前世が大魔道士だった俺、宇宙戦艦を魔改造して銀河を成り上がる 〜退役寸前のゴミ艦隊ですが、魔法で動かせば最強です〜   作:オカノヒカル

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第7話(後編) 大魔道士、最後の魔法を使う

 若者は何か言おうとした。

 

 だが、背負った老人を見て、唇を噛む。

 そして、そのまま走り出した。

 

「それでいい」

 

 俺は森へ向き直った。

 

 杖を地面へ突き立て、魔力を流した。

 

 昔なら、ここから村全体へ術式を広げた。

 家も、人も、家畜もまとめて結界の内側へ入れられた。

 

 今は違う。

 地面を走った光は、すぐに細くなった。

 村までは届かない。

 

 逃げていく村人たちの背後。

 森から西の街道へ続く道を塞ぐように、薄い光の壁を立てる。

 

 それだけで、集めた魔力の大半が消えた。

 

「……道一本に結界を張るだけで精一杯か」

 

 俺だけではない。

 世界の方も、ずいぶん老いたものだ。

 

 ふいに、森から黒い影が飛び出した。

 

 四足の魔物は牙を剥き、そのまま結界へ突っ込んでくる。

 

 その衝撃で、光の壁が大きく揺れた。

 同時に結界に、細いひびが走る。

 

「昔なら、一晩は持ったな」

 

 今は一撃でこれか。

 

 森の奥で、次の獣が吠えた。

 背後では、村人たちの足音がまだ聞こえている。

 

 まだ近い。

 なら、まだ倒れるわけにはいかない。

 

 最初の魔物が再び結界へ身体を叩きつける。

 

 ひびが広がった。

 大火球を撃てば倒せる。

 

 だが、それだけの魔力はない。

 雷を落とすのはもっと無理だ。

 

 なら、小さくていい。

 右手を上げる。

 

 指先に、赤い火が灯った。

 

「……頼りない」

 

 若い頃なら、子供に見せる手品にも使わなかった程度の火だ。

 

 結界を解く。

 支えを失った魔物が勢いのまま前へ出た。

 

 俺は横へ半歩ずれる。

 

 牙が肩をかすめる。

 

 指を伸ばした。

 

 小さな火が魔物の左目へ入る。

 

 その奥。

 

 頭蓋の内側まで通してから、弾けさせた。

 

 魔物の身体が崩れた。

 

「火力がないなら、当てる場所を選べばいい」

 

 誰に聞かせるでもなく呟く。

 

 結界へ残っていた魔力を拾い直した。

 ひびの入った術式をつなぐ。

 完全には戻らない。

 

 それでも道を塞げればいい。

 

 森から二体目が来る。

 その後ろに、もう一体。

 

 同時に相手をする余裕はない。

 結界の一部だけを薄くする。

 

 一体目がそこへ寄った。通れると判断したらしい。

 

 頭を突っ込んだところで術式を閉じる。

 

 首が止まる。

 

 火を口の中へ入れた。

 

 倒れる。

 

 三体目が死骸を踏み越えてきた。

 

 杖を振る。

 

 残っている魔力を細い刃に変え、前脚の腱だけを切った。

 

 魔物が転ぶ。

 その喉へ杖の先を向ける。

 

 火魔法。

 小さいが十分だった。魔物の喉を焼き切る。

 

 森の奥から、まだ気配が来る。

 

 息を吐いた。

 

 結界を寄せる。

 

 一体だけ通す。

 

 殺す。

 塞ぐ。

 直す。

 また来る。

 

 同じことを繰り返した。

 

 昔なら、一度の雷撃で終わった数だった。

 今は一体ずつしか倒せない。

 

 それでもいい。

 

 背後の足音は、さっきより遠くなっていた。

 

 まだ聞こえる。

 だが遠い。

 

 それなら、もう少しだ。

 森の奥で枝が折れた。

 

 大きい。

 

 さっきまでの魔物とは違う。

 黒い身体が木々を押しのけて現れた。

 

 結界へ突っ込む。

 光の壁が軋んだ。

 

「これは少し困るな」

 

 二度目。

 

 ひびが一気に広がる。

 術式を補修する。

 

 魔力が足りない。

 

 三度目。

 

 結界が砕けた。

 光が散る。

 

 黒い巨体がそのまま迫った。

 

