青の記録 ―二つの記憶が交わる時―   作:きままに投稿

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第38話 断続

 

 

 旧物流施設を離れてからしばらくして。

 

 便利屋68の四人は、アビドス自治区の中でも人通りのほとんどない一角に足を止めていた。

 

 アルは歩みを止めるなり、一度だけ後ろを振り返った。

 

「……本当に報告するのよね、あの人」

 

「するって言ってたね~」

 

「分かってるわよ!」

 

 ムツキの楽しそうな返事に、アルが眉を吊り上げる。

 

「よりによって風紀委員会に知られるなんて……」

 

「社長」

 

 カヨコが淡々と口を挟んだ。

 

「そっちは今考えても仕方ないよ」

 

「分かってるわよ」

 

 アルは不満そうに答えながら、手にした端末へ視線を落とす。

 

「その前に、こっちはこっちで聞かなきゃいけないことがあるもの」

 

 画面には、今回の仕事を取り次いだ仲介担当への発信表示が浮かんでいた。

 

「……出ないわね」

 

「まだ三回しか鳴ってないよ、アルちゃん」

 

「三回も鳴ってるのよ!」

 

「普通じゃない?」

 

「こういう時は一回で出るものなの!」

 

「それ、アルちゃんルールでしょ」

 

 ムツキがくすくすと笑う。

 

「笑い事じゃないわよ!」

 

 アルが振り返った、その時だった。

 

 端末の表示が切り替わる。

 

『お待たせいたしました。便利屋68様ですね』

 

「やっと出た!」

 

 アルが勢いよく端末へ顔を近づけた。

 

『本日の追加業務についてでしょうか』

 

「その追加業務についてよ!」

 

 返事を待たずに声を上げる。

 

「私たちが中にいる時にいきなり施設が封鎖されて、警備機まで動き出したのよ!? どういうことなのか説明してもらうわ!」

 

 横ではムツキが壁へ背を預け、カヨコが少し離れた位置で腕を組んでいる。

 

 ハルカだけは、怒るアルと端末を不安そうに交互に見ていた。

 

 通信の向こうでは、僅かな沈黙の後、変わらない事務的な声が返ってくる。

 

『その件については、こちらでも確認しております。まず、現場において危険な状況へ巻き込んでしまったことをお詫び申し上げます』

 

「不快とかじゃなくて、本当に危なかったんだからね!」

 

『仰る通りです』

 

 予想外に素直に認められ、アルの勢いがほんの少し削がれた。

 

「……分かってるならいいけど。じゃなくて、何が起きてたのよ」

 

『現時点で確認できている限りでは、旧施設に残存していた保全機能が作動した可能性が高いと見ています』

 

「保全機能?」

 

『未承認のアクセスを検知した際、内部記録の削除、および一部設備の停止処理を行う旧式のセキュリティです』

 

 アルの眉が寄る。

 

「そんなものが残ってるなんて、最初に聞いてないわよ」

 

『当方でも、施設内の全設備が現在まで正常に作動するとは把握しておりませんでした』

 

「……現在まで?」

 

 それまで黙っていたカヨコが口を挟んだ。

 

『はい』

 

「じゃあ、そっちもあの施設について全部把握してたわけじゃないんだ」

 

『旧施設ですので。現存する設備と、稼働可能な機能には不明な点もございます』

 

「ふうん」

 

 カヨコは短く返した。

 

 それ以上は追及しない。

 

 ただ、その横顔を見る限り、説明をそのまま受け入れたわけではなさそうだった。

 

 アルもそこは同じだった。

 

「じゃあ、もう一つ」

 

『何でしょうか』

 

「何で私たちに壊せって言った場所と、実際に使えなくなった場所がほとんど同じだったの?」

 

 今度は少しだけ間が空く。

 

『対象に指定した設備はいずれも、施設を物流拠点として再利用する上で重要な箇所です』

 

「それだけ?」

 

『はい。また、遠隔停止が正常に行われなかった場合を想定し、物理的な無力化も依頼内容に含めておりました』

 

 言っていることだけを聞けば、筋は通っている。

 

 中央管理端末。

 

 搬入口。

 

 荷役設備。

 

 確かに、それらを壊せば物流施設としての機能はほとんど失われる。

 

 だから破壊対象に選んだ。

 

 そう説明されれば、それだけで完全な矛盾が生じるわけではない。

 

「昨日、あそこが使われてたことは?」

 

 アルが続けた。

 

『昨日、ですか』

 

「中に記録が残ってたのよ。大型車両が出入りした記録も、電力を使った記録も」

 

