前世が大魔道士だった俺、宇宙戦艦を魔改造して銀河を成り上がる 〜退役寸前のゴミ艦隊ですが、魔法で動かせば最強です〜 作:オカノヒカル
兄上の治療を始めてから、半年ほどが過ぎた。
俺は今日も領主府の執務室で書類を読んでいる。
港湾修理の支出承認。
工場設備の再稼働計画。
領軍の補給費。
交易業者からの申請。
減った気はしない。
机の端へ一件置いたところで、扉が開いた。
また何か来たらしい。
「次はなんだ」
「ずいぶん嫌そうだね、レオン」
聞き覚えのある声だった。
顔を上げる。
「……兄上」
ユリウス兄上が立っていた。
少し後ろには主治医のフィリップもいる。
以前より頬に肉が戻っている。病人だと一目で分かった白い顔も、ずいぶん普通の色になった。
ただ、歩き方はまだゆっくりだった。
「そんな顔をされると、来てはいけなかったみたいだね」
「いや。歩いて大丈夫なのか?」
「最初にそこなんだね」
「大事だろう?」
少し前まで療養区画から出ることすら難しかった人間だ。
書類を読んだり、遠隔で会議に出たりするところまでは見てきた。
だが、自分の足で領主府へ来たのは初めてだった。
「身体は?」
「見てのとおりだよ」
「なら、もう治ったのか」
「いいえ」
フィリップが即答した。
「一日数時間です」
「……短いな」
「長く病床にあった患者へ、何時間働かせるおつもりですか」
「働かせるとは言っていない」
「今、短いとおっしゃいました」
そこは聞き逃さないらしい。
兄上が笑う。
「まだ治療もリハビリも続いているよ。今日は主治医から許可をもらってきた」
「何の許可だ」
「二、三時間くらいなら、座って書類仕事をしてもいいって」
嫌な予感がした。
「なぜここでする」
「レオンもずっと大変だっただろう。少しくらい仕事を手伝わせてくれないか」
「兄上が?」
「ここまで身体を戻してもらったんだ。その礼だと思ってくれればいいよ」
礼なら休んでいてもらった方が安心なのだが。
「無理をする必要はない」
「疲れたらすぐ休む。フィリップもいる」
「はい。時間になれば連れて帰ります」
それなら、俺が止める理由もない。
「……なら、無理はするな」
「ありがとう」
兄上は執務室の空いている机へ座った。
「今日は何が残っている?」
「たくさんある」
「それは見れば分かるよ」
ひどい。
俺は処理待ちの書類から数件を抜いた。
「これは工場関係だ。こっちは港湾設備の調達。あと、この契約更新がよく分からん」
「最後の言い方だけ雑だね」
兄上が書類を受け取った。
そこへ、ちょうど実務官が入ってくる。
「領主代行、追加でご確認を――」
実務官が兄上に気づいた。
「ユリウス様」
「久しぶりだね」
「ご快復、何よりでございます」
「まだ途中だけどね」
実務官は抱えていた端末を見て、少し考えた。
「では、こちらはユリウス様にご確認いただけますでしょうか」
待て。
「俺への書類ではなかったのか?」
「地域事業者との調整案件ですので、ユリウス様にも以前ご助言いただいております」
「そうか」
「見せてもらえるかな」
「お願いいたします」
書類が一つ、俺の机を通らず兄上へ行った。
何かがおかしい。
兄上は気にせず内容を読み始めた。
しばらくすると、さらに別の実務官が来た。
「ユリウス様、工場計画の件なのですが」
「うん」
また一件、兄上が引き受けた。
俺は自分の机から、その様子を見る。
……俺の仕事ではなかったのか。
「レオン」
「何だ」
「これ、少し聞いていい?」
兄上が最初に渡した工場関係の書類を見せてきた。
「初期生産品を外部向けにも販売する案が入っているけど、レオンはどう思ってる?」
「作れる物から作ればいいと思っている」
「外へ売る物も?」
「ああ。売れれば金になるだろう」
「最初からそれだと、少し危ないかな」
「なぜだ」
兄上は書類の一項目を指した。
「まだ工場としての実績がないからだよ。新しく再稼働した施設から部品を買ってくださいと言われても、外の業者は品質を信用できない」
「なら安くする」
「安すぎると利益が出ないし、今度は領内の既存事業者まで困る」
なるほど。
俺が黙ると、兄上は続けた。
「まずは第一艦隊、第二艦隊、港湾設備向けでいいと思う」
「前にも言っていたな」
「うん。今まで外から買っている汎用部品を、こちらで作る」
「それなら買い手を探さなくていい」
「品質の実績も作れる。領軍や港で問題なく使えた記録があれば、外へ売る時にも説明しやすい」
兄上は少し考え、書類の数字を見直す。
「既存の事業者が作っている物とは、できるだけ競合させない方がいいね。まずは領外から買っている品目を優先しよう」
「それなら外へ出ていた金も残る」
「そういうこと」
分かりやすい。
「では、その方針で試算を組み直してもらおう」
兄上が実務官へ書類を返した。
「承知しました」
実務官はそのまま出ていった。
