前世が大魔道士だった俺、宇宙戦艦を魔改造して銀河を成り上がる 〜退役寸前のゴミ艦隊ですが、魔法で動かせば最強です〜   作:オカノヒカル

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第7話(前編) 大魔道士、昔は最強と呼ばれていました

 食堂から兵たちが引き上げる頃、艦内の空気は少しだけ変わっていた。

 

 海賊との戦闘が終わったとはいえ、仕事まで終わったわけではない。

 

 投降艦の監視。

 逃走艦の航跡確認。

 主砲の冷却。

 艦首構造の点検。

 

 医療区画では軽傷者の処置も続いている。

 

 それでも、温かいものを腹に入れた兵たちの顔からは、戦闘直後の強張りが少し抜けていた。

 

『艦内会話量、戦闘直後比で上昇。乗員の心拍および呼吸パターンに安定傾向を確認』

 

 通路のスピーカーからノアの声がした。

 

「効いただろう」

『肯定。ただし主砲は、冷却および艦首構造の点検完了まで再射撃不能です』

「撃たないと言っただろ」

『司令官の過去行動を考慮し、再確認は必要と判断しました』

 

 最近、この船は俺への扱いが少し雑になってきた気がする。

 

「司令」

 

 食堂の外で、セラが待っていた。

 

 片手に端末を持ち、まっすぐこちらを見ている。

 

 炉心の異常ログを追っているときと同じ目だった。

 

「小会議室へお願いします」

「まだ何かあるのか?」

「あります」

「即答か」

「炉心、主砲、食堂設備。あと、着任直後の艦橋です」

「食堂まで入るのか」

「入ります」

 

 セラは端末を閉じた。

 

「事情聴取です」

「茶は出るか?」

「出ません」

「では食堂で――」

「話を増やさないでください」

 

 温かい飯を出しても、追及からは逃れられないらしい。

 

 小会議室は艦橋のすぐ隣にあった。

 

 古い長机。

 硬い椅子。

 壁面の投影装置には、まだ細かなノイズが走っている。

 

 直せそうだ。

 

「会議室には触らないでください」

「まだ何もしていない」

「いま壁を見ました」

『補足。司令官は故障または劣化した設備を視認した際、注視時間が平均より長くなる傾向があります』

「そんなものまで記録するな」

『職務です』

 

 長机の中央に、青白い箱舟型のホログラムが浮かんだ。

 

 ノアだ。

 

 セラが壁面へログを投影する。

 

『艦橋内に未登録エネルギー反応』

『発生源、レオン・ロズベル司令官周辺』

『既知照明装置との一致なし』

 

 次。

 

『炉心出力上昇』

『燃料消費量との不一致を確認』

『艦内電力供給、安定』

 

 さらに次。

 

『艦首主砲、設計上限を超える出力を記録』

『砲撃軌跡上に未登録反応』

『反動および熱収支、既存計算値と不一致』

 

 最後に食堂。

 

『加熱分布、標準処理との差異を確認』

『食品内部の水分および油脂分布、通常再加熱処理と不一致』

 

「ずいぶん溜めたな」

「司令が溜めたんです」

 

 俺としては、それぞれ必要なことをしただけだ。

 

 暗いから明かりをつけた。

 

 炉心が息苦しそうだったから通り道を作った。

 

 主砲は力の通りが悪かったから整えた。

 

 飯は不味かったから、まともにした。

 

 並べてみても、特に問題があるようには思えない。

 

『全事象に共通項を確認』

「共通項?」

『レオン・ロズベル司令官』

「俺か」

『肯定』

 

 セラも頷く。

 

「司令です」

 

 二対一だった。

 

 セラが壁面のログを消した。

 

「司令。あなたは、何をしているんですか」

 

 ようやくそこまで来たか。

 

「魔法だ」

 

 投影装置の微かな作動音だけが残った。

 

 セラが瞬きをする。

 

 ノアの箱舟も、一瞬だけ回転を止めた。

 

「……魔法、ですか」

「ああ」

『「魔法」。該当分類なし』

「だろうな」

 

 セラは額へ手を当てた。

 

「そこで納得しないでください」

「ないものは仕方ないだろう」

「司令。そもそも、この世界に魔法という学問は存在しません」

 

 それは知っている。

 

 生まれてから二十二年、一度も魔法使いには会わなかった。

 

 子供の頃に試したこともあるが、集められる魔力があまりに少なく、火を灯そうとして指先が温まる程度。風を呼んでも、布の端が揺れるくらいだった。

 

 だから、長いこと使うのを諦めていた。

 

