前世が大魔道士だった俺、宇宙戦艦を魔改造して銀河を成り上がる 〜退役寸前のゴミ艦隊ですが、魔法で動かせば最強です〜   作:オカノヒカル

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第6話 司令官、温かい飯で艦隊を制圧する

 勝った。

 

 艦橋ではまだ救難信号の整理が続いている。投降した海賊艦への警告、逃げた艦の追跡ログ、主砲砲身の冷却、艦首構造の歪み確認。通信卓の上では、赤や黄色の表示が忙しく明滅していた。

 

『投降艦一隻、武装停止を継続。反応炉出力、低下中』

 

 ノアの声が、艦橋に響く。

 

『戦闘継続意思を示す敵艦影、現在なし』

「そうか」

 

 俺は星図を見た。

 

 海賊旗艦を示していた大きな赤点は、もうない。副砲で足を止めた二隻は、まだ宇宙の闇に小さく残っている。逃げた艦は遠ざかっていた。

 

 追わない。

 

 逃げる背中まで焼く趣味はない。

 

「主砲は?」

『主砲、冷却および艦首構造の点検完了まで再射撃不能』

 

 古い杖に大きな術を通せば、芯に癖が残る。砲身も、無理に二度目を撃てば割れる。艦も同じだ。

 

 この船は、よく耐えた。

 

「そうか。休ませろ」

『死亡者および重傷者なし。急加速時の転倒、打撲、裂傷による軽傷者あり。第二艦隊全体で軽傷者は二十三名。医療区画にて処置中。ただし、医療品在庫は基準値を下回っています』

「部品は?」

 

 セラが端末を操作する。

 

「艦首補修材が足りません。放熱板の交換部品も足りません。副砲の冷却管も二本ほど寿命です。あと、主砲制御系に刻まれた未登録の発光パターンについては、私の胃に悪いので、あとで詳しく問い詰めます」

「胃薬が必要か?」

「もう飲んでます」

 

 戦闘が終われば、次は傷を塞ぎ、弾を数え、兵を休ませなければならない。

 

 前世でも、そこを間違える指揮官は兵をよく死なせた。

 戦いが終わったあと、震えている若者に温かい汁を飲ませる方が難しい夜もある。

 

 俺は艦橋を見回した。

 

 操舵席の若い兵は、まだ肩に力が入っている。通信士は同じ報告を二度聞き返した。砲術席の男は、手袋越しに指を揉んでいる。緊張で固まった手が、今になって震え始めたらしい。

 

 後処理を急がせた方がよさそうだ。

 

「揚陸部隊を出せ。投降艦を制圧。機関を止めた二隻は、救難反応を確認してから接舷しろ」

「捕虜の武装解除と負傷者の収容を優先します」

 

 通信士が命令を各部署へ送った。

 

「逃走艦は追わない。各艦は周辺警戒を続けろ」

 

**

 

 数時間後。

 

「セラ」

「はい」

「食堂は使えるか」

「……食堂、ですか?」

「そうだ」

 

 セラが警戒した顔になった。

 妙だな。俺は主砲を撃つとは言っていない。

 

「炉心を立て直してから、加熱設備の一部は復旧しています。ですが、まともな調理設備ではありませんよ。標準合成食の再加熱と配膳が限界です」

「十分だ」

「何をする気ですか」

「飯を食わせる」

 

 セラは一瞬、言葉を失った。

 

 ノアの青白い箱舟型ホログラムが、艦橋中央でゆっくり回転する。

 

『提案。司令官の発言意図を確認してください』

「意図も何もない」

 

 俺は席を立った。

 

「腹が空いたままでは、兵は勝ったことも実感できん」

 

 艦橋を出ると、通路には焼けた絶縁材と冷却剤、焦げた金属の臭いが残っていた。医療区画へ向かう担架の車輪が、床の継ぎ目を越えるたびに鳴っている。

 

 壁際では、軽傷の兵が腕に包帯を巻かれていた。別の兵は、端末を抱えたまま床に座り込んでいる。戦闘が終わっても、兵たちの肩から力は抜けていなかった。

 

 俺が通ると、兵たちは慌てて姿勢を正そうとする。

 

「そのままでいい」

 

 そう言って、俺は先へ進んだ。

 

