前世が大魔道士だった俺、宇宙戦艦を魔改造して銀河を成り上がる 〜退役寸前のゴミ艦隊ですが、魔法で動かせば最強です〜 作:オカノヒカル
領主府の執務室で、古い記録を担当する実務官が端末を机に置いた。
「確認が完了しました」
読んでいた書類から顔を上げる。
「どうだった」
「エルゼ・フィッシャー嬢は、先代領主の実子と判断して問題ありません」
「……そうか」
まったく驚かなかったわけではない。
ただ、父上が残した信託を調べた時から、その可能性は考えていた。
十五歳。アンナと一緒に軌道港にいた、エルゼ・フィッシャーと名乗った少女。
あの子が、本当に俺の妹だったらしい。
「確認方法は?」
「信託設定時に封印された身元確認資料と、当時の医療記録を復元しました。保存状態と記録の真正性も確認済みです」
担当官が資料を開く。
「先代領主本人の保存情報との照合結果も一致しています」
「本人から何か採ったわけではないんだな」
「はい。既存の記録だけで確認できました」
それならいい。
何も知らない十五歳の少女を呼び出して、先に検査を受けさせる必要はなかった。
「母親との関係は?」
「正式な婚姻関係ではありません」
そこは以前の調査でも分かっている。
父上はエルゼの母親と正式な婚姻関係を結ばず、エルゼもロズベル家へ登録されていない。
それでも生活費を払い、学校へ通わせ、必要な医療を受けられるよう支援していた。
自分が死んだあとも、エルゼが成人するまで困らないよう信託まで残している。
「先代領主が、母子の生活を気にかけていたことは間違いないかと」
担当官が慎重に言った。
「そうだな」
そこは否定しない。
父上は、あの母子を完全には見捨てなかった。
それでも家族として迎えず、娘だと公に認めることもしなかった。俺たち兄弟にも、その存在を知らせていない。
何を考えていたのかは、もう聞けない。
守ろうとはしていた。だが、隠してもいた。
父上も、ずいぶん中途半端なことをしたものだ。
「今後の扱いはいかがなさいますか」
担当官が聞く。
「本人に伝える」
「公表については?」
「先に本人だ」
本人が知らない話を、領主府や外部へ先に公表する理由はない。
「正式な家籍については、別途手続きが必要になります」
「それも急がなくていい」
「承知しました」
血が繋がっていたからといって、今日からエルゼ・ロズベルを名乗れ、とはならない。
「この件の秘匿扱いは、そのまま継続してくれ」
「はい」
確認は終わった。
次は本人へ話さなければならない。
こういう仕事になると、戦艦を動かす方が楽な気がする。
**
領主府の小さな応接室を使うことにした。
謁見室では大げさすぎる。十五歳の少女へ家族の話をするのに、家臣を並べる必要もない。
しばらくして扉が開いた。
「失礼します」
エルゼが入ってくる。
軌道港で会った時と同じ少女だ。
血縁が判明したからといって、急に顔が妹らしく見えるわけでもない。
「座ってくれ」
「はい」
向かいの椅子へ腰を下ろし、両手を膝の上で揃える。背筋が妙に伸びていた。
「急に呼んですまなかった」
「いえ……」
エルゼは俺の顔を見て、迷ってから尋ねた。
「……アンナのことで、何かありました?」
「いや。アンナは関係ない」
あからさまに表情が緩む。
「よかった……」
まず友人の心配をするところは、以前と変わらない。
「では……何でしょうか」
「君自身の話だ」
また肩に力が入った。
さて、どう切り出すべきか。
「君の父親について、分かったことがある」
エルゼの表情が止まった。
「……父、ですか?」
「ああ」
少し間が空く。
「母から何か聞いていたか?」
エルゼは首を横へ振った。
「詳しくは……。あまり話したがらなかったので」
なら、こちらから話すしかない。
「領主府に、古い記録が残っていた」
「はい」
「生活や学校の費用について、君の母親を長く支援していた人物がいる」
