東方剣創記   作:スペイン

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「遠足…と」

 ある夏の日の昼下がり、帰宅をしようと荷物を片付けていた士郎に同僚である久朗(くろう)から提案があった。

 その内容は、

「そうなんですよ、実は士郎さんもよくご存知の博麗神社の近くに湖があるらしくて、幻想郷には海・・・でしたよね?自分も小説でしかその存在を知らないんですけど、それが無いものですから、生徒達に見たことのない景色というのを見せてやりたくて・・・こちらが地図になります」

 久朗は薄黄ばんだ紙を取り出して士郎に手渡す。だいぶ昔のものなのだろうか?その纸の端を見ると古風な字面で『稗田之参代目著』と書かれていた。渡された纸を改めて見てみる。

 そこには、博麗神社から人里に続く道が細く書かれていた。士郎や魔理沙、霊夢は空を飛べたり踏破力でどうとでもなるのだが、一般人ともなればそうはいかない、途中にある湧水のポイントから道端に建てられた茶屋の場所までそこには描かれている。道の長さも縮尺がしっかりと書いてあるためわかり易い。これがあれば博麗神社まで安全に、なおかつ余裕をもって訪れることができるだろう。

 そして、その描かれている道の途中、北方向へと伸びた道が途中でかき消されている部分があった。士郎が自分の記憶をたどってその場所を思い返してみると、どうにもその道の先には森があるはずだと思い出した。

 しかし、何故薄れて・・・というよりも消えているのだろうか?と疑問に思っていると、

「場所はなんとなく分かっていますので、その周辺を探して頂ければ見つかるかと思います」

「成程…承った」

「ありがとうございます!その、もしも危険な生物がいたりした場合は中止ということでお願いしますね」

「了解だ」

 士郎はこの山根久朗の人柄を気に入っていた。

 以前、教員室にスズメバチが入ってきたことがあった。夏の日なのだから仕方のないことだった。真っ先に行動したのは久朗だった。彼はスズメバチが入ってきた窓を閉めると、その場にいた教員達にいますぐ部屋から出ていくようにと叫んだ。皆が、久朗がスズメバチを仕留める気なのだろうと思った。

 気がつけば、久朗は教員達と一緒に部屋の外に出てきていた。皆が何故?という顔をする中、衛宮士郎は「それなら自分が」と部屋の中へ入っていこうとした。

 しかし、それも久朗は止めた。

 理由を聞いてみると、蜂に刺されたら危ないからとのこと、しかし、ならば何故教員室の窓を閉めたのだろうかとこちらも訪ねてみた。返ってきた答えは、外にいる子供達が危険に合ってしまうかもしれないから、とのこと。その後で「それに・・・」と何かを言いよどんでいたのだが、その続きが出ることはなかった。

 他の教員が呆れ果てる中で、衛宮士郎だけはその考えに感心していた。

 誰かを危険にさらさないための臆病さ、それを持ち合わせた山根久朗という人間にだ。

 とはいえ、そのままでは事態の進展が望めないということで士郎が教員室に入り即座にスズメバチをキャッチして袋に入れた。久朗を見ると、恐らくは士郎がスズメバチを殺してしまうのではと考えていたのだろう。安心した顔でこちらを見ていた。彼が言いよどんだのは、スズメバチの身すらを心配していたからだと士郎は確信した。

臆病といっても、それは自分の身を心配しての臆病なのか、それとも他者の危険を心配しての臆病なのかで大きく意味は違ってくる。

 ましてや、山根久朗という人間はその場にいる人間だけではなく子どもたちの心配までしてみせた。先の危険性までもを考慮に入れた上での行動だったというわけだ。

 そういった経緯もあって、士郎は山根久朗という人間を高く評価していた。

 そして、山根久朗自身も、衛宮士郎に対してそれなりの信頼を抱いていた。

 自分よりも明らかに優れた衛宮士郎という男はそれを自慢したり、おおっぴろげに見世物にしたりしない、静かに、誰も気づかないような場所でその優れた能力を役立てているのだ。山根久朗は知っている。

