青の記録 ―二つの記憶が交わる時― 作:きままに投稿
戦闘が始まってから、どれほど経っただろう。
実際には、それほど長い時間ではない。
それでも、攻める側にとっては十分すぎるほど長く感じられていた。
「また止められた!」
南側へ回り込んでいた傭兵の一人が、崩れた壁の陰へ飛び込みながら声を上げる。
「何なのよ、あいつら! 人数全然いないじゃん!」
「だからって前に出すぎないで!」
通信越しにアルの声が飛ぶ。
「一回下がって! そこから先は学校側の射線が重なる!」
『でも、あとちょっとで抜けられるって!』
「その『あとちょっと』を何回やって押し返されてると思ってるのよ!」
『……』
「聞こえてる!?」
『聞こえてるって!』
「だったら下がりなさい!」
苛立った返事が返ってきたものの、南側の部隊は渋々後退を始めた。
アルは狙撃銃を構えたまま、大きく息を吐く。
「もう……!」
「大変そうだね、アルちゃん」
「誰かさんが楽しそうにしてるから余計にね!」
少し離れた位置では、ムツキが遮蔽物から顔を出し、前方の様子を窺っていた。
「でも、みんな頑張ってるよ?」
「分かってるわよ」
アルも、傭兵たちが弱いとは思っていない。
実際、人数を活かして何度も別方向から攻めている。便利屋68が中心となって動きを合わせれば、アビドス側へ少しずつ負担を押しつけることもできていた。
問題は、その先だ。
攻め込もうとすると止められる。
守りが薄くなったように見えた場所へ向かえば、そこへ別の誰かが回ってくる。
押せると思った時には、すでに次の手を用意されている。
「……あの先生」
アルが小さく呟く。
遠く。
対策委員会の少し後方で、先生が戦場全体を見ている。
銃を持っているわけでもない。
自分で戦っているわけでもない。
ただ状況を見て、指示を出しているだけ。
それなのに。
「ほんっと、敵にすると面倒ね……!」
「昨日は助かったけどね~」
「それはそれ! これはこれ!」
「便利だね、その言葉」
「ムツキ!」
「社長」
カヨコの声が割り込む。
「正面、また動く」
「見えてる!」
アルはすぐに意識を切り替えた。
アビドス側。
正面にいたホシノが、盾を構えたまま僅かに位置を変えている。
ただ下がっているわけではない。
その背後ではノノミが機関銃の射線を取り直し、さらに左側からシロコが戻ってきていた。
「……来るわね」
アルが呟く。
「正面班! 一度散開! 固まらないで!」
『え?』
「いいから早く!」
その直後、シロコのドローンから放たれた小型ミサイルが正面部隊の少し手前へ着弾した。
爆風に傭兵たちが足を止める。
「今度は何!?」
「右から来る!」
ホシノが動いた。
盾を前に、一気に距離を詰める。
「うへ~。そろそろこっちからも行こうか」
「来た!」
正面部隊が銃口を向ける。
集中砲火。
だが、ホシノは盾の角度を細かく変えながら射線を受け止め、そのまま前進を続けた。
無理に全ての攻撃を受けるのではない。自分に向けさせるべきものだけを盾で拾い、後ろへ抜けそうな弾道は身体ごと位置を変えて塞いでいく。
「止めて!」
「撃ってる!」
「止まらないんだけど!?」
十分に近づいたところで、ホシノのショットガンが火を噴いた。
前へ出ていた数人が慌てて左右へ散る。
「ノノミ」
「はい~!」
後方から機関銃の弾幕が伸びた。
逃げ道を潰すように弾丸が走り、正面部隊はさらに後退を余儀なくされる。
「シロコ、右を塞いで」
「ん」
「セリカは左から出てくる人だけお願い」
「分かった!」
一度前へ出た傭兵たちが、左右からも牽制を受ける。
囲まれているわけではない。
それでも、このまま前へ出れば危ない。
「下がって!」
アルが叫んだ。
「正面班、一回全部下がりなさい!」
今度は返事を待たない。
「ムツキ!」
「はいは~い」
「正面に煙を作って!」
