青の記録 ―二つの記憶が交わる時― 作:きままに投稿
「全員、動くよ」
先生の一言で、管理室の空気が完全に切り替わった。
つい先ほどまで中央管理端末を囲んでいた全員が、一斉に周囲へ意識を向ける。
天井近くの警告灯が回転を始め、薄暗い室内を断続的な赤色で染めていた。施設の奥から響く重い駆動音も止まらない。それどころか、一つだった音が二つ、三つと増え、別々の場所で何かが動き始めていることを知らせている。
「翔。コピーは?」
「六割ちょっと!」
翔は中央管理端末と接続した調査用端末を見る。
転送は六十三パーセントで止まっていた。
一方、元の管理画面ではログの削除が今も進んでいる。時刻も、搬入口の開閉記録も、一行ずつではなく、まとまった単位で消えていく。
「こっちに入った分は残ってる?」
「ああ。途中までなら」
「じゃあ、それでいい。切って持っていこう」
「でも、まだ――」
「全部取ることより、全員でここから出る方が先」
迷いはなかった。
翔も一瞬だけ画面を見た後、すぐに頷く。
「……了解」
接続を解除して調査用端末をしまう。
その直後だった。
管理室の照明が一斉に落ちる。
「きゃっ!?」
アルの声が暗闇へ響いた。
完全な闇になったのは一瞬だけ。
次の瞬間、壁際の非常灯が点灯する。
赤い光。
そこに、施設図を表示したカヨコの端末だけが白い光を浮かべていた。
「通常電源が落ちた」
カヨコが画面を確認する。
「でも、非常系統は生きてる」
「ログは?」
「消去継続中。中央管理端末だけじゃない」
指先で表示を切り替える。
「搬入口制御、荷役設備、通信系統……順番に切られてる」
「誰かが外からやってる?」
先生の問いに、カヨコは僅かに間を置いた。
「可能性は高い」
断定はしない。
けれど、これが単なる老朽化による故障ではないことは、もう誰の目にも明らかだった。
その時。
管理室の外から、規則的な機械音が聞こえた。
一つではない。
小さな駆動音がいくつも重なり、こちらへ近づいてくる。
「来る」
シロコがアサルトライフルを構えた。
同時に、小型ドローンが彼女の傍らから浮かび上がる。
直後、通路の角から警備機が姿を現した。
二機。
さらに、その後ろにも複数。
長期間使われていなかったのか、外装には薄く埃が積もっている。それでも正面の光学センサーだけは赤く灯り、機体側面の銃口がこちらへ向けられた。
『侵入者を確認』
「……侵入者?」
アルの顔が引きつる。
『施設保全手順を開始します』
「伏せて!」
先生の声と同時に銃声が響いた。
その瞬間、ホシノが一歩前へ出る。
盾を斜めに構え、先生たちへ向かった弾丸をまとめて受け止めた。
甲高い音。
火花が散る。
「先生、下がって」
「ありがとう、ホシノ」
「これくらいならねえ」
いつもの気の抜けた口調。
けれど、盾の向こうから敵を見る瞳だけは鋭い。
「シロコ、左」
「ん」
先生に言われるよりわずかに早く、シロコのドローンが高度を上げた。
機体下部から小型ミサイルが放たれる。
一直線に飛んだ一発が左側の警備機へ着弾。
爆炎の中で姿勢を崩した機体へ、シロコのアサルトライフルが追撃を叩き込んだ。
光学センサー。
推進部。
必要な箇所だけを正確に撃ち抜かれ、機体が床へ墜落する。
「アル、右奥! 先頭を狙える?」
「え?」
アルが通路の奥を見る。
一機。
その背後に二機。
「……狙えるわ!」
「お願い!」
「ちょ、ちょっと!」
反論しながらも、身体はすでに動いていた。
狙撃銃を肩へ当て、一瞬だけ呼吸を止める。
銃声。
放たれた弾丸が先頭の機体へ直撃した。
次の瞬間。
着弾点から爆発が弾ける。
吹き上がった炎と破片が、その後ろを飛んでいた二機までまとめて巻き込み、一機が壁へ叩きつけられた。
「よし」
「よし、じゃないわよ!」
アルが狙撃銃を構え直しながら叫ぶ。
「何で私が普通にあなたの指示に従ってるのよ!?」
「できると思ったから」
「そういう話!?」
「アルちゃん、ちゃんと褒められてるよ~」
ムツキは楽しそうに笑っていたが、その目はすでに次の敵を捉えていた。
さらに警備機が通路へ入り込んでくる。
「ムツキ」
「なあに、先生?」
「あの三か所、まとめて止められる?」
先生が示したのは、敵が固まり始めた左右と中央の三地点。
ムツキの笑みが深くなる。
「いい場所選ぶね~」
腰の装備へ手を伸ばす。
一つ。
二つ。
三つ。
放り込まれた爆薬が、それぞれ別の場所へ転がった。
警備機がその上を通過しようとした瞬間。
「それじゃあ――どーん♪」
三方向で爆発が連続する。
炎と衝撃波に挟まれ、警備機の隊列が一気に崩れた。
その隙間から数機が低空で抜けてくる。
「ハルカ、正面!」
「は、はい!」
ハルカが一歩前へ出た。
ショットガンを構える。
「い、行きます!」
轟音。
一発。
すぐに銃口を横へ振る。
二発。
三発。
