東方剣創記   作:スペイン

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 歩く。

 その動作は足を交互に出すだけでなく、呼吸のタイミングや血液の流れ、全てが歩幅やその時のコンディションによって左右されるものだ。

「はぁ、はぁ」

 呼吸の荒れは血液の流れを速いものとする。それは同時に心臓の脈動を加速させ、発汗や新陳代謝にも影響を及ぼす。

 衛宮士郎は現在、それを実感していた。

「はぁ、それにしても」

 向日葵の森と表現しても差し支えのない畑を進む。

 全ての向日葵が健康体、病気にかかっているものは一つも無く、管理をしている者がこの向日葵達を愛していることが伝わってくる。

「あっついなぁ」

 暑さに上を見上げれば太陽が燦々と輝いている。

 濡れた髪の毛から汗が滴り落ちる。

 今まで、幻想郷に来てこれほどまでに『夏』であることを実感したことは無かった。

 空は青く、雲は太陽へ向けて進む鳥のように統一性をもっていた。

「ここは、すごい場所だな」

 ここに来る時、森の中を含めて通ってきた道が少し急だったことは気づいていた。

 少し先に、向日葵の植えられていない、おそらくはこの太陽の畑で一番高い位置にある場所が見えてきた。

 そこには、赤い屋根の可愛らしい家が建っていることから、おそらくはこの太陽の畑の管理者であり、士郎の目的の人でもある風見幽香が住んでいるのだろうと推測できる。

 家の前に立って、自分の今来た道を見てみようかと振り返って、息をのんだ。

「しかしまぁ・・・良い景色だ」

 この丘からは、幻想郷が一望できる。

 博霊神社すらも眼下に収めることができる。

 世界の広さを実感させられる光景だった。

「あの場所、まだ行ったことないな、あっ!もしかしてあれがさっき言ってた妖怪の山ってやつか?すごい大きな湖もあるな、洋館・・・か?すごい色をしているなぁ」

 自分が知っていた世界がこの幻想郷の狭い一部であるという事実に、喜びを感じる。

「そうだよなぁ、考えてもみれば、俺ってすごいところにいるんだよな」

 空を飛ぶ人間が普通にいて、妖怪が周知されていて、士郎からすればまだ知らないところがたくさんある。

 未知に溢れた世界とはなんと素晴らしいことだろうか。

「俺って、まだまだ知らないことばっかりなんだな」

 風が頬を撫でる。

 不思議と、心が軽くなっていく。

「いい場所だなぁ、空気も、景色も綺麗だ」

 これでサンドイッチと紅茶でもあれば、なんて考えがふと浮かぶ。

 いつか霊夢とここまで来て一緒に食事でもしてみようか、と思いつく。

「あぁ、でも歩くのは俺だけであいつは飛べるのか」

 なんだかそれだと達成感というか、歩いた方がこの場所の素晴らしさが実感できるのに、飛んでここまで来るのは勿体ない気がする。

「これを、幽香が・・・」

 本当に、素敵な場所だと思う。

 それでも・・・と頭をよぎる。

「実感する…そうか」

 この時、士郎の中ではもう固まりつつあった。

「やはり、私が望むのは…」

 自分が住むべき場所がどこであるかという迷い。

 自分が何をもって自分の居場所を決めるのか。

「フッ…私も、単純な物だな」

 それは単純なことに気付けるか気付けないか、

「単純だが」

 単純だからゆえに、

「大切な事だと、私は知っている」

 単純に、人にとって大切なのだ。

 どこに住むのか、

 それは、士郎の中で既に固まりつつあった。

「ここまで来たからには、寄っていかなければ失礼というものか」
 
 と、いうよりも・・・そろそろ限界だ。

 そろそろ、うん・・・限界だ。

 今、士郎の腹部に存在していた朝食の消化が完全に終わり、外へと旅立たんと求めていた。

 衛宮士郎の腹部は今、悲鳴をあげていた。



第13話 太陽の畑

「で、なんであなたは家の前でずっと黄昏ているのかしら?」

 

 赤い屋根の素敵なおうち、その窓から顔を出した幽香が士郎にたいして話しかけた。

 

「あぁ、幽香か」

 

 何が幽香か、なのか、むしろこのタイミングで家から幽香以外が出てきた場合、士郎は一体誰に会いに来たというのか、それほどに、この土地は彼女の物であると分かる。

 

 何故も是もない、それは確かな理由。

 

 彼女が家の窓を開いたその瞬間、花の香りが彼女目掛けて解き放たれた。

 