終わった。
俺が何日か眺めていた案件が、ずいぶん簡単に終わった。
「……やはり兄上の方が向いているな」
「何か言った?」
「何でもない」
少し腹立たしい。
長く寝込んでいた男に、領主代行として働いてきた俺が負けている。
だが、兄上へ渡せば全部片づくわけでもなかった。
別の担当者が持ってきた資料へ目を通し、兄上はすぐ俺へ返した。
「これは僕には分からない」
「早いな」
「工業用星脈炉の負荷制御って書いてあるよ」
「ああ」
「セラたちに聞いてくれ」
正しい。
次に来た第二艦隊の運用計画も、一度読んだだけでこちらへ回された。
「これはレオンかマルクだね」
「見ないのか?」
「僕が艦隊配置を決めたら怖いだろう?」
「怖いな」
「だから返すよ」
兄上は、分からないことを分かったふりはしない。
自分が判断すべき案件だけを受け取り、それ以外は迷わず戻す。
それも含めて、俺より領主府の仕事に向いている気がした。
やがてフィリップが時刻を確認した。
「ユリウス様、本日はここまでです」
「もう?」
「もう、です」
「まだ少しできそうだけど」
「できそうなところで止めてください」
兄上が俺を見る。
「厳しいね」
「俺に言うな」
「レオン様にも同じことを申し上げます」
俺まで巻き込まれた。
兄上は仕方なさそうに席を立った。
立ち上がる動きに少し時間がかかる。
まだ完全に戻ったわけではない。
「また来てもいいかな」
「医者が許すなら」
「そこは弟として歓迎してほしいところなんだけど」
「無理をしないなら歓迎する」
「分かったよ」
兄上とフィリップが部屋を出ていった。
机の上を見る。
朝まで未処理だった案件のいくつかに、処理済みの表示が付いていた。
兄上がいるなら、俺が全部やる必要はない。
半年前なら考えられなかったことだ。
もちろん、兄上が元気になったからといって、明日から領主の座を譲れるわけではない。
ガレス兄上の裁定も終わっていない。
正式な継承手続きも必要になる。
俺はまだ領主代行のままだ。
それでも、半年前とは違う。
**
午後は軌道港へ上がった。
兄上が仕事を始めたのなら、俺も本来の仕事を見ておきたい。
軍港区画へ入ると、一隻の艦がゆっくりと係留施設を離れていくところだった。
第二艦隊の戦闘艦だ。
外見は以前と大きく変わらない。
だが、あの艦には汎用小型星脈炉が追加されている。
乗っている兵士も、俺がいなくても扱える。
「司令」
マルク・ハイゼンが迎えに来た。
「ちょうど一隻出ていったな」
「巡回任務です。改修後の慣熟も終えています」
「次は?」
「二隻がドック入りしています。終わり次第、次の組と交代です」
全艦を一斉に止めて改修するようなことはしていない。
任務へ出す艦を残しながら、順番にドックへ入れる。
改修が終われば乗員を慣らし、実際の任務へ戻す。
「緊急停止訓練は?」
「規定回数を消化済みです。改修済み艦については、各艦で通常訓練へ組み込んでいます」
「問題は出ていない?」
「現時点ではありません」
マルクが端末を見せる。
そこにあるのは炉の構造ではない。
どの艦がいつ改修へ入るか。
どの艦を警戒任務へ出すか。
どの乗員が訓練を終えたか。
艦隊を動かすための記録だ。
「残りは?」
「追加搭載改修は最終ローテーションへ入っています。ただし、非戦闘艦まで急いで全て改修する予定はありません」
「必要な艦からか」
「はい。任務への影響を抑える方を優先しています」
これでいい。
改修を急いで警戒の艦まで減らされては困る。
「ステーション17は?」
「固定駐留班へ引き継いでいます。施設運用、整備、通信、医療、保安要員を最低限ですが常駐させました」
「船は?」
「常駐させていません。作業艇と救難艇、それに警戒用の無人機だけです。艦艇は巡回時に立ち寄らせています」
以前はマルクの軽巡を中心に、第二艦隊の艦を残していた。
だが、それでは船を動かすたびにステーションの留守番まで考えなければならない。
「それで維持できるのか?」
「通常の施設維持と警戒なら。ただし、戦闘になれば守れる戦力ではありません」
「なら、それでいい」
あそこは戦って守る場所ではない。
まず見つからないことの方が大事だ。
マルクが少し考えた。
「……報告書ならございますが」
「そうか」
「ご覧になりますか?」
「いや」
見ても、たぶん今聞いたことが書いてある。
以前は試験を見ていた。
今は、その試験を終えた艦が俺の知らないところで巡回任務へ出ている。
「本当に俺がいなくても回っているな」
「そのために半年やってきましたので」
マルクは当然のように答えた。
その言葉に不満はない。
むしろ、そうでなければ困る。
俺が毎回炉を触らなければ出撃できない艦隊では意味がない。
司令官がいなければ何も決められない艦隊でも同じだ。
「では、引き続き頼む」
「了解しました」
**
ドックへ向かう。
