前世が大魔道士だった俺、宇宙戦艦を魔改造して銀河を成り上がる 〜退役寸前のゴミ艦隊ですが、魔法で動かせば最強です〜 作:オカノヒカル
「レオン・ロズベルを殺すな」
コンラート・エルディンは、通信が繋がるなりそう告げた。
四十代後半。灰色の混じる暗い金髪を整え、装飾の少ない濃色の礼装を身につけている。
痩せた長身と淡い琥珀色の目は、軍人より学者か金融家を思わせた。
実際、その私的執務室にも武器より紙の資料が多い。
机の上には、年代の違う古文書の複製が何冊も開かれていた。
通信端末の向こうで、ルシアン・ヴェイルがわずかに間を置いた。
〈……承知しております〉
「理解しているならいい」
コンラートは机上の報告書へ視線を戻した。
共同治安艦隊の失敗。
ガレス・ロズベルの奪還。
ロズベル領への介入計画は、予定していた形では終わらなかった。
損失ではある。
だが、それでレオンを殺す気にはならなかった。
「共同治安艦隊の件で、レオン・ロズベルを排除すべきだという意見がいくつか上がっている」
〈当然ではあります。こちらの計画を大きく崩した人物ですから〉
「だから殺す、では安すぎる」
コンラートは別の資料を開いた。
旧式戦艦《アーク》。
本来の設計と釣り合わない出力。
低価値資源として扱われていたFランク結晶。
それを利用したと推測される新型動力。
さらに、旧式フリゲートへ搭載された小型炉の情報まで届き始めている。
「最初は、偶然だと思っていた」
〈古代技術へ偶然接触した可能性、ですか〉
「そうだ」
失伝技術の残骸を見つけた。
たまたま動かし方を知った。
それだけなら、レオン本人に大した価値はない。
場所と現物を奪えば済む。
だが、小型炉まで作り始めた。
「戦艦一隻だけなら、拾った技術でも説明できる。だが、小型炉まで作れるなら話は違う」
〈再現性がある、と?〉
「その可能性を無視できなくなった」
コンラートは報告書を指先で叩いた。
「死体から技術は聞き出せない」
〈ごもっともです〉
「壊してから価値を調べる趣味はない」
コンラートが共同治安艦隊の敗北を理由に怒鳴ることはなかった。
軍艦は補充できる。
資金も、時間をかければ戻る。
だが、この技術について知っている人間が何人いるのかは、まだ分からない。
机の端に置かれた古文書を手に取る。
複製とはいえ、原文の欠損まで再現された古い資料だ。
意味の取れない箇所も多い。
その中に、何度か繰り返される記述があった。
灰の石。
星の海を流れる見えぬ潮。
飢えを知らぬ炉。
詩なのか、技術記録なのかさえ分からない。
具体的な構造もない。
設計図もない。
どの石を、どう使えばよいのかも書かれていなかった。
「伝説なら、伝説で構わなかった」
〈ですが、レオン・ロズベルが現れた〉
「ああ」
コンラートは古文書を閉じた。
「伝説と同じ現象を、現実に起こす男が現れた」
Fランク結晶から、既存理論では説明しにくい出力を引き出す。
燃料消費と釣り合わない艦艇機動。
旧式戦艦が、本来あり得ない戦闘能力を発揮する。
古文書が正しいとは、まだ言えない。
だが、捨てる理由もなくなった。
〈では、Fランク結晶の確保を優先いたしましょうか〉
「石だけ奪ってどうする」
ルシアンの返答が一瞬遅れた。
「炉を作る者がいる。炉を支える技術者がいる。材料を加工する設備がいる。運ぶ船も、使う港も必要だ」
レオン一人を捕らえても、炉は作れない。
「一つ奪えば完成する技術ではない」
〈おっしゃる通りです〉
ルシアンの声が少し低くなる。
〈ロズベル領を軍事占領するのは、費用に見合いません。星系連合所属の自治領へ公国系勢力が正面から兵を入れれば、余計な政治問題が増えます〉
「だからガレスを使った」
〈はい〉
軍艦で奪えば侵略になる。
だが、領主自身が契約へ署名したなら話は変わる。
採掘。
港湾利用。
研究施設。
輸送。
技術協力。
遺跡調査。
名目はいくらでも作れる。
〈欲しいのは石ころの山ではありません〉
ルシアンが言った。
〈そのすべてに署名してくれる領主が必要なのですよ〉
「その点では、お前の考えは正しかった」
コンラートは否定しない。
ロズベル領へ傀儡政権を作る。
軍事占領より安く、長く使える。
問題は、最初に選んだ人間だった。
「ガレス・ロズベルは失敗だった」
〈申し開きはいたしません〉
「責任を聞いているわけではない」
ガレスは使いやすかった。
虚栄心が強い。
評価されることを好む。
外部の権威に弱く、弟への劣等感もある。
金や支援を与え、それを自分の成果だと思わせれば動いた。
だが、最後まで使える人間ではなかった。
〈最後は恐怖に耐えられませんでした〉
「領主が領地を捨てて逃げるとはな」
コンラートの声に怒りはない。
結果を確認しているだけだった。
ガレスはもう使えない。
「ユリウス・ロズベルは?」
〈以前とは状況が変わっております〉
「病床にいた男か」
〈はい。詳細は掴めておりませんが、回復傾向にあるようです〉
コンラートはわずかに眉を動かした。
「人物評価は?」
〈ガレス閣下より、はるかに厄介です〉
「理由は」
〈柔和ではありますが、愚鈍ではありません。財政と領地運営にも理解がある。少なくとも、虚栄心を刺激して権益へ署名させる方法は通じないでしょう〉