『そのような情報は事前には確認されておりません』

 

「本当に?」

 

『はい』

 

 アルが何か言おうとする。

 

 その前に、カヨコが小さく首を横へ振った。

 

 ここで何度問い直しても、同じ答えしか返ってこない。

 

 アルもそれを察したのか、不満そうに息を吐いて話題を変えた。

 

「……なら、仮面の戦士については?」

 

『仮面の戦士、ですか』

 

「依頼書に書いてあるでしょ」

 

 アルが画面を操作し、一項目を開く。

 

「黒い仮面の戦士を確認した場合は交戦するな。出現した場所、時間、何をしたか、誰に対して行動したかまで報告すること」

 

『はい』

 

「何でここまで細かいの?」

 

『アビドス周辺に出没している不確定戦力です。依頼遂行へ与える影響を判断するため、その行動傾向を把握する必要があります』

 

 そこでカヨコがアルの端末へ視線を落とした。

 

「戦力評価なら、武装や戦い方の方が必要じゃない?」

 

 通信の向こうが僅かに黙る。

 

「どこに出たかは分かる。でも、誰を守ったかまで必要?」

 

『所属や行動目的を推測する上で有用な情報と判断しております』

 

「……そう」

 

 カヨコはそれ以上何も言わなかった。

 

 隣でムツキが楽しそうに画面を覗き込む。

 

「くふふっ。やっぱり変だよね~」

 

「ムツキ」

 

「だってさ。強いかどうかより、何をしたら出てくるのかの方を気にしてるみたい」

 

『そのような意図ではありません』

 

「そっか~」

 

 軽い返事。

 

 とても信じたようには聞こえない。

 

 アルも一度眉間を揉んでから、本題へ戻った。

 

「それで。今回、こっちは危険な目に遭ったわけだけど、その辺はどうするつもりなの?」

 

『その点については、依頼主側も説明不足があったと認識しております』

 

「……へえ」

 

 今度はアルだけでなく、カヨコも僅かに視線を上げた。

 

『その補填として、次回以降の業務では追加の人員をこちらで手配いたします』

 

「追加の人員?」

 

『はい。現地で活動可能な傭兵部隊を数組予定しております』

 

 アルの眉が僅かに動いた。

 

「……ちょっと待ちなさい」

 

『何でしょうか』

 

「それって、私たちじゃ人数が足りないから、代わりを増やすってこと?」

 

 声には分かりやすく不満が滲んでいた。

 

 ムツキが横で楽しそうにアルを見る。

 

『いいえ。その点については誤解のないようお願いいたします』

 

「え?」

 

『今回の増員は、便利屋68様の能力不足を補うためのものではありません』

 

 アルの表情が変わる。

 

『依頼主は、御社の実働能力を高く評価しております』

 

「……高く?」

 

『はい。少なくとも、現地の傭兵や不良集団へ個別に依頼するより、確実な成果を期待できると判断しております』

 

「そ、そうなの?」

 

『そのため、当初から本件の中核を便利屋68様へお任せしております』

 

 アルの背筋が、ほんの少し伸びた。

 

「ま、まあ! 見る目のある依頼主みたいね!」

 

「アルちゃん、嬉しそう~」

 

「嬉しそうじゃない!」

 

「さっきより声高いよ?」

 

「ムツキ!」

 

 カヨコが小さく息を吐く。

 

「それで、増やす傭兵は何のため?」

 

『人数の補完です』

 

 返答は明確だった。

 

『便利屋68様には、現場での判断と主力としての行動をお願いします。一方で、アビドス側へ継続的に圧力を掛ける以上、広い範囲を同時に動かせる人数も必要になります』

 

「質は私たちで、数は向こうってことね!」

 

「社長、自分で言うんだ」

 

「事実ならいいでしょ!」

 

 アルが胸を張る。

 

 仲介担当はそのやり取りを気にした様子もなく続けた。

 

『また、先日の一件を踏まえ、便利屋68様のみへ負担を集中させることも適切ではないと判断しております』

 

「……一応、お詫びのつもりでもあるわけね」

 

『そのようにお考えいただいて構いません』

 

「なら、その人たちの報酬までうちの取り分から引かれるんじゃないでしょうね?」

 

『いいえ。追加戦力に必要な費用は全て依頼主側で負担いたします。便利屋68様への報酬額に変更はありません』

 

「……そう」

 

 アルの肩から、ほんの少しだけ力が抜ける。

 

 その変化をムツキは見逃さない。

 

「アルちゃん、今度こそ安心した?」

 

「してないわよ!」

 