狭い通路いっぱいへ広がるように叩き込まれた散弾が、接近してきた複数の警備機をまとめて捉えた。
「アル様には近づけさせません!」
最後の一射。
外装とセンサーを削られた機体群が、まとめて壁や床へ叩きつけられる。
「ハルカ!」
「は、はい! すみません!」
「何で謝るのよ! よくやったわ!」
「ア、アル様……!」
ぱっと表情が明るくなる。
だが、一機だけ爆発の影を抜けていた。
「社長、左」
カヨコの声。
「え?」
アルが振り向くより先に、カヨコの拳銃が火を噴く。
センサー付近へ一発。
さらに床際へ一発。
進路を遮られた機体が回避動作へ入り、その一瞬だけ速度を落とした。
「シロコ」
「ん」
シロコが手榴弾を投げる。
警備機の進路上で爆発。
浮き上がった機体へ、上空からドローンのミサイルが突き刺さった。
爆炎が収まる。
今見えている警備機は、すべて動きを止めていた。
だが、遠くから聞こえる駆動音はまだ消えていない。
「次が来る前に出るよ」
先生はすぐに切り替えた。
カヨコが僅かに目を細める。
先生は自分たちと戦ったことがない。
少なくとも、便利屋68が先生の指揮を受けたのは今が初めてだ。
それなのに。
アルには遠距離から狙うべき標的を。
ムツキには複数の敵が固まる位置を。
ハルカには近距離で火力を活かせる狭い正面を。
自分には周囲を見る余裕を残した位置を。
ほんの僅かな動きだけで、それぞれが最も力を出しやすい形へ置かれている。
指示も細かすぎない。
何を止めるべきかだけを示し、方法は本人に任せている。
だから妙に動きやすかった。
(……この人)
昨日、ラーメン屋で妙なことを言っていた大人とは、とても同一人物には見えない。
「カヨコ」
「……何?」
「出口、確認できる?」
考えるのは後。
カヨコはすぐ端末へ視線を戻した。
「正面搬入口は閉鎖済み」
「他は?」
「西側に整備用通路。そこから副搬入口へ出られる」
「開いてる?」
「……遠隔ロック」
「翔」
「分かった」
名前を呼ばれただけで意図を察し、翔が近くの制御盤へ駆け寄る。
「現地の手動解放が生きてれば開けられるかもしれない」
「場所は?」
「副搬入口の脇。そこまで行かないと分からない」
「じゃあ、そこへ向かおう」
先生が即座に決めた。
「シロコ、前をお願い。カヨコは道を見て」
「ん」
「分かった」
「ホシノは最後尾」
「はいはい~」
「アルたちはその間。ばらけないで」
「だから何であなたが――」
アルが言いかける。
遠くで、再び機械音。
「アル」
「……分かったわよ!」
今度は最後まで言わず、素直に走り出した。
* * *
整備用通路は狭かった。
大型荷物を運ぶ場所ではなく、作業員が設備点検に使っていた通路らしい。古い配管とケーブルが天井近くを這い、一定間隔で設置された赤い非常灯が足元を照らしている。
先頭を進んでいたシロコが、角の手前で止まった。
自分では覗かない。
傍らのドローンだけを先行させる。
壁の向こうから送られてきた映像へ目を走らせた。
「前、四機」
「配置は?」
「手前に二機。奥に二機」
先生が通路の幅と周囲の設備を見る。
「ムツキ。後ろから来られないようにできる?」
「できるよ~」
ムツキがしゃがみ込み、通ってきた床へ小型の地雷を間隔を空けて仕掛け始める。
アルがそれを見て眉を上げた。
「ちょっとムツキ。その分、ちゃんと経費内なんでしょうね?」
「え~?」
「ムツキ!?」
「くふふっ。今は逃げる方が先じゃない?」
「あとで絶対確認するからね!」
「は~い」
「シロコ。手前を崩して」
「ん」
シロコが角から片腕だけを出した。
手榴弾が床を転がる。
飛行する二機の真下で爆発。
衝撃を受けた警備機の隊列が乱れた。
「ホシノ、今」
「はいはい~」
ホシノが盾を前に、一気に角を抜ける。
集中する銃撃。
真正面から受けながら距離を詰める。
一発。
二発。
盾を僅かに傾けるだけで、後ろへ抜ける射線まで潰していく。
手前の二機が、正面へ意識を集中させた。
「そこだねえ」
ショットガンが火を噴いた。
盾で押し込みながら、前方を薙ぐように連続して撃ち込む。
狭い通路へ轟音が連なる。
先頭の警備機が吹き飛び、もう一機も外装を大きく損傷して壁へ激突した。
防いで。
詰めて。
撃つ。
動きにほとんど途切れがない。
「アル、奥!」
「任せなさい!」
その背後。
ホシノの動きに反応した奥の二機を、アルが狙撃銃の照準へ収める。
一発。
直撃した機体を中心に爆発。
隣の一機までまとめて巻き込み、二機が壁際へ吹き飛んだ。
「通れるよ」
ホシノは何事もなかったように盾を下げる。
アルが思わず目を見開く。
(……やっぱり!)
入口で感じた嫌な予感。
あれは間違っていなかった。
盾で射線を管理しながら距離を詰め、相手が最も嫌がる位置へ潜り込み、そのまま火力を押しつける。
(この子、本当にヒナと同じ類じゃないの!?)
