よく聞け、いいか、ここをローマ帝国とする!   作:とくめいのネロ

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ブリタニアの帝都は、西海岸にあるカルフォルニア州。
と、この小説ではさせていただきます。
原作では諸説有りです。


本編 ②

帝都から遠く離れた、北米大陸北西部に位置する大都市。

 

かつて神聖ブリタニア帝国皇帝の直轄領として栄えたこの街も、二か月前のあの日を境に、新帝国『ローマブリタニア』の版図へと組み込まれていた。

この近辺を任されていた貴族は帝都での争いの際、ローマ軍に捕らえられ、服従や軍隊の放棄等を条件に解放されていた。

勿論、ローマに逆らえないことを心の髄までわからされてからではあるが。

 

街の景観は、一見すると大きな変化がないように思える。

 

重厚なブリタニア建築のビル群が立ち並び、上空には定期的に巡回するKMFの影が落ちる。しかし、注意深く観察すれば、街の至る所に「真紅と黄金」の色彩が浸透していることに気づく。旧帝国の紋章が掲げられていた公的機関の壁面には、色鮮やかな薔薇のレリーフと真紅の旗が踊り、広場の街頭スピーカーからは、絶え間なく、オーケストラによるクラシックの演奏から最新の流行りの歌、ローマ賛歌(!?)といった音楽が心地よい音量で流れていた。

 

この街で暮らす一般市民たちにとって、帝都で起きた政変と「ローマブリタニア」の樹立は、当初は天地がひっくり返るほどの驚きであった。そこは世界各国の反応の例に漏れない。

 

だが、クーデターから二か月が経過した今、街を包んでいるのは意外なほどの「安堵」と、緩やかな「歓迎」の空気であった。

 

「……なぁ、今週からまた税がまた下がったらしいぞ、物流関係の交通に係る税らしいが、かなり変わったみたいだ」

「本当か? 皇帝陛下が変わってから、物価が少しずつ下がってるのは実感してたが……」

 

カフェのテラス席で、市民たちがコーヒーを片手に噂話を交わす。

ネロ皇帝による政変後、旧ブリタニアの複雑で理不尽だった特権階級向けの税制や、貴族たちが私腹を肥やすための不透明な利権構造は、ネロの圧倒的な独断によって迅速に解体された。

 

わずか二か月。巨額の富が一瞬で民衆へ還元されたわけではない。しかし、物流の正常化と不当な重税の撤廃により、日用品や食料の価格は微小ながら確実に下落へと転じていた。

さらに大きかったのは、「ローマ市民権」の付与である。

かつては血統と家柄、そして苛烈な階級制度によって厳しく分断されていたこの街でも、ローマブリタニアへの忠誠を条件に、下層市民やナンバーズ出身者へも市民権が解放された。

もちろん、長年染み付いた差別意識が一夜で消え去ったわけではない。だが、法律上「同じローマ市民」として扱われるようになったことで、街のいたるところに活気が生まれ始めていた。

 

「ネロ陛下はかなり破天荒なお方と言われてるようだが……少なくとも、おれたち平民の生活を顧みない旧貴族どもよりは、ずっと素晴らしいよ」

若者が、真紅の胸章を誇らしげに撫でながら微笑む。

 

「昨日の夜、旧市街の路地裏を通ったんだがよ」

パンを千切りながら向かいの男に語りかけた。

 

「ん? 日没後に近づけば、身ぐるみ剥がされるような場所だろ? また、よく行ったな」

「街灯が新しくなって、驚くほど明るくなってたんだよ。それで雰囲気と違うから行ってみたくなってな。そうしたら……ローマの巡回兵たちが通りかかってな」

若者は憧れを隠しきれない様子で目を輝かせた。

 

かつてこの街を支配していた貴族たちが追放され、あるいはその特権を奪われたことで、街からは不快な威圧感が消え去っていた。

路地を埋めていたゴミは一清され、建物の壁面には真紅の幕と鮮やかな薔薇の装飾が施されている。街全体が、まるで新劇の舞台装置のように清潔で華やかに生まれ変わっていたのだ。

 

「あの甲冑を見たか? 真紅と黄金の意匠で飾られていて、ただの軍人とは思えんほど洗練されている。本来あるべき騎士様って感じでよ……旧ブリタニアの軍人とは大違いだ」

「ああ、威圧感もあるけど、まるで見せ物みたいに洗練された姿だったな。……それに、空を見てみろよ」

男が顎で空を指し示すと、青空を背に真紅と黄金の美麗な装飾が施されたナイトメアフレームが、静かに滑空しながら市街地を見下ろしていた。

 

「あの航空警備のナイトメアか……」

「旧ブリタニアの残党やレジスタンスを監視してるんだろうが、あんなものが四六時中飛んでると思うと、不思議と恐怖よりも心強さが勝つんだよな」

「そうだなぁ。飛んで世界を守る、正義のヒーローみたいに見えるな。……街の子供たちが、みんなあのローマ兵やナイトメアの真似をして遊んでいるのも頷けるよ」

「力で踏みにじる貴族はいなくなり、街は綺麗になり、治安を守る兵士やナイトメアは煌びやかで絵になる。……まったく、ネロ皇帝陛下さまさまだよ」

二人が感嘆の溜息をつく上空を、真紅の翼を広げたナイトメアが、街の平和を約束するかのように優雅に旋回していく。

 