「でも顔が」

 

「変わってない!」

 

「社長」

 

 カヨコが淡々と割って入る。

 

「一番大事なところ」

 

「わ、分かってるわよ!」

 

 アルが咳払いする。

 

「それで? 追加の傭兵たちは誰が指揮するの?」

 

 一拍。

 

『現場では、便利屋68様へ指揮をお任せしたいと考えております』

 

 今度は四人全員が反応した。

 

「……私たちが?」

 

 アルが聞き返す。

 

『はい』

 

「便利屋68の指揮下に入るってこと?」

 

 カヨコが確認する。

 

『雇用契約そのものは別ですが、現地での作戦行動については御社の指示を優先するよう通達いたします』

 

「……随分信用するんだね」

 

『先ほど申し上げた通りです』

 

 仲介担当の声は変わらない。

 

『御社は少人数ながら高い戦闘能力を持ち、すでにアビドスの現地状況も把握しています。所属も装備も異なる複数の傭兵部隊を個別に動かすより、便利屋68様を中心に統率した方が効率的です』

 

「なるほど……」

 

 アルの声に、隠しきれない満足感が混じった。

 

「つまり、私たちを現場の責任者に選んだってことね!」

 

「アルちゃん、顔」

 

「何よ!」

 

「すっごく嬉しそう」

 

「だから嬉しそうじゃないって言ってるでしょ!」

 

「……でも」

 

 カヨコの声で、アルが振り向く。

 

「責任もこっちに来るよ」

 

「え?」

 

「指揮を任されるなら、向こうが勝手なことをした時も無関係じゃいられない」

 

 アルの表情が少し真面目になる。

 

『その点については、必要な行動基準を各部隊へ事前に通達いたします』

 

「どういう基準?」

 

 カヨコが聞く。

 

『本来の依頼内容から逸脱する行動は避けること。現地指揮を担当する便利屋68様の判断を優先すること。そして、黒い仮面の戦士を確認した場合は交戦せず、速やかに情報を共有することです』

 

「……それなら」

 

 アルが言う。

 

「私たちの指示を無視して勝手なことをするのは禁止ってことね?」

 

『はい』

 

「分かったわ」

 

 アルは頷いた。

 

「だったら引き受ける」

 

「社長」

 

 カヨコが横を見る。

 

「ただし!」

 

 アルが端末へ指を向ける。

 

「また今回みたいに、こっちが知ってなきゃ危ない情報を隠してたって分かったら、その時は話が別よ」

 

『承知しました』

 

「それと、こっちが危険だって判断したら撤退するわ。傭兵が何人いようと関係ない」

 

『問題ありません』

 

「ならいいわ」

 

『なお、本来の依頼内容について変更はありません』

 

 通信の向こうから声が続いた。

 

『アビドス高等学校、および対策委員会の活動へ継続的な圧力を加えること。短時間の交戦や妨害を繰り返し、相手側へ継続的な負担を与えてください』

 

「一回で潰せって話じゃないのね」

 

『その必要はありません』

 

「学校を壊せ、とかも?」

 

『求めておりません。目的はあくまで対策委員会の活動を妨害し、継続的に負担を与えることです。必要以上の損害を出す必要もありません』

 

 アルは少し考えた後、頷いた。

 

「分かったわ」

 

 通信を切る。

 

 音が途絶えると、廃墟ばかりの通りへ静けさが戻った。

 

 数秒。

 

 ムツキがにやにやとアルを見る。

 

「現場の責任者だって、アルちゃん」

 

「な、何よ」

 

「良かったね~」

 

「べ、別に? 当然の評価をされたってだけよ!」

 

「社長、耳赤い」

 

「赤くない!」

 

「アル様は当然です!」

 

 ハルカが勢いよく一歩前へ出た。

 

「アル様の素晴らしさを正しく理解できる依頼主であれば、傭兵百人でも千人でも――!」

 

「そこまでいらないわよ!」

 

「そ、そうですか……」

 

 肩を落とすハルカ。

 

 いつもの調子に戻りかけたところで、カヨコが静かに口を開いた。

 

「……続けるんだね」

 

「ええ」

 

 今度のアルは迷わなかった。

 

「怪しいところがあるのは分かってる。でも、怪しいってだけで引き受けた仕事を途中で投げるのは違うでしょ」

 

「うん」

 

「それに、向こうが私たちを見込んで任せたっていうなら、その分はちゃんとやるわ」

 

 アルはそこで三人を見る。

 

「ただし、さっき言った通りよ。危ないと思ったら無茶しないこと。いい?」

 

「アルちゃんもね?」

 