 まるで朝の挨拶を告げるかのようにその風は士郎の肌を通り過ぎ、幽香の元へと届いた。

 花が彼女に挨拶をしたとでもいうのだろうか。

 

「おはよう士郎、なんだかあなたから少しばかり血の香りがするのだけど気のせいかしら?」

 

 その事実に驚きながらも、返答する。

 

「あぁ、少し大きめの魚を解体してきたところでな」

 

 その言葉に、幽香の瞳が『変わる』。

 

「魚、ねぇ・・・士郎、あなたやっぱり強いのかしら?」

 

 幽香からの質問に少し驚きながらも、表面上では余裕を続ける。

 

「戦いでの強さなら倒してきた相手のためにも、俺は強くある必要があるとしか答えられないな、心の強さなら現在修行中だ」

 

「ずっと気になってたのよ、あの後聞いてみれば、慧音を助けた時には狼男を倒したって言うじゃない?」

 

「偶然だよ」

 

 値踏みするかのような幽香の瞳。

 

「ねぇ、霊夢は強かったかしら?」

 

「・・・なるほど、見てたのか」

 

「えぇ、さっきの戦いもね」

 

 そこで思い出す。この土地が幻想郷を一望できる位置にあるということを。

 納得だ。それにしても覗きのためにここに住んでいるように思えてしまうのは気のせいだと願いたいものだ。

 

「そうだな、霊夢は強くなれる」

 

応えたのもつかの間。

 

「へぇ」

 

 見ればそこに幽香の姿は無い。

 

 感じたのは殺意、背中を走る静電気にも似た小さな違和感。

 

――右。

 

 その反応は反射的な物、衛宮士郎のその身は幾度となく戦いの最中に置かれてきた。

 故に、咄嗟の判断は慣れていた。

 

 間に合うか?

 

「(―――ッ!)」

 

 思考の外、素早い判断とすら言えない速度での対応だ。

 腕をクロスさせて右側からの衝撃に備える。

 

 ちらりと見えたのは何かの先端、右上方からの振りおろし攻撃。

 

 咄嗟の解析の結果、鉄であると判断。 

 

 存在の重さは鉄以上。

 強化の魔術に似た効果が付与されているのだと分かる。

 

 だがこの状況、分かるからどうした?打開策でも見つかったのか?と突っ込まれても仕方がない。

 

 襲い来る衝撃。

 

 車との衝突を想起させるその重さ、いや、車との衝突が面との衝突だとすれば、これはソレ以上に鋭い、パイルドライバー…流石に喰らった事は無いが、思いつくのはソレだ。

 

 腕のガードをもってしても耐えきれず、後ろに下がりそうになる。

 即座に足に強化を走らせることでその場で踏みとどまる。

 

 足元の土がめくれ上がり、踵にこんもりとした土の山が出来上がった。

 

「私は、どうかしら?」

 

 先程の霊夢が強くなれると言う答えに対しての言葉だろう。

 だが、士郎の意識はその言葉に無い、幽香は先程の攻撃の後、得物を手元に戻さずに防いだ士郎の腕を押し潰さんばかりに圧を掛け続けていた。

 

「(なんだこの攻撃は!?まだ・・・まだ続くのか!?)」

 

 攻撃自体は1撃、されども鍔迫り合いのように防いだことでその攻撃は継続していた。

 

「(圧がどんどんかかってくる・・・!)」

 

 前を見据える。

 

「充分・・・なんてレベルじゃなく強いだろ、幽香」

 

 武器は傘、魔力を纏わせることによって存在自体を格上げしているのだと分かる。

 

「ふふっ、この一撃を耐えただけでもあなた余程の物よ」

 

「お褒めにあずかり、光栄だッ!」

 

 ―投影開始(トレースオン)

 

 幽香の足元に無銘の剣を何本も投影する。

 

 しかし、既に幽香は移動済み、速さまで備えているのかと驚愕する士郎。

 

「あら、危ないことするわね」

 

 射出しないことで、地面から剣が生えたかのようにそこに残る。

 

 怪我をさせる心配?する必要がない。

 

 なぜなら、先ほどから幽香の存在の格が上がっているのだ。

 

「危ないって言うのは、自分の実力がばれることか?」

 

「へぇ、気付いていたのね」

 

 幽香は自分に魔力を纏っている。先ほどの傘と同じであれば、今の幽香の肌は無銘の剣で傷つけられるような物ではないだろう。

 

「いや…自身を強化しているというよりも、魔力を全身に纏って…抑えつけているのか?」

 

 士郎の行う強化でも、全体的な強化はできる。それをすることで存在の格をあげることもできれば、強度を高めることも出来る。

 

