青の記録 ―二つの記憶が交わる時― 作:きままに投稿
公式がメイン更新の情報以外に爆弾を投げ込んできやがったぜ!
本当にガチャどうしよう。性能次第では全力で確保に動きます。
「それじゃあ――始めようか」
先生の声は、拍子抜けするほど普段と変わらなかった。
けれど、それを聞いた四人の空気は一瞬で切り替わる。
ユウカが両手のサブマシンガンを握り直し、ハスミは狙撃銃のボルトへ手を添える。スズミもアサルトライフルの安全装置を確認しながら、建物の並びへ視線を走らせた。
チナツだけは三人より半歩後ろ。拳銃を抜きながらも、意識の半分は先生へ向けている。
先生にはヘイローがない。
自分たちなら耐えられる一発でも、この人にとって同じとは限らない。
そんな四人の前で、先生は道路脇の壁からほんの少しだけ顔を覗かせた。
シャーレへ続く大通りは、とても通りと呼べる状態ではなかった。
無造作に積み上げられたバリケード。銃撃で窓を失った車。横倒しになった看板。
その隙間を埋めるように、武装した生徒たちが散らばっている。
制服も違う。
腕章も違う。
スケバンらしい集団もいれば、いかにも矯正局から抜け出してきたような格好の者もいた。中にはどこから持ち出してきたのか分からない大型火器を抱えている生徒までいる。
道路だけではない。
二階。
三階。
屋上。
窓の奥にも銃口が見えた。
さらにずっと奥では、装甲車両らしき影まで動いている。
「……念のため、もう一回だけ聞きますけど」
ユウカが横目で先生を見る。
「本当に行くんですよね?」
「うん」
「この人数を相手に?」
「うん」
「四人で?」
「四人だから、かな」
「……さっきから、それどういう意味なんですか?」
ユウカが眉間を押さえる。
「今ならまだ、増援を待つという選択肢もありますよ?」
「あるね」
「じゃあ――」
「でも、待ってる間に向こうも増えるかもしれないでしょう?」
「それは……」
否定できない。
すでにこれだけの人数が集まっているのだ。
時間を与えれば、さらに別の集団が合流する可能性もある。
先生はもう一度、大通りを見た。
道路の幅。
車と車の隙間。
交差点。
左右へ伸びる細い路地。
屋上から下へ通じる非常階段。
そして、敵たち。
同じ場所にいるというのに、互いに声を掛け合う様子はほとんどない。
奥にいる集団が何か叫んでも、手前のスケバンたちは振り返りもしない。
違う方向を向いた銃口。
違う装備。
好き勝手に設置されたバリケード。
先生の視線が、ゆっくり大通りをなぞる。
「全部倒さなくていいんだよね?」
「……はい?」
「私たちの目的って、あの人たちを全員捕まえることじゃないでしょう?」
先生は通りの向こうを指さした。
「シャーレまで行くこと」
ハスミが先生の横顔を見る。
「それはそうですが……」
「だったら、必要なのは勝つことじゃなくて」
先生は指先を少しだけ動かした。
「通れる道を作ること」
ユウカが敵を見る。
それから先生を見る。
「……それができたら苦労しないんですけど」
「簡単ではないね」
「ですよね!」
そこは否定してほしかった。
そんなユウカの様子に先生は笑ってから、道路の中央付近へ視線を向けた。
「ユウカ」
「はい」
「あそこに青い車あるでしょう?」
「……ありますね」
窓ガラスが割れ、前部が大きくへこんだ乗用車。
大通りの中ほどに斜めに停まっている。
「あそこまで行ける?」
ユウカは距離を測った。
途中に使えそうな遮蔽物は三つ。
敵の射線は正面から二つ、右の建物から一つ。
左は――路地の奥に何人かいる。
「行けます」
「じゃあ、お願い」
「私からですか?」
「うん」
「……囮にするつもりじゃないですよね?」
「囮って言い方はよくないなあ」
「じゃあ何ですか?」
先生は少し考えた。
「目立つ係?」
「もっと悪いです!」
ユウカの声が響いた。
少し離れた敵が、何事かとこちらを見る。
「あ」