 艦内表示に従って、居住区画の横を抜ける。細い通路を曲がるたび、古い船体が低く軋んだ。炉心を立て直したおかげで照明は戻っているが、壁の継ぎ目や配管の古傷までは隠せない。

 

 古い船は、傷が見える方がいい。

 どこを直せばいいか分かる。

 

 ただ、食堂に近づいても、飯の匂いはしなかった。

 

 そのことが、少し気に入らなかった。

 

 食堂は、勝った艦とは思えないほど静かだった。

 

 壁際の古い配膳ラインには、灰色の合成食ブロックが並んでいる。四角く、湿っていて、湯気がない。皿というより、補給箱に入れた方が似合う見た目だった。

 

 兵たちはそれを黙って口に運び、噛み、飲み込んでいる。食事というより、決められた補給を済ませているようだった。

 

 合成食そのものは、俺も知っている。

 

 ロズベル家の食卓が、毎日まともだったわけではない。帝国貴族の映像に出てくるような焼きたてのパンや、香りの立つ料理など、下級貴族の家でもそうそう口にできるものではなかった。

 

 地上にいた頃から、灰色の合成食は何度も食べた。

 

 栄養はある。

 腹も膨れる。

 保存も利く。

 

 便利ではある。

 

 だが、戦の直後に食わせるなら、せめて温めるべきだ。

 

 俺は一つを手に取った。

 見慣れた灰色の塊だ。

 

 この艦のものは特にひどい。温度も香りもない。水気を含ませた土のような色をしている。前世の干し肉の方がまだ愛嬌があった。あれは硬かったが、噛めば塩気くらいは出た。

 

「これが、普段の食事か?」

「標準合成食です」

 

 セラが後ろで答えた。

 

「栄養価は規定を満たしています。保存性も高いです。戦闘後の簡易食としては、これが限界で……」

 

 そこで彼女は言葉を止めた。

 

 食堂にいる兵たちへ目を向けている。

 誰もうまそうな顔をしていなかった。

 

「ただの燃料だな」

 

 何人かが食べる手を止め、こちらを見た。

 怒っているのではない。乾いた笑いを浮かべた顔だった。

 

 俺は合成食ブロックを皿へ戻す。

 

「勝った兵には、温かいものを食わせろ」

『訂正。標準合成食は人体摂取用に調整された栄養食品です』

「なら、なお悪い。食える形にしていない」

 

 ノアが沈黙した。

 

 セラも、反論しなかった。

 

 俺は配膳ラインへ歩く。

 

 加熱口の縁は焼け、成形機のパネルは何度も交換されている。水分調整ユニットは低い唸りを漏らし、香味添加装置らしい小さな箱は半分眠っていた。排気口には、長いこと油の臭いが染みついていない。

 

 それでも、加熱口と水分調整ユニットには電力が通っている。

 

「司令」

 

 セラの声が硬くなる。

 

「そこは調理設備ではありません。合成食の再加熱と配膳用です。料理を作る場所ではありません」

「熱が通って、水が使えて、食材が流れる」

 

 俺は加熱口の金属板に手を置いた。

 

「十分だ」

「十分ではありません」

『補足。食堂第二区画再加熱ライン、老朽化率七十二パーセント。調理用途への転用は非推奨』

「壊れてはいない」

『訂正。壊れかけています』

「なら、直しがいがある」

 

 セラが額を押さえた。

 

「司令、その言い方をすると、本当にやる気ですよね」

「飯を作るだけだ」

「その『飯を作るだけ』が信用できないんです。炉心と主砲の前でも似たようなことを言っていましたよね?」

 

 失礼な。

 

 炉心も主砲も、爆発はしていない。

 

 俺は配膳ラインの中を流れる熱と水の道を探った。

 

 この世界の食堂設備は便利だ。合成食素材を量り、水分を足し、熱を通し、決められた形に押し出す。使用者は、仕組みを考えなくていい。押せば出る。食えば栄養になる。

 

 だが、火の通りや水分、油のなじみ方まで気を配るようにはできていない。

 

 噛んだときの抵抗。

 飲み込む前に鼻へ抜ける香り。

 

 そういうものは、規格では後回しにされるらしい。

 

「合成食ブロック、保存タンパク、油脂、水、穀物系の栄養素材。香辛料代替素材もあるか?」

 

 セラが端末を見た。

 

「少量ならあります。主に士官用の嗜好調整材です。ただし在庫は多くありません」

「全部は使わん。今夜の分でいい」

 

