前世が大魔道士だった俺、宇宙戦艦を魔改造して銀河を成り上がる 〜退役寸前のゴミ艦隊ですが、魔法で動かせば最強です〜 作:オカノヒカル
ロズベル本星《カレド》。
中心都市に建つ領主府は、遠目にはまだ立派に見えた。
高い塔と磨かれた正門。大広間には、鉱山資源で栄えた時代から残る家紋が掲げられている。
外壁の補修は遅れ、庭園の噴水は半分止まっていた。廊下の照明が明るいのは来客用の区画だけで、使用人の数も最盛期よりずいぶん減っている。
その領主府の執務室で、ガレス・ロズベルは報告書を見下ろしていた。
大きな机と立派な椅子。壁には先代領主の肖像がかかっている。
ガレスは、新領主の威厳を示すため、その肖像を背にして座っていた。
「……誤報だろう」
ガレスが低く言った。
通信官の返事は、一拍遅れた。
「複数の監視記録と、《アーク・ロズベル》の戦闘結果要約が一致しております」
「なら、海賊が弱かっただけだ。第二艦隊の実力ではない」
「しかし、敵旗艦の戦闘不能化は記録に残っております」
通信官の声は小さかった。
ガレスと目を合わせず、表示板へ視線を落としている。
その態度が気に入らなかった。
「報告が誇張されている」
「自動ログです」
「なら、その自動ログが破損している」
「複数系統で一致しております」
ガレスの指が、机の縁を叩いた。
こつ、こつ、と乾いた音が続く。
なぜ沈まなかった。
その言葉が喉まで出かかったが、飲み込んだ。
領主として、声にしてはならない。
弟を辺境の死地に送ったのは、軍務上の配置転換でなければならない。
厄介払いでも、見殺しでもない。少なくとも、公式にはそういうことになっている。
ガレスは息を整えた。
「第二艦隊も、ロズベル領軍の一部だ」
文官たちが、わずかに顔を上げる。
「領主である私の統率下にある艦隊だ。その戦果は、領主府の防衛政策の成果として扱うべきだろう」
文官たちはすぐに視線を伏せた。
誰も、先ほどまでの言葉を指摘しなかった。
そのとき、執務室の隅で静かに立っていた男が、柔らかく微笑んだ。
「領主閣下。まさに、その通りかと」
男の名は、ルシアン・ヴェイル。
外部資本側の窓口として領主府へ出入りする、再開発顧問だった。
柔らかな茶色の髪に、細い眼鏡。高価そうな服を着ているが、ガレスの装飾ほど目立ちはしない。
外部資本の実務家らしく、身なりに隙はなかった。眼鏡越しの目は冷たい。
ガレスはルシアンを見る。
「貴様は、これを朗報だと言うのか」
「はい」
ルシアンはためらわずに答えた。
「第二艦隊が、少なくとも一度は海賊に勝てる戦力であると示されたのです。これは、領主閣下にとって大きな材料になります」
「材料だと?」
「ええ。辺境宙域の治安回復を進める材料です」
ルシアンは、机の上に小さな星図を投影した。
ロズベル領の外縁。
旧鉱山帯。
廃棄ドック群。
長く使われていない補給施設が、赤や灰色の点で示されている。
ガレスは眉をひそめた。
「旧鉱山帯か」
「かつてロズベル領の財政を支えた場所です。現在は海賊、密輸業者、無許可採掘者の温床になっていると聞いております」
「知っている」
「であれば、治安回復は急務でしょう」
ルシアンの声は、どこまでも穏やかだった。
「第二艦隊が動けるのであれば、危険宙域の掃討に回すべきです。海賊残党を追跡し、旧鉱山帯および廃棄ドック周辺の安全を確認する。そうすれば、再開発交渉も進めやすくなります」
ガレスは黙った。
再開発が進み、古い鉱山が再び金を生めば、領主としての評価は上がる。
中央への報告にも使える。債務交渉にも効く。
その治安回復を第二艦隊に押しつけられるなら、補給艦を出すより安く済む。
そのうえ、レオンをまた危険宙域へ送れる。
ガレスは報告書を見る。
第二艦隊は勝った。
ならば、すぐ次の任務を与えてもおかしくはない。
次に失敗すれば、レオンの無能を正式な記録として残せる。任務を続けられなくなれば、更迭する理由にもなる。
それでも戦果を上げたなら、ロズベル領軍の成果として利用すればいい。
「しかし、補給はどうする」
ガレスは言った。
「第二艦隊に正規補給を出す余裕はない。燃料も部品も、医療品もだ」
領軍の在庫が苦しいのは事実だった。
だが、わずかな余裕まで第二艦隊に回す気もなかった。
ルシアンはわずかに首を傾ける。
「幸い、海賊船を拿捕しているのでしょう」
ガレスの目が細くなった。
「続けろ」
「拿捕船の物資を接収すれば、短期補給には使えます。海賊が積んでいた合成食、水、弾薬、修理材。すべて領内治安維持活動に伴う押収物として処理できます」
通信官が小さく息を呑んだ。
文官の一人が何か言いたげにしたが、ガレスが視線を向けると黙った。
ルシアンは構わず続ける。
「さらに、旧鉱山帯周辺には廃棄補給ステーションが残っています。稼働していなくとも、再利用可能資材を確認する意味はあります。第二艦隊に、掃討任務と同時に調査させればよろしいでしょう」
「補給艦を出さずに済むか」
「少なくとも、今すぐ出す必要はありません」
「休息は?」