 宇宙へ出るまでは。

 

「ロズベル家の教育記録にも、軍学校の履修記録にもありません」

 

 セラは俺を見る。

 

「どこで覚えたんですか?」

 

 ここまで見られた以上、適当なことを言っても仕方がない。

 

「前は、魔法を使う世界にいた」

「……前?」

「前の人生だ」

 

 セラが黙った。

 

 さすがに、炉心より説明しにくいらしい。

 

「比喩ではなく?」

「事実だ」

「事実として扱うには、確認しなければならないことが多すぎます」

「だろうな」

「……続けてください」

 

 俺は椅子の背にもたれた。

 

 目の前にあるのは、灰色の壁。

 

 古い金属。

 油。

 機械の熱。

 

 それなのに、ふと別の匂いを思い出した。

 

 土。

 草。

 焦げた獣の毛。

 

 あれは、まだ世界に魔力が満ちていた頃のことだ。

 

 今となっては、遠い昔だった。

 

**

 

「大魔道士様! 東の結界が破られます!」

 

 叫び声が飛んできた。

 

 俺は村の中央に立ち、杖の石突きを地面へついた。

 森の向こうから黒い影が押し寄せている。

 

 一体や二体ではない。

 木々の隙間を縫うように獣じみた魔物が走り、その後ろには、さらに大きな影が続いていた。

 

「村人は?」

「広場へ集めています!」

「家に残っている者は?」

「確認中です!」

「先にそちらを終わらせろ」

 

 地面へ魔力を流す。

 土の下を、細い光が走った。

 

 一筋。

 二筋。

 

 道を渡り、家々の脇を抜け、村の外周へ広がっていく。

 

 術式が閉じた。

 

 次の瞬間、村全体を淡い光の壁が包んだ。

 先頭の魔物が結界へ飛び込む。

 

 鈍い衝撃。

 光の壁がわずかに揺れた。

 

 それだけだった。

 

「……張り直したんですか?」

 

 近くにいた男が呆然としている。

 

「東だけではありませんよね?」

「全部だ」

「全部?」

「穴を探す方が面倒だろう」

 

 魔物が二体、三体と結界へぶつかる。

 

 問題ない。

 この程度なら一晩でも持つ。

 

 だが、結界は敵を止めるためのものだ。

 倒すなら別の術がいる。

 

 杖を軽く振った。

 

 頭上に赤い光が並ぶ。

 十を超える火の槍。

 

 それぞれが別の目標へ穂先を向けた。

 

「伏せていろ」

 

 指を下ろす。

 

 火の槍が飛んだ。

 一斉ではない。

 

 森の木々と村の家屋を避けるように軌道を曲げ、それぞれ異なる魔物へ突き刺さる。

 

 爆発。

 炎が上がる。

 

 先頭の群れが崩れた。

 後ろから来た魔物が死骸を飛び越える。

 

 さらに火の槍を作る。

 一射目を放つあいだに、次の術式は組み終えていた。

 

 第二射。

 第三射。

 

 村を囲む結界を維持したまま、火の槍を一体ずつ動かす。

 

 力任せに森ごと焼けば早い。

 だが、それでは村を守った意味がない。

 

「右から来るぞ」

「え?」

 

 兵が振り向くより早く、一本だけ火の槍を軌道から外した。

 

 木々の間を抜けてきた魔物の喉へ刺さる。

 そのまま地面へ縫い止めた。

 

「前を見ていろ」

「は、はい!」

 

 森が大きく揺れた。

 

 太い幹が横へ倒れる。

 奥から現れたのは、それまでの魔物より二回りは大きな獣だった。

 

 四肢が太い。

 背中から黒い骨のような突起が伸びている。

 

 巨大な身体が加速し、そのまま結界へ突っ込んだ。

 光の壁が大きくたわむ。

 

 今度は周囲の人間にも分かるほど揺れた。

 

「大魔道士様!」

「慌てるな」

 

 結界へ流す力を少し増やす。

 

 揺れが止まった。

 大型の魔物は頭を振り、もう一度距離を取った。

 

 二度目が来る。

 

 俺は杖を持ち上げた。

 

 魔法の槍はまだ飛んでいる。

 結界も維持している。

 

 その二つを動かしたまま、さらに空へ術式を組む。

 

 雲ひとつない空に、細い光の線が走った。

 大型の魔物が地面を蹴る。

 

 同時に、俺は杖を振り下ろした。

 

 雷鳴。

 白い光が落ちた。

 

 魔物の巨体が一瞬だけ白く浮かび、次の瞬間には地面へ崩れていた。

 焦げた臭いが森へ広がる。

 

