前世が大魔道士だった俺、宇宙戦艦を魔改造して銀河を成り上がる 〜退役寸前のゴミ艦隊ですが、魔法で動かせば最強です〜 作:オカノヒカル
アンナの治療を終えた日のうちに、俺はユリウス兄上の主治医へ連絡を入れた。
フィリップ・オベール。
三十八歳。臨床遺伝学と再生医療を専門にし、十年近く兄上の病状を追ってきた医師だという。
端末に映った男は、俺が名乗るとすぐ本題へ入った。
〈アンナ・ミュラーさんの件について、担当医から限定共有を受けました〉
「兄上の遺伝病について聞きたい」
〈ええ。アンナさん本人と保護者の同意範囲で、必要な検査結果だけ確認しています。治療内容そのものは非公開扱いと聞いています〉
「それでいい」
〈では、最初に一つだけ〉
フィリップは手元の資料へ目を落とした。
〈アンナさんと同じ方法が使えるとは思わないでください〉
「原因が分かっていないのか?」
〈いいえ。異常と思われる領域は、かなり絞れています〉
「なら原本を使えばいい」
〈その原本がありません〉
俺は黙った。
昨日までなら、何を言っているのか分からなかっただろう。
今なら分かる。
「正常な参照がない?」
〈そうです〉
端末へ遺伝情報の比較図が表示された。
アンナの時とは違う。
一箇所だけ目立つ異常があるのではなく、いくつもの領域に色の違う部分が散らばっている。
〈ユリウス様には、現在の人類標準から大きく外れた遺伝領域が複数あります。その一部が病態と強く関係しているところまでは分かっています〉
「普通の人間と同じに戻せないのか?」
〈何を消していいか分かりません〉
フィリップは即答した。
〈人類標準と違うから異常、とは限りません。正常に働いている部分まであります〉
「全部消せば、治療ではなく別の故障を作るか」
〈その理解で合っています〉
少し考えて、フィリップは表示を切り替えた。
〈アンナさんの場合、一文字の誤記があり、正しい文字も分かっていました〉
今度は長い文章のような表示が出る。
〈ユリウス様の場合は、私たちが読めない文章そのものが途中に入っているような状態です。その文章の一部が壊れているらしいところまでは分かる〉
「だが、完成した文章がない」
〈ええ〉
原本がない。
それでは、直しようがない。
俺は表示を見ながら考えた。
「なら、血縁者は?」
〈血縁者?〉
「兄弟なら、同じものを持っている可能性はないのか?」
フィリップが少しだけ身を乗り出した。
〈あります。比較対象としては有効です〉
「誰を調べる?」
〈ガレス様。あなた。それから、ユリアーナさんです〉
「ユリアーナはまだ六歳だ」
〈ですから、優先順位は下げます。ガレス様は同母兄ですので比較対象としては有力ですが、過去の通常診療では今回必要な精度の解析をしていません。新しい検体を取るなら手続きも必要です〉
今のガレス兄上を拘束室から出して、遺伝情報を調べさせろと説明するのも面倒そうだ。
「なら俺から取れ」
〈あなたは異母弟ですが〉
「血は繋がっている」
〈そうですね〉
「それに俺なら、今ここで同意できる」
フィリップは数秒考えた。
〈分かりました。ただ、詳しい比較にはユリウス様を軌道医療施設へ移す必要があります〉
「地上では駄目か?」
〈通常の診療なら問題ありません。今回必要な全領域解析と、アンナさんに行った処置の検証設備まで含めると、軌道側の方がいい〉
俺としても都合がいい。
地上より宇宙の方が、エーテルを扱いやすい。
「移そう」
〈では、搬送の手配を――〉
「俺がやる」
そう答えたのだが。
**
医療移送の手続きは、魔法より難しかった。
患者の搬送許可。
医療便の確保。
港湾側の進入区分。
警備手続き。
軌道施設側の受け入れ登録。
端末へ一つ入力すると、確認項目が二つ増える。
「……なぜ病人を運ぶだけで、こんなに書くことがある」
誰も答えない。
領主代行の執務室には俺しかいなかった。
仕方がないので、詳しそうな人間を呼んだ。
待ち合わせ場所へ現れたセラは、見慣れた軍服ではなかった。
無地のシャツ。
暗い色のパンツ。
歩きやすそうな靴。
以上。
「そういう服を着るんだな」
「……司令」
「何だ?」
「私服がそんなに珍しいですか?」