巨大な整備区画の奥に、《アーク》がいた。
しばらく足が止まった。
「……船に戻ったな」
半年前は、外装を剥がされていた。
骨格が露出し、配管や設備が外され、知らない者が見れば解体中の廃艦にしか見えなかっただろう。
今は違う。
灰色で、四角く、大きい。
相変わらず無骨だった。
《エデン》から移植した白い外骨格も残っている。ただし、以前のように古い船体へ無理やり巻きつけた姿ではない。
固定部は《アーク》の骨格に合わせて組み直され、白い梁の一部は復旧した外装へ食い込むように収まっていた。
細く滑らかな最新鋭艦にはなっていない。
灰色の旧式船体に白い骨が残り、その継ぎ目を黄金の術式が走っている。
継ぎ接ぎだった頃より整理されても、《アーク》らしい妙な姿は変わらなかった。
「まだです」
下から声がした。
セラが作業用の端末を持って立っている。
少し離れたところにはリーネもいた。
二人とも作業着だ。
「船には見える」
「見た目で出港許可を出さないでください」
「出すとは言っていない」
「顔が出したそうでした」
よく分かるな。
リーネが外装の一部を見上げたまま報告する。
「外装の復旧は予定範囲まで進んでいます。ただし、主骨格の最終負荷試験が残っています」
セラも続けた。
「機関側は長時間の連続運転試験です。冷却と安全停止も、本設状態で最後まで確認します」
仮設設備の据え付けも終わっていた。
炉。
冷却設備。
配管。
放熱系。
安全停止装置。
主砲を支える構造。
どれも艦の中へ正式に組み込まれている。
近くでは技術者たちが作業を続けていた。
「左舷後部の配管支持点、二十センチずらしてください」
リーネが図面を見ながら言う。
「その位置だと点検ハッチが潰れます」
セラが即座に返した。
「では十五センチ」
「それなら通せます」
会話はそれで終わった。
二人とも相手の顔も見ず、それぞれの端末へ戻る。
喧嘩しているようには見えない。
仲がいいようにも見えない。
ただ、仕事だけは恐ろしく速い。
「ずいぶん慣れたな」
何となく言うと、二人がこちらを見た。
「何がですか?」
「いや、何でもない」
余計なことは言わない方がよさそうだ。
「出せるのはいつだ?」
「まだです」
セラに即答された。
リーネは少し遅れて首を横へ振る。
「構造試験を通してからですね」
「少し飛ばすだけでも?」
「駄目です」
「駄目ですね」
今度は二人とも同じだった。
仕方ない。
俺は《アーク》へ近づいた。
外壁へ手を伸ばす。
「何をする気ですか」
後ろからセラに止められた。
「少し流れを見るだけだ」
「やめてください」
「なぜだ」
「いま必要なのは、司令が触らなくても試験に通る状態です」
またそれか。
リーネも端末から顔を上げる。
「司令官が調整した状態を基準にすると、通常の試験条件と比較できなくなります」
「少しくらいなら」
「駄目です」
セラが言う。
手を引っ込めた。
俺の船なのに。
いや。
俺が触らなくても完成できるようにするための改装だった。
「そういえば」
思い出した。
「今度、見学者を二人連れてきても問題ないか?」
セラが《アーク》を見る。
「いつです?」
「近いうちだ」
「一般見学区画だけなら。作業区画には入れないでください」
「分かった」
「勝手に炉を見せたりもしないでくださいね」
「しない」
「司令は見せたがりそうなので」
失礼な。
船くらいは見せてもいいだろう。
あれからエルゼとは、見学の日程をまだ決めていない。
《アーク》が骨だけの状態では連れてきても面白くなかったが、今なら少なくとも船には見える。
アンナも一緒なら、二人とも少しくらい楽しめるだろう。
「総合航行試験まで、まだ少しかかります」
セラが言う。
「でも、大きな工事は終わりが見えてきました」
リーネも《アーク》を見上げた。
「構造側も同じです」
「そうか」
俺も灰色の船体を見る。
朝には、兄上が自分の足で領主府へ来た。
俺が迷っていた仕事を、俺より早く片づけた。
第二艦隊は、マルクが俺なしで回している。
《アーク》も、セラとリーネ、それに現場の技術者たちだけでここまで戻ってきた。
俺がいなくても、それぞれの仕事は進んでいる。
少しだけ寂しい。
でも、悪くはなかった。
「……悪くない」
「何がですか?」
「こっちの話だ」
セラが不思議そうにしたが、それ以上は聞かなかった。
**
その夜も、俺は軌道港に残った。
窓の向こうにドックが見える。
作業灯に照らされた《アーク》には、まだ足場が残っていた。
完成してはいない。
それでも、もう解体途中の船には見えない。
兄上は領主府へ戻り始めた。
《アーク》も、もうすぐ出られる。
端末が一度震えた。
領主府からの通知だった。
内容を開く。
【ガレス・ロズベルに関する正式裁定手続き――日程確定】
しばらく、その文字を見る。
残っているのは、ガレス兄上の裁定だけか。