前世が大魔道士だった俺、宇宙戦艦を魔改造して銀河を成り上がる 〜退役寸前のゴミ艦隊ですが、魔法で動かせば最強です〜 作:オカノヒカル
フリッツのことは、もちろん気になっている。
前世で突然姿を消したエルフの魔導技師。
この世界の初代ロズベル、フリードリヒ。
古い船や設備に残る、妙に見覚えのある設計。
似ているものはある。
だが、それだけだ。
同一人物だと決めるには足りない。
考えて答えが出る話でもない。
今は、目の前にあるものから片づけることにした。
兄上の治療を始めてから、一か月が過ぎた。
軌道医療施設の療養区画へ入ると、ユリウス兄上はベッドの背を起こし、小型端末を読んでいた。
一か月前とは、ずいぶん違う。
頬はまだ痩せている。
身体も細い。
自分で立って歩き回れるような状態ではない。
それでも、以前のように横になったまま、話すだけで息を切らすことはなくなった。
「兄上。それは何だ」
俺が端末を指すと、兄上が穏やかに笑った。
「読書だよ」
「領主府の予算資料に見えるが」
脇で検査結果を確認していたフィリップが顔を上げた。
「読書は構いません。しかし仕事をするのは感心しませんね」
「読んでいるだけだよ」
「領主府の予算資料を読むことを、普通は読書とは言いません」
「厳しいなあ」
兄上はまるで反省していなかった。
身体は順調に回復しているらしい。
頭の方は、少しも療養する気がないようだ。
「レオンは今日は艦隊の方へ行くんだろう?」
兄上が端末を脇へ置いた。
「ああ。《アーク》の改修を見るついでに、僚艦の試験がある」
「それなら、少しは気分転換になるね」
「久しぶりに司令官らしい仕事をしてくる」
兄上が笑った。
なぜ笑う。
俺は第二艦隊司令官なのだから、司令官らしい仕事をするのは何もおかしくないはずだ。
**
軌道港へ上がると、《アーク》はまだ大型ドックの中にいた。
一か月前より改修工事は進んでいる。
外されていた装甲の一部は戻り、内部では新しい冷却経路や動力流路の本設工事が進んでいた。
それでも、見た目そのものが別の船になったわけではない。
灰色。
四角い。
大きい。
必要なものを必要な場所へ積み重ね、その中心へ巨大な主砲を一本通したような船だ。
最新鋭艦のような細く美しい姿にはなっていない。
それでいい。
あれは《アーク》だ。
工事中の旗艦を横目に、俺は第二艦隊が一時的な運用拠点にしている旧式軽巡洋艦へ向かった。
マルクの艦だ。
元訓練艦だけあって、艦橋には通常の戦闘指揮設備に加え、複数の運用状況をまとめて表示する端末が残っている。
《アーク》が大改装中の今は、こちらの方が都合がいいらしい。
艦橋へ入る。
「司令、お疲れさまです」
航行担当の兵がこちらを見て敬礼した。
「お疲れさまです、司令」
「ご無沙汰しています」
それだけだった。
誰かが慌てることもない。
作業を止める者もいない。
すぐに全員が自分の端末へ戻る。
少し寂しい。
艦橋中央では、マルクがいつものように運用端末を片手に立っていた。
「第一警戒線、交代は予定どおりです」
「了解。交代後の乗員は休ませろ。次の勤務まで呼び出さなくていい」
別の担当者が続ける。
「補給工作艦、試験艦への据付作業を終了しています。現在、最終検査中です」
「検査班の終了待ちでいい。急がせるな」
また別の報告が入った。
「調査艦は本日の試験終了後、旧鉱山帯方面へ帰投予定です」
「そのままで」
マルクの指が端末上の艦艇表示を動かす。
「航路警戒中のフリゲートは?」
「明日、港へ戻して定期整備に入れる予定です」
「一日ずらしてください」
マルクが即座に答えた。
「今日の試験艦もフリゲートです。二隻同時に港へ入れれば、外周警戒が一枚抜けます。試験艦だけ残して、もう一隻は予定どおり警戒任務を継続。整備入りは交代艦が出てからに」
「了解しました」
俺は口を閉じた。
ちょうど、同じことを言おうと思っていた。
たぶん。
その後もしばらく見ていた。
勤務表。
補給予定。
警戒艦の交代。
ドック使用時間。
休養中の乗員。
訓練予定。
一つずつ報告が上がり、マルクが処理していく。
派手なことは何もない。
敵艦を沈めるでも、主砲を撃つでも、非常識な作戦を始めるでもない。
ただ、艦隊が普通に動いている。
……おかしい。
