マホウトコロ   作:西野圭吾

121 / 121
第12話 食う道を断つ

 十三頭の馬が山道を駆ける音は、思っていたよりもずっと大きかった。蹄が湿った土を抉り、朝露を含んだ落ち葉を跳ね上げる。その音に、馬たちの荒い息遣いと革具の軋みが重なり、森の中を長く連なっていった。

 

 小萱村を出てから、かなり北へ進んでいる。出発したばかりの頃には背後の木々の間から見えていた神代榊も、今ではとうに山の向こうへ隠れていた。空はすっかり明るくなっていたが、森の奥へ入るほど陽射しは枝葉に遮られ、山道には薄暗い影が落ちている。

 

 先頭を走る清弦が、片手で真鍮の測定器を開いた。蓋の内側で、細い針が激しく震えている。北を指していることに変わりはない。ただ、昨日までのように迷いながら揺れているのではなかった。針は、何か強いものに引かれるように、ほとんど一方向へ固定されている。

 

「近い」

 

 清弦が言った。

 

 奎星はウミツバメ二号の手綱を握りながら、周囲へ目を走らせた。木々の幹には黒ずんだ筋が増え、葉の先は茶色く枯れている。道の脇を流れる沢には薄い油膜のようなものが浮かび、水面に映る空の色まで濁っていた。

 

 以前、清弦と二人でこの道を通ったときよりも、明らかにひどい。

 

「昨日より広がってね?」

 

「ああ」

 

 清弦の顔が険しくなる。

 

「吸われている」

 

「霊脈?」

 

「それだけではない」

 

 清弦は測定器の蓋を閉じた。

 

「土地そのものが疲れている」

 

 奎星は返事をしなかった。背後では、十三頭分の蹄の音が絶え間なく続いている。ジェームズ、ミラー、トーマス、エドワード、ウィリアム。高瀬。甚八、宗次郎、秋月、弥平、源兵衛。そして、自分と清弦。

 

 昨日まで、ここを走っていたのは二人だけだった。今は十三人いる。

 

 その数を意識した瞬間、奎星の脳裏に別の場所が浮かんだ。

 

 夜のマホウトコロ。校舎を覆う巨大な術式。赤黒い古代文字。そして、神代冥司。

 

 星帰り作戦。

 

 あのときも、戦っていたのは自分一人ではなかった。御影がいて、真壁がいて、斎賀がいた。先生たちがいて、生徒たちがいて、それぞれが別の場所で、別の仕事を担っていた。

 

 自分一人がすべてをやるわけではなかったのだ。

 

 それでも、当時の奎星は、最後には何もかもが自分のところへ戻ってくるような気がしていた。自分が失敗したら終わる。自分がやらなければならない。そう思い込んでいた。

 

 けれど、今なら少しだけ分かる。

 

 みんな、それぞれの役割を持っている。一人で戦うわけではない。

 

 その考えが胸の中へ落ちたとき、奎星は突然手綱を引いた。

 

「止まって!」

 

 先を走っていた清弦二号が速度を落とし、後続の馬たちも次々に足を止めた。狭い山道に十三頭の馬が並び、土煙と白い息がゆっくりと薄れていく。

 

「何だ」

 

 清弦が振り返る。

 

「ここから歩こう」

 

「なぜだ」

 

「馬まで巻き込む必要ないだろ。もう近いんだろ?」

 

「ああ」

 

「だったら、ここで置いてく」

 

 高瀬も周囲を見回しながら頷いた。

 

「賛成だ。戦闘中に馬が暴れたら、逃げ道まで塞がる」

 

 外国人たちは当然、何を話しているのか分からない。ジェームズが奎星へ顔を向けた。

 

「What’s up?」

 

「ワッツ……」

 

 奎星が眉を寄せる。

 

「何?」

 

「何って訊いてる」

 

 高瀬が答えた。

 

「あ、そういう意味なんだ」

 

「今覚えるな」

 

 奎星はジェームズへ向き直り、まず馬を指した。それから地面を指し、自分が馬から降りてみせる。

 

「ここ!」

 

 ジェームズが眉を寄せた。

 

「Here?」

 

「イエス! ヒア!」

 

 奎星は前方の森を指し、杖を抜いた。

 

「モンスター!」

 

「Monster.」

 

「そう!」

 

 さらに両手を大きく広げる。

 

「ベリー・ビッグ!」

 

 ジェームズの顔に笑みが浮かんだ。

 

「Very big. Yeah, we got that part.」

 

「何か言ってる」

 

「『そこはもう分かってる』」

 

「俺の英語、通じてんじゃん!」

 

「そこしか通じてない」

 

「十分!」

 

 ジェームズは笑いながら馬を降りた。

 

「All right. Let’s walk.」

 

 言葉の意味は分からなかったが、ジェームズが自分から手綱を木へ結び始めたので、意図だけは伝わったらしい。他の外国人たちも続き、十三頭の馬を道から少し外れた木立へ繋いでいく。

 

 源兵衛だけは、最後まで自分の馬から離れようとしなかった。

 

「お前、噛むなよ」

 

 馬が鼻を鳴らす。

 

「まだ疑ってんの?」

 

「馬は根に持つ」

 

「酔って抱きついたの昔だろ!」

 

「向こうが忘れている保証がない」

 

「こいつ別の馬だぞ!」

 

「馬同士で話しているかもしれん」

 

「何のネットワークだよ!」

 

「行くぞ!」

 

 清弦の声が飛んだ。

 

「はい!」

 

            *

 

 そこから先は歩いた。馬の蹄の音が消えると、森は急に静かになった。聞こえるのは十三人分の足音と、枝を踏み折る音、木々の間を抜ける風、そして遠くの沢を流れる水の音だけだった。

 

 その静けさの底で、ときおり何かが脈打っている。

 

 どくん。

 

 地面の下から伝わった震動が、奎星の足裏を揺らした。

 

「……これ」

 

「ああ」

 

 清弦も気づいている。

 

 どくん。

 

 二度目の震動が起きた。今度は木の葉まで微かに揺れた。

 

 ジェームズが辺りを見回す。

 

「What the hell was that?」

 

「何?」

 

「俺に訊くな」

 

 高瀬が小声で答えた。

 

「地下からだ」

 

 弥平が荷物から細長い紙片を取り出した。墨で描かれた印が、紙の中央に複雑な線を結んでいる。昨日見せた、周囲の魔力を拾う札だった。

 

「置いてくぞ」

 

 弥平は木の幹や岩、地面から突き出した根へ、一定の間隔で札を貼っていった。一枚目には反応がない。二枚目は端がわずかに震えた。三枚目を貼った瞬間、紙の中央へ黒い染みが浮かび上がる。

 

「こっちだ」

 

 弥平が右手の斜面を指した。

 

 清弦がしゃがみ込み、地面へ掌を置く。全員が足を止めた。

 

 昨日までなら、清弦一人が土地と向き合っている時間だった。今日は、その周囲で十二人が黙って待っている。誰も急かさず、誰も勝手に動かなかった。

 

 しばらくして、清弦が目を開いた。

 

「谷へ流れている」

 

「杭?」

 

 奎星が訊く。

 

「まだ見えない。だが、線がある」

 

「金属線?」

 

「ああ。地中を通している」

 

 清弦は立ち上がり、斜面の先を見た。

 

「この先で三つに分かれる」

 

 高瀬が紙を開いた。昨日作った簡略な地図へ、清弦が指を置く。

 

「ここ」

 

「こっちは?」

 

「弱い」

 

「じゃあ、切るなら?」

 

「こちらからだ」

 