「了解♪」
爆発。
アビドス側と傭兵たちの間に砂煙が上がる。
視界が切れた隙に、前へ出すぎていた部隊がようやく距離を取った。
「……危なかった」
アルが息を吐く。
「社長」
カヨコが通信を切り替えながら言った。
「今のは良かったと思う」
「当然よ!」
反射的に胸を張る。
「私が現場の指揮を任されてるんだから、このくらい――」
「でも」
「何よ」
「みんな、ちょっと苛立ってる」
アルの表情が変わった。
カヨコが周囲へ視線を巡らせる。
「また下がるの?」
「全然押せないじゃん」
「こっちの方が人数多いのに」
「弾だけ減ってくんだけど」
最初の頃にはあった軽さが、少しずつ消えている。
疲れ果てているわけでも、大量の負傷者が出ているわけでもない。
だからこそ、余計に苛立つ。
人数では勝っている。
何度も攻めている。
それでも、思ったように前へ進めない。
「……面倒ね」
アルが小さく呟く。
「だから最初に言った」
カヨコの声は淡々としていた。
「今日は私たちだけじゃない」
「分かってるわよ」
アルは通信回線を開く。
「全員聞いて!」
戦場に声を飛ばす。
「焦らなくていい! こっちの目的は一回で学校を落とすことじゃないんだから!」
『でもこのままじゃ何もできてないじゃん!』
誰かが言った。
「そんなことないわ! こっちが攻めれば向こうは対応しなきゃならない。弾薬も使うし、ずっと警戒もしなきゃいけない。それが今回の仕事よ!」
『……地味じゃない?』
「仕事に派手も地味もないの!」
ムツキが隣で小さく笑う。
「アルちゃんがそれ言うんだ」
「今は黙って!」
いくつか笑い声が返ってきた。
少しだけ空気が緩む。
アルもそれを感じて、息を吐いた。
「とにかく、勝手なことはしない! こっちの指示に合わせて!」
今度は何人かから素直な返事が返ってきた。
まだ立て直せる。
そう思った。
* * *
「今のところ、大きな崩れはありません!」
アヤネの声が通信機から届く。
先生は前方を見ながら頷いた。
「ありがとう。弾薬の残りは?」
『確認します。少し待ってください!』
戦況そのものは、こちらが押しているようにも見える。
けれど、実際には違う。
便利屋68側は、何度押し返されても別の場所から攻めてくる。こちらはそれを少人数で処理し続けなければならない。
先生はそれをよく分かっていた。
「みんな、一回無理に追わないで」
「ん」
シロコがすぐに足を止める。
「逃げてくなら追わなくていいの?」
セリカが尋ねた。
「うん。向こうも一回立て直すと思う」
「なら今のうちに叩いた方が――」
「こっちも休める時に休もう」
先生が言う。
セリカが口を閉じた。
「……そっか」
「弾も無限じゃないからね」
「それ言われると嫌ね……」
ノノミも一度機関銃を下ろし、残弾を確かめる。
「まだ大丈夫ですけど、このまま続くとちょっと困りますね~」
「だよね」
先生が頷く。
便利屋68の狙いは、こちらを一度で倒すことではない。
そのことは、戦い方からも見えてきていた。
「先生」
ホシノが盾越しに声を掛ける。
「向こう、また来るよ」
「うん」
傭兵たちが再配置を始めている。
アルたちもまだ下がる気配はない。
「先生」
シロコが少しだけこちらを見る。
「疲れた?」
「まだ大丈夫」
「本当に?」
「本当に」
「ならいい」
そう言いながらも、シロコの視線はしばらく先生から外れなかった。
「シロコ、先生ばっかり見てないで前!」
セリカが言う。
「見てる」
「絶対今見てなかったでしょ!」
「前も見てる」
「器用ね!?」
僅かなやり取り。
その間にも先生の目は、戦場全体を追っている。
便利屋68。
傭兵。
位置。
間隔。
どこが焦れているか。
どこがアルの指示より少し前へ出たがっているか。
その中で、一つの部隊だけ動きが荒いことに気づいた。
