「衛宮先生ー!質問いいですかー?」
昼時、寺子屋の教室の一角で子どもの元気な声が聞こえた。
反応を示したのは黒スーツにYシャツ、赤いネクタイを首元に巻いた褐色の肌の長身男だ。
「どうした?分からないところでもあったか?」
衛宮先生と呼ばれた男はその子どもの視線に合わせてしゃがみこむと、質問に応えるため目を合わせた。
衛宮士郎が教師として勤め始めて既に7日目。1週間である。
「はい!実は算数なんですけど、分数がうまくできなくて・・・」
「あぁ分数か、確かに慣れるまでは難しいと感じるのも無理はないな」
小学4年生の少年が聞いてきたのは算数に関する事だった。現在士郎が担当している教科は国語、算数、社会、理科、体育・・・つまりは基本的に小学校で学ぶ全ての事だ。
同僚である慧音から、
『もしも得意な教科があるのならその教科だけでもいいんだぞ?』
と言われたが、働くと決めた以上自分に出来ることをフルに活用して働きたいと思いすべての教科を受け持つことにした。
寺子屋に通う児童は学年ごとに分けられてはいるものの、クラスなどは存在しない、社会自体が狭いからなのか、もう既に寺子屋にきた時点で大体の子供が将来に目処をつけているため、自分の受けたい授業を受けられるというスタイルになっている。
1日4時間、週5日というのが士郎の勤務体制だった。そのため、働き方によっては午後はまるまる暇になることもあり、時間にはかなり余裕がある。とはいえ、士郎は手書きで授業用のプリントを作っているためその余裕も段々と削られていくわけなのだが。
そこで役に立つのが士郎の得意魔術の投影である。作成した1枚の問題用紙を投影する。もちろん剣ではないのでいつもよりも投影の難易度こそ上がるものの、紙を投影する事自体は難しいことではない、さらに、そこに記された物は自分で書いたものなのだから人が作成した何かを投影するよりもずっと簡単である。
この寺子屋で学んでいる子供達というのもまた曲者ぞろいなのだがそれはまた別の日に話すとしよう。
そして現在、算数について聞いてきた生徒に分数を教えた士郎は、本日の授業を終えて一度教員室に戻るところだ。
寺子屋の授業教室から教員室に続く木製の廊下を歩いていると生徒達が『また明日ね!』と投げかけてくれる。その言葉に、自分が今教える立場であることを衛宮士郎は実感していた。
教員室の扉を開けると同僚たちが出迎えてくれる。
ここが今の、私の職場だ。
「士郎さん、今日はどうですか?こう、一杯」
同僚で人里に住んでいる山根さんが何かを飲む動作をしながら・・・まぁお酒だろう、士郎に対して誘いの言葉をチラつかせてみるのだが、
「誘いは嬉しいんだが、すまないな、今日はこれからやることがある」
一度も成功したことのない飲みの誘い、それでも諦めないのが20代同世代同性の友人の少ない
「あぁ士郎君、帰る前にお願いしたいことがあるのだけれどいいかね?」
そう声をかけてきたのは、この寺子屋の校長であり、この人里を取り仕切る長でもある
「校長、どうしたんです?」
「いやなに、屋根の上にボールが乗ってしまったそうでね、生徒達がとって欲しいというものなんだけれども、ほれ、わしは腰がもう悪いものだからさ・・・お願いするよ」
「お安い御用ですよ、それじゃあボールをとってやったらそのままの足で家に向かいますんで、皆さん、今日はこれでお先に失礼します」
軽い会釈をして教員室を後にする。
この寺子屋で働くにあたって最初に教えられたこと、それはこの寺子屋の歴史だった。
20年ほど前、全ての住民が家業を継ぐことで安定を図っていた中で一人の男性がこの寺子屋の創設に乗り出した、それこそが今もなお校長として務める村里校長だった。村里校長は長という立場であるために『誰』が『何』を出来るのか、ということを把握しておく必要があった。そのため、何度か人里の住民たちの家を訪問しているうちに学問的知識を持つ人間が少なく、そうした知識人達が常に背後に忙しさを感じていることを知った。
そこで、万人が学べる場を作ろうと思い至ったのだ。最初は大人達の学び場だった。それも集まるのは元から学問を知るものばかり、それもそうである、学問の重要性を知らないものが学問を学ぼうとするわけがないのだから、寺子屋を創設して4年目、村里校長は訪問授業を行い始めた。それも、人里に住む人々が生業としているものに合わせた授業だ。