「アル、前見て」
「は、はい!」
先生に注意され、反射的に返事をする。
一拍遅れてアル自身が目を見開いた。
「何で普通に返事しちゃったのよ私!?」
「アルちゃん、先生の言うことよく聞くね~」
「聞いてない!」
「聞いてるよ」
カヨコの冷静な追撃。
「カヨコまで!?」
その時。
後方から機械音が響いた。
「あ、来た」
ムツキが振り返る。
追ってきた警備機が通路へ入る。
一機目が地雷の範囲へ踏み込んだ瞬間。
爆発。
少し遅れて二つ目。
三つ目。
爆炎が狭い通路を順番に塞ぎ、後続の警備機までまとめて巻き込んだ。
「くふふっ。追いかけっこはここまで」
「だからその地雷、いくらしたのよ!?」
「アルちゃん、今それ聞く?」
「会社のお金は大事でしょ!」
「社長」
カヨコが前を向いたまま言う。
「走って」
「分かってるわよ!」
戦闘の勢いを落とさないまま、一行は整備通路を進んでいく。
その間も翔は、壁際に並ぶ設備へ目を走らせていた。
ただシャッターを閉じただけではない。
通り過ぎる制御盤の表示が、一つずつ赤から消灯へ変わっている。
「……先生」
「どうしたの?」
「これ、封鎖だけじゃない」
「何が起きてる?」
「設備そのものを落としてる」
翔は走りながら一つの制御盤を覗き込む。
内部から焦げた臭いがした。
「管理端末だけじゃない。搬入口制御まで焼いてる」
「故障?」
後方を警戒していたホシノが聞く。
「いや」
翔は首を横へ振る。
「順番に処理してる」
「処理?」
アルが振り返る。
「記録を消した後、設備まで使えなくしてるみたいだ」
カヨコの足が僅かに緩んだ。
「……待って」
「カヨコ?」
走りながら自分の端末を操作する。
依頼書。
指定されていた破壊対象。
施設内部の設備配置。
「社長」
「何?」
「今、止められてる設備」
カヨコが画面を見たまま言った。
「私たちが壊すように指定されてた場所と、ほとんど同じ」
「……え?」
アルが目を見開く。
「中央管理端末。搬入口制御。荷役設備」
「それって……」
ハルカも表情を強張らせる。
「偶然かな?」
ムツキの笑みが少し薄くなった。
「分からない」
カヨコはいつも通り、決めつけない。
「でも、偶然にしては出来すぎてる」
アルが口を閉じる。
自分たちへ指定されていた仕事。
そして今、何者かが遠隔で使えなくしている場所。
ほぼ同じ。
「……だったら」
アルが低く呟く。
「最初から、自分たちで壊せたんじゃないの?」
誰もすぐには答えなかった。
「その話は後」
先生が言う。
声そのものは柔らかい。
けれど、今は完全に指揮官のものだった。
「まず外に出よう」
「……そうね」
アルも反論しなかった。
* * *
「ここ」
カヨコが足を止めた。
整備用通路の先。
重い防火扉を抜けた向こうに、小さな副搬入口がある。
しかし。
「閉まってる」
シロコがシャッターを見上げる。
「手動解放装置は?」
翔が周囲を探した。
「あれ」
壁際。
赤い非常用カバーの奥に、大型のレバーがある。
「私がやってみる」
先生が先に駆け寄り、カバーを開いた。
両手でレバーを握る。
「……っ」
足を踏ん張り、体重までかけた。
錆びた金属が僅かに軋む。
だが、それだけだった。
「……硬いね、これ」
「代わる」
翔が隣へ入る。
「かなり固まってるよ」
「分かった」
レバーを両手で掴み、足を踏ん張った。
先生が動かせなかったのだから、相当な抵抗が来る。
そう思って力を込めた――その直後。
「っと」
予想より早くレバーが動いた。
勢いをつけすぎた翔の身体が僅かに前へ流れる。
錆びた金属が大きく軋み、そのままレバーが下まで落ちた。
「開いた!」
ハルカが声を上げる。
「翔、意外と力あるね」
先生が少し目を瞬いた。
「最近鍛えてるからかな」
翔はそれだけ答え、すぐシャッターへ視線を戻した。
低い駆動音。
副搬入口のシャッターが、ゆっくりと持ち上がり始める。
その時。
背後から、再び複数の機械音が響いた。
「まだ来る」
シロコが振り返る。
「先生」
「分かってる」
先生は、上がっていくシャッターと迫ってくる音を交互に確認した。
「シロコ、外を見て」
「ん」
ドローンが先にシャッターの隙間を抜ける。
数秒。
「外、安全」
「アル、ムツキ。通路を止めて」
「了解!」
「は~い」
もう、アルは何も言わなかった。
「ハルカは抜けてきた相手をお願い」
「はい!」
「カヨコは全員出たか確認して」
「分かった」
「ホシノ」
「最後でしょ?」
「お願い」
「任せて」
アルが一瞬だけ先生を見る。
(……いつの間に、普通に全員まとめてるのよ、この人)
考えている暇はない。
「来るよ!」
ムツキが爆薬を投げる。
通路の先で爆発。
先頭の警備機群が乱れた。
「アル!」
「見えてる!」
狙撃。
中心の一機へ直撃。
爆発が周囲まで巻き込み、隊列をさらに崩す。
それでも数機が炎の隙間を抜けてきた。
「ハルカ!」
「はいっ!」
ショットガンが唸る。
扇状に叩き込まれる散弾。
先頭からまとめて吹き飛ばされる。
その間に、カヨコが外へ出る者を一人ずつ確認していた。
「シロコ、外」
「ん」
「ムツキ、出て」
「は~い」
「アル」
「分かってるわ」
「ハルカも」
「はい!」
五人が順番に外へ抜ける。
「翔も!」