かつて虐げられていた市民たちにとって、この清潔で美しい街並みと、空から見守る煌びやかなナイトメアの姿は、単なる統治の変更を超えた「新たな時代への憧れと絶対の安心感」そのものとして胸に刻み込まれている。

 

旧ブリタニア派が支配する東部では「暴君の恐怖政治」と喧伝されているローマブリタニアであったが、実際にその支配下にある都市の末端では、民衆はかつてない豊かな時代の予感に沸いていた。

 

過剰なまでに華やかで、どこか現実離れした真紅の装飾に彩られた街並み。

 

市民たちは、日常の小さな豊かさと、新皇帝がもたらす絢爛な熱狂をどこか楽しむように受け入れ、この「新しきローマ」の住人として生きていた。

 

 

○

 

 

新帝国『ローマブリタニア』首都——かつての帝都ペンドラゴン改め『帝都ローマ』

 

その中央に聳え立つ大聖堂を改修した謁見の間。

 

かつて旧ブリタニアの冷徹な合理的威容を誇っていた高天井の空間は、今や見渡す限りの真紅の絨毯と豪華絢爛な薔薇の装飾によって埋め尽くされ、まさに「皇帝の劇場」そのものの様相を呈していた。

 

長卓の最奥、黄金の装飾が施された豪奢な椅子に身を預けているのは、皇帝ネロ・クラウディウス・ブリタニア。

 

長卓には、新体制へと鞍替えしたかつての有力貴族たち——勿論、今は等しく「ローマ市民」に過ぎない者たちであるがーー、今は軍・政の幹部たちがずらりと居並んでいる。

 

重々しい静寂の中、中央へ歩みを進めた参謀長のルキウスが、ホログラムのデータパネルを開いて朗々と報告を始めた。

 

「……以上が、我らローマブリタニアの治める、主に西部の主要都市における直近の統治状況となります。旧ブリタニア時代の不透明な徴税システムの解体に伴い、日用品並びに食料の物価は平均して下落。下層市民への『ローマ市民権』付与も滞りなく進行しており、治安は劇的に改善されております」

 

パネルには、新体制を歓迎し、活気に満ちあふれる街頭の市民たちの映像が映し出された。

 

「勿論、戦線に近い北米中部の都市では未だに混乱が残り、完全には支配しきれていない領域もありますが、時間の問題でしょう。東部の旧ブリタニア派が喧伝するような反乱の兆候は皆無。むしろ民衆の間では、陛下を称える声すら上がり始めております」

報告が終わると同時に、議場には様々な思惑を孕んだざわめきが広がった。

 

「素晴らしい……! ああ、なんという御威光だ!」

真っ先に声を上げたのは、胸元に真紅の薔薇を挿した若き文官であった。彼は感動に震える手で胸を打たれ、瞳を熱く輝かせる。彼は元々オリンポスからネロに仕えていたものーー所謂オリンポス組であり、ルキウスの、側近の参謀である。

 

「わずか二か月で民の心をこれほどまでに掴むとは! 苛烈な恐怖ではなく、至高の美と恩寵によって世界を統べられるネロ陛下こそ、真の支配者にふさわしい!」

 

「……ふむ」

その隣で、老齢の文官が重々しく髭を撫でながら頷いた。かつては伝統と格式を重んじるブリタニアの保守派の重鎮伯爵であったが、今はネロの持つ圧倒的な「力」と「結果」を受け入れている。

 

「認めたくはないが……民の動揺が収まり、経済の末端が回り始めたのは紛れもない事実。旧来のやり方に固執して無用な反乱を招くより、陛下のこの新たな規律に従う方が、領地の安泰にも繋がるというものだ」

「実に合理的な施策と言えますな」

手元の端末で細かな試算データを弾いていた別の文官が、冷徹な口調で言葉を挟む。

「下層民へ市民権を与え、一律の減税を行うことで一時的な税収は落ち込みますが、それ以上のスピードで購買意欲と流通量が跳ね上がっている。不透明な利権に群がっていた旧貴族の死金を市場へ吐き出させた結果、国庫の流動性は以前より遥かに健全化している」

 

だが、すべての者がこの変化を素直に受け入れているわけではなかった。

豪奢な軍服の袖口を不満げに引いた一人の武官が、苦々しい顔で吐き捨てるように呟く。彼はブリタニア帝国にて、辺境伯として、とあるエリアの攻略に携わったこともある武闘派だった。

 

「……フン、目先の小銭で愚民どもを飼い慣らしているだけに過ぎん。我ら貴族の特権を削り、あのようなナンバーズ上がりの卑しい民と同等に扱うなど……世界の覇者の誇りはどこへ行ったのだ」

