。
胸を押さえたまま、肩が細かく震えていた。
エルゼはアンナを支えながら、自分の端末を開く。
「救急要請。心臓です。持病があります」
指は震えている。
だが、操作は止まらない。
「医療ID送ります。先天性の心筋疾患です。今日の検査記録もあります」
すぐに応答が返った。
〈救急要請を受理しました〉
〈最寄り救急班を派遣します〉
数秒。
〈警告。第二搬送路は復旧工事のため閉鎖中です〉
〈救急班は第四搬送路を迂回します〉
〈到着予測、九分四十秒〉
「十分近く?」
エルゼの顔が強張った。
リーネはすぐに周囲へ声を飛ばす。
「通路を空けてください! 救急搬送が来ます!」
周囲の人々が左右へ避けた。
俺はアンナの横へしゃがむ。
まだ意識はある。
「アンナ。聞こえるか」
「……はい」
弱い。
「すぐに救急が来る。少し待てるか?」
医者が来るなら、医者に任せるのがいい。
俺は病気の原因を知らない。
昨日、ユリアーナにもそう言った。
分からないものへ、適当に魔法を使うべきではない。
だが。
「アンナ?」
エルゼの声が裏返った。
アンナの身体から急に力が抜ける。
呼吸がさらに浅くなった。
唇から色が消えていく。
エルゼの端末が警告音を鳴らした。
【心拍異常】
【循環機能低下】
「救急、あとどれくらい!」
〈到着予測、七分十一秒〉
七分。
俺はアンナを見る。
直感的に、待てる顔ではなかった。
「エルゼ」
「はい?」
エルゼはアンナを抱えたまま、俺を見上げた。
「間に合わないかもしれん」
端末がまた警告音を鳴らす。
【循環機能低下】
アンナの呼吸は、さっきよりさらに弱い。
「緊急事態だ。俺に任せてくれ」
エルゼはすぐには動かなかった。
「でも……何をするんですか?」
「今、止まりかけているところだけを戻す。応急措置と思ってくれればいい」
「戻す……?」
横からリーネが口を挟んだ。
「エルゼ」
声は静かだった。
「任せて。この人は、死にかけた人を助けたことがあるから」
エルゼがリーネを見る。
「本当に……?」
「ええ」
短い返事だった。
エルゼは迷いながらも、アンナの身体から少し離れた。
「……お願いします」
「ああ」
俺はアンナの胸のあたりへ手をかざす。
何をするか説明している時間はない。
病気そのものは分からない。
だが、今壊れかけている場所なら探せる。
エーテルを細く流した。
身体の内側を探る。
骨。
血管。
肺。
その奥。
心臓。
「……ここか」
動きがおかしい。
規則正しく縮むはずの筋肉が、一部でほとんど働いていない。
拍動も乱れている。
昨日、ユリアーナへ言ったことを思い出した。
傷なら、どこへ戻せばいいか分かる。
なら、今はそこだけだ。
「アンナ。少しだけ我慢しろ」
術式を絞る。
身体全部へは触れない。
傷んだ心筋。
今、機能を失いかけている場所だけ。
周囲のまだ正常に動いている組織を手本にして、形を戻す。
力を流す。
心臓が大きく跳ねた。
一度。
乱れる。
もう一度。
少しだけ間隔が揃った。
「アンナ?」
「まだだ」
手を離さない。
壊れた部分だけを戻す。
それ以上には踏み込まない。
やがてアンナが大きく息を吸った。
「……っ」
薄く目が開く。
「アンナ!」
「エル……ゼ……」
「喋らなくていい」
遠くから救急班の足音が近づいてきた。
「救急です! 患者は?」
「ここです!」
エルゼがすぐに医療IDを差し出した。
「十五歳。先天性の心筋疾患があります。さっき急に倒れて――」
救急班がアンナの身体へ測定器を取り付ける。
一人が表示を確認した。
「心拍、戻っています」
「血圧も上昇中。搬送します」
担架が滑り込んでくる。
俺も立ち上がった。
「倒れたあと、応急処置をした」
救急担当者がこちらを見た。
「応急処置?」
「ああ」
「どのような処置ですか?」
当然の質問だった。
「詳しい方法は、領主府の機密事項に触れる」
相手の眉がわずかに動いた。
「ただ、患者の身体へ何かを残したわけではない。薬剤も機械も使っていない」
「……医療経験がおありで?」
「少し特殊なものなら」
これでは説明になっていない。
俺にも分かっている。
「検査を優先してくれ。必要なら、担当医にはあとで直接説明する」
救急担当者は一瞬迷ったあと、アンナへ視線を戻した。
「分かりました。同行をお願いします」
**
アンナは軌道医療施設へ運び込まれた。
エルゼはもちろん、俺とリーネも一緒だった。
検査室の扉が閉じる。
エルゼは、その前から動かなかった。
リーネも少し離れた壁際で待っている。