 奎星は地図を覗き込んだ。三本の流れが谷へ向かい、その先でさらに細く枝分かれしている。全部の杭を闇雲に壊す必要はない。清弦が土地を読み、一番効くところから切っていけばいい。

 

「……よし」

 

 奎星が立ち上がった。

 

「ここで分けよう」

 

 高瀬が顔を上げる。

 

「お前が?」

 

「うん」

 

 清弦も奎星を見る。

 

「何か文句ある?」

 

「いや」

 

「珍し」

 

「今から言うところだった」

 

「結局あるじゃん!」

 

「早く言え」

 

「はいはい」

 

 奎星は地面へ枝を突き立て、大きな線を引いた。

 

「デカいのを止める人」

 

 まず、ジェームズと甚八の名前を書く。

 

 二人へ向かって両腕を広げ、巨大な妖魔を表す。それから両手を前へ突き出し、防壁を重ねる仕草をした。

 

「お前ら、前!」

 

 ジェームズが笑った。

 

「Front?」

 

「そう! フロント!」

 

「Got it.」

 

「通じた!」

 

「単語だがな」

 

 高瀬が呆れたように言う。

 

「トーマス」

 

 奎星は縄を投げる仕草をした。

 

 トーマスはすぐに理解したらしい。

 

「Tie it down?」

 

「多分そう!」

 

「分かってねえじゃねえか」

 

「動きで分かる!」

 

 次に秋月を指す。

 

「足!」

 

「足?」

 

「崩す!」

 

「任せろ」

 

「でも倒しに行くなよ」

 

「分かってる」

 

「本当?」

 

「分かってる!」

 

「昨日、足捻った人だからな」

 

「もう治った!」

 

 少し離れたところで、エドワードが秋月を見た。

 

「No running.」

 

「何て?」

 

「『走るな』」

 

「まだ言ってんの!?」

 

「医者枠は強いな」

 

 奎星は笑い、それから源兵衛とウィリアムを指した。足元を示し、両掌で地面を押さえる仕草をする。

 

「地面!」

 

「おう」

 

 源兵衛が答える。

 

 ウィリアムが首を傾げた。

 

「Ground?」

 

「イエス!」

 

「Stable?」

 

「……何?」

 

「足場を安定させる」

 

 高瀬が訳す。

 

「それ!」

 

 奎星が親指を立てると、ウィリアムも同じように親指を返した。

 

「Good.」

 

「グッド!」

 

 奎星は地面へ引いた線へ戻った。

 

「この六人で、デカいのをここから動かさない」

 

 甚八の表情が少し変わる。

 

「倒さなくていいんだな」

 

「うん」

 

「楽でいい」

 

「たぶん全然楽じゃない」

 

「だろうな」

 

 次に、奎星は清弦を指した。

 

「杭」

 

 それから清弦の足元と地面を交互に指す。

 

「清弦が流れを見る」

 

「ああ」

 

「弥平が隠れてる魔力を探す」

 

「任せろ」

 

「ミラーと宗次郎」

 

 二人へ視線を移す。

 

「小さいのが来たら止める。杭を壊すのも手伝って」

 

 高瀬がミラーへ訳す。ミラーは短く頷いた。

 

「Fast and clean.」

 

「何て?」

 

「速く、確実に」

 

「カッコいいな」

 

 宗次郎が二本の短い杖を抜いた。

 

「俺も?」

 

「同じ」

 

「了解」

 

「エドワードは後ろ。怪我人」

 

 エドワードは胸を指した。

 

「Medical?」

 

「そう、メディカル!」

 

「Healing.」

 

「それ!」

 

「お前、会話が全部『それ』だな」

 

 高瀬が呆れる。

 

「高瀬さんは全体」

 

「分かった」

 

「英語も」

 

「それが本職みたいになってきたな」

 

「頼む!」

 

 最後に、奎星は自分の名前を地面へ書こうとして、やめた。

 

「俺は決めない」

 

「何?」

 

 清弦が眉を寄せる。

 

「空いてるとこへ行く」

 

「遊撃か」

 

「うん」

 

 奎星は地図全体を見渡した。

 

「正面が崩れそうなら前。杭が止まったらそっち。小さいのが出たらそっち」

 

 甚八が笑う。

 

「一番忙しいぞ」

 

「こういうの、前にやったことある」

 

 奎星は小さく息を吐いた。

 

「俺、前ばっか出るから、昔は人に全体を見てもらってたんだけど」

 

 伊織。日向。楓。岳。

 

 学校で何度も失敗した訓練が浮かぶ。何度も布を奪われ、何度もやり直した。そのうち、自然と役割ができていった。

 

「でも今回は」

 

 奎星は全員を見た。

 

「俺も見る」

 

 一瞬、清弦の顔が止まった。

 

「全部」

 

 奎星は笑った。

 

「杖だけじゃなくて、全部見るんだろ」

 

 口にしてから、御影の顔が少しだけ浮かんだ。

 

「……先生っぽ」

 

「調子に乗るな」

 

「まだ何もしてねえ!」

 

 高瀬は小さく笑い、外国人たちへ役割を伝えた。やがて全員が頷く。

 

 奎星は拳を上げた。

 

「止まれ」

 

 二本指を開く。

 

「散れ」

 

 掌を前へ突き出す。

 

「守れ」

 

 腕を大きく引く。

 

「下がれ」

 

 最後に頭上で円を描く。

 

「集まれ」

 

 ジェームズたちも同じ動きをした。

 

「言葉分かんなくても」

 

 奎星はジェームズを見る。

 

「これで行こう」

 

 ジェームズは意味をすべて理解したわけではないだろう。それでも、拳を奎星の拳へ軽くぶつけた。

 

「Let’s kick its ass.」

 

「何て?」

 

 高瀬が少し考える。

 

「……まあ、『やろうぜ』」

 

「絶対もっと汚いだろ今の」

 

「細かいことはいい」

 

「よし!」

 

 奎星は神代榊を抜いた。

 

「行こう」

 

            *

 

 谷へ近づくにつれて、森から音が消えていった。鳥の声がない。虫の音もない。風だけが枯れた枝を揺らし、乾いた葉を擦り合わせている。

 

 やがて木々が途切れた。

 

 奎星の足が止まる。

 

「……いた」

 

 谷底に、黒褐色の巨大な身体があった。岩と獣と腐った土を無理やり一つへ固めたような四肢が、谷の底へ沈み込んでいる。皮膚の裂け目からは赤黒い光が脈打ち、地面から吸い上げられた細い黒煙が、その身体へ飲み込まれていた。

 

 以前より、明らかに大きくなっている。

 

 肩と思われる場所は前より盛り上がり、背には黒い棘のような突起が増えていた。身体の周囲には、土地から何かを吸い上げるたびに、薄い霧のようなものが渦を巻いている。

 

 濁った白い目が、ゆっくりこちらを向いた。

 

「……Whoa.」

 

 ミラーが呟く。

 

「Holy shit.」

 

 ウィリアムが続けた。

 

「今のは何となく分かる」

 

 奎星が言った。

 

「俺も同じ気持ち」

 

 ジェームズだけが、口元を大きく上げた。

 

 一歩、前へ出る。

 

「James?」

 

 高瀬が呼ぶ。

 

 ジェームズは聞かなかった。杖を抜き、巨大妖魔へ向かって両腕を広げる。

 

「HEY!」

 

 谷へ声が響いた。

 

「YOU BIG UGLY BASTARD!」

 

 奎星が瞬きをする。

 

「めっちゃ煽ってね?」

 

「煽ってる」

 

 高瀬が答えた。

 

「OVER HERE!」

 

 ジェームズが自分の胸を叩く。

 

「COME ON!」

 

「いいぞ異人!」

 

 甚八が隣へ出た。

 

