前世が大魔道士だった俺、宇宙戦艦を魔改造して銀河を成り上がる 〜退役寸前のゴミ艦隊ですが、魔法で動かせば最強です〜 作:オカノヒカル
心臓は治っている。
だが、病気は治っていない。
診察室の端末に映る二つの検査結果を見ながら、俺はその意味を考えていた。
「このままなら、いずれ同じことが起こります」
医師が言った。
「治したのに?」
「壊れた心臓は治っています。少なくとも、今回急激に機能を失った心筋については、こちらでも異常なほど良好な状態まで回復していると確認できました」
「では何が残っている?」
「心臓を、また同じように壊す原因です」
医師が端末を操作した。
二つの細長い表示が並ぶ。
一方にはアンナの遺伝情報。
もう一方には、別の情報。
「この領域を見てください」
一部分だけが拡大された。
俺には並んでいる記号の意味までは分からない。
だが、二つが違っていることは分かった。
「アンナさんには、この領域に変異があります。これが心筋疾患の原因です」
「こっちは?」
「正常参照です」
「つまり、これが正しい形なのか?」
「この疾患について言えば、そうです」
俺は二つの表示を見比べた。
間違っている場所が分かる。
正しい形も分かる。
そこまで分かっていて、なぜ治せないのだろう。
「こっちと同じにすればいいんじゃないか?」
医師が一度黙った。
「それが安全にできれば、そうします」
「できないのか」
「一部の細胞へ働きかける方法はあります。ただ、患者の全身にある対象を正確に選び、他の遺伝情報へ影響を出さず、同じ修正を行うとなると話が変わります」
なるほど。
俺はもう一度、表示を見た。
魔法そのものではないが、壊れた術式を見ている時と似ていた。
前世で魔法杖や魔導具を直す時、壊れた術式を見つけるだけでは足りなかった。
線が一本切れている。
記号が一つ崩れている。
それが分かっても、元がどう刻まれていたのか知らなければ、正しく戻せない。
だから設計図を見る。
なければ、同じ型の無事な術式を探す。
原本が必要になる。
「これは魔法の術式じゃない」
「……はい?」
「だが、直し方は似ているな」
医師が少し怪訝な顔をした。
俺は正常参照の方を指した。
「これを原本にできないか?」
「原本?」
「壊れた術式を直す時もそうする。間違っている場所を消すだけじゃ駄目だ。何が正しいか分からなければ、直しようがない」
次に、アンナ側の表示を指す。
「ここの間違っている部分だけ、こっちと同じにする」
医師が俺を見る。
「遺伝情報を……正常型へ変える?」
「他には触らない」
「待ってください」
「何だ?」
「この正常参照は、一人の健康な人間の遺伝情報ではありません」
「違うのか?」
「複数の正常例を基に、この疾患原因領域で正常と確認されている情報です。人によって遺伝情報には差があります」
「それでいい」
「え?」
「アンナを他人にしたいわけじゃない。病気の原因になっているところだけ、正しい形が分かればいい」
医師はしばらく俺を見ていた。
そのあと、別の資料を三つ開いた。
「では、こちらも見てください」
正常例が三つ並ぶ。
細かな違いはあるらしい。
だが、医師が示した病因部分だけは共通していた。
「ここは全部同じだな」
「はい。この疾患について、正常型と判断する根拠の一つです」
「この部分以外を変えたら?」
「何が起きるか分かりません」
「なら触らない」
「……簡単に言いますね」
「簡単じゃないから確認している」
医師が口を閉じた。
「本当に、この部分だけが病気の原因なんだな?」
「現在の診断では」
「正常原本も間違いない?」
「複数の正常例と照合できます」
「なら、それも全部見せてくれ」
医師は小さく息を吐いた。
「分かりました。ただし、いきなり患者本人へ試すのは認められません」
「俺もそのつもりはない」
今度は医師が少し驚いた。
「……そうなんですか?」
「さっきから信用がないな」
「当然です」
即答された。
**
アンナは意識を取り戻していた。
まだ顔色は良くないが、発作を起こした時とは違う。
寝台の横にはエルゼが座っていた。
「病気そのものへ、治療を試みる方法があります」
医師が説明すると、アンナは目を瞬いた。
「治るんですか?」
「まだ分からん」
俺が答える。
エルゼがこちらを見た。
「でも、さっきはアンナを助けてくれましたよね」
「さっき直したのは、壊れかけていた心臓だ。今度は、壊れる原因の方を触る」
「……それ、大丈夫なんですか?」