 残っていた小型の魔物が足を止めた。

 

 数体が逃げる。

 追う必要はない。

 

 村へ向かってくるものだけ、火の槍で落とした。

 

 やがて森が静かになった。

 

「……終わった?」

「ああ」

 

 杖を下ろす。

 

 村を覆っていた光の壁が薄れ、そのまま空気へ消えた。

 結界を解除しても、森から新しい影は出てこない。

 

 周囲から、遅れて息を吐く音が聞こえた。

 

「大魔道士様、ありがとうございます!」

 

 俺は倒れた魔物より、村の中を見る。

 

「怪我人は?」

「え?」

「結界が破られる前に襲われた者がいるだろう」

「三人です。いま家の中に」

「連れてこい」

「ですが、まずお礼を――」

「礼はあとでいい。傷は待ってくれん」

 

 三人とも、命に関わる傷ではなかった。

 

 裂けた腕を塞ぎ、折れた骨を戻す。

 その間に村人たちは魔物の死骸を片づけ始めていた。

 

 あの頃なら、それで終わった。

 

 村ひとつを包む結界。

 何十本もの火の槍。

 大型の魔物を焼き切る雷。

 

 どれも、特別なことではなかった。

 

 少なくとも、俺にとっては。

 

 だが。

 

 それがいつまでも続いたわけではない。

 

 世界から、少しずつ魔力が消えていった。

 

 最初は気づかない程度だった。

 朝になれば満ちていた魔力が、昼まで待たなければ戻らなくなった。

 

 一晩持った結界が、半日で薄くなった。

 

 術式を変えた。

 無駄を削った。

 

 同じ効果を、半分の魔力で出せるようにした。

 

 それでも足りなくなった。

 

 大地を流れる魔力が細る。

 空気から拾える力も減る。

 

 昔なら溢れていた井戸の水を、底から一滴ずつ掬うようになった。

 

 魔法を忘れたわけではない。

 むしろ術式は若い頃より洗練されていた。

 

 だが、動かすための力がない。

 

 そして、世界が老いるのを待ってくれるほど、俺の身体も気長ではなかった。

 

 膝が痛むようになった。

 長い詠唱をすると息が切れた。

 大規模術式を使った翌日は、腰まで痛んだ。

 

 魔法の腕は上がっているのに、使える魔力と身体だけが減っていく。

 なかなか面倒なものだった。

 

 やがて、王侯のそばにいることもなくなった。

 

 壊れた結界があると聞けば直した。

 旅人が魔物に追われていれば助けた。

 雨漏りする小屋で病人が寝ていれば、できる範囲で診た。

 

 大魔道士と呼ぶ者もまだいたが、別にどうでもよかった。

 

 歳を取れば、肩書きより温かい飯の方がありがたい。

 そうして、俺は辺境を歩いていた。

 

 ある日、森沿いの小さな村にたどり着く。

 

 家が数十軒あるだけの、小さな村だった。

 

 長く歩いたせいか、膝がいつもより重い。

 昔なら疲労を抜く魔法くらい気軽に使えたのだが、今ではそんなものに回す魔力も惜しい。

 

「二、三日、休ませてもらえるか」

 

 村の者にそう尋ねると、空いている部屋を貸してくれた。

 

 この辺りでは旅人が立ち寄ることも珍しくないらしい。

 俺も、ただの老いた旅人として迎えられた。

 

 その日の夕食には、豆と根菜を煮たスープが出た。

 わずかに干し肉も入っている。

 

 豪華ではない。

 

 だが、器からは湯気が立っていた。

 

「旅の方に出せるものなんて、これくらいで」

「十分だ。温かいだけでありがたい」

 

 ひと口飲む。

 

 薄い塩味だったが、身体に染みた。

 長く歩いた日の温かい飯というのは、それだけでうまい。

 

 世話になったので、翌日は村の中を少し見て回った。

 

 そこで、森側に設けられた簡易結界が傷んでいるのを見つけた。

 

 古い。

 術式の一部が薄れ、支点になっている杭も一本傾いている。

 

「これはいつからだ?」

「ずいぶん前からです。魔物避けにはなっているので、そのまま使っていて」

 

 近くにいた若者が答えた。

 

「なっていないな」

「え?」

 

「これでは少し強い魔物が来れば抜かれる」

 

 杖を出した。

 

「そこを押さえていてくれ」

「はい?」

 

「杭だ。倒れないように持っていろ」

 

 若者が慌てて杭を支える。

 

