前世が大魔道士だった俺、宇宙戦艦を魔改造して銀河を成り上がる 〜退役寸前のゴミ艦隊ですが、魔法で動かせば最強です〜 作:オカノヒカル
待ち合わせ場所へ着くと、先に俺を見つけたのはアンナだった。
「レオンさん、こっちです」
大きく手を振っている。
その隣で、エルゼは港湾区画を見下ろす窓の前に立っていた。
こちらに気づいてはいたらしい。少し遅れて振り返る。
「おはようございます、レオンさん」
「ああ。待たせたか」
「いえ。私たちが早く来ただけです」
「エルゼが、絶対に遅れたくないって」
「アンナ」
少し低い声が飛んだ。
「昨日も何度も時間を確認してたじゃん」
「アンナだって、朝から服を選び直してたでしょ」
「それは関係ないから」
「何に関係ないんだ?」
「何でもないです」
よく分からない。
アンナは元気そうだった。
以前のような青白さはなく、立って話していても息が乱れない。今日は地上から軌道港まで上がってきたはずだが、疲れた様子もなかった。
「身体は大丈夫そうだな」
「はい。今日はいっぱい歩けます」
「走るなよ」
「まだ走ってません」
「まだ?」
エルゼが聞き返す。
「言い方を間違えました」
元気なら、それでいい。
父上のことを話してから、エルゼとは何度か連絡を取っている。領主府で短く顔を合わせたこともあった。
それでも、俺の仕事場へ連れてくるのは今日が初めてだ。
前から約束していたが、《アーク》の大規模工事が危険な段階を抜けるまで待ってもらっていた。
「今日は最後までレオンさんが案内してくれるんですか?」
エルゼが聞く。
「ああ。《アーク》を見て、それから工場の方も回るつもりだ」
「……よかった」
小さな声だった。
「よかったね、エルゼ」
「もう、アンナは黙ってて」
アンナが楽しそうに笑っている。
エルゼは少しだけ困った顔をして、それからまた窓の外へ目を向けた。
ちょうど作業艇が一隻、ドックから離れていくところだった。
その向こうでは中型輸送船が係留区画へ入り、さらに外側を小型の貨物艇が横切っている。
「さっきから見ていたのか?」
「はい。待ってる間、暇だったので」
「二十分くらい見てましたよ」
「アンナ」
「本当じゃん」
船が好きなのか。
今日は嫌でもたくさん見ることになる。
「じゃあ、行くか」
**
第二艦隊用ドックの見学区画へ入ると、《アーク》が見えた。
エルゼが足を止める。
「……これが、レオンさんの船?」
「ああ」
灰色で、四角く、大きい。
最新鋭艦のような滑らかさはない。
《エデン》から移植した白い外骨格は、《アーク》の主骨格に合わせて組み直されている。白い梁の一部が灰色の船体へ食い込むように収まり、その接合部を黄金の術式が走っていた。
まだ作業用の足場や整備艇が周囲に残っているが、もう解体途中の船には見えない。
「大きい……」
アンナが窓へ近づいた。
「もっと格好いい船かと思ってました」
「十分格好いいだろう」
「えっ?」
なぜ驚く。
横を見ると、エルゼが口元を押さえている。
「笑うところではないぞ」
「すみません」
笑っている。
「司令。一般人に《アーク》の美的評価を求めないでください」
後ろからセラの声がした。
作業用端末を片手に歩いてくる。
「第二艦隊副官兼技術士官のセラ・ヴィルナーだ」
「よろしくお願いします」
「よろしくお願いします!」
「はい。今日は見学可能区画だけです。立入表示を越えないでください」
「はい」
「分かりました」
「俺もか?」
セラがこちらを見た。
「司令が一番守ってください」
「俺の船だが」
「だからです」
何かおかしい気もするが、今日は見学者がいる。
余計なことはしない。
……たぶん。
アンナは《アーク》を見上げながら、次々と質問していた。
「あの白いところも装甲なんですか?」
「補強用の外骨格です」
「最初から付いてたんですか?」
「いいえ。別の艦から移植しました」
「船って、そんなことできるんですね」
「普通はあまりやりません」
セラが最後だけ俺を見た。
俺は何も言っていない。