例えば、農作物を育てる人には数学に重点を置くことで何日で育ち、収穫できるかということを平均化し、いつ出荷できるかということを算出し、「○○日に○○個出荷するので○○円かかりますがよろしいですか?」と、個数に応じた値段の設定や、取引相手に出荷する日を明確に伝えることができるようになった。
こうした努力から、創設から8年目、ついに子供達が通い始めることとなり、元々は1階建ての平屋だった寺子屋も2階建てに増築することができた。それと同時に人員の増加を行うことでより多くの子供たちに学問を教えられるようになった。
創設10年目には人だけではなく善良な妖怪も通い始め、歴史編纂家として人里で有名であった上白沢慧音を教師として招き入れることもできて、昔寺子屋で教えを受けた元生徒達も教師として戻ってきてくれたこともあって、寺子屋という施設が機能し始めたのだ。
2階建て、部屋数18、小規模でこそあるがグラウンドもある。
この環境をたった一人の状態から20年で作り上げたというのだから尊敬するなというのが無理というものだ。
靴棚から靴を取り出して外へと向かう。
「あ!士郎先生!ボールとってー!」
声が聞こえる方へと向かってみれば、なるほどこれは子どもでは届かない、屋根の瓦に引っかかって落ちてこないようになっていた。
「少し待ってくれ、今取ってくる」
この寺子屋で務めるにあたって慧音から出されたいくつかの条件の1つ、出来る限り魔術、魔法の使用は控えること、使えるということは霊夢の手伝いをしていた時に人里の皆には既に知られているため仕方がないのだが、その『霊夢の手伝い』のイメージが強いため控えるようにとのことだ。
万が一にでもこの先、寺子屋に悪と判断できるものが侵入した際は容赦なく使用していいとも言われた。
というわけで、士郎は倉庫から持ってきたはしごに登ってボールを取ってやった。ボールを取るときに気がついたことなのだが、どうにもこの瓦・・・というよりも瓦の下に貼られている板が風雨にさらされたことで腐り、傷んでしまっていることが分かった。こちらも今度修繕する必要があるなと頭の中の予定表に士郎はしっかりと記入をした。
「ほら、ボールをとってきたぞ」
「ありがと士郎先生!」
ボールを渡しがてら頭を撫でてやると目を細めてくすぐったそうにしていた。まるで猫みたいだと思い、笑いがこみ上げてくるのを抑えて、
「それじゃあ、また明日な」
「はーい先生さよならー!」
今日も士郎は家路についた。
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家の位置は人里から約45分移動したところにある。木造1階建て、急ごしらえで作成したのでまだまだ増築予定の平屋建てだ。
計画としては、人里からこの家、そしてその先の道も整備することで人の往来を増やそうというものだ。将来的には民宿の経営をすることでさらなる資金確保も狙っている。
今日の夕食は何にしようかと考えながら移動を続けていた士郎だったが、自分に影が落とされたことが気になり上を向いてみる。と、見慣れた白と黒の衣装を来た魔法使いが飛んでいた。
「む、魔理沙」
声が聞こえたようで、箒に乗った魔理沙は低空飛行へとシフトして段々とこちらへ近づいてきてくれた。
「おぉ士郎、ちょうどよかったのぜ!」
嬉々とした表情で魔理沙は箒を降りてこちらへと歩み寄ってきた
「ちょうど良かった・・・ってことはもしかしてこれからウチにくるのか?」
「あぁ!引越し祝いでも・・・って思ってさ、士郎はこれから帰るところか?」
「あぁ、別々に行くのもなんだろうから一緒に行くか」
「そうだな!」
士郎の新居に向けて移動する最中、士郎は魔理沙にお願いしてみたいことがあったのでそちらも聞いてみることにした。
「魔理沙、ちょっとしたお願いがあるんだが」
「ん?どうした?」
「魔理沙がだいぶ前に・・・その、私が
「あぁ、目を奪われやすいし大きさを変えれば目隠しや逆に自分の姿隠しにも使えるから結構万能だぜ!」
「あれは、難しいのだろうか?」
「いーやー、そんなことはないぜ?士郎も確かスペルカードルールで使用するための弾幕は作れるようになってたよな?」
弾幕・・・というほどの量は一度に作れないが、士郎は『この世界の魔法』で魔力塊を作ることには成功していた。しかし、筋がいいのやら悪いのやら、1つの魔力塊を作成するのに魔力の練り込みが過ぎていて非殺傷ルールで使用できる物ではないのだ。
「ま、まぁ、作れるな」