「『あ』じゃないです!」
「見つかったね」
「誰のせいですか!」
言いながら。
ユウカはもう動いていた。
地面を蹴る。
同時に、銃声。
何本もの弾道が彼女へ伸びる。
だがユウカは正面から撃たれながら真っ直ぐ走るほど無謀ではない。
右手のサブマシンガンを短く連射。
顔を出していたスケバンたちが反射的に遮蔽物へ引っ込む。
その一瞬で左へ。
停車していた車のボンネットを蹴り、そのまま反対側へ飛び降りる。
「こっち!」
「撃て撃て!」
「逃がすな!」
弾丸が車体を叩く。
金属音が連続し、窓に残っていたガラスが粉々に砕けた。
その中をユウカが走る。
一発。
二発。
制服越しに弾丸がぶつかる。
「っ!」
身体がわずかに揺れる。
それでも止まらない。
左手の銃を振り向きざまに撃ち、後ろから追ってきた二人を牽制。
次の遮蔽物へ飛び込む。
さらに走る。
「先生!」
「そのまま!」
答えはすぐ返ってきた。
「青い車より前には出なくていいよ!」
「分かってます!」
ユウカが最後の数メートルを一気に詰めた。
銃弾が足元で跳ねる。
肩にも一発。
脇腹にも何発か。
「痛っ……!」
けれど、それで足が止まることはない。
青い車体の後ろへ滑り込む。
「到着!」
「了解」
先生の返事を聞いた瞬間。
「いたぞ!」
「こっちに一人来た!」
「囲め!」
予想通り、敵が動き始めた。
正面から数人。
右からも四人ほど。
それとは別に、左側の路地へ走り込んでいく影が見える。
ユウカが車体越しに二丁の銃を構えた。
「……なるほど」
ようやく、少し分かった。
自分を前へ出した理由。
倒すためではない。
動かすためだ。
「スズミ」
先生の声。
「はい」
「左、来るよ」
「確認しています」
スズミはすでに走り出していた。
建物と建物の間。
二人並べば肩が触れそうなほど狭い路地へ入る。
壁には室外機や配管。足元には捨てられた箱やゴミ袋が散乱している。
その奥から複数の足音が迫った。
「こっちから回れば――」
「いた!」
角の向こうから声。
スズミは身体を壁へ寄せる。
アサルトライフルを片手へ預け、空いた手を腰へ伸ばした。
取り出したのは、金属製の筒型をした閃光手榴弾。
ピンを抜く。
一拍。
角へ向かって投擲。
「何か来た――」
白。
一瞬、細い路地から色が消えた。
続いて爆ぜる鋭い音。
「っあ!?」
「目が!」
「耳……!」
悲鳴が重なる。
その中へ、スズミが出る。
止まっていたのは一秒にも満たない。
肩付けしたアサルトライフルの銃口が、一番手前の相手へ向く。
短い三連射。
次。
さらに二発。
視界を奪われた生徒たちはまともに狙いを付けることもできず、次々と地面へ転がった。
もちろん、それで命を落とすわけではない。
ヘイローを持つキヴォトスの生徒は、そもそも頑丈だ。
ただ、撃たれれば痛い。
まともに何発も受ければ、しばらく立てなくなる。
そして――戦闘の最中なら、それで十分だった。
「こちら、止めました」
「ありがとう」
先生の声が返る。
スズミはもう一つ閃光手榴弾へ手を伸ばしかけた。
「それはまだ取っておいて」
ぴたりと止まる。
「……了解しました」
先生はここから見えていないはずだ。
それなのに、自分が次の手榴弾へ触れようとした瞬間に声が飛んできた。
スズミは一度だけ、路地の入口の向こうへ目を向ける。
先生は別の方向を見ていた。
「屋上!」
チナツの声が飛んだ。
大通りに面した三階建ての建物。
その屋上から、数人の生徒が身を乗り出している。
狙っているのは――ユウカ。
「ハスミ」
「見えています」
返事と同時。
ハスミの狙撃銃が持ち上がる。
先生が横から覗き込んだ。
「あそこ、さっき話してた距離より遠い?」
「いいえ」
ハスミの声は落ち着いている。
「この程度なら問題ありません」
「じゃあお願い」
「承知しました」
照準器の向こう。
最初に捉えたのは、屋上の縁へ身を乗り出した一人。