右奥。
他の部隊より射撃の間隔が短く、退く時も僅かに遅れる。
「アヤネ」
『はい!』
「右奥の部隊、分かる?」
『確認します』
数秒。
『はい。六人います。少し後ろにもう数人……他の部隊より位置が前ですね』
「やっぱり」
「何かある?」
ホシノが聞く。
「ちょっと焦ってるみたい」
「相手が?」
「多分」
先生は目を細める。
「便利屋68の指示から、少しずつずれてきてる」
「じゃあ狙う?」
シロコが尋ねた。
「ううん」
先生は首を横へ振る。
「むしろ気をつけよう」
「どうして?」
「焦ってる人は、予定にないことをするから」
その言葉に、ホシノの目が僅かに細くなった。
* * *
「またあの先生の指示だ」
右奥。
崩れた建物の陰で、一人の傭兵が吐き捨てるように言った。
「さっきから全部あの人じゃん」
「対策委員会が強いのもあるけどね」
「でも動かしてるの、ずっとあの先生でしょ?」
別の少女が遠くの先生を見る。
撃たない。
前へ出ない。
ただ後ろから指示を出す。
こちらが右へ行けば、先に誰かが待っている。左へ回れば進路を塞がれ、正面から押せば出てきたところを叩かれる。
「……あの人がいなければ、もう少し楽なんじゃない?」
一人が言った。
「何言ってんの」
「だってそうでしょ」
「一応、現場をまとめてる側から勝手なことするなって言われたじゃん」
「別に勝手に突っ込むって言ってないし」
少女の視線が、自分たちの後ろへ向く。
そこには持ち込んだ大型火器が置かれていた。
他の部隊が使う機関銃より、ずっと重い。
ロケットランチャー。
「……ちょっと脅かして、あそこから下がらせればいいんじゃない?」
「は?」
「先生が引っ込めば、指示も鈍るでしょ」
「いや、それなら一回、確認した方が――」
「聞いたら止められるって」
「それは止められることしようとしてるからじゃない?」
「大丈夫だって。あの辺に一発撃ち込めば、さすがに前にはいられないでしょ」
苛立ちと焦り。
このまま何もできずに帰るのは嫌だという意地。
それらが、判断を少しずつ雑にしていた。
一人がロケットランチャーへ手を伸ばす。
「……本当にやるの?」
「当てなきゃいいんでしょ」
軽い返事だった。
だが、戦場で放たれる重火器に、そんな都合のいい保証などない。
* * *
「社長」
カヨコがふと顔を上げた。
「何?」
「右奥」
「右奥?」
アルもそちらを見る。
最初は何が気になったのか分からなかった。
だが、一人の傭兵が大きな筒状の火器を肩へ載せようとしている。
「……何あれ」
次の瞬間。
その砲口が向いた先を見て、カヨコの表情が変わった。
「社長!」
「え?」
「あれ、先生を狙ってる!」
アルの目が見開かれる。
「は!?」
視線を走らせる。
確かに、アビドス側の後方で指示を出している先生へ、ロケットランチャーの砲口が向けられていた。
「ちょ、ちょっと待ちなさい!」
アルはすぐに共通回線を開く。
「右奥! 何してるのよ!」
『え?』
「それ下ろしなさい! 誰がそんなことしろって言ったの!」
『でも、あの先生さえ下がれば――』
「そういう問題じゃないでしょ!」
アルの声が一段高くなる。
「勝手なことするなって、さっきから何度言わせるのよ!」
だが、傭兵の指はすでに発射装置へ掛かっていた。
「待って!」
カヨコが駆け出す。
「ちょっと、本当にやめなさいってば!」
アルの叫びより僅かに早く、乾いた発射音が響いた。
砲口から白煙が噴き出す。
ロケット弾が一直線に戦場を横切った。
* * *
学校裏手で戦況を見守っていた翔にも、その発射音ははっきり届いた。
これまで何度も聞こえていた銃声とは違う、腹の底に響くような重い音。
「……今の」
嫌な予感に駆られ、壁際から戦場を覗く。
白煙を引きながら飛ぶものが見えた。