俺は第二艦隊司令官のはずだ。
なのに、さっきから誰も俺へ仕事を持ってこない。
「マルク」
ようやく報告の切れ目で呼ぶと、マルクが端末から顔を上げた。
「はい、司令」
「俺は何をすればいい」
マルクが止まった。
端末を見る。
俺を見る。
もう一度、端末を見る。
「……試験をご覧になりますか?」
「見学者か」
「はい」
即答された。
「……俺、いらないのでは?」
マルクが何か答える前に、艦橋の扉が開いた。
大柄な男が入ってくる。
グレッグだった。
訓練帰りらしく、軍服の上着を少し崩している。
「ハルト准尉。昨日の訓練報告は?」
マルクがすぐに呼び止めた。
「出しましたよ」
「三行だった」
「必要なことは全部書いてあります」
「負傷者なし。装備損傷なし。訓練完了。以上、だったな」
「十分でしょう」
「経緯を書け。経緯を」
「何も起きなかった訓練の経緯を書いて、誰が喜ぶんです」
「俺が後で困らなくなる」
どうやら、いつものことらしい。
グレッグはマルクとのやり取りを切り上げ、ようやく俺を見た。
「司令。お戻りでしたか」
「ああ。戻ったのだが、仕事がない」
「いいことじゃないですか」
「そうなのか?」
「司令がいないだけで全部止まる艦隊よりは、よほど」
グレッグはそう言って笑った。
なるほど。
「それもそうだな」
少し納得した。
グレッグは強化揚陸装甲の点検結果だけ口頭で補足すると、今度こそマルクに捕まる前に艦橋を出ていった。
「三行の報告書、書き直させなくていいのか?」
「あとで捕まえます」
「そうか」
逃げられないらしい。
今日の試験に使うのは、第二艦隊の旧式フリゲートだった。
辺境巡回。
航路警戒。
商船護衛。
通信中継。
何にでも使える便利な艦だが、古い。
特に困るのが、急いで動きたい時だった。
駆逐艦ほど軽くもなければ、主推進器の立ち上がりも速くない。
そこで汎用小型星脈炉を追加した。
主炉を取り外したわけではない。
元から積んでいる炉心も、動力系も、そのまま残してある。
そこへ星脈結晶を核とする小型炉を補助動力として加え、既存系統へ接続する。
通常炉心の負担を減らす。
主推進器の立ち上がりを助ける。
短時間だけ緊急加速を支える。
姿勢制御や非常時の予備電源にも使えるようにする。
主炉を丸ごと換装するのではなく、今ある系統を残したまま補助炉を足す。
これなら、古い船を全部作り直さずに済む。
試験艦の機関制御区画へ入ると、床板の一部が新しく張り直されていた。
その下に補助星脈炉がある。
補給工作艦で削り出した取付枠へ炉本体が固定され、既存の配管や制御線へ新しい系統が接続されていた。
現場の技師たちが接合部を一つずつ確認している。
その横で検査班が端末を見比べ、締結部のずれまで調べていた。
俺は炉へ近づいた。
外装越しでも分かる。
中にある星脈結晶へ、固定術式がきちんと残っている。
少し流れを見れば――。
「少し流れを見ておくか」
「触らないでください」
セラに止められた。
「なぜだ」
「今日確認するのは、司令が触らなくても動くかどうかです」
試験区画の端末脇で、青白い箱舟型のホログラムが明滅した。
『補足。本試験の主要確認項目は、司令官による直接介入なしでの起動、運転、停止です』
「俺が手を出すと失敗になるのか」
『試験条件上は、そのとおりです』
「今日は見ていてください」
リーネまでこちらを見た。
「本当に見学者になったな」
「そうしてください」
セラがきっぱり言った。
仕方ない。
俺は炉から手を離した。
何もしていないのに、仕事を止められた気分になった。
試験準備はそのまま進んだ。
「冷却系統、第二経路へ切り替え」
セラが端末を確認する。
「緊急停止弁。手動系統も確認してください」
技師が弁の位置を確認し、検査結果を返す。
「既存炉側との逆流防止、正常。制御系も問題ありません」
セラは次の表示へ移った。
その少し離れたところでは、リーネが船体応力の表示を見ている。
艦尾付近の骨格が立体図として表示され、推進器周辺の荷重予測が重ねられていた。
「艦尾側支持材、許容内ね」
リーネの指が一か所で止まる。
「でも、急加速ではここが先に負けます。補助出力を上げるなら、この値までにしてください。それ以上は駄目よ」
セラが数値を確認した。
