前世が大魔道士だった俺、宇宙戦艦を魔改造して銀河を成り上がる 〜退役寸前のゴミ艦隊ですが、魔法で動かせば最強です〜   作:オカノヒカル

44 / 45
第39話 父上は、誰に金を送っていた?

 前領主時代の記録が、端末の画面に並んでいく。

 

 十年以上前から続いている定期支出。

 一件ごとの額は大きくない。

 軍艦が買えるわけでもなければ、港の設備を新しくできるほどでもない。

 

 だが、毎月ほぼ同じ額が出ている。

 しかも、父上が死んだ後も止まっていなかった。

 

 また妙な契約でも出てきたか。

 

 ガレスの後始末を始めてから、似たようなものは何度も見た。

 使っていない設備の保守契約。

 相場より高い部品の購入契約。

 名前だけ違う業者へ流れていた金。

 

 今度は父上の時代かと思うと、少し頭が重くなる。

 

「いつから続いている?」

「確認できた範囲では、十年以上前からです」

 

 会計担当官が端末を操作した。

 支払記録の最も古いものが表示される。

 

「正確な開始時期は、旧記録側を確認する必要があります」

「父上が死んだあとは?」

「現在まで継続しています」

「ガレスが引き継いだのか?」

「いいえ」

 

 返事が早かった。

 

「ガレス様の承認記録はありません」

 

 俺は画面を見直した。

 

 父上が死んだあと、領主になったのはガレスだ。

 領主府から継続的に金が出ているなら、どこかで新しい領主の承認が必要になるものだと思っていた。

 

「では、誰が払っている」

「その点ですが、通常の予算執行ではないようです」

 

 会計担当官が別の記録を開いた。

 

「前領主が生前に設定した信託が残っています」

「信託?」

「はい。専用に分けられた資産を管理し、定められた条件に従って支払いを続ける仕組みです。現在の支出はこちらから行われています」

 

 父上が生きている間に金を分けておき、その後の支払い方まで決めていたらしい。

 

「父上が死んでも止まらないようにしていたのか」

「そのようです」

 

 少なくとも、誰かが父上の名前を使って金を抜き続けている形ではなさそうだ。

 

 記録上の残高も管理されている。

 支払い額も設定された範囲から外れていない。

 

 俺は椅子へ深く座り直した。

 

「受け取っているのは誰だ?」

「そこが、すぐに確認できなかった理由です」

 

 会計担当官の指が止まった。

 

 通常の支出記録なら、金額と支払先が並ぶ。

 だが、この信託には管理番号しか出ていなかった。

 受益者の欄も非公開扱いになっている。

 

「ずいぶん念入りだな」

「通常の扶養支出ではありません。受益者情報が一般台帳から切り離されています」

 

 別の管理番号が表示される。

 その先にも番号があった。

 

 会計の記録だけでは、父上が何を考えていたのかまでは分からない。

 

「この信託の設定記録と、受益者記録を調べてくれ」

「承知しました」

「今の支払いだけでは足りない。最初まで遡れるか?」

「旧記録管理側と信託管理側へ照会します」

「頼む」

 

 俺がやる仕事はそこで終わった。

 

 少なくとも、帳簿を一枚ずつ自分でめくる仕事ではないらしい。

 

 会計担当官が現行の支払いを追う。

 旧記録を扱う担当者が、前領主時代の台帳を引き出す。

 信託管理の職員が、古い管理番号から元の設定記録を探す。

 

 第二艦隊でも似たようなことを見たばかりだった。

 

 俺が配管を繋がなくても、技師が繋ぐ。

 俺が警戒艦を並べなくても、マルクが回す。

 

 領主府も、領主代行が帳簿の専門家になる必要はないらしい。

 

 ありがたい話だ。

 

 この上、会計まで覚えろと言われたら、本気で《アーク》へ逃げたくなる。

 

 しばらくして、最初の記録が届いた。

 

「設定記録が見つかりました」

 

 先ほどとは別の職員が端末を机へ置く。

 

「信託の開始時期も確認できています」

「受け取っていた者は?」

「最初の受益者は一名です」

 

 表示された記録には、一人の女性が登録されていた。

 

 姓はフィッシャー。

 名前も記録にはある。

 だが、俺には覚えがなかった。

 