「海賊残党が逃走中である以上、追撃の機を逃すべきではありません」
ルシアンは、そこで少しだけ微笑みを深めた。
「領主閣下の迅速な判断として、十分に説明がつきます」
ガレスは椅子に深く座り直した。
迅速な判断。
領主の統率。
治安回復。
再開発。
中央府へ並べる言葉には困らない。
「第二艦隊は、まだ使えるということか」
「はい。少なくとも、使い道はございます」
「ならば」
ガレスは表示板を引き寄せた。
「使ってやる」
文官の一人が、恐る恐る口を開く。
「領主閣下。第二艦隊は戦闘直後です。主砲の損耗や負傷者の状況も未確認で――」
「海賊を撃退したのだろう」
ガレスの声が冷たくなる。
「ならば、追撃と掃討は当然だ。辺境宙域の治安維持は、第二艦隊の任務である」
「しかし、正規補給なしでは」
「拿捕船の物資がある」
「十分とは限りません」
「現地司令官の判断に任せる」
現地判断としておけば、成功は領主府の決断、失敗は現場の判断ミスにできる。
「命令文を作成しろ」
文官が姿勢を正す。
「第二艦隊に、海賊残党の掃討継続を命じる。逃走艦の航路を追跡し、旧鉱山帯および廃棄ドック周辺宙域の治安状況を確認」
「はい」
「拿捕した海賊船は武装解除し、乗員を拘束。積載物資は現地補給資産として暫定使用を認める。正式な帰属は任務終了後に審査する」
文官の指が一瞬止まった。
「何だ」
「いえ」
文官はすぐに入力を再開した。
「旧式廃棄補給ステーションを発見した場合、任務遂行上必要な範囲で、一時的な再稼働を認める」
ガレスは続ける。
「正規補給については、本星側の再編後、追って通達する」
ルシアンが静かにうなずいた。
「よろしいかと」
「任務完了まで、現地司令官の判断により行動せよ」
ガレスは命令文の草案を確認した。
文面は通常の治安維持任務だが、補給も休養も与えず危険宙域へ進ませる内容に変わりはない。
署名欄に指を置く。
家紋認証が走り、ロズベル領軍司令部命令として文書が確定した。
「これでよい」
ルシアンが恭しく頭を下げる。
「領主閣下のご判断は、極めて現実的です」
ガレスは満足げに鼻を鳴らした。
「当然だ。領主とは、現実を見なければならん」
「まことに」
ルシアンは柔らかく答える。
頭を下げたルシアンの視線が、星図上の旧式補給ステーションの識別番号に一瞬止まった。
ガレスはすでに、中央府へ提出する報告文へ意識を移している。
「星系連合中央府へ提出する領主府所見も整えろ」
ガレスが言った。
ロズベル領は辺境自治領とはいえ、名目上は星系連合に属している。海賊撃退のような軍事行動は、領内報告だけでなく、中央府にも上げなければならない。
「どのように記載いたしますか」
文官が顔を上げる。
「新領主ガレス・ロズベルの統率下で、ロズベル領軍が辺境防衛に成功した、と書け」
「戦闘指揮官名は自動記録に残ります」
「消せとは言っていない。領主府の功績を先に書け」
ガレスの目が細くなり、文官は深く頭を下げた。
「かしこまりました」
ガレスは、机の上の報告書をもう一度見た。弟の名は、まだそこにある。
不愉快だった。
だが、すぐに消えるかもしれない。
旧鉱山帯は危険だ。
海賊残党もいる。
廃棄施設など、まともに使えるはずがない。
第二艦隊の勝利が偶然なら、次は続かない。
仮に続いたとしても、その戦果はロズベル領軍のものだ。
ガレスは、ようやく笑った。
「レオン」
報告書にある弟の名を見下ろす。
「せいぜい役に立て」
**
『本星司令部より、追加任務命令を受信』
ノアの声に、俺は司令官席から顔を上げた。
「早いな」
「早すぎます」
副官席にいたセラが、補給表を閉じた。
主砲の冷却も、投降艦の武装解除も終わっていない。食堂で飯を食った兵たちは、交代で仮眠に入ったばかりだ。
セラの端末には、食料、水、医療品、冷却材、補修材、弾薬の残量が並んでいる。赤い警告ばかりだった。
その横には、乗員の休養予定と、拿捕船へ送る調査班の編成表も開かれている。
ずいぶん忙しそうだ。
主な原因が俺にある気もするが、いまは黙っておこう。
セラは命令文を開き、日付と認証欄を確認した。
「間違いありません。ロズベル領軍司令部からの正式命令です」
「読んでくれ」
「第二艦隊は、辺境宙域における海賊残党の掃討を継続せよ。逃走した敵艦の航路を追跡し、旧鉱山帯および廃棄ドック周辺宙域の治安状況を確認すること」
旧鉱山帯。
先ほど、海賊船の端末から座標が見つかった場所だ。
偶然にしては、少し出来すぎている。
命令文には、治安状況の確認、現地補給、再利用可能資材の調査、現地司令官の判断と並んでいる。
だが、補給も休息もないことに変わりはない。
セラは命令文を閉じなかった。
「戦闘直後の艦隊に、補給も休息も与えず、危険宙域へ進めと命じています」
艦橋の兵たちが、セラを見る。
俺はもう一度、命令文へ目を通した。
拿捕物資の暫定使用。
廃棄補給ステーションの調査。
現地司令官判断による行動。
ずいぶんと、使い道の多い命令だ。
セラが顔を上げた。
「……見殺しです」