その言葉を聞き咎めたのは、ブリタニアでは騎士爵の地位であったものの、新体制下で一躍治安部隊の要職へと引き上げられた若手将校であった。彼は鋭い眼光で旧貴族の武官を睨みつけ、激昂して身を乗り出す。

 

「貴様、まだそのような血統主義に囚われているのか! その『誇り』とやらで旧ブリタニアの財政がどれほど傾き、民の不満が限界を迎えていたか分からぬ訳ではあるまい! 陛下の偉大な改革に水を差すつもりなら、私が相手になるぞ!」

「な、何だと!? 無礼者め、貴様ごとき成り上がりが……!」

 

二人の一触即発の睨み合いに対し、ネロは咎めるどころか、頬杖をついたまま「ふはは!」と愉快そうに高笑いを上げた。

謁見の間に集う者たちの視線が一斉に皇帝へと集まる。

 

「よいぞ、もっと争え! 意見のぶつかり合いこそが劇場の最高のスパイスよ! だがな、そこの貴様——我がローマにおいては『美しく成果を出す者』こそが価値を持つのだ。過去の血統にしか狋(すが)れぬ者は、観客席の隅で指をくわえて見ているがよい!」

 

ネロの一言に、先ほどまで息巻いていた旧貴族は顔を青くして縮こまり、反論した将校は誇らしげに胸を張った。

だがそこに、旧ブリタニア貴族特有の浅はかな傲慢さが覗く。皇帝という絶対の上位者から庇護を得たと勘違いしたのか、弱り切った相手へ畳みかけるように追撃を試みたのだ。

 

「陛下のおっしゃる通りだ! それに貴様、前から鼻につくと思って——」

 

「——皇帝陛下」

 

男が調子づいて言葉を重ねようとしたその瞬間、静かな一言がその場を切り裂いた。

 

発言を遮られた男だけでなく、場内にいた全員の視線が瞬時にその「声の主」へと集まる。先ほどまでのネロの発言とはまた異なる、冷ややかで重苦しい緊張感が議場を駆け抜けた。

 

それもそのはずである。初めて口を開いたのは、ネロの玉座に最も近い椅子に座り、議場の動向を観察していた現執政官——シュナイゼル・エル・ブリタニア。かつての神聖ブリタニア帝国宰相を務めた男だったからだ。

 

 

今やローマに降った貴族たちとて、口ではネロへ永遠の忠誠を誓ってはいるものの、大なり小なり旧ブリタニアの貴族主義の呪縛からは抜け出せていない。

これまで当たり前に享受してきた特権を剥奪され、その上で以前と同等以上の忠誠と労働を要求されて、心から納得できる者などいるはずもなかった。

それでもここに集う旧貴族の大部分が『ローマ』に従属しているのは、他でもない。

かつての帝国宰相にして第二皇子、次期皇帝の筆頭と目されていたシュナイゼル自身が、ネロの傘下へと下ったからに他ならないのだ。

ここにいる貴族の多くは、元々本国でシュナイゼルの後援ーー皇妃の実家の関係者や彼の派閥に属していた者たちであった。

 

かつての絶対的な領袖の発言に、彼らが耳を傾けない理由がなかった。

シュナイゼルは、相変わらず穏やかでつかみどころのない笑みをたたえたまま、ゆっくりと口を開いた。

 

「少々、場が日が昇る地平のように温まってきたようです。僭越ながら、風を通すことをお許しいただけますか?」

「ふむ、許す」

 

シュナイゼルは立ち上がると、静かに視線を議場全体へと走らせた。その姿は変わらず優雅でありながら、旧派閥の貴族たちにとっては背筋が凍りつくほどの冷徹な静寂を伴っていた。

 

「……陛下の、いや、ローマブリタニアという国が、まだ一部のものは、理解できていないようだね」

シュナイゼルの一言に、先ほどまで調子づいていた男の言葉が完全に詰まった。旧貴族たちは一瞬にして息を呑む。

 

「私たちは今、ローマという新たなる太陽の下に集っている。だが——ここにいる諸卿の中に、『私たちは早期にローマに投降したからこれで安泰だ』と、高を括っている者はいないだろうね?」

温和な笑みのまま繰り出される圧迫感に、議場内の旧貴族たちは顔色を失った。シュナイゼルは、自分が持つ影響力を完璧に理解した上で、自らの追従者たちを容赦なく牽制してみせる。

 

「主要都市の統治が上手くいき始めたとはいえ、ローマブリタニアを取り巻く状況は依然として薄氷の上にある。西部をローマが支配しているとはいえ、沿岸部以外のミシシッピ川以西の中部地域は、大半が山脈と荒野。対して、東部の旧ブリタニア派が実効支配する地域は広大な平野部だ。つまり、大都市の多くは未だ東のブリタニアが握っている。国力差は未だ歴然と言わざるを得ない」

シュナイゼルは手元の端末からホログラムの地図を操作し、ローマの支配地域の外側に広がる「不確定要素」の数々を赤く点滅させた。

 