「先生が先!」
「翔!」
「分かった!」
先生を先に通し、翔も外へ出る。
最後尾。
ホシノが一人、通路側を向いたまま残った。
警備機がまた迫る。
「ホシノ!」
「はいはい~。そんなに急かさなくても大丈夫だって」
盾を正面へ。
飛んできた弾丸をまとめて受け止める。
そのまま一歩踏み込んだ。
ショットガンが火を噴く。
一発。
二発。
前方一帯を薙ぐ連続射撃。
警備機の動きが止まった。
その一瞬でホシノが後退する。
地面を蹴り、閉まり始めたシャッターの下を滑り抜けた。
直後。
重い金属音とともに出口が閉ざされる。
一拍遅れて。
施設内部から鈍い破裂音が響いた。
大爆発ではない。
一つ。
少し間を空けて、もう一つ。
さらに奥で、何かが焼けるような音。
建物そのものは崩れない。
だが、窓の一部から細い黒煙が上がり始めていた。
「……」
全員がしばらく無言で施設を見る。
中央管理端末。
搬入口制御。
荷役設備。
便利屋68が壊すよう指定されていた場所。
今、その内部で何かが順番に使えなくなっている。
「……ねえ、カヨコ」
アルが口を開いた。
「何?」
「私たちにこの仕事を頼んだ相手」
煙の上がる施設を見たまま続ける。
「ここについて、かなり知ってたんじゃない?」
「多分」
カヨコは短く答えた。
「少なくとも、私たちに話してないことはかなりあると思う」
「でも……」
ハルカが不安そうに口を開く。
「私たちが中にいることを分かっていて、こんなことを……?」
「そこは分からない」
カヨコは首を横へ振った。
「中にいるのが私たちだって把握してなかった可能性もある」
「じゃあ、偶然巻き込まれただけ?」
ムツキが尋ねる。
「それも分からない」
カヨコは施設を見つめた。
「ただ、誰が中にいるか確認してから動かしたようには見えなかった」
アルの眉が僅かに寄る。
怒っている。
けれど、今はまだその怒りを向ける相手も、向こうが何を意図していたのかもはっきりしていない。
「社長」
「何?」
「今すぐ決める必要はないと思う」
カヨコが言った。
「依頼を続けるかどうかも含めて、一度向こうに確認した方がいい」
アルはしばらく黙っていた。
普段なら、もっと勢いよく何か言ったかもしれない。
けれど今回は簡単には答えなかった。
昨日の誘拐。
使われていない物流施設。
そこで見つかった記録。
その記録が残る中央管理端末への破壊指示。
そして、自分たちが中にいる最中に始まった遠隔処理。
怪しい。
それだけは、もう否定できない。
「……そうね」
やがてアルが答えた。
「一度、ちゃんと聞くわ」
「うん」
「何を隠してるのか。何でここを壊せなんて言ったのか」
そこで一度言葉を切る。
「それを聞いてから決める」
カヨコは頷いた。
先生も翔も、そこへ口を挟まなかった。
便利屋68が受けた仕事だ。
最後にどうするかまで、こちらが決めることではない。
「ねえ、カヨコちゃん」
ムツキがふとカヨコの端末へ視線を落とした。
「何?」
「そういえばさ」
依頼書の一文を指差す。
黒い仮面の戦士。
発見した場合、交戦を避け、場所、時刻、行動内容を報告すること。
「やっぱり、ここも変だよね」
アルも画面を見る。
「……仮面の戦士?」
「うん」
ムツキはいつものように笑っていた。
ただ、その笑みには少しだけ探るような色が混じっている。
* * *
「ここ」
先頭を進んでいたカヨコが足を止めた。
整備用通路の先には重い防火扉があり、その向こうに小規模な搬入口らしき空間が広がっている。
大型車両が通る正面側とは違い、保守作業や小型機材の搬出入に使われていた場所なのだろう。
天井は低く、壁際には古い制御盤や配管が並んでいた。
そして、その一番奥。
本来なら外へ繋がっているはずのシャッターは、床まで完全に下りていた。
「閉まってる」
シロコがシャッターを見上げる。
カヨコが端末を操作したが、表示されたのは無情な赤い文字だけだった。
「遠隔操作は駄目。こっちも中央系統から切られてる」
「手動解放装置は?」
翔が壁際を見回した。
完全に電源を落とされた設備でも、緊急時に内部から開ける手段くらいは残されているはずだ。
「あれ」
先生が示した先に、赤い非常用カバーがあった。
カバーの奥には、金属製の大型レバーが収まっている。
「私がやってみる」
先生が駆け寄り、カバーを開いた。
両手でレバーを握る。
「……っ」
足を踏ん張り、体重までかけて下へ押し込もうとする。
錆びた金属が低く軋んだものの、レバーはほとんど動かなかった。
「……硬いね、これ」
先生が息を吐く。
「代わる」
翔が隣へ入った。
「かなり固まってるよ」
「分かった」
先生と位置を入れ替わり、両手でレバーを掴む。
見るからに古い設備だ。先生が体重をかけても動かなかった以上、相当な抵抗があるだろう。
そう考えて足を踏ん張り、強く力を込めた。
「っと」
予想していたより早く、レバーが動いた。
掛けるつもりだった力が余り、翔の身体が僅かに前へ流れる。
錆びた金属が大きく軋みながら、一気に下まで落ちた。
「開いた!」
ハルカが明るい声を上げる。
先生も少しだけ目を瞬いた。
「翔、意外と力あるね」
「最近鍛えてるからかな」
翔は自分の手を一瞬だけ見たものの、すぐにシャッターへ視線を戻した。