「だから先に試す」
「試す?」
「いきなり本人にはやらない」
医療施設には、今回の検査で採取されたアンナ由来の細胞試料が残っていた。
まずはそれを使う。
アンナは少し迷ってから頷いた。
「お願いします」
「怖くないのか?」
「怖いです」
即答だった。
その横で、エルゼがアンナの手を握る。
「でも、このままも怖いから」
**
小さな検査容器の中に、アンナ由来の細胞がある。
俺には細胞一つ一つの遺伝情報を読む知識はない。
だから、医学側に場所を決めてもらう。
異常がある領域。
正常ならどうなっているか。
そこまで指定してもらえば、あとは俺の仕事だ。
正常参照を頭に入れ、細くエーテルを流す。
感覚としては、古い魔導具の修理に近い。
崩れた術式の一部だけを見つけ、原本と照らし合わせる。
「ここだな」
違っている場所だけを拾う。
削るのではない。
別人の情報を入れるのでもない。
アンナの情報を土台にして、病因になっている部分だけを正常な形へ戻す。
ほんのわずかに術式を動かした。
「終わった」
医師がすぐに試料を回収する。
解析機へ入れた。
待つ。
こういう時、魔法より機械の方が遅い。
口には出さない方がいいだろう。
やがて結果が表示された。
医師の手が止まった。
「……正常型になっています」
「他は?」
「確認します」
別の表示が増える。
一度。
もう一度。
「確認した範囲では、対象箇所以外に変化はありません」
「なら使える」
「待ってください」
「何だ?」
「細胞一つと人体は同じではありません」
「分かっている」
医師が俺を見る。
「人体でも成功する確率は50%以下ですよ」
「でも、このままでは彼女の命は長くないんだろ?」
「……それはそうなのですが」
「本人の意志の確認して、それで進めるしかない」
「……分かりました」
まだ信用されていないらしい。
だが、そのくらいでいい。
人の身体を扱う者なら、慎重な方が安心できる。
**
同意の手続きや検査があり、実際にアンナへ試すまでには少し時間がかかった。
寝台の周囲に監視機器が増え、医療スタッフが配置される。
俺は横で待った。
「異常が出たら止めてくれ」
「こちらからも、そのつもりです」
医師の返事は早かった。
アンナが寝台の上からこちらを見る。
「レオンさん」
「何だ?」
「失敗したら、どうなります?」
「分からん」
エルゼの顔が引きつった。
「そこはもう少し安心させる言い方ないんですか?」
「ないな」
分からないものを、分かるとは言えない。
「危ないと思ったら、すぐ止める。そのための医療スタッフがいる」
医師が横で頷いた。
「その点だけは信用してください」
「先生の方を?」
「両方です」
アンナが少し笑った。
その顔を見てから、俺は治療を始めた。
身体全体へ、薄くエーテルを広げる。
探すのは一つだけ。
試料で確認した、病因となる情報だ。
同じ崩れ方をしている場所を拾い、正常原本と照らし合わせる。
一つずつ。
急がない。
広げすぎない。
余計なものへ触れない。
「心拍、上がっています」
医療スタッフの声が飛んだ。
俺は手を止めかける。
「止めるか?」
医師が表示を見る。
「……まだ許容範囲です」
数秒、変化を追う。
「続けてください」
「ああ」
医師の声を聞きながら、俺は再び治療へ集中した。
正常原本と照らし合わせ、違っている場所だけを拾う。
アンナの中にある情報そのものは、ほとんど触らない。
必要なのは、病気を起こしている部分だけだ。
一つ治す。
次を探す。
また原本と比べる。
同じ異常が残っていないか、慎重に辿っていく。
やがて、探しても違いが見つからなくなった。
念のため、もう一度だけ確認する。
正常参照。
アンナの情報。
重ねる。
病因として示された部分は、同じ形になっていた。
「……よし」
そこで初めて、アンナの身体へ巡らせていたエーテルを少しずつ引いていく。
一度に手を放さない。
身体の状態が変わらないことを確かめながら、治癒の術式を静かに終わらせる。
「心拍、安定しています」
医療スタッフの声。
「血圧も変化なし」
医師が表示を確認する。
俺は最後にアンナの状態を確かめてから、胸元に置いていた手を離した。
「終わった」
アンナは目を閉じている。
反応がない。
エルゼが一瞬、身を乗り出した。
「アンナ……?」
「眠っています」
医師が先に答えた。
「呼吸、循環ともに安定。意識レベルの低下ではありません」
エルゼの肩から、少しだけ力が抜けた。