「それに、E.U.の混乱や、各エリアで芽生えた反乱の火種……そして何より、本国を失ったことによる民たちの潜在的な不安は、完全に拭い去られたとはいえない」

その瞳に、冷徹なまでの「現実主義者」としての眼光が宿る。

 

「今は、言ってみれば最初の民を敬うという『演出』に過ぎない。もしここで私たちが過去の特権に執着して内部対立を繰り広げたり、惰性に流れて補給やインフラの整備を怠れば、その安寧は一夜にして瓦解する。民が求めているのは、旧貴族の誇りではなく『明日の食事と理解しやすい秩序』なのだからね」

 

旧ブリタニアの貴族主義に引きずられがちな幹部たちの甘えを冷徹に叩き潰し、現在置かれている「ローマの脆弱さ」と「なすべき現実課題」を浮き彫りにする。

かつての絶対的な領袖からの厳しい指摘に、貴族たちは深く頭を垂れ、ぐうの音も出ない様子で沈黙した。

 

「……だが、恐れることはない」

シュナイゼルはそこでふっと表情を緩め、玉座のネロへと視線を戻した。

 

「不確実な情勢など……陛下の圧倒的なお力をもってすれば、容易に塗り替えていける。諸卿が余計なプライドを捨て、ただ己の果たすべき役割に没頭するのであればね」

ネロのカリスマと、自らの統治計算。その二つが揃って初めてローマは完成するのだと提示したシュナイゼルの言葉に、議場は冷や汗を伴う緊迫感と、新帝国への絶対的な忠誠心によって再び引き締められた。

 

「……ただ」

唐突に落ちたシュナイゼルの呟きに、議場の官僚たちが息を呑んだ。

(まだ何か言うつもりか……!)と誰もが身を強張らせる。そんな様子を一顧だにせず、シュナイゼルはネロへ深々と向き直り、陳情を始めた。

 

「現在、陛下が与えられた『市民権』と減税施策により、民の消費意欲と活力が高まっているのは事実です。ですが、これは一時的な手持ち資金の余裕と、政変の混乱から生じた熱狂に過ぎません。これを永続的な『国家構造』へ定着させなければ、数ヶ月後には深刻な財政赤字とインフレとなって跳ね返ってきます」

シュナイゼルは静かな手つきでデータを切り替え、現実の数値を突きつける。

 

「まず第一に、下層市民への減税によって生じた国庫の穴埋めです。旧貴族から接収した資産の切り売りによる補添は一回限りの試み。持続可能な税収を確保するため、旧貴族領ごとに分断されていた私営鉄道および物流ラインを接収し、中央集権型の環状物流網へ統合します。これにより流通コストを削減し、末端の物価を構造的に安定させねばなりません」

「ほう……単なる減税ではなく、流通構造の改革か」

ネロが興味深そうに目を細めると、シュナイゼルは淡々と二つ目の課題を提示した。

 

「第二に、特権を奪われ燻っている、いまだローマに恭順しきっていない旧貴族層の処理です。彼らをただ排斥すれば、潜伏する旧ブリタニアの絶好の駒となります。彼らの持つ知識と管理能力を評価し、市民権を得た労働者を束ねる『新産業組合』の管理職として組み込むべきです。血統ではなく『能力と実務貢献』に応じた報償設計を行えば、不満分子を減らしつつ生産性を最大化できます」

「……ふむ。我がローマにおいては、美しく成果を出す者こそが重用される。理には適っておるな」

ネロの反応を確認し、シュナイゼルは最後に、いかにも皇帝が好みそうな項目へと話を繋げた。ただし、そこにも冷徹な計算を添えて。

 

「そして第三に……陛下が望まれる『ローマ中央大劇場』の建設についてですが」

「おお! 劇場か! ついに本題だな!」

ネロはキラキラと子供のように目を輝かせる。

 

「ええ。ただし、単なる娯楽施設として建てることは許可できません」

「なぬ」

シュナイゼルの突飛な進言に、周囲の貴族たちは「皇帝に対してそこまで言うか」と青ざめる。だがシュナイゼルは崩さぬ笑みのまま続けた。

 

「巨大建築事業は、市民権を得た労働者層への大規模な『公共事業による雇用の創出』として機能させます。同時に、完成した劇場は全主要都市における『帝国への帰属意識』を植え付けるための広報拠点として運用する。……陛下の至高の芸術を全土へ同時配信するインフラを整えることで民の心を掴み、反乱の芽を完全に詰むのです。美学を国家の統治システムとして機能させてこそ、初めて『完璧な施策』と言えましょう」

 

経済の冷酷な現実、旧体制派の懐柔、そして市民の精神統制。ネロの「美学」を国家運営のフレームワークへと冷徹に落とし込んで見せる政治の腕並みに、議場は静まり返った。

 

「政治と経済の基盤については以上の通りですが……陛下。これらを真に盤石なものとするため、もう一つ、いま直面している『軍の運用』について進言をお許しいただけますか?」