今は考えている場合ではない。
低い駆動音が響き、長く使われていなかったシャッターが、引っ掛かるような音を立てながらゆっくりと持ち上がっていく。
外の光が細い隙間から差し込んだ。
だが、その時。
背後の整備用通路から、再び複数の駆動音が聞こえてきた。
「まだ来る」
シロコが即座に振り返り、アサルトライフルを構える。
「先生」
「分かってる」
先生は上がり続けるシャッターと、警備機が迫ってくる通路を交互に確認した。
高さはまだ、人一人が屈んでようやく潜れる程度。
「シロコ、先に外を確認して」
「ん」
シロコの傍らからドローンが飛び上がり、シャッターの隙間を抜けて外へ出る。
数秒。
送られてきた映像を確認したシロコが頷いた。
「外、安全。敵影なし」
「ありがとう。アル、ムツキ。通路を止めて」
「了解!」
「は~い」
今度はアルも何も言わず、狙撃銃を構えた。
「ハルカは二人を抜けてきた相手をお願い。カヨコは全員が外に出たか確認して」
「はい!」
「分かった」
「ホシノ」
「最後でしょ?」
言われる前から分かっていたように、ホシノが盾を構え直す。
「お願い」
「任せて」
アルが一瞬だけ先生を見る。
(……いつの間に、普通に全員まとめてるのよ、この人)
旧物流施設へ入った時には、便利屋68は先生の指示を受ける立場ではなかった。
それが今では、自分も含めて誰もそのことを気にしていない。
考える余裕はなかった。
「来るよ!」
ムツキの声と同時に、通路の向こうへ爆薬が投げ込まれる。
直後、爆炎が狭い通路いっぱいに広がった。
先頭の警備機群が大きく姿勢を崩す。
「アル!」
「見えてる!」
炎が一瞬だけ途切れたところへ、アルの狙撃が突き刺さる。
中心の一機が炸裂し、周囲の機体まで巻き込んだ。
それでも、数機が爆煙の隙間を抜けてくる。
「ハルカ!」
「はいっ!」
ハルカのショットガンが唸った。
正面へ扇状に広がった散弾が、突破してきた警備機をまとめて捉える。先頭が吹き飛び、後続も壁へ弾かれた。
その間にもシャッターは上がり続けている。
十分な高さができた瞬間、先生が声を飛ばした。
「今! 順番に出て!」
シロコが最初に外へ滑り出る。
続いてムツキ、アル、ハルカ。
カヨコはその場に残り、一人ずつ外へ出たことを確認してから自分もシャッターを潜った。
「翔も!」
「先生が先!」
「翔!」
「分かった!」
有無を言わせない声音に押され、翔は先生を先に通してからその後を追った。
残るのは一人。
ホシノだけだった。
警備機が再び通路の奥から現れる。
「ホシノ!」
「はいはい~。そんなに急かさなくても大丈夫だって」
盾を正面へ向ける。
飛んできた弾丸が金属面へ次々と弾け、火花を散らした。
ホシノは下がらない。
むしろ一歩踏み込み、迫る警備機との距離を自分から詰める。
ショットガンが火を噴いた。
一発。
続けて、もう一発。
狭い通路だからこそ逃げ場がない。前方へ叩き込まれた散弾が機体群の動きをまとめて止める。
その一瞬で、ホシノは踵を返した。
下がり始めたシャッターへ駆け、最後は身体を低くして滑り込む。
直後。
重い金属音とともに、シャッターが床へ落ちた。
「……ふう」
ホシノが立ち上がり、制服についた埃を軽く払う。
「だから大丈夫って言ったでしょ?」
「大丈夫そうに見えても心配するものはするよ」
先生が返すと、ホシノは少しだけ困ったように笑った。
「先生は心配性だねえ」
「生徒相手ならこれくらいでちょうどいいの」
その会話を遮るように、施設内部から鈍い破裂音が響いた。
全員が振り返る。
爆発は一度で終わらなかった。少し間を置いて別の場所からも低い音が響き、やがて窓の一部から細い黒煙が上がり始める。
建物そのものを吹き飛ばすようなものではない。
むしろ、必要な部分だけを狙って一つずつ潰しているような壊れ方だった。
「……やっぱり」
翔が低く呟いた。
中央管理端末。
搬入口制御。
荷役設備。
便利屋68が依頼人から破壊するよう指定されていた場所と、今になって内部で停止している設備はほとんど重なっている。
アルも同じことを考えたのだろう。
「……ねえ、カヨコ」
「何?」
「私たちにこの仕事を頼んだ相手」
煙を吐き始めた建物を見たまま、アルが言う。
「ここについて、かなり知ってたんじゃない?」
「多分」
カヨコは短く答えた。
「少なくとも、私たちに話してないことはかなりあると思う」
「でも……」
ハルカが不安そうに二人を見る。
「私たちが中にいることを分かっていて、こんなことをしたんでしょうか……?」
「そこはまだ分からない」
カヨコは首を横へ振る。
「私たちが中にいたことまで把握してなかった可能性もある。それに、これが人の操作なのか、あらかじめ仕込まれていた処理なのかも今の時点じゃ断定できない」
「じゃあ、偶然巻き込まれただけかもしれない?」
ムツキが聞く。
「かもしれない。でも」
カヨコは再び施設へ目を向けた。
「少なくとも、誰が中にいるか確認してから動かしたようには見えなかった」
アルの眉が僅かに寄る。
わざと危険に晒されたのか。
単にそこまで気にされていなかったのか。
どちらにしても、気分のいい話ではない。
「社長」
「何?」
「今ここで決めなくてもいいと思う」
カヨコが続ける。