ユウカへ銃を向けている。
銃声。
その生徒の身体が大きく揺れ、屋上の奥へ転がった。
すぐに照準が動く。
二人目。
こちらは伏せようとしていた。
引き金。
間に合わない。
三人目は窓際。
直接こちらを狙っているわけではない。
だから後回し。
その奥。
長銃身の武器を持っている相手を先に。
銃声が一発ずつ響くたび、ユウカを狙っていた火線が消えていく。
先生は横でそれを見ているだけだった。
右。
左。
何番目。
そんな指示は一切しない。
必要な場所を示しただけ。
後はハスミ自身へ任せている。
「……右側、抑えました」
「ありがと」
短い返事。
それだけなのに。
ハスミはほんの少しだけ目を細めた。
その間にもユウカへの銃撃は止まらない。
「しぶとい!」
「もっと撃って!」
「うるさいわね!」
二丁のサブマシンガンが吠える。
車体の左右から交互に撃ち、近づこうとする生徒の足を止める。
右から二人。
正面に三人。
「ユウカ、右」
「見えてます!」
「左は見なくていいよ」
「え?」
次の瞬間。
左の路地から飛び出そうとした生徒が、アサルトライフルの連射に押し戻された。
スズミだ。
「……!」
「そっちはスズミが見てるから」
ユウカは咄嗟に正面へ向き直る。
さっきまでなら。
右。
左。
正面。
屋上。
全部を自分でも警戒しようとしていた。
けれど今は違う。
左は見なくていい。
上も気にしなくていい。
だから正面だけに集中できる。
引き金。
右手。
左手。
銃声が途切れない。
「くっ……!」
車体へ弾丸が集中した。
金属板が凹み、砕けた破片が散る。
ユウカの身体にも何発も当たった。
「いったぁ……!」
歯を食いしばる。
それでも普通に立っている。
さらに二発。
三発。
そのうちの一発が、二の腕を掠めた。
「っ!」
今までとは違う痛み。
制服の袖が裂ける。
皮膚に赤い線が走った。
ユウカが目を剥く。
「痛たぁ……!」
腕を見て。
次に敵が使っている弾薬を見る。
「痛いわね、あいつら! 違法JHP弾使ってるじゃない!」
「え?」
先生が思わず聞き返した。
「違法なの?」
「うちの学校ではこれから違法になるの!」
ユウカが怒鳴る。
「傷跡が残るでしょ!」
「これから?」
「今決めました!」
「ユウカさん! 今は校則を決めている場合ではありません!」
チナツのもっともな指摘が飛んだ。
「だって痛いのよ!」
「それは分かりますけど!」
ハスミの狙撃音が一発。
ユウカへJHP弾を撃ち込んでいた生徒の銃が手から弾かれた。
「……少なくとも、今はそちらに集中してください」
「ハスミ副委員長まで!」
「私も傷跡が残るのは嫌ですから」
「そこ!?」
そんなやり取りをしている間にも、銃声は続く。
先生だけは小さく笑ったあと、すぐにユウカの動きを見る。
走り方に乱れはない。
銃も両方使えている。
呼吸もまだ問題ない。
腕の傷も、戦闘継続ができないほどではない。
「ユウカ」
「何ですか!」
「一回戻ろう」
「……え?」
ユウカが振り返った。
「これくらい平気ですよ?」
「うん。見れば分かる」
「なら――」
「だから戻ってきて」
先生は少し先を指さした。
「その場所、もう十分使ったから」
「……場所?」
「うん」
それだけ言って、今度はスズミを見る。
「スズミ、少しだけ正面寄りに出られる?」
「可能です」
「ハスミはそのまま。右の建物だけお願い」
「承知しました」
「チナツ」
「はい!」
「ユウカが戻ってきたら、怪我の具合を見てあげて」
「分かりました」
「だから私、治療が必要なほどじゃ――!」
「傷跡残るんでしょう?」
「……それは残るかもしれませんけど」
「じゃあ見てもらおう」
「むぅ……」
不満そうな声を出しながら、ユウカは後退した。
その瞬間。
前へ出てきた敵が一斉に追おうとする。
「逃げるぞ!」
「押せ!」
「今――」
角から小さな物体が転がった。
「あ」
スズミの閃光手榴弾――ではない。