 奎星が振り返る。

 

「甚八まで!?」

 

「こういうのは最初が肝心だろ!」

 

 甚八は杖を肩へ担ぎ、巨大妖魔へ叫んだ。

 

「おい、化け物!」

 

 白い目が動く。

 

「でけえ図体して、どこ見てやがる!」

 

 甚八が自分の足元を杖で叩いた。

 

「こっちだ!」

 

「言葉通じんの!?」

 

「気持ちだ!」

 

「俺と同じこと言ってる!」

 

 ジェームズが甚八を見て、何を言っているのか分からないまま笑った。

 

「Yeah! THAT’S IT!」

 

「何だ!?」

 

「多分褒めてる!」

 

「そうか!」

 

 甚八も笑う。

 

 二人が同時に巨大妖魔へ杖を向けた。

 

「COME GET SOME!」

 

「来い!!」

 

 次の瞬間、妖魔の前脚が地面を抉った。

 

「来た!」

 

 巨大な身体が動く。あの巨体からは想像できない速度で谷底を蹴り、一直線に二人へ向かってくる。

 

「散れ!」

 

 奎星が叫び、同時に二本指を開いた。

 

 十三人が動いた。杭班が左右へ散り、後衛が斜面へ退く。前衛組だけがその場へ残った。

 

 ジェームズと甚八は逃げない。

 

「Protego!」

 

「プロテゴ!」

 

 二つの防壁が重なった。透明な壁が二重に立ち上がり、その前へ巨大妖魔の頭部が衝突する。

 

 どおおおおおん――!

 

 空気そのものが爆発したような衝撃が谷を揺らした。甚八の足が地面を滑り、ジェームズの肩が大きく沈む。

 

「Jesus Christ!」

 

 ジェームズが歯を食いしばる。

 

 防壁が大きく撓んだ。

 

「源兵衛!」

 

「分かってる!」

 

 後方から源兵衛が杖を地面へ突き立てる。土が一瞬で硬化し、甚八とジェームズの足元を支えた。

 

 反対側ではウィリアムが杖を振る。

 

「Hold! HOLD!」

 

 斜面から崩れかけた石と土が持ち上がり、その場で固まって足場になった。

 

「おお!」

 

 奎星が叫ぶ。

 

「いい!」

 

「前見ろ!」

 

 清弦の声が飛んだ。

 

「分かってる!」

 

 巨大妖魔が頭を上げた。裂けた口がゆっくりと開く。

 

「息来る!」

 

 奎星は前回の戦いを思い出した。黒い吐息は、自分のプロテゴを砕いた。

 

「守れ!!」

 

 掌を突き出す。

 

 甚八とジェームズが即座に反応した。

 

「Protego!」

 

「プロテゴ!!」

 

 二重の防壁が立ち上がり、その後ろから源兵衛がさらに広い盾を重ねる。

 

 黒い奔流が吐き出された。

 

「Oh, shit!」

 

 ジェームズが叫ぶ。

 

 黒い霧のような息が三枚の防壁へ激突し、谷の空気が一気に冷えた。防壁の表面に細かな亀裂が走る。

 

「HOLD IT!」

 

 ジェームズが怒鳴る。

 

「何言ってる!?」

 

 甚八が怒鳴り返す。

 

「多分耐えろ!!」

 

 奎星も叫んだ。

 

「見りゃ分かるわ!!」

 

 ばきんっ、と音がした。

 

 ジェームズの盾が砕ける。

 

「ジェームズ!」

 

 甚八の盾へ負荷が集中した。奎星は考えるより先に身体を動かしていた。

 

「プロテゴ!」

 

 横から新しい防壁を差し込む。黒い奔流が三方向へ割れ、谷の岩肌を焼くように削っていった。

 

「Keisei!」

 

「何!」

 

「Nice timing!」

 

「分かんねえ!」

 

 ジェームズが親指を立てる。

 

「あ、褒めてる!」

 

「今それどころか!」

 

 清弦の声が遠くから飛んだ。

 

「奎星!」

 

「行く!」

 

 奎星は前衛から離れた。その間にトーマスが前へ出る。

 

「My turn!」

 

 杖を大きく振る。

 

「INCARCERUS!」

 

 複数の太い縄が空中へ生まれ、巨大妖魔の前脚へ巻きついた。一本、二本、三本。縄は地面の岩へ絡みつき、巨体をその場へ引き留める。

 

「Got you!」

 

 妖魔が脚を振る。縄が軋み、地面が震えた。

 

「Whoa, whoa, WHOA!」

 

「トーマス!」

 

 秋月が横へ回った。

 

「そこ押さえろ!」

 

 当然、言葉は伝わらない。しかしトーマスは秋月の杖先を見た。秋月が妖魔の左脚を指し、拳で地面を叩く。

 

 トーマスの顔が変わった。

 

「Leg?」

 

「そこ!」

 

「Yeah!」

 

 縄が左脚へ集中する。

 

「Hold still, you ugly bastard!」

 

「行くぞ!」

 

 秋月が杖を振り抜いた。

 

「デパルソ!」

 

 衝撃が妖魔の膝下へ叩き込まれる。倒れはしなかったが、巨体がぐらりと傾いた。

 

「効いた!」

 

「もう一発!」

 

「やめろ!」

 

 奎星が走りながら叫ぶ。

 

「倒すんじゃない! そこ!」

 

 自分の足元を指す。

 

「止めるだけ!」

 

「分かってる!」

 

「絶対今もう一発撃つ顔してた!」

 

「うるせえ!」

 

 前衛の役割は、巨大妖魔を倒すことではなかった。殺さず、倒さず、谷の奥へ行かせない。杭を壊す別働隊へ近づけさせない。それだけが、彼らの仕事だった。

 

            *

 

「清弦!」

 

 奎星が斜面を駆け下りる。

 

 清弦はすでに地面へ膝をつき、その周囲には弥平の札が何枚も散っていた。そのうちの一枚が、黒く染まっている。

 

「こっち!」

 

 弥平が岩陰を指した。

 

 土を掘り返すと、鈍い銀色が見えた。指ほどの太さの金属線が地中を這い、谷の奥へ伸びている。

 

「これか」

 

 奎星が神代榊を向ける。

 

「待て!」

 

 清弦が止めた。

 

「何!」

 

「そこだけ切っても駄目だ」

 

「何で!」

 

「枝だ」

 

 清弦は地面へ手を置いた。

 

「これは枝。太い流れは向こうだ」

 

 遠くでは巨大妖魔の咆哮と、ジェームズの声が響いている。

 

「COME ON! THAT ALL YOU GOT!?」

 

 甚八の怒声が重なった。

 

「お前、煽りすぎだぞ異人!」

 

「KEEP IT HERE!」

 

「何言ってるか分かんねえ!」

 

「でも気が合ってんじゃん!」

 

 奎星が叫び返す。

 

「静かにしろ!」

 

 清弦が怒鳴った。

 

「土地を読んでいる!」

 

「ごめん!」

 

 清弦の指が地面を這う。しばらくして、彼は顔を上げた。

 

「……左」

 

「左?」

 

「二十歩」

 

 奎星が走り出す。ミラーと宗次郎も続いた。

 

「こっち!」

 

 奎星が手招きする。

 

 ミラーが何か訊いた。

 

「Stake?」

 

「たぶん!」

 

「たぶんじゃねえ!」

 

 宗次郎が突っ込む。

 

 二十歩進んだ先、岩の陰へ弥平が札を投げた。紙は空中で一度回り、地面へ貼りつく。瞬間、真っ黒に染まった。

 

「ここ!」

 

