前世が大魔道士だった俺、宇宙戦艦を魔改造して銀河を成り上がる 〜退役寸前のゴミ艦隊ですが、魔法で動かせば最強です〜   作:オカノヒカル

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第40話 次の領主は、十五歳の少女

 ロズベル領を離れてから、ルシアン・ヴェイルが使っている部屋は簡素だった。

 

 外部商会が連絡拠点として保有する施設の一室。

 

 領主府の執務室と比べれば狭い。

 窓もない。

 

 だが、仕事をするには困らない。

 

 机上には、いくつもの記録が開かれていた。

 

 前領主時代の外部金融記録。

 長期間続いていた支援口座。

 フィッシャー姓の女性に関する古い資料。

 

 領主府の正式会計とは別の経路から拾い集めたものだ。

 

「エルゼ・フィッシャーを確認しました」

 

 向かいに立つ男が言った。

 

 ルシアンの指が止まる。

 

「間違いありませんか」

「はい。複数の記録が一致しています。前領主の実娘と見てよろしいかと」

 

 出生関連資料。

 母親側に残っていた記録。

 前領主本人から続いていた資金の流れ。

 

 一つなら偶然もある。

 三つとも同じ人物へ繋がっていた。

 

 エルゼ・フィッシャー。十五歳。

 前ロズベル領主の、表に出されなかった娘。

 

 ルシアンは眼鏡の奥で資料を見直した。

 

 使える可能性がある。

 

 ガレスの代わりをそのまま用意することはできない。

 だが、別の形でロズベル領の内側へ手を入れる道は残っている。

 

「ただ、一点問題があります」

「何でしょう」

「すでにレオン・ロズベルと接触しています」

 

 ルシアンの笑みが消えた。

 

「いつです?」

 

 日付を聞き、時系列を組み直す。

 

 レオンが領主代行になった後。

 だが、前領主時代の秘密支援記録を正式に洗い直すには早すぎる。

 

「接触場所は?」

「軌道港です。アンナ・ミュラーという友人の定期診療後、偶然接触したものと見られます」

「事前に設定した形跡は?」

「双方とも確認できません」

 

 先を越されたわけではない。

 

 少なくとも、レオンが血縁を知った上で接触した形ではなさそうだった。

 

「その後、アンナ・ミュラーが港内で急変しています」

「どういう状況ですか?」

「彼女は先天性の遺伝性心筋疾患です。救急搬送前に状態が悪化し、レオン・ロズベルが救命に関与しました」

 

 ルシアンは端末から顔を上げた。

 

「報酬は?」

「確認できません」

「家族から何か受け取った記録は?」

「ありません」

「領主府との契約は?」

「ありません」

「……余計なことをしてくれますね」

 

 計算ずくの親切なら、その計算を崩せる。

 見返りが目的なら、それ以上を出せばいい。

 

 だが、レオン・ロズベルは、エルゼが誰なのかも知らない段階で、その親友を助けている。

 対価も受け取っていない。

 

 政治工作のつもりもなかったのだろう。

 その方が面倒だった。

 

「現在の関係は?」

「確認できる範囲では一度接触しただけです。領主府への出入りも、継続的な私的接触もありません」

「血縁については?」

「双方とも、接触時点では認識していなかったものと見ています」

 

 なら、まだ取り込まれてはいない。

 

「まだ間に合います」

「何がでしょう?」

 

 ルシアンは端末に映る少女を見た。

 

「彼女が、自分をロズベル家の人間だと思う前です」

 

 ロズベル家の状況は変わった。

 

 まずガレス。

 

「ガレス・ロズベルは、扱いやすさだけなら十分でした」

 

 虚栄心が強く、自分が評価されることを好む。

 弟への劣等感もあり、外部からの支援を自分の成果に見せたがった。

 

「ですが、扱いやすいだけでは領主には足りません」

 

 最後には領民も軍も置いて逃げた。

 

 言うことを聞いても、肝心な時に逃げるなら使えない。

 

「ユリウス・ロズベルは?」

「依然として療養中です。ただし以前より状態は改善。人物評価は穏やかで、判断力にも問題なし。ガレスほど虚栄心で動くとも考えにくいかと」

「でしょうね」

 

 だから使いにくい。

 

 そしてレオン。

 

 第二艦隊を持っている。

 第一艦隊にも影響力を持つ。

 現場から支持されている。

 未知の技術を握っている。

 

 何より、こちらが用意した計画を一度壊している。

 

「レオン・ロズベルが統治権を握っている限り、こちらが領地へ入る余地はありません」

 

 ならば、領主を替える。

 

 外から軍艦を並べて奪うより、その方が安い。

 

 ルシアンの視線がエルゼへ戻る。

 

 十五歳。

 

 今はまだ正式な領主継承権を持たない。

 

「しかし、未成年です」

「ええ。だからいい」

 

 報告者の眉がわずかに動いた。

 

「今すぐ領主にする必要はありません」

 

 満十八歳まで三年。

 