その軌道を目で追った瞬間、翔の表情が変わる。
先生だ。
ロケット弾は、対策委員会の少し後方で指示を出していた先生へ向かっている。
ホシノは正面の傭兵部隊を押さえている。
シロコも別方向から迫る敵を牽制している。
ノノミとセリカも、それぞれの射線を維持したまま動けない。
今から誰かが割り込むには遠すぎる。
先生自身に避ける時間も、ほとんど残っていない。
「っ……!」
翔の身体が先に動いた。
壁から離れ、校舎脇へ走る。
ここから飛び出せば、自分が先生のところまで間に合うはずがない。
けれど。
今の自分には、それ以外の方法がある。
角を一つ曲がる。
前線からも、校舎側からも直接見えない場所。
周囲を確かめる余裕すら惜しかったが、それでも一瞬だけ視線を走らせる。
誰もいない。
翔は腰へ手を伸ばした。
ロストドライバーを装着する。
続けて取り出した黒いガイアメモリを握り、スイッチを押した。
『JOKER!』
電子音が響く。
ここで迷っている時間はない。
正体を隠すことも大事だ。
けれど、それは先生の命より優先するものじゃない。
翔はジョーカーメモリをロストドライバーへ差し込んだ。
「変身!」
ドライバーを展開する。
『JOKER!』
紫の光が翔の身体を包み、瞬く間に黒い装甲へ変わっていく。
仮面を覆う複眼へ光が宿る。
変身が完了するより早く、翔――仮面ライダージョーカーは地面を蹴った。
狙うのは敵ではない。
一直線に先生へ迫る、あのロケット弾だった。
* * *
ロケット弾が、一直線に先生へ迫る。
「先生!」
シロコが振り返った。
だが、遠い。
ホシノも正面の傭兵を押さえている。ノノミとセリカも、それぞれ別方向から押し寄せる敵を牽制しており、今から先生の前へ割り込める位置にはいない。
「っ――!」
先生自身も横へ飛ぼうとする。
その直前。
黒い影が、横合いから戦場へ飛び込んだ。
「――っ!」
先生の目の前を駆け抜ける。
ジョーカーはロケット弾の軌道へ身体を滑り込ませ、そのまま地面を強く蹴った。
跳躍。
迫る弾頭へ向けて、右脚を振り抜く。
衝突の瞬間、ロケット弾の軌道が大きく逸れた。
そのまま斜め上へ弾き飛ばされ、離れた空中で爆発する。
爆音と衝撃が辺りを揺らし、巻き上げられた砂埃が黒い装甲へ叩きつけられた。
「……!」
先生が目を見開く。
その前には、黒い戦士が立っていた。
「仮面ライダー……!」
セリカが驚きの声を上げる。
「先生」
シロコはすぐに先生を見る。
「大丈夫」
先生が答えると、シロコの表情から僅かに力が抜けた。
「……間に合った」
「危なかったねえ……」
ホシノも正面への警戒を解かないまま、一度だけ先生と、その前に立つ黒い戦士を振り返る。
「また助けられちゃったかあ」
先生はしばらく何も言わず、目の前に立つ黒い背中を見つめていた。
「……助かった」
小さく漏れた声に、ジョーカーが僅かに顔を向ける。
だが、それ以上の返事をする余裕はなかった。
* * *
「……出てきた」
便利屋68側。
ロケットランチャーが発射された瞬間から青ざめていたアルが、今度は別の意味で固まった。
黒い仮面。
黒い装甲。
依頼書に記されていた、黒い仮面の戦士。
ムツキが興味深そうに目を細める。
「本当に出てきたね~」
「喜んでる場合じゃないでしょ!」
アルはすぐに共通回線を開いた。
「全員、手を止めなさ」
だが、アルが言い終えるより先に、傭兵たちの間から別の声が上がった。
「……またあいつだ!」
声を上げたのは、ヘルメットを被った少女の一人だった。
黒い仮面の戦士を見た瞬間、明らかに顔色が変わっている。
「知ってるの?」
近くの傭兵が尋ねる。
「前にブラックマーケットの近くで会った!」
「こいつが、噂の仮面ライダーってやつ?」
「名前なんて知らないけど、黒い仮面の奴ならこいつ!」
「そんなにヤバいの?」