 彼が勤め始めてからこの寺子屋の細かな汚れや剥がれかけた板などが段々と無くなっているということを、衛宮士郎はそれを誰かに話したりはしない、それを誰かが自分に手柄にしたとしても名乗りを上げたりはしない、謙虚で堅実で堅気な男だと山根久朗は評価している。

「さて・・・それでは私はそろそろ失礼させてもらう」

 士郎は別れ際に小さく手を挙げて寺子屋を後にした。

 寺子屋を一歩外に出れば、煌く太陽の熱が木造作りの家屋たちを焼かんとばかりに光を降り注いでいる。それに混じって、身の震えるほどではないにせよ、確かな冷たさを感じる風が砂埃を巻き立てる。

 寺子屋の子供達が投げかけてくる挨拶を返しながら、士郎は夏の終わりと秋の訪れを感じていた。




第17話 遠足 ~残り3日~

 衛宮邸に帰ってきた士郎は先ほど久朗から受け取った地図を元に散策を開始しようとその地図を広げていた。

 

 家を出て、地図の道筋に従って博麗神社の方へと歩いていく。途中、地図上では道がある部分に茂みがあり、

 

「(なるほど、道として使われた跡があるな・・・思うに、昔使われていた・・・あるいはこの地図を書いたという稗田のみが知っている隠された道なのかもしれない)」

 

 一応は今後もこの道は使う可能性があるので歩きながら道を塞ぐ草を刈り進む。

 

「(なにか不思議な場所だな・・・虫も動物もいないなんて普通では考えられない)」

 

 生命の気配がまるでない森、もしかすれば士郎の気配を読み取って警戒しているのかもしれない。

 

 足元の土は不思議な湿気を含んでおり、思った以上に脚力を強いられる。一歩、また一歩が土を踏みしめることで段々と重くなっていく。

 

「(ここは子ども達が通るには少し厳しいな・・・)」

 

 道を整備すればそれはまた変わってくるのだが流石に歩きながら出来ることではない、森の中は不思議と暗く、時間と比例していないことに薄ら寒さを感じる。

 

 木の一本に解析の魔術をかけてみると全体的に枝が長いことが分かった。おそらくはその長い枝の先に付いた葉が太陽の光が届かないほどに空を隠してしまっているのだろう。

 

 道を確認するために地図を出す。

 

「まっすぐ行って・・・途中で道が分かれているわけでもないみたいだし、このまま行ってみるか」

 

 目通しも付いて新しい一歩を踏み出した士郎だったが、いつの間にそこにいたのか、それとも突然現れたのか、だとすれば何者なのか、様々な思考が巡る中で事実だけを簡潔に書き記せば、

 

 金髪の少女が目の前に立っていた。

 

 白い洋服に黒いロングのスカート、短めの髪だがチャームポイント的なリボンを即頭部につけている。

 

 普通の少女ではないことは明らかだった。その少女が身に纏う魔力が『異質』であること、そして、笑顔であるにもかかわらず、何故かその目は笑っていなかった。

 

「こんにちは人間、早速だけど、貴方は食べてもいい人間?」

 

 その質問に、体の内から恐怖にも似た、怒りにも似た感情が湧き上がってくる。

 

 妖怪、なのだろうか?と疑問に思いながらも言葉を返す。

 

「随分な挨拶じゃないか、こんにちは妖怪」

 

「お腹が減って仕方がないの、食べてもいい?」

 

 ・・・若干会話が成立していないようにも思えるのは気のせいだろうか?