ただの空き缶だ。
一瞬。
敵の何人かが反射的に足を止める。
その隙を逃さず、スズミのアサルトライフルが火を吹いた。
「フェイクまで使うんだ……」
先生が感心したように呟く。
「次は本物だと思わせられますので」
「なるほど」
スズミが淡々と答える。
その後ろをユウカが抜けた。
「見せてください」
戻ってきたユウカの腕を、チナツがすぐ確認する。
「だから大したことないって」
「大したことがあるかどうかは私が判断します」
「む……」
裂けた袖を少し捲る。
傷は深くない。
出血もごく少量。
「本当に軽傷です。ただ――」
「ほら」
「消毒くらいはします」
「えー」
「傷跡が残るのが嫌なんでしょう?」
「……お願いします」
急に素直になった。
先生がそのやり取りを横目で見て、笑う。
「元気そうでよかった」
「元気ですよ!」
「うん」
「あと、私まだ余裕ありますからね?」
「それも分かってるよ」
「じゃあ、どうして戻したんです?」
チナツが腕へ処置をしている間、ユウカが尋ねる。
先生は大通りを見たまま答えた。
「その場所にユウカがいる意味が、もうなくなったから」
「……」
「あそこにユウカがいたから、正面の人たちが前へ出てきたでしょう?」
指された先を見る。
確かに。
最初はバラバラだった敵の一部が、ユウカを追って大通りへ出てきている。
逆に左へ回ろうとした集団はスズミに止められた。
高所の射手はハスミが抑えている。
元々広く散らばっていた敵が、いつの間にか一部の場所へ偏っていた。
「だから、もういい」
先生が言う。
「倒れるまでそこにいる必要なんてないでしょう?」
「…………」
「使い終わった場所からは動いた方がいいよ」
ユウカは少しだけ黙る。
「……先生」
「なに?」
「その言い方だと、私じゃなくて場所の方を使ってたみたいですね」
「そうだよ?」
「……」
先生は一度瞬きをしてから、小さく首を傾げた。
「処置終わりました」
治療を終えたチナツが手を離す。
ユウカは処置された腕を軽く回し、具合を確かめる。
「問題なし!」
「無茶はしないでくださいね」
「しないわよ」
そこで先生が指さした。
「じゃあ次、あの白いトラックまでお願いできる?」
ユウカがそちらを見る。
今までいた青い車より、さらにシャーレ側。
ただし正面ではない。
少し右へ逸れた位置。
「……なるほど」
今度はユウカにも少し見えてきた。
「了解です!」
再び飛び出す。
正面に集まっていた敵が、また反応した。
「そっちだ!」
「回り込め!」
「誰がそっち行けって言ったのよ!」
「はぁ!? そっちこそ!」
あちこちから怒鳴り声が飛び始める。
最初からまとまりがなかった。
それが、戦闘が長引くにつれて目に見えて酷くなっている。
前へ出たい集団。
右から回り込みたい集団。
後ろから銃撃したい集団。
互いの射線へ入り込み。
邪魔だと怒鳴り。
勝手に別方向へ動く。
「……首席行政官から聞いていた以上ですね」
ハスミが呟いた。
「なにが?」
先生が尋ねる。
「いえ」
ハスミは狙撃銃を構え直す。
「なんでもありません」
照準の中。
ユウカを狙おうとした敵の銃口が見えた。
一発。
武器を弾く。
別の敵が動く。
二発目。
止める。
地上ではユウカが二丁のサブマシンガンを交互に撃ちながら、遮蔽物から遮蔽物へ移っていく。
左ではスズミが、路地へ入ろうとした敵を牽制。
時折、閃光手榴弾へ手を伸ばす素振りだけを見せる。
それだけで、一度あの閃光を食らった生徒たちの動きが鈍った。
「……」
チナツが息を呑む。
戦い始めた時。
目の前には数十人いた。
今も人数自体は、それほど減っていない。
なのに。
自分たちへ一度に銃を向けてくる相手は、さっきから多くても数人。
それ以上になる前に。
誰かが路地へ入り。
誰かがユウカを追い。
誰かがハスミを警戒して高所へ下がる。
大軍だったはずの相手が、いくつもの小さな集団に分かれている。