「わ、私は社長だから――」

 

「よくない」

 

「最後まで言わせなさいよ!」

 

「アル様が危険な目に遭うくらいなら、私が代わりに全部受けます!」

 

「ハルカも駄目!」

 

「そ、そんな……!」

 

「何でそこで落ち込むのよ!?」

 

 ムツキが楽しそうに笑う。

 

 カヨコも僅かに口元を緩めたが、すぐに通信の切れた端末へ視線を戻した。

 

 便利屋68を高く評価している。

 

 だから仕事の中心に置く。

 

 追加戦力まで用意し、その指揮まで預ける。

 

 説明としては、先ほどまでよりずっと筋が通っている。

 

 それでも。

 

 高額な報酬。

 

 旧物流施設への追加業務。

 

 黒い仮面の戦士への異様に細かな報告要求。

 

 そして今度は、複数の傭兵部隊まで追加する。

 

 依頼主がこの仕事へ掛けている金と手間は、やはり大きい。

 

 単にアビドスへ嫌がらせをしたいだけなのか。

 

 それとも、その先に別の目的があるのか。

 

「……カヨコ?」

 

「何でもない」

 

 カヨコは端末から目を離した。

 

「今はね」

 

 

 

 

 * * *

 

 

 

 

 翌日。

 

 アビドス自治区の外れ。

 

 昨日までほとんど人影のなかった荒れ地に、今日は何十人もの生徒が集まっていた。

 

 ヘルメットで顔を隠した少女たち。

 

 制服も所属も統一されていない不良生徒。

 

 アサルトライフルやサブマシンガンを抱えた者もいれば、機関銃や大型火器を持ち込んでいる者もいる。

 

 誰もが仲間というわけではない。

 

 いくつもの小さな集団が、報酬を目的に同じ場所へ集められている。

 

「……結構いるわね」

 

 少し離れた位置から集まった面々を眺め、アルが呟いた。

 

「お詫びにしては豪勢だね~」

 

 ムツキが楽しそうに笑う。

 

「笑い事じゃないでしょ」

 

「でも、この人たちの分は向こう持ちなんでしょ?」

 

「それはそうだけど!」

 

「アル様の会社経営に負担がないのであれば、素晴らしいことだと思います!」

 

「そうね、ハルカ。そこは素晴らしいわ」

 

「そこだけ即答なんだ」

 

 カヨコが淡々と言う。

 

「会社にとって経費管理は重要なの!」

 

 アルが胸を張った。

 

 その間にも、集められた傭兵たちはそれぞれ好き勝手に話している。

 

「アビドスって五人しかいないんでしょ?」

 

「先生がいるって話だけど」

 

「大人一人増えたところで何が変わるのよ」

 

「でも結構強いって聞いたよ」

 

「だから人数集めたんじゃない?」

 

 軽口。

 

 笑い声。

 

 武器の点検音。

 

 いくつもの部隊が混ざっているせいか、空気にもまとまりがない。

 

 カヨコがその様子を見ながら、小さく息を吐いた。

 

「……社長」

 

「分かってるわ」

 

 アルも同じものを感じていたらしい。

 

 狙撃銃を担ぎ直し、傭兵たちの前へ出る。

 

「ちょっと、全員聞きなさい!」

 

 すぐに全員が静まったわけではない。

 

 何人かが振り返り、それにつられて周囲の会話も少しずつ止まっていく。

 

「今回の現場指揮は、便利屋68が預かることになってるわ」

 

「便利屋68?」

 

「ゲヘナの?」

 

「風紀委員会に追い回されてるっていう?」

 

「聞こえてるわよ!」

 

 アルの一喝に、幾つか笑い声が上がった。

 

 額に青筋を浮かべながらも、アルは続ける。

 

「別に、一から十まで私の言う通りに動けとは言わないわ。自分たちの持ち場では、それぞれ得意なように動いて構わない」

 

 少し間を置く。

 

「でも、勝手に戦線を広げたり、こっちが聞いてないことを始めるのは禁止」

 

 空気が少しだけ変わった。

 

「今回の目的は、アビドスを壊滅させることじゃない。対策委員会を出動させて、継続的に圧力を掛けることよ。深追いも必要ないわ」

 

 カヨコが横から付け加える。

 

「それと、黒い仮面の戦士が出た場合は交戦しない。これは依頼側からの指定」

 

「ああ、例の?」

 

 一人が声を上げた。

 

 それをきっかけに、小さなざわめきが起こる。

 

「黒い仮面って、ブラックマーケットで噂になってる奴?」

 