「ほう? 軍の運用だと? 良いぞ、申してみよ」

ネロが興味深そうに、しかし試すように目をほそめ、薄く笑う。

 

身を乗り出す。シュナイゼルは手元のホログラムを操作し、北米大陸の立体地図を浮かび上がらせた。

 

「先ほども触れましたが、東部の旧ブリタニアとの戦線は東西に大きく広がった状態で膠着しております。今は軍の再編と人材育成に注力し、力を蓄えるべき『小康状態』と言えましょう。……ですが、この西側の後方地域に目を向けると、いささか懸念がございます」

シュナイゼルは西部の主要都市の周辺、未だ完全に掌握しきれていない山岳地帯や境界地域を赤く点滅させた。

 

「西部沿岸部は陛下の威光によって安定しておりますが、広大な中部境界域や山間部には、未だ旧ブリタニアの残党や反乱分子が蠢いております。彼らは街の安定を脅かす『燻る不安の種』であり、放置すれば民に余計な怯えを与えかねません」

「…ふむ」

一言相槌をしただけだが、不快そうに眉をひそめるネロに対し、シュナイゼルは待ってましたとばかりに柔らかな笑みを深めた。

 

「ええ。そして、ただ彼らを掃討するだけでは不十分です。今、我らになすべきは——『陛下の掲げるローマの美学を、西側全域の民と反乱分子に見せつけ、周知させること』にあります」

シュナイゼルの言葉に、ネロの黄金の瞳が反応する。

 

「……見せつける、とな?」

「はい。武力による威圧ではなく、洗練されたローマ軍の美しさと圧倒的な武勇を直接各地へ巡行させ、誇示するのです。圧倒的な美の前に反乱分子は絶望して屈服し、民は陛下の輝かしさに歓喜するでしょう。……ですが、ただの警備部隊を派遣したところで、陛下の至高の威光を正しく体現することはできません」

 

シュナイゼルは優雅に一歩前に出ると、絶妙な間を置いて本題を切り出した。

「ですから陛下……私に一軍の指揮をお任せいただけないでしょうか。具体的には、陛下を守護する『親衛隊』、あるいは最精鋭『第一騎士団』。このいずれかを私にお預けいただきたいのです」

「シュナイゼル閣下!?」

議場の武官から驚愕の声が上がるが、シュナイゼルはそれを穏やかに制し、ネロだけに向けたプレゼンテーションを続けた。

 

「私であれば、西部に燻る不安の種を最も効率的かつ完璧に一掃してみせます。そして同時に、陛下の軍隊がいかに美しく、精強であるかを全土へと知らしめる軍事巡行を行ってまいりましょう。……兵をただ城に留めて腐らせるのではなく、陛下の『美学』を根深く、遠方まで届ける覇として運用するのです。私にその指揮を振るうお許しをいただけますか?」

 

先ほどから口を挟まずにいたルキウスは心内でシュナイゼルの手腕に驚愕する。

…西部の不安定さを理由にすれば、我が君も軍の動員を拒めない。ジュリアスかマルクスの第一線を直接動かす名分を得られれば、実質的な軍権を手中に収め、将来的な東西戦線の主導権も握ることができる……だが、相手はかつてのブリタニア帝国の宰相ーーシュナイゼルだ。そう簡単に軍権を渡していいものかーー

我が君はどう考えるのか、と、ネロに目線を映す。

 

ネロは顎に手を当て、シュナイゼルの提示した理屈を吟味するように目を細めた。

 

ネロは数秒の間、背もたれに身を預けたままシュナイゼルを見つめていたが、やがて、その口元が満足げに釣り上がる。

 

「……ハハハ! 言ってくれるではないか、シュナイゼル! 余の美学を利用すると、そう申すか!」

 

ネロのドレスーー真紅の布地が豪快に空を割り、劇場の舞台さながらのドラマチックな余韻を残す。ネロの爛爛とした黄金の瞳が、眼前で優雅に佇むシュナイゼルを愉悦と試索の色を混ぜて見つめた。

 

「……いいだろう。貴様の思惑、採用しようではないか。やってみるがよい」

「それは……」

「余の、ローマの美しき威光を全土に鳴り響かせ、醜い羽虫どもをその輝きで焼き尽くすというのだな! 単なる治安維持などという退屈な行軍ではなく、余の美学を教化する巡行というわけだ!」

「お仰る通りでございます」

シュナイゼルは表情一つ変えず、完璧な所作で小さく頭を下げて見せた。その肯定を受け、ネロは満足げに胸を張り、朗々と条件を宣言する。

 

「良い! 貴様のその理屈、見事に応えてみせよ! だが、第一軍は前線で守備に当たらせているゆえ却下だ。ジュリアスも貸せん。余の親衛隊から50名で我慢せよ。代わりに『ロード・ローマ』(中型空中浮遊戦艦)を一隻好きにしてよい」

「陛下、それはあまりにも……!」

議場のあちこちから、抑えきれない困惑の声が上がった。シュナイゼルに近しい元貴族たちですら、だ。

 