「制御側にも上限を入れます」
「お願い」
二人の会話は、それだけだった。
船体側はリーネ。
炉の接続と冷却、制御はセラ。
補給工作艦の技師たちは、その指示どおりに実際の船へ取り付けていく。
『星脈結晶反応、安定』
『既存炉心系統との干渉なし』
『緊急遮断系、応答確認』
ノアは数値を拾う。
俺は見ている。
見事に、見ているだけだった。
「技術側、試験可能です」
セラが言う。
「構造側も問題ありません」
リーネも端末を閉じた。
そこでマルクが前へ出た。
「試験宙域の封鎖は?」
「完了しています」
「乗員配置」
「規定どおりです」
「救難艇は?」
「二艇待機。港側にもう一艇」
「異常時の回収担当」
「補給工作艦が待機しています」
「通常警戒任務への影響は?」
「ありません」
マルクはそこで初めて頷いた。
「では予定どおり実施します」
セラたちが技術面を確認し、最後にマルクが運用上の問題がないことを確かめる。
そこまで終わって、ようやく試験開始らしい。
俺は何も言わなかった。
俺の艦隊なのだが。
ちゃんと俺の艦隊らしい。
妙な感じだった。
旧式フリゲートがドックを離れた。
俺たちも試験艦へ乗っている。
窓の外で港の構造物がゆっくり後ろへ流れ、やがて星だけになる。
最初は通常航行だ。
既存炉心だけを使い、いつもの出力で加速する。
『基準値記録完了』
ノアが告げた。
次に、補助星脈炉を起動する。
「補助炉、起動」
セラの指示に合わせ、機関担当が操作する。
低い振動が足元へ伝わった。
俺は何もしない。
炉の中で固定術式が働き、周囲のエーテルを星脈結晶へ通していく。
俺が流さなくても、術式が決められた流れを作っている。
『補助炉出力、安定』
『既存動力系との同期を確認』
『主炉負荷、基準航行時より低下』
艦橋側から運転継続の報告が来る。
問題はない。
次は緊急加速試験だった。
指定された仮想救難地点まで、可能な限り短時間で到達する。
「補助出力、上げます」
セラが言った。
艦尾から伝わる振動が強くなる。
主推進器が出力を上げた。
身体が座席へ押しつけられる。
旧式フリゲートが前へ出る。
駆逐艦のような鋭い加速ではない。
それでも、以前とは明らかに立ち上がりが違った。
『主推進器、規定出力到達』
『到達時間、従来基準を短縮』
『船体応力、許容範囲内』
リーネが表示を追っている。
「艦尾支持材、問題なし。予測値の内側です」
声は落ち着いていた。
セラも冷却系から目を離さない。
「温度上昇、想定内。出力を維持」
誰も俺を見ない。
少しくらい見てもいいのではないだろうか。
試験艦は指定ポイントへ到達した。
最後は停止試験。
こちらの方が重要だった。
以前の試作炉は、動いた。
とても元気に動いた。
その後、止めようとしても反応が残った。
あの時は、こちらから力の流れを切って、ようやく止まった。
動いても、止めたい時に止まらないなら実用にはならない。
「補助炉、停止」
セラの声に、機関担当が操作する。
『出力低下』
『固定術式内流量、低下』
『保持反応、減衰』
数値が落ちる。
誰も触らない。
『保持反応、消失』
『補助炉停止を確認』
『主推進器、通常系統へ移行』
『追加噴射、停止』
加速が終わった。
何も起きない。
警報も鳴らない。
配管も破裂しない。
星脈結晶も光り続けない。
しばらく待ってみた。
やはり何も起きない。
「炉が止まったな」
俺が言うと、セラがこちらを見た。
「止まるんです」
「前は止まらなかった」
「だから一か月かけて直したんです」
もっともだった。
「船体変形なし。取付部も異常なしよ」
リーネが報告する。
『異常残留反応なし』
『既存動力系統、正常』
『補助炉再起動可能状態を確認』
セラはしばらく数値を見ていた。
それから、ようやく息を吐いた。
「……成功です」
周囲の技師たちの肩から力が抜ける。
小さな声が上がった。
派手な歓声ではない。
何度も配管を組み直し、部材を削り、検査を繰り返していた連中が、ようやく仕事の結果を確認した顔だった。
俺は補助炉の表示を見る。
今日、俺は一度もエーテルを流していない。
出力にも、停止にも触っていない。
乗員が起動し、機械が制御し、乗員の操作で止まった。
「俺は何もしていないな」
「それを確認するための試験です」