 俺は術式を細くした。

 

 炉心に刻んだものより、ずっと小さい。

 主砲に通したものより、ずっと柔らかい。

 

 前世の野営で使った生活魔法に近い。濡れた薪に火を通し、硬い豆を戻し、干し肉の塩気を汁に逃がす。鍋底を焦がさず、火を強くしすぎず、腹に入る形へ整える。

 

 ただ、それを鍋ではなく、金属の配膳ラインに通すだけだ。

 

 黄金の光が、加熱口の縁を走った。

 

 細い線が、成形機の古い継ぎ目に沿って伸びる。水分調整ユニットの配管へ入り、香味添加装置の割れた外装をなぞり、排気口の奥で淡く揺れた。

 

 食堂の兵たちが息を呑む。

 

 セラが一歩前に出た。

 

「待ってください。いま、食堂設備に何を刻みました?」

「火加減だ」

「それは食品加工規格に存在する制御ではありません」

『警告。食堂第二区画に未登録エネルギー干渉』

 

 ノアの箱舟が、食堂の天井投影機に小さく映った。艦橋からこちらへ表示を移したらしい。

 

『加熱、水分調整、成形制御に規格外の変動を確認』

「また記録が増えましたよ、司令」

「よかったな。仕事が増えた」

「よくありません」

 

 配膳ラインが、低く唸った。

 

 最初に、穀物系の栄養ペーストが流れ込む。いつもなら固められ、灰色の板になるだけの素材だ。そこに少量の油脂と水を混ぜ、空気を含ませる。

 

 膨らませすぎない。贅沢な宮廷パンではない。旅先で焼く、小さな丸パンでいい。

 

 表面には薄く熱を通す。

 中は固すぎず、崩れすぎないようにする。

 

 続いて保存タンパクをほぐす。繊維を少し戻し、丸め、スープの中でほどけない程度に固める。肉ではない。だが、噛んだときに歯が何かを押し返す感触くらいは作れる。

 

 水に油を少し落とし、香辛料代替素材をひとつまみ。

 豆に似た栄養粒を入れ、塩気を整える。

 

 配膳口の奥で、何かが焼ける音がした。

 じゅう、と小さく。

 

 それだけで、食堂の空気が変わった。

 

 誰かが鼻を鳴らした。

 別の誰かが、皿を持つ手を止める。

 セラまで黙った。

 

 配膳口から、小さな丸いパンが出てきた。

 不格好だった。

 

 形はそろっていない。表面にも少し割れがある。だが、割れ目から白い湯気が上がっていた。

 

 その次に、深めの器へスープが注がれる。

 薄い琥珀色の汁。

 

 保存タンパクの肉団子が二つ。小さな栄養粒がいくつか。油が薄く輪を描き、香草に似た匂いがふわりと広がる。

 

 食堂にいた兵たちは、誰も動かなかった。

 

 当然だろう。

 

 さっきまで海賊艦を撃ち抜いていた司令官が、今度は食堂設備を光らせて、見たことのないものを出したのだ。警戒するのも無理はない。

 

 若い兵が、かすれた声でつぶやいた。

 

「パン……ですか、これ」

 

 隣の古参兵が、配膳口を見た。

 

「映像でしか見たことがないぞ。帝国の貴族が食うやつだろう」

「本物の高級パンではありません」

 

 セラが、端末で成分を確認しながら言った。

 

「材料は合成穀物ペーストと保存油脂です。保存タンパクも通常在庫から出ています。食材供給量に異常な増加はありません。ありませんが……」

 

 そこで彼女は、パンを見た。

 

 湯気が上がっている。

 

 香りもある。

 

 セラの眉間に深い皺が寄った。

 

「……なぜ、焼きたての香りがするんですか」

『揮発性香気成分、通常再加熱時の四・三倍。加熱分布および生成効率、既存制御ログと不一致』

 

 ノアが淡々と告げた。

 

『食材供給経路、変化なし。未登録熱制御および食品加工現象と推定。ただし、調理過程の一部は記録不能』

「ノア、食べても平気か?」

 

 俺が聞くと、少しの間があった。

 

『成分分析。人体有害物質、検出されず。総熱量および栄養成分、投入素材量と一致』

「なら、食える」

『補足。観測可能範囲では』

 