「特殊兵器持ってても何もできなかったんだって!」
「は?」
別の場所からも声が上がる。
「私も見たことある! あいつ、あの変な兵器だけ狙って全部壊してった!」
「でも今日はそんなの持ってないでしょ?」
「だから何!?」
実際に遭遇した者。
噂だけを聞いていた者。
そして、黒い仮面の戦士そのものを初めて目にする者。
反応はばらばらだった。
「一人じゃん」
誰かが言った。
「こっち何人いると思ってんの?」
「そうそう。ちょっと強いくらいでしょ?」
「待って!」
以前遭遇したことがある少女が声を荒らげる。
「やめた方がいいって!」
「何で?」
「だから特殊兵器でも――」
「今そんなの使ってないじゃん」
その言葉に、周囲の何人かが銃を構え直す。
アルの表情が変わった。
「ちょっと! 何してるの!」
返事はない。
「依頼の条件聞いてたでしょ! 黒い仮面の戦士とは交戦しない!」
「でも向こうが入ってきたんだけど!」
「だからって勝手に撃っていいって意味じゃないわよ!」
アルの制止を無視し、数人の傭兵はすでに黒い戦士へ銃口を向けていた。
それだけではない。
そのうちの一部は、なおも先生の方を狙っている。
* * *
ジョーカーは戦場を見渡した。
ロケットを撃った少女。
その周囲。
そして、まだ先生へ銃口を向けている者たち。
これまでなら、普通の銃器まで壊すつもりはなかった。
翔が狙ってきたのは、主に疑似メモリ兵器だ。
危険性が高く、使われ続ければ被害が広がるもの。
通常の銃まで片っ端から壊せば、生徒たちの生活や仕事にまで影響が出る。
だから避けてきた。
けれど。
今は違う。
あれを持たせたままなら、また先生を狙う。
(悪いけど――今回は壊す)
最初の銃声が響いた。
ジョーカーは身体を沈める。
弾丸が頭上を抜けた。
続けて二発、三発。
身体を捻り、半歩ずつ軸をずらす。
撃った側からすれば、確かに狙っている。
なのに当たらない。
「何で!?」
「動き速っ――」
言葉が終わる前に、ジョーカーが踏み込んだ。
アサルトライフルを構えていた一人との距離が、一気に消える。
「え?」
銃身を掴み、銃口を上へ逸らす。
そのまま相手の手から無理に奪うのではなく、機関部へ拳を叩き込んだ。
鈍い音。
金属が軋み、ライフルが沈黙する。
「うそ……」
ジョーカーはすぐに手を放した。
相手本人には追撃しない。
次。
先生へ向けて機関銃を構えていた少女が、慌てて引き金を引く。
ジョーカーは横へ跳ぶ。
弾幕が地面を削り、砂が弾ける。
着地と同時に低く踏み込み、そのまま脚を振り抜いた。
蹴りが機関銃へ直撃する。
「きゃっ!」
少女の手から武器が弾き飛ばされた。
地面へ落ちた機関銃へ一歩踏み込み、そのまま踏み抜く。
銃身が大きく歪んだ。
「ちょっ……!」
「本当に壊した!?」
ざわめきが広がる。
その時。
「まだよ!」
先ほどロケットランチャーを使った少女が、予備の弾頭へ手を伸ばしていた。
ジョーカーの視線が動く。
少女が気づいた時には、もう遅い。
一気に距離を詰める。
「ひっ」
狙うのは、少女ではない。
ロケットランチャー本体だけを横から蹴り飛ばした。
大型火器が手を離れ、地面を転がる。
続けて踏み込み、踵を叩き落とす。
鈍い破砕音。
発射筒が大きくへこみ、使用不能になった。
一瞬、周囲の銃声が遠のいた。
「……」
ジョーカーはロケットランチャーから足を退ける。
少女本人には、何もしていない。
ただ、武器だけが壊れていた。
「……本当に」
誰かが呟く。
「本当に武器壊すじゃん……」
「だから言ったでしょ!」
以前、黒い仮面の戦士と遭遇した傭兵が叫ぶ。
「いや、待って!」
別の経験者が首を振った。
「前は普通の銃なんて壊してなかった!」
「じゃあ何で今壊してんの!?」
「知らないよ!」