 今の士郎であれば均等な強化も可能であるが、それには相当な修練が必要である。

 

さらに、幽香の行っている強化は士郎の知る強化ではない、士郎の知る強化は魔力を対象に『通す』ことでの強化だ。

 

幽香が行っているのは『纏わせる』強化、恐らくは幻想郷、もしくは幽香独自の強化方法なのだろう。そもそも、強化という名前ですら無いのかもしれない。

そもそも、この魔力を纏っている目的自体が強化なのか怪しい所だ。

「(もしかして、幽香は自身の本当の力を魔力で内側に抑え込んでいるのか…?)」

だとすれば、この女性はどれだけの強さを…。

 

「あら、気付けるのね」

「それだけ全身に魔力を纏っている時点でな」

 

「そう・・・ウェルカムドリンクに苦汁を飲んでもらおうとでも思ったのだけれど失敗しちゃったわね」

 

「勘弁してくれよ幽香、俺は単にこの場所を見に来ただけなんだ」

 

「そう?苦汁を飲ませるどころかこっちが舌を巻くような結果になったものだから私としては少し足りないと思ってるのだけれど」

 

 そう言って、傘を足元に置いて構える幽香。

 

「派手にやるのは好きじゃないわ、組手と行きましょう?」

「組手か・・・素手での戦闘はあまり得意ではないのだがな」

 

 と、言ってはみせるが、士郎自身も構えを取る…が、

 

「・・・いや、少し待ってくれ、試したいことがある」

 

構えを解いた士郎を見て、幽香も少しリラックスをする。

衛宮士郎には、剣が使えない戦闘、それを想定して欲したものがある。

 

「少しばかり、新しい技法を試させてもらうぞ・・・」

 

 使うと心に決めた時、士郎の頭の中、それとも心の中か、ある武器の存在が明確にイメージされる。

 体内において魔力を循環させる。

 循環させ、循環させ、己の身に魔力が馴染みやすく調整していく。

 

「ちょっと、貴方魔力が上がっているけれども、どういうことなのかしら?」

 

 強化でもない、まるでその存在が変わるかのような。

 魔力の質が段々と変質していく。

 

 士郎本来の物から、より衛宮士郎の根源に近い、『剣』へと、

 

 幽香の使う『纏う』強化とは別、自身の内に魔力を走らせ、これから使用する技法の土台を作る作業だ。

 それは同時に身体強化にも繋がり、並の強化とは比べ物にもならない程に自然に、それでいて効率的に強化が成されていく。

 

「なに、小さな努力の結晶というやつだ」

 

 そしてその結晶は、これだけではない。

 

投影(トレース)開始(オン)

 自身の内側へ、身体の中という意味では無い、もっと内面的な部分、魂や心、神秘的な部分へと投影を開始する。

 

「いいわ、待っててあげる」

「ありがとな・・・まさか、これを知り合い相手に使う日が来るとはな」

 

 材質は鋼、大きく、重く、当時の戦士達の力量を表すかのような盾だ。

 

 投影するのは、古代ギリシャの戦士の盾――。

 

 闘争の為に己を磨きし戦士、古代闘士(スパルタン)

 

 通常よりも魔力の消費が重くなるが、己の身を強くするならばこれ以上の物は無いだろう。

 

 そこに刻まれた歴史を、経験を確かなものとして投影する。

 

 少数精鋭、絶対武闘、戦うことに生きがいを感じ、戦うことで己の価値を示し、自らの国を守った(おとこ)達。

 

 彼らの歴史を、戦いを、その生涯を投影する!

 

 ここに形を成せ―――

 

 ―――古代闘士の盾(スパルタンシールド)―――

 

 そして、それをすかさず自身の内で概念へと変換する。

 

「すごいわね、それ・・・物質を魔力に、いえ、魔力を物質にする過程で、何か別の物にしたのね?」

 他者から見れば衛宮士郎の内側も内側で行われている魔力の変換など察しようが無いハズ、しかし、この風見幽香という女性はそれすら見抜いて見せた。

 

「まだだ・・・」

 その事実に鳥肌を立たせながらも、集中は切らさずに己の内で概念へと変化した神秘を自身の肉体へと宿らせる。

 己の内に、歴史を、刻まれし闘争を――

 

「武装《アーマメント》!」

 

 幾人もの手を渡り巡ってきたのだろう、記憶の内に闘士達の渡り歩いてきた戦場が甦る。

 

 身体に力が巡る。

 

 肉体が明確な強さを得る。

 