エルゼがわずかに目を見開いた。
「それって……母が残してくれた手続きじゃないんですか?」
「元を作ったのは別の人物だ」
そこで一度言葉を切る。
「君の父親だ」
エルゼは黙っていた。
「その人物について、記録の確認が終わった」
回りくどくしても仕方ない。
「君の父親は、先代のロズベル領主だった」
「……え?」
エルゼが固まった。
「俺の父でもある」
エルゼが俺を見る。
「それって……」
「血縁上では、君は俺の妹になる」
一度口を開きかけ、何も言わずに閉じる。
しばらくして、ようやく声が出た。
「……困ります」
「だろうな」
今度は別の意味で驚いた顔をされた。
「そこは否定しないんですか?」
「急に兄が増えて喜べと言われても困るだろう」
「兄……」
自分で言葉にして、さらに困った顔になる。
「しかも三人いる」
「三人……」
余計に困らせた気がする。
「とにかく、今すぐ何か決める必要はない」
エルゼはしばらく考えてから、恐る恐る聞いた。
「それで……これから、どうなるんですか?」
「どうもならん」
「……はい?」
「学校を辞める必要はない。住む場所も変えなくていい。フィッシャーの姓を捨てる必要もない」
「でも、妹なんですよね?」
「血はそうらしい」
「……らしいって」
「確認はした。俺がまだ慣れていないだけだ」
昨日まで存在すら知らなかった妹だ。
俺だって、まだどう接すればいいのか分からない。
「俺を兄と呼ぶ必要もない」
「いいんですか?」
「今までそう呼んでいなかっただろう」
エルゼは何とも言えない顔になった。
「ロズベル家に来るかどうかも、今決めなくていい」
「……本当に?」
「ああ」
そこは最初から決めていた。
父上にも事情はあったのだろう。
だが、本人の知らないところで全部決めた結果、エルゼは十五年間、自分の父親すら知らなかった。
なら今度は、エルゼ自身に決めさせる。
「血が繋がっているからといって、俺が勝手に君の生活を変えるつもりはない」
エルゼは俺を見ていた。
「ロズベル家の娘なら……」
言いにくそうに続ける。
「継承権とか、そういう話にもなるんですか?」
「ならん。少なくとも今はな」
「今は?」
「君は十五歳だ。正式な領主継承権を持てる年齢ではない。それ以前に、血縁と家の登録は別の話だ」
今ここで、それ以上の政治の話をする必要はない。
「だが、そんな話をするために呼んだんじゃない」
「……はい」
「まず、君に伝えるべきだと思っただけだ」
エルゼは黙って考えていた。
やがて、別のことを聞いてくる。
「でも……前に会ったあと、もう分かっていたんですか?」
「いや」
首を横へ振る。
「疑っただけだ」
「じゃあ、どうして聞かなかったんですか?」
「何を?」
「父のことです。もしかしたらって」
「間違っていたら迷惑だろう」
エルゼが瞬きをする。
「……それだけですか?」
「まだ子どもの君に『もしかしたら領主の隠し子かもしれん』などと聞いて、間違いだったらどうする」
「それは……」
「嫌だろう」
「かなり嫌です」
「だから、こちらで調べられることを先に調べた」
今回の確認に、エルゼ本人から何か採取したわけではないことも伝えた。残っていた記録だけで確認できたらしい。
「そうだったんですね」
エルゼの肩から、少し力が抜けた。
そのまま何か考えていたが、やがて顔を上げる。
「レオンさんって……私のこと、知らなかったんですよね」
「ああ」
「アンナを助けたときも?」
「もちろんだ」
何を確認したいのか、少し分からない。
「あの時は、君が誰の娘かなんて考えていなかった」
そもそもアンナが倒れている時に、友人の家系など調べる暇はない。
「でも、アンナの治療までしてくれました」
「緊急事態だったし」
「お金も取らなかったですよね」
「俺は医者じゃないからな。単なる応急措置だし」
エルゼは少し黙った。