 セラが小声で言った。

 

「その一言を付け足すの、やめませんか」

 

 兵たちはまだ動かない。

 

 俺は最初の皿を取り、近くの卓へ置いた。

 

「熱いぞ」

「……司令」

 

 声を上げたのは、拿捕作業から戻ったグレッグ・ハルト准尉だった。

 

 第二艦隊揚陸部隊の隊長で、顔や腕には古い傷が残っている。着替える暇もなかったのか、作業服の肩には海賊艦で付いた煤が残っていた。年齢はたぶん四十手前くらいだろう。

 

「毒味なら、俺が」

「毒ではない」

「分かっています。ですが、若い連中よりは俺が先でいいでしょう」

 

 食堂にいた兵たちが、止めるような顔をした。

 

 グレッグは皿を受け取り、パンを手に取った。

 

 指で割る。

 表面が、パリッと小さく鳴った。

 中から湯気が立つ。

 

 それだけで、何人かの兵が喉を鳴らした。

 

「この艦でパンの匂いを嗅ぐ日が来るとはな」

 

 グレッグはパンをスープに浸し、口に入れた。

 

 食堂が静まり返る。

 

 噛む音だけが聞こえた。

 

 一度。

 二度。

 

 グレッグは肉団子をひとつ口へ運び、器を両手で持ってスープをすする。

 

 長い沈黙のあと、彼の肩がわずかに落ちた。

 

「……温かい飯なんて」

 

 声が震えていた。

 

「何年ぶりだ」

 

 誰も笑わなかった。

 

 グレッグの目元が濡れているのを見ても、誰もからかわなかった。

 

 兵たちは、それぞれの皿を見た。

 

 冷えた合成食ブロックではない。

 

 湯気の上がるパンとスープ。

 

 高級料理ではない。形は不ぞろいで、手で持てば熱い。疲れた兵が黙って腹に入れられる飯だった。

 若い兵が一人、恐る恐る配膳口へ進んだ。

 

 次に、もう一人。

 それから、列ができた。

 

 皆、黙って受け取る。

 席へ戻り、パンを割り、スープに浸して口へ運ぶ。

 食堂に、少しずつ音が戻った。

 

 器の触れる音。

 息を吐く音。

 誰かが小さく「うまい」と言った。

 

 その声を聞いて、別の誰かが笑った。ほんの少しだけだったが、確かに笑った。

 

 湯気の向こうで、兵たちの強張った顔が少しずつほどけていく。

 

 前世にも、こうして温かいものを食わせてやりたかった者たちがいた。

 だが、その後まで見届けることはできなかった。

 

 飯を食えたのか。

 眠れたのか。

 無事に朝を迎えられたのか。

 

 それは今も知らない。

 だから、今は見る。

 

 目の前では、兵たちが湯気の上がる飯を口に運んでいる。

 

「司令」

 

 セラが隣に立っていた。

 彼女の手には、成分表示の端末がある。

 

「これ、元は合成食ブロックですよね」

「そうだ」

「保存タンパクが、肉団子みたいな繊維構造になっています」

「噛み応えは大事だ」

「同じ栄養素材のはずなのに、なぜ香りが出ているんですか」

「飯だからだ」

「説明になっていません」

 

 ノアの声が、天井から響く。

 

『士気関連指標、上昇。食堂内会話量、増加。心拍および呼吸パターン、戦闘緊張状態から回復傾向』

「ほら、効いている」

「そこは否定しません。否定しませんけど」

 

 セラは、配膳口から出てきた小さなパンを見た。

 危険物を調べる時と同じ目だった。

 

「……食べても?」

「食え。話はそれからだ」

「司令、その台詞を言う側なんですね」

 

 セラはパンを割った。湯気に触れ、わずかに目を細める。

 スープに浸し、口に入れた。

 

 セラが黙る。

 珍しい。

 

「どうだ」

「……悔しいですけど」

 

 彼女は小さく言った。

 

「おいしいです」

『セラ技術士官の心拍数上昇を確認』

「ノア、食事中に測定しないでください」

『記録項目です』

「消してください」

『拒否。貴重な比較データです』

 

 俺は少し笑った。

 

 食堂が温かいというのは、いいものだ。

 

 ただし、これで終わりではない。

 

 俺は配膳ラインの在庫表示を見た。

 