 俺は残っていた術式を拾い、切れた部分をつなぎ直した。

 昔なら村全体の結界を一から張っても大した手間ではなかった。

 

 今は、この程度でも周囲から魔力を集めるのに時間がかかる。

 それでも、修理なら新しく作るよりは安い。

 

 淡い光が杭から隣の杭へ走った。

 森側の結界が薄く浮かび上がる。

 

「……直った?」

「しばらくは持つ」

「お代は――」

「飯代だ」

 

 そのやり取りを聞いていた年寄りの一人が、俺の杖と術式を交互に見ていた。

 

 やがて、おそるおそる口を開く。

 

「もしや……大魔道士様では?」

 

 若者がこちらを見る。

 

「大魔道士?」

「昔は、そう呼ぶ者もいた」

 

 隠すほどのことでもない。

 

 それからは、少しだけ扱いが変わった。

 最初こそ遠巻きに見られたが、一緒に飯を食い、結界を直し、子供に魔法を見せてくれとせがまれているうちに、それもなくなった。

 

 大魔道士だろうが、飯を食えば腹は膨れるし、寝ればいびきくらいはかく。

 もっとも、いびきをかいているかどうかは自分では分からない。

 

 二日目の夜。

 食事をしていると、森の話が出た。

 

「最近、魔物が増えているんです」

 

 昼間に結界を直すのを手伝った若者が言った。

 

「前はもっと奥にいたんですが、この頃は森の浅いところまで出てきます」

「家畜もやられた」

 

 別の村人が続けた。

 

「夜になると、遠くで鳴いているのも聞こえます」

「そうか」

 

 俺は窓の外を見る。

 

 暗い森がある。

 意識を伸ばしてみた。

 

 何かいる。

 だが、遠い。

 

 数までは分からない。

 昔なら、もっと奥まで探れた。

 

 今の世界では、魔力を使った索敵も昔ほど利かない。

 

「少し多いな」

「危ないでしょうか?」

「森に魔物がいるだけなら珍しくはない。結界も直した。しばらく森の奥へ入らなければいい」

 

 それ以上は分からなかった。

 何かが起こるというだけの理由で、広い森を片っ端から調べるほどの魔力も身体も、もう俺には残っていない。

 

 そして三日目。

 日が傾き始めた頃だった。

 

「魔物だ!」

 

 外から叫び声が聞こえた。

 椅子から立つ。

 

 杖を取った。

 

 外へ出ると、森の方から男が走ってくる。

 

「魔物が……群れで来る!」

 

 直後。

 森から鳥の群れが一斉に飛び立った。

 

 獣の鳴き声がする。

 

 一つ。

 二つ。

 さらに奥から重なる。

 

 俺は森へ意識を向けた。

 今度は探すまでもなかった。

 

 近い。

 

 それも、一体や二体ではない。

 複数の気配が木々の間をこちらへ進んでいる。

 

「この数は……」

 

 誰かが呟いた。

 

 村を見る。

 昨日直した簡易結界。

 森から村へ続く道。

 

 反対側には、外へ抜ける道が一本ある。

 

「西の道はどこへ出る?」

「街道です。ここからなら――」

「なら、全員そちらへ逃げろ」

 

 村人たちが俺を見る。

 

「荷物は持つな。子供と老人を先に出せ」

「でも、家が――」

「家は建て直せる」

 

 俺は森を見る。

 

「人間はそうはいかん」

 

 ようやく村が動いた。

 

 子供を抱き上げる者。

 老人へ肩を貸す者。

 家へ戻ろうとする者を引き止める者。

 

 俺も周囲の魔力を集めながら、もう一度、森の気配を数える。

 

 昔だったら問題にもならない。

 火の槍を並べれば、それで終わる数だった。

 

 だが、今は違う。

 

 魔力が返ってこない。

 

 大地。

 草。

 木々。

 空気。

 

 どこを探しても薄い。

 乾いた井戸の底を爪で掻くような感触だった。

 

 全員を守りながら倒し切るのは無理だ。

 

 なら、やることは一つしかない。

 

 村人を逃がす。

 

 俺は西へ向かう人の流れとは逆に、森側へ歩いた。

 

「大魔道士様?」

 

 声に振り返る。

 

 昨日、結界の杭を押さえていた若者だった。

 背中には、最初の夜に飯を出してくれた老人を背負っている。

 

 若者が目を見開いた。

 

「大魔道士様! あなたも逃げてください!」

「俺はいい。走れ。振り返るな」

「でも――」

 

 森の奥で木が揺れた。

 

 黒い影が近づいている。

 

「俺が立っている間は、こいつらを通さん」

 

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