 避けきれない。

 

 爪が胸を裂いた。痛みで気を失いそうになる。

 

 身体が後ろへ吹き飛ばされ、背中から地面に落ちた。

 

 一瞬呼吸が止まる。だが、寝てなどいられない。

 

 立とうとしたが、右膝が動かない。

 

 胸から血が流れている。

 

「……これは駄目だな」

 

 治す魔力も残っていない。

 

 魔物がこちらを向いた。

 

 まだ生きている。

 俺も、まだ少しだけ生きている。

 

「悪いな」

 

 右手を上げる。

 

「俺はしつこい老人なんだ」

 

 指先に火が灯った。

 さっきより小さい。

 

 もう、炎と呼ぶのも申し訳ないほどだった。

 

 魔物が口を開けた。

 

 それなら都合がいい。

 

 火を飛ばす。

 

 口の中へ。

 

 喉の奥を抜け、頭蓋へ届かせる。

 最後に残っていた魔力を押し込んだ。

 

 火が弾けた。

 

 魔物の身体が横へ倒れる。

 地面が揺れ、しばらくすると静かになった。

 

 俺は仰向けになった。

 

 耳を澄ます。

 

 村人の足音は、もう聞こえない。

 

 少なくとも、ここから聞こえる距離にはいない。

 

「……なら、いい」

 

 昨日まで一緒に飯を食っていた者たちの顔が浮かんだ。

 

 結界の杭を押さえていた若者。

 最初の夜に温かいスープを出してくれた老人。

 魔法を見せろとうるさかった子供たち。

 

 逃げ切れただろうか。

 街道まで出られただろうか。

 

 飯を食えたのか。

 眠れたのか。

 無事に朝を迎えられたのか。

 

 それを確かめる時間は、俺には残っていなかった。

 

 湿った土の匂いがする。

 血の臭いも混じっていた。

 頭上を見る。

 

 枝。

 葉。

 その隙間に、わずかな夕暮れの光。

 

 だが、空はほとんど見えない。

 

 最後までこれか。

 

「……もう森はたくさんだ」

 

 木々に空を奪われ、獣の息を聞きながら死ぬのは、もう十分だった。

 

 次があるなら、もっと空の広い場所がいい。

 

 森ではなく、海。

 

 果ての見えない海を行く船乗りなら悪くない。

 

 できれば、温かい飯があるといい。

 腰に優しい寝台も欲しい。

 

 死に際にしては、少し欲張りか。

 

 まあ、次があるなら、そのくらいは許されるだろう。

 

 そこで、俺は死んだ……と思う。

 

 目の前に、灰色の壁が戻ってきた。

 

 湿った土の匂いはない。

 代わりにあるのは、古い金属と油の匂い。

 

 長机の上では、ノアの青白い箱舟が静かに回っていた。

 

 セラは何も言わない。

 

「そのあと、この世界でレオン・ロズベルとして生まれた」

 

 しばらく沈黙が続いた。

 先に口を開いたのはセラだった。

 

「確認します」

「ああ」

「いまの話は、記憶として残っている、と?」

「そうだ」

「夢や断片的なイメージではなく?」

「自分が生きた記憶だと思っている」

 

 セラは端末へ視線を落とす。

 

「……精神記録上の異常、記憶障害、あるいは転生妄想の可能性は否定できません」

「妄想にしては、炉心がよく動くだろう」

「そこが問題です」

 

 セラが顔を上げた。

 

「普通なら、そこで話は終わるんです」

「終わらないのか」

「司令が触るたびに、物証が増えるので」

『補足』

 

 ノアが割り込んだ。

 

『司令官の精神状態検査について、前回提案を継続します』

「まだ諦めていなかったのか」

「今回は、かなり妥当だと思います」

「セラまでそちら側か」

『賛同者一名を確認』

「数えるな」

 

 少しだけ、いつもの空気が戻った。

 セラが息を吐く。

 

「前世の話そのものは、現時点では確認できません」

「それでいい」

「ですが」

 

 壁面に、再びログが表示された。

 

『未登録媒質反応』

『入力エネルギーと出力結果の不一致』

『未登録幾何学制御パターン』

『共通発生条件、レオン・ロズベル司令官』

「こっちは無視できません」

「魔法だからな」

「だから、その一言で済ませないでください」

 

 壁面の投影が一瞬だけ乱れた。

 