チナツの視線が先生へ向いた。
先生は相変わらず、何でもないことのような顔で戦場を見ていた。
「増援だ!」
その時。
大通りの奥が騒がしくなった。
新たな武装集団が合流してくる。
さらに。
低いエンジン音。
先ほどまで奥に停まっていた装甲車両が動き出した。
「まだ増えるんですか!?」
ユウカがうんざりした声を上げる。
「多いねえ」
「他人事みたいに言わないでください!」
「ちゃんと困ってるよ」
「全然そう見えません!」
装甲車が大通りへ入る。
上部の機銃が旋回。
こちらを向こうとした。
だが。
「ちょっと! どいて!」
「押すな!」
「車来てるって!」
前に出ていた生徒たちが邪魔になった。
装甲車が急減速する。
後ろから来た別の集団まで重なり、狭くなった道路で身動きが取れない。
「……え」
ユウカが目を瞬く。
「もしかして……」
先生を見る。
「これも狙ってたんですか?」
「んー」
先生は少し考えた。
「あの人たち、仲悪そうだったから」
「それだけ!?」
「それだけじゃないよ」
先生は装甲車の前で揉めている生徒たちを見る。
「最初から無線が別々だったし、呼び方も違ったでしょう? 合図も統一されてなかったし、装備も揃ってない」
「……そこまで見てたんですか」
「あと、さっきから誰も他の集団のこと気にしてなかったから」
先生は小さく笑った。
「たぶん、一緒に戦う練習してないんだろうなって」
その言葉を聞いて。
ユウカは大通りを見た。
人数が多い。
だから強い。
そう思っていた。
けれど。
人数が多いからこそ。
まとまれなければ、互いに邪魔になる。
「スズミ」
「はい」
「さっき残しておいたやつ、使おうか」
スズミの手に、最後の閃光手榴弾。
「どこへ?」
「装甲車の前。少し右」
スズミは一瞬だけその位置を見る。
「……了解しました」
走る。
遮蔽物から腕だけを出す。
投擲。
手榴弾が地面を跳ねた。
「何か――」
白い閃光。
今度は開けた大通り。
それでも、装甲車の前で密集していた生徒たちには十分だった。
「うわっ!」
「またそれ!?」
機銃手も思わず顔を背ける。
「ハスミ」
「はい」
一発。
装甲車上部の照準器が砕ける。
二発目。
機銃の付け根に火花。
完全に破壊できなくてもいい。
まともに狙えなければ、それでいい。
「ユウカ、今なら前に出られるよ」
「任せて!」
二丁の銃が同時に火を噴いた。
装甲車の周囲で混乱していた生徒たちが、慌てて遮蔽物へ逃げ込む。
ユウカはその中央へ突っ込むような真似はしない。
車体の死角。
機銃から見えない位置を抜ける。
左から敵。
そこへスズミの射撃。
屋上で動く影。
ハスミの一発。
後方から追おうとした生徒には、チナツが拳銃を撃った。
一発目は足元。
止まらない。
二発目。
「きゃっ!」
肩を撃たれた生徒がよろめく。
「先生、こちらへ」
「うん」
チナツはすぐ先生の前へ戻った。
自分から敵を追うことはしない。
あくまで、ここを抜けて先生へ近づこうとする相手だけ。
「……本当に」
チナツが小さく呟く。
道が見えている。
最初はどこにもなかったはずの、シャーレへ続く一本の道。
そして。
その時。
聞き慣れない音がした。
「……?」
先生が顔を上げる。
銃声ではない。
装甲車のエンジンでもない。
低く。
唸るような音。
大通りの奥。
壊れたバリケードの向こうから、一人のスケバンが出てきた。
両手に抱えているものを見て、ユウカが眉を寄せる。
「何、あれ……?」
銃。
形だけなら、そう呼べる。
けれど。
大型火器にしては妙に短い。
そのくせ銃身の周囲には不自然なほど多くの機械部品が取り付けられている。
側面。
金属製のカバーの隙間に、何か細長いものが埋め込まれていた。
薄く。
脈打つように光っている。
「さっきまで、あんなものは……」
チナツが呟く。
「使っていませんでしたね」
ハスミの銃口がそちらへ向く。