「依頼を続けるかどうかも含めて、一度向こうに確認した方がいい」
アルはしばらく答えなかった。
旧物流施設へ入る前までは、ただ少し妙な追加業務だと思っていた。
けれど中に入ってみれば、前日の利用記録があり、その記録を消すように設備が動き、自分たちが壊すよう指示されていた場所まで次々と使用不能になった。
偶然だと言われれば、そうなのかもしれない。
だからこそ、確かめる必要がある。
「……そうね」
やがてアルが頷いた。
「一度、ちゃんと聞くわ」
「うん」
「何を隠してるのか。それと、何でわざわざここを壊せなんて言ったのか」
少し間を置いて、アルは続ける。
「それを聞いてから決める」
カヨコも頷いた。
先生も翔も、そのやり取りへは口を挟まなかった。
便利屋68が受けた依頼のことまで、自分たちが決める権利はない。今ここで得られた情報を持ち帰り、自分たちは自分たちの側から調べる。それで十分だった。
「ねえ、カヨコちゃん」
ムツキがふと声を上げた。
「何?」
「そういえばさ」
カヨコの端末に表示された依頼内容を横から覗き込み、その一文を指差す。
黒い仮面の戦士を確認した場合、交戦を避け、その出現場所、時刻、行動内容を報告すること。
「やっぱり、ここも変だよね」
アルも端末へ視線を落とす。
「……仮面の戦士?」
「うん」
ムツキは普段と同じように笑っていた。
ただ、その目には少しだけ探るような色がある。
「アビドスへの妨害依頼なのに」
指先でその一文を軽く叩く。
「この人のことだけ、ずーっと気にしてる」
「……」
アルは黙る。
カヨコも何も言わない。
使われていない施設。
隠されていた記録。
自分たちへ指定されていた破壊箇所。
そして、黒い仮面の戦士にだけ向けられた、不自然なほど細かな指示。
まだ何も断定はできない。
それでも。
この依頼には、最初に聞かされていたものとは別の目的がある。
その疑いだけは、もう簡単には消えそうになかった。
* * *
ほどなくして、便利屋68は仲介人へ確認を取るため、一足先にその場を離れることになった。
「じゃあ、私たちは行くわ」
「うん。気をつけてね」
先生がいつもの調子で返す。
アルは一瞬だけ怪訝そうな顔をした。
「……私たち、一応そっちの敵かもしれないんだけど?」
「今のところはね」
「今のところって何よ」
「だって、さっきは一緒に逃げたし」
「だからって普通に心配する!?」
「先生だから」
横からシロコが淡々と言った。
「それで説明になるの!?」
荒野にアルの声が響き、ムツキが楽しそうに笑う。
そのままアルが踵を返しかけたところで、不意に動きを止めた。
「……あ」
「どうした?」
翔が振り向く。
アルは何かを思い出したように翔を見て、それから急に表情を強張らせた。
「あなた、風紀委員会から調査を頼まれてるのよね?」
「そうだけど」
「……今日、私たちと会ったことも報告するの?」
「アルちゃん、今さら気づいたの?」
「う、うるさいわね!」
ムツキの指摘にアルが振り返る。
「だって、この人が風紀委員会側だってこと、途中から完全に忘れてたんだもの!」
「社長、それ本人の前で言う?」
「カヨコまで!?」
翔は苦笑しながら二人のやり取りを見ていた。
だが、アルにとっては笑い事ではないらしい。
「まさかヒナにまで伝わったりしないわよね……?」
「何でそこでヒナが出てくるんだよ」
「出てくるでしょ! 風紀委員会なんだから!」
アルの声が一段高くなる。
「私たちがアビドスにいるって知られたら、またあの人が――」
「アルちゃん、落ち着いて~」
「誰のせいだと思ってるのよ!」
「私?」
「違うわよ!」
「社長、話が進まない」
カヨコに言われ、アルが咳払いする。
「と、とにかく。報告するの?」
今度は真面目な顔で聞かれ、翔も少し表情を改めた。
「会ったこと自体は報告すると思う」
「なっ――」
アルの顔が引きつる。
「でも」
翔は続けた。
「俺が頼まれてるのは疑似メモリ兵器の流通調査だ。お前らを捕まえる仕事じゃない」
アルが止まる。
「今日分かったことの中で、調査に関係する部分は伝える。ここが最近使われてたこととか、お前らがこの施設を壊すよう依頼されてたこととか」
「……依頼のことも?」
「ああ。今回の件と無関係とは言い切れないからな」
翔はそこで少し間を置いた。
「ただ、それ以上のことまで勝手に付け足すつもりはない。疑似メモリ兵器を持ってたわけでもないし、俺の仕事と関係ないところまで追いかける理由もない」
カヨコが翔を見る。
「……線引きはするんだ」
「仕事だからな」
短い返事。
その言葉に、カヨコは僅かに目を細めた。
嘘をついて庇うわけではない。
かといって、必要以上に敵視して利用するつもりもない。
少なくとも翔の中では、そこははっきりしているらしい。
「じゃあ……」
アルがおそるおそる尋ねる。
「ヒナには?」
「だから、報告がどこまで上に行くかは俺に聞かれても分からないって」
「行く可能性はあるのね!?」
「そりゃ風紀委員会への報告なんだから、ないとは言えないだろ」
「やっぱりー!」
アルが頭を抱える。
「くふふっ。アルちゃん、今から走って逃げる?」
「何で逃げる前提なのよ!」
「でも風紀委員長に来られたら?」
「……」
アルが黙る。
「社長?」