そのやり取りを聞きながら、ジョーカーは先生へ一度だけ視線を向ける。
無事だ。
それを確認してから、再び傭兵たちへ身体を向けた。
まだ数人が銃を構えている。
その銃口がどこを向いているのか。
ジョーカーはそれだけを見ていた。
「……っ」
一人が銃を下げる。
続いて、もう一人。
だが。
「一人相手に何ビビってんのよ!」
事情を知らない傭兵が叫んだ。
「囲めばいいでしょ!」
「待ちなさい!」
アルの声が飛ぶ。
それでも止まらない。
数人が左右へ散り、黒い戦士へ向けて射撃を始めた。
「だから交戦するなって言ってるでしょうが!」
アルの怒声が響く。
飛び交う弾丸の中。
ジョーカーは前へ出た。
避ける。
逸らす。
間合いへ入る。
一人のサブマシンガンを手刀で上へ跳ね上げ、そのまま機関部へ肘を落とす。
別方向から撃とうとした少女には、銃を持つ手ではなく武器そのものを横から蹴り飛ばした。
地面を転がる銃。
追いかけるように踵を落とし、使用不能にする。
「また!」
「私の銃!」
「だから撃つなって言ったじゃん!」
後ろから悲鳴にも似た声が飛ぶ。
そこでようやく、未経験だった者たちにも理解が広がり始めた。
噂になっていた黒い仮面の戦士は、実在する。
そして今は、本当に普通の武器まで壊している。
「……無理」
一人が呟いた。
「え?」
「私、これ壊されたら次の仕事できないんだけど」
「私も!」
「ちょっと待って、これ自前なんだけど!?」
「そんな話してる場合!?」
混乱が連鎖していく。
そこへ、以前黒い戦士と遭遇した少女の声が追い打ちを掛けた。
「だから逃げた方がいいって! 前は特殊兵器持っててもまともに当てられなかったんだよ!」
「特殊兵器でも!?」
「そう言ってるでしょ!」
「じゃあ普通の銃で勝てるわけないじゃん!」
「最初からそう言ってる!」
前列の一部が後退する。
その動きを見た別の集団も、何が起きたのか完全には理解しないまま距離を取り始めた。
「ちょっと!」
アルが声を張る。
「勝手に崩れないで! こっちの指示を――」
「社長」
カヨコが止める。
「もう無理」
「まだ――」
「前が下がってる。後ろもつられてる」
アルが戦場を見る。
その通りだった。
黒い仮面の戦士へ攻撃した者が武器を壊され。
以前遭遇した者たちは、その実力を知っているからこそ後退し。
噂しか知らなかった者は、目の前で普通の銃まで壊されるのを見て怯え。
何も知らなかった者まで、周囲の混乱に呑まれ始めている。
「それに」
カヨコが黒い戦士を見る。
「依頼の条件にもある」
アルが黙る。
「黒い仮面の戦士とは交戦しない」
「……」
「もう出てきた」
しかも、こちらはすでに交戦してしまった。
便利屋68が止めたにもかかわらず、一部の傭兵が独断で。
「……最悪」
アルが顔をしかめる。
「本当に最悪よ……!」
その声には、戦況への苛立ちだけではないものが混じっていた。
勝手に先生へ重火器を向けた。
止めたのに撃った。
そして、依頼書でわざわざ交戦を避けるよう指定されていた相手まで現れた。
「社長」
カヨコが静かに言う。
「下がろう」
アルはすぐには返事をしなかった。
前を見る。
黒い仮面の戦士は追ってこない。
武器を下ろした傭兵にも手を出していなかった。
まだ先生やアビドス側へ攻撃しようとしている者だけを警戒している。
その様子を見て、カヨコが僅かに目を細めた。
最初に飛び出したのは、先生へロケット弾が向かった直後。
その後も壊しているのは、先生へ銃口を向けた武器や、自分へ攻撃を続けた武器ばかり。
ただ暴れているわけではない。
「……」
カヨコは何も言わなかった。
今は考える時ではない。
「……分かった」
アルが息を吐く。
それから通信を開いた。
「全員、撤退!」
ざわめいていた傭兵たちが反応する。
「聞こえた!? これ以上勝手なことしないで、今すぐ下がりなさい!」