 

「分かったよ、先に君の質問に答えよう。私()食べてはダメだ」

 

「貴方()?」

 

「あぁ、私を含めた全ての人間は食料じゃない、君だって何も人間だけしか食べられないというわけではないんだろ?」

 

「うーん、わからない・・・畑のお野菜を食べたりしたことはあるけど美味しくはなかったのかー」

 

「美味しくない・・・か、ふむ、困ったな」

 

 襲ってくる様子はない、なのに言っていることは物騒とは厄介な少女だ。

 

 何よりも厄介なのは、まるでこの子から『悪意』を感じないことだ。

 

 悪意なき害を咎めることは赤子に説教をするのと同じようなことだ。

 

 ましてや、妖怪には種類がある。以前、霊夢から受けた説明を思い出す。

 

『いい?士郎にもたまに私の仕事を手伝ってもらうことが増えてきたから話しておくけど、妖怪にも事情ってのがあるの、私達が動物を狩って食べるように、妖怪の中にも人食い妖怪っていう種類がいるわ、そういう奴らは確かなルールに従って人を食べてるわ、それも、そうしないと『抑え』が効かなくなっちゃうから奴らは食べるっていう行動を行っているの、だから倒しちゃダメなの、いいわね?』

 

 もしもこの少女が妖怪で、さらに人食い妖怪なのであれば彼女の人間を食べるという習慣を阻害してしまうと『抑え』が効かなくなってしまう。それだけは避けなくてはいけない。

 

「(何より、人食い妖怪なのだとしたらこの幻想郷に彼女が生まれた事にも意味があるハズだ…外から来た可能性もあるが…)」

 

 一度、自宅に招いて霊夢に確認してもらうのが手っ取り早いだろうか・・・そうと決まれば口実を作るか、

 

「ならば、このあとで私がご飯を振舞おう。今は我慢してくれないか」

 

 正直言って、自分でも最悪の手段だと思った。

 

 食べ物を餌に少女を家に招くなんてどこの不審者だ!と心の中で自分にツッコミをいれながら(しかもそのツッコミにすら嫌悪しつつ)も平静を努める。

 

「ご飯ー?ほんとうなのかー?」

 

 『釣られるのか』と思いながらも笑顔で頷き返す。

 

「ああ、約束だ!」

 

 わかったーと返してくる少女に、自分が警戒心を抱いてないことの証明から自ら歩み寄る。近づいてわかったが、少女が頭につけているリボンは御札だった。その御札で抑えているであろう何かしらの能力、または魔力が漏れ出しているのか彼女の周囲に『闇』が湧き出ている。

 

 間違いなく妖怪、魔力の質は明らかに人間のそれではなく、近づいて確信に変わかるその『異質』

 

 しかし、それは自分も同じだ。

 

 かつてを思い出す。

 

 後ろ指を差され、化物と蔑まれ、それでも生きてきたかつての(セイ)を。

 

 少女の姿であれどその苦しみを背負うことを逃れることはできないだろう。

 

 この森で生活をしているであろう現状がその証拠だ。妖怪は、どこで生まれ、どこで育ち、どこでその生を全うするのか自分で選べるのだという。しかし、それは同時に、どこで育ち、どこで生まれ、どこでその生を全うするのかを自分で決めなくてはいけないということにもなる。

 

 人間は生まれ、親に育てられ、いずれは自分で未来を決める。猶予期間とでも言えるものがあるのにもかかわらず、妖怪は生まれ落ちたその日から生きるために生き(たたかわ)なくてはならないのだ。

 

 畑のお野菜を盗んで食べた。とこの少女は言った。それはつまり、盗まざるを得ない状況に陥ったということだ。

 

 思わず歯を噛み合わせて軋り音を立たせる。

 

 だとするならば、自分はこの少女に対して出来る限り暖かく接しよう。同情や悲しさからではなく仲間としてだ。

 

 突然では変に思われるかもしれないと分かりつつも、士郎がその時思いついたのはひとつの行動だけだった。

 

「手を、人は信頼と親愛を示す際に握手といって手を握り交わすならわしがあるんだ」

 

 握手、相手に掌を差し出す行動。言うなれば、無攻の表明だ。

 