「……その時は考えるわ」
「もう逃げる気じゃん」
「違う!」
「ア、アル様なら大丈夫です! たとえ風紀委員長が来ても、私が命に代えて――」
「ハルカも余計なことしなくていいから!」
「そ、そんな……!」
再び賑やかになる便利屋68を見て、先生が小さく笑った。
「仲良いね」
「どこを見てそう思ったのよ!?」
最後までアルの声が響く。
やがて本当に立ち去り始めた四人を、翔たちはその場で見送った。
共同で施設から脱出したからといって、便利屋68とアビドスの立場が変わったわけではない。
翔にとっても同じだ。
彼女たちと顔見知りになったことと、風紀委員会から引き受けた調査をきちんと果たすことは別の話だった。
ただ、それでも。
昨日までなら知らなかった事情を、互いに少しずつ知り始めている。
そんな変化だけは、確かに残っていた。
* * *
全体を見直すと、時系列だけでなく、**現場組と留守番組の認識の差、同じ推測の繰り返し、短文の細切れ、便利屋68について知り得る範囲**を整理した方がいい。内容そのものは維持しつつ、場面として自然に読める形へまとめ直す。
アビドス高等学校へ戻った頃には、昼を大きく回っていた。
対策委員会室には、学校に残っていたアヤネ、ノノミ、セリカも集まっている。机の中央には翔が旧物流施設から持ち帰った調査用端末が置かれ、そこから取り出したデータが備え付けのモニターへ映し出されていた。
施設内でログの消去が始まったため、回収できたのは全体の六十三パーセントほど。
完全とは言い難いが、持ち帰れた情報まで無意味になったわけではない。
「それで、これが施設から回収できた記録です」
アヤネがデータを時系列順に整理し、画面へ表示していく。
「昨夜、大型搬入口が少なくとも三回開閉しています。それと、その前後で施設全体の電力使用量が大きく上昇しています」
「どのくらい?」
ノノミが尋ねた。
「普段の待機状態とは比較になりません。照明を点けたり、小型の設備を少し動かしたりした程度で、この数値にはならないと思います」
「じゃあ、大きな機械でも動かしたのかしら?」
「その可能性はあります。ただ、何を使ったのかまでは記録に残っていません」
アヤネの説明を聞きながら、シロコが翔へ目を向ける。
「セリカを捕まえる時に使われた装置と関係ある?」
「電力使用量だけじゃ、そこまでは言えないな」
翔は表示された数値を確認してから首を横へ振った。
「大型の設備なら、同じくらい電気を使うものは他にもあるだろうし。今の段階で確実に言えるのは、昨夜この施設へ大型車両が何度か出入りして、その前後で何かしら大きな設備が動いてたってことくらいだ」
そこで一度言葉を切る。
「ただ、その時間帯がセリカを攫った後と重なってる」
「だったら、やっぱり怪しいじゃない」
セリカが腕を組んだ。
「私を捕まえた奴らが、あの施設を使ってた可能性があるってことでしょ?」
「ああ。可能性は前より上がったと思う」
「なら――」
「でも、まだ可能性だ」
先回りするように言われ、セリカが口を尖らせる。
「もう、翔ってば慎重すぎない?」
「こういうのは慎重なくらいでいいだろ。間違って決めつけたら、その後の調査まで全部ずれる」
「むぅ……」
不満そうではあるものの、それ以上セリカも反論しなかった。
その隣で、アヤネが別の記録を開く。
「それと、車両に関する情報なんですが……少し変なんです」
「何かあった?」
先生がモニターへ視線を向ける。
「いえ。むしろ、あるはずのものがありません」
アヤネが大型搬入口の利用記録を拡大した。
「大型車両が通ったこと自体は記録されています。でも、車両識別番号がないんです。利用者情報も、搬入物の登録も、該当する時間帯だけほとんど残っていません」
「消された?」
ホシノが尋ねる。
「その可能性はあります。ただ、最初から登録されていなかったのか、後から消されたのかまでは……」
「あの場で確認した時点ですでに空欄だったところもあった」
翔が補足する。
「俺たちが見てる前でログの消去が始まったのは間違いない。でも、今欠けてる情報が全部その時に消されたとは言えないな」
「ただ」
先生が画面を眺めたまま口を開いた。
「消去が始まってから、昨夜の時間帯に関係する記録も実際に消えていったんだよね?」
「ああ。それは見た」
「じゃあ、そこは事実として残しておこう」
先生は椅子の背へ軽く体重を預ける。
「誰が施設を使ったのかは分からない。何を運び込んだのかも分からない。でも、昨夜この施設が動いていたことと、その記録の一部が私たちの目の前で消されたことは確かだから」
「推測と、実際に確認できたことを分けるんですね」
アヤネが言う。
「うん。その方が、後で別の情報が出てきた時にも比べやすいでしょ?」
「分かりました。注釈を分けておきます」
アヤネが手早く入力を進めていく。
しばらくその作業を眺めていたホシノが、今度は翔へ顔を向けた。
「で、翔くん的にはどう?」
「ん?」
「やっぱり、カイザー?」
室内が僅かに静かになる。
翔はすぐには答えず、モニター上に並ぶ情報へ目を走らせた。
疑似メモリ兵器の流通を追う中で、カイザーがその背後にいる可能性は以前から疑っている。