今度ばかりは、反論する者はいなかった。
むしろ待っていたように後退が始まる。
「ムツキ!」
「は~い」
「煙お願い!」
「了解♪」
爆発。
濃い砂煙が戦場へ広がる。
「ハルカ、遅れてる人を拾って!」
「はい、アル様!」
「カヨコ、全体見て!」
「分かった」
便利屋68は混乱した傭兵たちをまとめながら後退を始めた。
その途中。
アルが一度だけ振り返る。
煙の向こう。
黒い仮面の戦士が、こちらを追う様子もなく立っていた。
「……ほんっと」
アルが小さく呟く。
「とんでもないのが出てきたわね」
「依頼人が気にするわけだね~」
隣でムツキが言う。
「今それ言わないで!」
アルはそう返しながらも足を止めない。
便利屋68と残った傭兵たちは、砂煙を遮蔽にしながらアビドス高等学校から距離を取っていった。
* * *
砂煙の向こうから銃声が遠ざかっていく。
ジョーカーはその場から動かず、煙の奥を見つめていた。
足音。
車両のエンジン音。
断片的に聞こえていた声も、少しずつ遠ざかっていく。
「アヤネ」
先生が通信機へ声を掛ける。
『確認しています!』
数秒の間を置き、返事が届いた。
『接近していた集団、学校から離れていっています。今のところ、こちらへ戻ってくる動きはありません!』
「分かった。ありがとう」
先生が息を吐く。
「みんなも追わなくていいよ」
「ん」
シロコが銃口を下げる。
ノノミとセリカも警戒を残しながら武器を下ろし、ホシノは最後まで正面に立ったまま、傭兵たちが十分に離れたのを確認してから盾を降ろした。
「いやあ……」
ホシノが肩を軽く回す。
「随分と騒がしいお客さんだったねえ」
「騒がしいで済ませないでよ!」
セリカが即座に返す。
「あいつら、先生にロケットランチャー撃ったのよ!?」
「それは本当にそう」
先生も真顔で頷いた。
「かなり危なかった」
「かなりどころじゃない!」
「先生」
シロコが近づく。
「怪我は?」
「大丈夫。どこも当たってないよ」
「本当に?」
「本当に」
シロコは先生を一通り見て、ようやく納得したように頷いた。
ホシノもその様子を確認してから、少し離れたところに立つ黒い戦士へ視線を移した。
「今回も助けてもらっちゃったねえ」
その言葉で、全員の視線がジョーカーへ向く。
ジョーカーは追撃する様子もなく、破壊されたロケットランチャーと、傭兵たちが退いていった方向を交互に見ていた。
やがて敵が戻ってこないと判断したのか、構えていた身体から僅かに力を抜く。
先生が一歩近づいた。
「ありがとう」
ジョーカーが振り返る。
「さっきも言ったけど、ちゃんともう一回」
先生は黒い複眼を真っ直ぐ見上げた。
「助けてくれてありがとう。あなたが来てくれなかったら、本当に危なかった」
「……無事ならいい」
短く答える。
それだけだった。
先生の目が僅かに見開かれる。
「喋った」
「……喋るだろ」
「いや、そうなんだけど」
先生の表情に、先ほどまでとは違うものが混じり始める。
ジョーカーには、それが何なのか嫌でも分かった。
「先生」
セリカが嫌な予感を覚えたように声を掛ける。
「何?」
「今、絶対変なこと考えてるでしょ」
「失礼だなあ」
「その顔で言われても説得力ないわよ!」
「先生」
シロコも見上げる。
「さっき死にかけたばかり」
「分かってるよ?」
「本当に?」
「シロコまで……」
先生が少し肩を落とす。
だが。
すぐにジョーカーへ視線が戻った。
「それで――」
「何だ?」
「さっきの、もう一回できる?」
「……何が?」
「ロケットを蹴ったやつ」
「先生!?」
セリカの声が裏返る。
「いや、今やれって意味じゃなくて!」
「じゃあどういう意味よ!」
「純粋な興味というか……」
ジョーカーは黙って先生を見る。
この人。
さっきまで本当に死にかけてたんだよな?