エルゼも《アーク》を見ていた。
ただ、目で追っているものが少し違う。
白い外骨格を目で追ったあと、その脇を抜けていく整備艇へ視線が移る。
整備艇が減速すると、今度は反対側から接近していた作業艇を見る。
「エルゼ」
「はい?」
「船を見るのが好きなのか?」
「好きですけど……」
少し考える。
「止まってる船より、動いてる方が好きです」
「それ、昔から」
アンナがすぐに口を挟んだ。
「港に来ると、ずっと船がどこへ行くか見てるんですよ」
「アンナだって船を見るでしょ」
「私は船を見るの。エルゼは、その船が次にどこへ行くか見てるの」
「同じじゃない?」
「違うよ」
俺にも少し違いが分からない。
だが、エルゼはもう別の作業艇を見ていた。
**
《アーク》内部は、安全が確認されている場所だけにした。
炉心も主砲区画もまだ工事中だ。
代わりに艦橋へ案内する。
「わあ……」
アンナが入った瞬間に周囲を見回した。
「ここから戦ってたんですか?」
「ああ」
「レオンさん、ここに座るんですか?」
「だいたいはな」
アンナが司令席を見る。
なぜか妙に真剣だった。
「……思ったより普通ですね」
「椅子だからな」
「もっと特別なのかと思ってました」
「座っているだけで偉く見える椅子があるなら、俺も欲しい」
「司令には必要ないと思います」
セラに言われた。
エルゼは操舵席や司令席を一通り見たあと、主画面へ視線を向けていた。
現在は港湾外部映像が表示されている。
巡回から戻ってきたフリゲート。
ドックへ向かう整備艇。
外周航路を横切る輸送船。
その奥では別の小型艇が速度を落としていた。
『来訪者二名を確認』
頭上からノアの声が流れる。
アンナが顔を上げた。
「この声が例のノアさん?」
「そうだ」
『訂正。本艦に敬称は不要です』
「えっと……ノア?」
『問題ありません』
アンナの顔が明るくなる。
「返事してくれた」
「するぞ」
『艦載AIですので』
当たり前のことを言われた。
「船そのものなんですよね?」
『はい。本艦の艦載AI《ノア》です』
「すごい……」
アンナは今度はノアに質問を始めた。
エルゼはあまり会話へ入らない。
主画面の端を一隻の輸送艇が横切った。
その船が画面から消える前に、エルゼの目は別の船へ移る。
「面白いか?」
声をかけると、エルゼが少し驚いた。
「すみません。説明、ちゃんと聞いてます」
「怒ってない」
何を見ているのか気になっただけだ。
「船がいっぱい動いてるので」
「普段もこんなものだぞ」
「そうなんですか?」
「ああ。今日はむしろ少ない方だ」
エルゼはもう一度画面を見る。
「少ないんだ……」
今度は画面から目を離さなかった。
**
次に向かったのは工場予定地だった。
少し前に横流し業者から回収した旧倉庫と加工設備を再利用している。
まだ完成はしていない。
古い加工機械が修理され、新しい配線が床下へ通されている。奥では小型星脈炉を置くための区画も整備され、搬入口からは金属材が次々と運び込まれていた。
「ここもレオンさんが作ってるんですか?」
アンナが聞く。
「俺一人なら何もできん」
「でも、工場を作ろうって言ったのはレオンさんなんですよね?」
「それくらいだ。炉の術式は俺が作るが、設備を直すのも、物を作るのも別の人間だ」
ここで働く人間まで俺がやるわけにはいかない。
工場が完成すれば、まずは第一艦隊や第二艦隊、港湾設備で使う汎用部品を作る。
外から買っていた物を、少しずつ領内で作れるようにする予定だ。
「こっちから材料が入るんですか?」
エルゼが大型搬入口を見る。
「ああ」
「出来た物は?」
「反対側だな」
担当者が答え、端末上に予定経路を表示した。
「原材料はこちらの荷役区画から搬入します。完成品と再利用材は主に第三搬出口へ。工場が本格稼働すれば、現在より輸送艇の往来は増えます」
エルゼが表示を見る。
それから搬入口、ドック、係留区画へと視線を移し、最後に今動いている輸送艇を追った。
「そのあたりの運航計画も現在調整中です」