「ロズベル家の者ではないな」

「家族登録にはありません」

「領主府の職員か?」

「過去の在籍記録とは一致しません」

 

 支払いの内訳も表示された。

 

 生活に必要な費用。

 教育に関する支出。

 必要に応じた医療費。

 

 金額は一定ではないが、内容はどれも妙なものではなかった。

 高価な宝飾品を買っているわけでもない。

 大型船の購入費が混ざっているわけでもない。

 

 普通に暮らすための金だ。

 

「父上が個人的に面倒を見ていた?」

「記録上は、そのように見えます」

 

 俺は支払い開始の時期をもう一度見た。

 

 十年以上続いている。

 一時的に困っている者へ金を渡しただけではない。

 

 教育費まで入っている。

 

 父上は最初から、長く支えるつもりだったらしい。

 

「扶養記録には?」

「ありません」

「親族記録は?」

「そちらにも該当なしです」

 

 ますます分からない。

 

 父上が領民の誰かを個人的に助けていた可能性はある。

 だが、それならここまで受益者の情報を隠す必要があるのか。

 

「支払いは今も、その女性へ?」

「いいえ」

 

 職員が記録を先へ送った。

 

「途中で受益者が変更されています」

「なぜだ」

「最初の受益者は、数年前に死亡しています」

 

 指先が止まった。

 

「信託は終わらなかったのか?」

「はい。設定された条件に従い、次の受益者へ移行しています」

「誰だ?」

「最初の受益者の娘です」

「子供がいるのか?」

「はい」

「何歳だ」

「現在、十五歳です」

 

 十五歳。

 

 どこかで最近聞いた年齢だった。

 

 だが、十五歳の人間など領内にいくらでもいる。

 それだけで何かが分かるはずもない。

 

「支援はいつまで続く?」

「信託条件では、娘が成人するまでです」

 

 画面に支給条件が出る。

 

 基本的な生活費。

 学費。

 必要な医療費。

 

 特別な事情があれば、定められた範囲で追加支出も認められている。

 

 贅沢をして暮らせるほどの額ではない。

 

 それでも、食べて、住んで、学校へ通ることはできる。

 

 母親が死んだあとも、娘の生活が途切れないようにしてある。

 父上が死んでも、支払いは続く。

 

 少なくとも、途中で放り出す気はなかったらしい。

 

 だが、領主府の家族記録には何もない。

 公に扶養していた記録さえない。

 

「現在の受益者名を」

「はい」

 

 信託管理の職員が新しい記録を開いた。

 わずかな間があった。

 

「現在の受益者は――エルゼ・フィッシャーです」

「……エルゼ?」

 

 聞いたことがある。

 

 今度はすぐに顔が浮かんだ。

 

 軌道港。

 

 アンナの隣にいた少女。

 病院の帰りだと言っていた二人。

 

 俺が名前を聞いた時、あの子は確かにそう名乗った。

 

 エルゼ・フィッシャー。

 

「あの子か?」

「ご存じなのですか?」

「一度会ったことがあるかもしれない」

 

 職員たちがわずかに顔を見合わせた。

 

 俺は端末へ視線を戻した。

 

「同姓同名ではないか確認できるか?」

「受益者の本人識別情報があります」

 

 職員が認証を通す。

 

 表示項目が増えた。

 

 年齢。

 公的な本人識別情報。

 現在の在籍情報。

 そして、本人確認用の登録画像。

 

 見覚えのある少女が画面に出た。

 

 肩まである髪。

 十五歳らしい、まだ幼さの残る顔。

 

 アンナが倒れた時、すぐ隣で青ざめていた少女だった。

 

「間違いないな」

「公的識別情報も一致しています。現在の受益者は、このエルゼ・フィッシャー本人です」

 

 あの日のことを思い返す。

 

 エルゼが俺へ近づこうとしていた様子はない。

 

 軌道港にいたのは、アンナの定期診療へ付き添ったからだ。

 最初に話しかけてきたのもアンナだった。

 

 その後、アンナが倒れた。

 エルゼは救急を呼ぼうとして、親友のそばから離れなかった。

 

 俺が領主代行だから会いに来たわけではない。

 

「なら、あのとき会ったのも偶然か」

「何かありましたか?」

「いや。こちらの話だ」

 

 俺は再び信託記録へ目を落とした。

 

「父上と、この女性はどういう関係だった?」

 