 土を掻き分けると、一本の杭が現れた。地上へ出ている部分はわずかだったが、掘り進めるほど太くなっていく。黒ずんだ金属と木材を組み合わせた杭の表面には細かな刻みが入り、そこへ複数の金属線が繋がっていた。

 

「これ、前のと同じ」

 

 奎星の顔が変わる。

 

「壊すぞ」

 

「待て」

 

 また清弦が止めた。

 

「何!?」

 

「三本ある」

 

「一緒に壊しちゃ駄目?」

 

「順番がある」

 

「マジかよ!」

 

「流れを逆流させるな」

 

「それ先に言って!」

 

「今言った!」

 

 清弦は杭へ手を翳した。

 

「右」

 

 一本目。

 

「次に奥」

 

 二本目。

 

「最後が中央」

 

「分かった!」

 

 奎星は右の金属線へ神代榊を向けた。

 

「ディフィンド!」

 

 細い光が走り、金属線が甲高い音を立てて切れた。ぱんっ、と空気が弾け、地面の下で何かが動く。遠くで巨大妖魔が吠えた。

 

「効いてる!」

 

「次!」

 

 宗次郎が奥の線へ二本の杖を向ける。

 

「どっちだ!」

 

 清弦が指した。

 

「それ!」

 

 二本の杖から連続して光が飛ぶ。一発目で土を削り、二発目で金属を露出させ、三発目で線が切れた。

 

「速っ!」

 

「一発が弱いからな!」

 

「十分!」

 

 最後に中央の杭へ奎星が向き直る。

 

「奎星!」

 

「レダクト!」

 

 神代榊から白い閃光が放たれ、杭の表面へ命中した。亀裂が走る。しかし、杭はまだ折れない。

 

「硬っ!」

 

「もう一発!」

 

「レダクト!」

 

 二発目が同じ場所へ重なった。

 

 ばきんっ!

 

 杭が中央から砕け、地中の金属線が一斉に跳ねた。赤黒い光が消え、その瞬間、谷全体が揺れた。

 

「っ!」

 

 奎星が膝をつく。

 

 清弦は地面へ手を置いたまま顔を上げた。

 

「切れた」

 

「一個?」

 

「ああ」

 

「あと?」

 

 清弦が目を閉じる。

 

「まだある」

 

「ですよね!」

 

 奎星が立ち上がった、そのときだった。

 

 弥平の札が揺れた。一枚、二枚、三枚。谷側へ貼っていた札が、同時に黒く染まる。

 

「待て」

 

 弥平が顔を上げた。

 

「何か来る」

 

「デカいの?」

 

「違う」

 

 低い音が岩陰から近づいてくる。泥を踏むような、ぐちゃ、ぐちゃ、という湿った音だった。

 

 奎星の顔が引きつる。

 

「……清弦」

 

「ああ」

 

 清弦が新しい神代榊を抜いた。

 

「来たな」

 

            *

 

 岩の隙間から、最初の一体が這い出した。犬ほどの大きさだった。黒い泥と煙を混ぜたような身体に、四肢らしきものがついている。ただし関節の位置はおかしく、身体を支えるたびに、骨のないものが無理やり形を保っているように歪んだ。

 

 顔には目も鼻もない。裂けた口の奥だけが、赤黒く光っている。

 

 二体。三体。さらに後ろから、黒い塊が次々に這い出してくる。

 

「うわ」

 

 奎星が顔をしかめた。

 

「マジで出すじゃん」

 

「言っただろう」

 

「もっと少ないと思ってた!」

 

 六体。八体。巨大妖魔の身体から剥がれ落ちた黒い塊が地面へ落ち、それぞれ別の形を作っていく。

 

 大型が吠えた。

 

 小型が一斉にこちらを向く。

 

「杭狙ってる?」

 

「我々だ」

 

 清弦が答えた。

 

 しかし、違った。

 

 小型たちは奎星たち自身ではなく、その背後にある壊れた杭と、次の流れへ向かおうとしている清弦を見ていた。

 

「……こいつら」

 

 奎星の目が細くなる。

 

「分かってんじゃん」

 

 大型の餌場を守るために生まれたものだ。

 

「ミラー!」

 

 奎星が叫ぶ。

 

 ミラーが杖を上げた。

 

「Yeah!」

 

「赤いやつ!」

 

 何の説明にもなっていない。それでも、奎星がステューピファイの構えを取った瞬間、ミラーの表情が変わった。

 

「Stupefy?」

 

「それ!」

 

 宗次郎も二本の杖を構える。

 

「一発止めたら次!」

 

「分かってる!」

 

 清弦が新しい神代榊を握る。

 

 昨夜の藁人形。強すぎた一発。弱すぎた一発。吹き飛ばさず、その場へ倒すだけの出力。

 

「来るぞ!」

 

 小型妖魔が飛び出した。

 

「ステューピファイ!」

 

 清弦の赤い光が先頭へ命中する。小型妖魔は吹き飛ばず、その場で四肢を失ったように崩れ落ちた。

 

 奎星の目が開く。

 

「完璧!」

 

「次を見ろ!」

 

「はい!」

 

 ミラーの杖が動く。

 

「Stupefy!」

 

 一体。

 

 すぐ横へ向き直る。

 

「Stupefy!」

 

 二体。

 

 結果を確認しない。

 

「One shot! Move!」

 

「何言ってるか分かんねえけど、それ!」

 

 宗次郎の二本の杖が交互に光った。

 

「ステューピファイ!」

 

 右。

 

「ステューピファイ!」

 

 左。

 

 一発ごとの威力は強くない。だから速い。小型妖魔が次々に倒れていく。

 

 清弦も止まらなかった。一体を止め、次へ向き直り、撃ったあとも足を止めない。昨夜覚えたばかりの動きを、もう戦場で使っている。

 

「右!」

 

 奎星が叫ぶ。

 

 清弦は杖先ではなく、妖魔の肩に相当する部分を見た。黒い前脚が沈み、次の瞬間に跳ね上がる。

 

「ステューピファイ!」

 

 動き出す直前に赤い光が命中し、小型妖魔が崩れ落ちた。

 

「うっま!」

 

「喋っている暇があるなら撃て!」

 

「俺、先生なんだけど!」

 

「今は生徒でいい!」

 

「何でだよ!」

 

 奎星も杖を振る。

 

「ステューピファイ!」

 

 赤い光が一体を止める。

 

「ステューピファイ!」

 

 二体目へ当たったが、少し強すぎた。妖魔が地面を転がる。

 

「出しすぎた!」

 

「貴様が一番下手ではないか!」

 

「走りながらだと難しいんだよ!」

 

 ミラーが奎星を見て笑った。

 

「Too much!」

 

「それ分かる!?」

 

「分かってないだろ!」

 

 宗次郎が叫ぶ。

 

「顔で分かる!」

 

 小型は十体を超えた。しかし、杭班は崩れなかった。一体を止め、次へ移る。倒すことへ執着せず、追いもしない。止めればいい。大型から離れた戦力を必要以上にここへ取られないことが目的だった。

 

 奎星は周囲を見た。

 

 前には巨大妖魔。ジェームズたちがまだ止めている。右には次の杭。清弦がすでに流れを探している。後ろにはエドワードと高瀬がいる。

 

 大丈夫だ。

 

「清弦!」

 

「何だ!」

 

「次どこ!」

 

「北東!」

 

「弥平!」

 

「もう探してる!」

 

 札が飛ぶ。

 

 奎星は走った。

 

            *

 

 二つ目の流れは、斜面の途中にあった。そこへ辿り着く頃には、前衛の戦いはさらに激しくなっていた。

 

「MOVE! MOVE!」

 

 ジェームズの声が谷へ響く。

 