 父はなぜ自分を表へ出さなかったのか。

 兄たちは、なぜ自分の存在すら知らなかったのか。

 

 その疑問に、こちらに都合のいい答えを与える。

 

 隠された。

 奪われた。

 本来なら、自分にも権利があった。

 

 命令して動かすより、自分で選んだと思わせた方が長く使える。

 

 ガレスでそれは分かった。

 

「三年後に成人した時、本人が領主になることを望んでいればいいのです」

 

 報告者が少し考えた。

 

「そこまでして、領主が必要でしょうか? Fランク結晶の採掘権だけなら、別の手段もあるのでは」

「結晶だけなら、そうでしょう」

 

 ルシアンは机上の古い資料を閉じた。

 

「ですが、古文書に残されたものが事実なら、欲しいのは石ころの山ではありません」

 

 Fランク結晶。

 

 ロズベル領では価値の低い副産物として扱われてきた石。

 だが、それが古代の巨大エネルギー技術と結びついている可能性がある。

 

「石を掘る権利が要る。運ぶ港が要る。調べる施設が要る。研究する技術者が要る。艦艇へ積むなら、その試験を行う権限も必要になるでしょう」

 

 共同治安艦隊の一件で、外から一つずつ奪う難しさは十分に分かった。

 

「だから、合法的に協力してくれる領主が一番安いのです」

 

 ガレスは、その役目を果たすはずだった。

 

 失敗したなら、別の人間を探す。

 

「エルディン公爵閣下へ報告を?」

 

 ルシアンはすぐには答えなかった。

 

 コンラート・エルディン。

 

 自分より、はるか上にいる人物だ。

 

「まだ結構です」

「よろしいのですか?」

「使えるかどうかも分からない少女の話を、公爵閣下へ上げる必要はありません」

 

 血縁がある。

 今、分かっているのはそれだけだ。

 

 本人の性格も、欲望も、政治への関心も分からない。

 

「こちらへ動く相手かどうか、先に確かめます」

 

 公爵が欲しがるのは成果だ。

 

 ルシアンが欲しいのは、その周辺に生まれる利権だった。

 

 鉱山権益。

 港湾。

 契約。

 物流。

 金。

 

 領地から生まれる利益が、誰の手を通るのか。

 

 そこへ関われる位置が欲しい。

 

 コンラートを出し抜くつもりはない。

 完全に隠し通せる話でもない。

 

 いずれ報告する。

 

 だが、「前領主の隠し子を見つけました」と差し出すだけでは足りない。

 

 使える相手かどうかを見極めてからだ。

 

「まず、エルゼ・フィッシャー本人をこちら側へと引き入れます」

 

 レオンはすでに、その少女の親友を救っている。

 ならば、こちらも先に関係を作ればいい。

 

「人を一人呼んであります」

 

 ほどなくして、扉が開いた。

 

「どうも。今回はどんな人?」

 

 入ってきた青年は、この部屋には妙に似合わなかった。

 

 十九歳。

 

 髪は無造作に見えるよう、きちんと整えてある。

 上着も流行のものを着ているが、自分の体格に合うものを選んでいた。

 

「座りなさい、フェリクス」

「はいはい」

「返事は一度で」

「はい」

 

 フェリクス・ナイト。

 

 以前は、詐欺や違法賭博、密輸品の仲介へ手を出す若者たちと行動していた。

 

 暗号も戦闘も専門外。

 施設へ忍び込んで端末を盗むような男でもない。

 

 だが、女性へ近づき、気に入られ、情報や便宜を引き出すことだけは妙に上手い。

 

 服装の変化に気づく。

 相手の話を遮らない。

 必要なら少し頼ってみせる。

 

 そうした距離の詰め方が、本人にとってはほとんど習慣になっている。

 

 ルシアンが拾ったのも、その一点だった。

 

「今回はこちらです」

 

 エルゼの画像を表示する。

 

 フェリクスが覗き込んだ。

 

「へえ。可愛いじゃん」

「エルゼ・フィッシャー。十五歳です」

「十五?」

 

 少しだけ眉を上げる。

 

 これまで彼に相手をさせたのは、年上の女性が多い。

 十五歳の少女は初めてだった。

 

「で、オレが口説けばいい?」

「いずれは」

「じゃ、いつものやつじゃん」

 

 少なくとも、フェリクスにはその認識でいい。

 

「まず、これを」

 

 新しい身分を転送する。

 

「芸能事務所?」

「芸能プロダクションの新人発掘スタッフです。モデル、広告出演者、若手タレントなどを探していることになっています」

 

 フェリクスが所属証明を開く。

 

「これ、本物?」

「あなたが調べられる範囲では」

「怖いなあ」

「今さらです」

 

 身分記録。

 業務用端末。

 新人発掘担当としての活動履歴。

 

 接触したあとに相手が調べても、簡単には崩れない程度まで用意してある。

 

「で、どこで声かければいい?」

「まだ接触しないでください」

「え?」

 

 フェリクスが初めて意外そうな顔をした。

 