ネロが『ローマブリタニア』を立ち上げて以来、軍権や実働部隊の指揮権は、ネロに絶対の忠誠を誓う直属の将校、オリンポス組の側近たちによって厳重に独占されてきた。

 

旧ブリタニアの皇子であり、降将に過ぎないシュナイゼルに、皇帝の直属たる親衛隊、さらには最新鋭の中型空中浮遊戦艦『ロード・ローマ』までもを直々に委ねるなど、前代未聞の破格の待遇であった。

 

(……何をお考えだ陛下は)

議場の中央、ホログラムのデータパネルを握りしめていたルキウスの背筋を、冷や汗が滑り落ちる。

ルキウスの眼差しには、隠しきれない強い警戒の色が宿っていた。

 

シュナイゼル・エル・ブリタニア。旧帝国の宰相にして、かつて「神童」とまで称された男。彼が提示した理屈——西部の不安要素の一掃と、ネロの美学を全土へ知らしめる巡行——それ自体は完璧なロジックであり、ネロの自尊心と美学を極限までくすぐる見事なものだった。

だが、その完璧さこそが恐ろしい。

 

(表向きは巡行と治安維持……だが実質的に、シュナイゼルは自らの手で自由に動かせる『独立遊撃部隊』と空中戦艦を手に入れたことになる。オリンポス組以外の者が軍権を握れば、今のローマブリタニア帝国全体の軍事バランスが奴の手中に落ちかねない……!)

 

ルキウスは拳を固く握りしめ、冷徹な笑みをたたえるシュナイゼルの横顔を鋭く睨みつけた。

シュナイゼルが「忠臣」の皮を被ったまま、静かにローマの内部へその牙と爪を立てることを、ルキウスは警戒していた。

 

しかし、玉座のネロはそうした周囲の警戒やどよめきすらも演出として楽しむように、笑みを浮かべている。

 

「——陛下の寛大なるご決断と深きご信頼に、心より感謝申し上げます」

 

ルキウスを筆頭に、オリンポス組からの殺気立った視線など一顧だにせず、シュナイゼルは静かに胸に手を当て、どこまでも美しく、深々と一礼を捧げた。その口元に刻まれた穏やかな笑みの真意を読み取れる者は、その場の誰一人としていなかった。

 

 

 

○

 

 

 

ほぼ同時刻

 

旧日本——名ばかりの『エリア11』となったこの島国は、世界的な大激動と崩壊の嵐から、意図的に隔離された箱庭の如き様相を呈している。

 

 

トウキョウ租界、行政庁舎の作戦指令室。

 

 

青白く光るホログラム・マップが照らし出す影の中、冷酷なまでに整然とした声が響いた。

 

「これより第三次警戒体制の進捗報告を行う。各地区の検問は予定通り強化完了。反ブリタニア勢力の掃討も順調だ」

 

重厚な軍服に身を包み、鋭い眼光でマップを見下ろす男——ジェレミア・ゴットバルト辺境伯。

エリア11の第三皇子クロヴィス総督が何者かに暗殺され、本国からの補給網と指揮系統が完全に途絶えたあの日。パニックに陥りかけた軍を力づくで束ね上げ、行政機構の崩壊を防いだのは、他ならぬ彼率いる『純血派』であった。

 

「ジェレミア卿、本国の情報筋からの続報です。『西ブリタニア』と『東ブリタニア』の戦線はミシシッピ川を挟んで膠着状態を継続。また、ユーロブリタニアはユーロ方面にて、E.U.との戦線で大規模攻勢に出たとのこと……」

 

側近であるヴィレッタ・ヌゥが、あまりに不吉で重苦しい数字と事実が詰まった報告書を落としにくそうに差し出す。だが、ジェレミアは視線すら向けず、手で払うように押し返した。

 

「そうか、なにか続報があれば報告せよ」

「……ジェレミア卿、我々はこのままでいいのでしょうか?」

ヴィレッタの呟くように尋ねた問いに、ジェレミアは視線を向けた。

 

「…ヴィレッタ、貴公がなにを危惧してるかはわからんが、今の我らにはどうすることもできないことだ。なすべきことはテロリストに屈せず、このエリアを統治することと考えよ」

「ですが……西ブリタニアーーローマブリタニアの樹立と、皇帝陛下の崩御、本国の分断、貴族制の崩壊は、我らブリタニア軍人の根幹が揺らぐ動きです! なれば、私だけでなく、純血派、いえ、このエリアの皆が気にならないわけにはいきません!」

ヴィレッタの不安は当然のものだった。ブリタニアの内部崩壊は自分たちの存在意義を全否定する「悪夢」に他ならない。

ジェレミアはわずかに目を細め、フンと鼻を鳴らした。

 

「そうだろう。動向は注視はする、されどそれだけだ」

「ですが! それだけでは我々の立場は非常に危ういものでは!? 一刻も早く、東の——西でもいい、ブリタニア本国とのどちらにつくか決断を……!」

語気を強めるヴィレッタに対し、ジェレミアは静かに、だが重々しく言葉を遮った。その瞳には、すでに自らの運命を見定めた覚悟の色が宿っている。

 