「それならあれと同じ要領だぜ、作りたいものをイメージしてそこにキラキラを纏わせるかんじ撃てばいいんだ」
それができたら苦労はしない!と叫びたい衝動を抑えて、士郎は後で自分で感覚をつかもうと思ったのであった・・・。
―自宅―
家の前には『衛宮』の表札、この場所に家を建てると決めた日、慧音に家の場所を告げた際に『用意しておいたぞ』と渡されたものだ。その日のうちに、村里校長の事も紹介された。人里から離れているとはいえ軽く足を伸ばせば届く距離という事もあって、『近隣に住むことになった者』として紹介された。つまりは人里公認でこの土地を使っていることになる。
建築には1日を費やした。それは短すぎるのでは?と思われるかもしれないが、風見幽香と衛宮士郎という
結果、生まれたものは初日からのクレーム、家の形が出来上がったことで家具を作っていた2人の下に最初に訪れた客は人里からのクレーマーだった。高速で行われた作業がもたらしたその大きすぎる騒音は人里にまで届いていたのだという。
幽香はその後、自分の育てたといういくつかの花を士郎の家の近くに植えることで均した事で不細工になっていた土地に美しさを加えてくれた。
『定期的にお邪魔させてもらうわよ』とのこと、別にいいのだが、用事も無いのにこられるといつの間にか住み着かれそうな気がして怖かったりする。
「はぁ~立派な家が建ったもんだな!元々は何もなかったんだろ?」
「ああ、私としてはもう少し広く作りたかったんだがな、そのうち今のこの家を離れにして本邸を作ろうとも思っている」
「随分とでっかくするつもりなんだな!」
「まぁ・・・な、少しでも近づけたくてさ」
記憶に残る我が家、住み慣れたあの場所、
「ま、それより早く入ろうぜ!」
「あぁ、そうだな」
スライド式の扉を開ける。
玄関、敷居をまたぐとあるのは靴箱と靴置きのスペースだ。一段登る形でその先に廊下が続いている。
「ただいま」
声が何もない空間に吸い込まれるように溶けて消える。
魔理沙が我先にと玄関を上がり廊下の先、居間へと向かっていった。
恐らくはそのまま家の中を探索し始めるだろう。
「(先に夕飯を作るか・・・)」
魔理沙に居間で待っているように告げて、冷蔵庫の置いてある厨房へと向かう。
冷蔵庫の仕組みは実に簡単なもので巨大な氷を中に入れてあり、冷蔵庫の内部の壁面を魔法で永久に凍らせているのだ。こちらが冷蔵庫で、それとは別にもう少し保存温度を高くした保存棚も用意してある。
厨房で手を洗い、すぐさま調理へと移る。
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~夕刻~
差し込んでくる陽の光もどこか暖かさを帯びたものに、調理も終わり、あとは引越し祝いということで用意したケーキが出来上がるのを待つばかりだ。
調理を終えた器具を洗っていて、ふと、あの日のことを思い出す
「俺は博麗神社を出て行くよ」
「えぇ」
衛宮士郎が言ったその言葉に対しての返答は、目の前にいる博麗霊夢からの物だった。
博麗霊夢自身、覚悟はしていた。
そして、決して止めるまいと思っていた。
それでも心は嘘がつけない様でどうしても悲しみがこみ上げてくる。
「これまで、ありがとうね」
それは、
言葉を紡ごうと口を、喉を、舌を動かすという作業が涙腺を緩ませる。
涙を我慢して口元を固く結ぶも、目元に涙が溜まるのを感じた。暖かな熱が目元をなぞった。彼の、士郎の指だった。熱が去った頃には、目もとに溜まっていた涙も消えていた。
「ごめん、泣くつもりはなかったんだけど」
「私も泣かせる気は無かったんだが」
優しい言葉に、再び涙腺が刺激される。
泣くなと自分に言い聞かせれども、裏腹に涙は頬を伝う。
それでも涙は拭わない、一筋の道を描いて地へと落ちていく。
「あんたが、士郎がうちにきてからそんなに経ってないのになんでだろうね、どうしてかあんたが家にいるのが当たり前になってた。目が覚めたら暖かいご飯があって、帰ってきたらおかえりって言ってもらえて、出かけるときにはいってらっしゃいって言ってもらえる」
普通ならば当然の生活、これまでの霊夢が送ってはこなかった生活
衛宮士郎が訪れた幸せ、これまでの霊夢が求めていた幸せ
それが無くなる悲しみ、元の生活に戻るという悲しみ
「それがいつの間にか当たり前になってて、士郎の事をいつの間にか『家族』として見てた」
人の幸せとはなんと残酷なことか、幸せを知らなければ不幸を知らずに済むというのに、人は幸せを求めて日々を生きる。