 巨大妖魔の尾が横薙ぎに振られた。

 

「下がれ!」

 

 奎星は遠くから腕を大きく引いた。合図を見た前衛が一斉に後ろへ飛ぶ。しかし、甚八だけが半歩遅れた。

 

「甚八!」

 

「分かってる!」

 

 尾が迫る。

 

 ジェームズが甚八の襟を掴んだ。

 

「Got you!」

 

「うおっ!?」

 

 力任せに引かれた直後、尾が二人の鼻先を通過した。岩壁が砕け、細かな石が雨のように降り注ぐ。

 

「何しやがる!」

 

 甚八が怒鳴る。

 

 当然、ジェームズには伝わらない。

 

「You’re welcome!」

 

「何て!?」

 

「知らねえよ!」

 

 甚八とジェームズが同時に笑った。

 

「余裕あんな!」

 

 奎星も思わず笑う。

 

 次の瞬間、巨大妖魔の前脚がトーマスの縄を一本引きちぎった。

 

「Shit!」

 

「トーマス!」

 

 妖魔が杭班の方角へ身体を向ける。

 

「駄目!」

 

 奎星の顔が変わった。

 

「そっち行かせんな!」

 

 ジェームズが聞き取れるはずもない。だから奎星は掌を前へ出し、次に前方を指し、さらに自分の両足をその場へ叩きつけた。

 

 ここ。止めろ。

 

 ジェームズの目が奎星の手を見る。一瞬、にやりと笑った。

 

「HOLD THE LINE!」

 

「何て!?」

 

 高瀬が遠くから叫ぶ。

 

「『ここを死守する』!」

 

「カッコいい!」

 

 ジェームズが正面へ飛び込んだ。

 

「HEY! BIG GUY!」

 

 妖魔の顔面へ強烈なデパルソを叩き込む。

 

「OVER HERE!」

 

 巨体の頭がわずかに横へ振れ、白い目がジェームズへ向いた。

 

「That’s right! LOOK AT ME!」

 

「煽るなあ!」

 

 甚八も隣へ並ぶ。

 

「おら! こっちだ化け物!」

 

 二人とも言葉は通じていない。それなのに、やっていることは完全に同じだった。

 

 巨大妖魔が向きを戻す。

 

「よし!」

 

 奎星は杭班へ戻った。

 

「清弦!」

 

「見つけた!」

 

 二つ目の流れは、斜面から露出した杭へ集まっていた。ただし、一本ではない。細い杭が四本、その中央に太い一本が立ち、金属線が蜘蛛の巣のように絡み合っている。

 

「うわ、めんどくさ」

 

「下手に壊すな」

 

「分かってる!」

 

「本当か?」

 

「今は信用して!」

 

 清弦が地面へ触れる。

 

「外からだ」

 

「順番!」

 

「南。東。西。北」

 

「中央最後?」

 

「ああ」

 

 奎星が顔を上げる。

 

「宗次!」

 

「おう!」

 

「南!」

 

 二本の短い杖が連続して動く。土が削れ、金属が露出し、細い杭が揺れた。

 

「ミラー!」

 

 奎星が東を指差す。

 

 ミラーは頷いた。

 

「Reducto!」

 

 白い光が走り、細い杭が砕ける。

 

「お前それ使えんの!?」

 

「Keisei!」

 

「何!」

 

 ミラーが西を指した。

 

「あ、俺!?」

 

「Go!」

 

「それは分かる!」

 

「レダクト!」

 

 三本目が砕ける。

 

「北!」

 

 清弦が叫ぶ。

 

 宗次郎が向きを変え、二本の杖から光を連続して放った。一発目が逸れ、二発目が杭の根元を割る。

 

「もう一発!」

 

 三発目で杭が折れた。

 

「中央!」

 

 奎星が杖を向ける。

 

 しかし、その瞬間だった。

 

「待て!」

 

 弥平が叫んだ。

 

 札が真っ黒に染まっている。

 

「上!」

 

「上?」

 

 奎星が顔を上げる。

 

 岩壁から黒い塊が三つ、こちらへ飛び降りてきた。

 

「うわ!」

 

「ステューピファイ!」

 

 清弦が一体を撃ち落とす。ミラーが二体目を止め、三体目へ宗次郎が杖を向けるより早く、奎星が前へ出た。

 

「ステューピファイ!」

 

 赤い光が命中し、落ちてきた妖魔が地面へ叩きつけられる。

 

「よし!」

 

「中央!」

 

 清弦が叫ぶ。

 

「分かってる!」

 

 奎星が神代榊を振る。

 

「レダクト!」

 

 太い杭が砕けた。

 

 瞬間、赤黒い光が四方から中央へ集まり、ふっと消える。谷が大きく揺れ、巨大妖魔の身体から赤黒い光が一瞬だけ弱まった。

 

「見た!?」

 

 奎星が叫ぶ。

 

「ああ!」

 

 清弦も見ていた。

 

「効いてる!」

 

「次だ!」

 

 そのとき、前方から轟音が響いた。

 

 どんっ!

 

 人影が飛んだ。

 

「甚八!」

 

 甚八が地面を転がった。巨大妖魔の突進を、防壁ごと受けたらしい。

 

 エドワードが即座に走り出す。

 

「Jinpachi!」

 

 ジェームズが叫ぶ。

 

「甚八!」

 

 奎星も走った。

 

 遊撃。空いている穴を埋める。

 

 今は、前だ。

 

            *

 

「生きてる!?」

 

「勝手に殺すな!」

 

 甚八は自力で起き上がった。額から血が流れている。

 

「めちゃくちゃ血出てんじゃん!」

 

「皮が切れただけだ!」

 

 エドワードが甚八の肩を掴む。

 

「Sit down!」

 

「何だ!?」

 

「座れって!」

 

 高瀬が叫ぶ。

 

「まだいける!」

 

「座れ!」

 

「高瀬まで!」

 

 エドワードは有無を言わせず甚八を後ろへ押しやった。

 

「No hero shit. Sit.」

 

「今絶対悪口言っただろ!」

 

「英雄気取りはするなって」

 

「誰が!」

 

 甚八が言い返している間にも、巨大妖魔は止まらない。前衛が一人減ったことで、ジェームズの防壁へ黒い吐息が集中していた。

 

「PROTEGO!」

 

 白い壁にひびが走る。

 

「James!」

 

 ウィリアムが横から防壁を重ねた。

 

「I got you!」

 

 源兵衛も前へ出る。

 

「意味分からんが、俺もいるぞ!」

 

 三枚の防壁が黒い奔流を受け止め、ぎしぎしと空気を鳴らした。

 

 奎星は全体を見た。

 

 ジェームズ。ウィリアム。源兵衛。トーマスは右脚を拘束中。秋月が左。甚八は治療。

 

 一人足りない。

 

「俺入る!」

 

 奎星が前へ出る。

 

「プロテゴ!」

 

 四枚目の防壁が展開し、黒い息が弾けた。

 

「Keisei!」

 

「何!」

 

「Don’t just stand there!」

 

「分かんねえ!」

 

 ジェームズが自分の足を指し、横へ動く。

 

 奎星はすぐに理解した。

 

「あ、動けってこと!?」

 

「MOVE!」

 

「それは分かる!」

 

 防壁を維持したまま横へ走る。黒い吐息の方向がずれ、谷の岩壁が黒く焼けた。

 

「源兵衛!」

 

「おう!」

 

「足!」

 

「分かってる!」

 

 源兵衛が地面を固める。

 

「ウィリアム!」

 

 奎星は崩れ始めた斜面を指した。

 

「Ground!」

 

「On it!」

 

「多分、任せろって言った!」

 