「違法改造品?」
「……それにしては」
スズミが目を細めた。
スケバンが武器を構える。
低い音が一段高くなる。
先生の目が僅かに見開かれた。
「みんな――伏せて!」
引き金。
音が消えた。
そう錯覚した直後。
空気そのものが爆ぜた。
「っ――!」
見えない壁が大通りを走る。
放置されていた車が大きく揺れ、残っていたドアが蝶番ごと吹き飛ぶ。
看板が千切れる。
コンクリートのバリケードに亀裂が走り、破片が周囲へ散った。
ユウカは咄嗟に腕を交差させた。
直撃。
「っく……!」
靴底が道路を削る。
一メートル。
二メートル。
身体ごと押し戻される。
「ユウカ!」
「大丈夫!」
ユウカはすぐに顔を上げた。
腕が痺れている。
身体の奥まで響くような衝撃。
通常の銃撃とは明らかに違う。
「なに今の……!」
その声には、さすがに驚きが混じった。
「通常火器ではありませんね」
ハスミも表情を険しくする。
スズミが砕けたバリケードを見る。
「威力が異常です」
「……うん」
先生の声から、先ほどまでの軽さが少しだけ消えた。
「これは、ちょっと予定外かな」
「先生、下がってください」
チナツがすぐ前へ出る。
「私は大丈夫」
「先生は私たちと違います」
「……うん」
その一言には素直に従った。
先生が壁の奥へ一歩下がる。
だが視線は大型銃から離れない。
敵が再び構え直している。
「先生!」
「待って」
ハスミの狙撃銃が動きかける。
先生は止めた。
「まだ撃たなくていい」
大型銃。
構え直しただけで、発射しない。
敵自身も何かを待っている。
武器の側面。
先ほど光っていた部分は暗い。
微かな蒸気。
一秒。
二秒。
三秒。
四秒。
まだ。
五秒。
機械音。
六秒。
光が戻り始める。
「……連射できない」
先生が呟いた。
同じものを見ていたハスミが、わずかに目を見開く。
「はい」
「七秒前後かな」
「……おそらく」
ハスミの返事が一瞬だけ遅れた。
「冷却か、再充填の時間が必要なのでしょう」
「うん。あと――」
先生はさっきの一撃を思い出すように目を細める。
「撃つ直前、構えが止まるね」
ユウカが大型銃を見る。
「確かに……」
「反動が大きいんだと思う。あれを動きながら撃つのは難しそう」
先生の目が大通りを走った。
位置。
距離。
遮蔽物。
そして四人。
「次で止めよう」
「もうですか?」
ユウカが驚く。
「うん」
「作戦は?」
「さっきまでと同じ」
「同じ?」
先生は四人を見る。
「みんなが得意なことをするだけ」
大型銃が光る。
「ユウカ」
「はい!」
「右へ走って」
「撃ちます?」
「撃たなくていい。見せるだけ」
一瞬。
ユウカはその意味を理解した。
「了解!」
飛び出す。
「いた!」
大型銃の銃口がユウカを追う。
「スズミ」
「はい」
「閃光は?」
「もうありません」
「そっか」
先生は一瞬考えた。
「じゃあ、何か投げられる?」
「何か?」
「敵が反射的に目を逸らすもの」
スズミの視線が足元を走る。
砕けた道路。
空き缶。
ガラス片。
そして――。
先ほど敵が落とした小型の煙幕弾。
拾う。
「これなら」
「お願い」
大型銃。
ユウカを追う。
「まだ」
先生の声。
ユウカが走る。
「まだ」
大型銃の側面が光り始めた。
敵の足が止まる。
銃口が固定される。
「今」
スズミが煙幕弾を投げた。
真正面ではない。
銃を構えたスケバンの横。
白い煙が一気に吹き上がる。
「なっ……!」
敵の視線が逸れる。
「ハスミ」
「はい」
狙撃音。
一発。
大型銃そのものではない。
側面。
光っている機械部品。
火花が散った。
「え?」
スケバンが引き金を引く。
大型銃が唸る。
しかし。
衝撃波は出ない。
「ユウカ、前!」
「はい!」
今度は止まらない。
ユウカが一気に距離を詰める。
二丁のサブマシンガン。
右。
左。
周囲にいた敵を次々と押し下げる。
「スズミ、左!」