「……いや」
「今、間がありましたけど」
昨日のリーネを思い出しただけだ。
口に出す必要はないだろう。
セラは端末を受け取ると、一分ほど表示を確認した。
「これ、司令が全部やろうとしたんですか?」
「ああ」
「やらなくていいです」
「そうなのか?」
「領主代行が医療搬送便の入港枠まで自分で取らないでください」
「誰が取るんだ?」
「担当部署です」
もっともだった。
セラはいくつかの申請先を開き、必要な権限だけを振り分けていく。
「患者移送は医療局。港湾側の導線は港湾管理部。警備区分だけ領主府の承認が必要です。軌道病院の受け入れは、もうフィリップ医師から申請が来ています」
「では俺がやるのは?」
「ここへ承認を一つ」
押した。
【承認済】
終わった。
「……これだけか?」
「これだけです」
「昨日の俺は何をしていたんだ」
「仕事を増やしていました」
それはよくない。
セラは残りの調整を担当部署へ回し、医療便の時刻を確認した。
「これで搬送できます。警備にも話を通しました」
「助かった」
「ここから先は私の仕事じゃありませんからね」
「ああ」
「今日は非番なんです」
「そうだったな」
「次からは前日に言ってください」
「悪かったな」
セラがこちらを見る。
「……それだけですか?」
「努力する」
「分かってない人の答えですね」
それだけ言って、セラは帰っていった。
**
翌日、ユリウス兄上は軌道医療施設へ移された。
長時間の移動が負担にならないよう、医療便そのものが簡易病室になっていた。
俺が病室へ入ると、兄上は寝台を起こした状態で待っていた。
エマも隣にいる。
フィリップ本人と会うのは初めてだった。
背は俺より少し高い。
白衣のような専用服を着ている。
挨拶も短かった。
「アンナ・ミュラーさんについて、共有された検査結果は確認しました」
「信じたのか?」
「治療前には存在した原因変異が、治療後には確認できない。そこは検査結果として残っています」
「魔法も?」
「呼び名については保留します。起きた現象については否定しません」
悪くない。
エマがフィリップを見る。
「先生。同じように、ユリウスも治せるんですか?」
「いいえ」
エマの表情がわずかに落ちる。
「アンナさんとは条件が違います。ただ、これまでになかった比較材料を得られる可能性があります」
フィリップが俺を見る。
ユリウスもこちらへ顔を向けた。
「レオンを調べるのか」
「ああ」
兄上は小さく笑った。
「無理はするな」
「血を取られるだけで無理をするほど弱くない」
「そうだったね。弱いのは僕の方か」
笑い方は穏やかだった。
だから、それ以上は何も言わなかった。
採血と細胞採取はすぐ終わった。
魔法の出番はない。
針を刺されるだけだった。
そこから先は機械の仕事になる。
**
解析結果が出たのは数時間後だった。
フィリップは診察室へ入ってくるなり、端末を机へ置いた。
「……ありました」
「何が?」
「ユリウス様と同系統の領域です」
二つの情報が並ぶ。
兄上。
俺。
詳しい意味は分からないが、同じような形をした部分がいくつもあるのは見えた。
「俺にもあるのか?」
「あります。それも一つではありません」
フィリップが範囲を重ねる。
「既知の人類標準から大きく外れています。これだけ複数の領域で基本構造が似ているなら、同じ血統由来と考えるのが自然です」
「だが俺は病気ではない」
「そこが重要です」
ユリウス側のいくつかの領域が強調された。
「ユリウス様では、この系統に属する複数の機能がうまく噛み合っていません。細胞の維持や修復、代謝に関係する反応が、正常な人間とはかなり違う形で動いています」
「俺は?」
「同系統の領域を持っています。ただ、少なくともユリウス様と同じ病的な連鎖は起きていません」
「なら俺の方を兄上へ写せばいい」
「それも危険です」
やはり駄目らしい。
「あなたとユリウス様は異母兄弟です。違う部分は大量にあります。それに、あなた側の未知領域が完成した正常型だという証拠もありません」
「俺が元気なだけか」
「はい。正常なのか、別の形で安定しているのかも、まだ分からない」
原本にはならないが、比較には使える。