俺も寝台から離れる。
魔法でできることは、ここまでだ。
治したつもりではある。
だが、本当に正しく直ったかを決めるのは俺ではない。
「検査を頼む」
「もちろんです」
医師はすでに動いていた。
**
結果が出たのは、それからしばらくしてだった。
医師は一つ目の結果を見た。
次に、別の検体を見る。
さらにもう一度確認した。
「どうだ?」
「……原因変異が確認できません」
「正常になった?」
「今回対象にした領域については」
医師はまだ端末から目を離さない。
「対象外の領域にも、検出できる異常な変化はありません」
「なら、治ったのか?」
「少なくとも、これまでと同じ遺伝的原因で病気が進行する状態ではありません」
ずいぶん慎重な言い方だった。
だが、意味は分かる。
成功したらしい。
アンナとエルゼにも説明が行われた。
「……治った?」
アンナはまだ実感がない顔をしていた。
「今回の疾患原因については、そう考えていいでしょう。ただし発作直後です。しばらく入院して、経過を見ます」
「じゃあ、もう病院に来なくていいんですか?」
「定期検査には来てください」
「来るんですね……」
「当分はね」
アンナが少しだけ残念そうな顔をした。
そのあと、笑った。
笑ったまま目元を押さえる。
「……そっか」
声が震えた。
「治ったんだ」
エルゼが何も言わず、アンナの肩へ腕を回した。
今度は二人とも黙っていた。
しばらくして、エルゼがこちらへ来る。
「ありがとうございます」
深く頭を下げた。
「俺だけで治したわけじゃない」
「でも――」
「何が正しいかを教えてもらえなかったら、俺には何もできなかった」
医師たちを見る。
病気の原因を見つけたのは俺ではない。
正常な原本を残していたのも俺ではない。
俺は、それを身体へ戻しただけだ。
「それでも、遺伝情報を直接修復したのはあなたですが」
医師が言った。
「原本を写しただけだ」
「医学的には、その『だけ』ができなくて困っているんです」
「そうなのか?」
「そうなんです」
少し強く言われた。
どうやら大変なことだったらしい。
だが、今回できた理由は分かっている。
原因が分かっていた。
正常な原本があった。
この二つだ。
どちらかが欠ければ、俺には触れない。
「他の遺伝病でも、同じことはできると思うか?」
医師はすぐには答えなかった。
「原因となる異常が特定されていて、患者へ適用できる正常な参照情報が存在するなら……理屈としては、今回と同じ方法を試せるかもしれません」
「同じような病気の者は多いのか?」
「この疾患だけなら多くはありません。ですが――」
医師はそこで言葉を切った。
「今回の治療方法が公になれば、来るのは同じ病気の患者だけではないでしょう」
治療法のない病気。
原因は分かっていても、治す方法のない病気。
そういう者が、俺のところへ来る。
「全員は診られんな」
「はい」
医師は否定しなかった。
「それに、私にはあなたが何をしたのか説明できません。結果は記録できます。ですが、同じ処置を再現することはできない。これを治療法として発表することも、現時点ではできません」
「なら、広めない方がいい」
「私もそう考えます」
医師がアンナを見る。
「今回の治療記録は、通常の医療記録として残します。ただし、治療方法の詳細は限定管理にします。アンナさんにも、その点は説明します」
「分かりました」
アンナが頷いた。
少しして、隣のエルゼを見る。
「エルゼには話してもいいですか?」
「わたし?」
「本人がいいなら構わん」
エルゼは一瞬だけ目を丸くしたあと、真面目な顔になった。
「誰にも言いません」
「頼む」
これでいい。
俺には、病人すべてを背負うことはできない。
治せるかどうかも、一人ずつ調べなければ分からない。
だからといって、助けられるかもしれない相手まで見捨てる理由にはならない。
そこで、六歳の少女の声を思い出した。
――「お父さんも治せないの?」
ユリウス兄上。
あの病気も、遺伝性だったはずだ。
世界中の誰かではない。
兄上だ。
「兄上も、遺伝性の病気だったはずだ」
「ユリウス・ロズベル様ですか」
「ああ」
「主治医は別の医師ですね」
医師が手元の端末で調べてくれていた。
「誰だ?」
「フィリップ・オベール医師です。長年、ユリウス様を診ています」
アンナには、治すための原本があった。
兄上にもあるなら。
「フィリップ医師に連絡してくれ」
次回、『第37話 延命と長命』の投稿は10/6となります。