かつて家族という幸せを知っていた霊夢は、一度その幸せを失い不幸になった。それから数年の時を経て、霊夢は再び家族の幸せを知った。
そして今、再び、
「士郎が作ってくれるお味噌汁、美味しかった。帰ってきた時に言ってくれたお帰り、嬉しかった。居間で眠たさに寝転んでいた時に掛けてくれたブランケット、優しかった。どれもが全部、幸せだった」
言葉に嗚咽が混ざり、霊夢が抑えていた感情が言葉の波となって士郎へと届く。
全てが過去の物として語られていた。それが、引かれた
彼女は少女、博麗霊夢という少女なのだ。
衛宮士郎は知っている。孤独の悲しみを、それに苛まれる苦しさと、幸せを渇望する心を、故に決めていたのだ。既に決めていたのだ。
「ねぇ、士郎?また私にお味噌汁、作ってくれる?」
涙を添えた笑顔で彼女は士郎に笑いかける。ガラス細工よりももっと脆い、まるで雪の結晶のように繊細な笑顔だった。
誰かと一緒にいたいという小さな願い、されどそれは博麗霊夢という少女の中では大きな願いだ。霧雨魔理沙や参拝客とは違う。もっと明確に自分を支えてくれる存在を欲しているのだ。
『家族』を。
言葉は人と人との間に
「また・・・は嫌だな」
線だろうが、壁だろうが、それがたとえ命を賭して臨む大博打であろうとも、
「いつもじゃダメか?」
乗り越えたのならただの
「それ・・・どういう・・・?」
衛宮士郎は一歩を踏み出す。博麗霊夢という少女が引いた
「私と、『家族』になって欲しい」
「でも、士郎は神社から出て行くって・・・」
「神社の近くに家を建てようと思ってるんだ」
「で、でも私は神社にいなくちゃ・・・」
「なら私は人攫いになろう」
「そうしたら、私は士郎を縛る枷になるわ」
「それは嬉しい、枷ならずっと一緒にいられるな」
「そうじゃなくて、だって、でも・・・」
「だってとか、でもとかじゃないんだよ霊夢」
どれだけ理由を並べたって、本当の願いに届くことはない、幽香が教えてくれたことだ。
「どうにも理由や理屈や理論なく、私は霊夢と一緒にいたいんだ。『家族』として」
それは、幻想郷を歩いた結果、色々な所に行って、霊夢という存在の大切さを知る事ができた。とにかく歩いて見て回ることで知ることもある。魔理沙が教えてくれたことだ。
「一緒に暮らそう霊夢」
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我ながら、なんとも無理やりだったものだ。今思い出してみると青臭い事を多くいった。
あの後、霊夢が泣き止むのを待ってその後のことを話した。
まず1つ、博麗神社での巫女という職務は続けるということ、これは霊夢が博麗として行うべき職務である以上おろそかにすることは出来ない。
2つ目、これからはお互いに悩んだり望んだりしたときは正直に相手に話すこと。
そして3つ目、「おかえり」と「ただいま」は絶対に言うこと
この3つの約束を守ることを誓って、次の日には幽香に手伝ってもらって家を造り上げた。霊夢の部屋はちゃんと作ってある。家具を運んでくるのだって大変だったし、霊夢はいつもより少し早く起きて博麗神社へと向かう必要があると文句を言っていた。
夕刻には帰ってくる霊夢の起きる時間は日が登りきった頃、家を出るのは1日で最も暑い時間帯だ。
理想の生活になるかどうかはまだ分からない、それでも少なくとも、望んだ幸せをつかむための生活だ。
しかして、青臭さとはなんなのか、理想論?夢話?非現実的?
大人は誰もが青臭い事を煙たがる。それが正解だとしても、青臭い結論だなんて馬鹿にされたりもする。
それがどうした。
青臭くていいと思った。難しいことばかりを詰め込んだ理論や理屈は結局のところ遠回りに思えたから、夢を見たっていいじゃないか、ここは
以前、人里で勧められるがままに購入した懐中時計を取り出して見てみると既に時刻は夕刻だ。
「ただいまー」
そろそろ聞こえてくるだろうかと思えば届いたのは彼女の声。
青臭い結果が俺たちを家族にしてくれたのなら、俺は一生この青臭さを捨てないでいようと思う。
おかげで俺は今日も、彼女を出迎えてやれるのだから、
「おかえり」
改訂2016/12/30
第2章は元々はここまでだったのを思い出して改訂。
それではみなさん、
恋愛と家族愛は別、というわけで第2章居場所も終了です。結局13話で1週間後にと言ったのに1週間で3話の投稿となりました!何してるんですかね私は!
それでは第3章でお会いしましょう!