「了解!」
アサルトライフルの射撃がユウカの死角を潰す。
「ハスミ、上!」
「承知しました」
屋上からユウカを狙おうとした銃が、一発で弾かれる。
「チナツはユウカの後ろ! でも前に出すぎないで!」
「はい!」
チナツが走る。
拳銃は下げない。
ただし撃つのは、こちらへ近づく敵だけ。
ユウカを追うのではなく。
ユウカがもし崩れた時、すぐ手が届く距離を保つ。
一人。
二人。
四人が動く。
同じ方向へ走っているのに、誰一人同じ戦い方をしていない。
ユウカは前へ出る。
二丁の銃と持ち前の頑丈さで敵の視線を引きつけながら、前線そのものを押し上げる。
スズミはその横。
細い場所。
死角。
敵がまとまって動こうとする場所を潰していく。
ハスミは遠い。
けれど、その一発は誰より早く危険な場所へ届く。
そしてチナツは後ろ。
必要以上に撃たない。
誰か一人だけが前へ出すぎないように。
先生へ敵を近づけないように。
全体を支える。
「今!」
先生の声が響いた。
「そのまま抜けよう!」
「了解!」
ユウカが大型銃を持った生徒の横を駆け抜ける。
スズミ。
チナツ。
先生。
最後にハスミが後退しながら一発。
追おうとしていた敵が足を止めた。
残された者たちが後を追おうとする。
「待って! 車が邪魔!」
「誰よこんなところに止めたの!」
「そっちから回れ!」
「そっちはさっき閃光投げてきた奴がいるって!」
「じゃあどっち行けばいいのよ!」
怒鳴り声だけが後ろから追ってくる。
倒れたバリケード。
止まった装甲車。
狭い路地。
互いに邪魔し合う集団。
数は、最後まで向こうの方が多かった。
それでも。
一度として。
その全員を相手にすることはなかった。
最後の角を曲がる。
銃声が遠ざかった。
「……」
ユウカが足を止める。
振り返った。
追手はいない。
ハスミも。
スズミも。
チナツも。
しばらく無言で後ろを見る。
「……本当に」
ユウカの口から声が漏れた。
「突破しちゃった……」
「うん」
先生は普通に頷いた。
まるで最初から、そうなることを知っていたように。
けれど。
次の言葉は戦果の確認ではなかった。
「みんな、大丈夫?」
「え?」
「怪我」
先生が四人を順番に見る。
「ユウカは腕以外にも痛いところある?」
「全身何発かもらってるから痛いには痛いですけど……普通ですよ」
「普通なんだ……」
「キヴォトスでは普通です」
「なるほど……」
先生が妙に感心している。
「スズミは?」
「問題ありません」
「ハスミ」
「私も」
「チナツは?」
「大丈夫です、先生」
「そっか」
そこでようやく。
先生の肩からわずかに力が抜けた。
「よかった」
「……」
チナツが先生を見る。
さっきまで。
何十人もの位置を把握し。
こちらの動きと敵の動きを同時に見て。
未知の武器が出てきても、ほとんど迷わず次の指示を出していた人。
その人が。
今は四人が痛いところはないかと確認している。
「先生」
「なに?」
「戦っている間も……ずっと私たちを見ていたんですね」
「そりゃ見るよ」
先生はきょとんとした。
「先生だから」
「…………」
チナツはそれ以上言わなかった。
隣でユウカがじっと先生を見る。
「先生」
「うん?」
「やっぱり聞いていいですか?」
「なにを?」
「先生って、何者なんです?」
先生は少し考えた。
「先生?」
「それはもう知ってます!」
「あれ」
「肩書きを聞いてるんじゃありません!」
「難しい質問だなあ……」
「どこがですか!」
先生が困ったように笑う。
ハスミはそんな二人を見ながら、小さく息を吐いた。
「初めて私たちと行動したとは思えませんね」
「でも、今日初めて会ったよ?」
「そういう意味ではありません」
「そっか」
「……分かっていますか?」
「多分?」
「多分……」
ハスミの目が僅かに細くなる。
スズミがその横から言った。
「ですが、非常に動きやすい指示でした」
「ほんと?」