 強靭さ、俊敏さ、技術が身体へと刻まれる。

 

 投影降臨(トレーシング)  武装(アーマメント)  古代闘士の盾(スパルタンシールド)

 

 ――金剛功士(こんごうこうし)

 

「さぁ、準備完了だ」

 

 衛宮士郎の雰囲気が大きく変わった。それは風見幽香の見てきた多くの技、魔法、先天性の変化のなかでも地味な物だった。

 

 だが、相対する幽香にとって、それは地味では済まない。

 

 先ほどの衛宮士郎が発していたプレッシャーとは比べ物にならない。

 

「随分な準備じゃないの」

 

 笑って見せる。

 

 さきほどの衛宮士郎がそうしたように表面上だけの笑顔を作って見せる。

 

 そうしながら、己の身に魔力を纏わせていく。

 

淑女(レディー)をもてなすんだ。準備をしなくちゃ失礼だろ?」

 

 士郎自身も、全身へと魔力を走らせる。

 

「あら、嬉しいことを」

 

 ――轟音――

 

 いや、幽香が一歩を踏み出した音だ。

 

「言ってくれるじゃないの!」

 

 士郎の目前へと迫った幽香の横からの上段蹴り、士郎は即座に腕をもってガードにあたる。

 

 片腕をもってガードする。

 

 吹き飛ぶこともなくその場で踏みとどまる士郎に、幽香は眼を見開いて驚きの様相だ。

 

 驚き、微笑む。

 

「喜んでいただけたようで何よりだ!」

 

 ガードした足に蛇のように腕を絡ませる。

 

 蛇拳の応用。

 

 そしてそのまま、投げの姿勢へと入る。

 

 足をつかんで横のスイングを伴ってぶん投げようとしたのもつかの間、

 

「女性をジャイアントスイングなんて、スカートの中身が丸見えになっちゃうじゃないの」

 

 両手を合わせた幽香はそのままハンマーを振り下ろすかのようなモーションで士郎の頭部へと打撃の攻撃を放つ。

 

 投げようと掴んでいた手を離し、頭部を可能な限り横へと逸らす。

 

 耳を刺激する振り下ろされた拳から伝わる風。

 

「こんなもん食らったらトマトケチャップになってしまう、生憎と調理専門でね、食材になるつもりは今の所無い」

 

 幽香との距離を取る。

 

 一度呼吸を整える暇さえ与えない、士郎はすぐさま脚部の部分的集中強化をもって幽香に肉迫する。

 

「随分と近づいてくれるじゃない、接吻でもしたいのかしら?」

 

「もしそうだとしても断りを入れてからさせてもらうさ」

 

 言葉を吐きだすと同時、幽香の腹部へと掌底をたたき込む。

 

 否、叩き込もうとした。

 

 そこにあったのは掌、防がれ、衝撃を殺されていた。

 

 腰を落とし、足を前後に開き筋肉の動きをもって衝撃を緩和している。

 

「武術の心得まで持っているのか!?」

「淑女の嗜みよ」

 

 戦乱の世の中でも聞かないような嗜みに驚愕しつつも次の行動へ、

 

「一息に行かせてもらうぞ!」

 

 深く息を吸って準備を整える。

 

 勢いよく踏み込んだその足、地面を踏みしめるのではなく蹴りだす。

 

 連続の攻撃をもって仕留めにかかる。

 

 右上段、姿勢を低くして回避される。

 

 そのまま一回転をして右下段!円の回転をもって受け流される。

 

「中国拳法か!?」

「知らないわね、効率拳とでも言いましょうか」

 

 しゃがんだ形の幽香からの下段突き!避けられた右下段の勢いを半回転で止めてバック転で避け、そのままバック転の着地地点にある幽香へと攻撃。

 

 それすらも両手のガードで防がれ、そのまま跳ね返される勢いをもって距離を取る。まるで新体操の選手やサーカスのピエロの様な動作に幽香が賞賛の拍手を送る。

 

「すごいじゃないの!」

 

 そこへ幽香が大きく前進をしながらひねりを加えた拳を叩き込んでくる。

 

「そりゃ、どう、も!」

 

 その拳を頭突きでもって撃退する。

 

「痛ッ!」

 

 無論、防いだ士郎、攻した幽香、共にタダでは済まない。

 

「ははっ!面白い防ぎ方をするじゃないの!」

 

 幽香は痛めた拳とは反対側をもって手刀を打ちこんでくる。

 

 風を切る音が士郎の耳のすぐ横を通り過ぎる。

 

 紙一重、避けた士郎は幽香の足元へと水面蹴りを叩きこむ。

 