「武器壊して回るって話でしょ?」

 

「何それ」

 

「知らない? 黒い仮面に絡むと商売道具潰されるって」

 

 別の少女が鼻で笑う。

 

「どうせ話盛られてるだけでしょ」

 

「……笑えないよ」

 

 少し離れたところから声がした。

 

 それまで黙ってライフルを点検していた、ヘルメット姿の少女だった。

 

 周囲が振り返る。

 

「何。見たことあるの?」

 

「……一回だけ」

 

「ほんとに武器壊された?」

 

「普通の銃は壊されてない」

 

「じゃあ噂嘘じゃん」

 

「そうじゃなくて」

 

 少女の声が少し低くなる。

 

「あの時、こっちには例の特殊兵器があった」

 

 何人かの表情が変わった。

 

 ブラックマーケット周辺へ出回り始めた、妙な性能を持つ武器。

 

 正式な名前までは知らなくても、その噂くらいなら聞いている者は多い。

 

「それを持ってても?」

 

 少女は少し黙った。

 

「……壊された」

 

「一個?」

 

「持ってた分、全部」

 

 今度は笑い声が上がらなかった。

 

「こっちは何人もいたのに、まともに当てられなかった。あいつ、私たちじゃなくて特殊兵器だけ狙って……全部」

 

「……マジ?」

 

「だから、今回みたいに普通の武器しかないなら」

 

 少女は自分のライフルへ目を落とした。

 

「あいつが出たら、私は戦わない」

 

「でも普通の武器は壊されてないんでしょ?」

 

「特殊兵器ありでも何もできなかったって言ってるの」

 

「……」

 

 噂しか知らなかった者たちの間にも、微妙な空気が流れる。

 

「でもさ」

 

 別の少女が自分の銃を抱え直す。

 

「もし噂の方が本当だったら、これまで壊されるってことでしょ?」

 

「それは困る」

 

「私これ自腹なんだけど」

 

「壊されたら今日の報酬飛ぶどころじゃないじゃん」

 

「だから交戦するなって言われてるんじゃない?」

 

「……それならまあ」

 

 先ほどとは別の意味で、ざわつきが広がった。

 

 実際にジョーカーと遭遇した者。

 

 噂だけを聞いている者。

 

 そもそも今初めて知った者。

 

 反応はそれぞれ違う。

 

 アルはその様子を見てから、ぱん、と手を叩いた。

 

「はい、そこまで!」

 

 傭兵たちの視線が戻る。

 

「依頼にもある通り、黒い仮面が出たら無理に戦わなくていいわ。その時は私たちの指示に従って」

 

「了解」

 

「はいはい」

 

「分かった」

 

 ばらばらな返事。

 

 まとまりがあるとは言い難い。

 

 それでも最低限、指示は通った。

 

「もう一回言うわよ」

 

 アルが傭兵たちを見渡す。

 

「私たちの目的は、相手を本気で潰すことじゃない。アビドス側を動かして、圧力を掛けること。勝手に余計なことはしない」

 

 その言葉に、カヨコがアルを一度見る。

 

 昨日までなら、自分たち四人だけを見ていればよかった。

 

 今日は違う。

 

 これだけ考え方も実力も違う連中を、アルがまとめなければならない。

 

 本人がそれをどこまで意識しているかは分からない。

 

 それでも少なくとも、任された仕事の責任を放り出すつもりはないらしい。

 

「準備できたら出るわよ!」

 

 アルが声を上げる。

 

 それぞれの傭兵部隊が動き始めた。

 

 ムツキは楽しそうに笑い、ハルカはアルのすぐ後ろへつく。

 

 カヨコは一歩遅れて、その場に集まった面々をもう一度見渡した。

 

 依頼主の正体は分からない。

 

 目的も、全部が見えているわけではない。

 

 黒い仮面の戦士についても同じだ。

 

 そして、今度は自分たちだけではない。

 

 何十人もの傭兵が、便利屋68の判断一つで動く。

 

「カヨコ?」

 

 アルが振り返る。

 

「何でもない」

 

 カヨコは歩き出した。

 

「行こう、社長」

 

「ええ!」

 

 遠くには、砂に霞むアビドス高等学校のある方向が見える。

 

 昨日、同じ施設から一緒に脱出した相手。

 

 ラーメン屋で同じ卓を囲んだ相手。

 

 だからといって、受けた仕事までなくなったわけではない。

 

 けれど。

 

 昨日までと同じ仕事とも、もう言い切れなかった。

 

 それでも今はまだ。

 

 便利屋68は、契約の途中にいた。

 

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