「レオンは」
〈論外です〉
そこだけは即答だった。
コンラートの口元がごくわずかに動く。
「ずいぶんな評価だな」
〈第二艦隊を持ち、第一艦隊にも影響力がある。技術を握り、現場からの支持もある。何より、こちらの手口を一度見ています〉
「なら、同じ方法では動かない」
〈はい〉
「別の方法を探せ」
〈承知しました〉
「時間を使って構わない」
巨大なエネルギー技術が本当に存在するなら、数か月や一年を惜しむ方が愚かだった。
採掘し、研究し、産業へ変えるまでには、どのみち時間がかかる。
「ロズベル家に、他の使える人間はいないのか?」
通信の向こうで、わずかな間があった。
〈現時点で、確実な候補は確認できておりません〉
「そうか」
コンラートはそれ以上追及しなかった。
候補がいないなら、探せばいい。
血族である必要もない。
制度上、領主へ影響を与えられる人間でも構わない。
「それより、調査の方向を変える」
〈どのように?〉
「調査対象をレオン以外にも広げろ」
コンラートは報告書を横へ置いた。
「小型炉を、レオン一人が素手で作っているわけではあるまい」
〈当然です〉
「なら、その周囲を調べればいい」
誰が炉を加工し、部品を作るのか。
どの工廠が作業を受けるのか。
星脈結晶はどこから運ばれ、どこへ保管されるのか。
どの船が運び、どの業者と契約しているのか。
新たな工場計画に、誰が加わろうとしているのか。
「技術者もだ。レオン・ロズベル以外に、誰が理解しているかを」
〈承知しました〉
「全部を盗む必要はない。慎重にな」
産業化が進めば、加工業者も運送業者も増える。
整備員や資材商との契約も必要になる。
「材料も部品も人も、外を通る。そこを調べろ」
〈そこへ入る、と〉
「入れる場所を探す」
重要な取引先や輸送経路を一つ押さえるだけでも、交渉材料にはなる。
倉庫一つを奪って終わるつもりはない。
もし古文書が示すものが本物なら、それを公国へ持ち帰り、実用技術として成立させる。
鉱山一つより、その方が価値は大きい。
「それとは別に、外縁の調査も動かす」
〈外縁、ですか〉
「ステーション17周辺と、例の巨大構造物だ」
コンラートは机上の古文書へ目を落とした。
「公国側の正式な調査案件として上げる。古文書そのものを渡す必要はない。観測記録と、ロズベル領で確認された異常だけで十分だ」
〈調査部隊を派遣なさるおつもりで?〉
「その価値はある」
あの宙域に何があるのか。
レオン・ロズベルが何を見つけ、何を利用しているのか。
遠くから報告を集めるだけでは足りなくなっていた。
〈帝国側も、あの周辺で観測活動を強めているとの情報があります〉
「構わん」
コンラートは淡々と答えた。
「こちらは調査をするだけだ」
〈承知しております〉
「レオン・ロズベルも、技術を知る手掛かりの一つだ。忘れるな」
〈はい〉
通信を切る。
暗くなった端末に、コンラート自身の姿が薄く映った。
コンラートは古文書をもう一度開いた。
灰の石。
飢えを知らぬ炉。
まだ照合すべきことは多い。
今、レオン・ロズベルを殺す理由はなかった。
**
通信が切れたあとも、ルシアンはしばらく端末を見ていた。
コンラートの判断に異論はない。
レオンは生かし、ロズベル領へは軍ではなく契約で入る。
その方が都合がいい。
そして、コンラートが自分より上にいることも理解している。
資本も、人脈も、政治力も違う。
公爵閣下を騙し続けられるなどとは考えていない。
ただし、全てを今すぐ渡す必要もなかった。
ルシアンは通常の報告端末を閉じ、別の端末を起動した。
そこには、公開報告へ載せていない資料が残っている。
【E・フィッシャー】
十五歳。
先代ロズベル領主の娘。
現時点では正式な政治候補ではない。
成人まで三年ある。
工作もまだ始まっていない。
だから先ほどの返答は、完全な嘘ではなかった。
使える札になれば、その時に報告すればいい。
少なくとも今は、ルシアン自身の手元に置いておく価値があった。
新しい報告を開く。
内容は短い。
対象者が領主府へ出入りした記録が確認された。
レオン・ロズベル側との接触が、以前より増えている可能性がある。
それ以上は分からない。
領主府内部で何を話したかも、血縁について何を伝えられたかも記録にはない。
ルシアンには都合の悪い動きだった。
「……少し、早めた方がよさそうですね」
今すぐ接触させるほどではない。
準備不足のまま動かせば警戒される。
接触の機会そのものを失うのはまずい。
ルシアンはその報告を閉じた。
コンラートから届いた新しい指示を、今度は自分の配下へ回す。
〈技術そのものを盗もうとする必要はありません〉
通信の向こうから返事が来る。
〈では、何を?〉
「まず、人を調べなさい。技術者、加工業者、運送業者、工廠、契約先」
レオンが技術を産業へ変えようとしているなら、外部との取引は増える。
「Fランク結晶――いえ、彼らが『星脈結晶』と呼んでいるものが、どこから入り、どこへ流れるのか」
技術そのものが見えなくても、物と人の出入りは追える。
「関係先を、一つずつ洗い出しなさい」
次回、『第45話 領主代行、仕事を取られ始める』の投稿は11/3となります。