 合成食ブロックの残量は減っている。保存タンパクも減っている。香辛料代替素材は、元から多くない。油脂も十分とは言いがたい。

 材料は在庫から使っている。火と水の通し方を変えただけで、量が増えたわけではない。

 

「セラ、在庫は?」

「減っています。通常食よりは少し効率よく使えていますが、無限ではありません。今夜は本艦の乗員分なら回せます。でも、毎食これを続けるなら補給が必要です」

「医療品は?」

「足りません」

「部品は?」

「もっと足りません」

「給料は?」

 

セラが嫌そうな顔をした。

 

「遅れています」

「そうか」

 

 飯だけでは艦隊は動かない。

 

 兵には食事がいる。薬も寝台も給料もいる。艦には部品が必要で、砲には冷却管がいる。

 正規の補給路がなければ、いずれまた冷えた合成食へ戻る。

 

「司令?」

 

 セラがこちらを見る。

 

「今夜の分はどうにかなった」

「はい」

「明日からの分は、別に考えんとな」

 

 セラは少し目を見開き、それから食堂の兵たちを見た。

 

 俺を見る目から、疑いが消えたわけではない。

 それでも、列の最後の方では、若い兵がパンを嬉しそうに両手で包んでいた。落とさないように、必死である。

 

「ごちそうさまでした」

 

 ぽつりと、誰かが言った。

 それに続いて、別の声が上がる。

 

「ごちそうさまでした、司令」

「ごちそうさまでした」

 

 声は大きくないし、そろってもいない。

 だが、さっきまでの敬礼より、よほど重かった。

 

 俺は少しだけ頷いた。

 

「食ったなら寝ろ」

 

 兵たちが、ぽかんとする。

 

「寝不足の兵は、腹を空かせた兵の次に危ない」

「……了解しました」

 

 グレッグが苦笑して敬礼した。

 

 その敬礼は、最初に艦橋で見たものより少しだけ真っ直ぐだった。

 

 食堂から兵たちが引き上げていく。

 

 残ったのは、湯気の薄れた器と、配膳ラインの低い唸りと、端末を睨むセラ、それから天井近くに浮かぶノアの小さな箱舟だった。

 

『食堂第二区画、処理完了。未登録媒質反応、局所加熱制御の規格外変動。すべてログに保存』

「保存するなとは言わんが、壊れていないことも記録しておけ」

『記録済み。食堂設備、通常稼働範囲を逸脱しつつ安定』

「安定ならいい」

「よくありません」

 

 セラは端末を閉じなかった。

 記録を何度も遡り、炉心と主砲と食堂のログを並べている。

 

「司令」

「何だ」

「炉心で起きた異常出力。主砲へ刻まれた発光パターン。それから、今の食堂設備」

 

 彼女は指を一本ずつ折るように言った。

 

「どれも既存科学では説明できません」

「そうなのか?」

「そうなのか、ではありません」

『同意。既存分類に該当しない現象が連続発生しています』

 

 ノアが続ける。

 

『未登録媒質反応。エネルギー収支不一致。艦内素材再構成現象。いずれも司令官の接触、または指示後に発生』

「よく記録しているな」

『職務です』

「偉い」

『評価を受領。ただし、説明要求を継続』

 

 セラが一歩近づいた。

 

 食堂の照明が、彼女の目の下の隈を照らしている。戦闘から応急処置、解析まで、ほとんど休まずに動いていたはずだ。

 それでも、彼女は引かなかった。

 

「司令。あなたは、いったい何者なんですか?」

 

 俺は答えようとして、少し考えた。

 

 ロズベル家の三男。

 第二艦隊の司令官。

 

 そして前世では、大魔道士。

 

 どれも間違ってはいない。

 

 だが、どれを言っても、この技術士官は納得しないだろう。

 

 俺は器の底に残ったスープを見た。

 湯気はもうほとんど消えている。

 

「ただの司令官だ」

 

 セラの眉が跳ねた。

 

「それで説明がつくと思っていますか?」

「少なくとも、今はな」

『提案』

 

 ノアの声が、食堂に響いた。

 

『司令官に対する事情聴取を実施してください』

 

 俺は天井の箱舟を見る。

 

「今度は医療区画ではなく事情聴取か」

「私はノアに賛成です」

 

 セラが真顔で言った。

 

 どうやら、飯を食わせただけでは済まないらしい。

 

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