今回の施設でも、最近になって大型の機材が持ち込まれた形跡があり、その梱包に使われていた緩衝材には、セリカの拘束に使われた特殊装置と近い特徴があった。
疑う材料は増えている。
だが、それだけで答えまで決めることはできない。
「疑ってはいる」
翔は正直に答えた。
「でも、これだけじゃまだ足りない」
「そう?」
「仮に疑似メモリ兵器がカイザー由来だったとしても、昨夜この施設を使った連中までカイザーと繋がってたって証明にはならない。それに、セリカを捕まえる時に使われた装置そのものが、ここへ運び込まれたって記録もないからな」
「車両番号も、利用者情報も残っていませんしね……」
アヤネがモニターを見る。
「ああ。ここで決めつけると、違った時に別の手掛かりを見落とす」
「慎重なんだね」
シロコが言った。
「悪いか?」
「悪くない」
返事はすぐだった。
「こういう時は、その方がいいと思う」
「……ならいいけど」
翔が少しだけ肩の力を抜くと、先生が小さく笑った。
「じゃあ、今あるデータは全部残しておこうか」
「今は決め手にならなくても、ですか?」
セリカが尋ねる。
「うん。後で別の情報が見つかった時に、初めて意味が分かるものもあるから」
「俺もその方がいいと思う」
翔も頷く。
「じゃあ、元のデータとは別に解析用のコピーも作っておきます」
アヤネが保存先を分ける。
「元データにはなるべく触らないようにして、確認や比較は複製した方でやりますね」
「お願い」
「はい!」
保存処理が始まるのを見届けてから、先生は少しだけ表情を改めた。
「それと、もう一つ気になることがある」
自然と全員の視線が集まる。
「便利屋68が壊すように頼まれていた設備と、私たちが逃げている間に使えなくなっていった設備が、ほとんど同じだった」
先ほどまで少し和らいでいた空気が再び引き締まった。
「……それも偶然じゃないわよね」
セリカが眉を寄せる。
「偶然の可能性はあるよ」
先生は否定しなかった。
「でも、偶然じゃなかった時に困らないように覚えておく」
「その言い方、ちょっと怖いんだけど」
「そう?」
「そうよ」
セリカが即答する。
ホシノはそのやり取りには加わらず、静かにモニターを眺めていた。
便利屋68は、少なくとも施設へ入った時点では、昨夜そこが使われていたことを把握していなかったように見えた。警備機が作動した時も、設備が次々に停止していった時も、アルたち自身が驚いていた。
それがすべて演技だったと考える材料は、今のところない。
だとすれば気になるのは、彼女たちへ仕事を持ち込んだ側だ。
「便利屋68へ依頼した人は、あの施設が最近使われてたって知ってたんでしょうか~?」
ノノミがモニターを見ながら尋ねる。
「そこもまだ分からないね」
先生が答える。
「知っていたから設備を壊させようとしたのかもしれないし、本当に別の理由で指定しただけかもしれない」
「でも、便利屋68の人たちもそこは気にしてたんですよね?」
アヤネが確認する。
「うん」
先生が頷く。
「自分たちに知らされてないことがあるんじゃないかって、かなり引っ掛かってたみたい」
「一度、依頼を持ってきた相手に確認するって言ってた」
シロコも付け加えた。
「じゃあ、向こうでも何か分かるかもしれませんね」
アヤネの言葉に、先生は少し考える。
「そうだね。ただ、あっちが何か分かったとして、それを私たちに教えてくれるかは別だけど」
「また会うかも」
シロコがぽつりと言った。
「そうかもしれないね」
先生が頷く。
すると、セリカが少し複雑そうな顔になった。
「……次に会うなら、撃ち合う時じゃない方がいいわ」
今度は誰も、セリカをからかわなかった。
今日の施設で何があったのかを直接見ていないセリカたちも、帰ってきた先生たちから一通り話は聞いている。
さっきまで敵だった相手と一時的に手を組み、同じ施設から逃げてきた。
その直後に、また敵として会う可能性がある。
簡単に割り切れる話ではない。
「私は賛成です~」
ノノミが柔らかく笑う。
「私もです。皆さんから聞いただけでも、かなり危なかったみたいですし……」
アヤネも困ったように笑った。
「できれば、今度はもっと平和な場所で会いたいですね」
「柴関みたいな?」
先生が言う。
「そうね。それならまだマシ」
セリカの返事に、室内の空気が少しだけ緩んだ。
翔はそんなやり取りを聞きながら、もう一度モニターへ目を向ける。
昨夜、旧物流施設へ何が運び込まれたのか。
誰が、何のために記録を消そうとしたのか。
便利屋68へ設備の破壊を依頼した者は、この施設についてどこまで知っていたのか。
そして、セリカの誘拐に使われた疑似メモリ兵器と、この場所は本当に繋がっているのか。
まだ答えの出ていないことは多い。
けれど、調べる前には存在すら知らなかった手掛かりが、今はいくつも手元に残っている。
無理に一つの答えへ結びつける必要はない。
一つずつ確かめていけばいい。
「……焦って決めることじゃないか」
翔が小さく呟いた。
「何か言った?」
先生がこちらを見る。
「いや。今はこれで十分だと思っただけ」
「うん。私もそう思う」
翔は端末へ視線を落とし、保存処理が終わったことを確認した。
昨夜の出来事の全貌には、まだ遠い。
それでも、何も分からなかった時よりは確実に前へ進んでいる。
今はそれで十分だった。