 士郎の考えを読み取ってくれたのかは定かではない、しかし、その手を警戒しながらも少女は手をとってくれた。

 

「私の名前は衛宮士郎、よろしくな」

 

「士郎かー、わたしはルーミア、よろしくね!」

 

 無邪気な笑顔で返されて、思わずこちらも頬が緩む。

 

 辛さの影さえも映さないその笑顔の裏で、どれほどの苦しみをこれまで抱えてきたのだろうか・・・。

 

 森で出会ったその少女の名前はルーミア、彼女と手をつなぎ、士郎は再び湖目指して歩き始めた。




「…ルーミア、私は癖で時折言葉を難しくする事がある…分かりにくかったらすまない」
「んー、大丈夫だよ、色んな知識を持っているから」

 とても違和感を覚える言葉だった。

「それは、どういうことだろうか?」
「えっとね、私は人を食べるとその人の記憶も一緒に食べちゃうの、だからこれまで食べてきた色んな人の記憶を持ってるんだー」

 …ルーミアは軽く言ってのけたけれど、私にはとても辛い事のように思えた。

 その能力を、私は恐ろしい(・・・・)と感じた。

 そして同時に気が付いた。

 食べられる瞬間、その人は恐ろしいと感じるのではないだろうか。

 だとすれば、ルーミアはその記憶も分かる事になる。
 自分を最も恐れている瞬間の記憶を何度も何度も追体験する。

 なんて、辛い…。
 以前、銃器を取り揃えている商人のセールストークを受けた際に聞いた言葉がある。

『銃ってのはよ、罪悪感を減らしてくれるんだ。ナイフで敵の首をかっ切った事はあるか?死ぬ寸前の人の声、断ち切った肉の感触、腕の中で息絶える人間、崩れ落ちる人間、足元に残る肉袋、ありゃ相当の物だぜ、その点銃は良い、引き金一つで遠くに肉袋が生まれるだけだ…銃ってのは、命を簡単に奪える代物なんだぜ』

 ルーミアが罪悪感を持ち合わせているのかは分からない。
 だが、食べた人間の記憶を得るのであれば、罪悪感を知る事はあるだろう。

 彼女はそれを、何度も何度も体験したんだ。

「ルーミア…君は」
「あっ…怖がらせたら、ごめんね、でも士郎の事は食べないよ、大丈夫なのか―」

 彼女に食べられた人間は弱肉強食の中で死んでいった存在だ。
 
 その時がどういう状況だったかはともかくとして、生きる為の食事であれば…受け入れなければいけない。
 幸いにして、人里で噂になったりするほど無差別に食べていた訳では無い様だし、彼女を退治する必要は無いだろう。

 だが、人里に人食い妖怪として知られれば…。

 もしかして、彼女は自発的にこの森に来たのだろうか、人里に住まう事が出来ないから…人里に住み、自らの衝動が抑えきれなかった時に、周囲の人に危害を及ぼしてしまうから。

 そこまで考えての行動なのかは分からない、もしもそうだとしたら、そんなのは…辛すぎる。

 

 思わず、ルーミアを抱き絞めた。



「おぉう?どうしたのかー?」

 調子外れな彼女の声が耳元で聞こえて、感情が収まる。

「いや、すまない、先程言った癖の様な物だ…時折、誰かを抱きしめたくなるんだ」

 我ながら酷い言い訳だ。
 だが、今は本当にそんな気持ちを抱いたんだ。

 全ては勝手な己の想像でしか無いのかもしれない、しかし、その可能性があるというだけで切なさを感じた。

「えへへー、なんだか嬉しいのかー」

 

 二人が歩き進む道、森の中で暗く陽の光が遮られ何条かの細い線が降りているだけだというのに、何故だかとても明るく見えた。




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改訂 2016/01/06 良かった…休むのが検査入院で、この病は死に届き得た。(まぁ軽い肺炎になっただけです)
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