思わずそんな疑問が浮かぶ。
先生は先生で、ジョーカーの視線に気づいたのか少し咳払いした。
「……今のは忘れて」
「そうしてくれ」
「でも、すごかったよ」
「忘れるんじゃなかったのか?」
「そこは別」
「別なのか……」
セリカが額を押さえる。
「何で普通に会話成立してるのよ……」
「先生ですから~」
ノノミが微笑む。
「それ説明になってる?」
「なってないと思う」
シロコが答えた。
僅かに張り詰めていた空気が緩む。
ジョーカーも小さく息を吐いた。
先生が無事だった。
それだけで十分だ。
これ以上ここに長居する理由はない。
むしろ、長く残れば残るほど面倒になる。
「じゃあ、俺は行く」
「もう?」
先生が反応する。
「もうって……」
「聞きたいこと、まだ色々あるんだけど」
「今じゃなくてもいいだろ」
「じゃあ、また今度?」
「そういう意味じゃ――」
否定しかける。
しかし、先生がじっとこちらを見ている。
期待が隠れていない。
ジョーカーは一瞬黙った。
「……また今度な」
言ってから。
しまった、と思った。
先生の顔がぱっと明るくなる。
「約束だからね」
「いや、約束とは――」
「今言ったよ?」
「……」
逃げ道を塞がれた。
「先生、何の約束してるのよ……」
セリカが呆れる。
「仮面ライダーとまた会う約束?」
「何でちょっと嬉しそうなの」
「だって嬉しいし」
「隠す気もないのね!?」
ジョーカーはそれ以上相手をせず、踵を返した。
「待って」
シロコの声。
ジョーカーが振り返る。
「ありがとう」
シロコはそれだけ言った。
その隣でホシノも軽く手を上げる。
「おじさんからも。先生を助けてくれてありがとね」
「私も!」
セリカも少し遅れて続けた。
「……その、助かったわ。ありがと」
「ありがとうございます~」
ノノミも柔らかく頭を下げる。
ジョーカーは少しだけ黙った後、頷いた。
「ああ」
そして再び背を向ける。
「じゃあな」
地面を蹴り、校舎脇へ走り出す。
「またねー!」
後ろから先生の声が飛んできた。
ジョーカーは振り返らなかった。
(……本当に約束扱いされた)
少しだけ頭が痛くなる。
だが、足は止めない。
校舎の陰へ入り、戦場から完全に視線が切れるまで走る。
誰も追ってきていない。
曲がり角を越え、さらに奥へ。
戦闘前に翔として待機していた場所とは別の、外から見えない死角へ入る。
そこでようやく足を止めた。
周囲を確認する。
人影はない。
「……ふう」
ジョーカーはロストドライバーへ手を掛けた。
戦いは終わった。
なら、次は。
何事もなかった顔で戻らなければならない。