 最初の受益者。

 フィッシャー姓の女性。

 

 その娘がエルゼ。

 

 会計担当官が首を横へ振った。

 

「会計資料からは分かりません」

「そうか」

「支援の目的についても、通常の摘要欄には記載がありません」

 

 慈善なら、なぜこの母子だけなのか。

 知人なら、なぜ娘の成人まで支援を残したのか。

 

 何より、なぜこれほど隠したのか。

 

 信託設定記録を見ていた職員が、不意に指を止めた。

 

「領主代行。こちらに関連記録の参照番号があります」

「関連記録?」

「はい。信託設定時に、別保管資料が指定されています」

「内容は?」

「一覧上では詳細を確認できません」

 

 端末に古い管理番号が表示された。

 

 通常の会計記録とは違う区分だった。

 

「分類だけなら確認できます。個人記録、身元確認資料、それから医療関連の記録です」

「医療?」

「遺伝情報を含む可能性があります。ただし、この一覧だけでは断定できません」

 

 遺伝情報。

 

 兄上の治療で、つい最近まで散々見ていた言葉だ。

 

 ロズベル家側の資料も確認した。

 俺自身の検査記録もある。

 

 必要なら、血縁を調べる方法はある。

 

「その資料を見られるか?」

「領主代行権限で閲覧手続きは可能です。ただ、すぐに内容を信用できる状態ではありません」

「どういうことだ」

「古い資料です。一部は旧保管形式のままですので、復元が必要です。閲覧権限の確認に加え、記録が作成当時のままか真正性の確認も行います」

 

 別の担当者が続けた。

 

「医療情報や遺伝情報が含まれていた場合、そちらは医療側での正式な照合も必要になります」

「今日中に答えを出せる話ではないか」

「はい」

 

 それでいい。

 急いで間違える方がまずい。

 

「なら、確認を進めてくれ。元の記録を壊すな。復元したものと原資料は分けて残せ」

「承知しました」

「医療情報があるなら、照合に必要な担当だけへ回せ。余計なところには出すな」

「はい」

 

 職員が記録をまとめ始める。

 

 一人が少し迷ってから口を開いた。

 

「エルゼ・フィッシャー本人へ、確認を取りますか?」

「いや」

 

 考える前に答えていた。

 

「まだ何も確定していない」

 

 十五歳の少女だ。

 父親について何を聞かされているのかも分からない。

 

 こちらにあるのは、父上が母子へ金を送っていた記録だけだ。

 

「こちらで確認できるものを先に確認する」

「承知しました」

「間違っていたら、あの子に余計なものを背負わせるだけだ」

 

 母親はもう死んでいる。

 

 その母親と前領主の関係を、いきなり娘へ尋ねに行く気にはなれなかった。

 

「この件を知っている者は?」

「現在は、今回の調査に加わった者だけです」

「調査内容は口外しないでくれ」

 

 会計担当官が顔を上げた。

 

「秘匿扱いを継続しますか?」

「ああ。確認が取れるまで外へ出すな」

 

 未成年者の個人情報だけでも、広める理由はない。

 

 それに、本当に父上と深い関係があったのなら、ロズベル家に関わる話になる。

 本人が何も知らない可能性さえある。

 

「調査に必要な者だけで扱え」

「承知しました」

 

 職員たちはそれぞれの端末へ記録を移し、閲覧制限を設定していった。

 

 俺は一人、画面に残った信託の記録を見る。

 

 父上は母親が生きていた頃から支援し、死んだ後は娘へ受益権が移るようにしていた。

 

 だが、家には迎えていない。

 ロズベル家の記録にも残していない。

 

 俺たち兄弟にも何も知らせなかった。

 

「父上は、この子を守っていたのか」

 

 返事はない。

 

「それとも隠していたのか」

 

 端末には現在の受益者情報が残っている。

 

【エルゼ・フィッシャー】

【年齢:十五歳】

 

 その下には、十年以上前から続く支援の履歴と、母親の死亡後に受益権が娘へ移った記録。

 

 さらに奥には、まだ開けられていない身元と医療の秘匿記録がある。

 

 あの少女の顔が浮かんだ。

 

「……まさか」

 

 俺はもう一度、エルゼの名前を見る。

 

「父上の娘……?」

 

 

 

 





次回、『第40話 次の領主は、十五歳の少女』の投稿は10/16となります。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。