勤務はとっくに終わっているはずだが、帰ろうとはしなかった。
しばらくして、医師が出てきた。
「ミュラーさんの状態は安定しています。今のところ、生命の危険はありません」
エルゼの肩から力が抜けた。
「よかった……」
リーネも小さく息を吐いた。
そのまま俺へ向き直る。
「司令官。私は先に帰るわね」
「ああ。付き合わせて悪かった」
「別に。あのまま帰れるわけないでしょう」
リーネはエルゼの方を見る。
「お友達、助かってよかったわ」
「はい。本当に……ありがとうございました」
「私は通路を空けただけよ。お礼なら司令官に」
「リーネ」
「事実でしょう?」
そう言って、リーネは軽く手を振った。
「じゃあ、お先に。明日も《アーク》の工事がありますから」
「無理はするな」
「それ、セラにも言っておいてください」
リーネはそのまま廊下の向こうへ消えていった。
少しして、看護師がエルゼを呼んだ。
「付き添いの方、ミュラーさんとお会いになれます」
「はい」
エルゼは俺へもう一度頭を下げ、アンナのいる区画へ入っていった。
そこで、医師が俺を見る。
「ロズベル領主代行」
「レオンでいい」
「では、レオンさん。先ほどの応急処置について伺えますか」
「ああ」
「救急記録では、あなたが処置する直前まで循環機能が急速に低下しています」
医師が端末を開く。
「ところが搬送時には、心筋の収縮能力が大幅に回復している。薬剤投与の記録もない。救命装置を使用した形跡もありません」
「使っていないからな」
「では、何を?」
ここで誤魔化しても仕方がない。
「人のいない場所で話せるか」
医師は少しだけ俺を見てから頷いた。
「こちらへ」
案内されたのは、小さな診察室だった。
扉が閉まる。
医師がもう一度聞いた。
「それで、何をしたのです?」
「傷んだ部分を治した」
医師の表情が止まった。
「……治した?」
「ああ」
「心筋を?」
「ああ」
沈黙。
「見た方が早いな」
診察台の横に、使い捨ての処置器具が並んでいた。
「これは使っていいか?」
「何をするつもりです?」
「説明する」
滅菌包装された小さな器具を一つ取る。
指先へ浅く当てた。
「ちょっと、何を――」
皮膚が切れた。
赤い血が一筋浮かぶ。
医師が眉を寄せる。
「見ていてくれ」
指先へエーテルを流す。
傷口を元の形へ戻すだけだ。
皮膚が閉じる。
血が止まる。
数秒後には、細い傷跡すら消えていた。
医師が俺の指を見る。
それから俺を見る。
もう一度、指を見る。
「……再生処置用の機器は?」
「使っていない」
「薬剤も?」
「ない」
「ナノマシンは」
「入れていない」
医師が黙った。
「俺は、これを魔法と呼んでいる」
「魔法……」
「信じなくていい。そういう名前で呼んでいるだけだ」
俺にとっては昔からそうだった。
こちらの世界で何と分類されるかは、今のところ知らない。
「アンナにも、同じことを?」
「同じではない。外傷ではなかったからな」
俺は自分の胸を指した。
「心臓の動きが悪くなっている場所を探した。そこだけ、周囲の正常な部分へ合わせて戻した」
医師はしばらく俺を見たあと、端末へ視線を落とした。
「……検査結果と照合させてください」
「ああ」
**
再び検査結果を前にした時、医師は先ほどより慎重になっていた。
「先ほどの話を前提にすると……確かに説明はつきます」
端末に心臓の画像が表示される。
「急性に機能低下していた心筋組織は、異常なほど良好な状態へ戻っています。壊死もほとんど確認できません」
「なら、治ったのか?」
「いいえ」
医師は首を横に振った。
「今回損傷した心筋は回復しています。しかし、ミュラーさんの病気そのものは残っています」
「どう違う?」
「原因が、心臓そのものにないからです」
別の資料が開かれる。
長い配列と記号が並んだ。
「彼女の疾患は遺伝性です」
「遺伝?」
「身体を作る情報の一部に、生まれつき異常があります」
医師が一部を拡大する。
「その情報に従って身体が作られ続けるため、正常な心筋を作っても、長い時間の中でまた同じ問題が起こります」
俺は表示を見る。
「今回俺が直したのは?」
「結果です」
「原因ではないと?」
「はい」
昨日、ユリアーナへ話したことを思い出した。
傷なら、壊れた場所が分かる。
病気は、それが分からないことがある。
だが。
今回は、医者たちが知っている。
なぜ壊れるのかを。
俺は遺伝情報の表示を見た。
直す場所を、間違えているのか?
次回、『第36話 遺伝病を治す方法』の投稿は10/2となります。