セラが言った。
「成功ね」
リーネも頷く。
「俺が何もしなかったことがか?」
「そこが一番重要です」
妙な成功もあったものだ。
だが、言いたいことは分かる。
俺が触らなければ動かないなら、まだ俺個人の魔法だ。
今日の炉は、俺がいなくても動いた。
「ただし」
セラが端末を閉じなかった。
「これで第二艦隊の全艦へ積める、という話ではありません」
「駄目なのか」
「この一隻では成功した、です」
セラが試験艦の内部図を表示する。
「艦が変われば冷却能力も配管も変わります。星脈結晶にも品質差がありますし、取付部材も毎回同じではありません。今のところ個別加工が必要です」
リーネも別の艦の図面を横へ並べた。
「このフリゲートで成立した配置を、軽巡洋艦へそのまま持っていくことはできません。骨格も重心も違うもの」
「同じ炉なのに面倒だな」
「船は全部同じ箱ではないんです」
セラに言われた。
《アーク》を見慣れていると、だいたい箱に見えるのだが。
「それに、司令の術式刻印も必要です」
セラが続ける。
「一度作って終わりではありません。結晶ごとの調整と、乗員の運用訓練も要ります」
「一隻ずつでいいでしょう」
マルクが言った。
「全部を一度に改装する必要はありません」
「時間がかからないか」
「全艦を一度にドックへ入れたら、艦隊がなくなります」
「それは困るな」
「ですから、巡回、警戒、整備を交代させながら進めます」
マルクが端末を開く。
すでに数か月分の予定が並んでいた。
試験艦。
次の改修候補。
補給工作艦の作業日程。
ドック使用日。
乗員訓練。
警戒任務との交代。
「もう予定を組んであるのか」
「はい」
「いつの間に」
「司令が戻られるまで待つ理由もありませんでしたので」
一拍置いた。
「……やはり俺はいらないのでは?」
「戦争が始まったらお願いします」
「平時はいらないのか」
マルクは答えなかった。
目を逸らしたので、たぶん答えは出ている。
以前の第二艦隊なら、予定が一つ崩れれば、その穴を誰かの無理で埋めていた。
補給が足りない。
艦が壊れる。
人手が足りない。
それでも任務は来る。
誰かが余計に働き、古い部品を繋ぎ、どうにか動かしてきた。
今は、マルクが勤務と艦を回す。
セラが機械を直す。
リーネが船体を組む。
ノアが異常を見張る。
補給工作艦の連中が部品を作る。
グレッグたちが現場を守る。
俺が一日いないだけで止まるなら、その方がまずい。
俺がいなくても、第二艦隊は動いている。
それでいい。
試験終了後も艦に残ろうかと考えていたところで、マルクが俺を呼んだ。
「司令」
「何だ」
「領主府から連絡が入っています」
「……聞かなかったことには?」
『通信受信記録は保存済みです』
「融通が利かんな」
『正常な記録業務です』
ノアまで敵だった。
せっかく宇宙まで来たのに。
俺はまた、地上の机へ戻されることになった。
その日の夕方。
領主府の執務室へ戻ると、机の上には朝より書類が増えていた。
宇宙へ行っている間に繁殖したらしい。
俺が椅子へ座ったところで、領主府の会計担当が資料を持って入ってきた。
「領主代行。確認していただきたい支出があります」
「またガレスか?」
「いえ」
担当者は首を横へ振った。
「前領主時代のものです」
手が止まった。
父上の時代か。
渡された資料を開く。
一件あたりの金額は、それほど大きくない。
艦を買ったわけでもない。
巨大な施設を造ったわけでもない。
だが、同じ処理が何年も続いていた。
一般予算とは別枠。
用途は曖昧。
詳細な支払先は別管理。
承認者は、前領主本人。
そして。
「父上が死んだあとも?」
俺は記録の日付を見直した。
「はい」
支払いは終わっていない。
父上が死んだ後も、自動的に続いている。
「誰に払っている」
「この記録には直接記載されていません。支払先情報は別管理になっています」
「ずいぶん念入りだな」
「前領主本人の権限で秘匿されています」
横領なら、自分が死んだ後まで支払いを続ける理由が分からない。
しかも、一件ごとの金額は大きくない。
それが何年も続いている。
俺は資料を閉じた。
「調べよう」
「どこまで遡りますか?」
「最初からだ」
担当者が端末を操作する。
前領主時代の記録が、画面に並び始めた。