 細かなノイズが走る。

 

 気になった。

 席を立つ。

 

「司令?」

 

 投影装置の外装へ触れる。

 

 内部の流れを探る。

 接続が少しずれている。

 

 ほんの僅かに力を通した。

 ノイズが消えた。

 

『未登録反応を検出』

 

 セラがこちらを見る。

 

「……いま、何をしました?」

「壊れかけていたから直した」

『投影装置内部温度変化、規定値未満。既知修復処理なし。表示安定を確認』

 

 セラは額を押さえた。

 

「説明中に、新しい実例を増やさないでください」

「見つけたら気になるだろう」

「普通は触りません」

 

 そういうものらしい。

 セラは端末へ何かを書き込んだ。

 

「今後の運用を決めます」

「運用?」

「司令の……魔法です」

 

 言いにくそうだった。

 

「艦内設備へ干渉する場合、可能なら事前に申告してください」

「可能なら?」

「緊急時まで許可を取りに来られても困ります」

「なるほど」

「特に炉心、主兵装、生命維持系。ここは私かノアの監視下でお願いします」

『監視手順の作成を開始します』

「食堂は?」

「補給在庫を確認してからなら」

「そこも管理されるのか」

「当然です」

 

 少し厳しい。

 だが、船を壊したいわけではない。

 

 セラの方がこの艦の構造を知っているのなら、聞いておいた方がいいだろう。

 

「分かった」

「それから、これらの解析ログは暫定的に艦内機密へ入れます」

「隠すのか?」

「まだ、何が起きているのかすら説明できません」

 

 セラが壁面の記録を見る。

 

「外へ出すなら、せめてこちらで最低限の整理をしてからです」

『外部提出用戦闘報告と、内部解析ログを分離済みです』

 

 別の文書が表示された。

 

 短い。

 

「ずいぶん薄い報告だな」

「必要なことは書いています。余計なことを書いていないだけです」

 

 海賊艦隊と交戦。

 敵旗艦戦闘不能。

 

 一部投降。

 一部逃走。

 

 第二艦隊、人的被害軽微。

 詳細解析中。

 

 確かに嘘はない。

 

 ただし、魔法も、異常出力も、黄金の術式も書かれていなかった。

 

『提案。曖昧だが虚偽ではない表現を使用してください』

「ノア、悪い知恵を覚えましたね」

『司令官の行動ログを参考にしました』

「俺のせいか」

「だいたいそうです」

 

 どうも最近、セラとノアの息が合ってきた。

 あまり良くない兆候かもしれない。

 

『追加報告』

 

 ノアの声が変わった。

 壁面へ別のデータが表示される。

 

『投降した海賊艦より接収した航法および通信記録の一部復号が完了しました』

「何かあったか?」

『通常の海賊艦としては、暗号強度が不自然です』

 

 星図が開く。

 複数の航跡。

 

 一部は削除されている。

 

『補給記録にも欠損を確認』

 

 セラが立ち上がった。

 

「削除されたんですか?」

『意図的な削除の可能性、高』

 

 さらに二つの座標が表示された。

 

『削除済み記録から復元された参照座標です』

 

 一つは旧小惑星採掘宙域。

 もう一つは廃棄ドック周辺。

 

「海賊は、そこを調べていたのか」

『断定不可。ただし両座標は複数回参照されています』

 

 セラが星図を見つめる。

 

「第二艦隊の担当宙域ですね」

「古い場所か」

「そうです」

 

 それなら少し興味がある。

 

「見捨てられた場所ほど、何か残っているものだ」

「司令が言うと不吉です」

「宝があるかもしれん」

「それはそれで不吉です」

『さらに報告』

 

 ノアが続ける。

 

『戦闘結果の要約報告は、規定に従いロズベル本星へ送信済みです』

 

 セラの動きが止まった。

 

「いつですか?」

『戦闘終了後、自動報告規定に基づき送信しました』

「内容は?」

 

『先ほど表示した外部提出用要約と同等です』

 

 つまり、魔法のことは入っていない。

 だが、海賊艦隊を撃退したことは伝わった。

 

「勝ったと知れば、兄上も喜ぶだろう」

 

 セラは黙った。

 少しだけ間があった。

 

「そういう相手なら、司令はここにいません」

 

 なるほど。

 

 それもそうか。

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