「そうだ! いずれ我らは決断を求められるだろう」

「……!」

ジェレミアの一言に、ヴィレッタは息を呑んで絶句する。

 

「だがな、ヴィレッタよ。ここはブリタニア本国ではない、クロヴィス殿下が総督として治められていたエリア11だ。殿下が亡くなられた今、我らは殿下の遺志を継ぐ騎士だ。本国がどのような泥沼に沈もうと、このエリア11は皇帝陛下が認める総督の命なくして、我々は一歩も退かん。例え西側がエリアを解体すると宣言しようと、東側が新しき総督を命じようと、皇帝陛下が亡くなられた今では我らに従う義務はない」

「ですが、それは……」

ただの意地と現実逃避ではないか、と言いかけたヴィレッタの逡巡を、ジェレミアは見抜いていた。

 

「無論、先延ばしに過ぎんのはわかっている。今はまだないかもしれんが、そのうち東側より、新たな総督が命じられ、東に付き、西の誅伐に参戦することを命じられるだろう。他のエリアの総督は総じて東についていると聞く。エリア11も例に漏れずと東側は判断するはずだ」

「であれば、今のうちから東との連携を密にしておくべきであり、兵たちには西の情報を抑えるべきでは? ユーロブリタニアが抜けたとはいえ、東——ブリタニア帝国は世界最大の帝国、いずれ各エリアと連動して、西側は——」

理路整然としたヴィレッタの正論。しかし、ジェレミアはそれを一蹴するように頭を振った。

 

「甘いな、ヴィレッタよ。そのようになるのであれば最初から西——ローマブリタニアは成立しておらん」

ジェレミアは鼻で短く笑うと、背の後ろで腕組みを交わした。その威厳に満ちた佇まいに、ヴィレッタは思わず口をつぐみ、ただ息を潜める。

 

「……」

「たしかに、最初……帝都でのクーデターは奇襲として上手く行っていたかもしれん。だが、その後の西側を統一する動きは、奇襲や勢いだけでは到底不可能な芸当だ」

ジェレミアは作戦卓へ一歩歩み寄ると、ホログラムで青く浮かび上がる北米大陸の地図を、手元で静かに拡大してみせた。かつて一つの大帝国であった領土が、鮮烈な「真紅」と「群青」の二色に真っ二つに分断されている。

 

「兵力の差は間違いなく、旧ブリタニア側にあったと……思われますが」

ヴィレッタの硬い声に、ジェレミアは深く重々しく頷いた。

 

「そうだ! 各エリアに分散しているとはいえ、本国にも数々の軍や、貴族とその私兵がいる。それらを抑えて数ヶ月もしないうちに、広大な西側を抑えることができたのには、明確な理由があるのだ」

言葉を区切ったジェレミアの横顔には、圧倒的な謎に対する純粋な警戒心が影を落としていた。

 

「その、理由とは……?」

息を呑むヴィレッタに対し、ジェレミアは苦々しい表情で腕を組んだ。

 

「わからん。本国のゴットバルト家に残る情報ルートだけでは、余りにも足りなさすぎている。情報が足りないのだ、圧倒的に」

指先で苛立ちを隠すように作戦卓の縁を叩く上官の姿に、ヴィレッタは自らの進言が正しかったのだと直感し、語気を強めた。

 

「なればこそ! 早期に東と繋がり、手に入れた情報で対策を講じる必要があるのではないでしょうか!」

「無論情報は必要だ。だが、それは東に限らない。西からもだ!」

鋭く返された予期せぬ言葉に、作戦指令室の空気が一瞬で凍りついた。

 

「……! それでは、我々が西に付いたと見なされるおそれが!」

驚愕に目を見開くヴィレッタを見つめ、ジェレミアは不敵な笑みを口元に浮かべた。その眼光には、窮地を楽しむかのような純血派ーー武闘派のトップとしての凄みが宿っている。

 

「そうだ、我々は蝙蝠(こうもり)を気取る。東と西、どちらにもつかずにな。そのうち本国の東西双方より絵踏みに駆り出されるだろう。『エリア11はどちらにつくのか』とな」

「……そうなれば、戦禍に巻き込まれるのではないでしょうか。中立を気取る小さな領域が、大国の意にそぐわない場合、力を持って征服することはブリタニアの歴史が証明しております」

現実的な軍人としての冷たい危惧を口にするヴィレッタ。

目の前で点滅するホログラムの数字は、本国とエリア11の圧倒的な戦力差を冷酷に物語っていた。

 

「そうだな、我々でもそうする」

ジェレミアは一切の気休めを排し、冷徹な事実としてそれを認めた。

「であるなら……!」

「だが! 西のローマブリタニアは我々を無視できない。……そこに機があるのだ」

怒号に近いジェレミアの声に、絶対的な確信が籠もる。作戦卓の青い光が、彼の研ぎ澄まされた表情を浮き彫りにした。

 