 ウィリアムが杖を地面へ向ける。土が盛り上がり、石が噛み合い、崩れかけた斜面が止まった。

 

 巨大妖魔が前脚を振り上げる。

 

「ジェームズ!」

 

 奎星が二本指を開いた。

 

 散れ。

 

 ジェームズが左へ、奎星が右へ飛ぶ。前脚が中央へ叩きつけられ、地面が爆ぜた。

 

「今!」

 

 トーマスが縄を投げる。

 

「Gotcha!」

 

 前脚へ縄が絡みつく。

 

「秋月!」

 

「言われなくても!」

 

 衝撃が走り、妖魔の身体がわずかに沈んだ。

 

 奎星は追撃しなかった。倒す必要はない。ここにいればいい。

 

 ジェームズへ向かって、杭班の方角を指す。次に妖魔を指し、最後にその場を指した。

 

 絶対に行かせるな。

 

 ジェームズは一秒だけ奎星を見た。それから親指を立てた。

 

「Go!」

 

「行っていい!?」

 

 高瀬を探す暇はなかった。だが、ジェームズの顔を見れば分かる。

 

「頼んだ!」

 

 奎星は背を向けた。

 

 ジェームズは妖魔へ向き直る。

 

「HEY!」

 

 杖を掲げる。

 

「YOUR DANCE PARTNER’S RIGHT HERE!」

 

 意味など一つも分からない。それでも奎星は走りながら笑った。

 

「絶対またダンスの話してるだろ、あいつ!」

 

            *

 

 三つ目、四つ目と流れを切っていった。清弦が土地を読み、弥平が隠れた線を見つけ、ミラーと宗次郎が小型を止めながら杭を壊す。一つ切るたびに、巨大妖魔の動きが変わっていった。

 

 最初は、明確に弱った。赤黒い光が薄くなり、傷が塞がる速度が落ちた。トーマスの縄が食い込んだ跡も、以前ならすぐ黒い泥に覆われていたのに、今はそのまま残っている。

 

「効いてる!」

 

 奎星が叫ぶ。

 

 前衛にも伝わった。言葉が分からなくても、変化を見れば分かる。

 

 ジェームズが傷を指し、大きく笑った。

 

「It’s working!」

 

「多分、効いてるって言ってる!」

 

「見りゃ分かる!」

 

 甚八が治療を終えて戻ってきた。

 

「休めって言われたんじゃないの!?」

 

「立ってるだけならいいって!」

 

「絶対違う!」

 

「エドワードには内緒だ!」

 

 後ろから声が飛んだ。

 

「JINPACHI!」

 

「バレてる!」

 

 エドワードが怒っている。

 

「何て!?」

 

 高瀬が叫ぶ。

 

「『戻れ、この馬鹿』!」

 

「絶対そんな口調じゃねえだろ!」

 

「意訳!」

 

「戻れ甚八!」

 

「くそっ!」

 

 甚八が渋々下がる。

 

 その間にも戦況は動いていた。杭を切る。巨大妖魔が怒る。小型を吐き出す。ミラー、宗次郎、清弦が一発ずつ撃ち、止める。次へ移る。

 

 奎星は走り続けた。前へ、後ろへ、右へ、左へ。

 

「守れ!」

 

 掌を突き出す。

 

「散れ!」

 

 二本指を開く。

 

「下がれ!」

 

 腕を引く。

 

「集まれ!」

 

 頭上で円を描く。

 

 日本語の声と英語の声が谷の中で交差する。意味は違っても、合図は一つだった。

 

「Keisei! LEFT!」

 

「レフトってどっち!?」

 

 ミラーが大げさに左を指す。

 

「そっちか!」

 

 小型妖魔が飛び込んでくる。

 

「ステューピファイ!」

 

「Stupefy!」

 

 二本の赤い光が交差した。

 

「Nice!」

 

「ナイスは分かる!」

 

 ミラーが笑う。

 

「Finally!」

 

「今、何か馬鹿にした!?」

 

 意味は分からない。それでも、戦える。

 

 相手の肩を見る。足を見る。手を見る。杖だけではなく、身体全体を見る。

 

 仲間も同じだった。

 

 ジェームズの盾が傾けば、源兵衛が前へ出る。源兵衛の足場が崩れれば、ウィリアムが固める。トーマスの縄が一本切れれば、秋月が衝撃で時間を作る。秋月が前へ出すぎれば、ジェームズが襟を掴んで引き戻す。

 

「離せ異人!」

 

「Stay back!」

 

「何て!?」

 

「戻れって!」

 

「同じこと言ってる!」

 

 甚八が笑う。

 

 前線は壊れない。杭班も壊れない。後ろにはエドワードがいる。高瀬はその中間を走り、必要なときだけ言葉を繋いでいた。

 

 そして奎星は、驚くほど全体を見渡せていた。

 

 一人一人の動き。誰が余っているか。どこが足りないか。次に何が来るか。

 

 昔なら、自分が一番強い魔法を撃つことばかり考えていた。今は違う。自分が撃たなくてもいい場所が分かる。撃つべき場所も分かる。

 

「清弦!」

 

 奎星が叫ぶ。

 

「あと何本!」

 

「杭の数ではない!」

 

「じゃあ!」

 

「流れだ!」

 

 清弦は地面へ手を触れた。額には汗が浮かんでいる。魔法を撃ち続けた疲労だけではない。土地の流れを読みながら走り続けているのだ。

 

「大丈夫?」

 

「大丈夫ではない!」

 

「正直!」

 

「だが、やれる!」

 

「それでいい!」

 

 清弦の目が開いた。

 

「あと一つ」

 

「マジ!?」

 

「一番太い」

 

「場所!」

 

 清弦が指した。

 

 谷の奥。巨大妖魔のすぐ後ろ。

 

 奎星の顔が止まった。

 

「……あそこ?」

 

「あそこだ」

 

「めちゃくちゃ近いじゃん!」

 

「だから最後まで残っている!」

 

「そりゃそう!」

 

 そこには、前回二人で戦ったときに見た場所があった。巨大妖魔の背後、岩壁の裂け目。地面から複数の金属線が集まり、一本の太い杭へ繋がっている。

 

 以前、奎星が一本壊した中央の杭。だが、それだけでは完全に止まらなかった。さらに奥に、核になる流路が残っていたのだ。

 

 清弦が土地を読み続け、ようやく辿り着いた。

 

「あれを切れば」

 

 奎星が言う。

 

「全部?」

 

「少なくとも」

 

 清弦が息を整える。

 

「あれへ流れ込んでいる霊脈は止まる」

 

「行こう」

 

「ああ」

 

 しかし、そこへ行くには巨大妖魔のすぐ脇を抜けなければならない。

 

 奎星は前を見る。ジェームズたちはまだ妖魔を押さえている。だが、妖魔も気づいていた。奎星たちが何をしているのか。何を壊しているのか。何を狙っているのか。

 

 濁った白い目が、初めて清弦を見た。

 

「まずい」

 

 清弦が呟く。

 

 巨大妖魔が方向を変えた。

 

「ジェームズ!」

 

 奎星が叫ぶ。

 

 遅い。

 

 妖魔が杭班へ向かって一歩踏み出す。

 

「STOP IT!」

 

 ジェームズが叫んだ。

 

 デパルソ。甚八の防壁。トーマスの縄。秋月の衝撃。一斉に攻撃が入る。

 

 それでも、巨体は一歩進んだ。

 

「止めろ!」

 

 奎星が掌を前へ突き出す。

 

 守れ。その場へ留めろ。行かせるな。

 

 源兵衛が杖を両手で握った。

 

「ここから先は行かせんぞ!」

 

 地面が隆起し、土と岩が壁になった。

 

 ウィリアムも杖を振る。

 

「Build it! BUILD IT!」

 

 土壁へ石が重なる。

 

 巨大妖魔が衝突した。

 

 どおおん!