「では、何に使える?」
「比較です」
フィリップは二人の情報を重ねた。
「ユリウス様だけで異常に働いている部分を、かなり絞れます。完全に治すための原本には足りません」
「完全に治すのではなく、これ以上悪化させない状態に持っていくのはどうだ?」
フィリップが黙った。
端末へ視線を落とし、表示を何度か切り替える。
「……それなら」
「できるか?」
「可能性はあります」
完成図面がない以上、完全に直すのは無理だ。
だが、古い魔導具でも、火花を散らして炉を焼こうとしている回路くらいは止められる。
「直せないなら、まず壊れるのを止める」
「私も同じことを考えていました」
フィリップが、病態と強く連動している領域だけを抜き出した。
「ユリウス様の身体では、維持しようとする機能そのものが過剰に働いています。細胞を修復する。代謝を調整する。組織を維持する。それぞれは必要な機能です」
「だが、噛み合っていない」
「ええ。互いに負担をかけ続けている。その結果が、全身の急速な機能低下として出ています」
身体を維持するための仕組み。
通常の人間とは違う修復。
長期間動き続けることを前提にしたような構造。
どこかで見た覚えがある。
「……長命種の身体に少し似ているな」
「長命種?」
「前世の話だ」
「そうですか」
フィリップは深く追及しなかった。
「この仕組みなら、全部止めるのもまずい」
「理由を聞いても?」
「本来は身体を維持する側だ。消せば別のところが壊れるかもしれない」
「医学的にも、その判断に賛成です」
フィリップが俺側の安定している領域を示す。
「では、あなた側の反応も比較に使います。ユリウス様でだけ過剰に連鎖している箇所を絞りましょう」
「ああ」
異常箇所を探すのは医者に任せる。
俺は、どう触れば余計なところまで壊さずに済むかを考える。
**
治療方針を説明すると、エマはしばらく黙っていた。
「病気の全容は、まだ分かっていません」
フィリップが先に言った。
「完全には治せない」
俺も続ける。
「では……治療しても?」
「いや……今、兄上を殺そうとしている部分だけ止める」
エマの視線が揺れた。
フィリップが補足する。
「成功すれば、急速な悪化は止められる可能性があります。ただし、すでに傷んだ臓器や失った筋力が、その場で元へ戻るわけではありません」
「この先も治療は必要ですか?」
「必要です。リハビリも長くなるでしょう」
エマはユリウスを見る。
「あなたは?」
「やるよ」
兄上の返事は静かだった。
「ここまで来て、今さら怖がっても仕方がない」
「怖くないの?」
「怖いよ」
ユリウスは妻へ笑った。
「だから、ちゃんと先生とレオンに任せる」
エマはしばらく夫の顔を見てから、頷いた。
「分かりました」
治療室では、兄上の身体にいくつもの測定器が付けられた。
フィリップと医療スタッフが監視に入る。
俺は寝台の横に立った。
「異常が出たら止める」
「ええ。こちらでも見ています」
アンナの時のように、正しい形へ戻すわけではない。
未知の領域そのものには極力触れず、そこから始まっている異常な働きだけを狙う。
エーテルを兄上の身体へ巡らせる。
弱っている心臓だけではない。
長い時間をかけて傷み続けた場所が、身体のあちこちにある。
それを全部治すのは今ではない。
フィリップが示した異常の起点を探す。
俺の中にもある同系統の情報。
こちらでは暴れていない。
二つを比べ、兄上の中で連鎖を起こしている部分へだけ触れる。
直すのではない。
ここから先へ行くな、と境を作る。
「反応あり」
フィリップの声が飛んだ。
「心拍上昇。血圧も変動しています」
表示音が続く。
俺は術式を止めかけた。
「止めるか?」
「まだです」
フィリップは複数の数値を見ている。
「待ってください」
数秒が長い。
兄上の呼吸が少し速くなる。
俺はいつでも術式を解けるよう構えた。
「……心拍、低下」
医療スタッフが言った。
「血圧も戻り始めています」
フィリップが表示を切り替える。
「他の指標も追従しています。続けてください」
「ああ」
異常な連鎖を一つずつ止める。
働きを奪いすぎない。
身体を削り続ける流れだけを切る。