「何か分からないことが出たら、領主府へ連絡してくれ」
「……はい」
「この件は誰にも話さないほうがいい。話したら外野がうるさくなって、メディアに追いかけ回される」
「それは嫌ですね」
「まあ、今後どうしたいかは急いで決めなくていい。こちらから勝手に公表もしないから安心しろ」
「分かりました」
これで話は終わったと思い、ソファから立ち上がろうとした。
「……それだけですか?」
エルゼに呼び止められる。
「他に何かあるのか?」
今度はエルゼが困ったようにこちらを見る。
「普通……もっと何かありません?」
「何が?」
「妹だったんですよね?」
「ああ」
「それで、本当に『好きにしていい』で終わるんですか?」
「駄目なのか?」
「駄目というか……」
エルゼも、その先を言わなかった。
俺も少し考える。
今日からロズベル家へ来い。学校も生活も変えろ。
そんなことを言われて喜ぶようには見えない。
「俺も、妹ができた時に何をすればいいのか知らん」
「……そうなんですか?」
「初めてだからな」
エルゼが少しだけ笑った。
ようやく、さっきまでの硬さが消えた。
「ガレス兄上やユリウス兄上にも、俺から話しておく。君が会いたいと思ったら、その時に会えばいい」
「ユリウスさんも……お兄さんなんですよね」
「ああ」
「ガレスさんも」
「ああ」
ガレスの話は少し面倒だが、今ここで説明する必要はない。
エルゼはしばらく膝の上の手を見ていた。
それから顔を上げる。
「ロズベル家って……どんなところなんですか?」
「……」
難しい質問だった。
ガレス。
長く病床にいたユリウス兄上。
俺。
領主府に、第一艦隊と第二艦隊。古い港と、改装中の《アーク》。
まともに最初から説明すると、かなり長い。
「説明すると長い」
「そんなにですか?」
「最近いろいろあった」
「それは……ニュースで少し見ました」
共同治安艦隊まで来たのだから、「少し」で済む話ではないかもしれない。
「知りたいのか?」
エルゼはすぐには答えなかった。
今まで知らなかった家族だ。
別に知りたくないと言われても、それはそれで仕方ない。
少し迷ったあと、エルゼが顔を上げる。
「……はい」
「少し、知りたいです」
「そうか」
「今度、見に来るか? そのときにいろいろ教えてやる」
「領主府のお屋敷をですか?」
「あそこはあまり面白いものでもない」
嫌な思い出ばかりだ。
「宇宙船ドックだ」
「ドック?」
「俺の船もある」
エルゼが少し興味を示した。
「船……」
「今は改装中だがな」
「見てもいいんですか?」
「そのために誘った」
エルゼが笑った。
「レオンさんの船とか、仕事とか……見に行ってもいいですか?」
「構わん」
「アンナも一緒でいいですか?」
「もちろんだ」
そこで話は終わると思った。
だが、エルゼは少し迷ってから、もう一度こちらを見る。
「それまでに……また連絡してもいいですか?」
「ああ」
「父のこととか、ロズベル家のことで、聞きたいことが出てくるかもしれないので」
「そうだな……それ以外でも相談事があれば連絡してくれ」
「はい」
そこで一度頷いたあと、エルゼは首を傾げた。
「……父の件じゃなくても、連絡していいんですか?」
「構わんぞ」
そこで遠慮する理由が、俺にはよく分からない。
「俺も兄として何をすればいいのか、まだよく分かっていない。だから、何かあれば言ってくれ。何もなくても別にいい」
エルゼは少し驚いたように俺を見た。
それから、小さく笑う。
「じゃあ、少しずつ教えてください」
「何を?」
「レオンさんのことも、ロズベル家のことも」
少し間を置いて、付け加える。
「せっかく兄妹だって分かったので」
そう言って、少し照れたように笑った。
妹と言われても、俺にはまだ実感がない。
次に会った時には、少しは変わっているのだろうか。
次回、『第44話 レオン・ロズベルを殺すな』の投稿は10/30となります。