担当者が続ける。
「現状の交通量なら問題ありません。ただ、工場稼働後は搬入と搬出が増えますので、混雑時間帯を分ける予定です」
「時間を分けるのか」
「はい。入港便と工場側の搬出便が集中しないよう、時間帯ごとに割り振ります」
普通のやり方に聞こえる。
俺たちはそのまま見学通路を進んだ。
やがて港湾区画を広く見下ろせる場所へ出る。
下では中型輸送船が離港準備をしていた。
その外側から、一隻の補給艇が進入してくる。
少し遠くには貨物艇がいる。
エルゼが止まった。
「……あれ?」
「どうした」
「いえ……」
答えながらも、目は下を見ている。
補給艇が進む。
中型輸送船はまだ動かない。
「なんで、あの船は先に出ないんですか?」
「あの輸送船ですか?」
担当者が聞く。
「はい」
「今は外側から入る補給艇が優先です。出港順と進入経路が決まっていますので」
「ああ……」
エルゼは頷いた。
だが、その場から動かない。
補給艇が通過する。
その間、中型輸送船は待つ。
遠くにいた貨物艇が接近してきた。
エルゼの視線が三隻の間を行き来する。
さらに工場側を見る。
「……これ」
「何かあるのか?」
俺が問いかけると、エルゼが少し迷ってから工場の搬出口を指した。
「工場が動き始めたら、あっちからも船が出るんですよね?」
「そうなるな」
「さっき、時間を分けるって言ってましたけど」
今度は中型輸送船を指す。
「あの船が出る時に、工場から来た船もここへ来たら……どっちか待ちますよね?」
担当者が端末を見る。
「時間帯は重ならないよう調整する予定です」
「はい。でも……」
エルゼが首を傾げる。
「こっちから入る船が少し遅れたら、その次に出る船も待つことになりませんか?」
俺も下を見る。
補給艇が入る。
輸送船が出るまで待つ。
工場から別の船が来る。
言われれば、何となく分かる。
「ここで待つ船が増えそうに見えるんです」
セラが端末から顔を上げた。
「ノア」
俺より先に呼ぶ。
『港湾運行計画を取得します』
壁面表示へ航路図が開いた。
現在の交通量に、工場稼働後の想定輸送量が重ねられる。
『現行予定に基づき、簡易シミュレーションを開始』
光点が動き始めた。
入港船。
出港船。
工場側から来る輸送艇。
最初は問題なく流れる。
やがて一隻が減速した。
次の船も速度を落とす。
その後ろで、さらに一隻が待機へ入った。
『指定時間帯における待機艇数の増加を確認』
航路図の一部が拡大される。
『エルゼ・フィッシャーが指摘した区画が、最初の滞留点となる可能性があります』
「当たってる……」
アンナがエルゼを見る。
当人は困った顔をしていた。
「本当に?」
「本当です」
セラは表示を確認している。
担当者もすぐに計画を開き直した。
「交通量増加後に待機が発生すること自体は想定していました。運航時間帯を分散させれば許容範囲へ収まると見ていましたが……」
表示された光点を追う。
「確かに、遅延が一便入るだけで、ここから待機列が伸びますね」
「時間帯だけではなく、経路側も見直した方がよさそうです」
セラが言う。
「工場側の搬出路を含めて、もう一度シミュレーションしてください」
「承知しました」
まだ調整途中の計画だった。
その中で、エルゼは滞留する場所を先に見つけた。
「どうして分かった?」
聞くと、エルゼがこちらを見る。
「どうしてって……」
「俺は言われるまで気づかなかった」
担当者も苦笑する。
「私も、待機数のシミュレーション結果を見るまでは、この場所が最初だとは思いませんでした」
「でも……」
エルゼはもう一度窓の外を見る。
「あの船が入ってる間、こっちは出られないですよね」
「ああ」
「その間に工場からもう一隻来たら、そこも待つことになります」
指が空中を動く。
「あれが出たあとにこっちが入って、その後ろが……」
指先が止まった。
「だから、詰まるなって」
「それを全部、頭の中で動かしたのか?」
「全部というか……」
エルゼが首を傾げた。
「見たら、そう動くように見えません?」