「……それは、一体?」

ヴィレッタは唾を呑み込み、上官の思考の深淵に触れようと身を乗り出した。

 

「考えよ、ヴィレッタ。西のローマブリタニアは強く、しかし少数ゆえこれ以上は戦線が伸ばせない。しかし、東のブリタニアも西の強さを知るからこそ、安易に手を出せない。ここまでは確かな情報だな?」

「ええ、この状況は間違いないかと」

「故に東の取る手段は一つ。世界にあるエリアを纏め上げ、圧倒的な物量で西のローマを崩すことだ。では……それに対し、西のローマが取る手段はなんだ?」

問いかけられたヴィレッタは、指揮官としての思考をフル回転させ、戦術論の基本を提示した。

 

「……力を貯めることでしょうか? 数が少ないなら増やせばいいと考えるのが定石かと」

「正しくはあるが、正解ではない。『敵を作らないこと』だ」

「敵を……作らない、ですか」

教官が教え子に説くように発せられた言葉の真意を測りかね、ヴィレッタの眉間に困惑のシワが刻まれた。

 

理解が追いつかないヴィレッタに、ジェレミアはホログラムの北米大陸を指し示しながら解説を続けた。

「味方を増やす。それは時間がかかりすぎる。なぜ西が帝都を取ってから僅か2ヶ月程度でここまで戦線を一度に広げたか。それは、この『膠着状態』を意図的に作らなければならなかったからだ」

 

ジェレミアは作戦卓の上で指を走らせ、青く輝く北米の戦力配置図をひとつになぞってみせる。その手つきには、長年第一線で部隊を率いてきた叩き上げの軍人らしい鋭さが宿っていた。

 

「……なるほど。西側中部にある帝都は、そのままだと北、南、東の3方向から挟撃されるリスクがある。それを防ぐため、敢えて戦線を限界まで伸ばすことを良しとして、北と南を素早く取った。ということでしょうか?」

ヴィレッタの脳裏で、バラバラだった本国の戦況情報が一つの明確な図面へと組み上がっていく。息を呑みながら発せられた彼女の問いに、ジェレミアは満足げに、だが慎重に頷いた。

 

「おそらく、な。あくまでもゴットバルト家からの情報と、今の情勢を鑑みて推測したにすぎんが……実際に北と南を取り、東の戦線をミシシッピまで押し上げてからは落ち着いているということであれば、おそらく正しいだろう」

「……慧眼かと」

冷汗を拭いながら納得するヴィレッタに、ジェレミアは力強く頷いた。作戦卓の光芒を受け、その眼光はいよいよ鋭さを増していく。

 

「話を戻すが、今、西のローマは敵を増やしたくない——戦線を片側に集中させたいのだ。少ない軍を効率よく運用するには、戦線が伸びたとしても、対峙する方角はある程度絞らざるを得ない。そう考えているはずだ」

 

ジェレミアはホログラムの地球儀を慣れた手つきで回転させ、広大な太平洋の真ん中に位置する小さな島国——エリア11を、指先でコンコンと叩いた。

「そして、西の主な敵はどこだ? 東のブリタニアだ。では我々がいるここエリア11はどこだ? 極東だ。……だが、海を隔てて唯一、西の目と鼻の先……旧帝都に手が届く位置にある存在だ」

「……あッ! なるほど……!」

「そう! 今この瞬間、西のローマの喉元に唯一ナイフを突きつけられる位置にいるのは、我々なのだ。中華連邦でも、シベリアのエリアでもない。このエリア11だ!」

「……っ!」

ヴィレッタの背筋にゾクリとした震えが走る。

 

本国からの連絡が途絶え、ただ世界の片隅に取り残された「遺児」に過ぎないと思っていた自分たちの立ち位置。それが実は、東西双方のパワーバランスを内側から揺るがしかねない絶妙な「境界」であり、要衝であるという事実に、彼女は戦慄していた。

 

「故に、ヴィレッタよ。我々は腰を据えて待ち構えようではないか。西の赤か、東の青か……本国が差し出してくる最初のアクションをな」

「はっ……!」

ジェレミアは静かに直立し、背筋を完璧に伸ばすと、側近へ向けて鋭い眼光を向けた。その表情からは先ほどまでの熱っぽさが消え、冷静沈着な指揮官の顔に戻っている。

 

「……無論、これが裏目に出る下策となる可能性も十分にある。あくまで私の見立てに過ぎないことは心に留めておくことだ。……話は終わりだ、貴公の職務に戻れ」

「イエス・マイ・ロード!」

ヴィレッタはビシッと音を立てて踵を返すと、胸に手を当てて深々と敬礼を捧げ、作戦指令室を後にした。

 

自動ドアが静かに閉じ、一人残されたジェレミアは、再び作戦卓に浮かぶ極東の小さな島国を見つめた。

己の手の中にある「カード」の重みと、これから訪れるであろう巨大な嵐の予感に、彼は不敵に、しかし硬く口元を結んだのだった。

 




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