 

 壁に亀裂が走る。

 

「Oh, shit!」

 

「まだ!」

 

 ジェームズと甚八が土壁の後ろへ防壁を展開した。

 

「PROTEGO!」

 

「プロテゴ!」

 

 妖魔の巨体がぶつかり、壁全体が大きく軋む。

 

 それでも、止まった。

 

「今!」

 

 奎星が叫ぶ。

 

「清弦、行け!」

 

「お前は!」

 

「俺も行く!」

 

「遊撃ではなかったのか!」

 

「最後は杭だろ!」

 

「理屈になっていない!」

 

「うるせえ!」

 

 二人が走り出す。弥平、ミラー、宗次郎も続いた。

 

 巨大妖魔の横を抜ける。

 

「Keisei!」

 

 ジェームズが叫んだ。

 

 何を言っているのかは分からない。それでも奎星は振り返った。

 

 ジェームズが自分の胸を拳で叩き、妖魔を指し、次に奎星と杭を指した。

 

 行け。ここは任せろ。

 

 奎星は一瞬だけ笑い、親指を上げた。

 

「頼んだ!」

 

「GO!」

 

 今度は意味が分かった。

 

            *

 

 最後の杭は、今までとは違っていた。

 

「……でか」

 

 奎星が息を呑む。

 

 人の胴ほどもある。黒い木材の表面へ金属板が巻きつけられ、その全体へ細かな溝が刻まれていた。周囲から集まった金属線が何十本も接続され、その一本一本が赤黒く脈打っている。

 

 どくん。

 

 杭が脈打つ。

 

 どくん。

 

 まるで心臓だった。

 

「これ全部切るの?」

 

「違う」

 

 清弦は地面へ手をついた。

 

「待て」

 

「また!?」

 

「待て!」

 

 奎星は止まった。

 

 背後では巨大妖魔の咆哮が響いている。前衛がどれほど持つか分からない。時間はない。それでも、清弦が土地を読んでいる間だけは、奎星は杖を下ろした。

 

「……分かった」

 

 清弦は目を閉じている。汗が顎から落ちた。

 

 土地。金属。杭。そこへ集められた流れ。

 

「違う」

 

 清弦が呟く。

 

「何が?」

 

「杭が中心ではない」

 

「え?」

 

「その下だ」

 

 清弦の指が地面を掻く。

 

「線が束ねられている」

 

 奎星もしゃがみ込んだ。

 

「壊す場所は?」

 

「根元」

 

「根元」

 

「ただし」

 

「まだあんの!?」

 

「全部を一度に切れば跳ね返る」

 

「また順番!」

 

「ああ!」

 

 清弦が目を開く。

 

「弥平!」

 

「見てる!」

 

 弥平はすでに札を杭の周囲へ貼っていた。一枚、二枚、三枚。札の色が変わる。

 

「この二本が弱い!」

 

 弥平が指した。

 

「先にそこ!」

 

「ミラー!」

 

 奎星が指差す。

 

 ミラーは頷いた。

 

「Reducto!」

 

 一つ。

 

 宗次郎が反対側へ回り、二本の杖を構える。連射された光が金属線を削り、切断した。

 

「次!」

 

 清弦が叫ぶ。

 

「西!」

 

 奎星が走る。

 

「ディフィンド!」

 

 金属線が切断され、杭から黒い火花が弾けた。

 

「うわっ!」

 

「止まるな!」

 

「分かってる!」

 

「北!」

 

「清弦!」

 

「そこ!」

 

「レダクト!」

 

 杭が砕ける。

 

 また一本、赤黒い光が弱まった。

 

 巨大妖魔が絶叫した。今までで一番大きな声だった。山が震え、岩壁から小石が落ちてくる。

 

「来る!」

 

 弥平の札がすべて黒くなった。

 

 地面。岩壁。杭の後ろ。黒い塊が次々に生まれる。

 

「何体!?」

 

「数えてる暇あるか!」

 

 清弦が杖を上げた。

 

「ステューピファイ!」

 

 一体。

 

 ミラー。

 

「Stupefy!」

 

 二体。

 

 宗次郎が左右へ杖を向ける。

 

 三体。四体。

 

 それでも増える。

 

「多い!」

 

 奎星が杖を振る。

 

「ステューピファイ!」

 

 五体。

 

「清弦! 杭!」

 

「分かっている!」

 

「俺らで小さいの止める!」

 

「貴様も必要だ!」

 

「どこ!」

 

「中央!」

 

 最後に残ったのは、他の線より何倍も太い束だった。地中から直接、杭の根へ入っている。

 

 奎星が神代榊を構える。

 

「レダクトで?」

 

「駄目だ!」

 

「じゃあ何!」

 

「切れ!」

 

「ディフィンド!」

 

 光が走った。しかし、束の表面で弾かれる。

 

「硬っ!」

 

「もう一度!」

 

 小型妖魔が横から飛びついてきた。

 

「Keisei!」

 

 ミラーが撃ち落とす。

 

「ありがと!」

 

「Go!」

 

「分かってる!」

 

 奎星は両足を踏ん張った。対象だけを見る。杭全体ではない。金属線の束、その一点だけを狙う。

 

 必要なところだけ。必要な力だけ。

 

「ディフィンド!」

 

 一筋の光が走り、表面へ切れ目が入った。

 

「もう一発!」

 

「ディフィンド!」

 

 切れ目が深くなる。赤黒い光が噴き出した。

 

「っ!」

 

 奎星の腕が弾かれる。

 

「奎星!」

 

「大丈夫!」

 

「その言葉は信用しない!」

 

「今は信用して!」

 

 清弦が奎星の横へ立った。

 

「何する気?」

 

「合わせる」

 

「お前、ディフィンド知らないだろ!」

 

「古い術で切る!」

 

「いけんの!?」

 

「知らん!」

 

「そこは自信持てよ!」

 

 清弦は新しい神代榊を持ち、その先端を地面へ向けた。左手は土へ触れている。目を閉じると、杖の内側を青白い光が走った。

 

 現代の杖と、古い土地の術。

 

「奎星」

 

「何!」

 

「同時だ」

 

「分かった!」

 

 背後で咆哮が響く。前衛の叫びが重なる。

 

「HOLD! HOLD!」

 

「押せぇぇぇ!」

 

「Don’t let it through!」

 

「ここから先は通すな!!」

 

 黒い吐息が防壁へ叩きつけられ、防壁の割れる音がした。

 

 時間がない。

 

「三!」

 

 奎星が言う。

 

「二!」

 

 清弦が杖を握る。

 

「一!」

 

 二人が同時に杖を振った。

 

「ディフィンド!」

 

「断て!」

 

 白い光と青白い光が一点へ重なった。

 

 金属の束が、切れた。

 

            *

 

 音が消えた。

 

 一瞬だけ、本当にすべての音が消えたように思えた。風も、叫びも、妖魔の咆哮も聞こえない。切断された金属線の断面から赤黒い光が噴き出し、それがゆっくりと消えていく。

 

 一本。また一本。

 

 地面を這っていた金属線から光が失われ、谷の奥へ伸びていた流れが途切れていく。山肌に埋め込まれた杭も、これまで壊してきた杭も、すべての脈動を止めた。

 

 清弦が地面へ手をついた。

 

「…………」

 

「どう?」

 

 奎星が息を切らしながら訊く。

 

 清弦は目を閉じている。長い一秒が過ぎ、二秒が過ぎた。

 