やがて、兄上の中で暴れていた反応が弱まっていった。
「……ここまでだ」
新しい異常が起きていないことを確かめ、術式への力をゆっくり抜く。
最後に身体を巡らせていたエーテルも引いた。
「終わった」
フィリップは返事をせず、すぐ検査へ入った。
**
結果を待つ間も、ユリウスは寝台の上だった。
治療前と見た目は変わらない。
頬は痩せたまま。
腕も細い。
起き上がって歩けるようになったわけでもない。
今日は、そこまで治す治療ではなかった。
フィリップが戻ってきた。
端末を見たまま、一度立ち止まる。
「どうだ?」
「進行を示していた複数の指標が下がっています」
「止まった?」
「現時点では、急速な悪化を示していません」
エマが椅子の背を握った。
「それは……」
「少なくとも」
フィリップが一度言葉を切った。
「今までの余命予測は、もう使えません」
エマが大きく息を吐いた。
声にはならなかった。
ユリウスも目を閉じ、それから小さく笑う。
「それは……随分と大きいな」
「ああ」
「まだ走り回れそうもないけどな」
「今は寝ていろ」
「そうするよ」
少しして、ユリアーナが入ってきた。
寝台へ近づき、父親の顔を見る。
「お父さん、治った?」
「まだだよ」
少女の肩が少し落ちる。
ユリウスはその頭へ手を伸ばした。
「でも、前より長く一緒にいられるかもしれない」
「本当?」
「先生がそう言ってくれた」
ユリアーナはフィリップを見て、それから俺を見た。
「レオンおじちゃんも?」
「ああ」
以前、治せるとは言えないと答えた。
今も、完全に治したわけではない。
「治る途中だ」
それで納得したのか、ユリアーナは父親の手を両手で握った。
俺は病室を出た。
廊下までフィリップがついてくる。
「レオン様」
「何だ?」
「アンナさんの件と同じく、今回の治療内容も医療情報として非公開にします」
「ああ」
「ただ、ユリウス様はアンナさんとは立場が違います」
兄上が長く病床にいることを知っている者は多い。
「回復すれば、気づく者が出るか」
「はい。今後、公の場へ戻れるほど状態が改善すれば、何があったのか調べようとする者はいるでしょう」
「回復したことまで隠す気はない」
「ええ。ですが、治療内容は別です」
フィリップはそこで話を切った。
「それと、もう一つ気になることがあります」
治療の話ではないらしい。
フィリップが俺とユリウスの比較結果を端末に出した。
「この未知領域です。単純な突然変異では説明しにくい」
「なぜ?」
「一箇所ではありません。複数の領域が一つの系統として残っています。それが、あなたとユリウス様の両方にある」
「ロズベル家の血か?」
「可能性は高いでしょう。ただ、現在の人類集団には対応する参照例が見つかっていません」
「昔のものなら?」
「そこまでは分かりません。ただ……」
フィリップが少し迷った。
「非常に古い、別系統の遺伝形質が混ざった可能性はあります」
別系統。
俺は病室の窓越しにユリウスを見る。
白い肌。
柔らかな顔立ち。
髪の間から、わずかに覗く耳の上端。
人間より、ほんの少しだけ尖っている。
長命種のような身体維持機構。
前世の古い知人を思い出した。
エルフの魔導技師。
いつも一緒にいたわけではないが、仕事では長く付き合った。
俺が術式を組む。
フリッツが、それに耐える杖や魔導具を作る。
魔法杖は何本も頼んだ。
ゴーレムや大型設備について相談したこともある。
術式を物へ組み込み、長く安定して働かせる技術なら、俺よりあいつの方がずっと上だった。
そのフリッツは、ある時期を境に突然いなくなった。
そして、この世界にはフリードリヒ・ロズベルという男がいる。
ロズベル家の初代。
《アーク》へ続く設計者。
あの艦には、妙に懐かしい癖があった。
旧鉱山帯の巨大構造物にも、前世の術式に似たものが残っていた。
名前も、生きた時代も違う。
だが今、俺とユリウスの身体から、現代人には参照例のない古い遺伝系統まで見つかった。
「……フリッツなのか?」
ロズベル家の初代、フリードリヒ。
前世で知っていたフリッツ。
俺は二つの名前を頭の中で並べた。
次回、『第38話 司令官、いなくても艦隊は回る』の投稿は10/9となります。