「今回は時間をかけます」

「どのくらい?」

「数か月を見ています」

「長くない?」

 

 ルシアンは答えなかった。

 

「先に環境を調べます」

 

 学校。

 友人。

 趣味。

 よく利用する場所。

 将来の希望。

 

 現在、ロズベル家をどう見ているか。

 レオンと、その後どこまで関係が進んでいるか。

 

 調査は別の者にやらせる。

 

 フェリクスには、最後に不自然でない形で近づかせればいい。

 

「最初は普通の仕事をしてください」

「スカウト?」

「ええ。スカウトとして不自然でない形で接触する」

「その後は?」

「仲良くなりなさい」

「それだけ?」

「最初は」

 

 フェリクスは椅子へ深く座った。

 

「簡単じゃん」

 

 虚勢だけではない。

 

 こういうことを何度もしてきた男だ。

 

「こういう真面目そうな子、案外簡単なんだよ」

 

 画像を見ながら言う。

 

「警戒してる子ほど、警戒が解けた後はやりやすいし。ちゃんと話聞いて、似合ってるもの褒めて、特別扱いしてあげればいい」

 

 ルシアンは口を挟まなかった。

 

 少なくとも、これまでの相手には通じていた。

 

「相手は十五歳です」

「分かってるって。仕事でしょ?」

 

 写真の少女も、今回の対象としか見ていないらしい。

 

 それでいい。

 余計な情を持たれる方が使いにくい。

 

「その子の何がそんな大事なの?」

「あなたが知る必要はありません」

「了解」

 

 フェリクスはそれ以上聞かなかった。

 

 ロズベル家。

 継承権。

 Fランク結晶。

 

 フェリクスには関係がない。

 

 報酬が出る。

 女性へ近づく。

 必要なら好意を持たせる。

 

 彼には、それだけ分かっていればいい。

 

「最終的には、ロズベル家への考え方を変えてもらいます」

「具体的には?」

「その時になったら指示します」

「はいはい」

 

 ルシアンが視線を上げる。

 

「はい」

 

 すぐに言い直した。

 

「一つだけ、覚えておきなさい」

「なに?」

「レオン・ロズベルを侮らないことです」

「ああ、その領主代行?」

 

 フェリクスが少し笑った。

 

「その人と張り合えって?」

「違います」

 

 ルシアンは静かに否定した。

 

「張り合おうとしないことです」

 

 フェリクスの笑みが少し残ったまま止まる。

 

「なんで?」

「エルゼ・フィッシャーが何者か知らない状態で、彼女の親友を救っています」

「へえ」

「見返りも求めていません」

「それが?」

 

 ルシアンは数秒、フェリクスを見た。

 

 やはり分かっていない。

 

「あなたには分からなくても構いません」

 

 必要なのは、レオンより優れた男だと証明することではない。

 

 レオンはエルゼを口説いていない。

 魅力を競っても意味がない。

 

「あなたの仕事は、彼女から信頼を得ることです」

「そこは得意」

 

 そのやり方がエルゼにも通じるかは、まだ分からない。

 

「期間は?」

「数か月です」

「長いなあ」

「報酬も期間に合わせます」

「やります」

 

 即答だった。

 

 ルシアンは小さく頷いた。

 

 忠誠心は要らない。

 

 金で動くと分かっている方が、扱いやすいこともある。

 

 報酬を止めれば、理由もなく働き続ける男ではない。

 

 フェリクスが立ち上がる。

 

「じゃ、情報来るまで普通にスカウトやってればいい?」

「ええ。実際に何人か声をかけても構いません。活動履歴が自然になります」

「本当に誰か拾ってきても?」

「契約までは勝手に進めないように」

「了解」

 

 扉へ向かう。

 

「フェリクス」

「ん?」

「失敗しても構いません」

 

 足が止まった。

 

「珍しいね」

「ただし、警戒されるような失敗はしないことです」

 

 一度で成功させる必要はない。

 

 駄目なら引く。

 時期を変える。

 入口を変える。

 人を変える。

 

 工作されたと気づかれなければ、別の手を使える。

 

「そこまで失敗する気ないけど」

 

 フェリクスは軽く笑った。

 

「じゃ、また」

 

 扉が閉じる。

 

 しばらくして、報告者が口を開いた。

 

「あの男でよろしいのですか?」

「女性を相手にする限り、役には立ちます」

「十五歳は、これまでの対象とは違います」

「ええ」

 

 ルシアンも承知している。

 

「試す価値はあります。駄目なら別の手を使うだけです」

 

 フェリクス一人に任せるつもりはない。

 

 エルゼはまだ、自分の父親が誰なのか知らない。

 ロズベル家とどう繋がっているのかも知らない。

 

 その前なら、こちらが先に関係を作れる。

 

 ルシアンは少女の画像を閉じた。

 

「まず、こちらを信用させます。兄たちより先に」

 

 

 





次回、『第41話 横流し業者、倉庫ごと没収します』の投稿は10/20となります。
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