 速度、その一点に集中したのか豪風をもってその蹴りは訪れる。

 

 攻撃に集中していたのか避けられなかった幽香はその場で姿勢を崩すも、蹴りを受けたのとはもう一方の足で姿勢を保つ。

 

 そこへ、士郎がそのままの回転をもって再度水面蹴りを叩き込んだことで、幽香が完全にバランスを崩す。

 

「こ、れは、まずいかも知れないわね」

 

 自分の現状を幽香は冷静に分析する。

 

 先ほど、頭突きで防がれたことによって右の拳は使い物にならない、両足を掬われた今、追撃が来たら防ぐことは難しい。

 

 何よりも・・・!

 

 衛宮士郎の強さは予想を遥かに超えている。

 肉体の動かし方もそうだが、先程の頭突きでもって迎撃された事もそう。

闘争への慣れを感じさせる動きをしている。

 

 それは他ならぬ金剛力士(トレーシング)の成せる技なのだが、風見幽香にそれを知る由は無い。

 

 だがここで、士郎は動きを止めた。

 唐突な停止、幽香が動揺するのも仕方のないことだった。

 

「あ、あら?チャンスよ?」

 

 いつまでもこない追撃に、疑問に思い質問をする幽香だったが、気がつけば目前に迫っていたはずの士郎の姿がなかった。

 

 一体どこに、そう思い探してみると、彼は一輪の向日葵のそばに立っていた。

 

「―――」

 

 その時、士郎は感じた。

 

 溢れ出る魔力を。

 

 激流のように流れる魔力を。

 

「そコかラ、はなレなさイ」

 

 言葉。

 

 ただそれだけの言葉が。

 

 風を纏って士郎の元へとたどり着いた。

 

 一歩、幽香が士郎へと踏み込んだ。

 ゆっくりとした一歩だというのに、その一歩が地獄への扉の案内に思えて仕方が無い。

 

 だがそれでも、衛宮士郎はその位置を離れようとはしない。

 

「(私の花を、私の花を、私の花を―――!)」

 

 黒い思考が頭を埋める。

 黒い考えが頭に浮かぶ。 

 

 そこに差し込む、一つの声。

 

「だめだ、幽香が魔力を収めるまでは、ここを離れるわけにはいかない」

 

 何を言っているのか、幽香はそう思った。

 それと同時に、何を考えてそう言ったのかを冷静に分析しようとして、気が付いた。

 

「そ・・・う?それってどういう」

 

 見れば、士郎は向日葵の前方に立って、なびく外套も無視して幽香に視線を向けている。

 

「お前の魔力の嵐が、俺たちの闘争の衝撃が、この花弁を吹き飛ばしてしまいそうになっていたんだ」

 

 理解。

 

 おさまっていく幽香の魔力の奔流。

 

「それは・・・その、失礼したわ」

 

 収まったことを確認した士郎は、その場から離れる。

 

「いや、別にいいんだ。そろそろ組手も終わらせたかったからな」

 

 魔力や時間ではなく、同じ技があまり効かないであろう彼女にたいして新しい技ばかりを使っていたら、段々と衝撃波を生むような派手な攻防になってしまう。

 

 そうすれば、この場所が・・・

 

 向日葵たちが危ない。

 

 それで悲しむのは士郎だけではない、この場所を管理する幽香も悲しんでしまう。

 

 それだけは避けたかったのだ。

 

 そして、その気遣いを察せない幽香では無い、その優しさに頬を染めながら、柔らかく笑みを作った。

「随分と紳士なのね」

 

「紳士?淑女の前で男性が紳士たるのは当然ではないかな?」

 

 そんな、何処か廻りくどい返しが心地よかった。

 

 だが、衛宮士郎はその返しを考え、口に出しながらも別の意味で回りくどい返しをするのでは無かったと後悔していた。

 

「その、それより」

 

「そ、それより?」

 

 どう言おうかと悩んだ士郎だったが、言葉を選んでいる余裕がそこまで無かった。

 それほどの用事だった。

 

「正直、ずっと言いたかったんだ」

 

 すぐに告げなくては、

 

 それはここにきてからずっと言おうと思っていたこと。

 

 限界だ・・・もう、

 

 

 

 

 

 

 

「お手洗い貸してくれないか?」

 

 

 

 

 

 

 いつの日かと同じ様に、風見幽香の爆笑が向日葵畑に響き渡った。

 




改訂作業中に気が付いたけど小説情報に表示されてる文字数と実際の文字数が1.5倍近く違うのは前文に書いてる所為?
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