 やがて、清弦は目を開いた。

 

「切れた」

 

「全部?」

 

「少なくとも」

 

 清弦は地面を見た。

 

「ここへ引き込まれていた流れは」

 

 顔を上げる。

 

「切れた」

 

 奎星の目が大きくなる。

 

「……マジ?」

 

「ああ」

 

「マジ!?」

 

「ああ!」

 

「やった!」

 

 奎星が拳を上げた。

 

「やったぞ!!」

 

 声が谷へ響いた。

 

 前衛も変化に気づいた。巨大妖魔の身体から、赤黒い光が消え始めている。今までなら黒い泥が湧き、すぐに塞がっていた傷が、そのまま残っていた。

 

 トーマスの縄が食い込んだ跡。秋月の衝撃で割れた皮膚。ジェームズのデパルソで欠けた肩。

 

 どれも塞がらない。

 

「It stopped!」

 

 ミラーが叫ぶ。

 

「YES!」

 

 ジェームズも拳を上げた。

 

「WE DID IT!」

 

「何て!?」

 

「『やった』!」

 

「それは俺でも分かる!」

 

 甚八が大声で笑う。

 

「ざまあみろ化け物!」

 

 源兵衛が杖を肩へ担いだ。

 

「酒が美味くなるな!」

 

「まだ終わってねえ!」

 

 奎星が反射的に叫ぶ。

 

「帰ってから言え!」

 

「帰ったら飲むってことだ!」

 

「俺は飲まねえ!」

 

「SUZUME!」

 

「今それ言うな!」

 

 ジェームズが遠くで「SUZUME!」と叫び、なぜかトーマスまで笑った。

 

「何で戦場でそれやんの!?」

 

 笑いが谷へ広がった。

 

 ほんの一瞬、勝てると思った。

 

 霊脈の供給は切れた。妖魔はもう回復できない。あとは倒せばいい。そのはずだった。

 

 しかし、清弦だけが笑っていなかった。

 

「……待て」

 

 奎星が気づく。

 

「清弦?」

 

 清弦は巨大妖魔を見ていた。

 

 妖魔が動かない。あれほど暴れていた巨体が、ぴたりと止まっている。

 

「弱った?」

 

 奎星が言う。

 

「違う」

 

「何が」

 

「違う」

 

 清弦の顔色が変わった。

 

 巨大妖魔の身体から、赤黒い光が消えている。

 

 いや。

 

「……消えてねえ」

 

 奎星の声が低くなる。

 

 外へ漏れなくなっただけだった。

 

 皮膚の裂け目から見えていた光が、内側へ、中心へ引き込まれている。一筋、二筋。全身を巡っていた赤黒い光が、胸の奥へ集まっていく。

 

 トーマスが眉を寄せた。

 

「What the hell……?」

 

 ジェームズも杖を下ろさない。

 

「That doesn’t look good.」

 

 高瀬が息を呑む。

 

「……奎星」

 

「うん」

 

「たぶん」

 

「聞かなくても分かる」

 

 巨大妖魔の身体が膨らんだ。

 

 ごき、と骨なのか岩なのか分からない音が鳴る。背中の突起が立ち上がり、四肢が地面へ深く食い込んだ。

 

 トーマスの縄が一本、ぷつんと切れた。

 

「Thomas!」

 

「Oh, shit.」

 

 二本目が切れる。

 

 三本目が引きちぎられる。

 

「下がれ!!」

 

 奎星が腕を大きく引いた。

 

 全員が反応する。

 

 巨大妖魔が頭を上げた。

 

 濁っていた白い目の中央に、赤黒い光が灯る。

 

「……清弦」

 

 奎星は神代榊を握り直した。

 

「こいつ」

 

「ああ」

 

 清弦も新しい杖を構える。

 

「霊脈から喰えなくなっただけだ」

 

「じゃあ」

 

「今まで喰った分が」

 

 巨大妖魔の胸が脈打つ。

 

 どくん。

 

 空気が震える。

 

 どくん。

 

 谷の岩壁へ亀裂が走る。

 

 どくん。

 

 風もないのに、全員の服が大きくはためいた。

 

「残っている」

 

 清弦が言った。

 

 奎星は妖魔を見上げた。

 

「……マジかよ」

 

 ジェームズが隣へ来た。何を言っているのかは分からない。それでも、同じものを見ている。

 

 巨大妖魔。供給は断った。回復も止めた。餌場を奪った。

 

 ようやく、同じ土俵へ引きずり出したのだ。

 

 妖魔が口を開いた。

 

 今までとは違う声が出る。低く、深く、山そのものが唸るような咆哮だった。

 

 十三人が杖を構えた。

 

 奎星の左手首で、銀色の時計が一つ進む。

 

 こち。

 

 杭は壊した。霊脈は切った。

 

 ここまでは、準備だった。

 

 本当の戦いは、今からだった。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
※参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。


  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

読者層が似ている作品 総合 二次 オリ

ようこそ根源があふれた魔法の学校へ(作者:shinkyu10)(原作:ハリー・ポッター)

――これは、型月世界の魔術師の歪んだ思考OSを持った凡人が、ハリポタ世界のブラックボックスを解体し、あがき続ける物語。▼1981年11月1日未明、ロンドンで起きた爆発テロ。▼奇跡的に生き残った赤ん坊、エリアス・レンには、前世の記憶があった。▼彼は魔術協会『時計塔』の末端魔術師であり、生まれ持った血統と魔術回路の限界に絶望した末、幼児期から全てをやり直すために…


総合評価:4063/評価:8.57/連載:27話/更新日時:2026年06月08日(月) 17:45 小説情報

烏の王冠(作者:西雲)(原作:ハリー・ポッター)

ハリーポッターの世界に転生した主人公。その叡智はどこに行くのか。


総合評価:1543/評価:8/連載:8話/更新日時:2026年09月11日(金) 03:53 小説情報

拝命、闇の魔術に対する防衛術 ※期間は別途(作者:細野藤松)(原作:ハリー・ポッター)

人気作家ギルデロイ・ロックハートを逮捕したら、そいつの代わりにホグワーツへ出向させられた。▼日本魔法省の管轄下、警視庁外事第五課。万年警部補・日野道広、三十八歳。取り調べ相手には勝てても妻には勝てず、娘のことはほとんど分からなくなってしまった。ついでに出世の目もない。▼逮捕の三日後、本省に呼び出された彼は言われた。▼「君、英語話せたよね?」▼二十年ぶんの現場…


総合評価:15371/評価:8.77/連載:16話/更新日時:2026年09月18日(金) 19:00 小説情報

玉葱騎士、六面世界に立つ(作者:プラザ合意)(原作:無職転生)

▼何もかも忘れ、志半ばで倒れた騎士。▼彼は何の因果か、異世界で再び剣を取る。▼たとえ記憶を失っても、たとえ壊れてしまっても。▼それでも彼は、誰かを守ろうとした。▼※ダークソウルと無職転生のクロスオーバーがないので自分で書きました。玉葱と言っているものの、主人公はジークマイヤーさんでもジークバルトさんでもジークリンデさんでもないです、すみません。


総合評価:3722/評価:8.8/連載:46話/更新日時:2026年09月11日(金) 20:01 小説情報

天剣へと至る愚者(作者:一般通過害悪)(原作:無職転生)

ルーデウス・グレイラットの双子の弟は転生者である。▼後世には『天剣』として伝えられることになる。▼これは、彼が生前に書いた日記を辿っていく物語。▼※アンチ・ヘイトとクロスオーバーは念の為。


総合評価:3469/評価:8.08/連載:10話/更新日時:2026年08月22日(土) 15:30 小説情報


小説検索で他の候補を表示>>