「見えないよ」
アンナが即答した。
「アンナ」
「だって本当に見えないもん」
アンナが窓の外を見る。
「私は大きい船が来たなー、くらい」
「それは見なさすぎじゃない?」
「ほら。それが普通」
普通なのかどうかは俺にも分からない。
「エルゼ、昔からこうなんですよ」
アンナが言う。
「人が多いところでも、こっちから行くと混むとか、あっちを先に通した方が早いとか、すぐ言うんです」
「そんなに言ってないよ」
「言ってる。港へ来たら、船がどこから来てどこへ行くかずっと見てるし」
「暇だったから」
「私は暇でも分からないけど」
エルゼはまだ首を傾げている。
俺には船が何隻か動いているようにしか見えない。
エルゼには、その次の動きまで見えているらしい。
「船を見るのが好きなら、また来ればいい」
「え?」
エルゼがこちらを見る。
「いいんですか?」
「ああ。見学区画ならな」
「司令」
セラが呼んだ。
「何だ」
「私を見ながら言わないでください」
「確認しただけだ」
「事前申請はしてください」
「分かった」
そのくらいはする。
「でも、邪魔になりませんか?」
エルゼが聞く。
「見ているだけで邪魔になるなら、今日の時点で追い出されている」
「司令は何度か追い出したくなりましたけどね」
「俺は見学者ではない」
「余計に悪いんです」
エルゼが笑った。
軍へ来い、などと言うつもりはない。
まだ十五歳だ。
学校へ通っている民間人でもある。
今は見学に来るくらいでいいだろう。
**
帰る前に、もう一度《アーク》の見える通路を通った。
アンナは白い外骨格を見上げている。
エルゼも最初は《アーク》を見ていた。
だが、その横を整備艇が通ると、自然にそちらへ目が移った。
「今度は、動いてるところも見られますか?」
「完成すればな」
「いつですか?」
「セラに聞け」
少し前を歩いていたセラが振り返る。
「司令が余計なことをしなければ、予定どおりです」
「何もしていないぞ」
「完成まで、そのままでいてください」
手伝った方が早いと思うのだが。
「じゃあ、完成したらまた来てもいいですか?」
エルゼが聞く。
「ああ」
「今度は出港するところ、見てみたいです」
なるほど。
《アーク》の中より、動く《アーク》か。
「それなら俺も見たいな」
「司令は乗る側でしょう」
セラに言われた。
そうだった。
**
地上便へ続く区画まで二人を送る。
アンナは少し先を歩いていた。
「アンナ。走るなよ」
「走ってません!」
遠くから返事が来た。
元気すぎるくらいでちょうどいい。
エルゼはすぐには追わず、こちらへ振り返った。
「今日は、ありがとうございました」
「楽しかったか?」
「はい」
少し迷ってから、《アーク》のある方を見る。
「レオンさんが何をしてる人なのか、前より分かった気がします」
「船に乗っているだけだ」
「領主代行もしてますよね」
「それは早くやめたい」
エルゼが笑う。
「そこは本当に嫌なんですね」
「船の方がいい」
「見てれば分かります」
そんなに顔へ出ているだろうか。
「エルゼー、置いてくよー」
アンナが呼んでいる。
「今行く」
返事をしてから、エルゼがもう一度こちらを見る。
「また連絡してもいいですか?」
「ああ」
「船のことじゃなくても?」
「構わん」
「……分かりました」
それからアンナの方へ歩いていく。
二人が並ぶ。
アンナが何か言い、エルゼが肩を叩いた。
何を話しているのかは聞こえない。
また連絡すると言ってくれた。
**
地上へ戻ったエルゼは、アンナと別れて居住区画へ向かっていた。
灰色の大きな戦艦。
白い外骨格。
忙しく動く整備艇。
次から次へと入ってきて、出ていく船。
それから、その真ん中で働いていたレオン。
端末が震えた。
新しいメッセージだった。
知らない送り主。
広告かと思い、消しかける。
【エルゼ・フィッシャーさんへ】
自分の名前が書かれていた。
その下の一文を読んで、足が止まる。
【あなたのお母さんについて、お話があります】