先生の表情がぱっと明るくなる。
「はい」
「よかったあ」
「……なんで褒められた子供みたいになってるんですか」
「褒められたら嬉しいでしょう?」
「それはそうですけど」
「私も嬉しいよ?」
「そういうところですよ!」
ユウカが額を押さえた。
先生は何を怒られているのかよく分からない顔をしている。
その様子を見て。
チナツも。
スズミも。
ハスミでさえ。
ほんの少しだけ緊張を解いた。
先生がふと振り返る。
「……そういえば」
「今度は何ですか?」
「さっきの武器」
空気が少し変わった。
ユウカも振り返る。
遠くに。
煙の向こう。
壊された大型銃が道路へ転がっている。
「あれ……私も見たことない」
「一般流通している兵器ではありませんね」
ハスミが答える。
「違法改造にしては、あの出力は異常です」
スズミも続ける。
「本体の大きさと威力が釣り合っていません」
「だよねえ」
先生は頬へ指を当てた。
「なんか変なの入ってたし」
「見えたんですか?」
「ちらっと」
金属部品の間。
細長く。
光っていたもの。
先生にも、それが何なのかは分からない。
ただ。
銃そのものよりも。
あの部品の方が妙に気に掛かった。
「回収しますか?」
ハスミが問う。
先生は少し迷った。
後方では、まだ敵の声がする。
「今戻るのはやめておこう」
「賛成です」
ユウカが即答した。
「せっかく突破したんですから」
「だね」
先生はもう一度だけ大型銃のあった方を見る。
「あとで調べられるなら調べよう」
そして。
前へ向き直った。
「今は――」
そこで先生の言葉が止まる。
「……あれ?」
「どうしました?」
ユウカが尋ねる。
先生は目の前にそびえる建物を指さした。
「もしかして、あれがシャーレ?」
「そうですけど」
「へえ……」
先生が建物を見上げる。
「意外と立派」
「今まで何だと思ってたんですか……?」
「もっとこう……秘密基地っぽいのを想像してた」
「どうしてですか!?」
「独立捜査部でしょう?」
「だからって秘密基地にはなりません!」
「地下司令室とか」
「知りません!」
「隠し通路」
「ありません!」
「まだ中にも入ってないのに?」
「先生が期待しているものは多分ありません!」
「そっかあ……」
本気で残念そうだった。
「……先ほどまでの方と同一人物とは思えませんね」
ハスミがぽつりと言った。
「同感です」
スズミも頷く。
「ハスミ副委員長まで……!」
ユウカの声が響く。
先生は何がおかしいのか分からないまま、四人と一緒にシャーレへ歩き出した。
つい数分前まで。
あれだけの銃声が響いていた大通り。
けれど五人の間だけは、もう戦場の空気が薄れ始めていた。
* * *
――その少し離れた場所。
高層建築の屋上を、風が吹き抜ける。
そこに。
一人の少女が立っていた。
長い髪が風に流れる。
頭には狐の耳。
そして顔を覆う、狐面。
「…………」
少女は何も言わず。
遠くを歩いていく六人を眺めていた。
五人には見覚えがある。
ミレニアム。
トリニティ。
ヴァルキューレ。
そして連邦生徒会。
それぞれ異なる学園の生徒たち。
けれど。
その中心にいる一人だけは違う。
ヘイローもない。
武器も持っていない。
それなのに。
先ほどの戦いでは。
なぜか、あの人物を中心にすべてが動いていた。
噂は耳にしている。
連邦生徒会長が姿を消した、この時期。
連邦生徒会が外部から招き入れたという、正体不明の大人。
少女の目が、狐面の奥で僅かに細くなる。
「……あの方が」
風の中。
小さな声が漏れた。
「『先生』……?」
連邦生徒会が外部から招き入れたという、正体不明の大人。
武器も持たず、ヘイローもない。
それでいて、先ほどの騒ぎを四人の生徒と共に突破してきた人物。
「なるほど……」
ワカモはそれだけ呟くと、六人から視線を外した。
今の彼女にとって、それ以上の興味を向けるほどの存在ではなかった。