『ロード・エルメロイⅡ世の事件簿 封印都市ヤーナム』 作:丹波りん
森の奥へと続く石畳の道を頼りに、一行はさらに歩みを進めていた。
敷石の隙間には土が溜まり、両脇から伸びた木々の根が
石の下へ潜り込むように道を侵食している。
頭上では枝葉が幾重にも重なり、月明かりさえほとんど届かない。
ランタンの灯りに浮かぶ足元を確かめながら、彼らは鬱蒼とした森の奥へ進んでいった。
先ほどの戦闘の痕跡が遠ざかっても、森は相変わらず不気味な静けさに包まれている。
獅子劫は時折足を緩め、木々の間へ銃口を向けて周囲を確かめ、
グレイもランタンの光を道の先へ巡らせ、
ルヴィアは背後を振り返ってから再び前方へ目を戻した。
あの異形を倒したからといって、この森の脅威が去ったとは限らない。
***
やがて、道の先に人影が現れた。
薄汚れた衣服をまとい片手に斧を握った男が、森の奥からこちらへ歩いてくる。
見たところ、この辺りに暮らす住民らしい。
しかし血走った目に荒い呼吸、左右に揺れる身体は、
まともな状態ではなく既に獣化の兆候が出ている。
獅子劫が足を止め銃を構え、グレイとルヴィアも男の動きを見守るなか、
Ⅱ世はその様子を注意深く観察した。
男は一行に気づいているのかどうかも定かではなく、
血走った目を虚ろに漂わせながら、覚束ない足取りで石畳を進んでくる。
荒い呼吸に合わせて肩が激しく上下し、
身体が左右に揺れるたび、手にした斧も不規則に振れた。
そのとき、男の動きがぴたりと止まった。
肩が大きく震え、喉の奥からくぐもった音が漏れる。
男の頭部が内側から押し広げられるように裂け、
その奥から幾本もの蛇が鎌首をもたげた。
人間の頭があった場所で蛇たちが絡み合い蠢いている。
あまりに異様な姿に一行は一瞬息を呑んだ。
次の瞬間、男が石畳を蹴り斧を振りかざして襲い掛かってきた。
頭部の蛇も一斉に首を伸ばし、牙を剥いて迫る。
「何だってんだ!」
獅子劫は驚きを押し殺すように声を上げ、咄嗟に銃口を男の脚へ向けた。
銃声が森に響き、弾丸が脚を撃ち抜き、踏み込んだ足が崩れ男の身体が大きく傾いたが、
なおも斧を振るおうとする男へ、ルヴィアが間髪入れずにガンドを叩き込んだ。
衝撃に体勢を崩した男が石畳へよろめいた隙を逃さずグレイが一気に間合いを詰める。
「アッド!」
大鎌が唸りを上げ、頭部から伸びる蛇の群れを横薙ぎに切り払う。
刃を逃れた蛇が左右からグレイへ襲い掛かるが、
彼女は身を低くして牙をかわし、その勢いのまま踏み込んだ。
返す刃でさらに蛇を斬り払い、男の頭部を覆うようにうごめく蛇たちを押し退ける。
蛇の攻撃が一瞬鈍った隙に、グレイは大鎌を振り抜いた。
男の身体が大きく傾き石畳へと崩れ、手から離れた斧が硬い音を立てて転がった。
頭部から伸びていた蛇たちも力を失い男とともに動かなくなった。
***
男が倒れても、獅子劫は銃口を下ろさなかった。
前方に銃を構えたまま、木々の間へ視線を走らせる。
わずかな物音も聞き逃すまいと周囲に意識を張り巡らせ警戒を続けていた。
目の前の脅威は退けたが、この森に他の異形が潜んでいないとは限らない。
ルヴィアの顔からは血の気が引いていた。
目の前で人間の頭部が弾け、そこから無数の蛇が伸び出して蠢く姿。
異形と化した男はなおも動き、斧を振るって襲い掛かってくる恐怖。
人間だったものが、あれほど異様な姿に変わり果ててもなお動き続ける。
これまで相手にしてきた獣化した市民とは、明らかに何かが違っている。
脳裏に焼きついた光景が離れず、ルヴィアは込み上げる吐き気をこらえるように唇を引き結んだ。
グレイもアッドの柄を握る手に力がこもったままだった。
戦闘中は敵の動きに対処することだけを考えていたが、
男が倒れた今、頭部から無数の蛇が飛び出した瞬間が脳裏に蘇る。
人の姿を残したまま襲い掛かってきた異形の姿が、目に焼きついて離れなかった。
Ⅱ世は倒れた男へ目を向け、先ほど目にした異形との共通点を探った。
これまで遭遇した獣化した市民とは明らかに異なる変異。
そして、森の中で相対した無数の蛇が絡み合う巨大な異形。
姿形こそ違うものの、両者には何らかの繋がりがあるのだろうか。
ビルゲンワースや医療教会が人間の変質の先に何らかの進化を求めてきたのだとすれば
――あのような姿も、その果てにあるものなのか。
疑念を裏付ける材料はなく、今ここで結論を出すことはできない。
調べたいところではあったが、この場に留まるのは危険だった。
Ⅱ世は周囲に目を配り、一行に先へ進むよう促した。
誰も異を唱えることなく、一行は石畳の道へ戻った。
獅子劫が銃を構えて前方を警戒するなか、
Ⅱ世たちもランタンの灯りを頼りに歩を進める。
倒れた男の姿は、やがて木々の陰に隠れて見えなくなった。